「民青人事」
民青(日共系を意味する)は、拠点づくりのため、
全国規模でコマを動かすのを得意としている。
コマにされる人材は、大学院生か助手の時代から
日共系の学会に入って論文を書いたり、学会報告する
キャリアを積んでポストを世話してもらい、
教授にまで登っていく仕組みになっている。
そのかわりボスの指令に反抗するのは許されず、
タブーを破ればいじめられたり、
「破門」されてしまう(と思わせる)。
秦郁彦「宮地正人とその一派」、『諸君』、2002年2月、P123-124
伊藤隆・東京大学名誉教授
私はこの戦争が、アメリカやコミンテルンや中国共産党の陰謀で
すべて成り立っていたとは、もちろん考えていません。
日本が状況判断をまったく誤ったのは間違いない。
問題は、日本の進む道を誤らせた責任がどこにあるか、
という点です。
どこに引き返すことのできない決定的な岐路があったのか
を考えなくてはならない。
「あの戦争の仕掛人は誰だったのか!?」、『諸君!』、2006年6月、P48
鈴木淳・東京大学文学部、同大学院准教授
この八年間に戦争が勃発し、拡大・継続した最大の要因が
日本という国家の政策と行動にあったことは残念ながら間違いない。
一部で言われているように、
仮に欧米諸国の挑発がこの事態を招いた要因の一つであったとしても、
当時の日本が列強の一つと自他共に認めるほどの
有力国であったことを考えれば、
挑発によって窮地に陥った日本外交の拙劣さが責められるべきである。
また、仮に中国の対応のまずさを要因の一つ
として指摘することができるとしても、
この戦争が国境紛争ではなく、
日本が中国に高圧的な要求を重ねていた中での
中国領土を戦場とする戦争であったことを考えれば、
中国側がこの戦争を祖国防衛戦争と位置づけて強硬な抗日方針を打ち出し、
欧米の支援の獲得に奔走し、ゲリラ戦をも実行したことは
むしろ当然といわなければならない。
古川隆久、鈴木淳、劉傑『第百一師団長日誌』、中央公論新社、2007年、P6
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左右早見表:2007/11/28(水) 21:05:53
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