勝海舟は戦いもせずに江戸を明け渡した卑怯者だろ?

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952名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 12:19:23 ID:lw4HlZ2w0
「武士道とは死ぬ事と見つけたり」>葉隠だろうが
953名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 12:22:02 ID:kS85AKcE0
>>951
アホらしw
だからな。
そういった薩摩の徴発にも乗らず、怒りに耐えて江戸を戦火から救った勝が凄いと言っているんだが?w。
言っておくが、勝は益満らを交渉のカードに使っているんだよ。
政治家だろ。小栗はどうさ?
怒り、怒りにまかせ薩摩藩邸を焼き討ちし、ついには大阪の旧幕軍の出兵に発展させた。
その結果はどうさ?鳥羽伏見の負け戦と朝敵のレッテルだろw。
どちらが政治家として優れていたかは、結果を見れば明らかだ。
いい加減逆恨みするの止めたら?会津ファンのアナタ。
954名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 12:26:18 ID:kS85AKcE0
ま、官僚として小栗が優れ勝が劣っているという意見には賛同するけどなw
955名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 19:35:19 ID:Ngwz0QOS0
この件に関しては小栗が正しい。
最強の幕府艦隊を二つに分け、駿河湾から東海道の薩長勢を叩くとともに、
別働隊が江戸湾に入って艦砲射撃を浴びせる。

後に大村も小栗の主張が通っていたら我々の首は無かったと述懐してる。

勝は敵のスパイとして振る舞い勝機を潰したわけで、要するに売国奴だね。
956名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 20:20:38 ID:EH86Do2R0
旬な話題だな
957名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 20:35:37 ID:3zRQjijR0
勝の功績
大日本帝国1889年〜1947年(享年58歳)に政権移譲して
たくさんの日本人を殺しました
すばらしい人物です100年先をみこしてますね
自分でいう通り
958名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 20:40:17 ID:o5igjEfQ0
>>955
大村は鳥羽伏見の戦いに薩長は負けると予測したが、実際には勝っている。
大村の言う事が必ずしも正しいとは限らない。

ついでに言えば、小栗の作戦は誰でも予想できる作戦であって、故に新政府軍の主力は海の無い東山道を進んでいる。
東海道軍は総司令部ではあるが、囮の役だ。
小栗案が採用となっていたところで、江戸総攻撃して終わりだw。
959名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 20:44:47 ID:o5igjEfQ0
>>957
またそのネタかよw
大日本帝国自体は議会制。この議会制を無視する軍部を蔓延らせたのが東北人だよ。
彼らは薩長閥打倒を掲げ、軍閥の力で倒した。
軍部で政府議会を牛耳ったかれらが日中戦争や太平洋戦争で敗北しただけだろw。
ものの見事に「ごかましとやまかし」の論理だ。
960名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 20:57:49 ID:cjSLDnOw0
戦わずして人民を救うか、無駄に戦って人民を巻き込んだ挙句に恨族と化すか?

さぁ、キミたちはどっちだ?w
961名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 23:33:41 ID:vfnaAjPM0
>>958
>大村は鳥羽伏見の戦いに薩長は負けると予測したが、実際には勝っている。
慶喜が徹底抗戦する前提で予測してるからね。
そして仮に慶喜が大阪城に陣取って徹底抗戦してれば、大村の言うとおり薩長に勝ち目はなかった。
逆に言えば、将軍の夜逃げという例外的な要因に救われたということ。

>故に新政府軍の主力は海の無い東山道を進んでいる。
その状態で幕府が総反撃に出たら、討幕軍の主力は補給を受けられず、
ジリ貧となり包囲殲滅されてた。
制海権をどちらが握るかが戦況を左右するんだよ。
962名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 00:03:51 ID:Pw6pZx300
>その状態で幕府が総反撃に出たら、討幕軍の主力は補給を受けられず、
>ジリ貧となり包囲殲滅されてた。

大丈夫だ。江戸までは行ける。江戸まで行ってしまえば江戸城を落として幕府軍は補給不足になるだけだw。

>制海権をどちらが握るかが戦況を左右するんだよ
 都市の占領支配は陸兵である歩兵にしかできないことだよ。
 制海権など対した問題ではない。しかも最大の消費地江戸へ米を輸送する為に陸路の方が開発されている。
 江戸占領した後に横浜のドックを抑えてしまえば、このドックでしか修理ができない海軍なんぞ自滅するだけだ。

どうでもいいが、お前は長州の大村信者なのか幕府の小栗信者なのかどっちだw
小栗と大村の言い分をご都合主義で使いまくるねw。
963名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 00:19:17 ID:YlAx6m1M0
 
964名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 00:58:09 ID:9BnOhgCe0
>>961
>制海権をどちらが握るかが戦況を左右するんだよ。
そこまでの影響はない。
補給戦を読めば分かるが、ナポレオン戦争の頃は弾薬の補給を全く必要としていない。
普墺・普仏戦争の頃に至っても、馬車による微細な補給と現地調達で事足りた。
大鳥が宇都宮で落胆したのは、持ち出しが少なかったのとあそこを策源地として持久するつもりだったからだろう。
食糧も含めた自給なんて思いもよらない時代だよ。
海軍を用いるなら後背地、特に大坂上陸という手が一番有効だと思われるが、
輸送に使える船腹とそれだけの賭けを断行する意思があったか無知ゆえに分からんので何とも言えん。

あと大村が本当にそんな事を言ったのかも俺は知らん。
965名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 02:36:43 ID:e9uW8RUQ0
>>962
>米を輸送する為に陸路の方が開発されている。
幕府が薩長討伐の方針で総反撃に打って出たという前提なら、
周囲敵だらけの関八州の陸路は薩長にとって危険極まりないルートになってる。

>江戸占領した後に横浜のドックを抑えてしまえば、
横浜を戦火に晒したら、外国人居留地にも影響が及び、討幕派は英仏を敵に回すことになる。
さらに横須賀ドックを勝手に押さえたら、横須賀に停泊してるフランス艦隊は、
賊徒殲滅のために軍事行動を開始することになるだろう。
なんとか承認を得ようとイギリスに卑屈に屈従してた薩長が、横浜に手を出せるわけがない。

>>964
アメリカ南北戦争での南軍の敗北は、
制海権を奪われ補給に支障をきたしたことが大きな要因。

そして薩長は南北戦争終結で余った最新兵器を英米から与えられ緒戦の勝利を得た。
制海権を失い補給を得られなかったら、当然、南軍の二の舞になる。
966名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 03:11:36 ID:42FBdJws0
勝は使者だっただけで(ry
967名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 08:44:53 ID:V1DLHSxu0
>周囲敵だらけの関八州の陸路は薩長にとって危険極まりないルートになってる
それも大丈夫だな。薩長は官軍だよw。関八州は敵が多いが、薩長の相手ができるだけの石高をもった大名は皆無。
金が無い小藩ばかりだから、薩長の近代化された軍隊だけで撃破できるし、彼らは単独でも戦いは挑まず全員江戸城での籠城を選択するだろうからね。

>横浜を戦火に晒したら、外国人居留地にも影響が及び、討幕派は英仏を敵に回すことになる
>制海権を失い補給を得られなかったら
横浜を戦火にさらさねばいいだけの事。それに海軍国家イギリスは薩長側なのだから幕府の制海権だって怪しいものだw。
補給線は陸路で通るし、輸送船にイギリス商人の商船をチャーターすれば幕府は手出しできないよw

どうするどうする?w
968名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 09:42:33 ID:YlAx6m1M0
どうもしないw
969名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 09:45:10 ID:EIDIhf7+O
もはや勝海舟スレではないな
970名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 09:58:05 ID:YlAx6m1M0
 
971名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 09:59:45 ID:YlAx6m1M0
 
972名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 10:00:04 ID:YlAx6m1M0
 
973名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 10:01:17 ID:YlAx6m1M0
 
974名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 10:02:21 ID:YlAx6m1M0
 
975名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 12:35:33 ID:1pysyrbN0
戊辰戦争の些末なことなど、どうでもいいよ。下らないから
976名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 13:36:46 ID:EiFtRs4O0
>>967
>金が無い小藩ばかりだから、薩長の近代化された軍隊だけで撃破できるし、
その「金が無い小藩」を次々と取り込むことができたから「官軍」の勢いが維持できた。
「金が無い小藩」が次々と向かってきたら、補給がつきて、英米から与えられた近代兵器も意味が無くなる。
いずれにせよ、勝が幕府を売ったことによって、薩長は救われたんだよ。
勝に対しては最大限に感謝しなければならない。

>それに海軍国家イギリスは薩長側なのだから幕府の制海権だって怪しいものだw。
すげー妄想。
イギリスは中国で手一杯。
本国政府が日本の内戦への干渉を許可するわけがない。
一方のフランスはやるき満々。
また、当時、フランスは横須賀沖に艦隊を集積させてたのに対し、
イギリス艦隊は遠く大西洋上にあった。
幕府+フランスの制海権が脅かされる展開はありえない。
977名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 16:34:15 ID:pvkenFUj0
>976
>「金が無い小藩」が次々と向かってきたら、補給がつきて、英米から与えられた近代兵器も意味が無くなる
小藩総てが金を抱えて江戸城に逃げ込めるはずもない。
城を捨てていくだろうから、その城の物品を分捕ればいいだけのことだ。
補給は尽きないねぇw


>イギリスは中国で手一杯。
>一方のフランスはやるき満々

中国で手一杯?馬鹿言うなw
片手で中国、片手で日本ぐらいの事は平気でられる国だよ大英帝国はw。
>幕府+フランスの制海権が脅かされる展開はありえない
フランスはイギリスに逆らえない。なぜならばフランスの軍艦を修理すべき極東の軍港はすべてイギリスの支配下にある。
だからフランスはイギリスに支配されていない日本に肩入れてるんだよ?。
フランス陸軍が騒ぐぐらいで、フランス本国が英国と本気で事を構えることはありえないよw。
もし仮に、そうなったとしても今度はフランス本国と極東フランス艦隊の連絡補給船を断ち切られて終わりw。

>すげー妄想。
はぁwwww
お前がそれを言うのかwwwwこりゃ笑えるわwwww

もともと、「小栗の作戦案で勝てるという妄想」を言い始めたのはお前だろw
こっちはくだらねぇ妄想につき合ってやってるだけだよw

で、どうするどうするw
全然小栗案で勝てそうもないけどwww
978名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 18:44:42 ID:9BnOhgCe0
>>965
南北戦争で制海権が重要だったのは、南部連合の綿花輸出を海上封鎖で妨害されたからだよ。補給は大して重要じゃない。
普仏戦争でさえ、兵士1人当たりの弾薬消費量は5か月合わせて平均56発で、部隊付補給隊の備蓄すら殆ど消費せず
弾薬の補給不足を訴えた部隊は全く無かった。
当時の戦争は弾薬の補給なんてそんなに考える必要はない。せいぜい馬車ののんびりした行程で十分だった。
食糧の調達も一か所に大軍が長期滞在する場合、焦土作戦が行われた場合以外は気にする必要はない。
現地調達で十分だから。
せいぜい数千人規模の軍隊が箱根で足止めされても、すぐ後背に東海道が広がってるからそれほど困るとは思えない。

あと外国船舶に手を出すって、折角中立宣言した諸国に介入の口実を与える気か。
外国商人からの補給を断ちたかったら、新政府軍が新潟でやったように港自体を押えるしかないよ。
979名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 19:26:22 ID:rEQLuuAH0
>>967
>横浜を戦火にさらさねばいいだけの事。それに海軍国家イギリスは薩長側なのだから幕府の制海権だって怪しいものだw。
補給線は陸路で通るし、輸送船にイギリス商人の商船をチャーターすれば幕府は手出しできないよw

あまりに史実に無知なので書かせてもらう。時間軸に沿って書けば、
1868年正月22日駐日公使パークスは本国宛報告の中で、ミカドと大君の
間におきた内戦への英国臣民の厳格なる中立(strict neutrality)が
要請され、パークスとしても外国人が中立を保持するよう各国に検討を
求めるとした。(英国外務省史料)

「なぜなら、もし交戦者のどちらの軍隊であれ、外国船によって輸送するやいなや、
開港地の外国人慰留地に混乱がはじまり、巻き込まれ、これを防衛することは難しいでしょうから。
…有名な鉄製衛角艦ストーンウォール・ジャクソンが最近大君士官によって合衆国で
購入され、現在こちらに向かっています。この艦の引き渡しをめぐっては複雑な問題が
起こりえます。そしてまた、いま江戸にいる英仏の海陸軍教師の雇用についても同様です」

交戦するどちらに与しても、そちらの側にある慰留地を十分に防衛する力が不足だと
いうのが最大の理由というわけだ。いずれにしても、一方の側を支持するば他方から
襲撃される危険があった。そして、新政府が兵庫・大阪・古くからの開港地長崎の
実質支配を実現している以上、条約諸国が局外中立を宣言したのは、国際法的には
日本は内戦状態と認定されたということだ。(旧幕府と新政府は交戦団体として位置づけられた)

そして、正月25日諸外国の局外中立がそれぞれ布告された。
2月5日布告は旧幕の外国奉行江連から神奈川奉行へ回覧された。
布告内容は、1軍艦、兵糧輸送船の売却・賃貸、2武器弾薬の販売、
3兵士・軍事郵便の輸送など戦争にかかわる全ての事柄が一般に中立を
破るものとして禁止されていると理解されていた。だから、

>輸送船にイギリス商人の商船をチャーターすれば幕府は手出しできないよw

など出来るわけがなく、君の無知そのもののなんですよ。
980名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 19:26:58 ID:rEQLuuAH0
>>977
>フランスはイギリスに逆らえない

そうか?フランス公使ロッシュは、正月15日東久世総督との会見後、オイエ総督の艦で
江戸へ向かった。このとき覚書きにして同僚へ手交した。

「大君の意図は従前のままと少しも変化し居ざるなり、即ち彼は京都の出発以来行われた
所は尽く非合法的なるものと思考し、彼は彼が再び戦勝を確信して攻勢に出でらる日まで、
又あらゆる場合に於いて彼が諸外国と締結せし諸条約を忠実に確保し得られる日まで、
関東の大君領に於いてその努力を防護せんと決心したるものと決心したるものの如し」
(仏国外務省史料)
とし、慶喜が関東で再起をはかることを予想した。さらに、このままでは「一大内乱」に
なるので、これを避けるべく、オイエ提督の全艦隊とともに大阪へ戻り、

「我が通商関係の大打撃となるべき内乱を避くべき見地」
(op.cit.)
に同僚諸氏を立たせようとする心づもりだと説明している。一大内乱になる前に列強の介入に
よって、反乱者を一掃し、平穏を取り戻そうという主張をしてる。
これでも逆らえない?史実を知らなさすぎるねぇ。
981名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 19:58:39 ID:YlAx6m1M0
 
982名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 20:04:21 ID:29kdq7ds0
>>978
オマエがどう言おうと、近代戦は補給で勝敗が決まるんだよ。
西南戦争も、当初はそれなりの近代装備を有する薩軍が優勢だったが、
結局、制海権を握る政府軍の物量の前に惨めに壊滅してる。

>外国商人からの補給を断ちたかったら、新政府軍が新潟でやったように港自体を押えるしかないよ。
オマエは制海権の意味を知らないのか?
港は幕府に押さえられる。
そして、内陸山間部の狭絽に戦線を延ばした薩長軍は、弾薬が尽き、分断され各個撃破される。
補給を求めて港に出れば幕府艦隊の艦砲射撃が待ってる。
これが幕府との総力戦となった場合のシナリオだ。

勝が勝機を潰したという非難があるけど、まったくその通りだね。
983名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 20:15:11 ID:qr5tzp6O0
いつから戊辰戦争のスレになったんだ
984名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 21:19:28 ID:vk6vlvpY0
近代戦に限らず、古代より大兵を動かす時は補給が大切ですな
ただ幕府海軍国内最強とはいえ、皆が言っているような作戦行動がとれるほど
熟練はしていなかった
榎本艦隊を見ればわかるでしょ
985名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 21:30:19 ID:9BnOhgCe0
そうだな。すまん。これで終わる。
>>982
クレフェルトの補給戦でも読んでくれ。
986福沢諭吉:2008/06/29(日) 22:22:42 ID:77JO5tXN0
そもそも維新の事は、その実は二、三の強藩が徳川に敵したる者より外ならず。

(勝海舟が)敵に向て曾て抵抗を試みず、ひたすら和を講じて自ら家を解きたるは、
日本の経済に於て一時の利益を成したりと日本の經濟に於て一時の利益を成したりと雖も、
数百千年養ひ得たる我日本武士の気風を傷ふたるの不利は、決して少々ならず。
987福沢諭吉:2008/06/29(日) 22:30:29 ID:77JO5tXN0
殺人散財は一時の禍にして、士風の維持は万世の要なり。

国家存亡の危急に迫りて勝算の有無は言うべき限りに非ず。
況や必勝を算して敗し、必敗を期して勝つの事例も少なからざるに於いてをや。
然るを勝氏はあらかじめ必敗を期し、その未だ実際に敗れざるに先んじて
自ら自家の大権を投棄し、ひたすら平和を買わんとて勉めたる者なれば、
立国の要素たる痩我慢の士風を傷うたるの責は免るべからず。
988福沢諭吉:2008/06/29(日) 22:32:10 ID:77JO5tXN0
勝氏は当時外国干渉即ち国家の危機に際して対世界の見地より経綸を定めたりなど云々するも、
果して当人の心事を穿ち得たるや否や。
若しも勝氏が当時に於て真実外国干渉の患あるを恐れて斯る処置に及びたりとすれば、
独り自ら架空の想像を逞うして、之が為めに無益の挙動を演じたるものと云うの外なけれども、
勝氏は決して斯る迂闊の人物に非ず。

※福沢は、勝が外国の干渉が無いことを知りながら、外国の危機を絶叫して人心を惑わし、
幕府を敵に売ったと、ほぼ断定している。
989名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 22:35:15 ID:vk6vlvpY0
だから勝批判に福澤を持ってきても説得力ないって
福澤は明治10年に塾資金を借りに勝に頭を下げたのだけれど、それをことわら
れた。彼が「痩我慢」を言い出すのは、この時から

『明治十年丁丑公論』緒言
近来日本の景況を察するに、文明の虚説に欺かれて抵抗の精神は次第に衰頽
(すいたい)するが如し。

明治十年以降の福澤は士族意識に凝り固まって、往年の自由闊達な精神を喪
失している。簡単に言えば、頭が古いってこと

詳しくは勝部真長さんの著作を読め
990名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 22:37:30 ID:vk6vlvpY0
第一、福澤は幕末時に何をしていた?
上野戦争が始まった時に塾生になんと言った?
(俺はこの頃の福澤の精神は好きだ)
もしそれを知らないで単に勝批判を盲目に引用しているなら、残念だな
991名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 22:40:21 ID:vk6vlvpY0
ともかく封建制度は親の仇といい、上士下士の差別に強い憤りを感じていた
癖に、士族意識が高く、出入りの職人に羽織の紐を与えて殿様気分だったり
不審者を抜き身の刀を持って追いかけたりと、勝批判をしている福澤は、
もはや昔の福澤ではない
反面、武士、町人にこだわらず、江戸の町を救った勝の方がなんぼか近代的
だな
992名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 22:41:51 ID:vk6vlvpY0
武士武士言う奴に限って、にわか武士なんだよね
993名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 22:47:57 ID:vk6vlvpY0
西南戦争によるインフレ経済は慶應義塾の学生を激減させた。三百余名の学生
のうち、薩摩出身の四十名がいっぺんに退学したりした。学生はほとんど士族
の子弟であったから、金録公債の値下がりは彼らの学費の出所をなくし、塾の
月謝収入は減る一方であった。
そこで福澤は氷川の勝邸を訪問して、資金の融通を申し入れた。金額はおそら
く二十五万か二十万、十年間無利子で、これを担保に国債を買い、七分の利と
して年一万四千円以上の利回りとなれば、これで塾財政は楽にいけるという計
画であったといわれる。
994名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 22:53:08 ID:vk6vlvpY0
当時徳川家は一種の銀行のようなことをして人に金を貸していた。
旧幕臣援助が目的。福澤もかつては幕臣として翻訳方に勤務していたことが
あるから、徳川家の金を当てにしたのであろう。しかしこの金談は不調に終
わった。そこで明治十一年政府の援助を求めたが、これもうまくいかない。
あせった福澤は政府大官の間を歴訪し、あるいは手紙を送って百方手を尽くし
たが、これも不調におわり、ついに廃校を決意し、塾生幹部にその旨告げたと
ころ、門下生は奮起し、それぞれに資金を持ち寄って、何とか切り抜けた

独立の精神とか痩我慢とか言っている人の実態はこんなもんですよ
995名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 22:54:20 ID:77JO5tXN0
>>989
>福澤は明治10年に塾資金を借りに勝に頭を下げたのだけれど、それをことわら
>れた。彼が「痩我慢」を言い出すのは、この時から
それは勝オタのゲスな勘ぐりというものだ。

長州再征伐に関する建白書で、長州を武力で叩き潰すことを通して、
大君のモナルキ(幕府主導)による近代国家構想を打ち立てた福沢は、
幕臣の中でも、特に過激な佐幕派であった。

明治の一時期の穏健な外貌は、保身のための手段にすぎない。
勝批判こそ本音なんだよ。
とはいえ、かなり押さえた筆致で書かれてるけどね。
996名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 23:00:53 ID:HYq3/V4u0
★勝海舟悪行記

@咸臨丸で乱暴三昧
・自分の家の旗を船旗として掲げようとする
・海が荒れると船室に引きこもり
・太平洋の真ん中で「俺は日本に帰る!」とごねだす
・海が穏やかになると、途端に勇ましくなり、身勝手三昧
A「興亜論」の提唱者である
・大東亜共栄圏や現在の東アジア共同体の根源思想
・日韓併合も韓国の興亜論者であった李容九の計画が変質した事
B家族から徹底的に嫌われる
・妻の遺言は「絶対に海舟と同じ墓に入れないで!」という言葉だった


こうした勝とは徹底的に対照的なのが福沢諭吉。
「興亜論」という空想論に対し、「お前はシナ人や朝鮮人が分かってない!」と意義を唱えたのも諭吉。
家族を徹底的に愛し、家族にも愛されたのも諭吉。
皮肉屋の勝に対し、生涯エネルギッシュだったのも諭吉。
997名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 23:02:07 ID:vk6vlvpY0
>それは勝オタのゲスな勘ぐりというものだ

ええと、確かにそれ以前から福澤は勝を好ましく思ってなかったでしょうね
だけど勘ぐりというなら、
・勝に借財を断られたと言う事実は無い
・それ以前にも勝批判を公言していた
ということを証明してくださいな

ところであなたは福澤の言うことを本気で信じているの?
彼は時と状況によって自分の主義主張を変える変節漢ですよ
998名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 23:03:44 ID:HYq3/V4u0
勝は時代遅れの蘭語を少々囓っただけの男。
英語はからきし。世界に対する知見は皆無。
自信満々で艦長となった咸臨丸では船室にひきこもり無能っぷりをさらけ出す。
日本人に戦艦を建造することは500年かかっても無理と主張し横須賀造船所建設を妨害。
幕府と倒幕派の間を二重スパイとして渡り歩いて形勢を観望。
江戸開城は自分の出世のために幕府を売っただけ。
維新後は明治政府に冷遇され、不満たらたらの余生を送る。
999名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 23:06:27 ID:vk6vlvpY0
>家族を徹底的に愛し、家族にも愛されたのも諭吉
その諭吉の息子さんが、こんなことを書いているんですけどねえ

父は家庭でも相当横暴であったようである。中村その他の姉がみな、「父は
女の権利がどうのこのといっているけれども、家では常に遠慮なく平気で自
分の思うままのことをしていた」という意味のことを言っていた
(福澤大四郎『父・福澤諭吉』)

思い込みでいい加減なことを書かん方がええですよ
1000名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 23:06:52 ID:HYq3/V4u0
>>997
949 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 12:05:37 ID:R5pkZvL10
>>944
>私はね、福澤の悪意を言ってるんです。
アメリカ水兵がいなかったら、勝の伝染病が本物だったら…福沢は死んでた。
勝のせいで死に掛けた福沢が、勝を良く言わないのはあたりまえだろ。
悪意でもなんでもない。
身近で勝の自己中な横暴を観察してた福沢の意見がすべてだ。
10011001
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