【安房】
人の気尖(するど)なること、譬えば刃(やいば)の如く…。男女ともに死する事を手柄とのみ覚えて、…。
【上総】
大体安房に替ることなし。
然りと雖も、この国の人は別して気質偏屈にして、その勤むるところ諸民ともに、常に山賊・夜討を本と覚えて、正道を知る人、百人に九十人これ無し。
然りと雖もその健気(けなげ)なること、関東に二番と劣るべからざる風儀なり。
唯気質に勝りて、勇を強く行ふ風俗なり。危ふき事のみ多し。
【下総】
上総に同じ。然れども結城の人は律儀にして、一国の内にも珍しき事なり。
【常陸】
ただ盗賊多くして、夜討・押込・辻切等をして、その悪事顕はれ、罪科に行はるるといへども、恥辱とも曾て思わず。
…ただ肝胆の間、逞しく生れ付きてかくの如きと見えたり。
【下野】
…常に業(わざ)する事とては、辻切・強盗の類にて少しも恥づる事なく、…。
勇気の強きことは、上方(かみがた)の五か国七か国を合はせたるよりは猶も上なるべけれども、更に理非を弁ふることなきが故に、法外のみ多し。
【武蔵】
闊達(かつたつ)にして気広し。…名人の風俗なり。
ただ道理に因る時は気に乗じ、不可なる時は己が非を知りて、承けて制するを上とす。然れどもこの風俗は、最も潔き風俗なり。
次に気広きを以て驕る気強し。
【相模】
豆州(伊豆)に似るといへども、人の気転変し安き所なり。
…常に栄花を好み、好味を求めて酒色をもて翫(もてあそ)ぶ風儀、十人に八、九人かくの如くなり。
…智あって智に迷ひ、義を知って義に迷ふ。誠に悪を備ふる風俗なり。
【伊豆】
強中の強にして、その気に乗る時は強し。その気に乗らざる時も強し。
【甲斐】
人の気質尖にかたくへなり。…死する事を厭はずして、傍若無人の事多し。
【上野】
碓氷・吾妻・利根三郡は、人の形儀信州に似たり。
勢多・佐位・新田・片岡四郡は、風儀信州より上分の風俗なり。然れども詰まるところの意地少なく、信濃よりも足らざるなり。
【信濃】
武士の風天下一なり。百姓・町人の風儀も、健やかなること他国の及ぶ事にあらず。