第三国人の暗黒史

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20名無しさん@お腹いっぱい。
【戦後の日本における三国人たちの蛮行】
<動画(3分37秒)、高倉健・主演『山口組三代目』より>
http://www.youtube.com/watch?v=96iLGJ26kxA
http://vision.ameba.jp/watch.do;jsessionid=068CA60900C89BC272FF8F8F05D81C28?movie=19781

■第三国人(韓国朝鮮人)による強姦略奪暴行をあの高倉健が激怒!
■日本人なら一度だけでも見て下さい。
■日本女性が我が子の目の前で朝鮮人の男達に輪姦されて発狂しています。
■これは事実に基づいて製作された終戦直後を描いた映画です。
■あなたの大事なお祖母さんも被害にあっていた可能性があるのです!

『山口組三代目』
製作=東映(京都撮影所) 1973.08.11 102分 カラー ワイド
http://www.jmdb.ne.jp/1973/cw002510.htm

(解説)
暗黒街を席捲し、日本ヤクザ史上、最強最大の組織をつくりあげた、山口組三代目・田岡一雄
の自伝の映画化。脚本は「昭和残侠伝 破れ傘」の村尾昭、監督は「釜ヶ崎極道」の山下耕作、
撮影も同作の山岸長樹がそれぞれ担当。
(あらすじ)
大正三年、徳島の寒村に生まれた田岡一雄は、幼くして両親と死に別れ、神戸の叔父・
河内和四郎にひきとられて育った。高等小学校を卒業した後、川崎造船に勤めたものの、
上役と喧嘩して飛び出した。そんなある日、同...
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD19949/comment.html
21名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 23:31:52 ID:T10E4Ee40
>>20
田岡一雄山口組組長の回顧録『山口組三代目 田岡一雄自伝』より転載

白昼横行する婦女暴行

彼らの暴虐を見聞きするごとに、わたしは怒りにふるえていた。
彼らを制止し、阻止する者は一人としていないのだ。
警察は無力化し、やくざは手をこまぬいて目をそらす。
いったい、誰が街を自衛すればいいのだ。
昭和20年8月末、わたしは所用の帰途、女の悲鳴を聞いた。
人通りも少ない東山病院の裏手である。
白熱の太陽がきな臭い焼跡に照りつけていた。
一瞬、ぎくりと立ち止まり、悲鳴のあがる方向に走った。
途中で、4、5歳の女の子が泣きながら夢中で駆け寄ってきた。
「どないしたんや」
「おかあちゃんが、おかあちゃんが」
少女はわたしに泣きじゃくりながらしがみつく。
この世のものとは思えぬ女の悲鳴がきこえつづけていた。
「ここにいるんやで、ええな」
わたしは少女をその場において一目散に走った。
少女の母親は木立のなかで数人の男に犯されていた。飛行服姿の男達だった。
彼らは不敵な薄ら笑いで女の手足をおさえつけ、一人がその上に乗っている。
女はひたすら絶叫していた。
(ー 汚ねぇ・・・・・・)
うめくと、わたしは遮二無二彼らに突進していった。 (後略)
http://homepage.mac.com/pobox335/blog/files/category-7.html
22名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 23:33:04 ID:T10E4Ee40
>>20-21
「田岡一雄自伝・電撃編」 1982年 徳間文庫

彼らは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、徒党を組んでは瓦礫と焦土の神戸の街を闊歩して
いた。通りすがりの通行人の目つきが気に入らぬといっては難くせをつけ、無銭飲食をし、
白昼の路上で婦女子にいたずらをする。善良な市民は恐怖のドン底に叩き込まれた。/
こうした不良分子は旧日本軍の陸海軍の飛行服を好んで身につけていた。袖に腕章をつけ、
半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、肩で風を切って街をのし歩いた。/腰に
は拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器をひっさげた彼らの略奪、暴行には目に
あまるものがあった。/警官が駆けつけても手も足もでない。/「おれたちは戦勝国民だ。
敗戦国の日本人がなにをいうか」。/警官は小突きまわされ、サーベルはへシ曲げられ、
街は暴漢の跳梁に無警察状態だ。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2463/sangokuzin.htm
23名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 23:52:07 ID:T10E4Ee40
>>20-22
『山口組三代目 田岡一雄自伝』 (単行本)
田岡 一雄 (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/product-description/4198622388/ref=dp_proddesc_0/249-5769151-1701903?ie=UTF8&n=465392&s=books


神戸は終戦直後には朝鮮人の暴動が頻発し「魔都」といわれたくらいの無法地帯だった。
警察が山口組の三代目に依頼して暴虐な朝鮮人をやっ と押さえ込むことができたくらいだ。
山口組の三代目の伝記を読むと当時の朝鮮人の残虐ぶりがわかる。

その一部を紹介すると「田岡組長が神戸の静かな住宅街を歩いていると、小さな子供が一人
で歩いてきた。不審に思ってその子供に問いかけるとこどもは向こうの方を指差した。
そこには、その子供の若い母親が三人の朝鮮人に強姦されていた。田岡組長が助に行くと
その朝鮮人が向かって来たが、二人の眼球をえぐると一人は腰を抜かして逃げていった。
しかし、その若い母親は気が狂っていた。上品な顔立ちの美しい女性だった」

『山口組三代目』 飯干晃一 (著)