金持ち豪商ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加
1日本@名無史さん
総合評価でもあの人が一位だろう
2日本@名無史さん:2008/06/17(火) 23:11:21
>>1

むやみやたらとスレ立てんなよ!!!!!!

3日本@名無史さん:2008/06/17(火) 23:13:21
淀屋
4日本@名無史さん:2008/06/22(日) 00:03:32
4get
5日本@名無史さん:2008/06/22(日) 00:04:50
5
ゲッチュー
6日本@名無史さん:2008/06/22(日) 00:10:58
山城屋和助
7日本@名無史さん:2008/06/22(日) 00:59:44
もう銭五でいいよ
8日本@名無史さん:2008/06/22(日) 02:58:21
【大阪力!part3】
淀屋サミット
2007年05月20日

 「淀屋の米市(後の堂島米市)」により江戸時代前期の「大坂」を日本一の商都に導いたと
される豪商・淀屋。その実像と大阪経済を振り返る「淀屋サミット」のシンポジウムが12日、
大阪市中央区備後町2丁目の綿業会館で開かれた。「せんばGENKIの会」、大阪船場
ロータリークラブ、淀屋研究会で組織する実行委員会が主催。淀屋を原点に、大阪の未来を
考える場として今後も開いていくという。
 会場は約300人でぎっしり。最初に淀屋を研究する佐藤正人(53)が基調講演し「淀屋の
米市は世界の先物取引に先鞭(せんべん)をつけた、と海外で高く評価されている」と述べた。
また、貿易などにより海外事情に詳しかった淀屋の初代、常安(じょうあん)の名はキリスト教の
聖職者を意味する「ジョアン」と似ている▽2代言当(げんとう)は繊維取引所があったベルギー
の都市ゲント(Gent)と通じる、として2人の名前の謎を指摘。さらに、淀屋周辺にある
「キリスト教のにおい」にも言及した。
   (後略)
http://s03.megalodon.jp/2008-0111-0129-56/mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000170705210001

因みに、淀屋は代々みんな180cmの大男だったそうです。
http://www.bunjyo.jp/saihakken/person/yodoya02.html
9日本@名無史さん:2008/06/22(日) 02:59:21
日経経済新聞 夕刊 2007年10月3日 
近代大阪の精神 異能の系譜をたずねて -1- 
文明開化の風景@

嘉永2(1849)年―明治35(1902)年に連続して長者番付に載った商家

地名    名前       明治35年資産額(万円)  江戸時代の稼業  その後の事業

東京 三井八郎右衛門       8000          呉服商、両替商     三井財閥
大阪 鴻池善右衛門         6000          両替商          鴻池銀行
大阪 住友吉左衛門         6000          銅吹業、両替商     住友財閥
大阪 広岡久右衛門         3000          加島屋(両替商)     加島銀行
大阪 平瀬亀之助           3000          千草屋(同上)      三十二銀行
大阪 和田久左衛門         2000          辰巳屋(同上)
京都 下村正太郎           1500          大丸屋(呉服商)     大丸
東京 鹿島清兵衛           1000          鹿島屋(下り酒問屋)
山形 本間光輝            1000          大地主
大阪 石崎喜兵衛           800          米屋(両替商)      沢の鶴
10日本@名無史さん:2008/06/22(日) 02:59:56
>>9 (続き)

東京 中井新右衛門           800          播磨屋(同上)       中井銀行
京都 大村彦太郎            500          白木屋(呉服商)     白木屋
愛知 伊藤次郎左衛門         500          いとう屋(同上)      松坂屋
三重 浜中八郎左衛門         400
三重 小津清左衛門           300          小津屋(木綿問屋)    小津産業
三重 長谷川治郎兵衛         300          丹波屋(同上)
愛知 糟谷縫右衛門           200           大地主
東京 田中治郎左衛門         100          田端屋(木綿問屋)
大阪 殿村平右衛門           100           米屋(両替商)
兵庫 嘉納治郎右衛門          80          酒造業           菊正宗

(注)「企業家たちの挑戦」(宮本又郎著)より作成
11日本@名無史さん:2008/06/22(日) 04:20:50
エッチごや
12日本@名無史さん:2008/06/22(日) 20:49:42
茶屋四郎次郎
今井宗君
三井屋高利
紀伊国屋文左衛門
奈良屋茂左衛門
摂津屋喜左衛門
後藤屋三右衛門
13日本@名無史さん:2008/07/07(月) 01:59:52
三菱財閥・三井財閥・住友財閥・八幡財閥
14日本@名無史さん:2008/07/17(木) 21:27:34
 哲学者カントは『永遠平和のために』で、商業精神と戦争は両立しない、そして遅かれ早かれ
あらゆる民族を支配するようになるのは、商業精神である・・・・・・と述べた。
15日本@名無史さん:2008/10/23(木) 23:40:41
両立してるじゃん。戦争って民族とか宗教のことかな
16日本@名無史さん:2008/12/27(土) 23:14:12
豊臣政権が続いていたら、淀屋の盛衰はどうなっただろうか?
17日本@名無史さん:2009/05/20(水) 20:51:13
>>9-10
日本経済新聞連載「200年企業」の53回(2009/05/20朝刊)で「沢の鶴」が取り上げられている。
米屋(殿村)平右衛門は商品流通の中心地の大坂と消費地の江戸の間の資金決済システム
(いわゆる「江戸為替」の考案者。
江戸中期、新田開発や生産性向上で米の供給量が増大し、その反動で米価が低迷。
石高制に依存した幕藩体制は財政が悪化したため、将軍吉宗は米需要喚起策として
酒造を奨励。それで両替商の米屋が副業として別家の石崎家に酒造業を始めさせた。灘で生産
された酒の輸送は菱垣廻船から酒専用の樽廻船に移り、輸送時間短縮で鮮度が向上。江戸市場
での流通量が飛躍的に増大した。
「沢の鶴」の現在の資本構成は、殿村家の親類に当たる西村家が主体。ただ「歴史的経緯を
踏まえて」、殿村、石崎両家から監査役を迎えている。
18日本@名無史さん:2009/05/22(金) 21:13:16
http://en.wikipedia.org/wiki/Wealthy_historical_figures_2008

こちらは世界史上金持ちランキング
19日本@名無史さん:2009/09/08(火) 17:20:14
太陽神戸三井住友
20日本@名無史さん:2009/12/09(水) 02:09:05
>>16
淀屋は徳川に取り入り、西国大名らに貸し付けて大きな力を持ったことで警戒され、
徳川に潰されたのだが、豊臣政権の下なら、逆にその力は米相場、金融を通じた
全国支配の一助として歓迎されただろう。
ロスチャイルドが飛躍的な発展を始めたのはナポレオンの頃だから、淀屋が潰されずに
発展を続けたら、それを遥かに凌ぐ財閥になっていただろう。
また、豊臣政権の下で海外経済と連結すれば、日本国内の東国の金遣い、西国の銀遣い
の違い、西洋と東洋の金銀交換比率の違いに直面し、濡れ手で粟の巨利を得ることに
なったかもしれない。そして、銀本位制のシナから大量に金が日本に流入し、その後の
世界的な金本位制確立下で、日本資本主義の発展に貢献しただろう。
21日本@名無史さん:2009/12/09(水) 09:41:58
鈴木商店
22日本@名無史さん:2010/01/25(月) 19:45:46
山村新治カ商店
23日本@名無史さん:2010/02/09(火) 17:28:27
せめてなりたや とのさまに
24日本@名無史さん
俺は金持ち