1 :
日本@名無史さん :
2001/07/08(日) 22:28 戦国版のログを拝見してたら日本に「ホモなんていねぇよ!」 と書いてあって、以前から 文献に小姓や稚児は、成人する前に主に仕え、性的な関係に なるのが慣わしだった、という説を読んだ私は吃驚しました。 衆道は、後世の作家や物好きな女性が考えた妄想なんですか? 日本史に詳しい方教えてくれぃ。
2 :
日本@名無史さん :2001/07/08(日) 22:30
だいたい、 衆道って語彙はなんですか?男色とは違うの? 女色はレズですか? レズっていたのかなぁ、、男色ほど認知されていなかった?
3 :
日本@名無史さん :2001/07/08(日) 22:42
好色一代男でも読んでみなさいな
4 :
日本@名無史さん :2001/07/08(日) 22:42
衆道の開祖は空海といわれています。 もっとも、男色はそれ以前にもあったと思いますが。
5 :
日本@名無史さん :2001/07/08(日) 23:14
うんとバイは日本の文化だよ 平安和歌には多く歌われてるし戦国時代なんかもあたりまえだったらしいね
6 :
日本@名無史さん :2001/07/08(日) 23:22
藤原頼長なんて自分の男色について思いっきり日記に書いてます。 でも、この人は結構愛妻家でもあるのが現代人には解り難いところだ。 武田信玄と伊達政宗は男に書いた恋文が現存してます。
7 :
日本@名無史さん :2001/07/08(日) 23:25
今でもホモはたくさんいるじゃん。
8 :
日本@名無史さん :2001/07/08(日) 23:48
だいたい、今の性道徳で歴史を考えようとしてる輩の方が問題だ。 昔はおおらかだったんだよ。 男女間でも非常におおらかだし。 あ、俺はホモセクシャルに対する偏見はないです。 一般論として「今の性道徳」の用語を使いました。
9 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 00:10
戦国板をのぞいてみた。 案外こういったことには無知な人が多くて驚いた。 まぁ、歴史の華やかな部分に憧れるってのもいいけど、 それだけに熱烈に傾倒するのも変な感じだね。
10 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 00:11
もう絶版になっちゃったけど、「日本における男色の 研究」っていう本があるよ。
11 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 00:17
この話題についてはおくつも過去にスレッドが立っているけど、この板の住人もあんまり詳しいとはいえないね。 同性愛板の過去ログにけっこういいのがあったと思うけど…
12 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 00:21
つーか今時衆道についてなんて、ここで聞く前にネットで検索すれば それなりに解説されてるとこなんていくらでも出てくるじゃん。 そういや前にもこんなかんじのスレあったね。 消えちゃったの?
13 :
名無しさん@1周年 :2001/07/09(月) 00:52
今も昔も変わらないよ。 あなたが知らないだけ。>1
14 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 01:01
ホモやゲイに対して反応するのって、2ちゃん的にいえば、 童貞厨房臭い。 もしも、スレッドをたてて、レスが欲しいというのが目的だとしたら、もっと工夫をしたほうがいい。 この話は、またぞろ「そういう歴史の改ざんは明治政府の・・・」が始まるだけだし、 すこしでも歴史の本を読めば実例はいくらでもあがること。
15 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 01:12
>>14 戦国板見てきた。
こんなスレたてたくなる気分も理解できる。
むこうの厨房っぷり(恐らくひとりなんだが)ひどいもんだよ。
17 :
まさ :2001/07/09(月) 02:22
日本は性にたいして、おおらかだった。 だてキリスト教のように、禁止するような教えも無いからね。 男色もいただろうよ。 だから何?
18 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 03:07
人間、というかサルには男色の遺伝子があり 進化の過程で全ての人間は潜在的な同性愛傾向を持っている。 幸運だったと言うべきだろう。 もし男性間にその要素がなかったなら友情も家族もなく、 人間のオス同士はメスをめぐって殺し合うだけだったろうからだ。 俺はホモではないけれども、もし男色に偏見がなく、 むしろ奨励される世の中に生まれたならば、ごく自然なことだったと思う。
19 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 06:10
>>6 でも少し触れられているが
後白河、夜の関白といわれた藤原顕隆、頼長などなど
当時の公家のほとんどは両刀。頼長の従者や随身に至るまで
身分の上下を問わず
神宮摂政元年二月紀の小竹祝と天野祝のアズナヒもそう考えられている。
20 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 11:53
21 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 17:05
へ----!とおもって戦国版見てきた。
同性愛の存在すらしらない歴史好きが多くて驚いちゃった
だから書きこんできちゃった(藁
>>18 それ本当ですか!ううむ、、勉強になった!
キリスト教って男色や手淫などを禁忌とした教えで、
ザビエルとか日本にきて、武将らが着飾った小姓と遊んでるの見て
「何たる堕落!犬畜生に等しい!」って憤ったそうな、、ザビエルは
武士の美徳や、武家社会においての男色の意味を知らなかったんだね。
表面だけみてけがわらしい!と思うのはどうだろか。
22 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 17:09
媚びる美少年というのは淫靡なものですから。
23 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 17:17
戦国版の、この関連スレ酷いね
ホモはいない!てめぇの妄想だ!の連発
ある意味、すごい時代詐称。
本当に女の妄想だとか思っているなら歴史のなにをみてるの?って訊きたい
>>22 淫靡で、計算高い
24 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 17:18
どっちにしても。 少年を犯す大人って図はきらい
25 :
日本@名無史さん :2001/07/09(月) 17:24
大人げない
26 :
名無しさん@1周年 :2001/07/09(月) 22:48
27 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 00:57
所詮ゲーヲタ板だからね・・・>戦国板
歴史をどうこうとか考えてやってるわけじゃないんだろうな。
中には歴史上の戦国時代が好きな人もいるだろうけど、
あの板見てるとどうも少数っぽい。
>>24 時代にかかわらず、犯したらそれは犯罪だよ・・・
28 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 07:44
今の軟弱な男と違って、武将って命をかけて戦う毎日で、肉体的にも 精神的にも強い男だったのね。それがいたいけな少年を犯したり、ぶ ざまに尻をむけて突かれたりとか、そんなことは絶対に有り得ないと 思いたいです。資料にも信憑性あるのでしょうか。俺は後世の人が戦 国期にあこがれをもたないように改竄したのかも・・・とか思ってしまう のですが妄想ですか。
29 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 07:51
>>28 妄想だよ。
それと、武将は攻めが普通で
尻を向けて突かれる事はあまり無かったと思う。
ただ、織田信長が前田利家を見て
「そちとはわしが若い頃、寝床を暖めたものよな」
という発言をして諸将がうらやましがったというエピソードからすると、
主君との交わりは光栄なもので、
前田利家は肛門を突かれていたんだと思う。
30 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 07:53
男らしいからこそ、 女性相手のSEXじゃ物足りなくて、 男との荒いSEXを求めるんだろうなあ。 衆道は「鶴の味」といって、みんな夢中だった。
31 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 07:58
>>29 利家が肛門突かれていたっていうソースきぼん。
信長が利家に突かれてたっていう可能性はないの?
だって、なんか槍の又左っていうくらいだし・・・
32 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 08:14
だから信長がホモってたみたいなドリー夢はやめようや。
33 :
29 :2001/07/10(火) 08:26
>>31 う、前田利家とのやりとりは事実だが、
利家が受けだというソースはない・・・
信長と利家の立場なら、普通は利家が受けだよ。
信長は若い頃、かぶき者で仲間の利家らとふさげた格好で
ねり歩いてたんだよな。
そういうのがこうじて男色関係に・・・
34 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 08:28
35 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 08:29
信長のあたらしい男を切っちゃったのって利家だっけ。 なんか嫉妬に狂って。なんか戦国武将も充分女々しいような。。。
36 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 10:50
でもアナルセックスを行ってたという証拠はあるの? あの時代に、カンチョウやローションを使わずにアナルセックスって 無理があるような。 実際は相互フェラくらいじゃないの?
37 :
名無しさん@1周年 :2001/07/10(火) 11:00
>>1 ホモの定義を先にやらないとだめです。
「すこたん企画」のような人と信長を一緒にはできません。
38 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 11:25
>>36 そこで止まっていると考えるほうが不自然でしょ。
空海のころから、ずーっと口淫ですますなんていうのは生理的にムリ。
性技はいろいろ試したくなるのが当たり前。
39 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 11:59
>>36 お前刑務所に入ってる奴の前でも同じ事言えるのか?
唾で濡らせばええんじゃ!!
40 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 13:13
>>36 潤滑剤くらい昔からあるよ…。
広辞苑で「通和散」でひいてごらん。
とりあえず、男色に懐疑的な人は、
http://mentai.2ch.net/history/kako/970/970662575.html ↑このスレのこのレス↓に書いてある本、全部読んでみてちょ。
------------------------------------------------------------
380 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/06/19(火) 00:48
>>376 名無しのオプさんへ
男色のことに絞って、効率良くお読みになりたいならば、
>>301 にも書きましたが
柴山肇 著
『江戸男色考』(批評社)全3巻
なんかが読みやすいと思います。他には、
氏家幹人 著
『武士道とエロス』(講談社現代新書)
『江戸の性風俗』(講談社現代新書)
『大江戸死体考』(平凡社新書)
『江戸藩邸物語』(中公新書)
あたりがお手頃価格。
すべて、参考文献・史料のリスト付きなので、
そこから原典に当たるのに便利。
------------------------------------------------------------
>>11 さんも書いてるけど、せめてここに挙がってる本くらいは
目を通してもらわないと、男色・衆道が「あった」「無かった」の
域から話が展開しない。
41 :
40 :2001/07/10(火) 13:18
>>40 下から3行目、
「この板の住人もあんまり詳しいとはいえないね」と書いてるけど
という文の方がわかりやすかったですね。スミマセン。
42 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 14:32
衆道一直線。
43 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 14:45
うん。とにかく、まず自分で資料を読んで欲しいね。 このスレに限ったことじゃないが、 「どんな資料がありますか?」と質問するならまだしも、 自分で資料を読もうともせずに、現代人の感性だけで 「そんなはずない」って言ってちゃ、 歴史を楽しむ意味無いじゃん。 特に、言葉の意味なんて、ちょっと辞書ひいたり ネット検索すればわかることなのに。 戦国板でアホ晒してるやつは、ただのゲーオタで ゲームの攻略本しか読んだことないんだよ。きっと。
44 :
名無しは食わねど@お腹いっぱい。 :2001/07/10(火) 17:13
ああ、よかった。ここの板の人たちはマトモだ。 戦国板とか、その他のしょうもない板からすると、心が洗われるようだ。 それじゃ!さいなら! 僕の住処は、戦国板でも日本史板でもない、もっと荒れた板なので。
45 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 17:22
最近興味をもったんだがカンチョウってどこで手に入るんだ 自分で使えるのかい
46 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 19:03
イチジクカンチョウって薬局で普通に買えるだろ。 でもアナルセックスの必需品ってほどじゃないぞ。 それよりオイル買いにいけ。
47 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 19:27
>>28 いいえ、貴方の気持ちよくわかりますよ。
私だって男は強いもの!男のケツなんかに興味ないぜ!(笑)って
思いたいもん。 だけど、事実、衆道はあったし、軟弱と考えないのなら
素晴らしい男の睦ととるほうが正解です。臭い物に蓋してたんじゃ
いけません。事実と向き合いましょう。>否定派の皆さん
>>40 そうだね。参考文献提示ありがとう、自分でやろうかなぁと慮っていただけに
感謝。手数掛けました。
私は物珍しい歴史が好きで、衆道も実際あったってこと勉強して
ちょっと成長しました。やおいも男同士も嫌いだけど、そこにある美意識や
愛憎、悋気みたいなものには共感を覚える。魂の繋がりっていうのか。
補足
【浮世絵春画と男色】早川聞多 (河出書房新書)
【妖雲 大内太平記】小川良 (叢文社)
無知な方は御手にとって心より反省なされ。
前者は美術館にもある浮世絵。これでも同人女の妄想とされるか?
48 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 19:32
沢山、子が生まれたら兄弟に亀裂が沢山生じる懸念から 妊娠しない小姓がいいように使われていた って話聞いたとき 涙出ちゃった。 正に慰め玩具? 中にはそんな御殿もいただろうけど、真の念者として 愛してた小姓もいただろう。と信じたい。それは女の妄想か? 毛利元就の嫡男、隆元は、愛していた小姓がいたそうな。
49 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 19:49
女色は不浄のもの。 教育のなかに男色があった。 そこには愛し合う者達もいたし、嗜みの範疇に気持ちを 押さえる者もいただろう。今の私達には、 考え知れない。後世の作家が面白がって書いた心情があったかも 定かではない、 というところかな
50 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 21:27
男色は軟弱の代表
51 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 21:35
というか、昔の殿様みたいにお家存続のために性行為が半ば義務に なってしまうと、女性への関心が興醒めになるんじゃないか?15歳 とかから女性をあてがわれる生活なんかだと、姓欲とかが正しく発達 しないのでは。殿様の話し相手としてはお小姓の方が戦争とか男の世界 に疎い女性よりも楽しいだろうし。
はあはあ、おまえの姓は最高じゃ。
53 :
与六 :2001/07/10(火) 21:53
大河ドラマの太平記では、尊氏は高時の館で仕えていましたよね。もしかして!
54 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 22:12
>>51 殿様の話し相手としてはお小姓の方が戦争とか男の世界
に疎い女性よりも楽しいだろうし。
そうかもね。うん。
戦略とかも含めて。女には分からないし
55 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 22:13
ていうか、アナルやってたの? 今のホモでもアナルはメジャーじゃないとか聞いたけど
56 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 22:14
安い挑発だな。そういう頭では重用されることはない、足軽のわらじ取りの犬の餌になって朽ちて消えろ
57 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 22:19
どうでも良い話@ 脱がせるのに大変な小姓の衣装の対策法とは? どうでも良い話A 痔の時、殿様をその気にさせない対処法とは? どうでも良い話B正室の悋気を上手く避ける対処法とは? どうでも良い話C 小姓同士で戯れ合っていたのがさぁバレタ!時の 対処法とは? どうでも良い話D 小姓になる器量の無い者が出世する方法とは?
58 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 22:21
あはは、、やだなぁ土方さん
59 :
日本@名無史さん :2001/07/10(火) 23:27
60 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 11:13
>>59 今から参りまする。主観は御許し下され
>>57 の模範(?)回答
@初めから脱いでいてもらう
A御殿様を受けの気分にさせるため男役をかってでる
B小姓仲間で輪姦する(主に内密に)。以後、怖れを抱いて悋気など見せなくなる
C「さぁ!殿も御一緒に!」「こちらへお回り下され♪」
D猿と罵られても草履を温める
61 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 11:14
ふぅ、、、 お暇ならみんなも考えてよ、寂しいじゃないかい
62 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 11:44
>>60 1萎える
2ばか者!
3正室は自害する
4即座に試し切り
5この暑いのになにをしておる!
65 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:10
>>62 自分でも下らないと思ってる、、(自滅)
Aの、ばか者!っていうのはナイス。なんとしても殿は菊座を守るのか?
すいません、わたし
>>57 なのよ。質問求めたつもりで書いた。
正解はないなー。当時の小姓に訊かないとねぇ
>>1 真面目に答えてやるからレスしろよ?
『衆道』は近代的なヘテロ感覚の発端で、
王朝時代⇒中世の僧坊⇒武士階級へ浸透し初め、
(この時点では男色)水面下で浸透し終わった頃には、表面化し初め
武士社会の重要な「嗜み」、【衆道】 となる。
語彙は、私も無い頭振り絞って考えたが、
簡易に「若い衆の道」か、アナル(肛門)性愛ということで、その道が
「衆」なのか云々、、、ちょっと、そこは分かりません。
「若気」に関しては、
ハッキリ「肛門」で(マジかよ)
広辞苑によると 【若気のあたりはただの菊の花】だ、そーーです^^
上田秋成の菊花の契り思い出すね、って読んだことねぇけど(笑)
そいと、気になるのが
「陰間」。これは身を売る少年達を囲っている場所に集めて、
所謂風俗?稚児や、城勤めの小姓とは別ですね。ある意味衆道のプロ?
「陰間小屋」「男色部屋」「子供屋」「子供宿」、、子供子供子供こども、、、
ええ?犯罪ジャン?(笑)
成人になる男には男色家は興味なかったのか?
参考補足**********************************************★
『私設 三国志 天の華 地の風』江森備(光風社出版)
『男色大鑑』井原西鶴
66 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:14
やおいに萌えるお嬢さん方に水差します やおいはパロディで、事実が捻り曲がった女性原理(受けが女っぽい) で、正当な「衆道」は男至上主義で、女性が 踏み込めない暗黒のベールに護られている
67 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:14
ヘテロセクシャルという言葉が初めてアメリカで使われたのは、「病名」としてだったということです。まず、次にあげる辞書の定義を見てください。 【Heterosexual】 Abnormal or perverted sexual appetite toward the opposite sex. (Dorland's Medical Dictionary. 1901) Morbid sexual passion for one of the opposite sex. (Merriam Websters New International Dictionary. 1923) 二つの辞書が共に「異常」で「倒錯した」異性への性欲だとしています。 当時のヘテロも、現在自分達が考えるヘテロも全く同じ意味です。何が違うかというと「常識」が変わったのです。19世紀末のアメリカでは、「性欲」とは「子供をつくりたいという欲求・生殖の欲求」と同義であり、子供が欲しくもないのに、異性に性的魅力を感じたり、セックスをしたいと感じるのは精神状態が異常で、病気なのだと考えられていたのです。わずか100年前のことです。 当時の医者たちは、この「ヘテロという病人」のために催眠治療、またある医者は手術をしたという記録まであります。「ホモセクシャル」という言葉も、ほぼ同じ時期に使われはじめますが、「生殖につながらない」という点で、ヘテロもホモも同じように「病気」でした。どちらがより健全とか、より悪いといった比較はなく、同列に治療すべき「病気」だったのです。 しかし、約30年後の1930年代になると、いつのまにかヘテロは医学辞典から姿を消し、「普通」扱いをされるようになってしまいます。この間、「ヘテロの人権」を主張する人々の活動があり、メディアがそれまでタブー視されていたヘテロを頻繁に扱うようになったり、また大幅に出生率が下がり、「夫婦」が単なる子供をつくるための装置ではありえなくなったりと、様々なことが起こりました。しかし理由はどうあれ、「常識」がたかだか30年で簡単に変わってしまったのは注目に値します。 今から30年後、我々の「常識」はホモを、またヘテロを、どのように定義づけているでしょうか。 現在の社会では、ホモセクシャルのみが問題とされていますが、こういう時こそヘテロの意味を考え直してみる必要があるのではないかと思います。
68 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:14
ってホモを美化しちゃったよ まぁいいか。肩もってやろう
>>65 江森三国志かよ・・・(笑)
まぁ、いいけど。
70 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:21
>>64 これは不思議な取り合わせだな。
これもイメクラだとすると、現代にあって江戸期になかった性文化はないってことになるぞ。
71 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:24
会社から観てるんですけど履歴の消し方教えて!(今ごろ遅い)
72 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:25
病気って言ったら可哀想だよ 「医原病」になっちゃうよ
73 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:27
文豪 森●●ってホモだったの?
74 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:31
>>70 同意
いいけど、、、倒錯かぁ(苦笑)そうとは思わない
私が狂っているのか? バカ映画の煽り言葉言っちゃったよ。
ねぇ、なんで倒錯なの?忠義じゃないの?
75 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 14:56
>>74 全てが忠義だと考えるほうが不自然でしょう。
たとえばあなたが美貌を見込まれて小姓にとりたてられ、むくつけき男に
すぐさま愛情か忠義を抱けといわれても、できないんじゃないかと思わん?
女性なら、大奥か大名妾に選ばれたと、仮定すれば、すぐさま身を任せてうっとりという
わけにはいかねえんじゃねえのかね?
性的嗜好を伴わずに苦痛だけだったとしたら、その日常のなかの心情は……
狂っているというより、想像力の問題だしょうな。
そもそも倒錯と忠義は並列だしょうかね?
76 :
横レス :2001/07/11(水) 15:08
武士道って身分差によるエロスなんじゃないかな。 例えば殉死なんて、忠義でもあり倒錯でもあろうし… 特攻隊にもエロスを感じる。 ヘテロのエロス(=男女の愛)のみしかない社会って詰んないかもな… いや、俺(=男)は女が好きだけどな。 (でもこっそり、ホモ漫画も読んだりもする…)
77 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 15:32
>>75 やはり忠義ですか。苦痛のなかから生まれる愛憎と主に対しての
思慕。複雑ですね。生きていく活路を衆道に見出してはいなかった
のかな?職務追行なり!って気持ちのほうが強いか。
真実に愛し合ってるって考えるのは逆に不自然でしょうか?
78 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 15:33
殿様はいいなぁ、、、 はぁ〜
79 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 15:35
前髪ってないと「受け」の役目できないらしいけど 唯の髪型ではない?のか、小姓にとっては 前髪前髪前髪前髪、、、、、、、ん〜ーーーーーー回答下さい
80 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 15:36
小姓さんはいつ寝るのでしょうね
81 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 15:53
義経と弁慶だと(江戸時代人は関係あったと思ってたよね) 義経が受けだけど、主君が受けでもイイの?
82 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 16:02
そもそも弁慶っていたの?
83 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 16:09
いたけど、キャラは空想の産物と思われ。 81はそういう空想をしていた、過去人にとって、 どうだったか聞いているのでは?
84 :
83 :2001/07/11(水) 16:13
プラス、こういう主従逆転の空想の例があるけど、 はたして実際、主従で役割が決まってたのか?ってことだと思う。
85 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 16:39
>>77 忠義じゃねーって。義務、仕事、しかたなく、しょうがなく、好きでも尊敬もできないけど体を要求されるからこたえてるのお金と地位のために。
という小姓もいただろう、ってことよ。
精神的なつながりが常にあったと考えてるなら、能天気すぎますな。
痛いだけ、気持ちよくも無い、でももちろん嘘をつく。
無一文になりたくないし、家を断絶されたくないから、お慕いします、生涯仕えますぐらいは言うさ。
遊女の誠、と同じ。好かれていると信じたほうが負け。
……ってことが往々にあったと考えるほうが自然。
それは、道徳観以前の「割り切り」の問題。
真実の愛がそこにあったかどうかは、さあて、傍から見て、いわんや過去から見て
それをどう見るかは……。寝屋のこととてわかりませんな。
ただ、
引き合いとして、大奥や大名妾と、その主人との間に真の愛が生まれるかどうかで
考えたほうが早いですよ。男と女も、男と男も、女と女も、所詮相性だけども、
体の相性だけがよかっただけで歳を取ったら興味なし、ということもあるでしょうな。
そうな 男と女と同じだよな。 衆道だって。女と同じ 捨てられたくない、とか打算で体開いてます、とかの関係だろうか。 生々しいな。
87 :
82 :2001/07/11(水) 16:52
ああ、すまん。 いたの?のあとに、「主君が受けでもイイの?」について書こうと思った んだが、知らなくて書けなかった。 でも、今なら書ける。 「イイものはイイ!」 そゆこと聞いてるわけじゃないのね。
88 :
世界@名無史さん :2001/07/11(水) 17:24
殿様受けは外聞が悪かったと聞いたことがある。殿様は攻めが基本。 男色は主従関係を強固にするためってのも大きいからさ。 趣味より実益優先と言えば言える。
89 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 18:31
一応、成年は対象じゃ無かったと言う事では?>前髪 元服して月代をそったら卒業。 義経は稚児時代(牛若丸)の印象が強いのかと。
90 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 19:09
言うならば、力道山が空手チョップで活躍してたころのテレビかな? これから何年かたてば、ハイビジョンになることは確かだが、そのため には多くの競合研究者による切磋琢磨と、その他の年代測定とのクロス チェックが必要ってことだろう。
91 :
名無しさん :2001/07/11(水) 21:09
美意識の問題 情愛の問題 コミュニケーションの問題
92 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 23:03
モナ影ッ!モナか…げェ!アイシテルヨッ!ウウッ  ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ((● ∧((∧ (((* ・Д・) / ∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ((Ο し(*(´Д`) < との…ォ!!ソンナ・・・ツヨク・・・アァッ ( )⌒ つ ∪ \_________ アあ…あああああアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアッ・・・!!
93 :
日本@名無史さん :2001/07/11(水) 23:04
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ハァハァハァハァハァハァハァハァ…。 | \___________________ | \|●__________v /VVVVVVVVVVVl ∧_∧))∧ ) ああああー!! >(´Д(・∀・ ;))) ̄ ̄ ̄ ̄0 / VVVVVVVVVVVV /~⌒⌒⌒⌒⌒⌒ ̄ ̄ ̄ ̄) / ※※※※※※※※ / / ※※※※※※※※ / / ※※※※※※※※ / (____________ノ
94 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 15:49
衆道の関係と、女と男の関係を同じように解説するなよ?
>>85 切り離して考えよう。
誰か聡明な方、考えて
95 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 15:52
忠義じゃないなんて(割り切り)どうして言える? 結論付けるなって。 たった一度しかない人生(もしかしたら、、ってか命落としかねない) 上司といえども全く心のない、臣下としての情のみで 修羅場共にできるとも思えない。持論ながら甘いとは思いますが
96 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 15:52
男に解説してもらいたいねぇ ノン気の
97 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 15:56
>>94 そうだろうか?
愛情で判断すれば、同性同士の機微という部分もあってしかりだろうが、
制度や役職としての衆道を見た場合、
「強制されている」「義務感」であるという立場にあるときには
男女の性別に関わらぬもの、男女に共通したものであると考えるのに無理はない。
98 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 15:58
小姓は、主人に寄生していた、と聞いた事があるな。 もちろん例外もあるんだろうけどねー
99 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 16:22
>>90 なに言ってるんだかわからねぇ
>>94 きりはなして考えられないのはやおい女だから(藁
>>96 文体だけでは性別はわかるまい。
ましてや性の嗜好まではな。
101 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 23:12
>>98 客観的には寄生に見えるよ。
>>97 >>94 それに関しては答えがでないのよ
あたしも前は 「衆道は男と女とは違う@@@@」だったし
やっぱり、 「女っぽい...女の代用品?ヤダ受けって」だし。
強制的に運命付けられてるってことで言えば女と同状況と言えるし、
女性がやおい本読んで、受けの男の子を持ち上げる自己陶酔の世界も
わかる。
だけど、「衆道」のおっさんに「女色と通じるところがありますなぁと
言っても「ありますあります」とは答えない気がすんのね...
「無二の美学」と思ってる倒錯者もいるし..............
倒錯を非難してるんじゃないのだ。
倒錯者は己の貫いてる「美学」を
「唯一無二、天下一品」と捉えたい感がない?
衆道の常軌を逸した倒錯は尚更それが色濃い。
生々しいやり取りがあったんだろうね こわいね
>>80 夜に寝る
102 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 23:17
大学講義で江戸文学で「衆道」出てきた 陰間っていうらしいです
103 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 23:27
ここで切り離すべきは、戦国時代の主従関係をともなった男色と、 江戸時代にもてはやされた衆道文化と、ではないか? なんだか一緒くたのイメージで語られているような気がする。
104 :
日本@名無史さん :2001/07/12(木) 23:50
一休さんがお小姓の象徴と思ってないか? 色小姓と小姓も違うよな
105 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 01:28
陰間茶屋への規制は、江戸期にはあったのだろうか。 吉原・新吉原のように公認されていたという話を聞いたことがないのだが。
106 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 01:42
昔の相撲取りは試合の合間に体を売って生計たててたんだってね。
107 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 01:54
>>106 デブ専で、褌フェチにはたまらないよ、それ こわっ
108 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 09:15
109 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 09:52
>>108 女は買うのかな?まあ金さえ貰えば女にも売ったんじゃない?
現代のタイとかのホモ売春だって女が買っても良いし・・・。
110 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 09:53
>>109 あ、日本のホモ売春も女が買うこと偶にあるそうな。
111 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 10:06
役者は女も買うな。生島事件はいうにおよばず
112 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 12:47
なんで男色って「少年&おっさん」の組み合わせなんだろう。 「おっさん&おっさん」はダメなの?
113 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 13:18
>112 その画像見たい?
114 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 13:24
北島三●と山本譲●がソレだろ>112
115 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 14:41
>>112 おっさん&おばちゃん の売春の組み合わせはポピュラーか?
相手にするなら若いほうがいいのは同じだ。
116 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 14:55
>>94 男女の仲の機微、スタンダードな恋愛というものを
把握していないと、倒錯だって理解できない。
異端は、正常との違いがあるから異端になるわけで、正常を知らなければ
異端者の心理や感情を理解するのは困難だ。
恋愛にかかわらず、主従関係を知るうえでも同じ。
117 :
くぅわぐち :2001/07/13(金) 15:33
キャノン本社の映像開発担当のくぅわぐち、やりまくり! ハメまくり! ハァ、ハァ・・・
118 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 18:00
伊達正宗は有名だよ>小姓寵愛
119 :
日本@名無史さん :2001/07/13(金) 18:15
若さに対する、あこがれ、みたいなものがそうさせる>小姓寵愛
120 :
日本@名無史さん :2001/07/14(土) 00:32
ギリシャも男色系の歴史だよね。
121 :
日本@名無史さん :2001/07/14(土) 05:25
ゼンジンきょーいくだな。
122 :
日本@名無史さん :2001/07/14(土) 05:42
123 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 12:05
衆道なんて、しょせん後世の人が考えた幻想なんだよ。 1級資料には残ってないし。戦国武将がホモと考えるほうが無理がある。
124 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 12:20
>>123 政宗や信玄の手紙は1級史料だと思うが。
125 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 13:07
平安時代からあるよ。
126 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 13:12
だいたい絶対的君主である戦国大名が、そのへんの若者にへりくだった 手紙書いたりするってのがおかしいし、女なんかいくらでも抱けたんだからな。
>>126 >女なんかいくらでも抱けたんだからな。
俺が男の良さを教えてやろか?
128 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 13:23
129 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 13:45
>>126 おまえは、人間への洞察力だけでなく食生活も貧しいんだろうなあ。
130 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 13:50
131 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 14:02
132 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 15:45
僕は遠慮しときます
133 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 16:41
134 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 17:28
>
>>126 そうそう、女も男も思いのままに抱けたのさ。(藁
135 :
名無しさん@1周年 :2001/07/16(月) 17:57
136 :
日本@名無史さん :2001/07/16(月) 20:24
>>123 一級資料いっぱいのこってんじゃない・・・
伊達正宗や武田信玄の男に宛てた恋文とかさ
137 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 00:16
>>123 アンタ厨房丸だし!(笑)一級資料って言ったってさ、
そりゃ表向きの政治の流れとか「その時時代が動いた!」系のでしょ?
ねぇ、江戸風俗史とかやってごらん。男色の宝庫だよ?
武士道でもいい。国立図書館で検索でもいい。とにかく妄想じゃない
裏説は取れる筈。
そう。伊達正宗、武田信玄、織田信長、、、彼らは一応「一流資料」に
出てくる。
だけど、そういう表舞台の資料よりも楽屋裏の彼らの顔のほうが
素顔だったと私は思う
138 :
ゲーオタ厨房じゃないけど。。。 :2001/07/17(火) 00:39
じゃあ、独眼モーホ政宗、甲斐のモーホ信玄、第六天魔モーホ信長が真の姿なんですか。 幻滅っす。
139 :
繰りのも馬鹿らしいけど :2001/07/17(火) 09:07
だからホモと衆道は違うだろ。
140 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 09:23
じゃあゲイのこと?
141 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 11:56
なんという無知か……
142 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 12:02
結論。 戦国武将≠ホモ =========終了==========
143 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 12:12
どういうスパイラルな頭脳をしているんだよ。 ん? でも待てよ。 衆道は衆道としてあって、さらにそれとは別にホモの武将がいてもおかしくないわけか…… 絆やら忠誠心やらとは別に、単純に性的嗜好で、根っから男しか愛せない、と。 ふーむ。
144 :
与六 :2001/07/17(火) 12:25
バイの戦国大名という見方もできますね。 関係ないけど昨夜の世界まるみえで、両性具有者の性を扱っていました。
145 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 12:29
結論。 戦国武将=両性具有者 =========終了==========
146 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 12:45
>>145 戦国史どころか人類の歴史がかわってしまう。
147 :
名無しにゃーん :2001/07/17(火) 12:52
>145 そのエロ小説家のノリの解釈はやめなさい。
女戦国史(全員じつは女)
149 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 23:20
両性具有と衆道は、冥界と此の世ぐらい別です
150 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 23:22
両性具有は奇形(御幣はあるだろうが)、衆道は武士道の嗜み。 ホモとも違えば、やおい(妄想)とも違う。
151 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 23:49
衆道とホモの違いを述べよ。それが出来なきゃ同人男決定。
152 :
日本@名無史さん :2001/07/17(火) 23:49
>>150 衆道とホモがどう違うのか教えて欲しいです。
なーんか衆道を理想化してるあんたが「やおい」と思うけどww
153 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 00:33
ちょっと高級な同人女登場!って感じやね。
154 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 01:50
「〜道」というのだから、「剣道」「茶道」と同じように師から弟子に伝授する
という意味合いもあったのではないだろうか。教育の一環。
もちろん単なる快楽の人もたくさんいただろうが。
ホモは本来「同性」という意味なので、女性同性愛も含む。性的嗜好の一つ。
キリスト教では、獣姦と同じく罪悪。現代ではこのイメージで同性愛者を見てるので
「ホモ」という言葉には背徳的な響きがある。
日本史上にある「衆道(男色)」も現代の「ホモ」もやってることは結局同じなので、
史上人物の同性愛行為を「ホモ」といってもかまわないとは思う。
ただし、「ホモ」という言葉に罪悪や差別をこめてなければだが。
当時の価値観では男性同性愛に対して罪悪感も差別もないのだから。
「やおい」は当事者同士が実際に同性愛関係にあるかどうかはともかく、
第三者が勝手に想像して楽しんでるだけなので、別の領域だね。
あと両性具有は男性器と女性器を両方持っている生物のことです。
なので、
>>145 はバイセクシャルというのが正しい。
155 :
与六 :2001/07/18(水) 01:52
毛利勝永が土佐を脱出する際、男色関係にあった土佐藩二代目山内忠義を利用したなんて話がありますが、本当のところはどうなんですかね。
156 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 03:51
現代では、ホモは主に同性しか愛せない人の意で使われていると思うので、 そういう解釈からすれば、同じ同性愛行為だからって全部いっしょにホモと呼ぶには、 やっぱり大きな語弊があると思う。 男色っていうのは、単に(男から見た)男相手のsexのことでしょう。 そして衆道とは「男色の道」であるらしい。
157 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 14:18
ホモと衆道の違いを何度も説明してやった上に まだ厨房なんだからなぁ、、、 ホモは西洋文化の影響を色濃く受け継いでる! 衆道は武士道の嗜み! 後はログみろ!馬鹿野郎!
158 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 14:23
>>152 理想化というよりも高尚化してやらんと
美学と銘打ってる「武士道」に失礼なのでは?
じゃあ訊きますが「やおい」って何?
いえね、おぼろげに分かってるけど語源は「やまなし〜」でしょ?
そうとも言えない漫画や小説多いと思うのよね。
大島渚や三島文学。あれも「やおい」か?
159 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 14:35
論文書くついでに面白いもん見つけた(笑) 話しちゃる。読んでも読まなくても良いよ 【ちょっと気になる妖しい武士道】 足利義満が十七歳の頃、十二歳の猿楽の美少年を見初めた。 (衆道の嗜みがあったか知らないが)義満のその少年への 寵愛はかなりのもので周りの者達が見兼ねて「猿楽なんて乞食の所業! !」と影で罵った(嫉妬?)ほどの寵愛だった。 その美少年は、後世名を馳せ、 謡曲 『 花月 』では、色小姓が出てくる(御稚児) どうやら実体験が元ネタか?とも思えなくもない作品を発表している。 その美少年は、後の世阿弥である。
160 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 14:36
っていうかさ。 衆道で検索しろっ。 妄想だとか妄想言葉吐く前に。
161 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 16:38
世阿弥っておとこなの?ーー
162 :
日本@名無史さん :2001/07/18(水) 18:46
>>161 クッ、煽りと解かってはいてもっ
幼名鬼夜叉(藤若)、通称三郎、実名元清だっ!
163 :
日本@名無史さん :2001/07/19(木) 08:37
>>161 でも世阿弥って何かは解ってる様だね?
上村松園が女だってこととか知ってるか?
164 :
名無しさん@1周年 :2001/07/19(木) 20:38
明治以降で一番古い本は「美少年論 一名同性色情史」らしいが、 それ以前は男色についてまとめてたりする書物ないよな・・・
165 :
日本@名無史さん :2001/07/19(木) 21:00
次の中で家康の男色相手は誰か? A 榊原康政 B 井伊直政 C 本多忠勝 D 石川数正 E 鳥居元忠
166 :
日本@名無史さん :2001/07/19(木) 22:31
女色についてまとめた最古の本は何なの?
168 :
名無し。 :2001/07/20(金) 13:09
突然ですが。 平安時代、丁度西暦1040年代に活躍した春宮大夫藤原資房 (『小右記』の孫)の日記『春記』には、自分の所に伺候している下郎の子どもが 失踪したことが記載されています。結局、比叡山の坊主に拉致されたらしいのですが、 この子どもが親に説得されても比叡山に戻ると断言する。 古典史料などで、坊主が稚児の前ではしゃぐことを当然のように記しますよね。 坊主にとって、妻帯することは常識でしたが、同時に男性の幼児を性的な意味で 従えることは一般的にみられた現象です。 中世における史料でも、そういった事例はいくらでも見つかります。 こう考えると、資房の子どもが拉致されたのは性的な意味でのものだった可能性がある。 問題は親に反抗してでも坊主の元にいようとした理由ですが・・・史料がないのでわかりません。 とりあえず、十一世紀には同性愛が社会的に普遍化しており、事件も頻発しております。
169 :
日本@名無史さん :2001/07/21(土) 00:02
お稚児さんと衆道は、違うんでわ?
170 :
日本@名無史さん :2001/07/21(土) 05:52
>169 お稚児趣味ってのは少年まで坊さんの性欲処理のお相手みたいなもんで、衆道はホモでしょ。 男色ってやつですか。
171 :
19 :2001/07/21(土) 07:09
後白河と摂関その他の貴族や、白河と夜関白顕隆など 院政期貴族には一般的。頼長の日記『台記』には今日 誰と何してどうなったということが事細かに書かれている。
172 :
日本@名無史さん :2001/07/21(土) 08:10
坊さんのお稚児さん、江戸の町人の陰間や少年の歌舞伎俳優、戦国武将の小姓、 薩摩武士なんかがやってた何ていったっけ? 「衆道」ってのは、これのどれに該当するのかな?
173 :
日本@名無史さん :2001/07/21(土) 09:53
江戸時代には、本当の性豪は男色も嗜まなきゃ一流じゃないって言われて たって本当? それとも一部少女の幻想? そういえば「好色一代男」にも、男色のシーンはあったよね。
174 :
エリクセン :2001/07/21(土) 19:39
世阿弥の話でしたっけ?あい続く責めのため痔に困りフェラチオを後になって知り私が若いとき此れをしっていれば(此れほど酷くならなっかった。)と感嘆したのは?詳細は忘却の彼方。誰か補完して!!
175 :
日本@名無史さん :2001/07/22(日) 11:21
だからさ、衆道とホモは違うんだってば。 罵詈だよ、それと同じにしたら。武士道への。
176 :
日本@名無史さん :2001/07/22(日) 12:33
文化の質として違うってのは分かる。 けど、「衆道は高級なんだ、ゲイと一緒にするな」ってのも、 これはこれで、違った意味で罵詈な気も・・・。
日本の長い歴史の中で男色がこんなに馬鹿にされるようになったのは、 西洋文化の影響を受けてからだって言うじゃん。 江戸時代までは、一般的とまでは行かないまでも、今みたいにヘンタイ 扱いは受けなかったそうじゃん。 浮世絵にも浮世草子にも黄表紙にも、沢山でてくるもんね。
178 :
日本@名無史さん :2001/07/22(日) 18:22
最近書店に行って女の子向け漫画雑誌のコーナーを見ると必ず何種類か女の子向けの男性を主人公とした同性愛雑誌が置いてある。なぜ今そういった珍妙な趣味が流行しているのか、たいへん興味深いところではあるがそれは社会学、心理学の領域になるのでここでは論じられない。そこで私はそういった趣味に理解を示す者として、いったい日本では男色という習慣はどのように扱われてきたのか興味をそそられたので、このテーマをレポートの題材として選んだものである。 日本において、いったいいつから男色という習慣が始まったのかはわからないが、日本書紀・神功皇后記のなかに小竹祝と天野祝の交情について載せられている。天野祝が小竹祝の死を悲しんでその亡骸の上に打ち重なって自害し、合葬したところ神の怒りにふれて「アズナイ」の罪で付近は常闇となったという。 また万葉集の巻4には大伴家持と藤原朝臣久須麻呂との間の贈答歌が七首載っており禁忌というほどではないようだが、まだ奈良時代にあっては男色は偶発的なもので風俗たりえてはいない。 風俗としての男色が日本に伝えられたのは、恐らく平安時代に中国へ留学した僧侶からであろうと思われる。よだれかけ巻五には「本朝にかく此道さかんになり侍るは、伝法弘法二大師渡唐の時、天親菩薩にならい奉りて、御帰朝後の事なりと理尽抄には書けり」とあり、伝法弘法云々はまゆつばとしても、男色が進んだ風俗として、または邪淫戒をおかさぬための手段として僧侶に取り入れられたことがわかる。また「大和物語」に醍醐天皇が堂上家の美しい御曹司を人知れずお召しになり、「あかでのみ経ればなるべし逢わぬ夜も逢う夜も人を哀れとぞ思ふ」と詠まれたという話が見え、天台と密接な関係にあった朝廷にもこの風がおよんでいたことがうかがえる。ただ恵心僧都は「往生要集」の集合地獄の条で、多苦悩所なる所は男が男に愛着して邪行を犯した者が落ちる地獄だと述べている。 鎌倉時代に入り、男色が文学の主題となる日を迎える。「平家物語」「宇治拾遺物語」「古今著聞集」「沙石集」などの説話文学、また「徒然草」にも当然のように僧侶の男色が頻出している。例えば「宇治拾遺集」巻五には、三井寺の別院一乗寺僧正でのちに延暦寺の座主となった増誉と、寵童小院の話が記されている。小院は田楽舞を踊る楽人であったが、増誉にみそめられ、無理に乞われて法師になった。しかしそのうち増誉は、出家させたのを後悔してべそをかいた。大人の癖になにをぐずっているのか、滑稽なかぎりだがそんなんしてべそをかいているうちに、結局小院の装束を脱がせ「障子の内に具して入られけり。その後はいななる事がありけん、知らず」だそうである。
さて室町時代に入るとさらに男色の習慣は一般化し、武家社会の男色好みが寺院のそれを上回るほどになっていく。「室町殿日記」は猿楽をよくする美少年が、足利将軍家や禁中に出入りし、「色をひさぎ人を惑わすこと遊女とかはることなし」と著わしている。また狂言「老武者」では、藤沢の宿に泊まったさるお方の子息の美少年のことを聞きつけて土地の若い衆がやってきて酒宴になった。そこへ一人の老人もやってくるのだが、行きがかり上喧嘩になってしまう。怒った老人は他の老人達を集め武装してやってくる。若者達が収集策としててんでに老人達に抱きつくと、老武者達は「思いの外なるにゃくぞくずきして、わが家々にぞ帰りける」。この狂言から、地方の士庶のあいだにも男色の習慣がおよんでいたことがわかる。 戦国時代から安土桃山時代になると、それ以前の武家社会の、単に趣味としての男色とはいささか趣が異なってくる。打ち続く合戦に婦女子を伴うことは不可能であった。そのためその遠征の間に武将の身の回りの世話をするのは小姓達であった。いつ敵襲のあるかも知れない臨戦体制下であるから、山門や公家の寵童のようにただ美少年であるだけでなく、それにくわえて剛勇の者が選ばれるようになった。 「梧窓漫筆」には「戦国の時には男色盛んに行なはれ、寵童の中より大剛の勇士多く出づ」として明智光秀と明智左馬介光春、上杉輝虎と直江兼続、秀次と不破万作、蒲生氏郷と名古屋山三郎、木村伊勢守と浅香庄次郎、織田信長と森蘭丸などがあげられている。 ただしこのころ多く著わされた稚児物語、「秋夜長物語」「幻夢物語」「嵯峨物語」「鳥辺山物語」「松帆浦物語」「弁の草紙」「あしびき」などのほとんどが山門・公家の物語であるが、それはこのころ物語の制作能力が山門・公家に独占されていたからである。 江戸時代にはいり、戦火が絶えた後も、男色の習慣は収まらなかった。それは江戸城をはじめとする諸大名屋敷や居城において、表と奥が厳格に区別されていたからである。それによって表に出座する将軍・大名の身辺の世話は十四から十八歳位までの前髪だちの児小姓が勤めることになったのである。三代将軍家光や五代綱吉などの児小姓好きは有名であり、将軍に習って諸大名がまた争って美少年を小姓に召し抱えたが、このころの男色が以前と違うのは、これまでは男だけの社会で行なわれていたこの習慣が家庭生活に近いところに持ち込まれた事である。家庭生活に持ち込まれるとどうなるか。一千六百二十三年成立の「醒睡笑」の中の一話には、若衆ばかりかわいがる夫に腹を立てた妻がやってきた若衆に「てめえにしゃもじを引き渡してやる!」と怒った話が載せられている。このくらいの痴話喧嘩ですめばよろしいが、大名を巻き込んでの沙汰となるともはや社会問題である。寛永十七年に起きた事件の実録として記録された「藻屑物語」では、二人の小姓をめぐる刃傷沙汰で、小姓二人は切腹、他に二人の侍が殺害されている。また寛文年間刊の「色物がたり」では大小名が小姓におぼれて、その縁者などが取り立てられ譜代の臣がないがしろにされ、治世が乱れるといった弊風を指摘している。 このころ初めて「衆道」という言葉が登場する。男色といわず衆道と言うようになったのは、世の乱れの元となる男色に存在意義を持たせ、道義と法とで治めようという考えからである。寛永二十年刊の「心友記」で、まず上巻では仏教的立場から若衆を対象ととした「情」の人生的意義を強調しており、下巻では儒教的な道徳感と結びついた男性の「義理」、例えば礼節、正直、勇気、謙譲、無欲などの守るべきモラルが上げられている。そしてこの後の衆道関係書で説いて義理におよばないものはない。また明暦三年刊の「催情記」では若衆の具体的な身だしなみ、例えば風呂入りのこと、食物の事、杯の次第などが事細かく述べられているが、ここにおいて近世武家社会の衆道は名実ともに定着したといえる。 時代が進むにつれ、武家社会の義理を強調した無償の衆道から、元禄時代には「ひさぎ若衆」という売春化した男色がまかり通るようになってゆく。その代表として若衆歌舞伎があげられる。
寛永六年に女歌舞伎が禁止されたことによって、すでにそのころ登場していた美少年だけで編成された「若衆歌舞伎」の時代にはいる。寛永九年には禰宜町に中村座が、十一年には上堺町に村山座、十九年には木挽町に山村座が櫓をあげた。寛永末年になると村山左近、続いて右近源左衛門が女装して舞台を勤め喝采を博した。これによって男役の立役と女役の女方という分類が若衆歌舞伎時代にすでに成立したのである。しかし武家の男色が衆道と名を改めて全盛期を迎えた頃の事であるから、とくに江戸では大名旗本が若衆にいれこむなどのトラブルが続いたため、承応元年ついに三都いっせいに若衆歌舞伎禁止令が下る。しかし翌二年には、前髪を剃り落とすこと、歌舞伎にかわって「物真似狂言尽くし」として再開することが許可された。前髪を落として月代となったことで若衆歌舞伎から野郎歌舞伎へと名称が変わった。このころまではまだ衆道の精神が健在で、金一歩で男色を売るというシステムはすでにあったが、まだ売春は一般的ではなかった。「男色大鑑」では「その頃までは昼の芸して夜の勤めといふ事もなく・・・」といっているし、貞享四年の「男色十寸鏡」でも「男色をうり侍るは、中頃よりおこりけるとかや。三十余年巳前(承応、明暦頃)までは、歌舞伎若衆も今の風俗とはかはりて、意気地を第一とし、親方も金剛(草履取り)も、さして此道にて銀をめがけず、何事もおだやかなりければ、若衆にたよる好士もの、或は知音の男は、自由に太夫本にいり行き、いつにかぎらず酒にして遊びけるなり。」と述べている。 その歌舞伎若衆が、花代を銀一枚(四十三匁・三万五千円余)と定めて、遊女並に夜の勤めを強いられるようになったのは、京都の妙心寺の開山・関山慧玄禅師の三百年忌が万治二年に催されたとき、諸国の福僧が京都に集まり、御法事の後、四条河原を見物して、むやみに若衆を買い出したのがきっかけとなったと、西鶴が「男色大鑑」で述べている。またその翌年出版された「野郎虫」は、最初の役者評判記であるが、歌舞伎若衆を芸人としてというよりは男色の対象として見ていたことがうかがえる。例えば「舞台にての芸、人なみなみ也。一座の取り持ち、野郎仲間には第一なるべし。床に入りてのしなせぶり、世にあるまいとのとり沙汰なり。此頃は草履取りとねんごろめされて、座敷の首尾もあしきゆゑ、此人をねんごろせんと思へば、草履取りに、つかませよとの取り沙汰なり。一儀ことの外きらひなり。」などといった調子で、遊女評判記と本質的に変わるところはない。 衆道狂言が元禄期に入っても上演されていたことは、初代坂田籐十郎や初代嵐三右衛門など、元禄期の名優達の芸談を筆録した「耳塵集」などからうかがうことができるが、その後は次第に後退し、江戸では初代市川団十郎とその子二代目団十郎によって荒事芸が成立し、上方では初代坂田籐十郎によって和事芸が成立し、歌舞伎が近世演劇としての体制を調えるにつれて、衆道歌舞伎は影をひそめてゆく。江戸中期を過ぎると「近年の若衆方は、武門の小姓だちには仕立てず、べたつくやうに成って、大方女形へ役替えする」(古今役者大全)とあるように、若衆方の時代から女形中心の時代にはいったといえる。 ただし民間の男色の売春宿であった陰間茶屋は延宝のころには膏薬売りとして存在していたが、これは江戸後期まで栄えていた。明治に入っても大きな寺の周辺には細々と残っていたらしく明治二十年頃まで河内に野郎茶屋の跡が残っていたと言う。 以上 反省 明治から現代までもまとめたかったのだが、あまり資料がなくて断念した。恐らく明治にはいり、風俗としての男色は一時消滅し、戦後になって海外からホモセクシャルという考えが輸入されたのではないだろうか。日本の衆道と西洋的なソドミットにはかなり隔たりがあるというのも論じればおもしろかっただろうし、戦後のゲイバーの歴史もまとめたら楽しかったかもしれない。色物なテーマで先生には申し訳なかったが、とても楽しく「歴史」の勉強ができました。
181 :
日本@名無史さん :2001/07/22(日) 18:35
日本で初めてゲイバーを開いた人の本、ちょっと前に出てましたね。 太平洋戦争に従軍してて、戦地で戦友達に尻を貸して儲けてたんだって。 風俗嬢の病気が怖いってやつが沢山頼みにきて大繁盛したって。
182 :
日本@名無史さん :2001/07/23(月) 05:54
>>180 >あまり資料がなくて断念した
そんなことない。カストリ雑誌その他むしろ総覧できないほど多い。
最近その手の特集本も多いし近代以降のその手の資料を収蔵公開している博物館もある。
183 :
日本@名無史さん :2001/07/23(月) 10:31
>>181 皇軍を愚弄すると承知せんぞ!
誇り高き日本陸軍が男の尻なんぞ追いまわすかバカ。
なんのための慰安婦だバカ。
しかも衆道が廃れた明治以降だろ。
184 :
日本@名無史さん :2001/07/23(月) 14:13
うむっ、、 凄い学者並の書き込みですね、皆様。 印刷でもしようかな
185 :
日本@名無史さん :2001/07/23(月) 19:41
>>183 目的はお尻だけじゃない男同士の独特感なんじゃないの?
その、「誇り高き日本陸軍」が慰安婦とヤッてる姿(事実だけど)
あんまり誇り高いと思わないし、慰安婦って言葉も嫌いだ。
衆道が廃れたのは明治以降ではありません厨房君
186 :
日本@名無史さん :2001/07/23(月) 19:59
えっとゲイバーの人の続きです。 終戦後は、屋台のおでん屋はじめたらしいですね。 それでオカマのおでん屋として有名になって、 その気のある進駐軍の人達の社交場として盛り上がったそうな。 つまり名誉ある合衆国軍人にもそういう趣味の人は多かったんですよ。 これも冒涜になりますか?彼等はキリスト教徒が多いよ? 当時、不動産として嫌われていた新宿2丁目にそれ系のお店を出すこ とになるのは、また後の話です。
187 :
日本@名無史さん :2001/07/23(月) 20:48
188 :
新井は32歳ホモ :2001/07/23(月) 20:52
ホモだよ 長めのぶつの写真貼っているでしょ
190 :
日本@名無史さん :2001/07/23(月) 21:38
日本のおかま第一号―あなたは仕事に誇りをもっていますか? ダ・ヴィンチブックス 野地 秩嘉 (著) 価格(税別): ¥1,500 メディアファクトリー ISBN: 4889918035
ありがとう御座います。本屋で探してみます。
192 :
日本@名無史さん :2001/07/23(月) 23:06
白州次郎さんの奥様で白州正子さんがお書きになった 両性具有の美 という本是非お読みになってください!!
193 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 02:55
314 名前:無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2001/07/24(火) 01:57 じゃあ現代では激しく嫌悪され、否定されて犯罪まで 構成してしまうようなペドフィリアやロリコン趣味は どうな感じだったですかね? ペドやロリを嫌悪して弾劾するような人達は、 西洋等の宗教的価値観に頭の中身が侵された偏屈な人間ですか?
194 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 05:40
>>193 ものすごく論理が飛躍してるけど・・・
男色になにか恨みでも???
195 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 07:27
明治は男色は、どんな扱いを受けたのかな・・・。 昭和初期は、男色関係の本が、発禁になったりしてるよね。これは、単に ポルノとして禁止されたのか、男色だからだったのか、知りたいッス。 西欧文明の流入と共に男色が(消えはしなかったが)タブー視されるように なった理由は、やはり一夫一婦制が徹底したためじゃないかって思うんだけ ど、どうでしょう? それで言うなら、お妾さんの制度が、ずっと続いた理由は? って突っ込ま れそうですな。 思うに、お妾さんと違って、男色は、少数派だったことが致命的だったんで は? と思うのは素人考え???
196 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 09:54
そのセルフつっこみは正しいな。 ま、男娼が商売でやる媚態の軟弱さが、富国強兵にはふさわしくない、というのはあったろうな。
197 :
>195 :2001/07/24(火) 10:00
徴兵制とか軍国主義とかのながらもあるんじゃない 軍隊での内実はともかく、やっぱまずいっしょ?
198 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 10:04
199 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 15:35
>>197 ちょっとまずいって何それ?
軍国主義云々の前に、日本語破綻してるよ
200 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 15:40
@女に不自由してたから男色に走ったホモ。 A女以上の魅力、価値を男に見出したから男色に走るホモ。 B嗜みだから、忠義だから、男色に走るホモ。 Cその人が自身が好きでたまたま男だったからホモになった。 他にある?
201 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 15:40
レズにも言えるね
202 :
日本@名無史さん :2001/07/24(火) 15:41
明治大正の軍隊内では男同士のなんというか…そういった同志の契り的なものがあったらしい。 昭和になって廃れたようだが…
203 :
バーコードはホモっけあるらしいが :2001/07/24(火) 15:51
204 :
与六 :2001/07/24(火) 17:33
戦場のメリークリスマスは捕虜と朝鮮人(ジョ二ー大倉)が恋仲だったな。
205 :
日本@名無史さん :2001/07/25(水) 07:24
今はどうだか知らないけど、欧米の軍隊では、ちょっと前までゲイ の人は、入隊試験で不合格にされたそうだ。 理由は、兵士間で恋愛のような特殊な感情が生じると、作戦遂行の 障害となる恐れがある、、、だったそうだ。
206 :
日本@名無史さん :2001/07/25(水) 09:16
「欧」と「米」とわけたって、あんまりにもおおざっぱだろー。 ま、高級将校がゲイに目覚めたらどうだったかしれたもんじゃないがな。
207 :
日本@名無史さん :2001/07/25(水) 09:37
それよりも基教的倫理観で罪とされてることに意味がありそう。 良家の子息とかがちがちの倫理観の持ち主だったりしたら 組織内からの異分子の排除には懸命になるだろう。 軍隊だけでなく警察とか消防とかああいうとこでもゲイは排除されるよね。 規律のしっかりしてるとこほど反感は強いのかな? 日本の同性愛文化が排除されるようになったのも 開国で諸外国の目を気にするようになってからだよね。 まあそれまでも悪弊というか悪趣味というか公の倫理観からは外れたそういう見方はされてたんだけど。 欧米からも恥ずべき悪習を残してる未開国、と見られるし 富国強兵の妨げにもなるし、そりゃ無くしたほうがいいわな。
208 :
日本@名無史さん :2001/07/25(水) 11:02
>>205 不合格だけど、実際は隊内にゲイはたくさんいた。
蛇足ながら・・・スマソ。
209 :
日本@名無史さん :2001/07/25(水) 19:05
新撰代表作時代小説B 浜町河岸夕化粧(日本文藝家協会編)光風社刊 収録、南条範夫『衆道伝来記』 文庫です。
210 :
日本@名無史さん :2001/07/26(木) 09:49
っていうか、男って極限状態にいるとき同性と共にいたいと 思うらしいです。
211 :
日本@名無史さん :2001/07/26(木) 13:19
俺は極限状態じゃなくても同性と共にいたいけどな。
212 :
日本@名無史さん :2001/07/26(木) 15:06
そりゃさみしい。
213 :
名無しさん@1周年 :2001/07/27(金) 17:29
214 :
名無しさん@1周年 :2001/07/27(金) 17:30
215 :
日本@名無史さん :2001/07/28(土) 12:36
森蘭丸は御手本であり基本だ
216 :
日本@名無史さん :2001/07/28(土) 13:45
>>209 南条先生って他にもホモやバイ書いてる?っけ
218 :
日本@名無史さん :2001/07/29(日) 17:50
ってゆかさー どんなカンジなのかおしえてくれよー オンナとするのとどう違うのよー
219 :
日本@名無史さん :2001/07/29(日) 17:54
読んできた。 地理人類板の1さんは江戸の男女比率が相当違ってたことを忘れてるね。 (8代将軍吉宗の頃でも男女比は2:1だとか) 参勤交替で江戸詰めしてる武士連中なんて今で云えば全寮制の男子校みたいなもんかも。
220 :
日本@名無史さん :2001/07/29(日) 18:01
>>218 一般の女・・・均等に締まる。適度な柔らかさ。
名器の女・・・吸い付くように締まる。根元と奥が時間差で締めつけられる。
初心者の男・・硬い。処女とやるときのコリコリ感。根元は締まるが奥は普通。
名器の男・・・亀頭と根元が別次元で快楽を与える。
女のケツ・・・最初は良いが慣れてくると前の方が楽しい。
>>219 >8代将軍吉宗の頃でも男女比は2:1だとか
これ始めて知った、歴史詳しくないからだろうけど。
原因はなんなの?
参考サイトあったら教えて。
222 :
日本@名無史さん :2001/07/29(日) 19:39
江戸は新興の都市だからね。 地方から出稼ぎ、奉公に来てる町民は圧倒的に男が多かったし 江戸に来てる諸藩の藩士達も妻子を国元に置いての単身赴任。 「男女比 江戸」とかで検索してみたら色々出てくると思うよ。
224 :
日本@名無史さん :2001/07/30(月) 10:04
男が多い。だから吉原がお高くとまってても成り立っていた。 ま、格式が行き過ぎて岡場所に客をとられちゃうんだけども。 長屋の住人も独身率が高かった。 技術は徒弟制度で伝えて、あとくされなし。さみしい、ととるか身軽ととるか……
225 :
日本@名無史さん :2001/07/30(月) 17:31
江戸までは男色は当たり前。子供が生まれなくても養子を取ればいいと考えてた。ではなぜ男色か? 戦場における主従関係=男同士。命のやり取りに女の入る余地は無い。
226 :
日本@名無史さん :2001/07/30(月) 20:07
本当に藩主家って養子が多いよな 殿様ともなれば何ぼでも女もてるはずなのに 複数もってどれかに生ませればいいのに思ってた
227 :
日本@名無史さん :2001/07/30(月) 20:48
乳児死亡率が高かったのだ。辛いね。
>>227 白粉に水銀が混じってたのが原因だっけ?
現代も男の方が多いよね。出生率そのものが男の方が多いからしかたないけど。 本来、乳幼児死亡率は男子の方が高いので、自然に男女比が調節されるはずが、 医療の発展で死亡率が減って結果として男が増えることになるようです。 だからノーマルの男性はホモの男性に感謝した方がいいぞ。男同士でくっつくぶん、 女性をめぐるライバルが減ってくれるのだから。
現代も男の方が多いよね。出生率そのものが男の方が多いからしかたないけど。 本来、乳幼児死亡率は男子の方が高いので、自然に男女比が調節されるはずが、 医療の発展で死亡率が減って結果として男が増えることになるようです。 だからノーマルの男性はホモの男性に感謝した方がいいぞ。男同士でくっつくぶん、 女性をめぐるライバルが減ってくれるのだから。
すみません。二重投稿しちゃった。
232 :
日本@名無史さん :2001/08/01(水) 00:27
233 :
日本@名無史さん :2001/08/01(水) 00:33
俺はホモだから男が増えてくれるほうが嬉しい。 けど、最近はホモが増えすぎた気がする。 5〜6人にひとりはホモだよ。鬱だ。
そんなにいるのかよ…
235 :
日本@名無史さん :2001/08/02(木) 17:33
ホモは自分のことホモだとは言わない
236 :
与六 :2001/08/02(木) 19:22
大河ドラマで平幹二郎、松平健、ストロング金剛、三上博史が共演しないかな。
237 :
日本@名無史さん :2001/08/02(木) 19:56
子孫を残すと言う行為は異性同士でなきゃできないわけじゃん? 今現在世界中を支配している西欧宗教はそれを基本に成り立ってるわけでしょ? 現代人はそれに洗脳されているわけよ。(私も含めて) だから宗教ではホモ・バイが禁止されてる。 基本的に人間は集団動物で、一人では寂しくて生きてゆけない。 一人でいると、男でも女でもかまわないから、傍にいる人と抱き合い、寂しさを和らげようとする本能は、誰にだってあるんだってさ。 発情はその発展系。 つまり、本来の人間はバイが正当なんだって。 ホモ・普通の異性好きは、両方とも正当な人間とは言えないんだってさ。 日本の歴史も、キリスト教が入ってきて、西欧至上主義になるまでは、本来の人間の姿であるバイの観念が大半だった。 現在で言う正当な性行為を行う人間を探す方が、難しいんじゃない? だから、逆に、昔の人間が現代人を見たら、「うわっ!あの男!女としかHできねーでやんの!だっせー!」となる。
238 :
名無しかよ! :2001/08/02(木) 20:14
上杉謙信
>>237 はちょっとなぁ
洗脳はマイナスのイメージがあるし
本来の〜っていうのは圧迫感があって
バイをかばうあまりに言い過ぎになってる感じがあるなぁ
あまり言い過ぎると文化すべてを否定せざるを得ない方向にひっぱられるので
注意が必要と思われ
241 :
日本@名無史さん :2001/08/02(木) 22:23
>>239 237です。
あら、そう?
もちろん、信じたくない人は信じなくてもいい。
バカにしたければ、それでもいい。
文章が稚拙なため、文章がストレートな感は否めないけど。
でも、よく考えて欲しい。
洗脳されてる人間は、自分が洗脳されている事に気づいていない事に。
僕も残念ながら、幼少時からの社会の影響で、男色がまったく理解できない。
「性欲は女だけ!」と、既に頭の中にインプットされてる。
周りの知り合いには言えないんだけど、バイである方が、思考世界が広まると思わない?
なんかバイを奨励してるみたいだけど、そう考えていただいても構わない。
>日本の歴史も、キリスト教が入ってきて、西欧至上主義になるまでは、 >本来の人間の姿であるバイの観念が大半だった。 だからこんな事実はないってのに… このスレちゃんと読んでる?
243 :
日本@名無史さん :2001/08/02(木) 22:35
242 こんな事実はないなんて、どこに書いてあんの?
じゃああったという根拠は?
245 :
日本@名無史さん :2001/08/02(木) 22:43
さきにそっちから突っかかってきたんでしょ? そっちからこたえなされ。 それとも、既成事実がないかな? こっちはあるよ。
246 :
日本@名無史さん :2001/08/02(木) 22:44
もう眠いから、また明日レスするわ。
じゃあその既成事実ってのをどうぞ。
ホモの妄想には付き合ってられんわ。 同性愛板へ逝ってくれ。
249 :
日本@名無史さん :2001/08/02(木) 22:47
248 さよーならー
250 :
日本@名無史さん :2001/08/03(金) 08:24
西欧文化が入って来る前までは、日本では、一般的だったかどうかは 分からないけど、今ほどバイがヘンタイ扱いされてなかったのは確か だよね。 「好色一代男」なんかは、その典型だけど、浮世草子や黄表紙、歌舞 伎なんかでも、性豪ぶりが強調されるキャラは、バイであることが非 常に多い。もっとも、女がメインで、少年もってパターンが多いよう だけど。 ところで、「キリスト教と同性愛」(国文社)って面白い本がある。 この本の著者が言うには、同性愛は不自然では無い。しかし、同時に それを嫌う感情もまた不自然では無い。人間の心の中には、この矛盾 した2つの要素が共存している。 そして、そのどちらが勝つかは、その社会の都合や単なる偶然によっ て決まる。 キリスト教が広がる前には、確かに同性愛を許容する社会もあったが 同時にタブー視する社会もあった。 キリスト教は、同性愛を否定する者の理論武装に利用され、それを教 義として取り込んでしまった。そのため、キリスト教をドグマとした 西欧社会では、長らく同性愛をタブー視する社会となってしまった。 ・・・そうです。 であるのならば、江戸にも、同性愛を肯定する向きが今よりは優勢 だったって話しで、否定する向きも同時に存在したんじゃないか? とも思ったりするんだけど、本当のところ、どうなんだろう? しばしば、陰間茶屋がガサ入れされたり、若衆歌舞伎が禁止された 理由の中に、こうした同性愛嫌悪があったのか? 知りたいです。
>>250 >同性愛は不自然では無い。しかし、同時に それを嫌う感情もまた不自然では無い。
俺ホモでもバイでもないはずだけど、これなんとなく分かるな〜
252 :
日本@名無史さん :2001/08/03(金) 09:24
またふざけたスレてたやがってと思って無視していたが、 こんなに真面目に議論していたとは。 男色は仏教思想の女犯の戒の影響を受け、江戸時代には 女性との行為よりも高尚であるとすら考えられていた。 もともとは坊さんが己の性欲を処理するためにはじまった と見られるが、古代にも行われていた可能性も否定できず、 古事記にあるヤマトタケルがクマソタケルの尻に剣を 刺す場面を男色行為とみなす説まである。
253 :
日本@名無史さん :2001/08/03(金) 09:25
戦国板ってのはここよりレベルが低いやつらが 集まっているのか? 最悪だな。
254 :
日本@名無史さん :2001/08/03(金) 11:46
255 :
与六 :2001/08/03(金) 12:32
鹿児島の高齢者の中には、男らしい行為と受け止める方もいるみたいですね。
明治頃まではそういう見方が残ってたらしいね。<鹿児島 そういえば男色の風習が定着した島津藩は相対的に女性の人口が少なかったとか。 人はあとづけでなんだかんだと行為を高尚なものにしたがるけど 元々は性の捌け口からだったんだろうね。
257 :
日本@名無史さん :2001/08/03(金) 16:32
武田信玄や伊達正宗のラブレターの内容ってどんなものですか? 武田信玄は浮気がばれたときの言い訳の手紙とか聞いたことがありますが。
258 :
日本@名無史さん :2001/08/03(金) 17:02
259 :
日本@名無史さん :2001/08/03(金) 22:48
>>257 信玄のは戦国板にスレがあったので、あげときました。
政宗のはかなりの長文なので、「伊達政宗の手紙」(新潮選書)に
収録されてるのを探してみてください。大きめの書店ならあると思います。
260 :
257 :2001/08/03(金) 23:57
>>259 どうもありがとうございます。図書館いって調べてみます。
しかし長文のラブレターと言うのもどんなもんでしょう?
261 :
日本@名無史さん :2001/08/04(土) 00:26
263 :
レボリューション21 :2001/08/07(火) 11:20
あのですね、明治になって男色がタブー視されたのはですね、 いろいろな影響があるんですね。キリスト教だけではない。 まずは国家神道ですね。神道は五穀豊穣を旨としますから、 子孫を増やさない男色はキリスト教と同じように禁忌であるわけですね。 つぎに軍国主義ですね。勇ましさが殊更強調され、女々しさが禁忌となっていったわけです。 子どもを増やさないのもよくなかった。 もうひとつ、江戸の男色は主に町人文化ですが、明治以後は土地の流入がある程度 解禁されて男色を知らない農民などが各都市に交じり合っていったんですね。 ここから閉鎖的で均質的なムラ社会が平均化されていったんです。
264 :
日本@名無史さん :2001/08/07(火) 11:24
>>263 「神道は」とは言って欲しくないね。
「国家神道は」と正確に
ちなみに、国家神道がキリスト教の影響を受けているのは
周知のとおりです。
265 :
日本@名無史さん :2001/08/07(火) 12:20
明治時代までは男子校の寮などでは男色は盛んだったようです。 有名なところで森鴎外「ヰタ・セクスアリス」 今東光の小説にもそんなシーンがありました。 意外なところで星新一も美童趣味があると自ら座談会で告白。 「戦前の男子校に通っている人には僕の気持がわかると思うよ」
266 :
与六 :2001/08/07(火) 19:39
連署徹義政が司会の直撃!!ウワサの5人で、No1ニューハーフ決定戦だって。 女装はいつからなのかな。
267 :
日本@名無史さん :2001/08/07(火) 21:23
>>266 厨房は、ホモと衆道と女装、おかま、全部一括りにしちゃうんだね。
ここではえ―っと、日本の同性愛の起源を討論するんじゃないの?
女装と、ホモセクシャルは関連性はあっても全く別の事。
>>263 おっしゃるとうり!
268 :
日本@名無史さん :2001/08/08(水) 23:57
269 :
日本@名無史さん :2001/08/09(木) 02:31
というか、現代日本社会が女の裸=男の異性愛を高尚化したのです。 相対的に現代はエロとしてのホモの価値が下がってます。 昔はあんまりエロ文化(特にポルノ)が発達してなかったのです。 ロリコン漫画もAVもインターネットの無修正画像も深夜TVのH番組も コンビニのソフトエロ雑誌もフェラもスマタもSMも顔射も無かったのです。 また、女性のオシャレも今ほど発達してなかった。 農村では女の裸は今より溢れてたけど、 子供をいっぱい産んで体形が崩れた女性も多かった。 だから発展した都市社会たる江戸の遊郭は高貴なエロを提供して価値を持ったのです。
age!
271 :
日本@名無史さん :2001/08/18(土) 22:18
「同性愛」って言うけど、日本て明治期になるくらいまでは「愛」って 単語としての概念が無かったって言うね。代わりにあったのは「情」で、 「夫婦の情」とか「好きな者同士の情」「主従の間の情」って感じで。 そういう感覚も、ただの同性愛とはまた違う意味を持つ「衆道」って ものの成立に一役買ってたような気がするんだけど。
272 :
日本@名無史さん :2001/08/19(日) 18:00
あげときます
273 :
日本@名無史さん :2001/08/19(日) 18:29
ホモなんていない 在日のすべてウリナラ起源と同じ 在日じ無い奴まで在日にする キリストまで朝鮮人と言う それと同じ ホモが主張してるだけ 実際にはホモなんて居ない
274 :
日本@名無史さん :
2001/08/19(日) 19:20