邪馬台国畿内説 Part13

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1日本@名無史さん
邪馬台国ド本命の畿内説のスレです
もう確定なのでロマンはありませんが
勝者の貫録を見せつけつつ
肩を貸してやりましょう

前スレ
邪馬台国畿内説 Part12
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1399594446
2日本@名無史さん:2014/05/23(金) 11:46:37.74
畿内説はトンデモ
3日本@名無史さん:2014/05/23(金) 12:42:55.75
なことを放言する東遷説らに辟易している。

(誤って途中で送信してしましました。申し訳ありません。)
4日本@名無史さん:2014/05/23(金) 17:25:12.34
と思い込んでるアスペであった…
5日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:23:35.91
さて前スレで色々日本に文字が渡ってきた時期についての考古資料とか出てきたが
無論5世紀以前に文字が使われた理解する人間がいたことは予想の範疇

銅鏡の銘文を読めた首長層もいたかもしれんし渡来人とていただろうし

何より魏と交渉をもった邪馬台国(=初期ヤマト王権)に文字を解するものが一人もいなけりゃ
互いの遣使の口頭のみの連絡になってしまうし金印もタダの置物(と言うのには小さいが)だw

が逆に言うならばだ・・・

考古資料にそれだけ文字が早くに見えるなら
金石文が登場する時期がもっと早くにならなかったのか?

恐らく必要性が薄かったからだろう

文字の需要は先ず系譜の記録にあって
系譜・血統(父系)を強く意識することのなかった古代の日本社会では
その需要が薄かったのが一因かと
6日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:38:08.92
古墳祭祀の始まりとともに、葬られる王者の傍らで儀式が行われていた痕跡がはっきり出るようになった。
学者たちはそれを、特別な霊的力を受け継ぐ儀式だと解釈している。
しかし王権が世俗権力臭を増すとともに急速に形骸化していくのだという。
おそらくそれは雄略のころにはもう完全に、あらたな王に忠誠を誓う儀式に代わっていたのだろう。
つまり「奉事の根源」をスピーチするシノビゴトの儀式になった。
7日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:40:33.04
「応神から遡って一代平均〜年として」…と
まるで安本先生のパチモンみたいな奴がいて

「古墳の編年にもピタリ一致する」みたいなことを言ってたと思うが

そもそも記紀の系譜上実在性を疑われてる天皇もいるし
記紀には見えないが他にも大王がいたかもしれないのに

「平均〜」も意味が無いだろう

別に根拠なく疑ってるわけでもなく、じゃあその古墳で
箸墓=卑弥呼=倭迹迹日百襲媛命とし
渋谷向山より古い行燈山を崇神の墓としたところで
その二つの間に大王クラスの墓だけでも

 西殿塚→桜井茶臼山→東殿塚→メスリ山(順序はあってるかな?)

を挿入せねばならない。

欠史八代は記述性の薄さと考古資料のなさで両面から実在性が疑われてるが
崇神以降とてとても記紀の内容を丸飲みにできるような話じゃないだろう

所謂「王権輪番制」複数の王家・王統を考えておいた方がいい

まあこういうのは(畿内説・九州説関係なく)記紀厨な人間には嫌われるんだがwwww
8日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:40:50.06
それが父系制への社会構造変化と並行して、系譜を記録する文化が生まれてきたのではないだろうか。
97:2014/05/23(金) 19:46:41.06
複数の王家・王統があり時々の大王はそれらの中から出された
(無論親子間での継承もあっただろうし兄弟間もあっただろうが)

・・・と考えるなら
没年干支があったりなかったり記述量にバラつきがあるのも理解しやすい

要するに「自分ちのご先祖さん」については伝えられる情報量は多かったが
「他所の筋から出てきた王さん」については情報量も少なかったとwwww
10日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:49:33.92
倭の五王か
117:2014/05/23(金) 19:49:37.82
>>8
それが5世紀頃国家の中央集権化を急いだ頃だと理解してる
12日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:51:14.00
それに加えて、秀吉が茶々を側室にしたことで信長の息子を名乗っても、誰もブーイングしない社会だったんだと思うよ。
13日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:52:25.78
>>5
前漢鏡にもたくさん漢字書いてあるよ

漢字の使い方劣化させた楚辞好きの倭人が漢字書き落としたりので

前漢鏡のも倭人の作だってばれてる

倭人のなかにバイリンガルのが混ざっていたってふつうだろ

倭人は高貴なお客さんのことへんに大切にするからね

もそっと後のことだけど空海あたりはバイリンガルのけもあるしね。
14日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:54:51.80
世界史的には、歴代の王がみんなホモで、父子相続がまるでなかった国(時代)もある。
記紀が書かれた時代の社会常識で古代を考えるのは、あまりに軽挙であろう。
15日本@名無史さん:2014/05/23(金) 19:57:08.22
>>13
あほ?
16日本@名無史さん:2014/05/23(金) 20:06:09.97
>>15
そう。ア○。畿内説のね。
17日本@名無史さん:2014/05/23(金) 20:06:43.13
漢時から卑弥呼の時代までに倭国の首都は移ろってるんだよなぁ
それを理解できてないと、九州説とか畿内説とかのお馬鹿な説を唱えることになる
18日本@名無史さん:2014/05/23(金) 21:32:26.86
>>17
到底理解出来かねる話だな

「首都」という概念は、ましてそれが移動したともなれば「国家」という概念があってこそだ
一体その倭国の範囲は何処までで一体いつ定まったのかな?

ちゃん根拠となりうるものを出して説明してみ?

できなきゃ馬鹿なのはお前ということで
19日本@名無史さん:2014/05/23(金) 21:35:50.30
漢時に100国を支配していた時点で国家という概念も、当然首都という概念も確立されてる
20日本@名無史さん:2014/05/23(金) 21:42:55.26
首都の移ろい

さざ波の近江
つぎのう山背(濃尾平野のこと)
あをによし奈良
21日本@名無史さん:2014/05/23(金) 21:43:11.40
>>19
支配してた?何処の誰が?w
まさかキューシューオーチョーとか言うなよ?

脳内帝国のお話ならチラシの裏に書いておけ

107の朝貢じゃあ「帥升等(すいしょう・ら)」だぞ?
帥升等で人物名とする説もあるが
その献上された生口が160人となりゃ
やはり多数の小国家から献上されたと見るべきだろうな
22日本@名無史さん:2014/05/23(金) 21:44:31.15
お伊勢参らばお多賀を参れ、お伊勢お多賀の子でござる
23日本@名無史さん:2014/05/23(金) 21:52:49.40
青谷上寺地を打ち破られたことで旧首都近江が危険になった
そこで濃尾平野に首都を移したが、大陸との交易には不便
そこで大和に再遷都したってカンジかな
24日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:00:44.03
>>21
本居以降のお馬鹿読みに騙されてるバカ発見
「等」は後に掛かってるんだよ

○○等××v
これは○○が××等(複数)をvした、って意味
25日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:05:48.88
おまえ・・・高校出てる?
26日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:07:57.80
>>24
へえそれは知らなかった

じゃあ他の漢籍でその用例を2・3教えてくれんかね?
27日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:08:34.83
それでも地球は回っている、としか言い様が無いw
28日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:11:19.12
>>26
当てはまらない例をお前さんが提示した方が早いだろ
29日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:16:20.99
カルト信者は悪魔の証明を求めてくるから困るw
30日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:18:57.96
>>24
>これは○○が××等(複数)をvした、って意味

一応確認しておくがじゃあ読み下し文風にすると・・・

  帥升が生口百六十人等を献じ

ってことになるのかな?

中国語は基本SVOだと思ってたけどこの場合どうなるんだ?w

まあ用例は2・3とか言わない10でも20でもいいんで提出ヨロ
31日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:21:22.79
>>28

「悪魔の証明」ふっかけてトンズラと言うゴミクズ九州説のいつもの手口だなw
32日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:22:44.63
>>28
漢文の勉強もろくにしてない奴が倭人伝とかムリムリ
33日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:23:49.02
>>30
百六十人ってのは複数なのかな?単数なのかな?
つーかSVOだと思い込んでる時点でカルト信者だとしか思えない
34日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:24:35.20
無学がいなおりおった・・
35日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:29:52.26
既存の説では意味不明になるんだからそれが間違ってると思わないのかね?
漢文って順番に漢字の意味をイメージしていけば意味が理解できるものだと俺は思ってるんだけどね
36日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:34:09.90
>>33

じゃあカルトじゃない普通の用例の提示ヨロw
37日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:38:47.99
つうか >>24 の元ネタって何処なんだ?w

まさか古田?安本?…うーん流石にないと思うが
38日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:39:17.79
繰り返させんなよ
俺の知ってる範囲じゃ矛盾してる例は無いんだよ
だから矛盾してる例を提示してくれ、って言ってる
悪魔の証明を求められても困るんだよ
39日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:39:35.98
「既存の説では意味不明になる」って、理由は?
40日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:40:36.38
漢文として読んで意味不明になるから
41日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:44:31.53
脊髄反射で反発する前に、もう一回読み返してみなよ
42日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:50:20.67
つうか複数を表す語「等」がその直前の(人物)名詞じゃなくて
「献」の一字またいでその後の語にかかるとか

こんな文法って存在するんか?
43日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:51:10.72
俺は自分が納得できる読み方でしか読まないから
思考停止して先人の言ったことを無条件で信じるような馬鹿ではないから
44日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:57:48.12
>>38
じゃあさあ・・・

法華経の一文に「汝等皆是仏」ってのがあるらしいけど
これはお前の解釈じゃ

 汝(単数)は皆これ仏S(複数)ってことになるのか?w

この場合「皆」は何処にかかる?
45日本@名無史さん:2014/05/23(金) 22:59:29.51
>>43
オレサマ読みかw
じゃあそのネタお前のオリジナルなんだ?ww
46日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:00:50.08
皆、は複数
それを念頭に置いて、もう一回読み返してみな
47日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:02:36.19
唐松よかひどいのでびっくり
48日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:10:40.77
まずは漢字の字源を調べてみな
そのイメージで読むと意味を理解しやすい
49日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:11:47.20
>>46
「汝」にかけなきゃ意味が通じるか阿呆

  汝等皆  = 仏

流石にここまで来るとキチガイのレベル
50日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:15:56.11
ガリレオもキチガイだと思われてたんだよなぁ
そもそも反論になってないしw
51日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:21:17.24
>>50
地動説は惑星の動きを見れば確かに天動説じゃ説明できない現象があるのを確認できる
(実は当時の協会側もそれを認識してたようだ)

あのなあキチガイ君

言葉は(ある程度には)時代や地域を超えて通用するから言葉足りうるんだよ

「オレサマにとってはこれが正しい」なんてのは通用しない
52日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:27:41.30
普遍的な言葉(文献)が現在の中国人も含めて解読不明になってるのは何故?
53日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:28:33.04
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54日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:30:37.23
どこに国に住んでいる人なのか
知らないけど、がんばってね
55日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:34:33.00
>>52
問題部分は「等」までが一人の人物名かどうかだけの話

馬鹿は九州説にでも行って精々お仲間の「オレサマ読み」自慢の連中と競ってろ
56日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:34:50.54
カルト信者が論理で論破されると>53みたいのが現れるんだよなぁ
困ったもんだ
57日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:38:41.00
まさか河童?
58日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:39:39.34
河童って東海説だったの?
59日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:40:37.61
別人じゃね?
まあどっちにしてもキチガイレベルだけどw
60日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:40:54.11
「倭女王遣大夫難升米等詣郡,求詣天子朝獻」

@倭の女王が大夫の難升米らを派遣して、帯方郡に詣で、天子に詣でて朝献することを求めた。

A倭の女王が大夫の難升米を派遣して、複数の郡に詣で、天子に詣でて朝献することを求めた。
61日本@名無史さん:2014/05/23(金) 23:45:35.91
詣郡と求詣天子朝獻が並列で複数
62日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:00:45.05
権威ある大馬鹿ってホント迷惑だよなぁ
数百年経っても小馬鹿どもが影響されまくってる
63日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:01:10.31
河童ってまだ「言意学」とかやってるのか?
64日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:04:48.62
権威なき大馬鹿って、みじめなもんだよなぁ・・・・
65日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:04:50.35
>>61
>>60はわざわざ読み下しにして選択肢出してるんだから

逃げずに読み下し文にしろよ
66日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:06:42.96
権威とか言う問題じゃないなこのレベルになると・・・

まあ九州説にはよくいるタイプの馬鹿

誰にも解けなかった暗号を自分だけが解けたと勘違いして有頂天になる馬鹿
67日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:10:32.86
>>65
Aだろ、馬鹿なの?
68日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:10:46.40
「壹與遣倭大夫率善中郎將掖邪狗等二十人送政等還,因詣臺,獻上男女生口…」

この場合の「政等」の「等」は?
69日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:12:41.13
>>66
九州説って誰のことよ?
理解力の無い馬鹿だな
70日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:18:16.46
>>67
馬鹿はお前だなあ

「求詣天子朝獻」も複数というのなら

郡が複数で尚且つ「朝獻」も複数(回数)になるだろうが?

ちなみにお前の頭の中の漢文じゃあ二人称複数形=お前らってのはどう表記するんだ?

普通なら「汝等」だが?
71日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:20:43.25
>>68
読点の付け方に恣意的な邪心を感じるんだが
72日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:22:04.52
>>70
複数の事象を並列させてるって意味なんだが
73日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:23:42.22
>>71

読点を付けなくていいよ
「政等」の「等」はどの複数にかかる?
74日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:27:37.30
漢楚の戦いで陳勝が仲間を煽動するシーンだったか?

 「公等失期法当斬」

 超訳・・・君らこのままやったら納期に間に合わんから法律で言うと斬首やで

さてこの場合「等」は何処にかかるのか?「期」?「法」?

この場合「期」に複数はないいついつまでという唯一の動かせないものがあるからだ
「法」は当時の秦の法であって複数の法に照らし合わせてるわけじゃない

ついでにこのシーン
複数の人間に語りかけてるんじゃなくて一人の人間に語りかけてることになるのかな?
まあ全く違う場面になるだろうなw
75日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:50:34.56
3世紀と12世紀の文法が同じとでも?
だったら20世紀の文法で全てを理解できても不思議ではないよね?w
76日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:53:58.74
>>75
同じ倭人伝からとった>>73には答えないのかい?
77日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:55:21.11
まず最初に並列部分を探せw
78日本@名無史さん:2014/05/24(土) 00:56:32.15
釣りスレか
79日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:01:52.27
壹與の国と倭とは別っぽいな
だからと言って卑弥呼や壹與が満州に居たとは言わないがw
80日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:05:14.54
>>72
>複数の事象を並列させてるって意味なんだが

こういうごまかし方河童を彷彿させるなあ・・・
いや本人か?

パラレルワールドでも想定するなら別だが
ひとつの時間軸の世界で一人の人間が並列して存在なんかしない
81日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:14:09.87
じゃあ自分も倭人伝から出しておこう

掖邪狗等壹拝率善中郎将印綬

 ― 掖邪狗等率善中郎将の印綬を壱拝す

この場合等は何処にかかるのか?

「印綬」が「掖邪狗」一人の人間に対し複数回行われたとでも言うのか?
82日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:18:04.20
とりあえず河童とやらの降臨を待とうか
83日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:31:06.09
来なくていいわ
84日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:35:01.80
等八人上献生口倭錦絳青兼緜衣帛布丹木付短弓矢掖邪狗等壹拝率善中郎将印綬

って引用しろよ
85日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:35:56.57
まあ正直俺なんか「春望」ですら危ういんでwwww
倭人伝から入って漢文漢籍に明るくなるのは結構なことだと思うが

なんでこうも2ちゃんのこの板じゃあ「オレサマ読み」で
文法から作ってしまう基地外が多いんだろう?
86日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:39:10.28
>>84
逃げ口上はいいから
87日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:46:40.35
まずは先入観を捨てろよ
先入観が凄ーく賢いアナタの判断力を誤らせてしまってるんだぜw
88日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:52:58.63
てかマジで河童?
89日本@名無史さん:2014/05/24(土) 01:59:06.49
>>87
つうか言語というのは共有される「先入観」があってこそ成り立つとも言えるな

お前のように「オレサマしか知らない解釈」じゃあ言語としての用をなさない
90日本@名無史さん:2014/05/24(土) 02:42:33.89
デブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ね
デブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ね
デブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ね
デブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ね
デブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ね
デブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ねデブ豚死ね
91日本@名無史さん:2014/05/24(土) 02:50:34.76
敗残の東遷説がキレる・・
92日本@名無史さん:2014/05/24(土) 07:15:06.62
魏志倭人伝てのもそうだろうがこれ司馬氏の視点で書かれてるだろうから
それを考慮にいれるべきだろ
楚の項羽と虞美人の話もそうだろうが部下て司馬氏の名前はでてくる
見た人らがいなければ話自体残るわけないわな
93日本@名無史さん:2014/05/24(土) 12:40:29.50
>>8-9
八世紀、父系原理から伝承が読み替えられたんだろうね。
卑弥呼や台与らの女王のは、あくまで皇女とされ、
補佐した男弟が大王であったと改変されている。
隋書倭国伝で、推古天皇ではなく、アメタリシヒコ(男)が天皇と書かれてるように、
古代日本はヒコヒメ制だったから、こういう芸当が出来たのだろう。
94日本@名無史さん:2014/05/24(土) 13:17:18.66
>>7
ヒコヒメ制だから問題ない
百襲媛(箸墓278m)→豊鍬入姫(西殿塚234m)→倭姫(渋谷向山310m)→五百野皇女(メスリ山224m)
崇神(桜井茶臼山207m)→垂仁(東殿塚139m)→景行(行燈山242m)→成務(佐紀石塚山218m)
95日本@名無史さん:2014/05/24(土) 15:55:36.79
>>94
おいおいそりゃヒコヒメ制と言うよりある時期に女王が連続して出立ってだけの話じゃ・・・

ヒコヒメってのは世俗王たる男王と宗教的権威の巫女の組み合わせだろう?

むしろそういった機能分担してるなら墓も何かしらメリハリ付けないと・・・
96日本@名無史さん:2014/05/24(土) 16:15:17.45
>>93
時代はもっと早くて5世紀、所謂「河内朝」じゃないかな?
97日本@名無史さん:2014/05/24(土) 17:01:59.12
西殿塚に後円部だけじゃなく、前方部にも方形壇がある
とかは、まさにヒコヒメ制の可能性を示唆しているだろう。

後世、手白香媛陵と間違えられたように、
西殿塚には女性祭祀者が葬られているという伝承が残されていたんだろう。
箸墓=卑弥呼としたら、西殿塚は台与になるのは妥当。


伝仁徳の大仙陵古墳にも前方部に埋葬施設があるらしいし、
ヒコヒメ制はかなり後世まで継承されてたようだ。

八世紀に、ヒコヒメ制が否定され、記紀はかなり書き換えられてるように思う。
98日本@名無史さん:2014/05/24(土) 17:37:32.09
>>96
上にも書いたが、大仙陵古墳に埋葬施設が2つあるのは、
西殿塚との関連で考えられるのではないか?

あとまあ、清寧の後の飯豊青皇女や推古など、
かなり後世まで女系の血筋が重要視線されていたように推測出来るが。

継体も武烈の姉を娶り、その間の子・欽明に王統を継がせている。
99日本@名無史さん:2014/05/24(土) 19:15:39.86
卑弥比呼→卑弥弓呼
100日本@名無史さん:2014/05/25(日) 10:05:01.54
ヒメヒコ制というのは、
今でも天皇皇后がいて、
天皇が亡くなれば、皇后は皇太后となり実質引退、
新しく皇太子夫妻が天皇皇后になる、いわば男系優先だけど、
昔はヒメは亡くなるまでヒメ、
ヒコも亡くなるまで、あるいは失脚するまでヒコであったっと思う。

ただ、ヒコは武力絡みの政権争いから失脚する事が多く、
ヒメはそのままの場合が多かったのではないかな。

倭人伝の卑弥呼やトヨもそんな感じだと思う。
101日本@名無史さん:2014/05/25(日) 10:09:41.96
ヒコの血縁者がヒメだとすれば
3世紀ころに特定の一族がずっと王権にあったかは疑問だけどな
豪族が持ち回りで大王をやってた説もあるし
102日本@名無史さん:2014/05/25(日) 10:17:22.45
本当はヒメの系譜も残すべきであるのに、
記紀編纂頃の男系優先で、ないがしろにされた感はあるな。
古墳の多さを考えても男系だけでは合わない。
ヒメ単独墓はかなりあると思う。
103日本@名無史さん:2014/05/25(日) 11:20:51.56
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1393514224/8
   ↑ ↑  ↑ ↑  ↑ ↑
104日本@名無史さん:2014/05/25(日) 13:55:04.98
ヒメヒコ制なるものが実在したとするなら、それはアマテラスとスサノオの誓約の際に捻り出された妥協の産物だろ
105日本@名無史さん:2014/05/25(日) 14:58:28.54
4世紀、5世紀の遺構、遺物を3世紀として近畿説を主張とする
人達で畿内説は成り立っている。
106日本@名無史さん:2014/05/25(日) 16:55:01.11
>>105
はるか昔に、縄文人は先住民で新参の弥生人が当たらな技術を持って渡来し
今の日本人に繋がったという説の時代に唱えられた、「弥生はBC300年からAD300年」
という説を今も信じ続けているひとかな。
107孝霊厨:2014/05/25(日) 17:10:06.08
まぁ考古学的にはどう足掻いても九州説は
既に殆どの主張の根拠を失ってますから。
特に東遷説とかがダメで、ヤマトに入るのは瀬戸内周辺部の勢力が主です。
108日本@名無史さん:2014/05/25(日) 17:18:20.82
>>107
ヤマトに入るのは瀬戸内周辺部の勢力が主です。

瀬戸内と言ってますが、筑備讃播なわけですから、
あなたは意図的に筑紫を抜いておられますね。
卑怯ですね。
109日本@名無史さん:2014/05/25(日) 17:23:48.11
倭人伝においては北九州は「代々」の王が大和国に統属。

監視のために一大率が置かれ
それらの国々は「畏れ憚る」

卑弥呼の時点で大和優位。
110日本@名無史さん:2014/05/25(日) 17:32:59.97
筑紫が大和に入ってからが卑弥呼の邪馬台国。
111日本@名無史さん:2014/05/25(日) 17:39:49.36
112日本@名無史さん:2014/05/25(日) 17:50:07.80
>>111
うわああ・・・
今の教科書じゃあ載せてないだろうそんなもんw

この板の東遷説の脳内じゃあ標準で入ってそうだけどwwwww

・・・とは言えその範囲を出雲や東海まで広げなければ
銅鐸の出土範囲に一つの政治体制を見ようってのは福永とか
この畿内スレにもいるみたいだが
結構そっちのほうが主流なのかな?w
113日本@名無史さん:2014/05/25(日) 18:04:39.84
>>112
ビビリの小心者らしいレスだな。
何を慌ててるのかなw
114日本@名無史さん:2014/05/25(日) 19:23:07.69
>>113
ああ、大者ぶる安曇厨のアホか・・・

そこに出てる 井上光貞「日本の歴史 神話から歴史へ」 も今念の為ググってみたが
出たのが 1964年(中央公論社)
1996年に発見された加茂岩倉の銅鐸の大量出土以前もいいところだ
俺みたいなド素人でも先ず普通にそこに気づくわな

それに所謂「聞く銅鐸」と特に大型化が著しい「見る銅鐸(突線鈕)」とじゃあ分布が異なるし近畿式と三遠式の違いもある
この○の範疇に入るととしてもこれじゃあ銅鐸の時代全てを通して(円の中心の)畿内辺りが中心のような印象を見るものに与えてしまう

せめて三番目の図に瀬戸内に分布する「平型銅剣」を重ねたぐらいが及第点だろうか?

まあ 『 銅鐸氏族 』 とか馬鹿丸出しなこと言ってる東遷厨の阿呆にはピンと来ないんだろうがwwwwww
115日本@名無史さん:2014/05/25(日) 19:33:26.84
大和は銅鐸でさえ希薄
116日本@名無史さん:2014/05/25(日) 20:01:23.17
>>114
何も反論になってないのだが?w
銅鐸族と言ったのは安本がそう言ってたのを引用しただけ。
まぁ総じて唐古鍵などを含む意味だな。
出雲系とみてよいだろう。
117日本@名無史さん:2014/05/25(日) 20:22:56.18
>>116 安曇厨
>銅鐸族と言ったのは安本がそう言ってたのを引用しただけ。

お前某スレで「〜族」じゃなくて「〜氏族」と言ってるんだがなw

 >神武が婿入りした大物主一族(義理母のセヤタタラ姫を含め)が銅鐸氏族だったが

まあこれの根拠問いただしてやろうかとも思ったが「安本から引用しただけ」と逃げうつんならもういいわw
流石「天皇一代の平均〜」とか言うだけあって師匠の言うことは素直に飲めるんだなwwwww

因みに銅鐸を特定の氏族に結びつけることへの疑義を出すネタとしては…

先ず銅鐸は墓から出てきた例が少なく殆どが集落の外と思われる場所から見つかってる
(「境界祭祀」とか言われる所以)

無論その直接的管理・運用・保存に関しては首長層が執り行ったのだろうが
基本的に「首長個人の物」ではなくて「集落・共同体の物」という性格が強い
それを特定の(古墳時代以降の)氏族に結びつけるのは困難だろうって話なw
118日本@名無史さん:2014/05/25(日) 20:34:46.05
>お前某スレで「〜族」じゃなくて「〜氏族」と言ってるんだがなw
>「集落・共同体の物」という性格が強い

別にそれでもいいよ。
出雲系氏族。
三輪氏や鴨氏の前身。
大物主を崇めてた連中でもいい。

何も問題なしwww
119日本@名無史さん:2014/05/25(日) 20:40:23.85
出雲朝廷「邪馬台国tってw最近の話じゃんwww」
120日本@名無史さん:2014/05/25(日) 20:48:28.76
>>118 安曇厨
例によってある氏族の勢力範囲と出土遺物・遺跡を重ねただけの根拠にもならないシロモノ

今に伝わる古代史族なんてのは首長霊信仰の古墳祭祀には参加してた集団だろうが

それを場所の一致だけで古墳登場前の共同体祭祀の銅鐸氏族とか言ってしまう東遷厨のバカさ加減

全ては自身の東遷説という与太話に利するため何でもかんでも見境なしの馬鹿
121日本@名無史さん:2014/05/25(日) 20:58:09.05
>>120
銅鐸遺跡の唐古鍵は古墳時代まで継続するよね。
古墳時代は2世紀後半〜3世紀からだよね。
銅鐸がなくなり、
土師器も誕生する変革時期と合致。

筑紫など九州勢の征服だろうねwww
122日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:01:34.87
また筑紫だの九州だの、筑豊なんだろ?w
123日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:08:24.99
>>122
畿内【征伐】への出発が筑豊だろうね。www
124日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:15:33.92
>>121 安曇厨

で、てめえのご高説だと銅鐸祭祀を廃絶に追いやった神武は
ヤマトにおける銅鏡の祭祀を見ること無く没

何故か半世紀の空白を置いて鏡が流入しだし
その鏡も九州には馴染みのない神獣鏡でしたって話だったかな?

まあもう底が見えるどころか抜けてしまったなお前

一応「畿内説論者」なんだろうがメンタリティと言うか古代の日本の捉え方は
九州説の連中に近いと思うぞ?

頭の中は『九州vs畿内ヤマト』でどっちが強いんだあ〜?というガキレベルの発想しかない
「ボクの考えた最強九州王朝が畿内ヤマトを征服だあ!」でハッピー

まあ畿内説にも色々いるだろうが古代の日本を考える時
もう「九州vs畿内ヤマト」どころか西日本ですら完結しない
日本海側東日本を視野に入れてる人間からすりゃ
お前みたいなのはもう過去の遺物でしか無いんだろうな
125日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:16:21.46
北部九州の首長達は筑豊の王に服従したw
126日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:22:03.89
そもそも、そんな王のいた痕跡すらないわ
127日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:23:54.55
一時的な勝利では意味がない

最終的にどのような結果となったか

世界中が知っている
128日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:30:17.12
>>124
>神武は ヤマトにおける銅鏡の祭祀を見ること無く没
>半世紀の空白を置いて

半世紀の空白なんてそんな細かい時系列まで分かるわけないじゃん。
バカじゃねぇの。
銅鐸が終わって鏡に移行するのは事実。
纏向石塚には鏡があったかもしれないし。

3世紀台の纏向古墳群から勾玉が出ないが、
「勾玉の空白期間」があったのか?www
129日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:33:21.89
>>124
>一応「畿内説論者」なんだろうがメンタリティと言うか古代の日本の捉え方は
>九州説の連中に近いと思うぞ?

畿内が九州勢に制覇されたのは事実だろう。
記紀にも書いてあるじゃん。
文字は2世紀前半にはあったのだから、
口伝とかの頼りない伝承ではないからねwww
130日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:36:54.33
弥生中期から既に五銖銭とか貨泉とか前漢鏡あったし
131日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:37:28.88
近代

外の国にまで進行し、世界中から悪人認定

矛盾していると思わない?
132日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:41:47.86
>>128 安曇厨(安本学派)

馬鹿は言うことがコロコロ変わる

>2世紀後半ごろ終わり3世紀中頃には出るだろうが、
>全然矛盾してないが。
>空白なんていえるほどの期間ではない。

前は空白は認めても「それは問題にならないぐらい」と言ってたと思うがな(苦笑

「そんな細かい時系列まで分かるわけない」ところに
その変化の原因を神武と言う個人に求めたのはお前だ

それがゆうに一世代を超える話しならおかしいところも出てくる

自分で広げた風呂敷は自分で畳め馬鹿者
133日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:47:45.03
筑豊の日向ってどこ?w
134日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:53:58.54
>>132
言う事がごちゃごちゃ細かいなお前は。
これを見たら支配者層が九州から来たのは明白ではないか。
http://www.ne.jp/asahi/isshun/original/mater12.html

畿内情けねぇwww
135日本@名無史さん:2014/05/25(日) 21:56:15.25
そもそも勘違いしちゃならんのはヤマト入りした神武は「天孫」であって
九州・日向から来たことには意味が無い

饒速日と神武が互いの身元確認wする場面でも
確認されたのは「天孫」であって「筑紫から来たのですか?」じゃない

更に言えばイザナミ・イザナギの国生みで最初に生まれたのは淡路島であって九州じゃない
全体を見ればやはり畿内中心に書いてあるとしか見えず

だから自分は神武の話を「一種の貴種漂流譚」(逆臣の魔の手を逃れた赤子の王子が辺境の地で育ちやがて王都に凱旋するパターン)と言い放ってるw
136日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:00:46.11
天武が始めた古株豪族排除だよ
137日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:02:31.63
>>134

幼稚すぎる
138日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:06:14.47
縄文式住居→「バトシーラー つちわらし」でしょw
139日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:07:35.87
>更に言えばイザナミ・イザナギの国生みで最初に生まれたのは淡路島であって九州じゃない

土地作ったってだけでその淡路に誰か住んでたのかいw
だいたい日本列島の形成が何千万年も前だしwww

神武もニギハヤヒも九州なら、
畿内人は自尊心喪失だもんなwww

サッカー見るので落ちるぞwww
140日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:09:18.07
>>139
もうこいつサイキバレベルの阿呆になったな

(まあ元々の地がアホだったんだろうが)
141日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:10:26.43
神武とか九州とか言いながら筑豊にしたいくせにw
142日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:43:06.90
終わってるな東遷説
143日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:50:30.45
現実には古墳文化が日本各地の文化を綜合して畿内に開花した(そこに共立があったとみる根拠)のに、その中の九州的要素だけ一生懸命言い張っても何の意味もないのにね。
しかも愚かなことに、2世紀以前に畿内に到達している九州的要素までならべたてて、オウンゴールで詰んだことに気が付かないほどの馬鹿しか、もう東遷説には残ってないときてる。
哀れなり東遷説、死せる豚。
144日本@名無史さん:2014/05/25(日) 22:58:17.62
>>134
 意味不?

 本題とは関係ないけど、提示先サイトの表中、生掛と中山大塚はホケノと同時代でもよいな。
 
145日本@名無史さん:2014/05/25(日) 23:26:08.00
まあ知能の低い人間には因果関係というものが理解できないからな。
教祖から「これを見ろ、ありがたがるがよい」と言われると
他人もソレを見せれば平伏して東遷説を讃えるようになると思ってるんだろうさ。
146孝霊厨:2014/05/26(月) 00:20:56.00
>畿内が九州勢に制覇されたのは事実だろう。
記紀にも書いてあるじゃん。

記紀にはそんな事は一言も書いてないよ。
畿内に入ったのは瀬戸内に勢力を持った海人。
だから国生みも淡路島が最初になっているだろう。

何度となく出てる話だが、武力衝突では神武軍は惨敗してる。
畿内入りしたのはウズヒコであり、しかも元々吉野辺りに
基盤をもっている。

神武天皇神話は単に南九州勢力に対する懐柔策の一つにすぎないだろう。
147日本@名無史さん:2014/05/26(月) 00:23:11.55
そんな神話を創作して文字に残しても、南九州勢力が懐柔されるなんてことは無いだろ。
148日本@名無史さん:2014/05/26(月) 00:28:07.48
朝鮮ポイのよw
なんか南九州の権威のすり替え乗っ取り観たいな
149日本@名無史さん:2014/05/26(月) 00:43:36.83
>>146

何で創作してるの、アホなん?
150日本@名無史さん:2014/05/26(月) 00:46:39.00
>>146
とうとう狂ったかwww

懐柔策より、畿内王の系譜が何でないの?
151日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:07:10.94
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-5/images/image-1/0126-13.jpg

これに参加してる国々からすると、
楽浪からの技術や鉄資源がある半島南部の倭を引き入れたいんであって
九州に反大和がいるなら、対馬、壱岐さえ押さえれば
九州は後回しでいいんだよな
先進技術もってるわけじゃなし
152日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:12:57.78
>>151

畿内には海人もいないのにどうやって押さえるの?
153日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:15:00.01
参加してる国々は舟あるよ、はるか以前から
九州の舟は?
154日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:17:08.88
九州と畿内が遠すぎて直接戦争状況に無い以上、
九州が敵対する理由も無いからな。

畿内が半島にいく場合でも、九州に出すもの出せば、
それなりにサポートもしてくれるだろう。
155日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:18:11.82
>>153
畿内にはなんていう海人がいたの?

九州には宗像、安曇、物部の祖先、のちの海部などいるよね。

畿内は?
156日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:20:39.61
>>145
所謂「威光暗示」ってやつだねえ

深夜放送のTV通販でよくあるパターンだと
「NASAで使われた・・・」とか「○○大学の××教授も絶賛!」とかw

何やら権威のありそうな名前出してそれっぽいグラフなり出せば引っかかる人間も出てくるというw

でもこの場合それでコロっと騙されてるのが他でもない >>134(安曇厨)なのかもしれんがwwwww
157日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:23:00.73
九州の海人ってw
山陰、北陸、近江、東海、関東ずっとイルカ捕ってきた海人が来てるんじゃん
弥生になってから壱岐でイルカの骨製品出るんだから
158日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:24:26.52
.

神武東征を隼人懐柔のための創作とか無茶を言って否定するなら、

何で畿内王の系譜が残ってないの?

ねぇ何で?www



アホくさ、寝よwww

.
159日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:24:42.66
>>154
逆に言えば敵は地続きの九州内にいたんだろうな
有名な吉野ケ里の首なし遺体だってまさか本州の人間と戦ったわけじゃなしw

北部九州(福岡平野あたり)の畿内積極的受容は安全保障面からも有効だったのかも
加えて高いレートで舶載品売れたとか?w
経済・軍事一挙両得?www
160日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:26:31.72
>>157

だから何て氏族?

九州と違って名前もないんだwww
161日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:27:37.33
瀬戸内海にも、玄界灘にも、日本海側にもそれなりに海人の氏族はいただろう。
ただし、壱岐対馬にむかうルートを確保していたのは宗像の海人だろうな。

戦争時じゃなければ、それだけの見返りを与えれば、サポートしてくれるだろう。
162日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:29:44.18
>>160
名前が伝わってなくても運ぶもん運んでくれりゃ問題ないんだが何か?w
163日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:30:16.34
>>160
いやだから、名前も何も、お前が舟もない九州の海人族って言ってるのは
山陰、北陸、近江、東海、関東の海人だよw
164日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:34:24.55
九州ってところはさ、縄文時代からカゴが大分の1ッ箇所以外貯蔵穴からしか出ないんだよな
北陸、東北は水場、貯蔵穴の両方、関東は1ッ箇所以外全て水場からなんだよ
165日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:37:17.00
舟と船では、レベルが違うと言う意味か

海=船
166日本@名無史さん:2014/05/26(月) 01:57:12.54
出雲、出雲、言ってるのは後付かな

海を治めるのは船
167日本@名無史さん:2014/05/26(月) 02:17:27.27
そういう事だったのだ

渡来文化の後に記紀神話が創作された

干支や暦
168日本@名無史さん:2014/05/26(月) 02:39:34.63
169日本@名無史さん:2014/05/26(月) 03:12:53.32
>>160
>だから何て氏族?

倭直
170日本@名無史さん:2014/05/26(月) 08:38:58.48
>>169

その名前を出すなら神武東征が前提条件なんだがwww
九州勢に征服されたことを認めるわけだねw
171日本@名無史さん:2014/05/26(月) 08:49:01.19
http://homepage2.nifty.com/amanokuni/yamato.htm

倭氏は綿津見豊玉彦命(海神)の子で穂高見命の弟の振魂命を始祖としており、阿曇氏とは親戚関係にある

<本拠地>

大分県佐賀関半島、大和では穴磯邑大市長岡の崎

九州系じゃねぇかwww
172日本@名無史さん:2014/05/26(月) 09:01:59.53
たかだか、数十人の神武遠征の話を見て
あそこから大規模な東への首都移転など連想するほうが無理だ。
173日本@名無史さん:2014/05/26(月) 09:11:40.84
>数十人

そうであって欲しい。
東征なんてなかったことにしたい。
畿内が九州に征服されたなんて嫌だ。

怖いよ〜〜!

wwwww
174日本@名無史さん:2014/05/26(月) 09:12:36.51
>>135
それが正解

神武=応神
175孝霊厨:2014/05/26(月) 12:29:15.99
瀬戸内の水運なんて石器時代のサヌカイトの移動でも
十分証明できてるだろうし、
橿原周辺でも遮光式土偶なんてのも出土してるだろう。
当然水運の痕跡は日本海側でもいくらでもある。

元々安曇氏だってそういった連中が北部九州辺りに本拠を持って
構えただけの話だろう。

>何で畿内王の系譜が残ってないの?

単純に言うとそれが葛城地方に王権を持っていた欠史だろう。
畿内というより東国系が残ってないという事かもね。

出雲地方の伝承ではオオヒルメは 「東から」やって来ているしな。
176日本@名無史さん:2014/05/26(月) 12:54:26.22
>>175
ここは邪馬台国スレなんで、
おおよそ2世紀から3世紀の話だろ。
何で縄文時代の話まで混ぜてごまかしてるんだよ。

>単純に言うとそれが葛城地方に王権を持っていた欠史だろう。
>畿内というより東国系が残ってないという事かもね。

残ってないのは王統ではなくなったからじゃん。
アングロ・サクソン系諸王国が形成されるまでのブリタニアでは歴史記録が乏しいのと同じ。
177孝霊厨:2014/05/26(月) 13:35:06.52
>>176
ごまかすも何も、縄文時代から全国を移動していた
連中がいたのだから仕方ない、倭の海人の祖として
無視する理由もないしな。

それに記紀はずっと後年の歴史書だろう?
隼人方面にも大和朝廷の範囲だと示すため、神武東征話を
南九州からの物語としていれた、という事にすぎない。

その証拠に河内湖に至るまで戦闘の記述が一切ない、
実際瀬戸内で戦闘等の伝承を残しているのは吉備津彦や百襲姫であり
皆孝霊天皇の縁の者ばかりだしな。

2〜3世紀、倭国の主人公は、欠史にはなっている
葛城に基盤を持つ瀬戸内方面を押さえていた海人達、という事だろう。
178日本@名無史さん:2014/05/26(月) 13:47:26.72
>>177
>隼人方面にも大和朝廷の範囲だと示すため、神武東征話を
>南九州からの物語としていれた、という事にすぎない。

何で自らの王統系譜を南九州に書き換えるんだよ。

古今東西、支配者は自らの出自を誇りを持って残す事はあっても、
支配した民族や地方に自らの出自を持っていくなんて、
そんな事をした王統が世界のどこかにあるのかよ。

畿内の王統が残ってない以上、
神武は九州からきたと素直に考えるべきだろ。
179日本@名無史さん:2014/05/26(月) 13:54:34.09
一応、畿内の王統のことは書いてるよね。

大物主だね。

でもこれを認めると、
九州から来た神武を認めるに等しくなる。

困ったねw
どうするよ?www
180孝霊厨:2014/05/26(月) 14:05:49.93
>何で自らの王統系譜を南九州に書き換えるんだよ。

それなら国の始まりを九州にしないのは何故だ?
南九州は出発点ではあるが、それ以前に天孫降臨があるだろう。
また国譲りという形でも王統交代が説明してあるしな。
譲った側は神格化されている。

また九州は男王の国でもあるので、どちらにせよ
女王国ではない。女王国の主な範囲は瀬戸内海が中心だ。

神武東征でも瀬戸内の話がないし、女王の存在もない。
つまりそこが鍵であり、そこに百襲は伝承を持つ。
後ヤマトへ戻るのだから、まあ卑弥呼像としかいいようがない。
181孝霊厨:2014/05/26(月) 14:11:01.70
>>179
何を困るんだ?
神武の伝承がない場所(瀬戸内)には大物主と百襲姫の伝承がある。
またそれは三輪山の主であり、そのままヤマトに入ったコンビだ。

神武話は結局後付けであり、それを強調したのが
明治維新以降、薩摩主導の歴史だろう。
182日本@名無史さん:2014/05/26(月) 14:17:34.26
>>171
なにを根拠に九州系だと?
183日本@名無史さん:2014/05/26(月) 14:18:25.52
>明治維新以降、薩摩主導の歴史だろう。

そんなわけ無いだろ。伊勢神宮だの高千穂神社だのが持ち上げられただろ。
184日本@名無史さん:2014/05/26(月) 14:20:46.35
アニメ?海蛇は実在してるよ
185:2014/05/26(月) 14:24:54.11
電気、放電するやつか
186日本@名無史さん:2014/05/26(月) 14:25:47.08
>>孝霊厨

>それなら国の始まりを九州にしないのは何故だ?

王統の最初は高千穂になってるが。
高天原も近くだろう。
神話で最初に出来た「土地」である淡路に誰が住んでたのだ。

>神武の伝承がない場所(瀬戸内)には大物主と百襲姫の伝承がある。

吉備や安芸には神武滞在の宮あとがあるのだが?
何言ってるんだおまえ。

>神武話は結局後付けであり、それを強調したのが
>明治維新以降、薩摩主導の歴史だろう。

おまえなぁ、ウズヒコを出しながら、
神武は否定するという卑怯なダブスタはやめろ。
187日本@名無史さん:2014/05/26(月) 14:30:34.29
で孝霊厨クンは畿内に大物主がいたことは認めるのかな?
認めるのなら、モモソ媛みたいなクソ女より先に、
大物主の孫娘であるヒメタタライスズ媛と神武の結婚を認めないといけないね?
ならば九州から来た男が奈良盆地の王になったと認めないとね。

分かった?
188日本@名無史さん:2014/05/26(月) 14:36:02.07
>>186
>王統の最初は高千穂になってるが。
>高天原も近くだろう。

そこだよ、そこ。その時点で考えが合わないんだよ。

高天原が高千穂の近くか、どのあたりかなんて
記紀にもどこにも書かれてないぞ。
しかしなら、おまえらは、しれっと、高千穂と高天原が近くだと
前提条件で考える。

が、そもそも、高天原と高千穂が近くかどうかなんてわからん。
明治以降は、高千穂の近くに高天原伝承地をもうけて
神社なんて作ったりしているけど...
それは後世に勝手に庶民信仰とかで生まれたものだが
189日本@名無史さん:2014/05/26(月) 14:39:39.74
有名なのは、宮崎県にある天岩戸神社な。
これは、高千穂の近くに天岩戸神社があったという伝承からの神社だ。
しかしながら、この神社は皇祖神天照大神を祀るとはいえ、
創祀以来皇室や朝廷からではなく、在地住民からの信仰を主としている。
つまり、お前らと同じ、庶民が勝手に解釈してできた神社な。

では、朝廷が大事にしてきた天岩戸神社ってどこにあるのかというと
奈良県の天香久山にある天岩戸神社。
つまり、この辺り一帯が、高天原の伝承地だったことになる。
190日本@名無史さん:2014/05/26(月) 14:47:44.54
何にもないゼロから神話伝承を作り上げるのは無理。
それより実際にいた人物の伝承が残ったと考えるほうが自然。
記紀ができてから神話作りが始まったわけではない。

記紀編纂前から神武関係の人物を祀る神社がある。
191日本@名無史さん:2014/05/26(月) 15:11:44.13
ウズヒコが神武のモデルだな。
主役の座をとられて案内人に降格された。
192孝霊厨:2014/05/26(月) 15:31:17.14
>>187
私はセヤタタラ姫=百襲姫ですよw
神武天皇の存在は架空、権威付け総集編みたいなもんだろう。

>>191
瀬戸内部分からはまあそうだろうと思ってる、初代倭国造だし。
それに宇陀での逸話が多いのが何よりの証拠だろう。
193日本@名無史さん:2014/05/26(月) 15:42:32.78
>>192
>神武天皇の存在は架空、権威付け総集編みたいなもんだろう。

それは、お前の空想物語。お前のファンタジー。
194日本@名無史さん:2014/05/26(月) 15:46:00.33
でも通説
195日本@名無史さん:2014/05/26(月) 15:46:08.27
>>192
>神武天皇の存在は架空、権威付け総集編みたいなもんだろう。

だ〜か〜ら〜
それなら神武に先導し国造に任命されたウズヒコを出すなよ。
典型的なダブスタだろうが。

ただ九州系の匂いを消したいだけの小心者だろうが、このハゲは。
196日本@名無史さん:2014/05/26(月) 15:55:18.94
>>178  安曇厨(安本のパチモン東遷厨)

インカの始祖神話にはいくつかあるが例えば先祖は最初にチチカカ湖に現れクスコまでやってきたって話があるな

クメールの神話じゃあ始祖はインドから追い出された王子様だったとか

ローマの伝説の初代王のロームルスも最初からローマにいたわけでなく
しかも遡ればトロイアが陥落した時ほうほうの体で逃げ出したトロイア人のアイネイアースがご先祖さんだったらしいが・・・

距離の近い遠いはあっても始祖が「外」からやってくるんてタイプの神話は別に珍しくもなんともないと思うが

と言うより始祖がその神話を語り継ぐ王朝の都のどまん中に降臨したような話ってあるのか?

そっちがポピュラーというのなら有名ドコロ2・3教えてもらえないかね?
197日本@名無史さん:2014/05/26(月) 15:57:22.50
>典型的なダブスタだろうが。

どうして?
198日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:00:53.42
>>187
山本五十六は実在したが昭和天皇は実在しないというのと同じ。
199日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:04:33.59
>>196
>距離の近い遠いはあっても始祖が「外」からやってくるんてタイプの神話は別に珍しくもなんともないと思うが

だからそれだと言ってるわけだが。

征服者側が、自らの出自を「被征服者側にした」なんて例があるのか?
200日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:07:59.04
ところで、たまに・・・じゃなくてよくw
「日本神話の”最高神”はアマテラスだ」
とおっしゃる方々どもがいらっしゃいやがるが

もし日本神話の中から「最高神」なるものを挙げるとすりゃ
当然「天御中主神」
もう宇宙の根本原理とでも言うかこの一柱がなきゃ何もかもが始まらない

易経で言えば「太極」でここから両儀・四象・八卦を生じるようなもんか?w

でこれ程に偉い神さんが延喜式神名帳に祀ってる神社が見あたらないとかいう話がある
(俺でも知ってる話だからまあ大抵のやつは知ってるんだろうが・・・)

つまりそれ程に新しい神さんで記紀にも後付されたのだろう
記紀の最初の最初、天地開闢の神さんが最も新しいという話だw

ならば神武の神話の後付なんかどうってことはないwwwwwwwwww
201日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:11:32.79
メディアの発展

口承 文字

写真、映像:顔 姿と名前などの一致。


うずひこ

釣りをして生活するなら縄文人。
当時から神話があったのか、どうかは知らない。
202日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:13:43.64
>>199
>征服者側が、自らの出自を「被征服者側にした」なんて例があるのか?

「征服者側」と言うのはヤマト王権だよな?

ヤマト王権は神話上の「天孫」の神武の子孫だから征服者の子孫

何を意味の分からない馬鹿をほざいてるんだ?

記紀の何処に崇神の先祖が神武に征服されたと書いてあるんだドアホウ
203日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:14:22.20
>>200
全然おもろない。

神武と共に大和入りした久米も大伴も、
それぞれの居住地(橿原市久米や鳥屋)に、
自らの祖神を祀っていて、その神社は式内社であり今も続いてる。

神武の存在を否定しようにも出来辛いだろ。
204日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:15:42.25
>>203
3世紀以前にあった根拠がないな

おもしろい/おもしろくない じゃなくて根拠が無い
205日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:18:59.20
>>202
だからその天孫が九州から来たのだろ?
たったそれだけの話だね。

九州から来たといってるのに、
何で畿内発祥のように言うのかな?

>崇神の先祖が神武に征服された

そんな事は一言も言ってないが。
ドアホウ は君。
206日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:26:37.09
>>199
>九州から来たといってるのに、
>何で畿内発祥のように言うのかな?

神話で「九州から来たといってる 」

確認できる史実として「東遷は確認できない」

それだけだが何か問題があるのか?

何に固執してるのかしらんがそれほど悔しかったら
神武の存在を示す、東遷神話が史実である考古資料の一つでも見つけてこいカス
207日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:33:30.89
確実に言える事

理念、概念を
実在する人物かのように、創作してしまった人達がいる
208日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:35:52.92
つーか、日本書紀をそのまま読めば神武は崇神の祖先ってだけじゃん
祖先に天皇号を追号したとかそういうオチでしょ
209日本@名無史さん:2014/05/26(月) 16:35:55.61
>>198
これは話にならないな。
天狗が架空だというなら源義経は実在しないと言え!
善光寺如来が実在の人物でないという者は聖徳太子の実在を認めるな!
というが如き暴論。

架空の人物が実在の人物と交友する逸話など誰にでも作れる。
まったくダブスタなどではない。
210孝霊厨:2014/05/26(月) 16:46:11.06
>>197
>それなら神武に先導し国造に任命されたウズヒコを出すなよ。
典型的なダブスタだろうが。

何処がダブスタなのかさっぱり理解できないけど?
実際ウズヒコの母方からは、吉野川上を基盤とした
一族の名があるのだから、この辺りの話は
ウズヒコ方の伝承話を流用した可能性が高いと思うが。
大体九州生まれの神武が、紀伊半島から攻める可能性なんてないだろw
剣主も部分も相当流用されてる可能性もあるしな。

また瀬戸内滞在部分は実質孝霊天皇の部分でもあるので、
(神の子で大物主の后、セヤタタラ=百襲)
滞在した宮の名は書けても、何をしてたのかまでは書けない。
なので孝霊天皇の部分も欠史にせざるを得ない、という説だ。
211日本@名無史さん:2014/05/26(月) 17:03:55.67
>>204
>>206

だから崇神が4世紀前半と認めるかどうかが先。
ならば神武は2世紀後半から3世紀前半になる。
もちろん欠史八代を兄弟継承ありとしての話だが。

さらに纏向石塚古墳の時代に合う。
あれが大王墓かどうかはおいといても3世紀初めに首長墓があったわけだから、
それらは神武や大伴、久米、物部のウマシマジ、鴨の天日方奇日方命の時代となる。

>>209
初代天皇が実在したかどうかと天狗を一緒にするな。
何か変な宗教でもやってるのか?

>>210
ウズヒコはいろいろ理由つけて認めます、なぜなら自説に都合いいから。
神武はいろいろ理由つけて認めません、なぜなら自説に都合悪いから。
これこそがダブスタなんだよ。
212日本@名無史さん:2014/05/26(月) 17:05:52.77
頭の良い人はいる

どのスレッドだったかな「声の大きいモノが勝ちなのかww」

表に出て来て、言ったモノ勝ち、印象操作
213日本@名無史さん:2014/05/26(月) 17:35:31.54
>>211
>だから崇神が4世紀前半と認めるかどうかが先。
(以下略)

なんの根拠にもならない

どういう計算か知らんが石塚が3世紀前半だから
自分が計算した神武らがヤマトに現れた時代と一致すると言ってるだけ(呆

お前が言ってるのは

 「ボクの計算だと石塚と神武の時代がピタリ一致するよすごいでしょ」

程度の話

じゃあ崇神没を4世紀前半で同じ所からスタートしてさじ加減変えて
神武の時代を石塚より前に持っていったモデルがあってどうやって否定する?

神武の大王墓出して神武の実在性を示すべきところを
神武の年代を今ある最古の資料に数字を合わせただけの本末転倒
214日本@名無史さん:2014/05/26(月) 17:35:43.51
纏向石塚古墳てたんなる土石の山じゃん。

考古学上は無価値。
215日本@名無史さん:2014/05/26(月) 17:43:14.22
>>213

応神天皇390年として平均在位から計算、
あるいは天孫本紀で崇神時代の物部氏の世代数を計算しての話。

計算くぉしてない君にとやかく言われる筋合いはない。
216日本@名無史さん:2014/05/26(月) 17:45:36.38
>>200の続き・・・記紀神話の構造という大したものじゃなくトリビアにすらならないレベルなんだけどw

まあ神武東遷も英雄が神の使いの鳥に導かれたり末子相続だったりは
北東アジアに見られるモチーフだったりするとか言われてるそうだが

その前の「日向神話」「天孫降臨」なんかもうモロに神話

「美しいが儚い物」と「醜悪だが頑丈な物」の二択の神話学で『バナナタイプ』と言われるものや

天孫降臨も半島の神話よりモンゴルのものが近い
(至高神の 『 孫 』 が数類の神器を授かって布に包まって天から降臨する)

東遷厨にすりゃ東遷が始まる前の日向や天孫降臨は
「ボクの考えた最強九州王朝」の姿が欲しいのだろうが

それはもうモロに神話学の領域www
217日本@名無史さん:2014/05/26(月) 17:47:56.78
>>216
じゃ畿内王の系譜を神話でもいいから堂々とお述べくだされ。

さぁどうぞ!
218日本@名無史さん:2014/05/26(月) 17:59:16.86
え?畿内って王の神話もないの?

      _| ̄|_| ̄|  | ̄|_| ̄|__| ̄|_| ̄|   | ̄|_| ̄|_| ̄|
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      ヽ-ヘ_>ノ_ノ|_|、_ハ/|_|、_八ノ|_|、_ハ/|_|、_ハ/`⊇.ノ
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l_j_j_j と)   | |  |     / l_j_j_j と)    | |  |     / l_j_j_j と)    | |  |     /
219日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:04:17.37
そんなことする必要が何故あるの?
220日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:04:46.81
意地はらずに首長や酋長っていえばいいじゃん
221日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:06:54.78
本当東遷厨ってガキだよなあ・・・
222日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:18:14.78
新しく領土になった島に180万年前の人類の祖先が住んでいるという観光案内みたいなもんだろう
223日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:32:54.87
畿内王の神話?あるわけないだろ!
                                  , -───-= 、
                   ___             /         \
     アッー!    ノ.し ̄ ̄ ̄ ̄ ' ‐ 、      /            \
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         /  ,,、 ∪           )(_   ヽ                  丶 
        /    `\、ノ       ⌒ `    ヽ   、               l
        l     ( ● )"  (、_ニ-‐ ̄"´  ,    i _ノ'′  `、           |
       |    "⌒゛      ( ● )  _ノ(    | ● )    "ー--      /
        \    (__人   )"⌒゛`  ⌒ヽ   l         (● )       /
           ,>、   ヽ  `"ソ′  ;       /     j   /////     /
        /   \   )r‐r‐/    ∪  /´⌒`゛ヽ-‐'"ヽ.    )     /
      /      ヽ `ー-'′     '       i` ー-`ー-一'′     /、
     /          `゛ー--              l               /ノ.:.\
   /    、   ``ー- 、, -一 "   、       |!           ,//.:.:.:.:.:.:.\
  /      ,⌒)                 /"      |! -= -      /.:.:.:.:.:.:.:.:.:.\
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224日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:38:54.82
畿内王?いるじゃん!三輪大物主と事代主が!
神話はないけどね。
225日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:42:02.24
それは畿内王じゃないだろ。
王なんかいなかったんだよ。英国領のアメリカ状態。
226日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:44:34.84
>>224
じゃ、それぞれ神武の義理祖父、あるいは義理父であるわけだから話は早いね。
神武実在であり、東征を認めてくれてありがとう。
227日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:50:01.22
こんなことだから邪馬台国東遷説を支持する現役学者がゼロになったんだよな
228日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:55:40.28
>>225
ま、そんな感じだろうね、マジで。
229日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:56:36.16
サイキバ君の一人芸が始まってるのか?
230日本@名無史さん:2014/05/26(月) 18:57:38.70
エミシ、そのまま日本人という意味だよ

中華思想
231日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:01:42.37
.
畿内には王がいなかった

        畿内には王がいなかった.
  神話がない
   畿内には王がいなかった.
               .畿内には王がいなかった.
     ___
    /   \    神話がない
   /     ヽ     .畿内には王がいなかった.
  /)      |ヘ
  ||(・)  (・) ||
  |ヽ ・ ・  ノ|
  | |\ ∩  / ノ        神話がない
  人 ヽ|∪ / /
  | |人__人 |      畿内には王がいなかった.
  /| | \ ノ ||
 |∧_ハ  Y  L∧
 //  | | ノ |
     >>216
232日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:03:46.15
東遷説には脳がなかった
   脳ミソがない
       能がない
233日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:07:02.03
>>232

しょぼい反論wwwwww

.
234日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:08:35.12
相変わらず倭人伝とは関係のない話が続いてるな。
235日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:14:08.17
>>234
2世紀後半〜3世紀前半の奈良盆地の変革が、
神武東征の時期だとすると、
倭人伝と大いに関係する。
236日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:22:00.74
鉄も鏡も持ってこなかった神武

それでも東遷厨の脳内じゃあ畿内ヤマトの征服劇が成り立つらしいw
237日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:25:09.57
.

鉄も鏡も北部九州のニギハヤヒwww
ホケノ山古墳はその系統。

寺澤大先生も筑紫の影響認めてるしwww

.

.
238日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:26:03.45
突然現れる【オプーナ】という謎の文字

人類を洗脳するために創られた造語

サブリミナル効果
239日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:27:28.09
>>237
>寺澤大先生

流石は見境がない東遷厨

そうそうその調子
お前らが墨守してる年代観も
かつての京大の大先生が作ってくれたものだから崇め奉るようにwww
240日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:29:19.39
北部九州の鉄、鏡使ったり、日向の神武使ったり、甘木朝倉の地名使ったり
筑豊の部落民使ったり忙しいなw
241日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:30:00.23
オプーナは日本の創世神話
242日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:30:25.22
.

>>239
負け犬みじめwwww

.
243日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:30:31.72
さすがに安本トンデモ年代観は東遷厨からも見捨てられたか
244日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:38:31.52
東遷説は古代史界の負け犬だからな
というか学問的にはもう全く相手にされなくなった犬の死骸
245日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:40:32.49
>>242
サイキバくんの馬鹿かか安曇厨の馬鹿か他の馬鹿かは知らんが(どれをとっても馬鹿の金太郎飴状態)

その寺澤大先生が九州の東遷説を述べてるソース出してもらえないかね?
246日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:47:51.37
>>245
述べるわけないじゃんw
学者は最大公約数しか言わないもん。
でも筑紫の影響を言ってる時点で察しろwww
247日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:49:08.73
アホな言い訳・・・
248日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:50:10.20
>学者は最大公約数しか言わないもん。

寺澤は畿内説言ってますが?
249日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:53:55.03
>>246
じゃあ昔どうして東遷説を言った学者がいたんだ? www
250日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:53:58.29
>>246
影響は影響だからなあ
無論寺澤が言ってるのは筑紫だけじゃないぞ筑備讃播な

そこから筑紫だけ取り出し
寺沢の言ってないことを自分の都合のいいように解釈する
東遷厨のバカさ加減か知っててやってりゃ詐欺体質

失せろゴミ
251日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:57:23.35
最大公約数にもなれない東遷説ってw

最大公約数というのはどういう学説の立場とろうが踏襲すべき基本ってところだろうか?

それに東遷説はなれない

要するにイロモノ・キワモノということだな了解w
252日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:57:42.37
>>246は「盗泉厨くんって顔も頭も悪いしキモいけど変質者って呼ぶほどじゃないよね」と言った女のことを『俺にホレてる!!』と思い込むタイプ
253日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:59:00.17
備讃播のは筑紫の難升米の募兵に応じてまとめてどーんだろ。
254日本@名無史さん:2014/05/26(月) 19:59:37.97
>>251
いや筑紫の影響は誰が見てもあるし、
寺澤はそれを言ってるだけ。

なにも問題ないwww
255日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:01:07.74
>>250
神話で大恥かいたからって逆きれしてるのか?wwww
256日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:01:53.72
割合としては低いけどな
257日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:02:16.76
258日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:04:01.97
>>255
常に赤恥かいているのは東遷説だか、恥をかきすぎて恥の感覚が麻痺してるのが東遷説の悲しさ
259日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:04:21.61
>>255 サイキバくん

別に恥かくのは良いんだが
何か間違ったことを言ってるかな?

電柱の陰から小石を投げるお得意の芸じゃなくてズバリしてみようぜ?w
260日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:05:52.86
.

畿内の王権神話をいつでもどうぞwww
お待ちしております。

えっ?ないの?

ダセッwwwwww

.
261日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:07:26.61
>>257
それが今じゃ誰もそんな説に見向きもしないのだから、月日の流れは無慈悲なものだな。
時代遅れの東遷説は歴史の屑籠へと入った。
262日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:09:54.38
.

神話もないなら王はどこから来たんだよwww

ないくせに九州って話は否定するってかw

クズの分際で何様なんだよw

あ〜腹痛いwww
263日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:10:10.32
>>260
頭が悪いなあ
他人の戸籍を奪った人間が自分の身元の証拠を残すわけないだろ?
264日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:10:55.19
>>260
相変わらず馬鹿だなあサイキバくんは・・・

神話なんか俺が勝手に作っても意味が無い

まあ神武ハブしちゃってもハツクニシラスを冠する始祖王はいるから
その分には困らんだろうがw
265日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:11:22.88
>神話もないなら王はどこから来たんだよwww

はい、新たに共立されました
おしまひ
266日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:11:52.97
難升米さんなら

鉄製刃物 + 平原姉妹鏡 + ガラスの青大句珠

三種の神器一括でお持込とか可能
267日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:12:58.48
どこからお持込み?
268日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:13:48.73
>>265
その王墓の要素は非畿内で筑備讃播なんだけどw

畿内ぶざまwww
269日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:14:01.44
平原姉妹鏡の集積地からにきまるじゃん
270日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:14:43.26
サイキバくんってどういう意味ですか?
サイキック・ババの略?
271日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:16:35.66
>>269

そうだよね、九州だよね。
鉄器の大量埋葬にしてもね。

畿内ぶざまwww
272日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:17:01.03
>>262 

いいかな?サイキバくん

九州から天孫が来たという神話ならあるが

少なくとも現在それを史実とするような材料は無いって話だ

まあ東遷厨なんてのは
「記紀神話に書いてあるのだから認めろ」
の一点張りのアホというか

それがドグマのカルトだからなw
273日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:17:30.81
筑豊じゃなかったのかよw
274日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:19:56.85
>>272
>少なくとも現在それを史実とするような材料は無いって話だ

史実ってw
「史」は文献史で充分なのだがwww

考古でも筑紫の要素がwww

アホやこいつwww
275日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:20:01.54
九州には東遷できるような国は存在しないので、なるべく抽象的に誤魔化したいからね。
276日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:22:11.90
>その王墓の要素は非畿内で筑備讃播なんだけどw

共立した各国の要素になるのは当然だね
むろん非畿内なんて言う馬鹿は皆無で
九州要素は希薄だが
277日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:23:47.26
三種の神器一括で出てくる遺跡のがBC100ころと想定されておる吉武高木遺跡ので

この時期には珍しい木棺墓ので

こいつから出てきた多紐細文鏡(111φ)のは

鏡形式の流れは 吉武高木 → 鳳山郡松山里(帯方縣@前漢)だともゆう

https://maps.google.co.jp/maps/ms?msid=217518434989072787959.0004db9ed35693632d5c8&msa=0&ll=37.125286,127.529297&spn=12.288321,25.64209&iwloc=0004dd1e1d4057c9b8903
278日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:24:41.97
まあ東遷厨のゴミは鏡ならなんでもいいんだろうが
平原にしても神獣鏡が出てるわけじゃないし
それこそ連続性が鏡によって否定される

画文帯神獣鏡が一度九州に濃密な分布を見せて畿内に移ればまだマシだろうが

もはや東遷どころか弥生時代通して見られた「文物の東進」の様すら見せない

こんなことすら考えないのが東遷厨のゴミカス脳
279日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:24:43.30
古墳文化における九州要素なんて
和風ハンバーグ定食におけるパセリ程度だろ?
280日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:24:58.42
>>276
>むろん非畿内なんて言う馬鹿は皆無で
>九州要素は希薄だが

九州のような鏡玉剣の埋葬に変わってるのにwww
アホやこいつwww

畿内みじめwww

風呂入ってこよwww
281日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:25:48.12
鏡、玉、剣の最古は壱岐だろ
282日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:27:06.18
最初期古墳に玉がないことも知らない情弱が東遷説の正体
283日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:29:58.58
>>280
>風呂入ってこよwww

トンズラ入りまーす
284日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:31:07.15
難升米さんが異父妹で配偶者の卑弥呼さんのお墓を大和で造ってあげたとしたら

そいつは平原のと似た感じの弥生墓でしょうが
285日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:31:35.23
剣道も茶道もウリナラ起源!と言い張る人々とメンタリティが似てるな、盗泉説。
286日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:34:56.41
筑豊人日本征服史w
287日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:35:21.86
NHKで卑弥呼、宇佐

見てた
288日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:38:48.00
吉武高木の117甕棺墓から出たガラス製小玉は古い部類の出土例でしょうか
http://syoki-kaimei.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_221/syoki-kaimei/m_G4420E59089E6ADA6E9AB98E69CA8E382ACE383A9E382B9.jpg

邪馬台国近畿説の論者は、鉄器は錆たり腐食して無くなるから、大和に鉄器が見つからないだけだというが、ガラス玉は風化するが無くなることは少ない。

とか悪口いわれちゃってるけど http://syoki-kaimei.blog.so-net.ne.jp/index/9
289287:2014/05/26(月) 20:41:21.15
数代前まで東北の住んでいた者からすると

どうでもいい
290日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:43:55.42
半島から持ってきたもの自慢w
291日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:48:08.70
>>288
東遷してない証拠ですが、それが何か?
292日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:49:22.12
>>279
まあ副葬品体系をどれくらいに評価するかだな
パセリになるかメイン具材になるかwwww

でも東遷厨の大好きな三種の神器の組み合わせも
とうの九州にしても明確にセットにされてるわけじゃないんだよな

 三雲南小路王墓二号・・・武器なし
 平原五号・・・武器・玉類なし鏡だけ
 須玖岡本B・・・武器・玉類なし鏡だけ

・・・等々

まあ盗掘その他のこともあるかもしれんが必ず3点が出てくるもんじゃない
また記紀にしても3種の神器が出るべきところで2種だったりする

例えば継体を大伴金村大連が口説くシーンじゃあ差し出された御璽は剣と鏡で玉が無かったり・・・

こんなことすら知らず「三種の神器」というイメージに踊ってる馬鹿が東遷厨
293日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:49:47.39
割竹木棺まで吉武高木がルーツであるのに、
それでもまだ九州は関係ないって言うのか?www

アホやアホやwww
畿内人アホやwww
294日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:50:43.00
『神武無敵鉄器軍団征服王朝説』
295日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:51:27.72
「和を以て貴しと為す」

和定食が一番値段が高い
296日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:52:08.60
>>295
・・・振る舞う事なかれ
297日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:54:41.60
泳いで東征する筑豊人w
298孝霊厨:2014/05/26(月) 20:56:31.60
まあ無駄に足掻いたところで九州説は終了してるよ。
完全否定の材料ならいくらでもあるしな、
面倒だから端折って書いてるだけで。

弥生期中期までの北部九州の繁栄は、対半島に設ける
海人の拠点として適していたからにすぎない、という
ごく単純な話でしかない。
しかもそこは伊都であり奴国、邪馬台国である訳がないw
299287:2014/05/26(月) 20:56:42.54
普通にいない?

引っ越してきたとか

東北から関東、九州から関西
300日本@名無史さん:2014/05/26(月) 20:57:11.58
甘木・朝倉と奈良の地名類似について、
東征説否定派は何も答えられなかったwww

ここでいいから答えてみいやw

大宰府は離れてるので関係ないからなw
301孝霊厨:2014/05/26(月) 20:59:25.69
>>300
>甘木・朝倉と奈良の地名類似について、
東征説否定派は何も答えられなかったwww

簡単だよ、大和朝廷が九州に持ち込んだから。
前方後円墳と同じだね。
302日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:01:17.61
>>299
少人数のお引越しというのなら否定もできないが立証も出来んだろうね

でもここの東遷説のキチガイ連中はそんな話には見向きもせんだろう

あの馬鹿どもにとっては九州軍団が畿内ヤマトの人間蹴散らし整復することが
爽快感感じる魅力なんだろう

理解し難いが所詮狂人の考えるこwwwww
303日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:03:38.71
>地名類似

でも肝心要の「磐余」がないんじゃなあ・・・

神武が日向を立つ前に既に磐余彦という時点でオチがついてる
304日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:03:59.58
>>301

前方後円墳はあっちこっちあるのに何で九州だけ?www
しかも甘木朝倉は前方後円墳のある福岡市内ではなく、
離れてるしwww

アホやこいつwww
305日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:04:24.97
>>293
ほんとこいつ白痴と違うか?
時代が古く離れれば離れるほど、3世紀中葉に東遷があったという根拠じゃなくなるのが理解できないんだろうか。
306日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:05:17.68
>>303
神武でなく、ニギハヤヒだと言ってるのにwww

こいつもアホやwww
307日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:06:14.95
>少人数のお引越しというのなら否定もできないが

あきらかに邪馬台国東遷じゃないしな。
308日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:07:19.30
>>306

じゃあ神武の東遷は無かったでいいな?
309日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:07:57.05
>>305
平原にもあるのだが?www

時代は離れないよwww

アホやこいつwww
310孝霊厨:2014/05/26(月) 21:08:28.89
>>304
地名の相似は九州で甘木朝倉だけなのか?
なら尚更偶然でしかないぞw
まあ地名云々は元々安本の妄想パズルでしかないので、
何の根拠もないとるにたらない話。
311日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:10:17.99
庄内式のが3世紀半ばにもち込まれて大和のアドバンスド弥生がスタートですわ
312日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:11:08.58
遣り合ってもいいから、研究者らしく、きっちり論証・立証しろ。口先だけの
言い合いなんぞ学問と違う罠。
313日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:11:14.83
>>310
>偶然でしかないぞw
>偶然でしかないぞw
>偶然でしかないぞw
>偶然でしかないぞw

そんな偶然あるかいw
アホが思考停止www
314日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:12:22.07
>>309
こいつ白痴同然だな。
平原より前に近畿に伝わってるものが、どうして3世紀中葉東遷の根拠になる?
なりはしない。
315日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:12:59.31
>>280
>九州のような鏡玉剣の埋葬に変わってるのにwww

馬鹿の御璽それが三種の神器

 素環頭大刀だろうが中細銅剣だろうが・・・剣
 管玉だろうが勾玉だろうが・・・玉
 内行花文鏡だろうが神獣鏡だろうが・・・鏡

まあ安本先生のサイトじゃあ区別してくれてないからかもしれんがwwww
316日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:14:04.64
>>314
>平原より前に近畿に伝わってるものが

滋賀のは最古でないよwww
317日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:14:46.92
畿内説の主張はあたかた学問的に立証済みだがね。
東遷説は現役学者ゼロ人なので無理だな。
318日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:15:35.15
>>315
2世紀の畿内の鏡って何?

www
319日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:15:42.59
>>309
>平原にもあるのだが?www

二号には武器類が出てなかったと思うがどうした?w
320日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:15:59.32
>>316
こいつ、同然じゃなくてほんまもんの白痴やろ
321日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:17:30.16
>>318
いやそういう話じゃなくて
どうやって神獣鏡につなげるかって話だが?

鏡だったら何でもいい東遷厨カルトじゃあ問題ないのかい?
322日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:18:03.21
そうとう知能が低くないと東遷説になるのは無理
323日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:19:29.55
羽山の森美術館

出てくる前は、そこの周辺に住んでいた、
あの写真はいつ頃のものかは不明

う〜ん…霊山か…あそこに誰か住んでいるのかな
324孝霊厨:2014/05/26(月) 21:20:55.76
>>313
偶然じゃなけりゃ、当時の中央の地名を左遷先である九州に
地名を持って来たんだろう。
まあ何度も指摘してるが博多や後年の福岡と同じ事だよ。

それに奈良の旧地名だって、本来阿讃辺りからの物が多いのを
知らないなら仕方ないなw
325日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:21:39.84
そう言えば神武が饒速日に対し天孫の証をたてたのも

弓矢の類で東遷厨のアホどもが大好きな三種の神器じゃなかったなwwww
326日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:22:16.87
盗泉厨の実家に一週間前から置いてあった荷物は、盗泉厨が昨日帰省した証拠にならないんだが、こんな単純なことが理解できないのは相当に低学歴か?
327日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:22:36.64
甘木の平塚川添はサヌカイト使用だから四国人がきて地名つけたんじゃね
328日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:24:22.22
あの地名の類似の図で、安本が意図的に入れてないのが
奈良と大宰府だよな
どう考えても大宰府の役人が故郷の奈良を偲んでつけたとしか考えられん
329日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:24:47.17
学問の世界からは完全に脱落した死せる豚
それが東遷説
330日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:26:25.30
それから都城と奈良の地名の類似もかなり後代に
奈良からの役人がつけたとしか
331日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:29:03.32
何時からあったかもわからない地名にすがり付いた時点で、東遷説はもう学問じゃなかったわけだが
332孝霊厨:2014/05/26(月) 21:41:03.24
元々安本の地名相似説なんて全く何の根拠もないからなw
倭人伝に書かれてもいない、豊富な鉄器を根拠とするのと
同じで、呆れる位に詐欺まがいのお話なんだよな。

まあ奈良で讃岐縁の地名なら、広陵町三吉(讃岐からの転化)や
御所市の蛇穴(サラギ)なんかもそうだ。
現在の地名を持って相似説なんて馬鹿馬鹿しくてw
奈良自体は本来曾(蘇)、ソフでありソホ。
333日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:43:04.55
【一応は、事実に基づいていると推定される東遷】
・神武ら十数人が九州〜瀬戸内〜畿内に引越し

【絶対にありえない東遷】
・邪馬台国が国家まるごと畿内に引越し

スレ主の主張は2番目→阿呆
334日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:47:08.88
>>333
前者にもう一つ付け加えるとだ・・・

 畿内ヤマトから九州へ大和入り要請

これなら九州がわざわざ来ないヤマト目指す理由をこじつけなくていい
まあその要請に答えたのが男王なのかはたまた巫女なのかだが
335日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:47:21.52
畿内説のスレ主はそんな主張せんけどな
336日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:49:33.59
どれにせよ邪馬台国東遷はないわ
337日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:51:43.55
東征の話は布都御魂が平定したって言いたいだけだろ、神武達失神してたんだからw
338日本@名無史さん:2014/05/26(月) 21:56:39.64
私は九州王朝説なので、
先に移住した九州氏族はともかくとして、
7世紀の白村江の大敗北で、
九州王朝の王が畿内に疎開したと考える。

いろいろ混じってるような気がするが、
天智天皇は水城の工事などの事績があるので、
天智天皇に九州王朝の事跡が仮託されており、
畿内に疎開したものの、畿内の天武天皇系に
ひっくり返されたと考えている。

もっとも官僚の氏族はそのまま取り込み、
8世紀の大和朝廷の急速な整備につながる。
339日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:03:30.10
下には下があるもんだ
340日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:05:19.71
つうか弥生末期に人口爆発で食糧事情の悪かった九州は
内陸部に移っていきたかったし、実際に移った小集団も多数あったと思われる
が、大集団で東に攻め寄せてくるにはあまりに集落がバラバラだったし
それ以前にそんな長距離遠征とか時代的に不可能
341日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:08:20.69
そして、この小集落が混然としてバラバラというのは
古墳時代に入っても列島各地は依然としてそう
地方に国府レベルのまとまりができてきたのがせいぜい6世紀とか
342日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:10:22.33
勉強して文字も書けるようになった

というところから始めないと解決しない
343日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:12:04.61
吉野ヶ里とかでも
佐賀平野にはあの程度の集落が5つほどはあったと思われるが
互いにゆるい協力関係はあっただろうが
一致団結して長距離を攻めていくなんて不可能
344日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:24:46.11
九州の場合
拠点集落が周辺集落に対し求心力をもつ要因として
銅や鉄の鋳造品あるいは吉野ケ里から出てきた管玉のような
工芸品に負うところが大きかったんじゃないだろうか?
(無論本州もそうだろうけど)

それが畿内ヤマトを中心にし首長連合ができて福岡平野もそれに入った時点で
それまで潤沢に回ってきてた鉄資源等の舶載品が回ってこなくなった

工人層を抱える首長らにとっては文字通り死活問題

これが狗奴国との軋轢の原因というのはどうか?wwwwwwwww
345日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:33:06.44
環濠内の人と外の人ではかなりの身分差があったと思われる
そこは倭人伝に出てくる大人と下戸的な状況だろう
耕作可能地を環濠内の集団が握ってたんじゃないか
とにかく重要なのは食料で、工芸品とかも交易で食糧に代えることに意味がある

こう書くと誤解されそうなので付け加えると、
ある程度の鍛冶・石製品の加工などは集落ごとに自給自足で
環濠内の優位性にそれなりの役割は果たしていたのではないか
346日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:35:32.33
戦国スレに書いてあったな〜

「捏造」と「判官贔屓」は同じようなもの
347日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:37:08.00
戦国スレもいいが
弥生末頃に戦国時代と同じようなことができたと思ってるやつが
来るんだよな
348日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:40:27.76
なんか東遷厨の脳内の九州王朝なら中国大返しとかできそうwwwww

で少し真面目な話3世紀頃の戦争の規模ってどれくらいだったんだろうね?

数百まではいかない?二桁?
349日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:45:18.58
【畿内説の論拠】かつては「三角縁神獣鏡こそが魏から送られた鏡に違いない」とされ、また「当時外交できる中心地は畿内としか考えられないから」とされてきた。
 しかし今では、三角縁は舶載鏡ですらない国内製(仿製鏡)で年代も古墳代のものと考えられ、当時畿内や東海、吉備、四国、北陸など「本州四国側の合同王権」と「北部九州王権」は別勢力と見られるようになってきた。

そもそも三輪山のふもとの纏向は天皇の初期の都であって、邪馬台国関連は欠片も出てない。
私は関西で子供の頃は畿内説を当然だと思ってたが、今は何を根拠に畿内説を唱えているのか知りたい。
350日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:46:15.10
吉野ヶ里の人口が15000〜20000
戦国時代の動員数だと300〜500

これは攻撃側の数で、防衛側はこの倍くらい動員する。

弥生時代はもっと動員できたのかなあ?
351日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:50:52.22
戦争の規模はよくわからんが
吉野ヶ里を例にとると、
現養父郡の勢力、三根軍の勢力、おそらく三津永田が中心の神埼の勢力
惣座を中心とする勢力、土生を中心とする勢力・・・
これらが人口は周辺部を入れて3千から5千くらい
互いに環濠の奪い合いになるんだろうが、共倒れの可能性が高そう
352日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:54:02.61
>>351
それ戦国時代でも相当な大軍だろうに・・・
353日本@名無史さん:2014/05/26(月) 22:55:54.28
>>352
いや、一つの集落の総人口が周辺部入れて3000から5000、
兵はこれよりずっと少ない
354日本@名無史さん:2014/05/26(月) 23:00:11.94
結局は兵の数の問題じゃないんだよ
食料の備蓄はどれくらいあるのか
兵器、たとえば鏃の備蓄とか
補給はできるのか、補給に耐える道はあるのかとか
この手のことの一つ一つが後代とはまるで違う
355日本@名無史さん:2014/05/26(月) 23:06:28.38
というか、これらの要因の結果、
動員できる兵の数が決まるのではないかと。
356日本@名無史さん:2014/05/26(月) 23:22:20.78
>>355
つうか物事というのは基本的に並行して進化していくんだよ
遠くの集落を攻めることができたとして、周りにはまだまだ他の集落があり
占領して維持管理とかは不可能に近い
戦闘の部分だけが突出してるとかはありえないわけだ
357日本@名無史さん:2014/05/26(月) 23:32:01.21
ヤマト王権にしたって
まともに地方を統治する機構が整ったのはずーっと後代のこと
358日本@名無史さん:2014/05/26(月) 23:39:06.89
魏志倭人伝みると大雑把に大国はおのおの万戸、小国は千戸。
万戸の大国は約20国。百余国の残り約80国これが小国で1国あたり千戸。
合計28万戸、1戸25人として総人口は700万人だなw
359日本@名無史さん:2014/05/26(月) 23:56:11.27
正始八年(247)
遣塞曹掾史【張政】等因齎【詔書・黄幢】拜假【難升米】爲檄告喩之

魏からの派遣されて【王頎】が太守に就任して

これのを補佐する現地系の酋長【張政】が特命で倭國を詣でて

【難升米】に拜して【詔書・黄幢】を齎して【不記載の役職】に関連する権限を假しているわけだが

【不記載の役職】のは間違いを恐れずにあえて暴露しちゃうと

【征夷大將軍】あたりのがぴったしか かするかとかしているであろう。

【黄幢】のがキイポイントだろうが

これは【節】(竹竿に三段に為したるベコのしっぽ)の如きものが【錦の御旗】ののルーツなんだろう

【錦の御旗】掲げて出発する東征軍の規模はもとのはえろ少人数でも進むに従って雪達磨

ましてや難升米の手下のは「諸國畏憚之」なのだから

倭國の最強軍団のがコアで船団でスタートをしてからに各地に募兵事実を周知させつつ港巡り

桃太郎の里あたりのはにいちゃんの系のが大規模参加ので御先手仰せ付けられて大和に居付くとかか
360日本@名無史さん:2014/05/27(火) 00:01:22.61
【行程に北部九州は含まれる】 畿内説であろうと九州説であろうと、あるいは放射説であろうとなかろうと、少なくとも「帯方郡からの行程では対馬、壱岐、唐津を経由して糸島に至る」まではほぼ同じ。
これらはいずれも「北部九州王権の勢力地域」であり、畿内その他の地域に比定できる記述はない。
361日本@名無史さん:2014/05/27(火) 00:03:24.02
卑弥呼は始祖か何かだったの?

ネタならネタと言っておいたほうがいい
362日本@名無史さん:2014/05/27(火) 00:06:20.79
>>359
あんたは節と三角鏡の笠松紋様の関係をどう思うわけ?
363日本@名無史さん:2014/05/27(火) 00:10:24.12
中華思想と卑弥呼

どうなんだろう
364日本@名無史さん:2014/05/27(火) 00:12:06.14
http://www001.upp.so-net.ne.jp/wi12000/tojyu.htm

笠松紋様がはやりだすのは4世紀も後半たるべし

斜縁をもった王侯を描写した鏡のはこの時期以降のものたるべし
365日本@名無史さん:2014/05/27(火) 00:14:56.74
ああキチガイだったか
366日本@名無史さん:2014/05/27(火) 01:44:31.04
>>349
ただの願望でこんな偽現代史を捏造しちゃう人が
どうして正しく古代史を語ることができるだろうか。
いや、騙るだけである、
367日本@名無史さん:2014/05/27(火) 06:48:47.87
>>336
どこか間違ってますか?(そうは言ってない?)
368日本@名無史さん:2014/05/27(火) 07:00:14.74
九州に楽浪郡と帯方郡を合わせたくらいの大国(7万戸)があって、それが3世紀中葉にごっそり畿内に移ってくるなどというのは物理的に無理だし、そんな痕跡もない。
もともと両方をまたぐ大国があって首都だけが移転したというなら、これまで畿内説を批判してきた主張のすべてが反古。
王ですらない数十人(生活文化に影響が出ない程度の少人数)が東を征服したというならそれは「邪馬台国東遷」ではない。
邪馬台国東遷説はありえない。
369日本@名無史さん:2014/05/27(火) 07:24:05.48
>>368
貧弱な発想だね。どこが論理的に同値になっているのかな。単に素人の
ぐだぐた意見でしかない。
370日本@名無史さん:2014/05/27(火) 07:30:32.86
倭すなわち北部九州の邪馬台国が、本州四国側に吸収された結果
畿内の合同王権に参加しただけだろう。
つまり畿内には来たが東遷とは真逆の状況。
371日本@名無史さん:2014/05/27(火) 07:52:06.87
みなさんがイメージしている物真似をするチンパンジーは子供というのをご存知でしょうか?
猿回し芸で楽しそうに芸をしてるように見えるのは調教によるもので大人になったチンパンジー
は顔の色が黒くなり握力も200キロを越えホモ猿を馬鹿にしてるそうです
372日本@名無史さん:2014/05/27(火) 07:53:46.41
実際に被害もでているそうな?
373日本@名無史さん:2014/05/27(火) 08:09:05.68
>>369
なにも反論も出来ないで感情的な反発だけするのは、精神がガキの証拠
374日本@名無史さん:2014/05/27(火) 08:58:39.60
東征
文献史では100%

考古学では60%

ゆえ100点満点で80点

非東征説は20点www
375日本@名無史さん:2014/05/27(火) 09:15:16.13
あさましい自画自賛
376日本@名無史さん:2014/05/27(火) 09:21:40.41
東征
文献史では100%

考古学では60%
(これは九州がという意味で、吉備、播磨、讃岐を入れると90%)

非東征
文献史では0%

考古学では10%

wwww
377日本@名無史さん:2014/05/27(火) 09:26:26.72
>>319
女性墓だろう

>>324
>当時の中央の地名を左遷先である九州に 地名を持って来たんだろう。

そんな時代にそんな事したなら記録に残るはず。
あきらめろwww
378日本@名無史さん:2014/05/27(火) 09:41:37.16
理由もなく「はず」と言い張るのが
はっずかしいトンデモ説の特徴
379日本@名無史さん
九州説の勘違いというか意図的に無視してるのは、九州優位のデータは
すべて弥生初期〜前期のものだということ。
九州説には弥生後期が存在しないw
瀬戸内〜畿内〜東海〜関東が、遺跡が増え(人口が増え)、九州の力が
相対的に衰えていることを無視している。

今のイギリスがアメリカに対して「うちのほうがお城がいっぱいだ。先進国だ」
と喚いているようなもの。
あ、違うな、フランスのノルマン地方がイギリスに対して・・