戦国武将の同性愛

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1名無しさん@1周年
信長+蘭丸
信長+前田利家
・・・・
2名無しさん@1周年:2000/07/25(火) 17:39
武田信玄+高坂昌信
3名無しさん@1周年:2000/07/25(火) 17:47
おすぎ+ピーコ
4名無しさん@1周年:2000/07/26(水) 10:48
信長 + 光秀  も有名どこ。
嫉妬のあまり本能寺の変を起こしたという説が
あるぐらいだからな。
5名無しさん:2000/07/26(水) 10:53
戦場に女性を連れて行くわけにもいかなかったとうのが
大きな原因らしいが、武将に夫人帯同を認めた小田原遠征時の
秀吉ななにげに偉大ですね。
6名無しさん@1周年:2000/07/26(水) 12:03
>3

じゃあ同性愛で近親相姦ってこと?????
7名無しさん@1周年:2000/07/26(水) 12:44
念者の契り・・・

坊主関係なら誰と誰?
8名無しさん@1周年:2000/07/26(水) 15:05
>4
そんな説、どこにあるんじゃ。まさかK栄の本じゃないよな。
9名無しさん@1周年:2000/07/26(水) 19:45
>8
しってるつもり?!で言ってたぞ
10名無しさん@1周年:2000/07/29(土) 14:41
大内義隆にも大崎義隆にもあるよ。
11名無しさん@1周年:2000/07/29(土) 15:39
蘭丸ってごっつい男だったらしい。
美少年になったのは大正時代だとか。
戦国時代は子供(跡継ぎ)が生まれて揉めない様に女を近づけさせなかった。
女が強い時代だから、殿様に同性愛を押し付けていた。
自分は政略結婚の為に死ぬわけにはいかないから借り腹に生ませる。
12名無しさん@1周年:2000/07/29(土) 19:02
「衆道」って言いなさいよ
13名無しさん@1周年:2000/07/29(土) 19:18
陰間茶屋
14名無しさん@1周年:2000/07/30(日) 06:38
徳川家康+井伊直政
上杉謙信(景勝?)+直江兼続
15名無しさん@1周年:2000/07/31(月) 16:19
男性の同性愛ってそんな昔からあったものなの?

16名無しさん@1周年:2000/07/31(月) 16:26
ネタだろ
17>15:2000/07/31(月) 18:42
歴史(人間?)感覚皆無のドキュソ発見
18名無しさん@1周年:2000/07/31(月) 20:20
神聖ドキュソだな。
19名無しさん@1周年:2000/08/01(火) 05:20
んなの作り話に決まってんだろ
20>19:2000/08/01(火) 05:24
夏休みだろ?

たくさん本読んで勉強しろよ。
21名無しさん@1周年:2000/08/02(水) 05:26
ここのスレッドはきしょい
死ね

22名無しさん@1周年:2000/08/02(水) 11:30
日本史と関係ないじゃん、こんなバカスレッド
23名無しさん@1周年:2000/08/02(水) 12:24
西郷隆盛
24名無しさん@1周年:2000/08/02(水) 12:32
>21、22
夏休みだろ?

たくさん本読んで勉強しろよ。


25名無しさん@1周年:2000/08/02(水) 12:58
>23

新宿だか上野だかに「西郷どん」というオカマバーがあるそうです。
26名無しさん@1周年:2000/08/02(水) 13:12
なにをもめてるのかわからんけど、衆道自体はあったでしょ。
ただ、テレビで出された例をいちいち信用しているヤツが、スレのレベルを下げてるんでしょうよ。
27ピロシマ:2000/08/02(水) 13:44
>25浅草です
28名無しさん@1周年:2000/08/03(木) 13:35
『武士道とエロス』(講談社現代新書)を読んでみるといい。
29名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 10:06
ネタを信じるなんてバカだね。
こんなの全部作り話。
30名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 12:13
>29
戦国時代はベスト3を選ぶのが流行ったらしく
大声とか、美小姓とかあったらしいです。
衆道美小姓は、ジャニーズジュニアみたいな感じです。
パレードのときは、大名の馬の前を美しく着飾った美小姓
の一団を配置したりするそうです。

31名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 13:22
>>28
読み物としては面白かった。
32名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 14:38
しかしこのスレだけ変だよ
33名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 14:48
戦国武将がホモやってたということは読んだことあるけど、
あまり踏み込んだ記述のあるものにはお目にかかってないのでよく知らないです。

全員やってたのかな? 支配層だけだったのか、足軽同士もやってたのか。
美少年が下半身だけ出して一方的に穴を貸してただけなのか、
双方素っ裸になって激しく求めあったのか、
ローションみたいの塗ってたのかとか、
体位はどうだったか、
戦場以外の平時でもやっていた武将もいたのかとか、
歴史的にはどうだったんでしょう。
34名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 15:09
同性愛板でどうぞ

**************終了****************
35>33:2000/08/07(月) 15:11
以下、素人考えですが。
戦国武将、全員ってことは無いと思います。
ただ、あんまり特殊な事ではなく武士の間では普通のことみたいです。
お坊さんと貴族もホモです。
庶民については良く解りませんが…江戸時代には「カゲマ茶屋」「役者買い」なんてのは有りますね。
富裕層に限られるのか、どうかと言う点では私も常に疑問を持っています。

胡麻油塗ってたそうです。>ローション
江戸時代の「春本」では正上位・後背位は見た覚えがあります>体位
推測ですが平時でも当然しているでしょう。信玄>高坂のラブレターなんかもあるし、家光もホモだし。

(少なくとも)平安時代から現代へと脈々と続く、伝統的な日本文化の一つではあるようす。
3633:2000/08/07(月) 16:27
>>34

同性愛板なんてあるんですか、あまり探したくないけど。。。
戦国時代の武将のはちょっとだけしか書かれてなくて、でも
色んなのに書いてある(笑)ので気になったました。

>>35

どうも。人口比率で言えば、現代より横行してたんでしょうね。ホモ。(笑
イヤだけど変なものみたさで好奇心の対象にはなりますね。

ゴマ油ですか。たしかに何も付けないと入りにくいでしょうしね〜。
現代の SM だとアナルセックスの前に浣腸するようですが、
当時はやらなかったんですかね。まず始めに便をすませてから
一戦してたのかな・・・。

それと体位は正常位・後背位が実在したと。オーソドックスですね。(笑

あと平時でもやってましたか〜。
奥さん何人もいて、子作りもちゃんとやってるのに男を求める
心理というのはかなり謎ですが・・・。
3733:2000/08/07(月) 17:45
同性愛板見てきました。こんなスレッドが。
http://www.2ch.net/test/read.cgi?bbs=gay&key=959495353
どうも前立腺への刺激を求めてやってるみたい。なるほどねえ。
38名無しさん:2000/08/07(月) 17:49
>29

お、自分の幻想にとじこもるヒッキー発券
3935:2000/08/07(月) 18:49
ちょっと前、世界史板で見たんだけど、ギリシア時代に「テーベ愛の軍団」とかいうホモ軍団があったんだって。
構成員、全員ホモで、30代&10代とかのカップルで師弟関係且つホモ。
スパルタに勝った事もあるらしく、強かったとのこと。

明治になっても熊楠とか鴎外の「ウィタ・セクスアリス」とか見るとホモは普通に横行してたみたいだし、漱石の「こころ」もやっぱ心理的にはホモ。
同士愛っていうのかな…そういうホモと、肉欲によるホモってなんかちょっと違う気がする。
なんかそんな「同士愛」「師弟愛」みたいなのを描いた戦国歴史小説なんてあったら読んでみたい。
4033:2000/08/07(月) 19:17
>>39

そうそう。生まれたときから先天的に、男性でありながら男性に対して
心理的な好意を抱くようなのがホモなのかなと思ってたんだけど、
肉体的な快楽が主体であとから「目覚める」のもいるみたいですね。
ちょっとびっくり。両者はなんとなく違う気もする。どっちなら
いいってわけじゃないけど。(笑
41名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 09:43
>>38

おまえは真性ホモか?(ワラ
こんなスレとっとと下げろ、上がると気持ち悪い
42名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 10:21
じゃ、38と41の為に上げ
43名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 13:13
しゃーない41のために上げてやろう
44名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 14:36
きもちわるいホモがいっぱい
45名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 19:07
信長キモイ
46名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/08/08(火) 19:45
明治以降にキリスト教的西洋史観が浸透するまで、必ずしも男色は
否定されるものではありませんでした。異性愛が、実生活や家名存続のために
なすべきことであったのに対して、江戸期以前にはむしろ同性愛は
「小粋な」ものとして考えていた節もあります。
昭和23年発表の太宰治の「人間失格」でも、主人公が同級生の男子の膝枕で
介抱される場面もあり(淡々と描かれているところをみると、当時の世相では
まだ異質とみなされてなかったのだろう)、戦友あるいは「同期の桜」的な
同志愛が戦後しばらくあいだまで残っていたことがうかがえます。
同性だけの環境や異性に疎い環境だと、代償機能で同性でも愛してしまう傾向が
特に強まり、近世モンゴルのラマ僧の間で性病が蔓延するなど、同性愛の話は
数少なくありません。
徳川家光は「女を覚えるよりも男を覚える方が先だった」と幕府の記録
(史記みたいなものか? 出典不詳)に残されてるほど男好きです。
それしても男の膝枕で介抱…少しキモい。
47名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 21:03
私にゃ想像できない、したくない世界ですな。
どう考えても男が抱くなら女でしょ。
俺が江戸時代以前に産まれていてもそうだったと思う。
ま、当時の同性愛も極一部の限られた人だけの変態な世界だったんだろな。

48名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 21:30
聖徳太子と蘇我馬子はネタですか、やっぱり。
しかし、戦国時代は少女マンガネタに事欠かないですね。
49名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 00:01
>俺が江戸時代以前に産まれていてもそうだったと思う。

それはわかりませんよ〜?
たとえばあなたの前世は徳川家光かもしれないし。

同性愛が多数派だとはさすがに思いませんが。
50名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 01:46
ホレルことはなくてもホレラレてホラレルことはあるはずよ
5146:2000/08/09(水) 03:01
ありゃ、『人間失格』の描写は逆でした。
主人公が同級生を膝枕したんでした。細かい間違いスマン。
52名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 03:34
同人板・少女漫画板住人は
どうして妄想同性愛ネタが好きなのだろう。
夏コミ原稿が上がったからといって、他板へまで妄想を持ち込むなよ。
53名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 06:35
そういえば江戸時代以前にも同人の作家はいたのだろうか?
いたとしたら、そういう人達が架空のホモ小説を書いたのかもしれないよね。
で、現在に至る・・・と。
54名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 06:37
んなこと言ったら日本史全部おかしいかもね。
当時の小説家(?)がいろいろ妄想しながら書いてたと思われるから
ウソがいっぱいだよ。
55名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 06:51
>54
わかってないな。
借金証文とか、安堵状とかのまともな史料をベースに考えていくのが日本史学なんだよ。
56名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 12:47
どうも「戦国の男色=美少年の小姓」というイメージが強いんだけど、
当時は「デブ専・フケ専」「マッチョなハードゲイ志向」とかの人は
どうしてたんでしょう?やはり変態扱いされたのか?
(家康なんか、デブ&フケ専垂涎の的だったろうな…って勝手に決めちゃいかんが。)
57名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 16:18
戦国武将というのはガキの時分、修行のためよく禅寺に入る。
禅宗というやつは女犯が禁止されているが、エロボウズどもは女の
代わりに男のガキを愛人にしていた(いわゆるお稚児さん)。
戦国武将にホモ多数の原因である。
58名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 19:18
室町時代では、例えば足利義満なんか、
結構、おおっぴらにお稚児さんを囲ってたっぽい。
それに、前にどっかで
「室町時代の文化は、宴会と不倫と同性愛抜きでは語れない」
って聞いたことがある。

ま、どうでもいいけど。
59名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 19:54
謙信と信玄は有名だよね。
60>59:2000/08/10(木) 00:32
川中島の逢瀬ってか
61日本@名無史さん :2000/10/04(水) 22:03
逢瀬のために弟を殺すか・・・。
信繁も不憫よのぉ
62ジーモン@ケー二ヒスベルク :2000/10/04(水) 22:58
女性がいない環境だと男色になるというのは非科学では?
同性愛者が脳に遺伝性・先天性の異常が有る精神障害である事は立証されて
いると聞きます(ホモ差別ではないよ!くれぐれも誤解しないで欲しい)。
第一、女がいなければ自慰で済ますか(ましてや男のカマを掘るくらいなら)、
戦国時代の武士ならば婦女暴行(強姦)で性欲を発散したのでは?

あと、家康は絶倫生殖オヤジで、秀吉同様100%ノンケです。
63>62 :2000/10/04(水) 23:04
>女性がいない環境だと男色になるというのは非科学では?
他に相応しい板がありそう…まあ「本能」とかよりも「文化」なんじゃない?
>あと、家康は絶倫生殖オヤジで、秀吉同様100%ノンケです。
え、井伊萌え…ってのは?
64>62 :2000/10/04(水) 23:17
そういう環境で男色する人はいます。
ただ、環境が元に戻ると男色ではなくなります。
先天性の同性愛とは別にそういう現象があるのです。
65日本@名無史さん :2000/10/05(木) 00:46
>62
衆道は武士の嗜み(爆)

>戦国時代の武士ならば婦女暴行(強姦)で性欲を発散したのでは?
戦いが終わったときならいざしらず、戦中は婦女子を戦地に連れ込むと足手纏いにはなるわ、兵糧は無駄に減るわでマイナス要素が大きくなる。
しかし合戦の最中でも男だから溜まる。現在のようにリアルなエロ本や刺激の強いAVがあるわけでも無し、長時間無防備な姿をさらす自慰は危険。
短時間で済む衆道という形が合理的だったりする。

家臣や小姓は大将に気に入られようと、大根を挟んで広げる訓練をしたらしい。
平安の後三年の役では源義家が小姓みたいなのを身近に置いていた記録があるので、衆道の歴史は結構古そう。

現代人の恵まれた環境で感じる感覚で考えると異常かもしれないが、命がかかっているときの生理現象の処理ならば精神障害でもなんでもないでしょう。まぁ、どうせ生理現象を処理するなら気持ちよく処理したいという欲求が入りますが。
たまーに、本気で男色になって、家臣との関係が拗れてしまった大名いますけどね。
武田さんとか、大崎さんとか。
66ジーモン@ケー二ヒスベルク :2000/10/05(木) 01:41
大腸菌で脳味噌が腐りそうな話だなぁ・・・
67日本@名無史さん :2000/10/05(木) 01:47
過去ログさらえば出てくる話だけど
平安時代は両刀はオシャレだったんだよ。高貴な人のたしなみ。
68ジーモン@ケー二ヒスベルク :2000/10/05(木) 01:50
武士や坊主と違い、女性に環境上不自由しないから、公卿には
(先天性・真性のオカマは別として)男色者がいなかったのか。
69名無史さん@日本史板 :2000/10/05(木) 02:27
>68
無知・無学・無教養・世間知らず過ぎる。哀れだ・・・
誰かこの人に宣教師か啓蒙思想家を派遣してあげて。
効果ゼロだろうけど。
70>69 :2000/10/05(木) 02:57
ジーモン如きに一杯食わされているあんたも哀れ。
ジーモンがそんな事ぐらい知っていてワザとカキコしてるのが、
解からんとは。
71ジーモン@ケー二ヒスベルク :2000/10/05(木) 03:17
明智光秀の息子は、宣教師の記録や
公卿の日記からすると、稀に見る美青年だったらしい。
72日本@名無史さん :2000/10/05(木) 03:26
ホモ(衆道)が異常、って考えるのは近世からです。

上のほうのスレにあったギリシャの集団は、ローマ期でも似たようなものはあり、
弟子(家臣、部下)、上司を「愛する」って意味では究極の結びつきだったそうな。
必ずしも快楽を目的としたものではなく、LOVEの或る形、でしょう。「歴史と関係ない」と言う意見がありますが、このテーマこそ、旧来の歴史家が
堂々と向き合うことを嫌がった、2chにふさわしいテーマではないでしょうか?
なんつったりして。
73日本@名無史さん :2000/10/05(木) 04:12
>>65
ヨーロッパの場合だと三十年戦争やナポレオンの戦争なんかでは
従軍売春婦が軍隊と一緒に行軍してたりしますね.
まあ兵隊も傭兵だったりするわけで,日本の戦国時代とはだいぶ様子が違うようです.
日本でも従軍遊女の記録とか残ってれば面白いんですが(笑).
74日本@名無史さん :2000/10/05(木) 04:12
>>48
少女コミック界の通説では,厩戸皇子×蘇我毛人です.

>>58
義満×世阿弥
75日本@名無史さん :2000/10/05(木) 04:35
>>53
王朝物語文学が衰退した後の鎌倉期には,
僧と稚児の恋愛をテーマにした稚児物語が,
ひとつのジャンルとして成立していたみたいです.
作者も読者も僧侶だろうし,いまでいう同人作家みたいなもんかもしれない.
76竹田丹後守 :2000/10/05(木) 06:25
坂本龍馬関係の本を読んでいたら、この手の話が出てきたような気がするが
(土佐藩士同士で三角関係・嫉妬があって刃傷沙汰になった・・・という
ような話 誰か知らん?>龍馬好きの人)

ちなみに、ついウン十年前まで夜這いが残っていたそうだから、衆道も残って
そうだけどなぁ

>このテーマこそ、旧来の歴史家が堂々と向き合うことを嫌がった、2chにふさわ
>しいテーマではないでしょうか?

こういうのは正式には「民俗」学に入るのだろう
ただ、2ちゃんねるには「民俗」板がないのでここでもいいかもしれんけど
77ジーモン@ケー二ヒスベルク :2000/10/05(木) 19:38
私が天下人になっていたら、衆道だか男色だかを撲滅していた。
クロムウェルのような”天下人”が必要だね。
でも、これはキリスト教世界と非キリスト教世界で大きく異なるのかな?
78ジーモン :2000/10/06(金) 02:31
ホモ攻撃・男色非難や〜めた。
皆で男色家になろう。
でも、どうやって?・・・
79日本@名無史さん :2000/10/06(金) 10:52
いまどきの人はアジアねたから入ったほうが民俗ねたは理解しやすい
と思うんだけど

http://ww6.tiki.ne.jp/~seichan/
とか

昔の人の書いた奇談めいたのが好きな人には別ジャンルだけど

80名無しさん@そうだ選挙にいこう :2000/10/06(金) 11:00
民俗学=奇談になりがちですやね。
81日本@名無史さん :2000/10/07(土) 21:43
上杉輝虎、宿敵の7男坊に一目ボレ。
82名無しサンシティ :2000/10/08(日) 03:49
男色関係無しに、後白河院政は、理解できない。
らしい。
勿論学会レベルで議論されてる。
らしい。
83名無しさん@1周年 :2000/10/08(日) 03:50
ニューギニアのマリンド・アムニ族では、少年が7歳になると年上の
男性と一緒に住むことが義務づけられており、アナルセックス、
フェラをして精液を食べなければならない。さらに成人式を迎えると、
大勢の大人たちが少年の体内に精液を注入する儀式が行われる。
また、西ニューギニアのコレボム島キムマ族では、
少年の体に傷をつけてそこに精液を刷り込み、
さらにアナルセックスをし、精液を少年の体内に送り込む。

ゲームラボ6月号
 二次元美少女にメガトンパンチ! (爆裂インド☆象)
   精液講座その4〜精液信仰 より抜粋
84日本@名無史さん :2000/10/20(金) 20:24
ありがちなネタなんで…サルベージ
85日本@名無史さん :2000/10/20(金) 23:43
86吾輩は名無しである :2000/10/21(土) 23:56
日本初のホモ小説を書いたのは平賀源内らしいですね。
だれだっけか、えーとあの東大で講師やってるオタクのひと、「と学会」の
あの人の本に書いてありました。
もっとも平賀源内もホモだったらしいですが。
87轢死の語りべ:2000/10/24(火) 05:48
戦国時代の衆道は,ある意味仕方のなかったことだ。
性的処理や生死の極限状態での家臣との結びつきなどが重要な問題だった。
現代の感覚で考えるのはかなり無理がある。

江戸期以降の衆道や平安期の貴族の衆道とは感覚が違うと考えられる。
88日本@名無史さん:2000/10/24(火) 08:05
王朝文学が衰退した鎌倉期には
僧侶の間で退廃的な稚児物語が流行した
>>86 平賀源内よりもこっちが先
89日本@名無史さん:2000/10/24(火) 08:23
>>88

一休さんが活躍していた頃の五山文学なんてのも
そうじゃなかったかな。
90轢死の語りべ:2000/10/26(木) 22:40
悪左府頼長はイケメンのカムロとセックスをしたら,それを克明に日記に付けていたそうだ。
どんなことを書いていたのか?
見てみたいものだ。
91日本@名無史さん:2000/10/26(木) 23:13
>>90
五味文彦氏の「院政期社会の研究」ちう本に、ヨリ様(私はこー呼んでいる(笑))の
お相手の男についての考証の論文載ってるから読んでみ。
あと臨川書店から、日記「台記」出てる。全漢文だからてごたえありまくり。
それでも拾い読みしてると、けっこうあからさまな描写も出てくるよ。
9291:2000/10/26(木) 23:14
ああ私はこのスレ目当てにこの板に来たんじゃないのに、つい(苦笑)
さて目当てのを探すとするか。
9391:2000/10/27(金) 07:29
こういう話題が嫌いな人もいるらしいのでさげときますが
>>90
頼長と関係のあった部下の男の姿が絵巻に残ってることがあるんですけど、
むぉのすごい容貌してます、現代の基準からすると。イケメンかどうかはちと……
94sage:2000/10/28(土) 02:14
>>90
台記(彼の日記)には91さんが述べたような「濫吹行」「共精漏」などの
表現が見られます。現代語訳するまでもないですね。
9594:2000/10/28(土) 02:16
下げるつもりがミスった・・・。鬱だ氏のう。
96勤皇烈士ジーモン:2000/10/28(土) 13:07
後白河法皇など天皇・上皇を男色趣味者に仕立てあげるのは、
不敬だと思う。
97日本@名無史さん:2000/10/28(土) 17:25
いやいや、ジーちゃん。
確か元暦〜文治年間の頃の、時の右大臣九条兼実の日記にも
「後白河法皇が摂政基道を重用するのは御愛物のため。
法皇の方から最近迫って、その思いを遂げた。
これは超秘密だけど、子孫のために記しておく」
なんて感じのくだりがあるのよ。
後白河がバイだったというのは、近臣の間では有名な話なんだな。
9897:2000/10/28(土) 17:37
おっと、しまった。基道→基通に訂正
99ジーモン:2000/10/28(土) 19:02
>97
96のレスはワザト書いたのだが、
後白河法皇(上皇)は両刀だったのか・・・
ところで、96さんは葵 徳川三代スレの”同人”と
同一人物ですか?
100ジーモン>97氏:2000/10/28(土) 19:03
訂正:96さん⇒97さん
10197:2000/10/28(土) 20:15
>ジーちゃん
正解。
でも“同人”って言われると、同人誌みたいでイヤん。

後白河法皇は子供が結構いるんだよん。
だから単なるゲイじゃないってば。丹後局という有名な寵姫もいるし。
102戦国武将以外も:2000/10/29(日) 00:56
薩摩藩などでも盛んだったようだ。
維新を押し進めた力は男子のみの結社(ヘコ組・漢字失念)で教育をし、
団結力を深め合ったらしい。
薩長から続く近代日本はここから始まってる。

珍しい話じゃぜんぜんない>衆道
この板にふさわしい話題とは思わないが。
103名無しさん:2000/10/31(火) 02:18
坂本竜馬+中岡慎太郎
104名無しさん:2000/10/31(火) 02:21
紫式部+清少納言
105名無しさん:2000/10/31(火) 02:21
源頼朝+源義経
106日本@名無史さん:2000/10/31(火) 14:08
この板にふさわしい話題じゃないなら>衆道 これを学術的に語る価値があると
思っているものは何処へ行けばいいのだ?(逝ってよしとはいうてくれるな)
歴史の陰に男の陰あり。もっと真剣に研究しても面白い問題だと思うが。

ところで聖書に同性愛禁止の話が出てくるんだよな。禁止するってことは日常的に
あったって事で、世の古今東西を問わず、多かったんだろうな。
107轢死の語りべ:2000/10/31(火) 19:37
いかにも。御明察。
10897:2000/10/31(火) 22:16
この手の話題は、あまり面白いとは思わないけど
平安時代の院政期等を調べてると、イヤでも目に入ってくるのよね。

冗談と知りつつ、105発言は一応否定しておこう。頼朝は根っからの女好き(w
109日本@名無史さん:2000/11/04(土) 03:08
武田信玄が高坂彈正っていう家臣に書いたラブレター読んだことがあるよ。
男はもうあなただけです。二股しません。
そんな内容だったなぁ。
徳川家康のもあったよ。
たしか東大かどっかに保管されてた。
110日本@奈菜しさん:2000/11/04(土) 03:46
上杉謙信  毘沙門天に不犯の誓いを立てながらも、多くの親衛隊
      (小姓)を30歳にして組織。
111日本@名無史さん:2000/11/04(土) 03:47
 謙信公は優子姫を守ったのに・・・あんまり悪口言わないで
112日本@名無史さん:2000/11/04(土) 06:53
謙信公=毘沙門天なので、自分に誓いをたててみたけど
まあ、いいかと思ったのでは?>110
113名無しさん@1周年:2000/11/06(月) 09:46
俺も、毎日ほってます。
114日本@名無史さん:2000/12/10(日) 01:43
>>110
不犯は女に限ってのことなので、男ならよいのです。
115日本@名無史さん:2000/12/14(木) 03:18
明治以降のキリスト教観が現代のホモ蔑視に繋がってるみたいですね。
僧侶同士の関係とかは有名で、今でも、あるらしい???(疑問)
戦国期は、環境が環境なので、しょうがないと思います。
116日本@名無史さん:2000/12/15(金) 16:40
北条氏照が三増峠の合戦で敗北して以来、謙信に倣って不犯したってのは?
愛人がバレて嫁さんがプッツンて殺しちまったという話も聞くけど。
117日本@名無史さん
俺のご先祖様は某戦国大名の小姓だったそうな……
でもちゃんと子供作って俺という子孫を残しているけどね。
小姓という事は美少年だったのかもしれないが、俺は美少年とは程遠いよ(藁