♪邪馬台国 ドンと来い♪ 19

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952日本@名無史さん:2007/05/12(土) 19:48:36
>ですが

おまい、まだ判ってないのか
邪馬台国の人口が「7万」(投馬国は「5万」)なんて、どこの何と言う名前の史料に書いてあるのだ?
俺は5万戸、7万戸と書いてある魏志倭人伝しか知らないがねw
953日本@名無史さん:2007/05/12(土) 19:53:48
>>943

当時(今でもだが)、「岸」と言うことばは水陸の境を示す用途が多かった。
で、倭なり狗邪に北とか南とかに境があったとして、それに対して「岸」と言うことばは使わない。
何故なら、倭も狗邪も国名、地域名ではあっても海や島の名称ではないからだ。
だから、「其」とは倭のことでも狗邪のことでもない。
954日本@名無史さん:2007/05/12(土) 20:02:13
>>953
倭は厳密には国名ではなく地域名。
倭国と総称される倭人たちの住む地域があり、その中に奴国、伊都国、邪馬台国といった国がある。
なので「其の」は倭国全体を指す。
955日本@名無史さん:2007/05/12(土) 20:06:49
>>954

だから、その地域名の境を「岸」と標記した例がありますか。
956九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 20:36:04
>>951
わかっとるわいそんなもん。毎日のように倭人伝見とるんだ。
そのくらい7万戸の略だくらい想像して読め。くだらん事問題にしやがって。
957九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 20:39:55
>>951>>952の馬鹿国連合に。

それよか>>948>>949に答えんかい!
またお得意のごまかしか?
958日本@名無史さん:2007/05/12(土) 20:42:55
邪馬台国?卑弥呼?
「ヤマト国の姫御子」にでも当て字したとかジャネーノ?
959九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 20:49:50
7万戸より7万世帯の方がそのような人口を畿内の遺跡の推定人口で満たしきれるのかどうか考えてみるがいい。
よけいそちらが答えきれんようになるのは目に見えておる。
>>948 >>949 の問いに答えるのに墓穴を掘るとはこの事だわな。
960942:2007/05/12(土) 20:54:04

>>943

諸説並んで混乱しているようなので整理しますね。

以下の人が漢文を読めるのですよ。
>>947
>▽『三国志』韓伝  
>「韓は帯方の南にあり。東西は海をもって限りをなし、南は倭と接す」。

>>953
>当時(今でもだが)、「岸」と言うことばは水陸の境を示す用途が多かった。
>で、倭なり狗邪に北とか南とかに境があったとして、それに対して「岸」と言うことばは使わない。
>何故なら、倭も狗邪も国名、地域名ではあっても海や島の名称ではないからだ。
>だから、「其」とは倭のことでも狗邪のことでもない。
解説:
「倭」は国名ではない。

>>954
>倭は厳密には国名ではなく地域名。
>倭国と総称される倭人たちの住む地域があり、その中に奴国、伊都国、邪馬台国といった国がある。
>なので「其の」は倭国全体を指す。
解説
「厳密には」の語句は不要
「倭国」は「倭」の書き間違いであろう。
「倭国全体」ではなく「倭地域の海(朝鮮海峡)」を指す。


961九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 20:56:00
>>959は「7万戸より7万世帯」はまちがいね。「7万より7万世帯」がせいかいね。
頼みの綱たる考古学でさて、どう出ますかな?
962日本@名無史さん:2007/05/12(土) 20:58:40
>>943-944
うましかだなw

・水害のばあい
そもそも集落は、洪水などに備え周囲の低地から一段海抜が高い部分に形成されるのでは?
川沿いであっても自然堤防などに形成されるはず。
それでも集落が溢水したときには遺物は環濠などに堆積物として残存する。
旧河道など流露変遷もあわせて発掘されるんですが…ね。
ましてや初期古墳は山裾を削りだすように造形しているんだから、
そんな山裾まで溢水するような洪水があるとでも?

・地震など
まず。「島原大変肥後迷惑」は雲仙普賢岳の噴火に伴う眉山の山体崩壊なんですが…。
土砂崩れに伴う集落壊滅例は、20世紀では1984年長野県西部地震による山体崩壊とか
1923年大正関東地震の熱海線(現・東海道線)根府川駅の崩壊など。
いずれの場合も崩落の痕跡が確認できる。20世紀でも2件程度なので、3世紀でも発生確率は数件かと。
もし7万戸の大規模集落である「邪馬台国」相当の遺跡が山体崩壊などに
巻き込まれれば、当然それほど大規模な山体崩壊部位は、地形に明瞭に残存するはず。
上述したような規模の山体崩壊でも、さすがに7万戸を埋めるのは無理かと。
確かに上述の長野県大滝村のそれは大規模で、崩落体積が3500万立方キロと莫大だが、
これは流下標高差が約1400メートル、崩落距離約10キロだが、
「邪馬台国」の場合はそんな全集落が埋没するような急斜面のある山裾に
集落を作るでしょうかね?
963日本@名無史さん:2007/05/12(土) 21:11:45
>>962
しまった>>948-949のまちがいだった。
964942:2007/05/12(土) 21:23:11
>>961
「一戸」は「数家」である。・・・魏志韓伝より引用
「数」は3〜6を指すとして、
「一家」は成人1〜2名で構成するとする。

上記条件で邪馬台国7万戸の人口は、
(1〜2)×(3〜6)×7万=21万人〜84万人、
成人人口で21万人〜84人となる。

考古学的考察ではないが、いかが。

965九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 21:25:27
>>962 水害の場合、

無知の勝手な決め付けでしかない。
現代でもどれほど洪水で護岸が崩れ多くの家が川に落ちて流されたかさえ知らないのか。
「そもそも集落は、洪水などに備え周囲の低地から一段海抜が高い部分に形成されるのでは?」
とは限らない。
「7万戸を埋めるのは無理」
そんな事はどこにも言ってないだろう。>>911の馬鹿が
「水害や地震で破壊されれば、
そうなったことを如実に示す状態で発掘されるんですが… 」と言うから
跡形も無く痕跡が残らない遺跡と言うのも存在した筈だ、と言ってるのだ。
どこまでもそれを否定するからだ。海岸近くに存在した集落もあったはずだ。

>>941思い上がりも甚だしい。どうせ机上の空論をもてあそんでるだけだろう。
「過ぎたるは及ばざるが如し」とはうってつけの贈言だろう。

966九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 21:29:13
>>963まちがっていいのよー。
うましかは御自分を指してるんでしょうから。
967日本@名無史さん:2007/05/12(土) 21:29:30
結局ですがは九州から発見されない邪馬台国を
災害で無くなっちゃったことにしようとして論破され
逆ギレしてるのかw
968日本@名無史さん:2007/05/12(土) 21:31:40
ですがが本当に面白くともなんともないので
さっさと壊れちゃってください
969942:2007/05/12(土) 21:35:24
>>964を書き間違えた
×成人人口で21万人〜84人となる。
○成人人口で20万人〜80万人となる。
970九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 21:36:09
>>964
家には部屋があり、父母、兄弟、別々に寝ます。

と倭人伝にあるから、今でいう核家族みたいな印象を受けるけどね。
84万人、 いくらなんでも多すぎだと思う。吉野ヶ里規模の遺跡が
主流だったと思う。
971日本@名無史さん:2007/05/12(土) 21:52:49
718です。

>>851(712@九州説氏)
>むしろ葦原中国を畿内と考えたい心情のほうが強いです。

神話をどこまで史実とするかの線引きは非常に難しいですが
出雲と畿内の関係は確かに非常に興味深いですね。
古事記や日本書紀などからも畿内側からは無視できない出雲の存在の大きさは見て取れますし
荒神谷や加茂岩倉といった大量の青銅器を有する遺跡群や四隅突出型墳丘墓などの存在も
出雲には弥生末期から確かに強大な地場勢力の存在があったことがわかります。
三輪山などでは出雲出身であるはずのオオクニヌシがオオモノヌシいう別名で祀られていることから
もし事実ならば「出雲が奈良盆地へ東遷」したことになります。
非常に興味深いと思います。

>>964
鬼頭宏「人口から読む日本の歴史」講談社学術文庫 1430では弥生初期の人口は57万人、
西暦600年ごろでも450万人程度としています。三世紀ならば200万人程度ではないかと。
すると提示された84万人という人口は当時の日本列島の総人口のおよそ4割ということになりますが…
そのほか投馬国も60万人程度、この2か国だけで総人口の7割以上になってしまう。
弥生遺跡が九州や畿内のみならず東海や関東にもたっぷり存在することを考えると
総人口の2/3超をすべて九州に押し込めるにはいささか無理があるのではないかと思いますが、
いかがでしょうか?
972魏志倭人伝は伝聞:2007/05/12(土) 22:02:08
古事記、日本書紀を読めば天皇家のルーツが宮崎の日向神話から
始まってる事だけは「事実」だよ。
征服王朝(統制)が、勾玉・鏡・草薙の剣と各部族の宝を神器としてきた。

東夷伝なんぞ、散文に過ぎない。いまの中国を考えたら解るだろう
歴史の捏造なんか、鼻糞程度。
973日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:08:17
>>972

それでも、3世紀の東遷は無いけどな。
974本田:2007/05/12(土) 22:13:53
>>944
> 狗邪韓国はまさに韓の国だから倭の領域とするのは違うだろ。

いや狗邪韓国は、東夷伝の倭の説明のところに出てくるので倭です。
東夷伝の韓のところには狗邪韓国は出てきません。
975日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:26:43
>>956
>そのくらい7万戸の略だくらい想像して読め。

「邪馬台国の人口7万」と書いて戸数のことだと読むような日本語はありません。
そういう場合は「ワタシ日本語不自由、ダカラ大目ニ見ルアルヨ」と断ればいいのですよ。
外国の方から見れば日本語は難しいでしょうが、頑張って下さい。

>>965

>跡形も無く痕跡が残らない遺跡と言うのも存在した筈だ、と言ってるのだ。

存在した「筈だ」というのは希望的観測と言いまして
往々にして追い込まれた人が最後の言い訳に使うことが多いです。
これもみっともないどちらかと言うとみっともない部類の日本語なので、あまり使わないようにしましょう。
ちなみにそんな大災害が起きたと見られる痕跡はありません。
あなたの言うように海岸線が自然侵食されるには、2000年では短すぎます。
むしろ自然堆積や人為的な河川改修により、海岸線は大きく後退しています。

>>970
倭人伝の戸数が誇張されているのではないかというのは、どの説に限らずほとんど通説化しています。
ちなみに吉野ヶ里の規模って何ですか?
まさか環濠内「のみ」に人が住んでいたとでも思っているのでしょうか。
吉野ヶ里程度の中規模環濠集落でも、環濠外からは無数の竪穴式住居が出土しています。
多すぎて正確な数を把握しきれないくらいです。
考古学では5〜10戸程度の小規模集落を「ムラ」と呼びますが
そういうムラは全国で数万以上報告されています。
ちなみに環濠集落などは「クニ」と呼びますが、これは国のことではなくましてや国家などでもありません。
そこを勘違いすると、まさに国家だらけになりますのでご注意を。
日本の古代史は、概念からして外国の方には少々難しいかと思いますが
まず正しい現代語をきちんと学んでから、古典や文献に入られたほうがよろしいかと思います。
976日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:28:53
>>971

その本は昔興味深く読みましたが、倭人伝の戸数記事そのものが怪しさ満載なのですので、参考程度に留めておきましょうよ。
前にSOY氏か一応九州王朝説氏かどちらかが
「5万や7万もある戸数を正確に国勢調査したとするならば、いったい魏の使者は何千人編成でやってきて、何年かけて調査したと言うのだろうか?」
と非常に明確な形で否定されていました。
まったくもって仰るとおりです。
977日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:31:14

ここだけ邪馬台国に時空移動しているスレ
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1133558512/
結論→邪馬台国は捏造
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1172286025/
君は邪馬台国はどっちにあったと思う?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1175338741/
978日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:32:28
 
979日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:35:42
 
980日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:37:13
980
981日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:45:11
 
982日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:46:17
 
983日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:47:48
 
984日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:49:24
 
985日本@名無史さん:2007/05/12(土) 22:52:16
985
986日本@名無史さん:2007/05/12(土) 23:03:17
埋め立てって、人を不愉快にする行為だな。
ものすごく精神が歪んでるヒネクレ者だろうね。
987狗奴国男王 卑弥弓呼:2007/05/12(土) 23:09:58
 ∧_∧
 ( ・ω・)=つ≡つ 邪馬台国?卑弥呼?
 (っ ≡つ=つ ボコボコにしてやんよ。
 /   ) ババババ
 ( / ̄∪

988九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 23:10:34
>>975あなたの言うように海岸線が自然侵食されるには、2000年では短すぎます。

まーた猿並みの頭脳。あーめんど。
700年くらい前の海岸線で今海底になってるところもある。
なんか考古学より常識を教えてくれる学校に行った方が身のため。
「倭人伝の戸数が誇張されているのではないかというのは、どの説に限らずほとんど通説化」
言ってますよこちらだってそのように。だけどそう極端には違わんから。
クニとムラをごっちゃにした事は無いが言い返すのがうっとおしい。
文の全体を通して・・ああこれ以上書くのも億劫。面倒、ばかばかしい。
後は僕が何を言いたいか自分で考えなさいよ。
989日本@名無史さん:2007/05/12(土) 23:15:04
九州ですが の最近は 誤ることいっぱ〜〜い

九州ですが きょうも遺跡が壊滅とか妄想垂れ流しなんで・す・Yo!

そしたらSO〜! 集中砲火されちゃったんです><

あーいとぅいまて〜〜〜んw
990九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 23:16:36
>>989
ライオンにでも食われろ
991日本@名無史さん:2007/05/12(土) 23:18:52
>>988
>700年くらい前の海岸線で今海底になってるところもある。

どこどこー?脳内?
992942:2007/05/12(土) 23:20:15

>>971
邪馬台国の総人口は、
2×3×7万+未成年人口と考えて、
未成年人口は成人人口の3割程度とすれば、
50万人位でないでしょうか。
倭人伝に出てくる人口の総数は100万人のオーダーになると思います。
馬韓、辰韓やワイの人口は其々70万人、30万人、15万人となるので、
倭30ヶ国の総人口は下限150万〜上限200万と推定できます。
韓倭の平野部の広さの比較からもこの程度の推定が妥当でしょう。
魏にとって倭は大国だったとおもわれます。

鬼頭宏氏の推定は生産力を低く見積もり過ぎていると思います。
弥生時代の倭の農漁業生産力は過小評価されていると思います。
縄文時代の日本の生産力もしかり。

1世紀末〜2世紀の西日本混乱の原因は何だと思いますか?
弥生高温期による少雨旱魃で飢饉があったからだと推定します。
民俗風土地勢気候を総合的に分析して、当時の社会状況を判断する必要があると思います。
根拠の無い通説に惑わされないようにしましょう。



993九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 23:29:55
>>991
又無知ばか出現。めんどい。どこまで無知だと気が済むのか。折角PC使ってるなら自分で調べろ。
ばか者の共通点はまず人の言う事を信じない。
しかしおろかなばか者教授などにはすぐ引っかかって洗脳され、真実と思い込んでしまう。
師弟ともにばかくらべ。ばかはばかよりいでてばかよりもかえってばか
994日本@名無史さん:2007/05/12(土) 23:31:16
>>993
そのばかも言い包められないなんて・・・
995坂本龍牛:2007/05/12(土) 23:33:43
>>960
>以下の人が漢文を読めるのですよ。

漢文読めても漢字がわからないみたいだな
996九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 23:35:39
そうねえ、ばかだけど悪知恵は働いてああいえばこういうだもんねえ。
こんな人間生まれて始めて遭った。ばかと悪知恵が両立してて。
997日本@名無史さん:2007/05/12(土) 23:38:18
>>996
それってバカっていうのか?
998日本@名無史さん:2007/05/12(土) 23:40:51
文献しかみないバカと揚げ足取りする馬鹿が
ーガードで殴りあいだなwww
999九州ですが ◆IhXqm1bg5c :2007/05/12(土) 23:42:51
>>997
そこが微妙なのよねー。
でも九州にはいないんじゃない?。関西はやっぱ珍しいのが多いのかもよ。
1000日本@名無史さん:2007/05/12(土) 23:43:38

以上の議論の結果、邪馬台国は畿内に決定です。

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