作蔵の息子大室寅之祐が明治天皇になったと言える3

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437日本@名無史さん
>>425

かねてから範としてきた清国は世界の「大国」かつアジアの「超一流国」とされて
いたにもかかわらず、イギリスとのアヘン戦争により亡国への途を余儀なくされた。
一方、米国は最新式の黒船を擁し、わが国に強硬な開国を要求してきた。
屈辱的な不平等条約締結で辛うじて亡国の危機を逃れるか、軍事的劣勢のなか開戦
し、亡国の憂目に遭うかの瀬戸際まで追い詰められたわけだ。

国家的窮状を乗りきる為に天皇親政の名の基、天皇はおそらくすり替えられていた
可能性が高いが、特筆すべき点は見事窮状を脱しかつ東洋の小国を西欧列強と互する
ところ迄発展したというところ。確かにいろいろな弊害はあったが、すりかえ天皇と
いえどもそのリーダシップは評価に値すると思う。

東京への親征に際して、伊勢神宮の鳥居が倒れるという怪事があり、親征中止申入れ
あるも予定通り敢行された。おそらく孝明天皇・睦仁父子の無念の怨霊も一因したと
思われるが、詳しくは不明である。
第二次世界大戦は敗戦にもかかわらず、国体は辛うじて護持できている。余談になる
が日本は国運が強い国であるとつくづく思うが、古来から皇室を陰ながら支えてきた
オカルト的要素にあると思われる。