寛 仁 親 王 【2】

このエントリーをはてなブックマークに追加
93名無しさん@お腹いっぱい。
赤い宮様のやつ見つけたよ


269 :日本@名無史さん :03/08/06 19:07
三笠宮さま『女帝の再検討を』
終戦直後に皇室典範批判

 昭和天皇の末弟で、天皇陛下の叔父にあたる三笠宮さま(87)が終戦直後の一九四六
(昭和二十一)年、政府の皇室典範改正案を批判する文書を枢密院に提出していたことが
五日分かった。

 フリージャーナリストの森暢平氏が文書を入手。六日発売の週刊新潮に記事を掲載する。

 皇族の結婚が皇室会議を経なければできないとされたことに「人格に対する侮辱」と強
く反対したほか、皇位継承を男子に限定することにも、将来女性が首相になるような時代
には「女帝問題が再検討せられてしかるべきかと考えられる」などと提言した。

 三笠宮さまは五日、側近を通じて「昔はかなり過激な発言をしたこともあるが(批判文
書を枢密院に提出したかどうかは)記憶もおぼろで、はっきりとは覚えていない」とコメ
ントした。

 文書は憲法が公布された四六年十一月三日付で三笠宮さまは当時三十歳。女帝、皇位継
承、皇族の婚姻、選挙権など項目ごとに意見を記した。しかし受け入れられず、政府案が
新典範になった。

 女帝に関しては「今や婦人代議士も出るし、将来女の大臣が出るのは必定であって、内
閣総理大臣にも女子がたまにはなるような時代」になれば、実現へ再検討をすべきだとし
ている。また婚姻について「新民法では親の同意さえ必要としなくなった。皇族だけこの
自由を認めないのは、皇族の人格に対する侮辱である」と強く非難した。

 さらに「種馬か種牛を交配するように、本人同士の情愛にはまったく無関心で、無理に
押しつけたものである」と、皇族の結婚の在り方を嘆いた。

 森氏によると、文書は枢密顧問官の遺族が保管。九七年、大阪府公文書館(大阪市)に
寄贈されていたという。情報公開制度を用いて入手した。