なぜ、歴史を学ぶのか?

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1日本@名無史さん
少なくとも例の「作る会」の人たちが言ってるような、
「日本人としての誇りを持った人材を育てる」
とかなんとかゆうのは、ちゃうでしょ。
とか思うんですが。
2名無しサンシティ:2000/11/14(火) 12:32
過去から学ぶべきことがたくさんあるからじゃん?
3日本@名無史さん:2000/11/14(火) 12:40
まあ、教育上の建前としてはその通りだけどね。
実状は知的好奇心、ルーツへ感心、後はヲタク・受験(苦笑)
4:2000/11/14(火) 12:40
教育する側の現場としては「過去への贖罪?」てな雰囲気もあるらしいが……。
5>1:2000/11/14(火) 12:43
ちゃうこともないんじゃない?
そういう面もあるべきだと思う
6日本@名無史さん:2000/11/14(火) 12:44
>>4
それは戦中のおっさん達が責任を取れば良い。
今を生きる俺達には無関係だろ!
7日本@名無史さん:2000/11/14(火) 12:51
しかけたのは、アメリカ!!
8カズ:2000/11/14(火) 13:37
 あらゆる学問は歴史を母胎としてる 曰く政治史 政治史 商業史
数学史 化学史ーーーーーーーどの教科書にも その歴史から出発し
著述されてる  何故か!!もう一遍考えてみよう
9日本@名無史さん:2000/11/14(火) 16:36
>8
それにしてはさ、科学系の教科書はあまりにお粗末なんじゃあない?
教えるなら教えるで、
学問の発展に沿った仮設・立証の歴史をしっかりと教えるべきなのに。
科学ってそうやって、発達してきたわけでしょ?
あなたはそれを学校でちゃんと学んだんですか?
少なくとも僕は、んなこと教えてもらいませんでしたが。
109(↑訂正):2000/11/14(火) 16:38
仮設→仮説
11日本@名無史さん:2000/11/14(火) 16:46
日本人として誇りとか言っているけど、他人様が考える誇りをみんなに
押し付けようとしているように思えるのですが、「作る会」の皆様は。
大きなお世話です。こうしなくては日本人では無いと言うなら、昔の村
八部のままのような感じですね。太平洋戦争当時死にたくて死んでいった
訳ではないでしょう。みんなしてこうしなくてはいけない、こうしなくて
日本人ではないと思いこみ、批判する者が無くなったから負け戦でも
突っ込んで入ったんでしょう、世界中相手に。
そんな日本を誇らしく思えるなら、もう一度覇権目指してがんばってください。
私はあんな悲惨な大義の無い戦争なんかに参加する気は毛頭ありません。
12日本@名無史さん:2000/11/14(火) 18:19
2にもあるが過去を知ることにより今をより良く生きるってのが
意義なんじゃない(えらい簡単だし、良くって何?との疑問も残るが)

しかし同時に国の教育でマインドコントロールされやすい一面もあり、
歴史教育は様々な問題を抱えている。
13日本@名無史さん:2000/11/14(火) 19:11
健全なナショナリズムの育成が第一義でしょ。
どこの国でも同じ。
14日本@名無史さん:2000/11/14(火) 19:20
>>13

 それは「歴史教育」の意義としては同意する。
 主体的に「自分が何故歴史学を学ぶのか」ということとは違うな。

 自分的には「歴史の真実」とかいうデマゴギーに惑わされないため
に歴史を学んでいるというとこだな。

15日本@名無史さん:2000/11/15(水) 10:23
右翼にも左翼にも捏造の歴史があることを識り、
極端は必ず身を滅ぼすことを理解することによって、
インチキセクトや歴史修正主義など如何なるイカレポンチに
染まらないようにするため(藁
16日本@名無史さん:2000/11/15(水) 11:21
歴史に学ぶことができるなら
人間はもっと賢明であるはず
何度も同じ過ちを犯すのは何故?
17>16:2000/11/15(水) 11:23
いや、むしろ馬鹿だから学ぶんですよ。
18日本@名無史さん:2000/11/15(水) 11:53
昔どうだったのかよりも
今どうであるかを考えよう
19日本@名無史さん:2000/11/15(水) 12:14
私の場合、受験科目の社会科の中では比較的点が取り易かったからです。
20世界@名無史さん:2000/11/15(水) 12:40
バーナード=ショー曰く

We learned from history that we learned from history nothing.
21日本@名無史さん:2000/11/15(水) 14:13
社会で共有されている道徳や行動規範をコンピュータのソフトウェアとすれば、
過去の成功と失敗を綴った「歴史」は、作品集およびトラブル集でしょうね。
知らなくてもソフトは動くけど、知っていればよりよく動かせる。
22日本@名無史さん:2000/11/15(水) 14:18
それじゃあPHP出版だ
age
24結論:2000/11/16(木) 18:33
>なぜ、歴史を学ぶのか?

自分の祖先のこれまでの歩みを知ることで
自分自身を時間軸で定義づけすることにより、
自分自身の存在理由を明確にするため
25日本@名無史さん:2000/11/16(木) 20:32
>なぜ、歴史を学ぶのか?

自分が歴史に学ばずに失敗したことを思い知るため
26日本@名無史さん:2000/11/17(金) 04:08
楽しいから、、、じゃダメ?
ちなみに、教科として習ってる頃は楽しくなかったよ。
自分で興味を持って能動的に調べ始めたら楽しくなったんだけど。
27日本@名無史さん:2000/11/18(土) 13:00
>26
あんた良いこと言うよ。
28日本@名無史さん:2000/11/18(土) 13:50
>26 趣味の人や、大学で専攻ならそれでいいけど
院生や学者はもっと明確な意思を持たなきゃダメ
29日本@名無史さん:2000/11/18(土) 14:28
>>26
ハムの人じゃなくて、俺も趣味の人。
しかしお歳暮にはハムを送る。
30日本@名無史さん:2000/11/18(土) 15:20
>26
俺も昔そうだった。
やっぱ「なぜそうなったのか?」じゃなくて
丸暗記はつまらん。
学校の勉強じゃそこまでフォローできないのが
歯がゆい。
31保守人:2000/11/18(土) 16:23
>26
それでOK
 ただし、楽しいのが基本でも学んだ以上は生かしていきたい。
 其の中には、健全なナショナリズムも含んでます。
 
32日本@名無史さん:2000/11/18(土) 17:48
そうそう。歴史授業って、年号や事柄を丸暗記するだけなんだよね。
そんなん、試験が終わったら全部忘れるわーい。
学生の好奇心をつついてくれる教師きぼーん。
33世界@名無史さん:2000/11/18(土) 21:59
>>9
それをやるとそれだけで大学の講義になっちゃうな。
数学史なんてまじめにやるの、気が遠くなるよ。
テクニックとして使いこなすのと理解するのには、果てしなく深い溝があるんだな。
34fusiana:2000/12/17(日) 13:51
何にせよ、歴史を学ぶのはすばらしいことです。
35>31:2000/12/17(日) 14:32
井沢と司馬とよしりんが大好きなバカウヨ発見!
歴史がナショナリズムのためにあると思ってるのが大間違い。
36日本@名無史さん:2000/12/17(日) 15:06
↑おお、久々にすかっとすることを言ってくれたね。

37吾輩は名無しである:2000/12/17(日) 15:43
受験教科としての歴史が暗記ばかりでつまらないなんて言ってる奴は、
きっと底辺大の連中なんだろうな。東大(京大、一橋)の日本史の
問題をやったことがあればそんなことは言えないと思うが。

なんて煽ってみたりする。
38日本@名無史さん:2000/12/17(日) 16:07
>>37
マークシートは殆ど暗記問題、、、ってレベルが違うか;
39日本@名無史さん:2000/12/17(日) 16:13
>35,36 思考停止馬鹿左翼発見
402000年東大日本史第一問:2000/12/17(日) 16:22
律令国家のもとでは,都と地方を結ぶ道路が敷設され,駅という施設が設けられて,駅制が整備された。発掘の結果,諸国の国府を連絡する駅路のなかには,幅12メートルにも及ぶ直線状の道路があったことが知られるようになった。

次の(1)〜(5)の文章を読んで,下記の設問に答えよ。

(1) 山陽道(都と大宰府を結ぶ道)の各駅には20頭,東海道と東山道の各駅には10頭,その他の4つの道には駅ごとに5頭の馬を置いて,国司に監督責任を負わせた。

(2) 反乱や災害・疫病の発生,外国の動向などは,駅馬を利用した使者(駅使)により中央に報告された。藤原広嗣の反乱の情報は,5日目には都に報告されていた。

(3) 737年,疫病の流行と干ばつにより,高齢者などに稲を支給することを命じた詔が出された。但馬国が中央に提出した帳簿には,この詔を伝えて来た隣国の駅使と,次の国へ伝える但馬国の駅使に対して,食料を支給した記録が残されている。

(4) 駅長(駅の責任者)は,調・庸・雑徭を免除され,駅馬や鞍の管理を行った。また,駅子(駅での労役に従事させるために設定した駅戸の構成員)は庸と雑徭を免除され,駅馬の飼育に従事し,駅長とともに,駅使の供給(必要な食料の支給や宿泊の便宜を提供すること)にあった。

(5) 駅馬を利用する使者は,位階に応じて利用できる馬の頭数が定められていた。しかし,838年には,都と地方を往来するさまざまな使者が,規定より多くの駅馬を利用することを禁ずる太政官の命令が出された。

設問

A 律令制のもとで,駅は,どのような目的で設置されたと考えられるか。山陽道の駅馬が,他の道に比べて多いことの背景にふれながら,3行以内で述べよ。

B 850年に,太政官は,逃亡した駅子を捕らえるようにとの命令を出した。なぜ駅子は逃亡したのか,4行以内で説明せよ。
412000年東大日本史第二問:2000/12/17(日) 16:23
次の史料は,豊臣秀吉が天正15年(1587)6月18日に出したキリシタン禁令の第6条と第8条である(意味を通りやすくするため原文に少し手を加えた)。これを読んで,下記の設問に答えよ。

(第6条)
一,伴天連門徒の儀は,一向宗よりも外に申し合わせ候由,(秀吉が)聞こし召され候。一向宗,その国郡に寺内を立て,給人へ年貢を成さず,ならぶに加賀一国を門徒に成し候て,国主の富樫を追い出し,一向宗の坊主のもとへ知行せしめ,その上越前まで取り候て,天下の障りに成り候儀,その隠れなく候事。

(第8条)
一,国郡または在所を持ち候大名,その家中の者共を伴天連門徒に押し付け成し候事は,本願寺門徒の寺内を立て候よりもしかるべからざる儀に候間,天下の障りに成るべく候条,その分別これなき者(そのことをわきまえない大名)は,御成敗を加えらるべく候事。

設問

A 第6条には戦国時代の一向一揆の行動が記されている。その特徴を2行以内で説明せよ。

B 伴天連(キリスト教宣教師)は,日本布教にあたってどのような方針を採ったか。第8条から読みとって,2行以内で述べよ。

C 秀吉が,一向宗や伴天連門徒を「天下の障り」と考えた理由は何か。2行以内で述べよ。

422000年東大日本史第三問:2000/12/17(日) 16:24
幕末の開港後,国内の情勢は急速に不穏さを増していった。文久3年(1863)末,幕府は使節団をヨーロッパに派遣して,これに対応しようとした。使節は条約を締結した各国をまわる予定であったが,翌年春にフランス一国と交渉を行ったのち,与えられた使命の遂行を断念し,予定を打ち切って帰国の途についた。

以下の史料は,使節が書きとめたフランス外務大臣との交渉記録の一部である(原文には一部手を加えてある)。

これを読み,下記の設問に答えよ。

〔幕府使節〕 外国貿易の儀は,最初より天朝において忌み嫌われ,民心にも応ぜず,一種の凶族ありて,人心不折合の機会に乗じ,さかんに外国人排斥の説を主張す。すでに,不都合の事ども差し重なり,このまま差し置き候ては,かえって交誼も相破れ申すべく候。ひとまず折り合いをはかり候ため,神奈川港閉鎖いたし候わば,外国へ対し不都合の次第も差し起こらず,国内人心の折り合いの方便にも相成り,永久懇親も相遂げられ申すべし。

〔フランス外務大臣〕 神奈川港閉鎖の儀はできかね候。天朝御異存のところ,強いて条約御取り結びなされ候政府の思し召しはよく相分かり候。さりながら,ただ今にいたり条約御違反相成り候わば,戦争に及ぶべきは必定にこれあり。御国海軍は,たとえば大海の一滴にて,所詮御勝算はこれあるまじく存じ候。

設問

A 幕府使節のフランスへの要求は何か。1行以内で述べよ。

B 幕府がこのような使節を派遣するにいたった背景は何か。下線部の内容に留意しながら,3行以内で述べよ。

C 幕府使節はなぜ交渉を断念したのか。フランス外務大臣の対応にふれながら,2行以内で述べよ。

432000年東大日本史第四問:2000/12/17(日) 16:25
下のグラフは外国為替相場(年平均)と商品輸出金額の変動を示したものである。このグラフを見て,この時期の経済政策と経済状況について,5行以内で説明せよ。解答には下記の4つの語句を一度は用い,使用した箇所には下線を引くこと。

緊縮政策  金輸出解禁  金輸出再禁止  世界恐慌

(グラフは略)
44日本@名無史さん:2000/12/17(日) 16:33
以上、各15点、計60点。
受験生の平均点はおそらく20点程度。
合格のためには約28点程度必要。
50点を取る受験生はほとんどいないと思われる。
45日本@名無史さん:2000/12/17(日) 16:45
まず、大学受験の日本史に関していえば、あれは「いかに記憶力がいいか」「いかに覚える努力をしたか」という点をチェックするだけの試験であって、ほとんどの場合、日本史理解の要点を抑えた問題作りにはなっていないということが言える。慶応・早稲田・京大の日本史の過去問を本屋さんで立ち読みしてもらえばいいが、ほとんど「数字」か「単語」を記入するタイプの問題ばかりだ。しかも重箱のスミをつつくような出題である。教科書にも名前が出てこないような傍系の藤原氏の名前など書けるわけがない。こんな問題を入試に出すから、受験重視の高校では「記憶力」に頼った日本史の授業しか展開できないのである。唯一、日本史の正しい理解を前提にした入試問題を出しているのは東大だけである。その意味では、東大の問題が一番素直だということだ。それに、基本に忠実で、重箱のスミなど覚えなくてもいい。東大では日本史は4問しか問題がない。しかしそれぞれは記述式で、「なぜ〜したのか」「この事件が後に与えた影響はどのようなものか」「このグラフから何がいえるか」といった形式の問題になっている。

つまり、受験対策の日本史の勉強としても二種類あるといえよう。一つは、記憶力に頼った勉強方法。そしてもうひとつが内容理解に勉めた勉強。前者は、ただひたすら覚えた量が、点数に直結するのである意味楽ではあるだろうが、人間、無味乾燥な事柄を闇雲に覚えていくのは限界がある。そして後者は、暗記する必要はないが、自分の中で歴史事象を消化して納得する必要がある。それは、暗記のような単純作業ではないから、当然過程は比較的大変なものではある。
46日本@名無史さん:2000/12/17(日) 16:46
暗記作業の方法はさておき、以下では歴史事象の効果的な内容理解の方法を考えてみたい。まず、歴史は人間が作るものだという前提にたつ。これは、例え自然現象が起こったとしても、それが与える影響には必ず人間社会が関与するものだということ。例えば、浅間山が噴火して飢饉が起きた。あるいは冷害で東北地方が大飢饉に見舞われた。コメが豊作でコメの値段が下がった。このような時点ではまだ自然現象の範囲内だが、それが一揆を誘発した。あるいは政策に転換が生じた。コメの価値を維持するために諸策が講じられた。となると、それは人間社会が関与した歴史事象になる。すなわち、例え自然現象が根っこにあったとしても、ほとんどすべての歴史的事象にはそれなりの人為的な理由や影響が関与しているのである。
47日本@名無史さん:2000/12/17(日) 16:47
では、歴史を学ぶ上では何が要点になっているのか。それは主に二つの要素から成り立つ。すなわち、「権力」と「カネ」である。おそらくほとんどすべての歴史事象はこの二つを巡る行為で説明できよう。もちろんこの二つは相互補完関係でもある。権力があれば、カネを得る方策を作ることができるし、カネを大量に抱えていれば、権力を得ることができる。そして、実は文化史もこの二つで説明できるのである。文化というものはカネがなければ発生しない。つまり文化があるところにカネと権力が集中していたと考えることも可能なのである。江戸時代前期には大坂で元禄文化が生まれた。これは大坂商人を中心にカネがあったからである。江戸時代後期に江戸で文化が花開いたのも、江戸に経済の中心がうつってきたからに他ならない。もっと古い事例でいえば、鎌倉時代には鎌倉と平安京の二つに文化が生じた。しかし、実際は平安京の方が数段も上だったのである。これは、鎌倉幕府が実は武家政権といえども平安京に比べて極めて脆弱な政権であり、源頼朝自身、かなり貴族へのあこがれを持ち、なにより荘園でカネを作っていたことを裏付けるものである。したがって、鎌倉幕府の成立をもって武家政権の確固とした確立と考えるのは実は間違いなのだ。同様に、権力を中心に歴史を捉えていくと、天皇家内の様々な陰謀、謀殺、クーデターや藤原一族の内紛、宗教を背景とした経済的バックアップの理由も簡単に理解することができる。例えば聖徳太子が作ったとされる「冠位十二階の制」は、貴族秩序を成文化して、「王位簒奪」を予防し、権力を守るために作られたものと理解することができる。事実、この法律に関しての事実上の考案者、蘇我馬子は自らをこの十二階の一番上にも組みこんでいない。これは「絶対的な権威」を守るためには、秩序づけはむしろマイナスだったからである。
48日本@名無史さん:2000/12/17(日) 16:48
具体例が多くなってすまないが、「権力」と「カネ」を巡る攻防、そしてそれを守るための権謀術数によって歴史は作られているのである。

これを現代にあてはめても同様のことがいえる。日本国内を見た場合、今の日本の文化を形成しているのは、一部の華族、財閥、軍閥ではない。中流の一般家庭である。しかも、オジサンではなく、その子供たちが高度の文化を形成している。これは「カネ」がそこにあることを示す。さすがに権力は民主主義の徹底のために分散化してしまっているが、途上国に目を向ければ、一部の王族、金持ち一族が利権を守るために様々な謀略を巡らしている事実には枚挙に暇がない。

このように、歴史は「権力構造」と「カネ」を巡って作られていくのである。これを無視した受験勉強は、もはや日本史の正しい理解を損ね、ただの記憶力競争になりさがってしまうのである。
49日本@名無史さん:2000/12/17(日) 18:49
おまえら長文ウザすぎ。
50日本@名無史さん:2000/12/19(火) 06:00
なぜ歴史を学ぶか?
それは、そこに歴史があるからだ。
51日本@名無史さん:2000/12/19(火) 06:12
>>45
たしかに、私が受験勉強していたころも、
東大の過去問は
他の教科(英語については異論もあろうが)
も良問が多かったな。

詰め込み教育の弊害なんぞと言われるなか
一応は日本の頂点に立つ大学のみが、
知識に裏打ちされた思考能力を入試で課す
というのも、実際に受験勉強してみなけりゃ
気づかんものだ

52ウンコさん:2000/12/19(火) 07:31
なぜ歴史を学ぶのか?
それは我々が国民にであるからですよ。我々が国をつくるんです。
例えば、我々が代議士を選ぶとき、如何なる基準で選ぶにせよ、
彼等の政策を知る必要がある。
経済政策はどうか、外交政策はどうか、どのような法を作るか、
軍備、財政、税制、福祉、etc
それらについて我々が正しい(と思っている)選択をするためには
歴史の知識が必要です。もちろん歴史だけじゃない。
今の義務教育全般は必要になるのです。
個人レベルはともかく、国家レベルではそのようなことのはずです。
53吾輩は名無しである:2000/12/19(火) 10:12
 歴史ってのは時代時代で認識が異なるんだよ。
何が正史かとか誰が正しかったかとか、これには必ず、評価する人の
主観が入るでしょ。逆に言うと歴史は「自分たちはこの世界を、歴史を
どうとらえ、認識しているか」を表す鏡でもある。つまり世界観の確認。
歴史教育ってのは、集団内での世界観の統一作業。こういう言い方すると
「ファシズムだ」って言い出す人が出てくるが、それは度合いによる。
どんな社会だってこの作業を行うんだし、やらなきゃバラバラの世界観
持った人たちがうようよする事になって、いわばドキュンだらけになる。
 「それぞれが違う価値観を持つ」ってのは、自由な感じで聞こえはいいが、
実際にそうなったら目も当てられない。
54名無しさん@1周年:2000/12/19(火) 15:28
>>53
現実はそんなもんだと思うけど・・・
55日本@名無史さん:2000/12/19(火) 17:27
>>53
でもそれで終始したら、あまりにも画一的過ぎると思う。
そこから価値観も、世界観も、精神的に多種多様に進まないと。
今の教育もそうなってるし、建前は。
そこから先、どう進むかが教師の腕の見せ所じゃないかなぁ。
56ヒロヒトラー:2000/12/19(火) 18:30
なぜ歴史を学ぶ 朝鮮の大学校では朝鮮史と国文学の二つしかないんだよ
なにしろ五千年の歴史を学び取るんだそうです
57日本@名無史さん:2000/12/21(木) 01:08
人間、自国の歴史ぐらい知らなきゃ困ります。
ナショナリズムとかいうと直ぐに右翼呼ばわりする人がいるけど、
それよりも(初期段階としての)アイデンティティの確立、のような要素があると思う。
何にも無いところから、「俺は俺だ!」と言える人は天才か異常者です。
そしてこの世は圧倒的に異常者ばかりです。
それだけじゃもちろん無いだろうけどさ。教科書じゃどうしようもないが、単に面白いってのもあるし。

しかし右翼も左翼も反対意見を悪人呼ばわりして排除する姿勢、まともな精神状態に思えない。
どんなものにも常にアンチテーゼは必要だろうに、それを生かさないからどんどん歪んでくる。
まあそれが己を表現する手段になってるから仕方ないのか。
58名無しさん@1周年:2000/12/21(木) 19:23
歴史は虚ろうからなぁ〜〜〜〜
59名無しさん@1周年:2000/12/21(木) 19:26
ナショナリズムの扇動で大戦してきた経緯があるからな。
健全なナショナリズムなど規定できんよ。
60日本@名無史さん:2000/12/21(木) 22:31
>52
「国民」でなかったら歴史を学ぶ必要はないのかな?
>53
「歴史を学ぶこと」と「歴史教育」そのものを混同するべきではないと思いますが。
61日本@名無史さん:2000/12/21(木) 22:35
鹿野政直 著 『歴史を学ぶこと』 岩波書店
はわかりやすくてよいヒントになると思う。
62>40-44:2000/12/22(金) 01:01
で、正解は?
63名無しさん@1周年:2000/12/22(金) 06:38
国家レベルでといっているだろうが。メンタマ対天下?>60
64日本@名無史さん:2000/12/23(土) 10:02
65だからこれが結論だって:2000/12/23(土) 10:41
>なぜ、歴史を学ぶのか?

自分の祖先のこれまでの歩みを知ることで
自分自身を時間軸で定義づけすることにより、
自分自身の存在理由を明確にするため
66>63:2000/12/23(土) 14:39
では「なぜ歴史を学ぶのか?」で文が始まっているのはなぜですか?
ついでに、国家レベルでなかったらどうなのですか?
67先に出た鹿野政直氏の著書引用:2000/12/23(土) 14:40
北山みねさんの「人間の魂は滅びないと題された1篇のなかに、45年8月15日
に臨んだとき、くやしいというよりもっと複雑な気持ちがした、「それは戦争も
「やめられる」ものであったかという発見であった」と、こういう一句があったの
です。「ああ、そうだなあ、あれだったんだ」と思いました。戦争というのは永久
に続くものだと思っていたわけですね。愚かなことですね。

 歴史を知らないと、いまあることは絶対なのです。現在ですと、この15年戦争
と一応ここでは呼んでおきますが、その戦争があり、その前に大正デモクラシー
という時代があった、これはあなたがたは知っている。当時の私たちは、その
時代にごく近かったのに、大正デモクラシーなんてことは一言も知らない。「大
正デモクラシー」という意義付け自体が第2次大戦後にできています。吉野作造
という人のことも教えられない。
 では、当時、今の前はどういう時代だったと教えられたのか。日清戦争、
日露戦争ですよ。歴史を学べば学ぶほど戦争になってしまうのです。そんな中に
生きていたのです。過去を知らないと、現在が絶対化されるのです。
68続き:2000/12/23(土) 14:41
 その意味で、過去を知ることは現在を相対化する。現在というのは、私がよく
使う言葉ですが、秩序としてあるのです。秩序というとすぐ法を思い浮かべます。
が、秩序を作っているのは法だけではない。法は外を規制するのだけれども、道
徳はさらに内面を規制する。もっとソフトだけれども、もっと規制力を持つのは
慣習でしょう。
 「ぼくはどっちでもいいんだけど、まあ、結婚するなら大安にしよう」とか、
「ことさら友引の日にしなくても」なんてことを思ったりする。そしてそれらの
法・道徳・慣習がひとつの権威として自分の内面にまで入っている。いましか知
らなければ、これは絶対的なもの、動かせないものと思うわけです。
 しかし、歴史を知れば、「アッ、あんな時代もあったんだ、そして今こうなっ
ているんだ。じゃ、今でも絶対ではありえないのだろう」と、過去の持つ呪縛力
から自分をちょっとは楽にしてくれます。
69日本@名無史さん:2000/12/23(土) 17:38
よく「現代社会の理解のため」とか言われるけど、
鹿野氏の引用を見る限り、すんなり入ってくる。

でも、「過去の持つ呪縛力」を解くための歴史の学び方・叙述の仕方は、
今のままでいいのかな、とか思ったり。
直接フィードバックする方法を模索するのは短絡的かも知れないけど。
70日本@名無史さん:2000/12/23(土) 18:04
なぜ、歴史を学ぶのか?は、なぜ、人は学ぶのか?と同義。
7170さんにも同意:2000/12/24(日) 02:59
鹿野氏は同じ本で、歴史を学ぶとこんな役に立ちますよなんていうといかにも
実用主義的で好きではない、と言っています。このような発言の根底には、

実用主義によって切り捨てられた、歴史にでてこない者達のことも考えたい。
もちろん実用主義は絶対的に悪いというわけではないけれど、私たちは、実用
主義のみで解決できない「社会」のことを考えているのだから。

という思いがあるのではないかと(私的に)解釈しております。

ついでに、おなじく述べられているのは「したこと史観」の問題性です。
世の中に影響を与えた、後の世にも大きな影響を与えた、というものが選び出され、
歴史=国家の足跡、英雄偉人の足跡という図式になってしまいがちなこと。
何とかをした、という歴史ばかりに目がいくと、された側への視点が届きにくくなる。
んで、「(それぞれ)にとっての視点」を打ち出そうと。

教科書に載っている事項には実はこんなこともこんなこともあったんだぞーみたいな
本が出てもおもしろいと思うのですけどね。
まっとうな歴史学者板「教科書が教えない歴史」とか。

あ、こういうことになると歴史叙述如何の話になっちゃいますか。ははは。まあいいや。
72日本@名無史さん:2000/12/24(日) 11:19
ところで
大学院へ進んだ友人が同じような事を悩んでいた。
ま、そいつは、自分のアイデンティティを「歴史を学ぶ事」に
求めてよいのかを考えていたんだが・・・。
そいつが言うには、史学つーのは、
他の学問の知識の源泉になるから必要なんだと。
また、理論や組織の「構造」を導く力がついたといっていた。
ま、ちょっとマジレスすぎたかな?
(世界史板より抜粋)


73日本@名無史さん:2000/12/24(日) 11:41
鹿野さんの引用、よかったら世界史板にも転載してやってくり。
私はめんどくさいからいいや。
74日本@名無史さん:2000/12/24(日) 11:43
つーか、世界史のほうはあまり面白くなってない気がするねえ。
なんでだろ。
75日本@名無史さん:2000/12/24(日) 12:03
>>26以上の意見はないだろ。
学ぶ前に役立つか考えるのと、学んだことを
役立たせるのは似て異なる。
歴史は学ぶ前に役に立つかどうかなぞ考える必要なし。
結果的に役に立っちゃった、位でいいと思ふ。
学者だろうが先生だろうが他にどんな高尚な理由があろうとも
結局全ては「歴史好き」であるということに尽きるだろ。

考えるならどうして学ぶのか、ではなく学んだことを
どうやって役立たせるか、でいいのではなかろうか。
76松浦隆信:2000/12/27(水) 21:50
>75
77日本@名無史さん:2000/12/27(水) 22:15
>75
まあわかるけど、研究者が「歴史好き」つーだけやと
研究として認められない(予算、論文等で)。
何だかんだ言っても、大学の先生方が研究する事によって
史学の質の面での水準が、保たれている現状がある。
従って、研究として認められないと、史学全般の質が下がる事になる。
史学の質の低下は、回りまわっておいらのような、
単なる歴史好きにも影響が出てくる。

だから>>28>>72のように、「歴史の意義」を真剣に考える人(教授・
研究者・作家問わず)は必要やし、俺らもたまには意識してもいいと思う。
まあだからって、「歴史小説なんか読むな」つ〜頭の固い教授や研究者
(うちの大学に実際にいる)なんかは、どうしようもねえなって思うけどね。

78日本@名無史さん:2000/12/27(水) 22:48
>>77
> 「歴史小説なんか読むな」つ〜頭の固い教授や研究者
うーむ。こういうタイプが居てもいいんじゃない?
これはこれである意味微笑ましいと思う。(友達にはなりたくないかも)
79日本@名無史さん:2000/12/27(水) 23:37
 歴史学は、それがおもしろいからやるってことでいいと思う。
ナショナリズムでもそのアンチでも、一国の歴史からダイレク
トに何かを語らせようとすると、絶対嘘になる。

 2000年の日本には、ウヨサヨドキュソ俺様全部いる。全部い
るってのが2000年の歴史なんだぜ。どれか一つだけがほんとで
残りは嘘のってことがあるかい。

 いろんなやつがいた。でも決してばらばらにいろいろではな
くて、お互いこんな関係や系譜をもっている。それが歴史から
わかることだ。それ以上は歴史屋じゃなくて別のやつの仕事だ。
俺はそう思う。いろんなじゃなくて、一つのタイプとその敵し
かいない歴史ってのが、嘘の歴史なんだ。歴史は何の役に立つ
かなんてことにきれいに答えようとすると、どうしても一つの
タイプの答えしかでてこない。それは嘘の歴史だから、だめだ。

 ついでに、いろんなやつの一部として、歴史教育を使って国
民を洗脳しようとするやつが近代以降たくさん出ている、つー
ことを了解できていれば、よしだろう。
80日本@名無史さん:2000/12/27(水) 23:50

あやめちゃん萌え
81日本@名無史さん:2000/12/29(金) 22:53
age
82日本@名無史さん
82