>>88 (続き)
4 実例
a 吉備の造山古墳が堺市の上石津ミサンザイ古墳(伝履中陵)とほぼ同規模なのは有名な話。
墳長でいえば、全国ベスト4とベスト3で、知らないとは言わせない。
どちらも被葬者が確定されていないが、当時は吉備の豪族より河内の大王のほうがはるかに有力と考えるのが、「通常」だろう。
b 馬子と同時代の例では、春日向山古墳(伝用明陵、辺長63m×60m)と山田高塚古墳(伝推古陵、辺長63m×56m)をご存知ないか。
どちらも被葬者が確定されていないが、比定が正しいとすると、わずか2年で崩御した用明の墓のほうが推古より若干大きいことになる。
「墓の規模は通常被葬者の生前の実力を表していると考えられている。」というのは無理だ。
被葬者が違うかも知れないというなら、なおさら「墓の規模は通常被葬者の生前の実力を表していると考えられている。」というのは無理だ。
おおよその傾向として被葬者の実力と古墳の規模が相関すると考えるのはよいが、(前方後円墳体制など)
厳密な相関関係を主張するのは無理だし、ましてや天皇の系譜を大きく覆すような説の根拠とするなど、トンデモである。
「墓の規模は通常被葬者の生前の実力を表していると考えられている。」の根拠を示して欲しい。