1 :
1:
軍部大臣現役武官制の復活、南京攻略後の支那との講和条件のつりあげ、
インパール作戦の強行、ルソン島からレイテ島への防衛拠点の変更など、
数々の愚行で、日本の立場を危うくし、また、多くの日本人将兵に無益な犠牲を
強いている。
東條、辻、牟田口、富永を叩くなら、こいつも叩くべきだろ。
2 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 10:30:25 ID:FyuNksx70
戦争推進者だね
3 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 11:07:35 ID:FyuNksx70
フィリピン決戦前、
南方軍総司令官のバカ元帥はレイテ戦を主張、
フィリピン方面司令官の山下泰文大将は、
比島決戦にいらぬ口出しをされ困惑、レイテで無駄に戦力を消耗した
昭和十九年十月南方軍総司令官のバカ元帥は、
マニラを抜け出しサイゴンへ、芸者を軍属として呼び寄せ豪遊(愛人?)
比島決戦の山下大将かわいそ杉
満州事変からインパール迄、無駄口の上司を努める。
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 11:41:14 ID:IFWBi27o0
親父のビリケンと違ってダンディーだから許す。
5 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 12:04:40 ID:FyuNksx70
士官学校を卒業するときの成績は最劣等、
でも何時の間にか大将に昇進した。(七光り)
親父は初代朝鮮総督で軍事力による武断政治の人だし、
内閣総理大臣だしネ。
第一次大戦で英国欧州派兵要請を却下しなければネ
欧州に3個師団派遣していれば、
日英同盟は延期されていたのに。
バカ親子と思うス
陸士の成績はまあまあ良い。陸大は軍刀一歩手前。
7 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 20:26:07 ID:WuhUrCRTO
瞬間湯沸器
バカネタ乏しいな
8 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 21:47:40 ID:egKUk14W0
前に古本市で寺内関係者が纏めたとおぼしき伝記があったんだが
3500円で高いと思ったので買わなかった。
買っといたほうが良かったかな?
9 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 21:48:05 ID:U/H+j67q0
広田内閣で陸相予定だった寺内寿一は、外相予定の吉田茂、司法相予定の小原直、
商工相予定の中島知久平、拓相予定の下村宏に反対し、入閣を阻止したらしいが
その広田内閣を総辞職に追い込んだのも寺内。統制経済の軍事政権を考えていた
から政党政治なんか屁のかっぱ
10 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 22:11:09 ID:WuhUrCRTO
山口県出身だし
親は総理大臣だし
安倍さんは大丈夫?
11 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 22:13:40 ID:WuhUrCRTO
批判するなら伝記ぐらいは読みたいもんだが、手に入りにくいのかな…。
やたら高かったりするからなあ。こーゆうジャンルの復刊ブームが起きないかしら。
13 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 23:42:01 ID:eChRquegO
>>12 統制派だっけ
最初から南方方面総軍の閣下だし
サイゴンが拠点だから
ベトナムでネタないでつか
14 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 13:27:34 ID:m7ziTiKmO
一時は首相第一候補までなったしね。
15 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 22:07:46 ID:hUa84f6IO
>>14 会の名前忘れたが
二二六事件の前後に暗躍した
統制派の急進会に在席してなかったかな
桜?会とか?桜会とか
メンバー板垣閣下、牟田口閣下等
暗殺未遂が幾度か有ったよ
師団長時代のゴー・ストップ事件もお忘れなく。
17 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 23:56:02 ID:xDoovnpKO
切腹問答もね
18 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 00:49:47 ID:g9v+lHPB0
「お前、なに俺無視とんねん!こらぁ」
「何やねん、ええやん行かしてや急いでんねん」
「ちょ、ちょ、お前待てや〜こっち来いや!違反したやろが!」
「はぁ?俺軍人やんけ!何が違反じゃ!ボケ」
ボカボカっと生意気な歩兵取り押さえられるww
「ありえへん、ありえへん(泣」
三日後巡査が「ありえへん、えりえへん(号泣」
正義は警察にあったと思うけど、皆さんはどう思いますか?
19 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 18:54:41 ID:MelzGOQaO
>>18 警察が正論です、
正義は軍に輝ました
勝者=正義
>>18 当時の目から見ても非常識で、各方面から批判されていたし。
寺内が病死した日、学生時代に喧嘩をしたことがあった永井荷風は遊郭で遊んでいた。
戦時中、戦争ヨイショ記事を書かなかった識者は永井と谷崎潤一郎ぐらいだろうとい
うが、終戦前後で立場がひっくり返っている。
21 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 00:52:05 ID:SEDqn5ux0
「レイテはこれから激戦になるだろう。
今後の推移を十分見守らなければならないが、
いずれは敵はルソン島に来る。
いつ、どこに、どれぐらいの敵が来るか、
君は冷静に、どこまでも冷静に専心考えて貰いたい。
これが大将の君への特命だ。口外厳禁!」
実に簡潔な、だが凛とした武藤参謀長の声であった。
レイテ決戦には、あくまで反対であった山下大将も、
「神機到来す。レイテにて決戦をせよ!」と、
寺内元帥から叱るような命令を受けて、
参謀長ともども、ついに立ち上らざるを得なかった。
23 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 13:17:57 ID:SEDqn5ux0
昭和20年8月18日、台北空港で「天皇陛下と寺内さんによろしく」という言葉を残して、
日本と共に戦ったインドの英雄がこの世を去りました。
チャンドラ・ボースは、寺内寿一南方総軍司令官の計らいで、
ソ連に亡命する途中、不運な飛行機事故に遭い、
とうとう伝説の人となってしまいました。
インドには感謝されたのかもしれない。
24 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 21:30:08 ID:vapXo//r0
彼は南方軍(南方総軍)の総司令官であった。当時、日本には総軍は三つあった。
関東軍、支那派遣軍、南東軍。戦争末期、総司令官はそれぞれ、山田乙三大将、
岡村寧次大将、寺内寿一元帥。三総軍のなかでも、南方軍の任務は対米英決戦。
大東亜戦争の主力部隊で、100万の大軍を擁していた。
1944年十月。おりしも、マッカーサーはフィリピンに攻めかかっていた。I
Shall return”の公約を果たしたと大張り切り。
これを迎え撃つ日本軍。日本はフィリピン決戦を呼称していた。今度こそは、
何がなんでもニミッツ、マッカーサーを地獄へ逆落としにするぞ。
日本軍の総司令官・寺内寿一は、マニラでみずから指揮を執るのか。
それが当然であろう。
しかし、そうではなかった。マニラを去って、「東洋のパリ」と言われたサイゴン
の旧フランス大邸宅で優雅に生活することにした。それでいて、マニラの
フィリピン方面軍司令官・山下奉文大将の作戦に容喙(口出し)はする。
山下大将の作戦では、「島の一つや二つどうでもよい。フィリピン全体で勝てばよい」
という方針であった。山下大将は、ルソン島で着々と決戦の準備を進めていた。
米軍はレイテ島へ上陸してきた。罠である。山下大将は無視する肚であったが、
罠とは見抜けなかった南方総軍は、レイテ島で決戦を行うべしと指示してきた。
腐蝕の果てに、戦争が少しも見えなくなってきたのであった。フィリピン方面軍の兵力は
分散され、レイテ島で各個撃破された。
兵力分散は戦争の禁忌(タブー)である。そのために、米軍がいよいよルソン島に上陸した
ときには、山下大将は決戦兵力を保有していなかった。フィリピン方面軍はマニラ近郊
での決戦を断念し、山中の複郭陣地で、空腹でフラフラになりながら米軍と戦うほかなかった。
フィリピン方面の戦闘(「戦闘」と言えるものか?)で日本軍は、37万人という大戦中最大の
犠牲を出した。それほどまで、フィリピン決戦は激戦であったのか?いや、そうとばかりも
いえない。死亡者の87パーセントまでが戦死者ではなく餓死者であった!戦史を読んで、この件
に至るたびに書をなげうって悲憤発狂せざるをえない。南方総軍の戦争無知、指揮のナンセンス、
かくのごとし。
小室直樹「これでも国家と呼べるのか」より
25 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 23:05:06 ID:QguEhj7L0
戦争末期のゲーリングと寺内が重なる俺。
寺内が乗ってる車に道で出くわすと敬礼しなければならないそうだ。
26 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 07:04:40 ID:8M2OXuMX0
ゴーストップ事件
27 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 10:07:58 ID:7sqxAzpi0
インパール作戦発動が遅れた原因のひとつとして、
第15師団のタイからの到着が遅れたことが挙げられる。
インパール作戦に危機感を抱いていた南方総軍は、
第15師団をわざと途中のタイで足止めさせてチェンマイ−タウングー道路建設
にあたらせたりした。
このため第15師団は充分な作戦準備も整わないまま、
さみだれ式にインパールへ突入させられ、
このために参加部隊の中でも最も悲惨な状況に陥るはめになる。
28 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 10:37:18 ID:7sqxAzpi0
佐藤元師団長は後にインパール作戦について自らこう語っている。
大体、インド解放などという政略を加味した、こんな大作戦は、大本営が
立案して、総軍(南方総軍)の指導下にビルマ方面軍が実行にあたるべき
ものである。それを一個の軍司令官に一任して、それがだめになっても、
知らぬ顔をしていた。最も重大な最後の局面には、方面軍からも、総軍から
も、一名の参謀も派遣せず、さわらぬ神にたたりなしの態度をとったのは、
まさに亡国の徒といわねばならぬ。
結局、大本営、総軍、方面軍、十五軍というばかの四乗が、インパールの
悲劇を招来したのである。そしてこの連中が、三人の師団長に責任をおわせ、
自分たちは、あれほど悲惨な大敗戦に対し、最後まで知らぬふりして通そう
と腹に決めていた。
29 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 22:31:40 ID:6R+JJmRYO
南方軍隷下は
餓島、ニューギニア、比島、ボルネオ、ビルマ
制海権ないけど
何処も無理無茶無駄作戦で
餓死者を大量に出してる。
30 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 22:35:10 ID:6R+JJmRYO
みんな、お坊ちゃま育ち特有の瞬間湯沸器が恐かったんなかなぁ
分かり切ったことだが、制海権ないのに戦線広げすぎはイクナイ。
32 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 23:42:41 ID:6R+JJmRYO
制空権がないから
制海権もない
33 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 00:17:42 ID:jG2D0HN00
バカ元帥が、レイテ決戦を強行した背景には、海軍による台湾沖航空戦の
空前の大勝利の報に接したことがあった(実際は大誤報)。つまり、海軍
ばかりに、いい格好をさせてたまるかという短絡的な意地である。
フィリピンにいた山下大将、堀参謀らは、フィリピンに飛来する米軍機が
一向に減らないことから、台湾沖航空戦は、海軍の誤報と判断していたが、
サイゴンにいたバカ元帥には、そのことがまるで見えなかったのである。
34 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 00:30:12 ID:/0nIwQ2K0
こいつほんまうざいな!!牟田口のおっさんがちょっとましに思えるぞっ!
っで戦後死刑ですか?
病死です。
36 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 01:06:58 ID:+KdOr/izO
インパール攻略の惨敗の責任者
ビルマ方面軍飯田閣下は中止直前に大将昇進している。
このアホウが推薦したのかな?
飯田祥二郎は違うだろ
そんな程度の知識でよく人のことバカだアホだ言えるな
靖国に祀られてても誰も問題視しないから別にいい。
40 :
36:2006/09/26(火) 22:34:01 ID:+KdOr/izO
ワ恥ずかしい
第15軍の前任者だ
寝てたな。
俺>>36は更迭だ
河辺正三閣下に訂正して謹慎する
41 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 08:53:12 ID:l667HDM90
age
42 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 14:58:27 ID:3adnXYCZ0
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1160229411/ 205 :197:2006/10/08(日) 23:40:17 ID:???
>>202 もちろん私も波木井史観を学童向けに教えるべきではないと思っている。
あまりにも危険すぎる思想だからな。
「つくる会」や「自由主義史観研究会」の歴史観の威力が竹やりレベルだとすれば、
波木井史観はいわば核爆弾のようなものだ。
思想が持つ射程距離と影響の深刻さがケタ違いなんだよ。
私が言った波木井史観にもとづく歴史教科書というのは、
もとより凡百の子どもを対象とした学校向け教科書などであろうはずがなく、
厳しい思想的鍛錬を経た選民的な葵講員だけが閲覧を許される高級な書物である。
43 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 08:06:15 ID:x3S2DCkd0
伯爵のボンボンが元帥、総司令官とは・・・。
親(寺内正毅伯)の七光り。
44 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 12:36:16 ID:Rle2t/DB0
寺内寿一にもっと非難を!!
45 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 18:36:05 ID:g0rwtKG5O
南方軍総司令官
寺内寿一閣下隷下の日本兵は
イッタイ何人餓死したんだろう
インパール
フィリピン
インドネシア
第八方面軍の隷下時代
など
ソース無いのでよく判らないけど100万人ぐらいかなあ
46 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 22:42:16 ID:g0rwtKG5O
パパも危ない人なんだ
パパのビリケン首相は
国内鎮圧に軍隊出動を発令して、日本国民に発砲
死者をだした
こわいこわい
47 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 23:35:33 ID:3h8Rd2mR0
親子で殺し屋かよorz
陸軍の人事って家柄かよ・・・
48 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/19(木) 04:11:12 ID:Sk5fVEnN0
長州の二代目って
なんで、こう、ボンクラばかりなんだろう・・・。
49 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 08:02:17 ID:HXxESDrv0
寺内父・・・出井
寺内子・・・久多良木
海空戦力で負けてる時点で、南方で孤立した陸軍は
餓死者病死者の山を築いて惨敗する運命にある。
これは誰が司令官でも変わらない。
51 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 13:35:03 ID:JzqhZjNo0
たったいま寺内寿一さんのお父様がトイレから出てまいりました。1908年11月4日、13時30分のことです♪
彼はお腹大きくて本当にすっごい。
52 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 13:55:51 ID:gYLDwf60O
ラバウルでは七万人の将兵が終戦まで生き残りました。
空も海も制圧されてました。
今村閣下は凄い
53 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 14:00:13 ID:gYLDwf60O
たった今
寺内パパは軍に命じて
山口県の炭坑夫を
射殺しました。
54 :
ジュディ:2006/11/04(土) 23:27:11 ID:JzqhZjNo0
寺内パパは今寝ています(1908年11月4日午後11時27分)。
明日またきっと食べまくっているんでしょうね。でも、あのお腹はすごいね。悪魔みたいな腹。
55 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 10:28:55 ID:cNSvm5qa0
腹切り問答の時に本当に腹切ってればよかったのに。
広田弘毅もこの男を陸軍大臣にしたのが間違い
56 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 17:55:52 ID:e2ZJ0e0mO
56さん、当時首相に軍部大臣を選ぶ力はない。
57 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 03:58:42 ID:B5xUSkRH0
コイツ、長生きしてたらもっと叩かれてたと思う。
58 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 18:00:45 ID:Gt0VB2kg0
保守(寺内寿一、晒し上げ)
59 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 03:23:43 ID:dWTRJyl20
マニラで山下閣下にレイテ決戦を指示した直後に
自分はサイゴンへ非難、軍用機で愛人をサイゴン迄送らせた
現代の現場を知らない、高級官僚の走りの人なんだろか
60 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 08:10:57 ID:OrOrXY8W0
226事件の朝、散歩さえしてなければ・・・・・・
61 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 21:17:47 ID:R2Bg9+kb0
日本陸海軍の中にあまりにクズが多いので、コイツの悪行があまり目立たない。
62 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 21:21:03 ID:6Q3LgEJyO
宇多田の親戚
63 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 01:32:41 ID:DHkpaaeA0
保守
64 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/14(日) 14:00:26 ID:NgAb3Lhf0
自分で自分の器量が全然わからない奴が人の上に立てるわけない。:
本当の馬鹿は叩かれない
66 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 00:25:30 ID:3q8n84k50
ほしゅ
馬鹿だから仕方ない
68 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 01:46:27 ID:s9v8/Cgf0
age
なぜ上げた?
寺内は幕僚のロボットである意味禁治産者だから、こいつらと同列に語るのもなー。
そうだったら、陸軍三長官を制覇しながら「便所の戸」とまで呼ばれたロボット2号杉山元も責めないとね。
71 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 01:50:25 ID:fuEJ9v/L0
>53
なに、なに、ホントにそんな事件まであったのか。
東条でさえ、閣議の抵抗にあったりして、闇から闇に、あるいは
内務官僚やらとグルになって一見、合法的に逮捕して、後は隠避な手段で
なんとかやらねばならなかったのに。
72 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 19:48:11 ID:nKAltrTd0
あげ
73 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/13(月) 04:23:22 ID:0mo3CGsx0
保守
74 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 03:17:04 ID:vWwEkB3w0
ほ
75 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/29(水) 22:09:58 ID:9go7T34S0
元帥ながら寺内と杉山の二人はどうしようもないね。山下大将 東條大将
の二人が絞首刑に処せられたのが気の毒。寺内と杉山のふたりも処刑が相当なはずだが。
76 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 15:01:33 ID:BN9MIJC50
寺内正毅の私設図書館は政治上の問題で利用されず、取り壊されもせず廃墟に
なってます。
調査のため中に入ったら
ハッテン場になってました。
77 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 15:48:09 ID:qXHHFlgL0
寺内寿一+鈴木貫太郎÷2=寺内貫太郎
78 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 16:14:37 ID:mQo0b0QrO
杉山とか処刑しようにも自殺してるんだからどうしようもない
79 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 16:46:48 ID:y7EyS1Lt0
寺内は病死しなかったら裁判にかけられてたのは
間違いないだろうな
なぜか東京裁判の被告にはならなかったが
80 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 22:49:47 ID:FdQCpfOW0
何故被告にならなかったんだろうな
81 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 23:20:51 ID:9Qx357Hv0
寺内は病死しなかったら裁判にかけられて絞首刑なったのかな?寺内にしても杉山にしても
元帥クラスの奴は馬鹿ばっかりだね。むしろ下士官クラスの奴が優秀な奴が多いよね太平洋戦争に
限っては
82 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 05:06:21 ID:zMCuoOcd0
寺内 冨永 牟田口 杉山の4人が陸軍」の軍人の中では
最悪だろうな。 杉山は自決しているから外してもいいけど。
この4人に比べれば東條大将や山下大将,阿南大将、岡田中将とか
立派だし優れているね。
83 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 06:20:30 ID:EtRCdGCT0
寺内て具体的にどんな悪事しでかしたの?
>>83 ゴー・ストップ事件(共犯)
陸軍軍人は交通違反をしても警察に捕まる謂れはない、という新たな判例を打ち立て日本の交通法規に影響を与えた。
切腹問答事件(主犯)
議会で陸軍の姿勢を追及した議員に陸軍を貶める言動は許さんぞ、と凄んだが「議事録にそのような発言があれば切腹して
お詫びするが、なかったら君が切腹してお詫びしろ」とやりこめられた。
戦前の議会と言うものは、このように死ぬか殺されるかという殺伐としたものであったという一つの証明と言えるだろう。
インパール大虐殺事件(幇助犯)
「初めての要望だから」と言う非合理にも程がある理由でインパール作戦を実施するように参謀本部に口利きをした。
そのため、泰緬鉄道の延長としての白骨街道が開通されることになった。
ゴラァ山下!レイテで決戦汁!事件(主犯)
ルソン決戦を考えていたタイガー山下将軍にレイテ決戦に切り替えるよう強要し、オルモック湾に臨時海水浴場を開設すると
ともに大量の溺死者を生産した。
85 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 19:16:02 ID:EtRCdGCT0
連合軍に対しては悪事働いてないんでないの?なら、死刑はムリ筋では
86 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 19:47:02 ID:KIOw65QI0
軍部大臣現役武官制を復活させて軍部の影響力を強くさせたことはかなり
重い罪になるでしょ。南方での作戦や残虐行為も直接手を下してなくても
最高指揮官だったんだから十分罪を問えると思う。
87 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 22:46:36 ID:H5nco47B0
保守
88 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 12:34:59 ID:c7gLZSZ50
寺内のバカのおかげで、無謀なレイテ作戦を決行させられた挙句、
部下の罪を被り、絞首刑になった山下大将がかわいそうでならない
(明らかな報復裁判だったし)。
マニラ市街戦も、山下大将の意向でなく、大本営のバカ参謀の発案
で渋々やったもんだし、本当に山下大将は報われない人だと思う。
ただ、レイテでやってもマニラでやっても結果は同じだったような・・・
90 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 15:19:38 ID:sJndDTtj0
ゴーストップ事件もひどいよな。
寺内のようなバカが軍のトップに立つと、社会の治安すら保てない。
それなのに、広田内閣ではこのバカが陸軍大臣に...
日本が滅びるわけだ。
>>85 連合軍に関係なく日本人として裁く権利があるだろ。
しかし馬鹿に刃物を持たせた方の罪も重いかな。
92 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 22:37:18 ID:MIqxE8+Q0
せめて寺内や松岡は日本人の手で絞首刑にしたかったね。
極悪な奴ほどまんまと病死してるのが納得できない。
93 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/15(火) 02:51:03 ID:t2eLvAd60
寺内親子は性格や行動パターンが朝鮮人。
94 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 07:36:40 ID:jS4mDkWM0
>>3 >昭和十九年十月南方軍総司令官のバカ元帥は、
>マニラを抜け出しサイゴンへ、芸者を軍属として呼び寄せ豪遊(愛人?)
最悪だな
95 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 21:42:13 ID:iM2c9IIrO
こいつが陸相になったのが悲劇の始まり
96 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 08:54:10 ID:lkvwZWvi0
こいつのにやけ顔こそが昭和の亡国軍人どもを象徴している希ガス
97 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 11:11:45 ID:gr7tiFra0
長州人は朝鮮人
98 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 03:48:22 ID:jNiHGaDy0
寺内が復活させた現役武官制によって太平洋戦争が始まり、
寺内がはじめたインパール作戦やレイテ戦で日本の敗北が決定づけられた。
疫病神だね。
東北人が太平洋戦争の責任を寺内に押し付けようと必死だなw
100 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/25(金) 20:12:54 ID:/3npZWKL0
売国奴寺内のせいでA級戦犯の罪を着せられ処刑された広田が気の毒でならない。
101 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/09(土) 16:19:36 ID:AnepqxXk0
東京裁判では、広田について、パルの他、オランダの判事(名前失念)も、
無罪としている。
事実、広田は、外務大臣と時、軍部と対立して、国際協調を目指していた
ことから、226事件の後では、誰が総理になっても、軍部の独走を止める
ことは困難であったであろう。
とりあえず、寺内氏ね(もう、死んでけど。)
102 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/09(土) 16:25:11 ID:AnepqxXk0
>>89 山下の作戦計画通り、ルソン防衛に徹していれば、かなりの時間稼ぎは
できただろ。レイテ島への移送だけで、すごい数の兵士、武器弾薬を
失っているんだぞ。
参謀長に堀栄三を任命できれば、なおよろし。
103 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 01:08:26 ID:0FgdlBQq0
ラッタッター
104 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 08:12:59 ID:TK3XZ5XN0
長州人は朝鮮人
105 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 15:49:37 ID:yOQoZ/zDO
永井かふう殴ったんだっけ?
106 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/15(土) 14:41:37 ID:GzJemVtr0
>>105 長髪が気に食わないと言って荷風の髪を切った。
女にもてる荷風への嫉妬が動機だね。
107 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 23:37:58 ID:CTzsAnfX0
寺内寿一(山口県)
広田内閣の陸軍大臣として軍部大臣現役武官制を復活させ、軍部の発言権を拡大させる。
太平洋戦争では南方軍総司令官として南方作戦を指揮した。
フィリピン決戦では37万人という大戦中最大の犠牲者を出す。死者のほとんどは餓死によるもの。
なお、このとき寺内はマニラからサイゴン逃亡し、赤坂から芸者を呼び寄せ豪遊していた。
その後、インパール作戦を強行するも、補給を無視した無謀な作戦で約8万人の犠牲者を出し、敗戦の原因をつくる。
108 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 19:37:27 ID:HRKwr2TA0
それより、こんな馬鹿がどうして出世できたかが問題だろ。
藩閥政治の時代は世襲だの2世だので親の七光りで出生した奴なんか誰もいない。
寺内寿一の問題は薩長閥の問題なんかじゃなく、人事システムの問題だと思う。
109 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 20:13:10 ID:ALvEgDbi0
永井荷風が寺内寿一に殴られたのは二人が東京師範付属尋常中学校時代の話だろ
荷風は日記の中でよく喧嘩したと書いてるが体力差から殴られたのが真相か
この中学はお坊ちゃま中学として知られ、高級軍人と高級官僚の息子である両名が
一緒になったのも不思議ではない。この後、寺内は陸士予備校といわれた成城学校
を経て陸士入校してる
110 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/19(水) 21:16:27 ID:hjZxqZkL0
マウントバッテンはどうして、こんなのと仲がよかったの?
連合軍の勝利を強力にバックアップしてくれたから?
111 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 19:40:45 ID:BfAaTUS8O
日本が敗戦国にならない為には
北一輝を頭に大杉栄らを従え
日本アナーキズム社会主義帝国を創立すべきだった
国旗は赤地に鍬と稲穂
国歌は百姓労働者讃歌
国鳥は鳩
総理書記長は北一輝
顧問に西園寺公望
外務大臣に吉田茂
文部大臣に大宰治
満州国総督に石原かんじ
これで英米と組めば良かったんだよ
112 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/04(金) 20:45:18 ID:B28VMxBd0
松岡洋右と寺内寿一は、
日本を破滅させるために朝鮮から送り込まれたスパイ。
>>112は、松岡や寺内に戦争責任を押し付けたい東北人になりすました朝鮮人スパイ。
114 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/20(日) 10:05:06 ID:GoKAeW/q0
寺内親子は本当にどうしようもないない。
115 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/20(日) 10:40:23 ID:wi+r53EJ0
寺内毅とBlueJeans
116 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/20(日) 13:51:19 ID:SuxE6WQi0
馬鹿息子寺内寿一
117 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/20(日) 16:14:04 ID:1DGcH+Vf0
安倍晋三とどちらが馬鹿なの?
118 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/21(月) 06:58:47 ID:GE2E4K9F0
『断腸の思い』
腸は切るわ倅は覚せい剤やるわ
>>111 国章だけはどう観てもソビエトの同盟国だな。皇道派+英米派の
連立はおK。
>>117 馬鹿と言っても、ニッポンの存亡に関わる時期に枢要の地位に
あり、多数の人命を損ったのは有害の極み。
120 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 21:23:20 ID:Ngwz0QOS0
山口県というのは日本では朝鮮の血液的影響を
もっとも多く受けたものの一つですから、
それももう古代じゃなくて、ごく近代にいたるまで
受けつづけてきたところですから。
そういうことがあって、長州的思考法というのは
ぼくなんかは朝鮮人的なタイプだと思うんです。
司馬遼太郎
>>117 寺内寿一。
典型的な無能。そして軍において無能な指揮官はそれだけで罪。
長州閥退潮の時期だったから師団長程度で終わると思ってたのに、
ゴー・ストップ事件で皇道派の真崎辺りに気に入られたとかでいきなり出世街道。
佐藤幸徳の各派閥評の中でもこいつだけ「貴族」。つまりどっかに属するような信念もない。
まぁ長州閥が壊滅して、多くが航空部隊に転属する中でこいつだけ出世してることからも明らかでしょうが。
おなじ長州出身でも、桜井省三(徳太郎じゃないよ)が出世した方が、どんだけ日本にとって有益だったか。
潰されたとはいえ、マスコミの捏造にたいする行政処分をしようとしてただけ安倍のがマシ。
まぁ福田政権になってから改正放送法も骨抜きにされましたが。
>>120 それってさ、鎖国下でどうやって受け続けたのか不思議なのは俺だけか?
あと大内氏が自称したのだって百済の豪族だし、貿易の中心地は博多。毛利氏はもともと東国の豪族なんだが。
122 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 00:59:52 ID:i+uS2ob90
牟田口第15軍司令官の狂信的な主張を盲信し、インパール作戦を裁可。
現地の実情に基づく第14方面軍山下方面軍司令官の主張を却下し、台湾沖
航空戦の戦果を過信しレイテ決戦を強行。
それで失敗し自分の身が危うくなるとマニラからサイゴンへさっさと逃亡。
自分が逃げているため、富永第4航空軍司令官がマニラから台湾へ逃亡しても
最終的に半分追認。
上に行くほど無責任は今でも日本社会ではよく見る話だが、こいつは最低ランク
だろうな。
123 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 04:03:05 ID:42FBdJws0
>>120 司馬遼太郎個人的感想だろ。
司馬の坂の上の雲なんて酷い作品だぜ。本当に203高地に足を運んでたのならあんな作品は書けないよ。
彼が長州を嫌ってたことはよく分かるけど。
124 :
121:2008/06/29(日) 18:48:21 ID:9BnOhgCe0
あ、大内氏が自称したのは百済の豪族じゃなくて、百済王室の末裔だった。すまんすまん。
125 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 23:59:49 ID:O4W2k1sh0
何万人もの兵を無駄死にさせた乃木。
何十万人もの兵を餓死させた寺内。
司馬が長州を嫌うのも当然でしょ。
126 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/09(土) 23:33:35 ID:kv2uoWUA0
彼は南方軍(南方総軍)の総司令官であった。当時、日本には総軍は三つあった。
関東軍、支那派遣軍、南東軍。戦争末期、総司令官はそれぞれ、山田乙三大将、
岡村寧次大将、寺内寿一元帥。三総軍のなかでも、南方軍の任務は対米英決戦。
大東亜戦争の主力部隊で、100万の大軍を擁していた。
1944年十月。おりしも、マッカーサーはフィリピンに攻めかかっていた。I
Shall return”の公約を果たしたと大張り切り。
これを迎え撃つ日本軍。日本はフィリピン決戦を呼称していた。今度こそは、
何がなんでもニミッツ、マッカーサーを地獄へ逆落としにするぞ。
日本軍の総司令官・寺内寿一は、マニラでみずから指揮を執るのか。
それが当然であろう。
しかし、そうではなかった。マニラを去って、「東洋のパリ」と言われたサイゴン
の旧フランス大邸宅で優雅に生活することにした。それでいて、マニラの
フィリピン方面軍司令官・山下奉文大将の作戦に容喙(口出し)はする。
山下大将の作戦では、「島の一つや二つどうでもよい。フィリピン全体で勝てばよい」
という方針であった。山下大将は、ルソン島で着々と決戦の準備を進めていた。
米軍はレイテ島へ上陸してきた。罠である。山下大将は無視する肚であったが、
罠とは見抜けなかった南方総軍は、レイテ島で決戦を行うべしと指示してきた。
腐蝕の果てに、戦争が少しも見えなくなってきたのであった。フィリピン方面軍の兵力は
分散され、レイテ島で各個撃破された。
兵力分散は戦争の禁忌(タブー)である。そのために、米軍がいよいよルソン島に上陸した
ときには、山下大将は決戦兵力を保有していなかった。フィリピン方面軍はマニラ近郊
での決戦を断念し、山中の複郭陣地で、空腹でフラフラになりながら米軍と戦うほかなかった。
フィリピン方面の戦闘(「戦闘」と言えるものか?)で日本軍は、37万人という大戦中最大の
犠牲を出した。それほどまで、フィリピン決戦は激戦であったのか?いや、そうとばかりも
いえない。死亡者の87パーセントまでが戦死者ではなく餓死者であった!戦史を読んで、この件
に至るたびに書をなげうって悲憤発狂せざるをえない。南方総軍の戦争無知、指揮のナンセンス、
かくのごとし。
小室直樹「これでも国家と呼べるのか」より
127 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/29(金) 16:38:21 ID:dNPbZCsO0
寺内寿一はクズ。
寺内がムッチーや辻ーんほど責められないのは、敗戦直後にゴム園の荒れ屋で病死したっていうそれだけだろ。
相対的に、天寿全うして自分の葬式で自分弁護してたムッチーや政治家になった辻ーんのが悪目立ちするってだけw
>>125 坂の上の雲は、むしろ乃木の弁護のような記述が多かったと思うが……
乃木より伊地知の方が責められてただろう。確か。
あとレイテ決戦は、寺内だけじゃなく、台南航空戦の大戦果を真に受けた大本営方針でもある。
まぁそれに反対しなかった時点で全くの無能であり、また責任も明らかで、弁護をする価値も気も無いのだが。
インパール作戦の責任もあるしな。
東条→寺内→牟田口、3バカ共演という豪華さ。
インパールでこのバカ共の犠牲になったのは師団長達、レイテでは山下だったな。どちらにせよ、前線の将兵が哀れすぎる。
アメリカ軍の誰かが、「日本軍の第一の敗因は、硬直した人事だ」とか言ってたと思うが、こいつらを見ると本当にそう思う。
ラングーンから撤退というには余りにも無様な醜態晒して逃げ出した木村兵太郎が、その直後だか最中だかに昇進したのなんか、
ブラックジョークにもならん。
129 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 23:40:20 ID:jOVqBqb70
牟田口はたしかにバカだけど、彼のような立場の者が功名心に走ることはよくあること。
上司の寺内が彼の暴走を抑えればそれで済む問題だった。
しかし寺内は牟田口を追認し暴走にお墨付きを与えてしまう。
辻ーんは危険な前線に何度も出てるというのもあるかも知れん
だから当時の現場の兵士には評価が高かったらしい
そもそも自分たちが苦労してる原因が目の前のそいつだということを知らずにw
131 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/09(日) 15:55:39 ID:7skNTEb00
>>128 台南航空戦の大戦果についてだけど、寺内の下には、
山下奉文も堀栄三もいたわけだし、彼らの意見に少しでも
耳を傾けていれば、レイテ作戦なんて無謀は行えなかったはず。
つーか、常識で考えて、ショボイ数の攻撃機による夜間航空戦で、
エセックス級20隻撃沈って、ありえんことぐらい陸軍にいても
わかるだろ。
132 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/09(日) 17:12:00 ID:goBazQ8UO
お坊ちゃんだからな
>>131 そのようなまっとうな意見を言うと
「寺内閣下は敢闘精神が足りないのではないか」と陰口たたかれるからな
コトダマ国家にして、上官が部下の評判を気にする見栄っ張り国家日本だからw
>>131 つか、無能寺内はまだしも、参謀連がそれを鵜呑みにしたのは未だに信じ難いなw
>>134 参謀にとって情報の価値は信憑性があるかないかではなく
自分の立てる作戦に好都合か不都合かどうかです
そう考えると、第28軍の桜井−岩畔−宮崎ラインは奇跡の集合体だろうかw
それとも、中央に近づくにつれて、バカの比率やレベルが上がっていたのだろうか。
>>136 中央に近づくに従いバカの比率が上がるのは日本の麗しい伝統。
米軍も日本は下士官兵クラスが優秀で上に行くほど馬鹿になると認定してた
といわれる。
>>137 > 中央に近づくに従いバカの比率が上がるのは日本の麗しい伝統。
現在でも国・地方を問わずあらゆる官庁、およびあらゆる企業に顕著に見られる特徴ですね。
しかも、彼らは一様に自称天才。プライドだけはネット番長のゆとり世代にも引けを取らない。
139 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/30(日) 10:43:39 ID:4NP2JNEg0
硫黄島では日本軍は玉砕したけど、アメリカ軍も同等以上の死傷者を出した。
そして硫黄島の戦いはアメリカ軍にとってのひとつのトラウマとなった。
南方方面軍が、硫黄島なみに敵に出血を強いて、アメリカの戦意を後退させていたら、
どうなっていただろうか?
絶対国防圏の崩壊は避けられないにしても、その後の流れが変わった可能性は高い。
結局、無能な作戦で大量の将兵を無駄死にさせたツケは、
広島の原爆や東京大空襲という最悪のかたちではね返ってきている。
それは海軍に言った方がいいと思うんだな。
ガダルカナルで極めて不利な消耗戦などせずに、南洋諸島の要塞化を進めていれば……
戦略的には凄い後ろ向きだが、現実的にはそっちのが出血を強いることが出来ただろう。
あ、寺内始め南方方面軍の弁護なんざする気は更々無いのでその辺はよろw
>>140 > ガダルカナルで極めて不利な消耗戦などせずに、南洋諸島の要塞化を進めていれば……
サイパンみたいに必要なところだけ攻撃して、あとはラバウルみたいに迂回しておいて兵糧攻めにするだけだろう。
どうせ陸兵だけなら後方にいても脅威を感じないだろうから。
珊瑚礁の島なんかだと、自活が困難なのでそれだけで自滅するだろうよ。
島嶼を守備するためには制海権が必要。そして、制海権を取るためには制空権が必要。
陸軍も温存している航空兵力を惜しまずつぎ込む覚悟が必要だろう。
たとえ洋上攻撃には使えなくても要地防空や地上部隊支援の役には立つ。
>>141 温存してたっけ?
末期になると、満州でもビルマでも陸軍航空隊はかなり悲惨だったと思うが。
赤とんぼまで引っ張り出して特攻したのは満州だったか。
>>142 海軍がアメリカ陸海軍航空隊を一手にまわして一人で無駄な努力をしている時に陸軍航空隊も主力はいつ起こるかわからない対ソ戦に
向けて待機温存されていた。陸軍だけの戦場であったビルマを放置してまでも。
陸軍航空隊がやっと出てきた時には、海軍航空隊は半死半生状態だったので足しても一人前ちょいくらいの戦力にしかならなかった。
しかもその間もビルマは放置され続けていた。五月雨式に主力を南方に移したため、あれだけ大事にしていた満州の空からも陸軍機がほと
んどいなくなった。
つぎ込む時期が悪いと、何事もうまくいかないという見本が陸軍航空隊だ。そして海軍航空隊は差し詰め鼠先輩(のあだ名の語源)。
144 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/12(金) 11:04:51 ID:pKq7MKnI0
典型的な2代目の馬鹿息子
台湾沖航空戦の戦果は天皇にも奏上された正式な戦果
やっと陸海が真面目に協力して国運を賭けた比島決戦に臨んだ時
調べてみたら海軍が嘘をついてるようだからレイテ決戦は取りやめる
なんて言える訳がない
146 :
伊葉陸将:2009/03/05(木) 19:00:17 ID:PaPYn+eG0
完全に親の七光で元帥になった寿一は当時の軍部の恥だな
147 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/14(土) 14:13:34 ID:YHIlV8uH0
親父も山縣の子分て言われてるけど。
今の2世議員と同じ
血統だけで、選ぶからこうなる
軍事的な才覚なんて、家系となんも関係ない
ナポレオンの親は平民だぜ?
ナポレオンの親はコルシカの下級貴族。平民じゃない。
でも寺内の親は一応伯爵。
150 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/14(土) 23:09:04 ID:YHIlV8uH0
>>
151 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/14(土) 23:10:34 ID:YHIlV8uH0
2世で有能な奴ているの?
152 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/15(日) 20:28:53 ID:4XNxHu7n0
いない
153 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/16(月) 00:28:36 ID:Tt0zCKQA0
154 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/16(月) 09:47:42 ID:ETiD09iJO
こいつは師団長で終わるはずで、本人もそう思ってたのに、
ゴー・ストップ事件のときの対応で真崎か荒木に気に入られて
出世コースに乗ったってマジ?
>>154 そうらしいな
昨日のドラマでもお坊ちゃんって言われたな。
156 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/16(月) 19:20:50 ID:njlGriC80
戦後の宇垣の回想によれば本来なら宇垣軍縮で予備役に編入される予定で、宇垣も決定していたんだが、大先輩の子ども
だから辞令だけでは失礼と思い、直接本人に暗に引退を勧告したんだが、そしたらどんな任務でもいいから泣きつかれたので
やむなく断念したらしい。それを考えるとこいつは父親のおかげでそれなりに得してるな。
157 :
伊葉陸将:2009/03/16(月) 23:43:48 ID:Vyr7vIMW0
>>154 もともとオヤジが元帥にして総理大臣だからな
何の能力も無くても出世してたんだろうね
158 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/16(月) 23:56:46 ID:EgW1n+lt0
オヤジもあんまり良い心象ないな
親父は山県の腰巾着。
ドラマの影響でこいつのヘタレさが広まってメシウマ
161 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/17(火) 02:40:40 ID:r7ZLGIEBO
所詮お坊ちゃんだからな。修羅場に弱い
162 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/17(火) 02:44:30 ID:eeASeBFp0
借金取りのことを切取りと言うらしいな
163 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/17(火) 17:50:13 ID:+Jmvj1Xx0
ドラマには悪役必要だけどいいヒールだったな。
ドラマで腹切り問答が見られたのはよかったな。
ただ佐藤賢了がいい人だったのには違和感があった、
「黙れ」事件でDQNなイメージあったから、
スレ違いでスマン
>>165 信長の親父は国主じゃなく守護代のそのまた家臣の奉行だぞ
一時は尾張随一の実力者ではあったけど晩年は落ち目になってた
スレ違いだ信長厨
>>167 それでも信長って生まれながら殿様の子供。
現代でいうなら東証二部上場企業の社長の息子くらいではある。
社長が創業家の大株主ではないが。
170 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/01(水) 22:03:07 ID:EDAbMVJm0
子供のころは児玉源太郎の家に預けられてたって本当?
171 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/01(水) 23:26:37 ID:2kCcOC9G0
生きてたら戦犯になってたのだろうか
172 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/06(月) 22:08:01 ID:o5i6xboq0
寺内よりも山下奉文に南方軍の指揮を摂らせていたらもう少しましな作戦を
取ってたかもしれないな,大勢は変わらないにしても現実的な山下の事だから
寺内のように大本営の云うとおり無理な命令でも決行させていたずらに無謀な
消耗をするような愚行はしなかっただろう。
>>170 児玉家とも親戚だからな
不思議はないけど
175 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/26(日) 01:24:26 ID:rnA1HS+J0
今の世襲議員みたいな軍人
176 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/26(日) 07:38:22 ID:3VsSkfmTO
ぼんぼんといわれても仕方ないよね
まあ御輿みたいな人だからめちゃくちゃいい人そう、仕事するなら寺内はんがいいな
177 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/27(月) 10:36:53 ID:HRg24g/z0
>>176 その言葉、あの世で山下奉文に言ってみろ!
178 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/27(月) 16:34:55 ID:4dNEz8sC0
寺内の下で死んでいった人たちを見たらあんまり一緒に仕事したくないな
179 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/27(月) 22:53:33 ID:1kN0jLnFO
すみませんでした。
>>175 世襲でも毒にもクスリにもならない人物ならまだマシだったのに
正直毒にしかなってないよね?
181 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/29(水) 12:49:11 ID:zM9GCAjL0
宇多田ヒカルの親戚
182 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/06(水) 00:06:16 ID:iihvvBgT0
>>108 亀レスでしかも転載だけど
宇垣「私が陸相時代軍の定期異動で寺内の予備役入りを決めたが、彼は陸軍の
大先輩の跡取りだから、辞令だけでは失礼と思い本人を呼んで”君は伯爵だ。
此の際後進に途を譲り義兄児玉伯と共に、貴族院議員でお国に御奉公してはどうか”
と、勇退を求めた。彼はうなだれて『私の無能は存じて居りますが、私は世間で申しま
す襁褓のうちからではなく、母の胎中にいる時から陸軍の飯を戴いて居りましたので、
任地は由良でも澎湖島の要塞でも結構です。どうか一生陸軍に置いて頂きたい』と
神妙にいうので宋襄の仁も手伝って馘首は引っ込めた」
183 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/07(木) 09:24:49 ID:U/ns9Dsz0
>>182 それが後に怨恨に変わり、宇垣に大命降下したときには
反対派に回ったわけね。
ボンボンのやりそうなこった。
良くも悪くも陸軍を代表して動くロボット。
185 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/07(木) 23:40:22 ID:fGgmETv90
宇垣の言うとおり、おとなしく貴族議員やってたら良かったのに
186 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/09(土) 00:32:29 ID:sB9t3uWe0
あの大戦は背水の陣で望んでも勝ち目のない戦いだったのに
ゴーストップ事件や縮軍演説に対する幼稚な対応しか出来ない
男に重要方面を任せた時点でアウト。
宇垣がもっと強く説得してくれていたら・・・
寿一も空気嫁って思うの俺だけ?
189 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/09(土) 20:42:08 ID:29Bq9AgN0
>>188 正解→代議士の浜田国松との腹きり問答でした失礼。
いずれにしても大人気ないね。
190 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/10(日) 11:16:36 ID:MUntkxof0
佐藤賢了よりはマシだと思うけどね
191 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/12(火) 16:55:19 ID:lxn48EJL0
武藤の存在
192 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/15(金) 00:13:56 ID:Me6fYcmV0
寺内親子の功罪はなに?
荒木・真崎時代によくクビにならなかったなぁと思う
194 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/03(水) 13:22:27 ID:L3l6cOSL0
>>154によると荒木・真崎に気に入られたみたい
>>110 ゴメン亀レスだけど
貴族同士だから気が合ったんじゃないかな?
195 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/07(日) 20:24:37 ID:mqncvyWa0
打てない1割打者の寺内を使う原辰徳を監督を俺は責め続ける。
寺内正毅だって優秀な軍人と言う評価はついぞ聞いたことない。
強いて言えば、日清戦争での兵站とかくらい。
寺内正毅顕彰会か何かでも、「寺内正毅元帥は整理の人だった。」
とか書いてあるよな。
日露が緊張し始めた時期に、よく参謀次長なんて、陸軍最大の
要職につけたと思う。
山縣の子分とは聞いたことある
198 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/29(月) 19:13:22 ID:MdIE9ag10
寺内正毅は片手が不自由だったから前線指揮に出られなかったんでしょ。
199 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/30(火) 10:30:11 ID:+jtEjYOy0
陸軍大臣としてはそこそこ優秀だったらしいが正毅
大臣まで登りつめれる人はみんな大体そこそこ優秀かと
能力・人徳・運と揃ってないと中々なれない
皇族はどうだか知らないけれども
無能奴も何人かいると思うけどな
202 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/28(金) 10:02:02 ID:2kRzmOog0
203 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/29(土) 22:04:16 ID:JN2Y7gbe0
川島義之とか大臣でも無能だと思うけどな
歴代で優秀な陸軍大臣って誰?
って聞かれたらちょっと困るよね。
阿南惟幾陸軍大臣
命を懸けて、日本を終戦に導いた。
206 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/10(土) 21:19:25 ID:kdspSd40O
東條も陸軍大臣としては優秀だったな
207 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/10(土) 22:52:32 ID:xvR3xPFF0
木越安綱はどうよ?
あと宇垣一成
208 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/14(水) 02:01:05 ID:t08FWojz0
寿一が陸軍大臣選ばれたのって
お坊ちゃんだから扱いやすいかららしい
数々の放言から閣僚たちからも「陸相の漫談」匙投げる始末だったとか
ソース「歴史上有名人の子孫たち」
>>208 そりゃ、公債50億だの100億だの吹いてりゃ、さすがの馬場蔵相も呆れるよ。
226事件
事件の取り調べをしていた連中に
寺内寿一が、
「あれは全部、西田と北がやったんだ」
って言って、強引に話を持って行ったらしい。
「西田と北をはやく殺してしまえ」と言わんばかりの
剣幕だったとか
以前、NHKスペシャルで当時の取り調べ官が証言してた。
>>202 長州閥なんてとっくに消滅してる。
反長州閥の皇道派・統制派が天下取ってた時期だぞ。
親の七光りっすよ
そうじゃなきゃあの宇垣の時で首だったよ
ちっ、もう少しで総理大臣だったのに。
215 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/24(土) 18:40:16 ID:zF3zI12T0
さっさと総理にした方がよかったな
現場から隔離できるし
下手やったら絞首刑組に入れればいいし
山縣は優秀だぞ
寿一と一緒にするな
>>217 戦場にさえいなけりゃなw 部下と功を競うのでやりにくいからと天皇に頼んで前線から下げてもらったし。
「過ぎたるは及ばざるが如し」で戦場にいる部下からすれば、有能な山縣も無能な寺内も迷惑なことでは一緒。
>>212 上の方では、真崎とかに気に入られて出世街道に乗ったような話があるな。
>>196 三浦観樹回想記に書いてあったけど
三浦梧楼が「寺内という男は、どうも思っていたより人間が小さい。それに恐ろしく猜疑心が強い、決断力の乏しい男だ。駄目だぜあれは」と言うと、
山縣も「あれはあんなもんだよ。日露戦争のとき、あれが陸軍大臣でよかった。もし参謀総長なら、大負けするところだった」
寺内は政略を張り巡らせるようなタイプでもないので、
真崎も、こいつは人畜無害と判断したんだろう。
お坊ちゃんだからな
佐藤幸徳か誰かの軍部派閥評では、寺内だけ”貴族”に分類されてて笑ったなw
秋山好古なんかは、元帥を辞退しているくらいなのに、
こんなバカが元帥になるなんて、陸軍の人事が間違っている。
>>224 スマン転載だが
390 名前:日本@名無史さん :03/06/29 23:16
孫引きになるが、高木俊朗『抗命』のなかで、佐藤幸徳の遺稿が引用され、
その中に彼自身の派閥観が書いてある。佐藤によると
皇道派=荒木貞夫、真崎甚三郎、柳川平助、小畑敏四郎、山岡重厚、山下奉文、
岡村寧次
保身栄達派=宇垣一成、杉山元、二宮治重、梅津美治郎、河辺正三、
河辺虎四郎、柴山兼四郎
粛軍派(統制派)=小磯国昭、松井石根、建川美次、永田鉄山、東條英機、
樋口季一郎、佐藤幸徳
満州組=板垣征四郎、石原莞爾
革命家=橋本欣五郎
利口にして世渡り上手組の筆頭=阿部信行、畑俊六
貴族=寺内寿一
超然とした学者肌=下村定
もちろん因縁の牟田口は皇道派
>>226 この「貴族」ってほめ言葉・・・ではないよね
昔のスレから拾ってきた
ほのぼのエピソード
401 名前: 354 投稿日: 01/09/17 02:17
寺内寿一についての山岡重厚のエピソード
山岡中将が寺内司令官の元で行った石家荘作戦のおり、思わぬ犠牲者を出してしまったことについて、山岡が「多くの犠牲者を出して何とも申し訳なく思っております。」
と言ったところ寺内が、
「君、そんな事は心配しなくて宜ろしい。兵隊は招集すればいくらでもある!」
というをきいて、山岡はびっくりして、
「貴方は本気でそれを言うのですか」
と詰め寄ったところ、
「わるいか?わるかったら取り消すよ!」
このような人生観を持つ将軍によって、中国大陸の戦火は拡大された。
インパールもまさにこの人生観に基づくものと推察される。
2・26事件の時、真っ先に宮中参内して、陛下の御耳に「この事件の黒幕は真崎大将である」と入れた為、真崎が無罪であるとなると軍法会議長官として立場が無い。
真崎を何としても死刑にしようと必死に画策するが果たせず。
真崎大将については、諸説紛々(必ずしも黒幕でないと言う説もあり=「二・二六事件の偽史を撃つ」山口富永著)だが、自分の保身から真崎大将を死刑にしようと寺内は老獪であり、小心者の大悪人であると思う。
山岡が寺内に首きられた腹いせにあることないと書いた、、、
ってのは言い過ぎかもしれないけど
多分大げさに言ってるんだろうなって感じはあるような。
>>226 橋本欣五郎の革命家ってのも味があっていい。
本人もさぞ喜んでるだろう。
寺内寿一は正真正銘のクズ
山下大将とその配下が可哀相すぎる