1 :
日本@名無史さん:
主宰 旅順攻略における白兵戦の住人
協賛 日露戦争をまじめに考察する意欲と情熱を持ち得る者たち
協力 ひと味ちがた歴史版スレを構築してみたかった者
2 :
日本@名無史さん:2005/09/10(土) 01:24:16
2
3 :
1:2005/09/10(土) 01:24:43
試しにやったらできてしまった 今は反省している
4 :
1:2005/09/10(土) 01:30:43
5 :
1:2005/09/10(土) 01:35:10
8 :
日本@名無史さん:2005/09/10(土) 07:39:58
>>1
スレ立てお疲れ様です。また楽しみにしてます。
100歳以上の人っているじゃん。
すごくない。
あの頃生きてたんだよ…と感動してみる
おしえて〜
ください〜
11 :
日本@名無史さん:2005/09/10(土) 08:06:04
有難う。本当に御苦労様でした。心より。
(965様、1様。ならびにチャレンジしてくれた方々)
ちょっと、質問ですが1000に行くまえにパート2ができたんですよね。
パート1は1000になれば倉庫へいくのですが、999までなら永久に残る
(倉庫へいかなくて)ものなのですか?
いや、これまでの論争議論は正直なところ私には参考になりました。
倉庫へいくなら幾つかにわけてでもコピーして残しておきたいと思います。
で、もし、日露、旅順、乃木に興味のある人にはこれまでの流れを是非読んで
欲しいと思うのです。書籍とはひと味違ったアプローチとしてね。
長くカウントがなければ自然に「倉庫行き」なら仕方がありません。
それでも定期てきにアゲてなるだけの延命をはかり、これまでの流れをすこしでも
多くの方々に読んで欲しいとおもうのです。当然「主戦場はパート2」に移っています。
パート1にはその主旨と初めての人はできればパート2に観戦参加する前に
パート1を読んで、貰うとか。私たちもあれ、どうだったけというときに使うとか
倉庫でも読めるのでしょうが、その場にあるのと倉庫では違うようです。
パート1も残り少ないので有効的な使い道のひとつとしての提案です。
私事なのですが今日明日仕事の都合で参加できない可能性が高いようです。
判断はお任せします。それに、準じます。昨夜はちょっとした緊張感が奔りましたね。
なんか、これで永遠にみなさんと会えなくなるような錯覚に陥りました。
呉越同舟、嵐の中で蝋燭一本を頼りにするような、妙な感動を体験しました。
有難う御座います。
さあ、新しい場所もできたし、手加減しないよわよん!
諸君!覚悟して、首を洗って、座右の銘を用意して、
違った、辞世の句を用意して、覚悟してらっしゃい!
月にかわってお仕置きよ!わははははははっはあはははは
part2は前回より
もっとすばらしいスレになる予定なのです。
私の東映「二百三高地」ネタで(苦笑)
という事で
始めましょう。
14 :
腰抜け初年兵:2005/09/10(土) 14:21:56
初年兵でかした。
16 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/10(土) 22:28:55
第三回総攻撃が途中だったな。
明治三十七年十一月二十六日。俺が万朝報に入社した年だ。
さて、その朝、各師団は勇敢に松樹山、盤龍山、東鶏冠山などの
堅牢な要塞群をめざして突撃を開始した。
しかし、敵陣からの容赦ない疾風に薙ぎ倒され目標に辿り着くことは
困難を極めた。司令部はその報告を受けるたびに焦りを募らせる。
そんなとき、第一師団師団長から松村務本から夜襲決死隊の提案がなされる。
これが、旅順の悲劇を世に伝える白襷隊である。
それは無謀な賭であった。会議の席で乃木は瞑目している。
第三軍司令部の参謀部も後込みをする中で、若い津野田参謀が賛成するのみであった。
その時、乃木はゆっくりと立ち上がり静かに決した。
(ちょっと時間軸が前後するのかな)
ここで話は前後する。
大山はなぜ明治天皇に逆らってまで乃木更迭に反対したのだろう。
生出さんの作品では山県と同列に書かれていたんだが、なんとも。
福島安正は権限もなしに総司令部から派遣されたのだが
単なる軍目付というだけではぴんとこないのだが、なんなんだろう。
正確にはいつ着任しているのか知ってる人教えてください。
ありがとうございまつ!(・∀・)ゝ
戦術戦略に関しては、特に文字通り初年兵でありますので、
スレ上官殿がた、どうぞ宜しくおながい致しますであります。
ついでに肋骨(軍服)の補足です。
黒い肋骨は冬服でありまして、夏服は白い肋骨であります。
白い肋骨は日清戦役時の写真等で、確認できます。
ウロですが、『坂の上の雲』でも
日露開戦前に渋沢栄一を訪ねる児玉源太郎は、白い詰め襟で赴いた…ではないでしょうか。
18 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/10(土) 23:22:32
学生服は軍服からきたと聞いたが
詰め襟では動きにくくないのかね?
白い軍服だと夜襲に不利にも思うが
19 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/10(土) 23:26:26
あぁ惨劇
20 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/10(土) 23:26:40
あれ?1さん
これずうーと「名無しさん@そうだ選挙に行こう」の
表記なの?
なんかへんじゃない。せめて暁の益荒男とかさ、
21 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/10(土) 23:39:18
これは明日の衆議院選挙の告知ではありません。
ここで行われる日露検証選択挙動調査の略
>>17 初年兵きさまなかなかナイスだ!!
「日露戦争の戦術・戦略等の難しい議論、論争」をメインディッシュに進行しながら、
そして「日露戦争の逸話、軍装、兵器、逸話、おもしろ話等」をお口直し程度にからませる・・・。
なかなか空気の読める奴じゃ!
これからもよろしく!
>20
明日になれば戻るヨ!!
24 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 00:00:23
あぁ爾霊山
撫子の花も血に染まり秋
踏まれ枯れ冬近し
越冬艦隊蛎殻の瘡蓋
彼の砲台を堕としてよ
何処へ往くのよ背を向けて
夜空に煌めく
白い襷に黒詰め襟の益荒男よ
25 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 00:02:34
白い襷の益荒男よ
だな
詰め襟却下
26 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 03:48:03
>>16 福島は切れ者だからね。
203高地攻めについても早い時期にその重要性を第一師団の人間と説いている。
あと日露戦争の本や小説も皆、買おうね。いい本あるよ。
>>16 白襷隊のいいだしっぺって松村さんなんですね。
しらなかった。
28 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 08:09:15
俺は福島が好きだ。
なんか情報将校とか切れ者とかいうと冷たいイメージがあるが
かれの足跡や関連書籍からはそんな風にならないんだよね。
「俺は煙のような男だ」
乃木の古い友人のひとりでもある。
>>16 >福島安正は権限もなしに総司令部から派遣されたのだが
>単なる軍目付というだけではぴんとこないのだが、なんなんだろう。
>正確にはいつ着任しているのか知ってる人教えてください。
島貫重節の「戦略日露戦争」には、福島少将は情報のため数回旅順を訪れて
いる、とある。
情報収拾や連絡といった任務で行っていたのではないだろうか。
何という権限もないというのも、これならば当然のことと思われる。
第三回総攻撃のつまり主攻面転換の時の来訪がいつから、というのは書いて
なかった。前回の来訪が半月前とも書いてあり、推察するに結構頻繁に行き
来していたのかと思われる。
第三軍の旅順攻城当時、福島少将の長男が乃木大将の副官を務めていた。
福島少将が旅順から帰る時に軍司令官に挨拶する時はかならず、
「君のご子息は非常に御元気です」と敬語を使って知らせてくれるのが
通例になっていたそうだ。
福島少将には次男も居たが、9月初頭にその次男は戦死してしまう。
福島少将は戦後、
「俺は乃木大将が副官として俺の長男を大事に見守っていてくれる気持が、
今度の次男次郎の戦死の報を受けたとき一番じーんときたよ」
と家人に語ったという。
乃木大将の長男が5月に戦死しており、次男がこの第三回総攻撃の最中に
戦死することを考え合わせると、なんとも物哀しい話である。
31 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 19:15:35
福島は煙みたいな人間かもしれないけど、重要な場面で意外と
出てきて戦局をこっそり変化させているように思える。
32 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 19:22:03
福島は権限がないと言うけど参謀本部では信頼があると思う。
児玉の信頼も大きいと思うし
その他の軍人も福島の意見を無視する事はできないと思う
33 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 20:09:20
日露戦争と井口省吾に収録されている井口の年中重要記事の
明治三十七年十一月二十一日に、
『旅順第三回攻撃ニ関シ第三軍へ訓令ヲ下サル。
右ニ付福島少将同地ニ向ヒ出発』
という記事があり、
また、乃木の日記の明治三十七年十一月二十三日に、
『福嶋(原文ママ)少将来ル』
という記述がある。
よって烟台の司令部出発は、二十一日。
旅順到着は、二十三日。
34 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 21:38:14
有難う。
福島の貴重な情報。そして、意外といったら失礼にあたるが
福島安正の人気に驚いている。俺は福島が好きだ。
だから、読んでいて泣けてきたよ。そうか、23日に到着していて、
それまでもしばしば旅順にきていたんだね。
そう、次男も死んでいたんだよね。
ひとりぼっちのユーラシア大陸横断、ヨットじゃないよ。馬でとことこととさ。
松本藩出身、陸軍に入っても結構貧乏で、しかし、明治の人間は気骨があるよね。
奉天会戦の後、講和条約の知らせを受けておいおい泣く児玉源太郎の肩を抱いて
一緒に泣いた男だ。日本の情報将校の先駈けとして、児玉源太郎の後任として
参謀本部次長に就きながら、児玉の早すぎる死によって封印されてしまった陸軍大将。
「おれは煙のような男だ」
臨終のとき、彼の手にはユーラシア大陸横断で使った愛用の鞭が握りしめられていたという。
>26
はいっ 本を読みます。
しかし昔は「本を読みなさい」とか言われても聞きゃしなかったが、やっぱり興味ある事だから素直に聞けるかなww
頑張って良い日露戦争本を探します。
>35
それならば、是非とも「軍閥興亡史」の1巻だけでも読んでみて下さい。
日露戦争本って訳じゃないけど、明治維新後に起きた戦争を追ってるので、
日露開戦に至る過程も理解できます。
先づ一言。
福島大将のことがテンコ盛りでもう昇天しそうであります。
自分も福島大将を敬愛しておりまして、
シベリア横断や、中央亜細亜からアラビアへ等の著作(太田阿山編)を読み耽っております。
ですので、こんなに福島大将のお話を拝読できるとは、夢にも思っておりませんでした。(;∀;)ゝ
>>18さん
下士官の軍装は黒の詰め襟金釦だったと思います。白はあくまで士官用とか。調べがついたらご報告いたします。
>>22さん
はっ!初年兵の身ながら、これからも努めるであります!
軍服と学生服について。
軍服は学生服のモデルになってます。
例えば、学習院の学生服は、海軍の紺色の第一種軍装(明治20年制定)によく似ています。
学帽も、どうやら軍帽をモデルにした可能性が高いです。
また、詰め襟と言っても、今の学生服と違って、プラスチックの付け襟がなく、
下に着ているシャツもワイシャツではなく、スタンドカラーです。
かつ、准士官以上の人になると、私費で軍服を誂えるので、(例:乃木大将の軍服は200円(とも言われている))
規定の範囲内で、その人の首の長さに合わせた襟にしていたのではないでしょうか。
38 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 06:06:39
前説で白襷隊まで強引に引っ張ったしまったが、せっかくパート-2も誕生した
ことだし、ここで整理の意味もふくめて第三軍の師団、参謀部、そして、環境
などにふれるのも構成上いいね。
第三軍は三つの師団とふたつの旅団で旅順攻略を攻略していた。ちょうどこの頃は
第七師団も追加派遣されていただろう。全部で五師団規模だね。といいたいところだが
二回の総攻撃で各師団は消耗しきっている。もちろん補充もあるが、それじゃあ
追いつかないのが旅順の現実だった。旅順の現実をしるものは、この第三軍しかいない。
そして、福島は旅順を訪れ、愕然となり、児玉の目と耳になり、総司令部の児玉のもとへ
送っていたというところだろうか。
児玉の旅順行きの直接の動機は第七師団の投入の知らせとあるが、実際は福島の情報から
それまでの事情が絡んでいたことは想像できる。
39 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 06:38:04
●第一師団(師団長・松村務本)
東京の部隊だ。旅順西方で203高地を担当している。損得という表現はよくないが
日露戦争の陸軍で第三軍の中でもこの第一師団と松村はつらい役割を担った。
●第九師団(師団長・大島久直)
金沢でいいのかな、旅順攻めは日本軍の中央にあたる部分で奮戦している。
一戸の旅団がここにいる。
●第十一師団(師団長・土屋光春)
旅順攻めでも一番早く参加している。四国善通寺で乃木は長くこの師団長を務めた。
旅順攻略後には鴨緑河軍に編入されてしまう。しかし、クロパトキンの誤解(鴨軍=第三軍)
をまねくように第三軍の中核的な師団で旅順の東(東北)側を担当。
大迫第七師団は後にふれるとして、この三つの師団が第三軍としてこれまで戦っていた。
40 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 06:39:03
一方、司令部は
参謀長・伊地知幸介少将
副長・大庭二郎中佐
(作戦)・白井次郎少佐
(情報)・山岡熊治少佐
(兵站)・井上幾太郎少佐
参謀 津野田是重少佐
参謀 安原啓太郎大尉
参謀 菅野尚一少佐
こんなところかな。間違いがあったら誰かよろしく。
>>40 第一回総攻撃後の、正攻法選択の会議に出ていた参謀連メンバー
参謀長:伊地知幸介少将
参謀副長:大庭二郎中佐
作戦担当参謀:白井 二郎少佐・津野田是重大尉
兵站担当参謀:磯村 年 少佐・井上幾太郎少佐
情報担当参謀:山岡 熊治少佐・安原啓太郎大尉
>>40の津野田以下三名にも担当部署があり、主任参謀の下に居る。
それと、菅野は白井の代わりに作戦主任参謀になった人物。
42 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 08:39:27
その当時はどの師団も必死になって頑張った。
それだけは間違いないし、各自の頑張りで旅順を落とせた。
櫻井の肉弾などやその当時の兵の日記を見れば当時の状況が理解できると思う。
43 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 08:47:49
白井は第三軍の各作戦案を満州軍総司令部に報告にいっているよね。
「自信あり」「今度は大丈夫」「絶対大丈夫」といったかどうかは分からないが
第三軍は各総攻撃に自信と強きの姿勢をアピールさせてことは間違いないだろう。
まあ、はなっから建前としても弱気なことは言えないのは想像できる。
で、この白井自信はどうだったのかね。
二〇三高地への攻撃方向転換を福島に懇願するのも白井だった。
また、以前「乃木意志疎通論争」で登場した津野田の手記で
二人は激論になっている。
この内容は津野田(東北正面)対白井(二〇三高地)と解釈していいのだろうか?
白井の人となりも含めて誰か御願いします。
44 :
下駄さん:2005/09/12(月) 09:58:15
旅の空に「パート2」立ち上げの噂を聞いた。
祝いに何か贈ろう思ったが、どうしたものだろう。
ちょっと直ぐには思いつかないので取り敢えず、打ち込み厄介な漢字を三つ。
黒木為■の 禎
南山■山の 坡
桑原■の 嶽
せこくてすまん。手書きソフトがあるから何かあったらまた送る。
自分探しの旅の途中より
45 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 11:30:03
>>44 下駄さん、お疲れ様です。
また登場してくださいよ。
名無しでもいいんでまた良かったら意見きかせてくださいな。
46 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 12:33:44
「全ての男は消耗品である」 村上龍
そう、男たちは消耗品。旅順にはそんな「魔性」があるんだろう。
その現実を知っているのは旅順に実際立って対峙した者だけ。
長岡もそこまでは知らない。岡目八目なのかな。
魔性の女神はさらなる生け贄を欲する。どんないいオンナかと無想してみたら
なんか仕舞いにはカマキリを想像してしまった。ナハ
47 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 18:38:48
もし堡塁の厚さが2メートルと言う事を事前に知っていたならば
ここまで苦戦する事はなかっただろう。
だが、それを攻略した日本陸軍はすごいと言うしかない。
>42
現場で戦った櫻井忠温のような当時の小尉?クラスの人や
ただの一兵士の目から見た日露戦争も重要ですよね。
児玉来順の折りに急遽呼ばれた歩兵部隊の一員が書いた日記が残っている。
50 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 22:22:46
すべての壁が2メートあったわけではないが、まあ、とてつもなく厚かった。
第一回総攻撃の結果、そのことが判明したかどうかだな。
第二回総攻撃でそれが分かった場合はちょっと微妙かもしれない。
行くも地獄、帰るも地獄か。
確かにそれをやったのは凄いと思うが、精神論だよ。そうなると。
それを全面否定はしないけれど、もっと、科学的とか物理的とか力学とか算数とか
なんか軍事学的な考察が欲しいよな。明治にだってあったんだろう。学術的な戦略戦術は。
第一回攻撃の失敗の考察研究が足りなかったのが大きい。
時間の問題とかじゃないぞ。だから人災だって指摘が言われるんだ。
おっと、話は第三回総攻撃だったよね。失礼。死んだ子の年の数を数えてしまった。
51 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 22:35:05
一兵士じゃないけれど
児島襄の「日露戦争」では旅団長から連隊長などの
現場指揮官の苦労はよく紹介されていらが、(軍医もあった)
とにかく悲惨というかつらいね。なかなかに読みづらいというのもつらいが。
あの本を最初に日露の入門書にするとかなり玉砕するんじゃないだろうかね。
児島さんの「日露戦争」って今も売ってんですか?
探したけど揃ってるのないんですよねー
53 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 22:42:57
>>50 では、実際に当時それが判明しえたのか?と問いたい。
敵だって馬鹿じゃない。偵察部隊をただで帰すものか。
堡塁の壁の厚さなどをどうやって調べられたというのか。
それでも調べなくてはならない、とでも言うのだろうか。
それこそ精神論を振りかざしている行為に他ならない。
54 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 22:53:24
>>53 偵察が帰ってこなければ偵察したとはいえない。
偵察しないで攻撃するというのは精神論云々の話じゃないだろう。
というかね。私がいったのは第一回総攻撃でも戦果はあったわけじゃないか
そこは一応占領してあるんだろう。敵陣奥深くとまでは行かなくても
そこのも壁があるとしたら「こりゃ結構厚いな」と話題にならなかったね。
偵察はやるとしても、さ。
バンカーバスターがあれば良かったのにねw
56 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 23:05:30
バンカーバスター
ってなに?
57 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 23:06:24
>>54 「旅順要塞はお化け屋敷」と言われたという。
これは、攻撃部隊がみな帰って来ないという事だけでなく、偵察部隊も同様
大半が帰ってこず、帰還したものも報告が体をなしておらず、要塞の情報が
分からないことから言われた言葉。
盤龍山東西堡塁については、もちろん研究している。
第一回攻撃の後「堡塁突撃に関する教示」が作られたのはその成果の一つ。
こりゃ結構厚いな、とかは、もちろん話題になっただろうね。
で、これくらいかなと思って炸薬量が決定されたんだろうし。
結局、分からないものは分からなかったのだろう。
58 :
日本@名無史さん:2005/09/12(月) 23:20:06
今週の「日露戦争物語」
陸奥外相まじカッコイイ!!昔はこんなカッコイイ日本人いたんだな。
終りから2ページ目の外人の後頭部の絵、
あれは「花輪くんの後頭部」並
59 :
仮に54:2005/09/12(月) 23:37:54
>>57 なるほど、そうなんだ。妙に納得してしまう。
最近の私。
ここで、びっしゃーと畳み掛けるような論法で!といきたいのだが
なんか駄目なんだよね。先週の「こうなったら203高地なんて」と
一瞬考えてしまって口走ってしまったあたりから調子を狂わしている。
本人の気質の問題で「しょうがない」は意地でも吐きたくないないんだが
これも精神論ったらそれだしね。別に本筋はぶれてはないんだが。
下駄さん同様に自分探しの旅にでも出てきますわ。
ちょっと考えをまとめてくるね。54の記名で次回書き込んでみます。ちゃお
60 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 01:09:50
援護射撃に使うんじゃなくて
28サンチ砲三日三晩撃ち捲くってから突撃すれば良かったんじゃねぇ?
62 :
その布石に反応する者:2005/09/13(火) 06:39:29
ちょっとブレイク特別付録)日露戦争明治美人烈伝
美人といえば津野田の奥さんは有名だよね。
俺的には鈴木貫太郎の最初の奥さん(出羽重遠夫人の妹)が大原麗子似(若い頃だよ勿論)
という表記で一番具体的で一押しなんだが。
大山の後妻の捨松夫人を美人というが、そこまではどうだろう。
陸奥さんの奥さんも凄かったらしいが、アクションはそれ以上かな。
小村寿太郎夫人も美人。芝居に現を抜かす、ヒステリック症候群で荻野目慶子タイプだろうか。
ちょっと恐いけど気になるね。
明治の政治家は芸者を正妻にしているからその辺りの話題も膨らむ。
ちょっとずれるけれど今村均氏の奥さんは不細工だったそうだ。
そこまで強調して紹介しなくてもと思うほどに。
上原謙-加山雄三を生む野津-上原ラインは、はっきりいって野津の血と言及しよう。
上原の妻は可憐な女性だったそうな。しかし、もしかすると
乃木が学習院の学長の時に美人コンテストで優勝した女生徒が
野津の息子と結婚しているから、そっちの、違うよね。上原が絡んでいるんだから。
原敬も妻も美人だったんだろう。その悪妻ぶりが妙に色っぽい。
桂太郎は生涯、美女に恵まれる果報者だったいう。日露の頃は「お鯉」です。
美人かどうかは知らないが福島安正の妻はなんか夫と共に苦労している感じで好感がもてる。
榎本武揚から土産にもらった「珊瑚の根付け」は身につけていたのだろうか・・・。
あと、島村速雄の母・鹿子は守ってやりたくなるような女性。
妄想はつきない。
>>57 偵察ができないと方やいい、将校が望遠鏡での偵察は行っていたと方やいい、
不十分であった理由を覆い隠す事はできない。
戦前、築城の堡塁のベトンの厚さが2m以上という知識はありました。また、ビリヤースによれば
堡塁が多々存在するのは目で見てもわかっている。さらに前進陣地攻略戦によっての
捕虜からの情報や怪我から、砲撃の損害、前進陣地の強度を図ることもできる。
強襲をかけて落ちた日清戦争での経験が甘く見ていたと思うが、それは余りにも
ロシア軍をバカにしすぎた結果。現地軍がこの有様ではどうしようもないだろ。
64 :
仮に54:2005/09/13(火) 07:21:10
>>63 随分、朝早いね。おはようさん。
なんか自分の体たらくで、ちょいと責任さえ感じてしまう。ごもっともな意見だ。
基本的に私も同意見。です。
「己を知り相手を知る」孫子の戦いの心得の基本中の基本だよね。
それもふくめて自分自身の考えにぶれはないとした。
「・・・だからショウがなかった」という言い訳論で乃木名将(擁護)論にも対峙している。
それはそれとして、
なんで、調子が狂ったかというと、それまで、まったくの203高地信奉者で
東北正面に対して論外の意見だった。まあ、歴史的な事実を知っているからね。
なんで、そんな苦戦するに敢えて最強部を攻めるのかと。最短距離だからと問えば、違うと言うし、
命令書があった。203高地をとっても旅順には関係ない!という。
それは変じゃないかと素朴に思っていたんだ。
だから、一戸が第一回総攻撃であと一歩、あと二連隊あれば
旅順が落とせたというのも本心は「まさかあ」と思っていたよ。
その連隊ふたつがない。現実的ではない。だから有り得ない。と相手が主張するから、
だったら、なんで攻囲して分散して予備軍もない配置にするんだ。とか。
第一回総攻撃が失敗した直前に1旅団の補強を断るんだ、
後にはあれほど第七師団を欲しがったじゃないか!
と燃えてくる。まあ、それはいいやあ。
なんか、「この際、204高地」なんてと180度考えを変えたのは、
ひょっとしてうまくやれば取れたのかなという錯覚に陥ってしまった。
結局、兵力分散に問題があったのでは、と。
自分探しは今現在はこの辺りかな。
>>63 だから、そうやって出来る事はやってたんでしょ。
でも分からない。そういうものもある。
今、十個目の太陽系惑星があるとかないとか。
ちょっと昔はそんなの分からなかった。
だからって、昔の天体観測がいいかげんだったなんてことはない。
現地軍を馬鹿にしすぎ。
66 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 08:15:57
> ビリヤースによれば
バヤリースは飲み物。ビリヤースって何だ?
67 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 08:29:35
>>65 いやあ、そりゃあないよ。それに、別にバカにしてるわけでもわけでもない。
なんとなく見切り発車っていうニュアンスを感じるのは(63)だけじゃないと
思うよ。むしろ、組織には往々にして有り得ることなんじゃないかな。
それに天体観測の話をもってくるはステージが違うな。
68 :
馬:2005/09/13(火) 09:34:52
なんか皆さん優しすぎるゼ!
みんなお互いに思った事ははっきり言おうぜ!私もはっきり正論を言いたいし(な〜んてね)
じゃないと真実が…。
遠慮しなくていいのでは。
だけど下品、誹謗、中傷なのは厳禁で。
69 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 09:34:54
お話は既に第三回総攻撃に突入してるでやんす。
おいらは運動会の駆けっこでいつもビリヤース。
70 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 09:38:14
下品は・・・自信ないな・・・。
71 :
馬:2005/09/13(火) 09:53:01
ちょい下品はOK―
で―す。
72 :
鹿:2005/09/13(火) 09:55:35
よし、正論を言ってやる。
第三軍、司令部および各師団は
作戦行動にあたっての十分な偵察調査確認が為されなかった。
為されなっかた(結果として把握できなかった)にも関わらず、
戦闘行動を決行させた最高責任者乃木希典司令官の失点として採点されるべきである。
これは旅順攻撃(第一、第二、第三)全般に適応されるものとする。
73 :
鹿:2005/09/13(火) 10:16:24
今回の第三回総攻撃の乃木希典司令官の採点の最大のポイントは
決死隊(白襷隊)の決行に最大のポイントがあると考える。
その是非に関して言えば、参謀部では「無謀」として反対の意見が占めた
にも関わらず、二回目の「鶴の一声」で決した点だ。
これは、第三軍司令部が旅順攻略全般に犯した楽観観測によるところがあり、
乾坤一擲で大勢をを逆転して速やかな解決を導きだそうとする悪例のひとつと言える。
従って、乃木司令官に名将という称号(評価)が与えられることは
この事実を無視した暴挙である。
74 :
鹿:2005/09/13(火) 10:29:21
乃木希典は司令官で在りながら、進展を見せない戦況に精神的硬直状態に陥り、
それは白襷隊決行前後にピークな達したと推定される。
従って、その状況を考察すると、白襷隊決行の判断も尋常を逸したもの
であると判断する。
最高責任者が正常な判断を下せない責任こそが最大の問題であると考える。
以上
「白襷隊」の件は、誰も乃木をかばえないものか。
結果的に大失敗だし、責任も乃木にあるだろうけど。
だけど「白襷隊」を発案した人だってなんらかの勝算があったんじゃないの?
「いける!」って勝算。
76 :
鹿:2005/09/13(火) 12:01:00
いや、客観的には勝算はなっかた。
もう、状況が追い込まれていたんだろう。手がないんだよ。
考案者は第一師団師団長で203高地方面の担当者だ。
直接の東北正面の担当者じゃなかったことに思いをはせてみてくれ。
このまま、翌朝の総攻撃を敢行すれば失敗はひを見るより明らか。
せめて、なにがしかの成功の手掛かりが欲しかったんだろう。
すがる思いだな。これを書き込んでいて、とてもつらい。
みんな必死だ。しかし、手立てがないんだ。
その理不尽さには腹立たしくもあるが、
何に対してぶつけていいのか分からない。
77 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 12:05:54
皆同じ苦悩を背負っている。
彼らは肉を切らせて骨をつかもうとするのだが、
その代償は旅順の乾いた土塊しかないのである。
(「日露戦争人物列伝」より)
78 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 12:09:08
しかし、昼間じゃなくて、夜間突撃というか夜襲だよね。
あそこまで失敗するとは、というか予想外だったんじゃないの。
79 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 12:11:16
敵に読まれていたんだろうね。
今夜あたり来るぞって。
皇太子の誕生日とか敵味方で予想しあっているじゃないか。
80 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 12:52:15
白襷隊だけはいい判断とは言えない。
その他の偵察の部分に関しては第三軍は部外者が思うよりもよくやっていると思うけど
戦時中なだけに詳細に渡っての分析は不可能だったと思う。
それに乃木に限って言えば、彼は田舎で農業に励んでいた所を
山縣や桂太郎の要望で呼び戻されたのであり、情報収集などできる立場にはいなかった。
それにこのような大規模な要塞戦はこれまで経験がなかったし
この旅順攻防についてはむしろロシア側を評価すべきなのではないのか?
白襷隊に至っては第三軍の焦りと混乱を表していると思う。
81 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 12:58:24
それと28サンチ砲に関して言えばそれを持っていったほうがよいと早い時点から判断できたのは
福島と通じ合っている将校くらいだったと思う。
あと日清日露の本を皆 買ってね。
82 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 12:58:34
>鹿
夜襲決行自体は、批判されるものでもあるまい。
大部隊による夜襲作戦を行わないままに主攻方面を見限る事の方が問題だろう。
手段を尽くしていない、と。
この決行を、軍司令官や軍司令部が楽観視していたためとか乾坤一擲で大勢
を逆転して速やかな解決を導きだそうとする悪例である、と言うに至っては、
絶望的状況下に於いても手段を尽くして事に当たらねばならない当時の当事者
の苦悩の決断を冒涜するものである。
鹿氏は、偵察不十分でも攻撃しなければならない状況というのをどう考えるのか。
偵察不十分なので攻撃しません、というのが上級司令部に認められるものか。
総じて思うに、第三回総攻撃全体を見てのポイントと考えるのならば、それは
どう考えても主攻方面転換、また二○三高地占領に繋がる戦術転換だろう。
いや白襷隊がポイントであるというのは、木を見て森を見ずという姿勢にある
ものとしかいいようがない。
以上
>>81 寺内陸軍大臣が、戦前に28榴弾砲を持っていこうと言っている。
それを児玉次長が、そんなものいらん、と蹴った。
福島少将と、どちらが近いのかというと、児玉と思うが。
>考案者は第一師団師団長で203高地方面の担当者だ。
>直接の東北正面の担当者じゃなかったことに思いをはせてみてくれ。
白襷隊の攻撃目標となった松樹山の辺りは、第一師団の担当部署に含まれている。
攻撃部署の担当者だったのだから、問題はないだろう。
これが二龍山や東鶏巻山に突っ込んだというのならたしかに問題と思う。
>>79 ないない。
ロシア側は目標堡塁に少数の兵員しか置いていなかったらしい。
急きょの増援に、旅順艦隊の水兵の部隊があてられた。
>>67 清とロシアの違いや10年の時代差に目をつぶり、ロシア軍を馬鹿にしすぎた
のだろうと言うのもおかしな話と思うがどうなのよ。
日本本国に留まっていて現地を知らない人間ならいざしらず、現実に大連に
上陸したあと、既に数千人の死傷者を出している軍司令部が、相手を馬鹿に
できるものかね。
実際、遼東半島を西進中の時期ですら、司令官と参謀長は慎重策をとってお
り、また戦況に悲観的でいる。
こういう現実を無視して「相手を馬鹿にしていた」とか「楽観観測」とか
言われても、なにをいっているのやら、としか思えない。
87 :
鹿:2005/09/13(火) 14:42:22
鹿
仕事中につき打ち合わせで中座しあら。あらあら。
名指しでこられたたね。こういうのを釣られたというのか。
まあ、いいや。第三軍の為にも本気でいくぞ。
>>82 >夜襲決行自体は、批判されるものでもあるまい。
日本陸軍の十八番である夜襲を批判できる者が何処にいようか。
見限る、手を尽くさない、は論外の理屈だ。
私は苦悩を冒涜するような姿勢でこの書き込みに参加しては
いなことだけはないと断言しよう。文面からわからないか。
文章力の問題ならそれは許してくれ、今後とも努力うる。
問題は夜襲そのものではなく、その適用する場所と場面だろう。
流石に無謀であるあると参謀部では津野田以外は反対したのだろう。
そこを問うている。
また、白襷隊をポイントにすることを森を見ず木を見るというが、
これまで、乃木の評価を整理立てて各攻撃で評価してきた。
これはひとつのルールなんだ。そのことをもう一度考えて欲しい。
これから暫くたつと乃木の指揮権は児玉に一時預けられてしまう。
やはり、最大のポイントではないだろうか。
あと、乃木が那須野で休職だったなど含めて、まったく
擁護になっていない。違うんだよ。それじゃ駄目なんだ。
擁護しているようで足を引っ張っているんだ。
88 :
鹿:2005/09/13(火) 14:47:15
相手を馬鹿にしていたのは最初だけだ。
この段階では誰も馬鹿になんかしていない。
しょうがなくてもがいているんだ。
しかし、しょうがない状況に陥らないようにするのが
プロのプロとしての方法論であることも付け加えよう。
例え、相手がどんなに手強くても最悪の状況に陥らない方策をもつ。
これが私たちが歴史に学ぶ日露に学ぶ重要な事なのではないか。
89 :
鹿:2005/09/13(火) 15:00:32
>>84 違う。担当者云々の問題をいっているのではないよ。
第一師団は東北正面とは番外として西側を担当しているからこそ、
明日の総攻撃をなんとか有利にできないかとの苦肉の提案じゃないか。
だから現場責任者として、第一師団の中村覚が指揮をとるんだろう。
みんなが必死であることをいっているんだよ。
しかし、そこには悲壮があり、無情があるじゃないか。
これが、分からないか。それはその場にいた乃木希典であれば
絶対わかったはずだ。そして、彼はそれを許可した。
第三軍司令官の評価をするうえでこれほどのポイントはないではないか。
90 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 15:30:35
乃木がその劇的な場面の陶酔いたということ?
そこまで言う?
92 :
鹿:2005/09/13(火) 19:09:49
どうだろ。それが私自身には答えがだせない。
で困っていますよ。
恐いな。批判されることではないよ。むしろ批判されたほうが楽かな。
なんなんだ!この沈黙は!
>>91さんはどう思う。他の人たちは?
この間からそのへんが引っかかってどうにも調子が悪いんだけど
その状況を自分になるだけ照らし合わせて考察するんだが
こうやって打ち込んでも答えはなかなかでません。
出るのは涙だけだ。馬鹿みたいだよ、まったく。
戦争は人間は成しえる最高芸術である。と誰かがそんなニュアンスのことを言ったが、
あらま、凄いこと言い切る偉い人もいるもんだと半分はあきれたもんです。
しかし、これはその芸術という事実に感動しているのか
はたまた、感情移入し過ぎて浪花節に感極まっているのか
とにかく、私の鹿さんの役目はここでお仕舞いにさせてください。
本日は手仕舞いして帰ります。
必死だったからか・・・
94 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 21:23:09
旅順攻略の難しさはどの攻略方法も簡単には否定できない所にあると思う。
現場での論戦や指揮権に関する言い争いはすごいものがあったはず。
焦りと失意と怒り、それらの感情がごちゃ混ぜの中で戦ったのではないのだろうか?
それでも勝利できたのは日本陸軍海軍、参謀本部、そして国民一人一人が
何とかして勝ちたいと言う気持ちがあったからだと思う。
事実、日露戦争当時における日露の経済格差や軍事力や兵力などを考慮すると
生半可な気持ちでは勝利する事はできなかったと思う。
広瀬はロシア海軍のデーター(所有戦艦の詳細)を戦前に調べ上げて功績が大きいのに
更に自ら死の危険まで冒して旅順封鎖作戦に参加した。
ロシアの戦艦は広瀬の為にその後、焦りから機雷にやられて戦意を無くす。
陸軍も坑道戦や突撃を繰り返してロシアの動揺を誘った。有坂もいろいろと頑張ったし。
よく見てみると結構、日本陸軍と海軍は組織立っていてすごい戦いだったと思う。
95 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 21:26:51
>>89 >第一師団は東北正面とは番外として西側を担当しているからこそ、
>明日の総攻撃をなんとか有利にできないかとの苦肉の提案じゃないか。
第一師団が、東北正面とは番外としているなど、とんでもない。
第三回総攻撃における第一師団の担当部署は、まさに東北面の最西端の
松樹山堡塁だ。
要するに、第1回総攻撃が失敗した時点で
「むむむ…15,000以上の将兵を失ってしまった(涙
旅順要塞は相当手ごわいな、こりゃ別の攻略法を考えねば…
よーし!新兵器バンカーバスターの弾頭に劣化ウランを詰め込んでと」
みたいな感じで作戦変更でもすれば、
「乃木は猛将」って事になっても否定はしないんだが。
97 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 21:47:45
まあバンカ―バスタ―は冗談としても言いたい事はわかる
98 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 21:59:55
気がする
>これまで、乃木の評価を整理立てて各攻撃で評価してきた。
>これはひとつのルールなんだ。そのことをもう一度考えて欲しい。
それではますます、このように、ある点を最大のポイントであると
述べることはそのルールに反するだろう。
「今回の第三回総攻撃の乃木希典司令官の採点の最大のポイントは」
白襷隊夜襲は、たしかに第三回総攻撃の悲劇のポイントだが、第三回総攻撃
全般から見れば、言ってみればエピソードの一つである。
これを最大の採点ポイントと見る鹿氏に聞くが、では主攻方面転換など以後の
種種の論点の重要度は白襷隊突撃決行決断よりも重要度が低いというのか。
それはどう見てもおかしなことだろう。
>これから暫くたつと乃木の指揮権は児玉に一時預けられてしまう。
指揮権委譲があったというのは何を根拠として述べているのか問いたい。
根拠薄弱と思う。
んじゃ続きねw
乃「伊地知君、どうやら目標砲撃だけでは効果が薄いようだ。
砲兵出身の君なら他に有効な要塞砲撃法を考えられるだろう?
なにか良策は無いかね?
このままでは大切な将兵の血を流し続ける事になってしまうんだよ」
伊「それでしたら、設置に時間は掛かりますが、
必殺28サンチ榴弾砲を使用しつつ、ありったけの砲弾の雨を
敵堡塁に降らせましょう!」
乃「やってみなさい」
なんちゃってw
第三軍は第三回総攻撃を始めるに当たって、11月6日に、満軍総参謀長に
「地質が堅くそのうえ敵が粘り強く妨害するので、予想外の時日を費やしたが
今後約10日間で突撃準備を終わる」と報告している。
総攻撃開始を左右するものが、攻撃築城の進捗具合であることを物語る。
>>62さんの美人列伝に反応いたします。
津野田少将の奥様(お名前を失念)は、あの吉田茂を袖にしたというお方でありますね。
そして津野田少将が美形で仏語が堪能だったから、結婚なさった才媛でいらっしゃいます。
福島大将の奥様貞子様は、結婚するまで米も炊いたことのないお嬢さんだったのであります。
それが嫁入り三週間前に猛特訓して福島家に嫁がれまして、以後、福島大将を生涯扶け続けられたたのであります。
小村外相の奥様マチ子様も旗本の家に生まれ、炊事洗濯針仕事などは、全くなさったことがなく、小村外相は大層苦労なさったとか。
また、マチ子夫人の芝居好きは、外相の御令息欣一氏に確実に受け継がれ、欣一氏は芸術芝居演劇等に一家言お持ちでありました。
(おまけ)花柳界出身の奥様方
陸奥外相の奥様おりょう様:英国人に絶賛される美人
伊藤総理の奥様梅子様:売れっ子馬関芸者でありました。
山県元帥の御側室貞子様:半玉時代から話題の尽きない新橋芸者でありました。お年を召されても背筋のしゃんとした方であります。
あらまっ!お呼びでなかったみたい…
んじゃ、真面目に。
>>これから暫くたつと乃木の指揮権は児玉に一時預けられてしまう。
>指揮権委譲があったというのは何を根拠として述べているのか問いたい。
>根拠薄弱と思う。
司令官は乃木のまま、伊地知を一時更迭し、
児玉が参謀として作戦を立案し実行したと習いました。
だれから習ったんだとツッコンで欲しいようなので遠慮なく。
>伊地知が一時更迭し、児玉が参謀
初耳であります。
素人考でありますが、第三軍参謀に大将たる児玉閣下が就いてしまうと、
階級上まずいのではありませんか?
それとも、乃木閣下と児玉閣下の友情の成せる業と解せば、あるいは…?
106 :
日本@名無史さん:2005/09/13(火) 23:12:49
雪の進軍 氷を踏んで どこがネタやらマジやら知れず
命捧げて出てきた身ゆゑ
死ぬる覚悟で突カンスレど
武運拙く討死でありますか…(つд`)
お騒がせ致しました。
初年兵
いい氏にざまだったぞ。
110 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 03:24:52
第三次総攻撃では、初めて日本軍側に迫撃砲が加わることと
なる。
迫撃砲については間違った情報が横行しているので訂正したい。
11月上旬 二龍山前面鉢巻山の金沢7聯隊は、二龍山崖上か
らの竹製で筒状の兵器から海軍実包を打ち出す露軍兵器によっ
て損害を受け、坑道掘進作業を中止せざる得ないこととなった。
ところが、11月19日、敦賀19聯隊の岐阜県の兵士達による
反対側からの攻撃で、二龍山の外岸の占領という大戦果が挙る
その際、この竹製で筒状の兵器も日本軍の手に落ちたわけだ。
そして、第三次総攻撃を前に、前線の将校が漸次交替で山を
降りこの兵器を目にすることとなる。直ちに花火職人と中国人
水売りの竹製バケツが集められ、故れを元に、世界最初の迫撃
砲(という言葉)が作られることとなる。
早速急造された迫撃砲は、東鶏冠山北堡塁に優先配備された。
なお、露軍の鉄製で筒状の兵器は、第一次総攻撃の時点で大量に
配備されており、この兵器から打ち出された擲発弾によって大損
害を受けている。この兵器は開城時、迫撃砲という名称で、接収
されている。
>>86 >清とロシアの違いや10年の時代差に目をつぶり
目をつぶっていたのは現地軍でしょ。実際、ブリアルモン式の要塞の強度は
戦前から知識としてあったし、20万樽ものコンクリートが使われたという情報も
あった。それが立てた計画は3日で陥落予定でしかも準備砲撃で弾薬を使い果たす
という失態ぶり。
>西進中の時期ですら、司令官と参謀長は慎重策をとっており
悲観的とか言われても、実際の総攻撃計画は3日で陥落予定。こんなバカな話しはない。
計画の前は慎重策とか言われても 何をいってるのか。
112 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 07:21:31
>>102 いやあ、補足 あ ん が と 。
福島夫人のエピソードはいいねぇ。座布団三枚あげるよ。
話が重くなったときはまたお願いネ。
113 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 07:57:53
白襷隊の決死突撃の失敗は当然のように第三軍に衝撃を与えた。
参謀部では203高地への攻撃目標大転換に大きく傾いていく。
白井参謀もその一人だ。
白井は総司令部から派遣さていた軍目付福島安正副参謀長にその効果を力説し、
その許可を懇願する。
しかし、福島は無言である。もとよりそんな権限を彼は有していない。
その福島の視線先には遠く黒い班点で染め上げられたカーキ色の物体が無数に取り残されている。
福島は意を決すと言った。
「許可はあとでいい。責任は俺がとる。直ぐやろう」
白井と福島は乃木のもとへ走った。
こうして、第三軍は二〇三高地へ攻撃目標を大転換させるのであった。
114 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 08:29:27
>>111 現地軍はロシア要塞の堅固さを身を以て知った。目をつぶれるものか。
国内の、例えば大本営とかは目をつぶるもなにも、見てないものね。
戦後、旅順を視察に来た山県だっけ、一堡塁だけ見て悄然として帰った。
三日間で陥落予定、というのだって、主に大本営からいついつまでに旅順を
占領してくれという戦争スケジュールの強要があったればこそ。
もともと第三軍首謀部は慎重策だったよ。
下(某旅団長)からは「老朽不変の人材は軍参謀長に不適格」とか言われ、
上(某参謀)とは腕力沙汰になる寸前にまでなりながらもね。
結局は押し切られるわけだが。下はともかく上がわかってないというのは
現地軍にとって実に不幸なことだった。
115 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 08:55:07
ここでの乃木の決断こそ評価に値するな。
そのときの伊地知の反応はどうだったのだろうか。
いや、大庭が以前から少量づつ伊地知の茶に投与し続けた
「神経痛促進剤」の効果が発揮されていき、
それどころではなかったかとも言われている。
『日本陸軍陰謀の100年史』(日刊ゲンタイ刊・2006.4.1)
編著は本木邇磨奈氏で太平洋戦争に従軍した親戚を持つといわれている。
東大の売店で働いた経歴があり、講演活動など意欲的なプロフィールが紹介されていた。
現在は軍事関連商品で開運をもたらす通信販売の外交員。
『検証!南山ひ山の暗号』『発見!迫撃砲を巻いた荒縄』
『陸軍が秘匿する旅順核実験の記録』(いずれも学習研究会ムーズムック)
116 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 09:39:11
>>114 残念ながら君の力説はまったく意味をなさないな。
>主に大本営からいついつまでに旅順を
>占領してくれという戦争スケジュールの強要があったればこそ。
大本営の強要なのか?大本営にそんな権限があるの?
それはいいとしても、「いついつまでに」と問うて、「三日で」と答えたのは
第三軍であり、計画書も作成した。それを報告にいったのは大本営ではなく満州軍総司令部。
「強要」云々はニュアンスだろう。というか誰だって早くやって欲しいと思うよ。
時間軸の問題だね。半年を長く思うか思わないかには個人差がある。
では、旅順攻略にどれくらいの時間を要するか見積もるかとすれば
君のいうように現地にいる第三軍しか適任者はいないんだ。
彼らは突然、旅順に舞い降りたのではないんだよ。第一回総攻撃にはいるまでに
包囲攻撃をしながら進軍していたわけじゃないか。その被害だって馬鹿にできない数字だ。
そのうえで、算出した計画だろう。寝ぼけたことをいうなと笑われるぞ。
上、下、の件も伊地知の不徳の致すところ。それだけだ。
不幸は認めるが、それ以上でもそれ以下でもないな。
やってみないと分からなかったも駄目だね。そう思わないかい。
117 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 09:47:42
第三軍・伊地知が気負ったっていうこと。
御銚子者ってことか。
>>115 まじ笑った。
実はあの「荒縄」昔から気になって仕方なかったんだ俺。
あれが出てきてちょっと嬉しいかったよ(^O^)♪
119 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 10:04:57
>>117 伊地知は千葉出身者じゃないぞ。
いい加減な資料でいい加減なことをいうな!
>>115 学研の図書目録にそんな文献はない。いや、今現在確認できないとしておこう。
本木邇磨奈氏の学説が正当であるかの論拠を示せ。
ならびに東大勤務の期間も提示してもらいたい。
さらに、親族は何等親のことをいっているのか。ここが抜けている点に大きな疑問と
意図的なものを感じてしまうが如何なものか。
120 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 10:14:24
>>116 三日間スケジュール、というのに妙に拘っているようだが、攻撃予定の中に
おいて数日間での陥落を「予定」として組むのは当然のこと。
もともと日本軍は砲弾が少ない。長時日のスケジュールは許されない。
もしもそんなもの提出したとしても却下だろう。
たしか海軍は、「遅くとも8月10日には攻略してほしい」と現実を知らない
とはいえ無理難題を言う。その意を受けて大本営から旅順にやってきた井口
は伊地知と激論になった。
満軍総司令部の児玉総参謀長は、伊地知の慎重策に「そんなにのんびりやって
いては」と急かしている。
誰が寝ぼけたことをいうな、と笑うものか。
これでよし、我が意を得たりってものだろう。
121 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 10:24:00
>半年を長く思うか思わないかには個人差がある
時日の長短は、客観的にはなんらの意味も無いということだね。
旅順要塞の降伏が、戦争の経過としてどのように影響したのか?と
いうのを考えるのが大事だと思う。
たとえ一ヶ月で落ちたとしても、それが決戦に間に合わなければ
評価は「時間が掛かった、遅かった」となる。
たとえ一年で落ちたとしても、それが決戦に間に合えば、評価は
「時間は掛かったが、間に合った」となる。
旅順陥落は、バルチック艦隊の来航にも充分に間に合ったし、
奉天会戦にもなんとか間に合った。
旅順攻撃の評価は、極言すればこれで充分。
>上、下、の件も伊地知の不徳の致すところ。
伊地知は人望がなかったらしいが、この件については伊地知の考えが
正しかったというのは認めざるをえないのではないか。
井口など、第一回総攻撃の後で自分たちが提唱していた西方面からの奇襲案
について言い訳しているが、なんとも虚しい。
123 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 10:42:22
124 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 10:55:35
なに!おちただと!
126 :
116:2005/09/14(水) 12:13:55
>>121 同意。そのとおりだ。
>>120 不同意。
>そんなもの提出したとしても却下だろう。
一回、却下させてみたくなかったか。
試す価値はあったとおもうぞ。本当に難しいと判断したのならば。
児玉がなんと言おうといいんだよ。意見なんだから。
一回、却下させたら、これほど大きい歴史的な事実はないじゃないか。
責任の所在もはっきりさせられる。
これは絵空事としての与太話だが
第三軍は00日の計画案を総司令部に報告した。
それを見た児玉は真っ赤な顔をして白井参謀に激怒した!
「貴様!馬鹿者!遅すぎる!朝から洋食など喰えるか!」
ほうほうの体で帰還した白井の報告で「三日間攻略」が計画された。
失敗した。大失敗だった。
責任=満州軍総司令部大山巌ならびに児玉源太郎
両名に訓告処分と大山紅茶抜き、児玉源太郎旅順立ち入り禁止
参考として、第二軍「南山の戦い」「首山堡の戦い」(遼陽会戦)
128 :
116:2005/09/14(水) 12:26:56
>>121 時間(期間)の問題と同時に
被害状況・内容もあると思いますが。
129 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 12:27:47
>>126 こういうのはどう?
前進陣地も取っていない時分、児玉は攻城日程を作れと言ってきた。
慎重策でやっていた伊地知以下参謀部は大弱り、なんとか作成して提出した。
児「君、これは攻囲線を占領してからの日程じゃないか。前進陣地はいつ
攻略するのか」
伊「来る二十五日から攻撃に着手します」
児「攻略してからどうする」
伊「…………」
児「また一休みか?君、そうごゆっくりじゃあ、又敵が防御陣地を堅固にして
容易には取れないようになるぜ。前進陣地は幾日で取れる?取ったらどうする?
息を継がずに攻囲戦をとってしまわねば駄目だ。そういう要領で攻城日程を
すぐ作って出したまえ。」
このやり取りのあとに出されたのが、児玉将軍のご希望通りの攻城日程、と。
130 :
126:2005/09/14(水) 12:58:04
>>129 なかなかの手練れだな。ちょっとくやしい。
でも慎重論ってこう表現するとまた物議をかもすような期待するような
なんか臨場感あってこの論法こわいような論拠をしめせといあわれても
ばーかと笑うようなお腹がすきそうな、あ!お昼ご飯だった。
>>125 ていていた〜氏の
すごい良かったぞ!
もっとゆっくりみたかったがな。
> お昼ご飯だった
「児玉さん児玉さん このたび新発明の」
「却下だ!」
ご飯を食べないとお腹がすくじゃないか。
133 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 13:08:08
>>129 なんか短い鉛筆を舐め舐め天井をみたりして
一生懸命計画書を書き込んでいる伊地知の姿が目に浮かぶ。
教室には彼ひとり。担任の児玉先生はその周りを歩いている。
伊地知君は時々教室の窓から校庭で遊んでいる友だちが気になる。
「こらっ!余所見をするな。まだ、できんのか」
こっんと児玉先生は伊地知君を小突きました。
「せ、先生!できました。三日です。三日でやります。」
旅順小学校一年三組 伊地知幸介
つづく
134 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 13:11:59
その計画書はえんぴつの消しあとできたない。
教室には雑巾と花瓶の腐った水の臭いと粘土の臭いがする。
結局、児玉は、伊地知らの考えていた慎重策では納得しなかったわけだ。
児玉の言い分はわかる。
しかし、児玉がかように急かした結果出来上がった攻城日程は、
現実にはまったくの失敗だった。
>>133-134 まったく情けない。伊地知が愚か者という視点しか持たないのか。
>>115 俺もまじ笑った。
俺もあの「荒縄」昔から気になって仕方なかったんだ。
『日本陸軍陰謀の100年史』(日刊ゲンタイ刊・2006.4.1)
2006.4.1の日付(未だ先ですな)に気付かず目くじらたてて
いきり立っている
>>115さんにもまじ笑った。
シャレだろ?なぁ。
138 :
訂正:2005/09/14(水) 13:39:02
139 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 13:46:06
同意
あの「荒縄で巻いた迫撃砲」映画二百三高地にまで登場してたもんな。
いまだに胸につっかえている。
119さんのボケもかなり本格的な一流のボケで笑わせてもらった。
141 :
情け無用の愚か者の船:2005/09/14(水) 14:00:29
児玉先生がその汚い答案を手にしたときに、
伊地知君は廊下でこちらを眺めている乃木先生をみつけます。
「せんせい!できました。」伊地知君は乃木先生のところに駆け寄っていきます。
ちょっとはにかみながら乃木先生が教室のなかに入ってきます。
児玉先生は伊地知君の汚い答案用紙から乃木先生に視線をかえました。
乃木先生は腰を屈めて、そうかよくできたな感心だ。といって伊地知君の頭を大きな掌で
やさしくなでましたが、さっき児玉先生から小突かれたコブには気付きませんでした。
それを聞くと伊地知君はいちもくさんに校庭に駆けていきます。
教室には児玉先生と乃木先生のふたりです。
ほんとは伊地知君の担任は乃木先生で、児玉先生は学年主任です。
「どうだ、伊地知は」児玉先生がたずねると、乃木先生はさきほどの微笑みを残した表情を
一瞬もとにもどすと、窓に映る校庭にむかうように姿勢かえていいました。
「伊地知はよくやってくれている」
その校庭では伊地知君と井口君が取っ組み合いの喧嘩をしています。
先生達に見えない場所から松川君が石を投げています。
伊地知君の顔は鼻血と涙でぐちゃぐちゃでした。夕暮れに学校のチャイムが鳴ります。
旅順小学校一年三組伊地知幸介 おわり
本木邇磨奈(ホンキスルナ)
著書多数
142 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 14:06:31
伊地知は、能無しと思えるがいかに?
143 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 14:11:47
それはちょっと酷い。
あんな失敗は今現在おれらの社会や会社ではよくある。
おれの上司もまったく伊地知だ。
かといって伊地知を能なしにするとみんな能なしなって
天に唾を吐くことになりかねない。
伊地知は罠にはまったんだ。そういう体質だったこともあるけどね。
罠だよ罠。
145 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 14:23:47
現実の上司には何も言えず、伊地知に投影して唾していたのかな。
そんなんで実害がでない仕事なんならそれでよし、だしね。
でも、ここはそんな人の精神安定の為の場ではないんだが・・・
110はホントでしょ?
迫撃砲と手榴弾っていろんな説きくけど。
148 :
昔の116:2005/09/14(水) 14:39:30
>>120 ちょと古い話になって恐縮だが、一応たまには揚げ足も取らせてくれ。初めてかも。
井口がどこから来たって?
>たしか海軍は、「遅くとも8月10日には攻略してほしい」と現実を知らない
>とはいえ無理難題を言う。その意を受けて大本営から旅順にやってきた井口
>は伊地知と激論になった。
なんで総司令部にいる井口が大本営の特使みたいになるんだよ。
参謀部の鋳方中佐が「先輩、僕、伊地知さん苦手です。自信がありません。」
っつて、井口がついていったんだろう。
そっから先、喧嘩になったって二人のやりとりの問題じゃないか。
それに海軍がいってるのは要望なんだろう。それも突っぱねたんだから問題ないじゃないか。
全部、自己責任で突っぱねておいて、後から強要されたなんていうなよ。
それだったら、井口とその場でここまでもめるわけないじゃないか。
いい加減に第三回総攻撃に話をもどそうよ。
149 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 14:41:08
長岡次長は日記やら何やら残している、これは自己顕示欲によるものだろう。
結構自画自賛が多い。
井口参謀は、自分では公開する気があったのかどうか知らないが日記やら書簡
を残している。
乃木軍司令官は日記があるな。
大庭参謀はあちこちで講演や寄稿などしている。
津野田参謀に至っては本だしてるし。
伊地知参謀長って、自身はなんか残してないのだろうか。実は結構謎の人。
井口の日記の戦後のところで、砲科出身者として共同戦線を組もうとしていた
ような素振りが見えるが、戦後は仲直りしてたんだろうか。
150 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 14:44:53
>>148 病気療養で内地遺留、しばらく大本営に居た。
その後遅れて出立するが、途中で第三軍司令部に立ち寄る。
ためにちょうど大本営のメッセンジャーみたいな感じになっている。
この頃の井口は、なんか微妙な立場だったみたい。
151 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 14:47:02
>>145 同感!
でも、143はもっと深いところを言っているようだが、如何なものか。
>>146のボケが場所的に本日一番かな。
ココ色んな意味でレベル高いぜ。気がぬけない。もっとやれ。
152 :
148:2005/09/14(水) 14:59:07
>>150 同意。そうだったのか、こちらで落ち合ったということだね。
有難う。勉強になったよ。
まあ、こっちの主旨はその場のシチュエーションと井口の肩書き立場をいってみたかった。
ちょっと気になって仕事にならない。こちらはいったん退場します。
153 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 16:54:51
海ゆかば水漬く屍 山ゆかば草むす屍
154 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 17:13:25
静かだ。
みんなどこにいってしまったんだろう。
俺が来たゾ!!
>>110 迫撃砲の情報ありがとうございました。
前スレで迫撃砲の質問した奴です。
迫撃砲ロシア軍のパクリなんですねwww
前になんかの本で日本軍が開発したとかよんだもので 質問してしまいました。
156 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 18:57:24
という事で
本筋にもどします。
157 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 19:51:45
俺も帰って来たが何をどうしていいかわからない。
本筋も見失っている。
158 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 20:01:51
御邪魔にならないところで
ちょっとブレイク特別付録)日露戦争明治酒乱烈伝
1.乃木希典 後に改心
2.上村彦之丞 あまりに酷いので艦上で山本権衛にぶん殴られる。
3・西寛二郎 酒豪とは聞いたが、酒乱とは聞いてない。
4・秋山好古 酒乱ではないがアルコール依存症、所謂アル中毒ではある。
番外)黒田清隆 コメントできません。
なんかさえなかったね。
>>114 >現地軍はロシア要塞の堅固さを身を以て知った
だから 第1回総攻撃後の話しをしているんじゃないよ?前の話し。
慎重論と何回も仰ってるけど、前進陣地を攻略するときは慎重なのは
当然。現地情報が少ないのだから。
総攻撃前はそういった6-8月までの現地情報を踏まえた上で、3日陥落を計画
したんでそ。
>>120 あの 前進陣地攻略での距離対日時と総攻撃の距離対日時は
総攻撃の方が短いと思うのですが・・・。
砲弾数は大陸の当時の日本の軍団中ではトップですよ。
>提出したとしても却下だろう。
第3回総攻撃時は前線部隊がこれ以上の攻撃はできないということで、
延期を認めていますよ。延期を認めている事実がある以上、それはない。
>一ヶ月で落ちたとしても、それが決戦に間に合わなければ
当時の総攻撃計画では8月に陥落しても遼陽決戦には到底間に合いませんが。
そもそも決戦に間に合わせるという事自体、後付けの論理であって、間違ってる。
実際、なぜ無茶をして二百三高地を落としたかを理解していればそういう
論理にはならんだろ。艦隊さえいなくなれば後は包囲、正攻法で十分ですからね。
>>160 第一回の時の話をしていると思ったら第三回の話をして、何を混乱しているのか?
これは分かりやすい点だが、全体的に意味不明。なんとかして。
ああなんだ、159もあったのか。 でも159も全体的に意味不明だな。
ごめん、何いってるのかわからない。
160を読めば読むほどわからない。
「上部に提出する攻撃計画」の話をしているのに「前線部隊がどうこう」?
ん〜〜?
まあいいや、よくわからん所はおいとく。
これを説明してくれないだろうか。
> 砲弾数は大陸の当時の日本の軍団中ではトップ
当時っていつのこと?なにしろ話があちこち飛躍してて判然としないのだ。
また、当時の軍団?軍だね?の砲弾数は、各軍どの程度だったのか?
一地域に数軍集まっていた時期だとしたら、その各軍に分配されるわけだから、
各軍の砲弾数は当然分散されるわけだし。
164 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 22:04:11
だからさ、白襷隊の話からさ、福島のさ、話でさ、
攻撃目標が203高地変更された話にさ、なったんだからさ、
大迫第七師団の話はいつさ?
> 砲弾数は大陸の当時の日本の軍団中ではトップ
は、多分、第三軍が砲弾配給を優遇されていたを指摘しているのでは。
は、はたしに聞いてない。失礼しまーしたー。
165 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 22:18:46
>>160 俺は「間に合わないの後付」理論には以前から首を傾げるのだが
遼陽会戦に間に合わないのは覚悟していただろうね。
ただ、沙河会戦には相当影響したんじゃないか。
砲弾不足は全日本軍共通の問題だった。第三軍がきたからって全体の比率は変わらないが、
火力と量は変わるよね。それより兵力の対比率が変わるじゃない。
どこかの書き込みで戦闘兵力の絶対比率を誰かが書いていたんだが
今は思い出せない。間に合う間に合わないは別にしても
一応勝った日本軍の死傷者数は激減したんじゃないかな。
ただ、問題はクロパトキンがその比率では戦いを回避して、ハルピンまで誘き出されて
ジ・エンド!があったかもしれない。こうなると想像になってしまうけどね。
166 :
日本@名無史さん:2005/09/14(水) 23:02:30
>>ていていた〜氏の日露戦争フラッシュ。
って何?
一晩経つだけで、スレの速さについて逝けない…
>>105 >>伊地知を一時更迭し、児玉が参謀
>初耳であります。
>素人考でありますが、第三軍参謀に大将たる児玉閣下が就いてしまうと、
>階級上まずいのではありませんか?
>それとも、乃木閣下と児玉閣下の友情の成せる業と解せば、あるいは…?
だってさ、なぜか明治天皇と大山さんが、乃木さんの更迭を反対したんだもん…
そもそも児玉さんが階級にこだわる人物だったら、
大臣の地位から二階級も落として陸軍参謀次長にゃならんでしょう?
まぁ、応急処置的なモノですから…深く突っ込まんといてや。
乃木閣下と児玉閣下の友情の成せる業と言うよりは、
児玉さんの器の大きさと格の違いが成せる業ではなかろうか…
と、恐山のイタコが申しております。
対露倭乱=ファーイーストナチスの最初の台頭
皆さん、文芸春秋10月号見ましたか?俺はこれから読みます。ノシ
昭和天皇 日露戦争
170 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 00:10:41
パート-1を読み返してみたけど
面白いね。
なんかスピーディーで。
あれ、さっきから変わってないの?
寝よ。
>なぜ〜〜かを理解していればそういう論理にはならんだろ。
出た出た、「〜を理解していない」戦法。 やだやだこーいう高飛車知ったかぶり。
>>165 >沙河会戦には相当影響したんじゃないか。
9月下旬の沙河会戦は、ロシア側が計画をしたもの、日本側は計画していません。
また9/28の段階では8月末に陥落したとしても間に合っていません。
さらに黒溝台の会戦にしていもロシア側の攻勢計画であって日本側は計画をしていません。
この2会戦は決戦というべきものではないですし、”決戦に間に合わせるため”に
第3軍が旅順から離れるタイムリミットは12月中旬から1月というのが真相でしょう。
ということは、第1回から第2回で陥落させる理由として”決戦に間に合わせる”というのは
後でつけた言い訳でしかありません。
ただし、ロシア側の秋季攻勢によって日本軍が負けた場合(程度にもよる)第3軍の兵力が
重要なのは間違いありません。当時の日本の戦略目標は朝鮮半島の制圧であって
旅順半島の制圧ではない以上、秋季攻勢でまけた場合、抽出される可能性はあります。
>>161-163 計画というのはそれまでの戦いからの経験に基づいて考えるんだよ。
”慎重策をとった”前進陣地攻略戦から総攻撃は3日陥落を計画したんだよね。
言い訳にはならん。
>砲弾数は大陸の当時の日本の軍団中ではトップ
とりあえず163は資料を調べるという事はないようだね。日露戦役消費弾薬数は
ちょっと調べれば出てくるだろうに。
砲兵の弾薬消費数 遼陽会戦 120567発(249.1) 旅順第一回戦 113595発(295.8)
というか、気に入らない意見に対しては、自分で調べようともせず、”理解できないや”
で済ませる君の意見は質問厨以下の存在だな。
多分、数冊の本で観念が凝り固まっていて、気に入らない意見は調べずに
拒否してしまうんだろうね。 ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )
>>148 >参謀部の鋳方中佐が「先輩、僕、伊地知さん苦手です。自信がありません」
もともと長岡少将が第3軍の攻撃計画に疑念があったので鋳方中佐を派遣したんだけど、
鋳方中佐はどちらかというと薩摩閥じゃないので、伊地知参謀のような人は
苦手だったようですね。この人は旅順攻撃開始前から二百三高地攻略案を
長岡少将に案を出していたので、この人が長岡を動かしたのかもしれません。
で そこまで言うならいって来いと。
175 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 07:43:42
>>174 はっはあ、井口なんだ。
いい話聞いた。
176 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 08:23:15
>>173 遼陽の方が多いじゃん。
どっちかというと、北方戦線の方が弾薬は優遇されていたんではないの?
「(砲弾がないので)旅順の方は肉弾でやってくれ、というわけです」と、
戦後の新聞社主催の懇談会で誰かが言っていた。
177 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 08:26:28
みんなけっこう紳士的にやっていたのに。
ついに厨というワードが出ちゃったか。あーあ。
178 :
165:2005/09/15(木) 08:40:18
>>172 間に合った間に合わないはこれまでも結構やったから大枠で理解はしているんだ。
前回は「せめて黒溝台の戦い」に間に合っていればとした。
これだったらそう無理はないよね。
今回は敢えて「沙河会戦」としたのは、すくなくとも「相当影響」という点と
時期の時間軸を最短〜最長を考慮して三日間で陥落した最短ね。計画予定では
9月22日に旅順入城だとすれば一個師団を残して三個師団なみ。後の第七師団も直接本隊に進むだろう。
それでも沙河会戦は翌月中旬だから到底無理だね。でも「相当の影響」はあったはずだ。
また、沙河会戦はそこからダラダラ11月中旬までやっている。途中からなら間に合うよ。絶対。
>ロシア側の攻勢計画であって日本側は計画をしていません。
そんなことまったく関係ないだろう。
まあ。秋の段階で日本軍が南満州で負けていたらそこで終わりだっただろうね。
179 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 08:58:25
>>176 数でみるんじゃないよ。一門あたりの配分量だろう。
旅順と遼陽会戦の規模はまったく違うじゃないか。
第三軍:第一軍+第二軍+第四軍
これで第三軍のほうが砲弾数が多かったら・・・
180 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 11:26:34
文春買いに行こ
181 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 13:39:25
>>179 戦闘の規模で言うとしたら、それこそ「単純な砲弾数」や「一門宛て分配数」の
データにあまり意味がなさそうなのだが。
それらよりも、攻城砲兵司令部が当初要求していた砲弾数を大幅に削減され、
かつ、追送するという約束は全く果たされなかったという事実や、座談会で
言われていた「旅順の方は肉弾でやってくれ、と」という証言から考えれば、
旅順の方が優遇されていたというのは、どうなんだろうと思うのだ。
182 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 14:42:09
>>181 その座談会で誰が言ったかしらないが、「肉弾」なんてこの時には存在していないんだ。
作者の第十一師団・桜井忠温中隊長は病院のベッドでうんうん唸っているよ。
まだペンを持てない状態だ。まあ、そんなことはどうでもいいが、出版は明治38年だ。
日露戦争、いや、もっと慎重に旅順攻略後だろう。「肉弾」とは著者の造語だ。
ついでに表紙の題字は乃木希典。(「日露戦争明治人物烈伝」これ使えるね)
まあ、冗談はさておき、冗談じゃない。
>「旅順の方は肉弾でやってくれ、と」
っていうのは砲弾はこれ以上の支給はできないから、なんとか現状で頑張ってくれってことだろう。
「大幅に削減された」っていうとなんか理不尽な扱いされたと聞こえるが
現実にないんだもん。だから「しょうがない」とは言ってないよ。
>攻城砲兵司令部が当初要求していた
当初の要求に応えられなかった。というわけではないか。
>データにあまり意味がなさそうなのだが。
あるよ。そのデータの考察の見方を誤らなければね。僕はそこを注意した。
第一回総攻撃では1門50発(一日割り当て)の10発多い60発を第三軍は割り当てた。
いいかい、この総攻撃はなんで3日間だったと思う。恐ろしいかな
第三軍が持ち得る砲弾数の総数を(60発×)日数からのものなんだ。
また、あとで煩いから突撃用の2回は別に用意している点も明記しよう。
60発×(3日+2回分)=1門あたり300発だ。これを2日で使い果たした。どうしましょ。
遼陽、沙河、奉天の一門あたりの配分は見づらいけれど児島本の「日露」に書いてあるよ。
ロシアとの戦い生半可なものではなかった。この数字は本国の生産量アップで
鰻登りになるけれど、実際はコツコツ貯めていたが現実だ。
だから、旅順第三軍は要求を満たされず冷たくされたなんて考えるなよ。
整理しよう。ここに第一回総攻撃の計画の無理がある。
第三軍が必要以上に補給等で冷たくされた事実はない。むしろ本隊の補給はその
しわ寄せを喰った。第二軍等の遼陽会戦までの戦いや沙河会戦に顕著に現れている。
データは意味がある。が、用いる人によって答えは様々。困ったもんだね。
183 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 14:46:20
「鰻登り」はちょっとまずかった。
改善されたはいくが、
に変更してね。どうも書いているとき希望的な気持ちが働くようだ。
すみません。
184 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 14:47:29
改善されてはいくが、
185 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 17:09:13
さあぁて、議論も迷走してきましたところで203高地の段に移ります。
白襷隊の失敗から203高地への攻撃変更がなされたのは明治37年11月27日である。
命令が下された30分後の午前10時30分には二八サンチ砲四門が轟音を発した。
続いくように砲兵第二旅団の集中射が火を噴く。
旅順の決戦場は変わったのだ。
第一師団松村師団長は午後3時30分に今夕6時の突撃実施を下命した。
ところがうまくいかない。西正面攻撃は成功の兆しはあったが、
一時間後「敵の猛烈なる回復攻撃」によって撃退されてしまう。
翌28日、松村は「昨日は前哨戦の小手調べ、本日こそが本当だ!」と宣言した。
夜明けと共に友軍の集中砲撃が始まった。午前8時10分には一連隊と二大隊が
203高地西南部への突進していく。しかし、山頂へはとどかない。
後備第一友安旅団長は二個中隊の救援を差し向けて「断固たる攻撃」を命令した。
10時30分に突撃は再開された。この突撃で203高地西南部頂上を占領したのである。
それは一瞬の事実である。次の瞬間にはロシア軍の逆襲によって、山頂の英雄たち全員が
死傷してしまい、後続の将兵は退却を余儀なくされてしまう。
正午に一大隊の増援を得て、三回目の突撃が敢行された。
「山頂(西南部一部)を奪回したぞ!」
しかし、一部では意味がないのだ。203高地の東北部は以前奪取できていない。
松村は予想外の苦戦に軍予備隊の第七師団から一大隊、二中隊の増援を要請する。
そして、第一旅団は午後1時40分に突撃したが40メートルの進撃で全滅してしまう。
203高地は西南部と東北部が攻撃拠点だがこの攻撃部隊の連携がうまくいかない。
とにかくうまくいかない。司令部はここで遂に第七師団全軍の投入に踏み切る。のだった。
186 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 17:15:38
どこにいっても東北方面は鬼門だねえ。
丑寅の方角か?旅順攻めの前に
ちゃんとお払いをしなかったんじゃないかねぇ。
細木数子でも連れて行けばよかったんだよ。
当時16歳。可愛かっただろうね。顔は相変わらず出かかったけど。
乃木の膝に乗ってる写真みたことあるよ。
187 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 17:22:19
>>186 社長、またまた、洒落が滑ってますよ。
樺山の爺様と白州正子の引っかけじゃねえですか。
確かに細木数子は化けもんでげす。
188 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 17:24:56
友安旅団長はよく登場するけど指揮能力はどうなんだろう?
189 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 17:25:11
>>186 誰が十六?
誰が乃木の膝の上で写真に写ってたの?
190 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 17:25:46
なんで、今頃になって第七師団の投入に踏み切るんだろう。
あれだけ欲しがっていたんでしょう。
191 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 17:28:13
予備軍なんだよ。知らないの。
192 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 17:56:26
本筋を崩さぬようみんな遠慮気味。
193 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 19:27:31
>>189 突っ込みが遅かったね。
というか手仕舞いが早すぎ。ついていけないな。
しかし、細木数子の若い頃は美人だったのかね。
いや、女は化け物だ。
194 :
中年遊撃隊:2005/09/15(木) 19:31:12
「奥様は18歳」の松坂慶子はよかったなあ。
アゲすぎたかな
196 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 21:45:05
二〇三高地への攻撃目標転換は
第三軍責任者乃木司令官の最終決断による。
英断じゃないか。
それにしても二〇三高地は厳しいな。
197 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 21:52:36
こんなんだったら、東北正面のままでも同じだった。
と、攻めてから思わなかったね。
どうせ、被害を承知で攻めるのなら、本線を一貫して攻撃する。
それとも、そんなこと考えられないくらい東北正面は鉄壁だったということか。
二〇三高地に対しては
松村や第一師団参謀はその効果と攻略には自信があったようだが。
198 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 22:19:28
津野田の暴言はまだか?
199 :
日本@名無史さん:2005/09/15(木) 22:42:16
>>182 >60発×(3日+2回分)=1門あたり300発だ。これを2日で使い果たした。
児島の「日露戦争」を読んで見ると、これだけの弾薬数を二日で使い果たした
とは読めないのだが。
第一日目を描いている部分、191ページには、一日の発射予定弾数に応じて
射撃した、と書いてある。突撃の際に集中射撃することを考慮して「緩射」
つまり散発的であったと。
また199ページにも日本側の砲撃も、弾薬豊富な海軍陸戦重砲隊意外は停止
した、とある。
第二日目を描いている部分にも、一日の発射予定弾数を超過して射撃したと
いうようなことは書いていなかったと思う。もしもあるというならページ数
を教えて欲しい。
しかしながら、第三日目を描く258ページに至って、突然に「弾薬欠乏」
となっている。
第一日目のように一日発射予定弾数を考慮して時に緩射、時に射撃停止して
いながらにして、2日の内に300発を使い果たせるわけがない。
陸軍省からの追送の約束が反故にされたため、三日以降の弾薬が欠乏したと
考えるが、いかがか。
200 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 05:39:57
白襷隊の失敗というが
どうも、特別攻撃隊(白襷隊という言葉は嫌いだ)の
目的が不明だ。よくわからない。
1.白玉山の隙をついて市街地に入って後方攪乱をすることなのか
2.松樹山第四備砲台の占領なのか
3.それとも、主攻撃と連動した奇襲攪乱なのか
2については歩35連隊第2大隊は防壁外側に到達して
一部の兵は防壁内側に進入し、銃撃戦までしている。
ところが、公刊戦記の記述と異なり、後続の部隊がてんで続かず
戦力不足で待機となり、損害増加で後退のやむなきに至っている。
1や3なら主攻方面で攻勢を行う必要があるのに、既に戦力は払底している
つまり、26日以前に実施すべきで、27日にするのはおかしい。
とにかく、幾分でも成功したとしても、その次が何もない
いったいこれは、何か成果を期待した作戦なのか
それとも「やるだけやったぞ」という言い訳なのか
>199 >陸軍省からの追送の約束が反故
P173の記述の豊島少将の予定は一門辺り300発の計画で
実際の第1回総攻撃では295発も消費しています。予定通りでそ。
というか追走の約束を総攻撃前か攻撃中にしてたっけ?
徒歩砲兵連隊は前線に軍司令部からの砲弾が到着しなかったのであって、
軍司令部の問題なんだが?それに対する軍司令部の解答は砲弾を節約しろ
ということ。
>>178 黒溝台の戦いは日本側の想定を超えたものであって、当時の想定を
超えた史実でもって、それに間に合わせる為という理由にはなりません。
当時の日本軍は冬季に攻撃をかけるなど思いもよらなかったのですよ?
よって日本が遼陽会戦という決戦に失敗して次の攻勢時期は春季にならざるを
得ません。
>南満州で負けていたらそこで終わりだっただろうね
終わりじゃないって、朝鮮半島が残ってるのだが。考え方が極端ですね。
乃木が第3回総攻撃を行う直前、乃木の決意は
「要すれば、予自ら第7師団を率い、各師団に先立ちて突撃することあるべし」
つまり当時の第3軍は嫌気ムードが漂っていたのでしょうね。それを糾す為の
決意の披露でしたたが、あまり効果はなかったようで。
結局 第3回総攻撃 東北正面は失敗に終わり、白襷隊も失敗に終わり、
さらに第7師団を東北正面に投入しようにも、第9師団長に断られた。
その総攻撃は今までの午前砲撃、午後突撃というパターンに沿ったもので
失敗を予見するものもいた。
また二百三高地攻撃直前に判明したことだが、東北正面の攻撃路掘削も
不十分であり、第3回総攻撃、東北正面は前線部隊と司令部との差が浮き彫りになる。
正攻法に転換したとしても徹底して行わなければ、何の意味もない。
徹底さを欠いた作戦計画でもって実行しても失敗するのは目に見えてる。
東北正面に固執したのは、敵の強度がもっとも高い所を目的としたことを
失敗と認めたくない為だったのでしょう。さらに当時の要塞攻撃のセオリーたる
包囲攻撃を行わず、正面攻撃に固執したのも失敗の原因の一部。
今でもそれを認められない人がいるが、人間って失敗した計画を立てたとき
固執するんだよなw ましてや、相手は薩摩閥の虎の威を狩るネズミが
参謀長且つ総司令官とは旧知の仲なのだから、転換するのは大変だったことでしょう。
204 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 07:48:39
>>201 >追走の約束を総攻撃前か攻撃中にしてたっけ?
してたんです。児島の「日露戦争」には書かれていないけど。
>徒歩砲兵連隊は前線に軍司令部からの砲弾が到着しなかったのであって、
>軍司令部の問題なんだが?
冷静に考えれば、軍司令部に砲弾を備蓄するわけがないでしょう。
「(内地からの)追送の約束」が反故にされて、砲弾がない、という状況。
これが軍司令部の問題?そんなわけない。
上に書いたように、児島「日露戦争」には追送約束が果たせなかったという
事を書いていないので、ここは注意すべきだ。
205 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 07:57:34
>>201 ・第一日目は予定どおりに砲撃しているようだ。
・第二日目も予定を超過したようなことはないようだ。
この二つは了解なのだろうか。この二つと、
・
>>182>60発×(3日+2回分)=1門あたり300発だ。これを2日で使い果たした。
これは両立しないだろう、と言っているのだが。
206 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 08:14:57
>>199 目覚めて最初に読んで「カッ」となったんだが、
201が端的に簡潔に説明してくれていて安心した。
>2日の内に300発を使い果たせるわけがない。
なんで不可能と思うんだ。だから想像力がないと問題視されるんだよ。
よく、資料とかデータを使って説得の材料とするが、使う本人に
考察力がないととんでもない結論を導きだす。
私は第一回旅順攻撃(南山の後で遼陽の前)で第三軍が
陸軍配分1門1日50発の基準にあわせている点に驚愕する。
それに10発おまけを付けている点に目頭をおさえるよ。
これが三日間の攻撃計画のすべてをあらわしていることが分からないか。
伊地知幸介の評価、人間性さえも浮き彫りなる。数字こそ饒舌だ。
全く個人的見解と前置きしておくが、
伊地知とは官僚的思考の強い高級軍人である。
また、仮に第一回総攻撃でこの砲弾を使い尽くしていないとするならば、
第三軍の批判はもっと苛烈になっただろう。この事実が
擁護する側の材料でもあり、批判する側のいま一歩踏み込めない理由だ。
やってみなければ分からないというのは甚だおかしな論理だが
これまでの論争から第一回総攻撃は仕方ないとしても、と
ここまで勧めてきたのだが、第三回になってもまだこの点をひじくりかえす
意図が私に理解できない。おかげで伊地知の姿を確認できたが。
207 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 08:16:01
続き
>>202 >黒溝台の戦いは日本側の想定を超えた
>間に合わせる為という理由
理由なんて最初から言ってないだろう。だからどちらが作戦行動を
起こしたかなんてどうでもいいと散々いっているのだが。
黒溝台でロシアが奇襲してきたときに予備軍は立見の第八師団しかなかった。
日本軍の陣営に三個師団いや四個師団あったと想定してごらん。
いや、クロパトキンが南下行動に出たかどうかも疑問だ。
これもクロパトキンの性質を考察(プロファイル)してみると面白いよ。
抑止力と被害の減少、砲弾需給の効率から早期決着すればというのが最初だった。
うそだと思うならパート1確認してごらん。そのつど間に合わなかったとか
理由にならないとか言っているけれど、沙河会戦に影響はあったし、
黒溝台の被害は軽減できたといっているんだ。あたりまえじゃないか。
それでも彼が黒溝台に行動を起こしたという人はどうぞ。
ただ、それは旅順攻略以降にしようよ。
208 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 08:23:45
>>205 なんで両立しないんだ。もうやめろよ。
因みに同時期に海軍重砲陸戦隊は一門100発以上(120発ぐらいだったかな)を
撃っているよ。朝のバタバタしているところで資料確認できないが、許せ。
あと、沙河や奉天会戦の日本軍の1門一日使用量も児島「日露」にあったと思う。
二日で300発なんて屁じゃないよ。この両立しないってなんだ?
まさか文章の整合性なんてオチでくるなよ。では言って参ります。
209 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 08:39:48
俺のプロファイルとブックレビュー
ははあ、伊地知と豊島はロシアの間諜に買収されて
砲弾の横流しをやったということだな。
黒幕はモリソンだ!
『消えた「一門あたり180発の砲弾の行方」』(上)(下)
ハウスバーモンド・数子 ブックオフ刊 定価105円
210 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 08:47:41
2日で300発撃つのが可能かという事と、実際に2日で300発撃ったかは別の話だろう。
211 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 08:51:56
>>209 まえ。どこかの書き込みでロシア軍からの砲撃の
不発弾に28サンチ砲弾があった記述がを読んだ記憶がある。
不発弾が多かったというネタの書き込みだったが
そんな大きな弾を撃てる大砲をロシアは所有していなかったはずだとか
まあ。日露七不思議だな。
もしかする・・・お昼はカレーにしよう。
212 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 09:23:09
>>210 砲弾を撃ち尽くした。ために、第一回総攻撃は中止された。
ではないの?
213 :
観客その1:2005/09/16(金) 09:44:23
>>210 また、お決まりのパターンだな。少しは進化しろよ。
自分で
>2日の内に300発を使い果たせるわけがない。
としておいて、今度は別の話とはなんなんだ。
ここの多くの住人がそれを前提に第三軍の姿勢、在り方を論じてきたわけだろう。
「以前の使い切らなかったらそれはそれで問題だ」発言論争はそれだったじゃないか。
なにか見誤っているよ。それとも法廷闘争の検事か弁護士にでもなっているつもりなのか。
一言でいって「稚拙」だ。
ちょと俺にも言わせて。
>>202 >>南満州で負けていたらそこで終わりだっただろうね
「国破れて山河あり」っていうが、朝鮮半島がどうしたって?
いったい、誰が戦うんだよ。南満州の戦いは兵力を温存させたかりそめの撤退なのか?
日本は最後の第七、第八を投入しているんだよ。他にはないんだ。
また、追加徴兵するかい。太平洋戦争と同じじゃないか。そんな金がどこにある。
日本は外国債で戦費を賄っているんだぞ。南満州で負けて朝鮮半島で頑張る
日本債を購入する投資家はいません。倒産寸前の株を購入しない原理と同じです。
>考え方が極端ですね。
いや、君が極端というか、論外なんだよ。
何を意図してこんなことを主張するのかまったく理解できない。
214 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 10:17:37
202と205でだいぶ横道にそれているが
>>200 の疑問と指摘はは興味深いね。
(希望的建前の)2.(なんとなく実は本音)3が2:8の割合で
1.については思いもよらなかったのではないだろうか。(私的)
まあ、私の見解は別として、200きびしい考察には唸らされる。
>「やるだけやったぞ」という言い訳なのか
は、つらいね。白襷隊の件はこれにとどめをさすだろう。
旅順の状況がそこまで陥ってしまっていたということだろう。
頼む、松村を責めないでくれ。(私見)
215 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 11:54:12
>>203 も手厳しいね。反論側には一晩時間を与えてやってくれ。
俺は個人的には納得できる。よくまとまった分かりやすい文章だ。
216 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 13:51:44
>>201 >実際の第1回総攻撃では295発も消費しています。予定通りでそ。
>というか追走の約束を総攻撃前か攻撃中にしてたっけ?
追送の約束の存在を知らずにの考察、という事ですね。
当然、その追送の約束が果たされていないということも知らない、と。
では、結論が現実とズレていってしまうのも致し方ない。
カッとならずに冷静に考えて見てくれないか。
>>206 2日で300発を撃ち尽くした、というのと、第一回総攻撃で295発を撃った
というのは、全然違うことなのだ。
児玉「日露戦争」では、一日、二日と計画に順守して砲撃している様子が
描かれている。なのに突然三日目に枯渇している。いったい2日間で何発
撃ったというんだ?
計画順守ならせいぜいが120発。300発には半分も及ばない。
217 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 13:59:32
>>213 >自分で
>>2日の内に300発を使い果たせるわけがない。
>としておいて、今度は別の話とはなんなんだ。
210は私じゃないよ。 横道にそれているのはスミマセン。
主な進行は第三回総攻撃の方というのは分かってる。
218 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 14:18:29
>>211 >そんな大きな弾を撃てる大砲をロシアは所有していなかったはずだとか
>まあ。日露七不思議だな。
不思議でもなんでもない。ロシヤ軍の配備表によれば、老虎尾半島と言うのかな、
港口の西側の半島の、第6砲台という陣地に28糎砲が4門ある。
この表はチェコの「Novodobe Fortifikace」という雑誌に載っている。
219 :
観客その2:2005/09/16(金) 14:30:55
>>217 ごめん、ごめん ちょっと混同したかもしれない。
また言を左右するのかと思って、ついね。許して、ごねんね。
横道は別として「ちょっとふにおちない?」との解釈でいいよね。
こちらは本筋と平行して語ることに異議はもうしません。
220 :
211:2005/09/16(金) 14:37:26
>>218 なぬ!お主それは誠か!?
では28サンチ砲の不発弾をロシア側撃ち返してきたというエピソードは
真実ということになるわけかだね!
口径が一緒だからって不発弾を撃ち返すなんて危険じゃないのかね?
まあ。撃ち返してもやっぱり不発弾だったてところがオチなんだけれど。
221 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 15:00:46
旅順開城後の大本営の調査によると(日本外交文書 日露戦争V 995頁)、
旅順の露軍は開城時に、二十八珊榴弾砲八門、同弾丸四十七発所有。
222 :
211:2005/09/16(金) 15:38:37
しかし、ロシア軍恐るべしだな。
218ならびに221有難う御座います。
このスレも資料性が高いね。一段と価値が上がった感じ。
ときどきウケ狙いのガセが悩みのタネだ。笑えるけど。
よい子は混同しないようね。4月1日付けはエープリルフールだかね。
おう!騙されないように気をつけるぞ!
俺は良い子だから、お話のお邪魔しないようにROMってるぞ。
みんなガンガレ!
224 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 16:32:18
当時の日本軍の砲弾の不発弾の比率はかなり高かったようだ。
その話実際聞いている方々は多いはずです。
二日で300発の件ですけれどね。児玉本、いや児島本ですね。
あのなかで、唐突に使い切ったという記述はですね。
120発は確かに撃ったんです。現実に。
あとの180発は内緒ですよ、ここだけの話、全部、不 発 弾・・・・。
児島襄は連載中にプレジデントの編集者にもらしたそうです。
「これを書いたらわしは殺される」と
児玉が旅順に来て、高崎山に向かうその道路横に戦死者の墓が連なっていて、
田中参謀を怒るシーンがあるでしょう。「士気にかかわるから速やかに撤去しろ」と。
あれ、実は、墓じゃ、ないんですね。180発の不発弾が並んでいたんですよ。これ極秘なんです。
児玉が頭を抱えたのはそこなんです。内緒ですよ。しーっ。
で、ですね。それを伊地知と豊島は罰として整備していたんですよ。
それで、その砲弾は奉天会戦に届けられるのですが、やっぱり、不発弾なんですね。
だから、二八サンチ砲はおもったような効果を示してないでしょう。
あれは、凍った大地のせいなんかじゃないんですよ。
これはロシアの機密情報をまとめた旧ユーゴスラビアの軍事専門誌に
1997年4月1日付けで掲載されたものですが、西側、特に日本では意図的に
報道規制があって知られてないようですね。
225 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 16:49:41
>>224 それ、僕も聞いたことあります。
親戚の叔父さんがやっぱり旅順にいってて、その作業やってたそうです。
先月、御盆で帰省したときも話していました。
なんか砲弾を縄でぐるぐる巻きするそうですよ。
そうすると、ひっかかりがよくなって中の芯が飛び出やすくなるそうです。
うちの叔父さんだけじゃなくて各連隊で畳職人の人たちが選抜されたそうです。
「この手を見ろ」といつも最後にいわれます。
226 :
↑:2005/09/16(金) 16:55:14
誰か素敵なツッコミいれてやって−!
227 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 16:56:25
氏ね
228 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 16:58:36
素敵!
という事で
本題にもどります。
230 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 17:02:49
>>224 そんな話を聞くのは初めてだが、先週ある軍記ライターに聞いた話では
28サンチ砲を無用の長物とした一部の砲兵関係者が
信管を抜いて中国人に売っていた話を聞いたが、それと関係するんだろうか。
231 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 17:03:44
>>224 違う、なんにも知らないでいいかげんなことを言うなよ。
信じる人もいるだろう!冒涜だぞ。
あれはね、海軍が「伊集院信管」っていう独自の信管を開発したのに対抗して
陸軍でも「豊島信管」を開発していたんだ。ところが間に合わなくて、
見切り発車になってしまた。第一回総攻撃に使用さてらのは、
この「豊島信管」だったんだ。海軍に対抗して超感度を低くさせたみたいだよ。
コンドラチェンコがやられたのもそれで、まさか2カ月前の不発弾が
爆発するとは思ってなかったみたいだ。ロシアでは「フェイントボム」って
言って恐れたみたいだね。「忘れも物の旅行鞄」だったっけ?
232 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 17:08:48
>>229 すまん。うけを狙って、調子に乗ってしまた。
本題にもどそうといっていながら、一度味をしめると、どうにも
反省しています。
第七師団の投入を知った児玉源太郎は再度の旅順行きを決意する。
233 :
良い子:2005/09/16(金) 17:17:20
とうとうこのスレにも
あの男が登場ですね。
ドキドキワクワク。
234 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 17:18:50
ドラマは佳境にはいります。
第三回総攻撃の司令官乃木希典の採点は児玉が旅順を訪れ、一時その指揮を
乃木から預かる(このへんの表現が難しい)時点までとします。
尚、二〇三高地に対して
「児玉はいくべきではなかった」
「二〇三高地は柿が熟す如く堕ちた」
「旅順攻略総括」などを検証していきたいと思います。これは予告予定ね。
最終的に●将乃木希典総合選考があってもいいかな。
「並将サラダ付き」は批判も多いので最終選考では変更しますが、第三回選考では従来通り。
因みに「悲将」「烈将」「孤将」「哀将」などが候補になっています。
もし、いい表現を思いついた方はお知らせください。
しかし、今夜は「秘太刀 馬の骨」だよね。
まあ、気楽に楽しくいこうよ。まだ765も残っているし。
235 :
児玉、旅順へ:2005/09/16(金) 17:36:45
第七師団の投入を知った児玉は再度の旅順行きを決意する。
このとき、反対した松川敏胤は万が一の備えて
大山総司令官の第三軍指揮権の一札を持って行くことを強く薦める。
総参謀長といえども第三軍に対しての現場指揮は越権行為と見なされる。
乃木と児玉の関係であれば別ではあるが、軍隊という組織と参謀本部の存在から
万が一の為の備えである。もし乃木が死を決意してそれが現実のものになった場合、
次級師団長が指揮をとる規則が存在する。
いずれにしても児玉の立場を明確にしておかないと
現場がさらなる混乱を招く恐れは十分に考えられた。児玉はそれに従った。
けれども、できればそれは使わずにすませたいそれが児玉の本意である。
大山は児玉が旅順に向かうと知ると「旅順の失敗の責任は我々にある」と
厳しい姿勢で児玉の所存を確認してた。大山としては現場責任者(本当は大山なんだけどね)
の児玉が持ち場を離れることにはあくまでも反対だった。
しかし、児玉の決死の覚悟を聞くと、いとも簡単に「そいならよか」と許可する。
児玉を乗せた列車は旅順に向かって直走る。
「乃木が死ぬ」車窓を見つめる児玉の呟きを随員の田中國重は聞き漏らさなかった。
236 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 17:41:30
採点はまだまだ先だからね。
今週末は三連休だし、できるところまでひっぱりましょう。
当時二○三高地主攻面転換を予期していた俺の先見の明によれば、このスレ内には収まらないね。
そのうちにバルト海艦隊がやってきて、俺達は挟み撃ちにされるんだ。
長岡
なんか面白かった。
挟みうちされぬようにな件
>>204 >してたんです。児島の「日露戦争」には書かれていないけど。
これって全然ソースにもならんし。どんな根拠で書いているんだろうね。
つか8/11に計画がでてきたのですが、其の時点で1門300発だったのですが?
其の後で追走の要求したのか?日露陸戦新史でも機密日露戦史でも公刊でもいいから
示してくれんか?
また第一日、第2日で消費した弾薬数が予定通りとは思っていません。
実際、余分に撃ってしまうケースで弾が無くなるという場合はあるしね。
前線部隊と司令部との認識の食い違いが出たのでしょ。
240 :
日露大学:2005/09/16(金) 21:45:27
>>225 >「この手を見ろ」といつも最後にいわれます。
正解の突っ込みは
「その手に乗るか!」
>>213 >日本は最後の第七、第八を投入しているんだよ。他にはないんだ。
講和前には25個師団が大陸にいて そして4個師団が内陸にいる。
そして6個師団が新設中なのだが? 他にはないって?
そもそも日露戦争の日本側の目的は分かってる?
242 :
213:2005/09/16(金) 22:13:48
>>241 そんなものが屁の突っ張りになるか。アホ。
講和前なんて奉天会戦のはるか後じゃないか。
話の流れを読みとれよ。だれが新設中の師団の話なんか聞いている。
一昨日来やがれと笑われるど。
>そもそも日露戦争の日本側の目的は分かってる?
なんだよ。この大上段な物言いは?
先生、私は大庭か者で天然に純粋にそう問われてしまうと
私が考えていた以上の隠された陰謀とか何かがあるのかと
三回廻ってしまいましたよ。そんな持って回った言い方しないで
教えていただけませんか。いや、ヒントでも結構です。
モリソンとか関係ありますか?
杉山茂丸に関係ありますか?
海は死にますか?
山はどうですか?
あなたアホですか?
ひとによくいわれますか?
気にしてますか?
まあ、そんなことくよくよしないで、
よく読めば判るから、もう一度スレッドを最初か読んでみなよ。三回読むといいぞ。
暗記しようとしちゃ駄目だぞ。把握するんだ。ね。
243 :
213:2005/09/16(金) 22:21:47
>>241 悪かった、悪かった。
人がわるいなあ。ボケかよ。本気にしちゃったよ。
ここはレベル高いから気がぬけないね。
241最高!本日一番の引っかけボケ。
ごめんね。許して!お・ね・が・い
>>242-243 213=観客その1
>講和前なんて奉天会戦のはるか後
奉天会戦の前に新設師団は増設しているのだけどねw
あと 日露戦争の日本側の目的を質問したら 答えが出てくるかと
思ったら、ネタとかヒントとか、釣りとか言いまくりか・・・。
知らないなら知らないで別にかまわない。あぁ知らないと
こういう意見になるのだなっと実感するのみ。
246 :
児玉旅順に立つ!そして、ガミガミ:2005/09/16(金) 23:04:08
児玉が第三軍司令部の最寄り駅「長嶺」に到着したのは
12月1日午前11時30分である。予定を四時間近く遅れていた。
駅には第三軍参謀副長大庭大佐が一人でぽつんと待っている。
児玉の機嫌はすこぶる悪い。ここへ向かう列車の中で
203高地陥落の知らせを聞いた矢先に再び奪還された報に
癇癪を爆発させたのだったが、その矛先は田中参謀から
大庭大佐に向けられてた。田中は苦笑いを隠せない。
しかし、田中はここに到着する前の大連の駅で電話を入れた
福島参謀副長の言葉が気になって仕方がなかった。
「高崎山はお悔やみ場だ。一刻も早く(総参謀長)来てくれ」
児玉は第三軍司令部に向かった。
生憎、乃木は留守だった。持病の神経痛を患う伊地知が腫れぼったい顔で向かえる。
児玉「伊地知!ガミガミガミガミ!」
伊地知「ブフィ!ブフィブフィブフィブフィ!」
児玉「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ」
伊地知「ブフィ!ブウブウブウ砲弾ブウブブウ砲弾ブウくれなかったブウ」
児玉「伊地知よ、とくとくと、」
伊地知「ブフィ!ブウブウブウ砲弾ブウブブウ砲弾ブウくれなかったブウ」
児玉「伊地知よ。お前は女か!?」
伊地知「ブフィ!ブウブウブウ砲弾ブウブブウ砲弾ブウくれなかったブウ」
時間の無駄を覚った児玉は第一師団の司令部がある高崎山へ向かった。
247 :
>>242-243 213=観客その1:2005/09/16(金) 23:11:09
>>245 俺も悪かったよ。今朝は寝起きに砲弾の話で遅刻しそうになるし、
せっかく楽しみにしていた「秘太刀馬の骨」は子供に「魔女の宅急便」に
チャンネル権を奪われて見れないしでイライラしていた。
まあ、楽しくやろう。今週はどうなったのかね?
>60発×(3日+2回分)=1門あたり300発だ。これを2日で使い果たした。
15日夕には部隊に(1門あたり300発を)交付されていたけど、外国製の信管30
00発分が湿気の為に変質して使い物にならなくなっていたり、13日から降り続い
た雨により道がゆかるみ、各種砲弾の前送集積に失敗したりで、実際に前線に300発
も弾が届き、使ったかどうかは疑問符がつくと思うよ。
249 :
213:2005/09/16(金) 23:18:23
と、書き込みした途端にまた、砲弾か!(その差14秒の刹那)
と、思ったら、まともな書き込みだったね。御免。
ふーん。なかなか興味深い話だね。でも状況から使える弾は全部使ったんだろう。
不発弾の話が本当でなくてよかったよ。
これで今夜は安心して寝られる。
250 :
良い子:2005/09/16(金) 23:18:27
良い子はみんな「魔女の宅急便」だ。
>>200 >白襷隊の目的
敵防御線の分断。
この目的を達成する為に、
・松樹山補備砲台付近の敵塁を奪取。
↓
・楊家屯南方高地の複廊の一部を奪取。
↓
・できたら、白玉山を攻略してね。
失敗したら、進出したところまでを、援軍が来るまで死守してね。
>27日にするのはおかしい。
やることなすこと失敗したんで、戦局打開の為に計画したみたいよん。
>>216 >なのに突然三日目に枯渇している。
それは砲側に弾が届かなかったから〜
>>241 >そして6個師団が新設中なのだが?
問題は、その6個師団に、どんなすばらしい兵器が配備されるかですよねぇ……
村田連発銃とか、7mm野山砲あたりでは戦力的にどうかと……
254 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 23:38:10
もう新設師団の話はいいが。
日本は金がないんだよ。
借金できても借りた金は返さなければならない。
金利もついている。
戦争に勝っても、イギリスとアメリカの禿げタカファンドに
乗っ取られてお仕舞いだ。
255 :
中途半端な良い子:2005/09/16(金) 23:46:00
伊地知が砲弾支給を件を盾にその責任を最後まで拒絶するのは
正当性のある理由なのだろうか。
戦後も一貫してその姿勢を通したことに
ある種の確信を感じてしまう。
それとも想像通りの人間だっただけなのだろうか?
256 :
日本@名無史さん:2005/09/16(金) 23:54:10
白襷隊の経緯や203高地攻略の状況をみて
どうしても「柿が熟す」云々が理解できない。
この表現は以前からあったの?
>>255 伊地知ってそんな態度通したんだ。知らなかった。
戦後国家破産?
>>248 >使ったかどうかは疑問符がつくと思うよ。
実際に第1回総攻撃で撃った弾は1門辺り295発。すでに出てます。
全部で113595発消耗したけど、ここから、3000発増減しても、
数字的にはたいした影響はありません。
>各種砲弾の前送集積に失敗したりで
期日短縮の努力をしているといっても、弾薬縦列を5日も露営させていたし、
軍司令部が前線に弾薬を集積するのを失敗したが、攻撃中に逐次
やってたのでそ。最終的には全弾消耗したが、それがタイミング良く使われたか
は疑問ってことですね。
>>255 イギリスでも会戦が不利になった場合、議会での言い訳は
”砲弾が足りなかった”がまかり通ってます。フランスの場合は将軍の
戦法に不備があったと議会が突っ込んでいるけどね。
>>253 38式兵器が大量に配備されはじめているので、村田連発中とかではない。
7mm 野砲なんてのは野砲じゃない。 また野戦重砲兵は12センチから10.5 12 15
各種榴弾砲に切り上げられているし そんなことはない。
兵器的には全く問題はないです。むしろ新兵器になりつつあります。
262 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 07:19:42
38式は日露戦争に間に合ってないでしょ。
少なくとも「大量」なんてない。君はいくつから大量とするんだ?
「1・2・沢山」と数えるところもある、そういう所なら「大量」と言えるよ。
> 実際に第1回総攻撃で撃った弾は1門辺り295発
攻城砲の話?
>>262 >少なくとも「大量」なんてない。君はいくつから大量とするんだ?
>「1・2・沢山」と数えるところもある、そういう所なら「大量」と言えるよ。
少なくとも、最後の2個師団という記述が間違っている事は認めてくれたようだね。
兵器に関しては奉天会戦前に設立された第13師団、其の後の第14師団の
兵装備が遅れたという記述は俺の持っている本には書かれていないのだが。
>村田連発銃とか、7mm野山砲あたりでは戦力的にどうかと……
という述べた根拠を示してくれんか? 思い込みだったらやめてね。
>>263 第1回総攻撃で砲兵部隊が消耗した弾数ですよ。
前
>>173から出てきたでしょ。なんか必死になって
反論しようとしている人がいるけど、知らないって罪だよな。
266 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 09:37:25
以前の第一回総攻撃の討論では大枠で、まあ、よく判らなかったし(敵情)、
ロシアの実力を侮ったのは第三軍だけじゃなく日本軍全体の話だからということで
同情的に見た感があったけれど。
砲弾の件の配備等がそこまで露出してくると、第三軍の(運営)責任は大きいな。
三日間計画以前の大問題じゃないか?
267 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 09:50:31
因みにこれが173
>日露戦役消費弾薬数はちょっと調べれば出てくるだろうに。
>砲兵の弾薬消費数 遼陽会戦 120567発(249.1) 旅順第一回戦 113595発(295.8)
ただ、外野としては論点がどうもはっきりしないのですが?
砲弾が消えた? 使いきってない? 使いきれるはずがない?
効率よく配備されなかった? ←使うには使ったがタイミングのずれた砲撃になった?
といかくデタラメだった?
>>267 最終的な結果として 1門辺りの消費弾数はほぼ計画どおり。
しかし 1、2日と予定通りだったはずが、3日は欠乏したということは、
砲弾が消えた→論外(消費している)
砲弾を使ってない→論外(消費している)
使いきれるはずが無い→論外(消費している)
効率よく配備されなかった? ←使うには使ったがタイミングのずれた砲撃になった?
必要な時に弾薬欠乏になった事から考えると これが一番史実に近いと思う。
さらに総攻撃前には弾薬縦列を5日も露営していたという事実から、運用には
問題があったと考えるべきでしょ。
デタラメは言い過ぎ。
269 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 10:00:54
>>268 有難う御座います。
良い子のみんな!
268が判りやすく整理してくれたよ。わかったかな。
運用に問題があったんだ。論外とかデタラメはもう駄目だからね。
270 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 10:06:27
児玉が旅順に来てもなんの意味のなかった。
というが、この段階で火達磨というか死に体状態のようだけれど
そう主張している人たちは本気なのかな?
まさかシャレか?ボケか?
271 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 10:29:25
木が熟すでないぞ、柿が熟じゃ。
機が熟すじゃとボーナス1ポイントアップじゃ。
亀が熟すじゃと訓告処分。
272 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 10:30:13
姉が熟すと・・・
273 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 10:30:49
叔母じゃ。
274 :
語り部:2005/09/17(土) 10:31:42
実はな、今を遡ること、そう日清戦争の頃じゃ。
乃木閣下はこの旅順の高台に立っておられた。
前日の総攻撃で旅順は陥落しておったんじゃが。
閣下はこの203高地から旅順港を遠望して昼の弁当を使おうとしとった。
その時じゃ。一匹の猿が柿の種を持ってきて交換しようと持ちかけてきよる。
閣下は昨夜の戦勝祝いで二日酔いだったんで食欲もなく、それに応じたんじゃ。
柿の種はそこいらに捨てておいたそうな。いまからひと昔前の話じゃった。
桃栗三年、柿八年、梅はすいすい十三年。
日露戦争が勃発してのう。乃木閣下は司令官として再びこの旅順の地に立ちなさった。
第一回攻撃前の前戦視察の時じゃ。攻囲の陣営から双眼鏡で遠くの高台をみれば、
一本の柿木があるじゃああないか。
「津野田、あれはなんじゃ」
「はっ、柿の木であります。しかし、まだ、夏。青いですな」
「あれは二〇三高地じゃったな」
「はっ、熟して堕ちるのは11月の下旬頃かと」
11月26日に柿は熟して落ちたのだった。
275 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 12:39:01
誰もいない間に独り言。
しかし乃木閣下のご子息。なにも二人とも戦死させなくても・・・
長男が南山で死んだ時点で次男は内地に帰らすとかにはならなかったのか。
277 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 13:25:42
>>265 >砲兵部隊が消耗した弾数
それでは、野山砲の砲撃弾数も含まれるってことになる。
だから、念のために攻城砲の話をしているのだろう?と聞いたのだが。
攻城砲は何発撃っているのか?
それにしても、「必死」とか「知らないって罪」とかさあ、止めてくんね?
こっちだって気分悪いし、そっちだって余裕の無さが明け透けだぜ。
278 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 13:27:37
>>276 そんなことを乃木が望むはずはなかった。
たしか松村の第一師団に所属していたはずだが、松村がそのことを考慮して
参謀部に異動しようとするが、それを知った乃木は烈火の如く拒絶した。
うる覚えだけれど戸川幸夫の「乃木本」にあったかな。
長男は自らは軍人に向かないと思っていたようだ。
なんか切ない話でもあります。
279 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 13:31:16
>>269 第一回総攻撃を通して300発ほどを撃ち尽くしたというのが判明しただけのことであって、
全く2日で300発を撃ち尽くしたというのの説明になっていないんだが。
結局、これは根拠なしなのか?
>>182 >60発×(3日+2回分)=1門あたり300発だ。これを2日で使い果たした。
280 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 13:39:57
>騙り部ほか
楽しそうだな。おまえら
>>1読んですっこんでろ。
きまじめなやりとりに耐えられない人もいるってことで。
282 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 14:05:11
このどこがきまじめだ!
馬鹿が戦車でやって来てるじゃない!
283 :
一傍観者として:2005/09/17(土) 14:35:47
>>279 一度君の意見をじっくり聞いてみたいのだが、
その、なにを言わんとしているのか知りたい。
>2日で300発を撃ち尽くした
の根拠の先にあるものだよ。
よいこのみんなへ
アオリは小さくかわいらしく、嫌味のないようにね。(みんなが好感のもてるアオリでだらけたおじさんがいたらおしりに火をつけてやってね!)
他のみんなが嫌がるようなこと(誹謗、中傷、侮蔑、)は禁止だよ。
(>_<) (・o・) (@_@)
285 :
児玉と乃木「戦場での再会」:2005/09/17(土) 15:25:15
児玉は二〇三高地の前戦基地のある高崎山へ馬で向かった。
その道には戦死した兵士の墓標が延々と林立しているのだった。
粉雪が吹き荒む戦場になんとも寂しい光景である。
「田中、これを見ろ。補充兵はこの道を通って前戦に赴くのだ。
これを見て志気が高まるわけがないだろう。速やかに移動させろ」
児玉はやり切れない想いを随員の田中國重参謀にぶつける。
その行程の途中で偶然に乃木と出会う。
この寒空に外套も羽織らず軍服だけの乃木。
「おーい。髭親爺」
軍司令部での参謀たちへの激憤とはうって変わって、
児玉の第一声は素っ頓狂に間の抜けた調子であった。
はにかむような表情で騎乗の乃木が近づいてくる。
「乃木、髭が白くなったな」
ふた月ぶりに再会した乃木は別人のように老け込んで
小さくしぼんでしまったようであった。
児玉はこの親友を思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、
それを押さえて高崎山での再会を約束して、その場は別れたのだった。
しばらくして、ふり返ると乃木が馬に揺られてトボトボと逆方向に向かっている。
児玉の視界を遮るように雪が舞い散る。
児玉は、乃木がこのまま消えていくような錯覚に陥った。
>>285さん
(・o・) <そんなどこかでパクった文章(司馬+東映か?)いらんぞなーここの住人なら一度は耳にした文章の羅列ぞな―
ちゃんとやろうぜ
288 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:20:40
>>286 もう!せっかく臨場感だそうとしてるのに!
ぷんぷん
289 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:25:35
>>288 ごめんね。
そういう事だったんだだったら是非続けて!まじすみません。
290 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 16:39:09
つーかさあ、第三回総攻撃になって白襷隊から全然話が
盛り上がらないつーか、進まないつーか、
第一回の砲弾とか新設師団とか余談がメインなのよね。
なんか議論しづらいことでもあるの。
途中でお話の進行だけでもすすめないと何処にいっちゃうか
わからないわよ。
やってるほうもかったるいし、どこで入れようか
結構気を使っているんだけど、いいわ、もう、ここでお仕舞い!
とにかく、その晩、児玉は乃木と一夜をともして(勘違いしないでよ)
一時、第三軍の指揮に関与(預かる)することになる。
次の場面は第三軍司令部でのガミガミよ。すっとばしてやる。
さあ、乃木の評価早くやりなさいよ!
>>288 あなたの文章のおかげで臨場感でてましたヨ。気にせず続けてくださいね。と励ましてみる。
292 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 19:49:58
難しいね。
293 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:21:31
>と励ましてみる。
といった片足半分の「よいしょじゃあ」進展しないんじゃないか。結局。
だあれも面倒臭いことは嫌うし、お気楽でいたいんだよ。
難しいさ。
批判すること、否定することよりも、主張することの方が
如何に難しいってことだね。言葉には責任がある。
田嶋がどうしたこうしたじゃない。よし、俺がとってやる。
第三回旅順総攻撃司令官乃木希典の在り方
乃木は旅順最高責任者として無計画で成功確立の極めて低い
夜襲決死隊(「白襷隊)を決断した。参謀部が反対したにも
関わらず、その権限のもとに決行させ、結果的に失敗した
経緯において、その責任は大きい大きい。
また、東北正面から203高地への攻撃目標転換も自軍参謀から
総司令部軍目付からの経緯を通したもので、甚だ、受動的な
ものと判断される。そして、203高地攻略も徹底性を欠いたもので
あり、第七師団を予備軍扱いする温存姿勢と五月雨式の活用も
用兵家として到底卓越したものとは判断できない。
その最たるものが、一度攻略した同高地を再び奪回されるという
不徹底性があらわしている。
従って乃木希典の正体は仁者の名を借りた「凡将」以外の何者でもない。
294 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:42:47
第三回総攻撃という前提であるとするなら、
総攻撃前夜に如何なる手立てがあっただろう。
仮に決死隊夜襲という行動以外に、その総攻撃を有利に導き方法論が
あったとすれば、提示してもらいたいね。
失敗したから愚作だった。というよりも現場として何ができえたかじゃないかな。
よく、乃木でなく他の司令官・参謀であればという指摘があるけど、
例えば、黒木司令官と藤井参謀だったするよね。
太子河渡河作戦のおり、その無謀さを主張する観戦武官ハミルトンに
彼らはなんと言った?「戦争(作戦)に博打はつきものだ」だったぞ。
結果として成功したからいいようなものだが、これが失敗していれば
今に語り継がれる暴論であり、失敗の凡例ではないのかい。
評価はさておき、そう簡単に割り切れるものではないな。少なくとも僕にはね。
第三回の状況に誰を持ってきてもそうかわらないと思うよ。
奧だろうが、野津だろうが、でもこの評価基準は第三回限定なんだろう。
295 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:47:05
おれは児玉に素直に指揮権を預けた点に
乃木の良将さを見出すね。普通ごねそうじゃい。
296 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 20:53:31
結局、白襷隊の失敗で失格なんじゃないの
結果は当然として251が言う
>やることなすこと失敗したんで、戦局打開の為に計画したみたいよん。
はかなり説得力があった。
ちょっと早いけれど俺は「愚将」で不在者投票というところで
よろぴく。
297 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 21:02:58
2日で300発を撃ち尽くしたという件は?
>>297 それも大事かもしれんが、
>>204の
>>追走の約束を総攻撃前か攻撃中にしてたっけ?
>してたんです。児島の「日露戦争」には書かれていないけど。
これのソースもよろしく。公刊、機密、その他には見つけられなかった。
ページもよろしこ
>>294 それまでの軍の運用 は黒木軍と乃木軍とは雲泥の差だったのでしょう。
それが成功と失敗の差になった。博打で運次第というのはそうかもしれないが、
運というのは引き寄せてナンボ。
失敗した博打には同情の余地なし。
300 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 22:34:32
>>293 第七師団っていっても着任して間もない部隊を即使うっていうのもね。
土地カンもないだろし、それでまた失敗だったら目も当てられないポ。
301 :
294:2005/09/17(土) 22:43:33
>>299 じゃあ、あの段階でいったい何ができたんだ?
それとも何もしないで翌日の総攻撃を決行させるの?
もう既にサイは投げられているんだよ。
第一回でとか第二回でとかそんなことはもう言えないんだ。
なんの手立てもなかったじゃないか。
勿論これは203高地転換とは別次元の話だからね。
302 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 22:50:49
>>294 歴史のイフじゃなくて野津第四軍が編成された時期をみれば
乃木-伊地知の第三軍と野津-上原の第四軍が入れ替わったとしても
第一軍黒木や第二軍奧よりも現実味はあるんじゃいか。
当然、過程と結果は違ったと思う。
従って第三回総攻撃の状況は無かったと思うな。
303 :
294:2005/09/17(土) 23:02:24
>>302 第四軍と第三軍の編成は根本的にその意味合いが違うね。
話としては楽しいけれど。現実味はゼロだ。
この場では考慮する必要を感じない。
しかし、いったい誰がそれをジャッジするんだい。
第四軍の上原自身が乃木でなければ旅順は陥落できなかった言っているじゃないか。
それにルールなんだろう。第三回総攻撃で評価するっていうのは。
304 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:07:24
BBMが止まっているそうで
うまく送信できない。これはテスト。
203高地ふくめてじゃないと第三回総攻撃は評価できないんじゃないか。
305 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:09:47
>>283 >>2日で300発を撃ち尽くした
>の根拠の先にあるものだよ。
その「2日で300発を撃ち尽くした」説の根拠は、その発言者しか知らないのだが。
当然、根拠の先とやらも、その人しか知らないこと。俺に聞かれても困る。
306 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:15:47
>>299 ちょっとまって、軍司令官ひとりの存在で複数師団を従えた軍の運用とはそんな差がでるものか?
司令官は軍の把ねであるけれど、作戦自体は参謀がやるわけだし、師団長が実際の用兵はやるんじゃないか。
もし、仮に、そこに雲泥の差というものが存在するのならこの第三軍の人事ってなんなの?
307 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:18:04
>>285 行きの列車中では機関車が動かないといっては怒り、
用意させた朝食を朝から洋食が食えるかと怒り、
墓の場所が悪いといって怒り、
あとなんだっけ。
児玉総参謀長、おこりんぼ。
墓の場所が悪いってのは、あれだな、やっぱ後方からポンとやってきた人
ならではのイチャモンだと思う。そりゃ気が付く人は偉いと思うよ。
だけど、この期に及んで何言ってんだ?という感じがする。
309 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:27:41
>>第三軍津野田参謀
「オイ、志岐。お互いに日清戦争では健在だったが、今度も馬鹿死せんでもいいな」
すべてはこの発言に尽きるのでは。
310 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:28:01
ところでさっきテレビで、関ヶ原合戦を明治時代の参謀本部が外人武官に
解説するという場面があったが、あれがメッケル?
311 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:30:34
>>309 津野田は軽率者なので、第三軍参謀の凡例とするのは無理があると思う。
312 :
某人事課主任:2005/09/17(土) 23:35:34
墓の場所は悪いわな。
津野田発言以上に無神経このうえないよ。
よく職場にいるよ。言葉姿勢はこれ以上ない低姿勢で無神経この上ない奴。
で、本人がまったく気がついていないのがまた頭を抱えるわけだ、周囲が。
313 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:36:40
だいぶ待ったつもりだが、結局、今までこの根拠は示されていないという
ことで良いのか?
>60発×(3日+2回分)=1門あたり300発だ。これを2日で使い果たした。
>>182
>>308 そんな風に思ってた人児玉の周りにはいっぱいいたと思う。
315 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:41:25
>>312 墓の場所なんざに神経を使える戦場じゃなかったのだろ。
君の職場の同僚がどうかなんざ、しらねえよ。
明治の時代の、しかも過酷な戦場の話をしてんだよ。
>>312 児玉の発言の方が無神経極まりないね。
参謀が苦笑したってエピソード、この場面だったかな?
317 :
経営戦略室長:2005/09/17(土) 23:48:39
墓の場所は悪いわな。
軍属として細木数子を連行していかなかったのが
すべての失敗のはじまりだった。
「はっきり言うわよ!東北の方角は大凶!」
「乃木さんと伊地知さんは明治37年の2月の節分から大凶殺よ!」
先生では誰が
「司令官は大迫尚敏、参謀長は一戸兵衛、砲兵責任者は大迫弟よ。
津野田は私のペットにするわよ!」
オイオイ今テレビ観たか?あの日露戦争のジオラマ欲しいぞ!
>>268 ・そもそも砲弾が無かった。(追送されなかった)
・(追送が無いので)砲側まで運搬できなかった。
この考察もしてみてくれ。
>弾薬縦列を5日も露営していた
これにより、どのような障害が起こるのか?説明よろ。
また総攻撃前とあるが、総攻撃の時には状況が変化していた可能性がある。
総攻撃の時にはどうだったのか。
>>317 乃木軍にとって東北の方角は背後にあたるのだが。 と、そこはツッコミ場所じゃないと。
321 :
日本@名無史さん:2005/09/17(土) 23:58:23
なんだよ、今度は矛先は児玉か
しかも無神経ね。しかも過酷な戦場ときた日には
有り難くて涙でハナ咬みたくなっちゃたよ。
そんな余談に一同反応する暇があるんなら
なんかましな発言いれてくれ!頼む。この通りだ。
この土下座している姿が目に入らないか。田中が苦笑するのは
あれは仕事のうちだ。で、いったいそれは誰が見て書いた?論拠を示せ。
322 :
校長:2005/09/18(日) 00:09:53
「321先生…柴先生の授業見てご覧なさい…ほらっ子供たちあんなに楽しそう…」
田中が苦笑したんじゃないが。 で、あれってどれが仕事のうちなんだ?
まあカツを入れに来たのだから、ガミガミ言ってよし。
児玉の人となりは知られていただろうし、悪く取る人はそういまい。
無神経な発言とはまた別にね。この人の言うことなら、というように。
324 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 00:14:14
児玉は前戦に送られる兵士の士気にかかわるといった。
これは明治であろうと、戦場であれば、関係のないことではない。
それはでもいいよ。
でもさ、津野田や児玉の無神経って話でふと考えてしまったんだけど、
その墓の企画立案者って乃木じゃないの
彼は劇的に感じ入ってしまって、そこにこそ戦死者の墓があるべきであると。
そして、その勇士の墓標に見送られて祖国の礎となれと。
周囲はとめられないし、事情を知っている参謀は苦笑すると。
すべての整合性がとれないか。
325 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 00:18:54
>>324 戦死者の墓の企画立案に「軍司令官」が関わると想像・・・素晴らしい。
きっと君なら火星に住む方法だって想像できるだろう。
君のような優秀な頭脳をこんなところで埋もれさせているのは人類の損失だ。
乃木愚将論者って、こんなことばっかり考えてるの?
なんてゆうか、
>>324で考え方のパターンが読めた気がする。
328 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 00:28:09
>>322>>325 ありがとう。
一応芸風というか綱渡りのボケなんだ。自分でこう説明したり、
あとで、こんな風にツッコンで欲しかったとかを書き込むのは
芸人として失格だとは思うんだけれども。なんかここも僕の場所は
ないようだ。心機一転して大化の改新でもいってみようかな。
また一から勉強のし直しだよ。黒岩か違ったかな?グッバイ楽しかったよ。
ないみたいだ。近代はつくづく難しいと思ったよ。
329 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 00:31:56
本当にいなくなったと思う?
読みヅライから名前んとこに「本筋」とか「脇道」とか「砲弾の件」とか書いてもらうとか。
しっかりしろよ実行委員長!
ギャラリーもいるんだぜ。
なんかずるくないですか?
書き逃げじゃん。
ここまで盛り上げといて。
332 :
マジ:2005/09/18(日) 00:42:14
投票のことだけど。
神、名将、凡将、愚将、魔人、とかランク付けはセンスの人にまかせるとして、
(第一回のランクでも、あれはあれで面白かった)、棄権、というのも選択肢
に入れて欲しい。
個人的にはトータルで見て名将と思っているので、このように細切れで評価す
るというのはちょっとつらい。かといって俺も見てるんだ〜、という声なき声
もカウントして欲しいな、と思う。
>>328 そんな理想のツッコミなんてくるはずない。ないから楽しい。
キャラとハンドル変えて戻って来ればいいだろ。
334 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 00:47:50
>>329 多分本当にもう出てこないよ。自分の存在が乃木愚将論と同一視されたことが、
相当こたえていたみたいだ。326も罪な事いったよな。
あれはあれで面白かったんだけどさ。「荒縄」とか。ここはなかなか洒落が通じないからね。
「論拠を示せ」は以前からのギャグだったのに。本当に論拠を示された日には
絶句したんじゃないかな。しかも司馬で。ダブルパンチだったんだね。
なんかもったいない気もするけど、金輪際出てこないだろうね。
名をふせてもあの芸風は封印するだろう。一発でバレルからね。
あああ、つまんない。もう寝よう。
ここ絶対elec……いやなんでもない
336 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 00:51:19
>>333 そんなフォローするなよ。まじ、傷つくと思うぜ。
読んでるこっちも恥ずかしくなる。
それが無神経っていうやつじゃないか。
337 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 00:52:45
実は334が!
悲すぃぞ、切ないぞ。帰って来ひ。
339 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 00:57:03
正直、頭の中がネタまみれの人はいいよ。疲れる。
玉石混淆ってのも個人特定出来る場なら言えるが、ここじゃあなぁ。
どれが誰だかわかりゃしない。
最近はヤフーの方をロムってる方が楽しめる。
340 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 01:15:12
あのう、ちょっとシチュエーション的に、ちょっと出づらい場なんですが、
私、以前に「荒縄の迫撃砲」等の糞スレを垂れたものです。はい。
334さんは328さんを同一人物としているようですが、違うんです。はい。
本日の日中ちょっとしたこのスレが混乱があって控えておりました。
というかドラクエ8なんてやっておりまして、すみません。
一応、なるだけ邪魔にならないところでは参加したとは思っていたのですが
334さんにああ書かれてしまうとなんか自分出づらくなって、本当はよくないんですが
私は私。328さんではありませんので、ひとつ宜しくお願いいたします。
誰のせいでもないと思われ。
>旅順第一回戦 113595発
一門あたり300発を用意したとするなら、旅順第一回戦に日本軍は370門も投入
したことになるんだが、そんなにあったか? 日本の砲?
>>264 後備部隊の装備はそんなもん。
日露戦争末期になってやっと更新されたけど、奉天会戦でも村田式連発銃弾が200万
発程度使われているし、ねぇ……
で、
>>262は私ではない。
.
>>301 最初から西北部の二百三高地攻撃を主攻として計画する。
>なんの手立てもなかったじゃないか。
>勿論これは203高地転換とは別次元の話だからね。
何がいいたいのやらさっぱり。敢えて二百三高地転換とは
別問題としたいようだが、旅順は全部が関連しているから
別次元なんてことはない。
>>305 >>313 根拠もなんも児島の本には3日目に弾薬が欠乏したとあるでしょ。
そして実際に欠乏してたのは間違いない。
なぜ3日目に欠乏したかを考えてみたら。
元から300発も用意できてなかった又は、撃てなかった。→論外(消費している)
前線にタイミングよく配送できてなかった →可能性としてはある。
これの2点しかない。つかおれは182じゃないからな。
>>319 追送がなかった?それで
>>268で却下してるでしょ。
実際に1門辺り300発ほど消費しているのに弾薬はあったとしか考えられません。
前線部隊への弾薬補充は弾薬縦列から行うのですが、弾薬縦列が5日も
露営していたという事実は、そういった運用の問題があったと考えるべきです。
こういう拙稚な運用の例により、その後、問題があったという可能性は否定できません。
>>342-343 砲弾の件
>370門も投入
380門投入してたのだが、攻城砲云云も含めてな。頼むからもうちょっと
資料を読んでから着てくれ。(榴弾53330発 榴散弾64400発)公刊の文庫版より
末期って言われても・・。末期に新設師団ができてるんだけどね。
その新設師団の装備は大規模に拡張された工廠のおかげで、新式の小銃
だったんですが?そもそも 新設師団が村田式連発銃であったという根拠は?
348 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 08:00:52
ひやあ、昨日一日でドラマがあるね。
砲弾の件もどうなるかと思いきや、第三軍の運営が臨場感溢れるように伝わってくる。
ひと味違うスレちゃんに結果としてなってるから不思議だ。
混乱する、判りづらいの批判もあるけど、うーん難しいところだね。
これは実行委員会(そんなのあるのか?)もどうにもできないんじゃない。
話の流れから投票をスタートさせたほうがいいのかな。30分後に
告知とスタート宣言します。
349 :
第三回投票開始:2005/09/18(日) 08:27:59
◎第三回旅順総攻撃(児玉ジャック以前)の乃木司令官の評価
主宰 旅順攻略における白兵戦の住人
協賛 日露戦争をまじめに考察する意欲と情熱を持ち得る者たち
協力 ひと味ちがた歴史版スレを構築してみたかった者
1.名将 2.良将 3.並将サラダ付き 4.並将
5.凡将 6.愚将 7.迷将 8.魔将 (棄権あり、但し主旨を述べる)
基本的に一人一票ではありません。 (確認できないもの)
ただし、これは乃木への情熱の投票です。
その1票には熱きコメントがなければなりません。
ギャラリーの方々も是非参加してください。000番の情熱に1票とか
000番のコメント説得力があったから1票とかでもいいですね。
「お捻り一票」もカウントしますから、みんな張り切ってね。
あきらかにコピペとみなされる場合は無効!
期限は月曜日午後8時30分。(ちょっと時間を延長してみます。)
間にほかの話が入ってもよし(但し本筋とは違うからそれなりに)
今後は「203高地総括」をやって
乃木希典の総合評価です。ここで彼に与えられる栄光の称号とは、果たして?
スタート!
350 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 08:31:46
>>346 268には追送問題がぜんぜん含まれていないんだけど?それで却下ってもな。
それに、総攻撃より以前のタイミングで弾薬縦列の問題があったとして、
それが総攻撃の時にもそうだったとはどこにも書いてないのだが。
18日予定だった砲撃開始が、準備が整っていないということで一日延期
されている。この延期時期を含めて、総攻撃時には解決していた可能性が
ある。
総攻撃の時の話をしているのだろう?だったら総攻撃以前の状況を混ぜて
話をするのはやめてくれ。
351 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 08:35:44
>>347 野砲山砲と攻城砲をひっくるめて平均値での300発なのか。
その数値に何の意味があるのかわからない。
352 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 08:38:07
>>349 いきなり腰折ってすま〜ん!
とりあえず、3かな。 松は選べない。梅はなんかヤダ。竹でよろ。
>>350 追送の約束がどの時点でされて、どういう状況になったのかという
根拠も示されていない。つか示してもいない。
8/15に計画を立ててるので、この時点以降、8/25までの間に追送を
どの位したのか?そもそも 8/13までに計画通り弾薬は大連から旅順に
向かっていたはずなんだけどね。
それが無かったというのは、軍司令部の問題。
それを覆す 追送の要求があって、送られなかったという資料か根拠があるのだったら
早く出してちょうだい。
>総攻撃の時の話をしているのだろう?
だから総攻撃前、準備時の運用の問題点を指摘しているのだが?
貴方の論理だったら ”旅順は陥落したんだろう、それ以前の状況はどうでもいい”
となるな。
>>351 >野砲山砲と攻城砲をひっくるめて平均値での300発なのか。
だから?攻城砲は何発撃ったとか資料を出して、意見を出して頂戴。
自分の意向にそぐわない資料が出てきたからといって、
意味がわからないと言っても、何の意味もないよ。
また、攻城砲と野砲の弾薬数はどちらが少ないかっただろうと
希望しているの?w
355 :
352:2005/09/18(日) 08:43:31
コメントなしではいかんのか。コメント追加。
こうまで膠着状態だと、もはや誰がやっても変わらないと思う。
これほどの悲惨な戦場で、とにかくも統率を取っているのは評価点。
白襷隊決断については、ある意味最後の手段というところだろうか。
これを「やるだけやりましたという言い訳」というような評価が上の
方にあったが、私はこれに同意しない。あまりに悪意の籠もった解釈
と見た。
児玉が来る前に二○三高地主攻転換をしているのも評価した。
しかし、未だに華々しい戦果は得られていない点も考慮した。
356 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 08:48:53
そもそも、「2日で300発を撃ち尽くした」の根拠はどうなったのよ?
これを以て、軍司令部の無計画ぶりをあげつらっていたのだろ?
こんな大事なことが根拠なしじゃ、困るんだけど。
統率力はあるかな?それは日本兵の義務感の方が強い結果だと思う。
上級士官の師団長や旅団長が途中で変わるようでは統率力はあやしい。
また運用の問題もかなりある。(台湾統治でも問題あった。)
決断力に関しては、あるかもしれない。しかし統率力がないので、
その場の意見に流される傾向にある。結局乃木自身が立案して
実行しようとした事例は 第7師団を率いて突入するとかくらいか。
実行能力は偵察の不備、砲兵の準備の不備 白襷隊の不備、正攻法でも攻撃路掘削が
不十分だったことから極めて乏しい。
愚将だと思われる。
よって 3
358 :
名称乃木選挙委員会:2005/09/18(日) 09:06:48
>>352 >コメントなしではいかんのか。
こればっかりは、ごめんね。投票数(そうなんだが)じゃないと思うんです。
第一は一票の重さですかね。コメントが付くことで送信者にはエネルギーが
伴いますが、そこには意志が働き情熱を必要とします。
これは単なる人気投票(ちょっと意味が?)ではなく、乃木を知るひとつの
手段であると考えます。もし、苦しければ「お捻り投票」で000に同意で●将に
1票でいいじゃないですか。本来はコピペ対策だったのですが。
それと352さんは(3)ということは並将サラダ付きですね?
すみません今後はカウントしやすいように
●並将サラダ付き と黒丸●と名称を入れていただけますか。
コメントも勿論いれてね。
359 :
357:2005/09/18(日) 09:06:49
3は並か・・
スマソ 6 愚将で・・
>>356 根拠もなんも児島の本には3日目に弾薬が欠乏したとあるでしょ。
そして実際に欠乏してたのは間違いない。
なぜ3日目に欠乏したかを考えてみたら。
元から300発も用意できてなかった又は、撃てなかった。→論外(消費している)
前線にタイミングよく配送できてなかった →可能性としてはある。
これの2点しかない。つかおれは182じゃないからな。
361 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:13:37
●良将
この頃の司令官の在り方を考察しての投票です。
>(直接の作戦や師団以下の指揮をとるものではない。)
乃木は南山と旅順で二人の子息を戦死させました。
次男は第一師団に配属されていましたが、周囲はもっと安全な勤務に就けようと
心を砕いたのですが、乃木は一切を拒否しました。その結果、乃木家は断絶します。
その意味で乃木は司令官として「良将」以外のなにものでもないと私は思います。
362 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:14:37
>>241 >講和前には25個師団が大陸にいて そして4個師団が内陸にいる。
>そして6個師団が新設中なのだが? 他にはないって?
すまんが、ネタでなければ内訳を書いてくれ。
363 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:19:18
●良将
俺が乃木を司令官として一番評価するのは、その指揮を児玉に委ねた点だ。
当時の人間の価値観や乃木の正確からすれば大変なことだったと思う。
児玉が実際どう説得したのかはわからないが、ここで乃木が違った選択肢を
選ぶことは逆に自然であり、もし、そうなればさらなる混乱が生じただろう。
ひとつの英断であり、あの状況を考えれば評価できるのではないだろうか。
364 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:19:52
>>360 マジで小説が根拠なの?ねえ、マジ?
それにその小説を読んでも、300発を撃ったなんて書いてないじゃん。
一日60発予定で、その予定に順守して撃っていた。そしたら三日目に
急に弾薬欠乏。なんだこりゃ。
普通に読んでいけば、「あれ?120発しか撃ってないじゃん?」と
疑問に思うところだろ。よしんば多少予定を超過したとしてだ、予定
の倍を撃たないと消費しきれないじゃん。
でもそんな記述はぜんぜんない。むしろ予定順守の趣がある。矛盾。
小説だから細かい所はいいんだけどさ。これを根拠にしちゃまずいだろ。
>>362 日露陸戦新史に書いてあるのは其の程度ですけど、13個師団しかなかったという
意見に対する反論。第13 14師団と他に2個師団 存在した。
さらに日本は大英帝国の後ろ盾がある以上、政略的に完敗ということはありえない。
色々調べていく内に日露戦争というのは負けた時の事も考えて戦争をしているのが
わかる。太平洋戦争が負けたときの事を考えてないのがとにかく対照的。
366 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:27:30
>>365 いやだから、内訳を書いてよ。それともやっぱりネタなのか?
・講和前には25個師団が大陸に
・4個師団が内陸に
・6個師団が新設中
これが何へ向けての反論なのかは聞いてないよ。スレを読んでるしな。
それともなにか?「なにかへの反論だからウソを書いてもいい」とでも思ってる?
>>364 とりあえず公刊戦史 第5巻 P464に22日の状況の弾薬状況が書かれている。
この記述は児島本と類似しており、公刊戦史から引用したのだろうと思われる。
公刊戦史というのは小説じゃないからね。
大体、史実は22日に弾薬が消耗したという点に注目して、実際予定通りに消耗した
事が虚偽であったと考えるのが普通だろうに。
イッタイ何がいいたいのかわかりませんが?貴方の要望を書いてくれませんか?
368 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:34:54
○名将
名将とは何か。以前下駄さんが軍司令官の在り方とは?を問うコメントがあった。
この投票は「第三軍司令官乃木」に対してだよね。
どんな状況でも部下を信頼してその中で任務を遂行した司令官乃木希典は
名将以外の何者でもない。司令官として派手なスタンドプレーや
奇想天外な戦術を編み出すことがその役割ではない。
ドラマとしてはそのほうが面白いかもしれないが結果として旅順を攻略したことに
価値がある。その旅順の戦略的位置づけは「この第三回総攻撃」では初段階とは
まったく違ったものになっている。世界が注目しているのだ。
第三軍の被害状況がそうさせたといえば皮肉ではあるが、戦争の目的は
相手国に勝つことである。その意味で「旅順陥落」の事実は非常に高い。
児玉の助けはあったとしても、それをやったのが乃木である。
>>366 >なにかへの反論だからウソを書いてもいい」とでも思ってる?
日露陸戦新史がウソなのかw 其の前にどんな資料でもいいから、奉天会戦後の
日本軍の方針なる資料か、文章か読んだ上で ウソかネタか判断しているのでしょ?
どんな資料?
>>361 >>363 >>368 最初に○か●書いて、改行も空行もあけないコメントは
よく似ているね。愚将論と思われる意見に反論しつつ、投票しているような感じがする。
普通は同じレスに同意する形でもいいんだよ。
それがなぜか 361 363 368は別々の観点から別の意見を述べている。
一見したら別人のように思うが、普通は最終的に陥落させたという点でほとんど
同意する筈である。 また 361の意見当然として〜だから 私(363)はこういう
意見だというのもない。
これは 同一人物による書き込みである確率が高い。
372 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:49:04
予定の倍を撃たないと消費できないという現実実のない点は考えないのか。
>>372 予定は予定であって現実は変わるという点は考えないの?
そして結果として欠乏したという事実は?
整合して考えてね。またこの後に
>>370-371の反論を書いたらちょっと笑うよw
374 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:51:34
愚将論者の中の人も大変だな
375 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 09:51:56
なんか砲弾論争の合間に淡々と乃木名将、良将のコメントが送られるところに、
ギャップと静かなる情熱を感じさせられますね。
ところで、「なんで細切りに評価するの」という御不満の声もありましたね。
ここで、その経緯をちょっと紹介します。遡ることパート1の突発的な
連続ギャグがその発端です。
694 :それでは、旅順第一回総攻撃について語りましょう。
695 :…と自分では語れないので他の人にふってみた。
696 :いやあ、あれは失敗でしたな。なはなはなはなは by 伊地知幸介
697 :まあ、一回目ですからね。どんなもんか試しにやってみないとね。
698 :それでは、旅順第二回総攻撃について語りましょう。
699 :いやあ、また失敗でしたな。ほへほへほへへへへ by 伊地知幸介
700 :早っ!もう第二回?ダメだよ。
いい?これから俺が無い知恵しぼって第一回総攻撃について語るから、
おまいらはそれを叩き台にして話しを膨らませるんだ。そして真実の第一回総攻撃を…
701 :それでは、旅順第三回総攻撃について語りましょう。
702 :こらぁ〜
703 :わしは神経痛でわしの責任ではない。
準備不足、砲弾不足のせいだ!いてててて by 伊地知幸介
704 :>703 おりには分かるゾ
本当はおまい、第一回総攻撃について語りたくてウズウズしてるだろ?
じゃ後はまかせたからな。
705 :696、698、699、701、703
>>700 すみません。勢いで、その、ウケを狙って、つい。
許しください。もう御邪魔はしません。反省しています。ぐっすん。
だから僕にまかせないでカラッキシなんです。
3分以内にレスがつくと ちょと笑うw
>予定の倍を撃たないと消費できないという現実実のない点
これってなんで倍も撃てないの? 現実味が無いってなんで
無いの?全然わからないや。
当時の日本軍は1日に120発も撃てなかったっけ?初耳。。
378 :
375:2005/09/18(日) 09:58:06
ということで、区切って評価する点は御了承ください。
でもだいぶ判りやすくなったんじゃないかな。
一旦、三回やって総合評価で決着つけますから。
>>373 ネットの向こう側が、俺はこう思ってる、との魂の雄叫びにどう反論しろというのか。
逆に言えば、賛同だって出来ないし。
まあ、ふーん、かな。
つか、こんなんに反論どうこういえる自意識過剰ぶりが微笑ましいよ。
380 :
375:2005/09/18(日) 10:02:35
あらら
一応コメントがあれば複数投票よしとしているんだから
そのあたりはいいのじゃないですか。
あくまで自分の投票なのだから他人は関係ないというところで
どうでしょう。反論が目的ではありません。
>>379 いや別に君が又吉イエスと同じような根拠のない論説をぶっても
何の意味もないよ。
>予定の倍を撃たないと消費できないという現実実のない点
これってなんで現実味がないの?総攻撃の計画後に約束した
追送されてなかったんだったらその根拠も示した上で
話してください。 この前から色々見ているのだが、見つからないし・・。
予定通り、弾薬を消費したという事は公刊戦史には見つけられなかった。
多分 予定通りというのは児島の加筆じゃないかな。
383 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:14:53
>>382 じゃあ、一日60発ってくだりとかは全部、児島の加筆か?
384 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:17:47
名称乃木選挙委員会のひとりとして
あのさあ、ちょっと読み返してむかついたんだけど。
誰が誰とかそんな邪推はよせよ。一応コメントがあれば複数回答はOKとした
手前もあるし、結局、しらけるだけじゃないか。
こっちだってボランティアで手間暇かけてやっているんだから
やってるソバからぐじゃぐじゃやられると気分悪いな。
これ以上投票にケチつけるのなら出ていってくれよ。ここまで2回はうまくやって
これたんだろう。それと今張り付いているんなら自分の分の投票したら。
>>383 1が間違ってたら全部間違い?
事の発端になっている
>>199を見直してみよう。
第1日 P191には第9野砲兵連隊は予定発射弾数に応じた(それ以外の部隊は不明)
第2日 P199には弾薬豊富な海軍陸戦重砲隊意外は停止した とあるが、これが予定弾数を
守ったかどうかは不明。
第2日目 以降、発射予定弾数を”守っていたとか” ”超過して射撃した”ということは不明。
この時点で199の思い込みによって第2日が予定弾数を守られていたという主張に
なっているが、児島本ではそういう事は書かれていません。
余談:公刊戦史P442で 攻城砲部隊は21日の時点で弾薬を節約セシムと書いている。
>>199 ”陸軍省からの追送の約束が反故にされたため” という意見から
第2日目も予定弾数が守られて発射されているという思い込みは児島本でなくて
199というのが判明した。
386 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:32:40
●並将
乃木が指揮権を児玉に委譲したというのは評価がわかれるけど、
天皇から負かされている軍隊に対して責任を負ってないので並将
387 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:33:26
370 =371=376 って同一人物?てこと?
妙に息があってる。前からやってるよね。
誰が誰だとか、結局論点をはぐらかしてしまうだけで
品の無いこと。端で読んでいて嫌悪感をもよおす。
だれかネタでぎゃふんと言わせて。
実行委員会「選挙妨害」で追放しちゃいなさいよ。
388 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:38:25
>>385 最初に小説に書いてあることを示した側が居たんだろうが。
その矛盾を指摘したら、まるで指摘したほうが悪いみたいなことを言うのか。
そりゃ困るな。
結局、一日60発の予定であったのに、2日で300発を消費した、これは
軍司令部の無計画性のゆえ、という当初の主張はまったく瓦解してしまった
ということでいいのだね。
だから、小説をネタ本に話をするのは止めたほうがいいんだよ。
児島「日露戦争」はよくできた作品だが、しょせんは小説だ。
>>384 >>387 別に一人が多数投票していることに反対してますか?
文章が似ている、時間も近い、同一人物かもねって
いう意見がその人の情熱あるコメントを妨げる?
そのコメントの信憑性はおいておいてね。
それとも嫌悪感をもよおしているのは 自分の事が
指摘されているからか?他人事だったら放って置けば
いいだけのこと。
390 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:45:06
●愚将
なんか投票の形体にドキドキするな。変な揚げ足いれるなよ。
司令官としての決断こそが最終責任の場。
第三回総攻撃に入った途端の手詰まり状態とそれを打開すべく
決行された「決死隊」の失敗は司令官として駄目だね。
391 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:47:08
>>388 >軍司令部の無計画性のゆえ、という当初の主張はまったく瓦解してしまった
どうなったらこういう意見になるの?385の指摘では児島本では予定通り
消費したともしていたとも書いてない。にも関わらず199の意見は思い込みで
話しをしていただけ。
1日 2日と予定通り消費したかどうかは、確定できないが現状。
しかし、3日目には弾薬が欠乏したのは事実。21日には攻城砲部隊も
節約するくらいだった。
最終的に1日と2日で予定以上の弾薬を消費したと考えるしかない。
誰か >372 の予定の倍を撃たないと消費できないという現実実のない点は考えないのか。
これの現実味の無い点を早く教えてくれ。全然わからん。
393 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:50:41
>>389 両人は、誰が誰とかそういうのをやめろと言ってるんだろ。
なんだよその受けごたえ。おかしいよあんた。いいかげん気付けよ。
394 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:53:14
>>389 >その人の情熱あるコメントを妨げる?
それ以外の人間がしらけるっていっているんだよ。
君が洞察力のある人間だって十分わかったから
どっか他へいってやってくれ。
楽しみにしているギャラリーもいるんだし、
動いてくれている人も不快だっていってるんだろう。
もう、やめろよ。
>>393 お前もおかしいよ
>誰が誰とかそういうのをやめろと言ってるんだろ
>>387は 370 =371=376 って同一人物?てこと?
って387も誰が誰ってやってるのだよ。こういうのは放って置けばいいだけさ。
お前もレスをつけるな。
396 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:56:14
>>392 >最終的に1日と2日で予定以上の弾薬を消費したと考えるしかない。
だから、その「予定」というのが児島本の創作部の可能性があるのだろ?
公刊戦史にはそんなこと書いてなかったと言ってただろうが。
一日60発予定だった、300発割り当てだった、しかしそれを2日で消費した。
それで軍司令部の計画性の無さを批判していたんじゃないか。
この軍司令部批判ののっけから根拠がなくなってるんだっての。
小説をネタ本にしたツケがこれだ。いいかげん払えよ。払えなければ出禁。
397 :
一兵卒:2005/09/18(日) 10:56:42
>>395 師団長殿!こいつなんとかしてください!
398 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 10:58:28
>>395 387が投票者の誰が誰とか言ってるのか?
ミソクソ一緒に語るな。 いいかげんにしろよ。
>>396 >「予定」というのが児島本の創作部の可能性
ない。
児島本には予定通り消費していたという部隊は第一日の第9野砲連隊のみ。
他には予定通り消費していたとかそういう記述はない。
すべては 199の思い込みです。
それで何切れてるの?児島本は公刊戦史と平行して読んでもわかりやすいんだけど。
そりゃ間違いもあるが、この辺りは整合性が欠けるということは見えない。
400 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 11:02:28
365も凄いけど、合間で見落としそうにたんが
396も凄いね。
>小説をネタ本にしたツケがこれだ。いいかげん払えよ。払えなければ出禁。
吃驚しちゃったよ。
ていうか恐い。
401 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 11:05:16
>>399 199ページ。
「日本側の砲撃も、弾薬豊富な海軍陸戦重砲隊以外は停止した。
海軍陸戦重砲隊の場合、陸軍側が一門平均一日六十発の割当であるのに対し(略)」
これを読んで、割当に従って射撃していた、と読まない奴がいるのか?
読解力の問題としても、相当つらいぞ。その主張。
>>400 小説を引き合いに出すのは、マジ勘弁して欲しいんだが。
最初は児島小説をネタにしておいて、今頃になって公刊戦史にはこう、
なんて言い出すくらいなら、最初からそうしとけって話だよ。
もちろん、小ネタ話にちょこっと程度ならいいんだけどね。
403 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 11:13:22
ははは、そりゃみんな怖がるわな。
でも、399は偉いね。
ちゃんと相手に正面から向き合っている。
普通だったら「面倒臭いなんだ馬鹿」っていって途中で投げるだろうに。
その姿勢から真実の片鱗がかいま見えるとすれば意義あることだな。
俺も含めて、みんな!見習おう。
399頑張れ!そっちの方の知識は無いが君の意見には賛同するぞ。
きっと多くのギャラリーも同じだと思う。
395は論外だな。ギャグにしてしまうのがいいんだろうが、
果たして彼は今何処?時空を超えて待望する。
>>399 >399
>>「予定」というのが児島本の創作部の可能性
>ない。
382によると児島の創作部のようだ。
加筆は創作じゃないというなら加筆部としてもいいが、意味は同じだぞ。
>>382 >予定通り、弾薬を消費したという事は公刊戦史には見つけられなかった。
>多分 予定通りというのは児島の加筆じゃないかな。
405 :
396:2005/09/18(日) 11:18:58
>>403 怖かったか?そりゃすまんね。
いうまでも無く、出禁もクソも、管理できるわけがないんだから、
そんな言葉尻をあげつらわれても、こっちも困るな。
辛辣な言葉の最後にギャグで落としたと思ってくれ。
技が稚拙で笑わせられなかったのはすまんかった。
小説を出してくるのを防ぐにはこれっくらい言わないと駄目じゃないか
と思ったもんでね。
406 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 11:42:13
>> 405いやいや405そんなフォローじゃ
君の好感度はなかなかアップは見込めないだろうよ。
その辛辣な言葉とやらに可愛気がないところを最大のセールスポイントとして
売り出すことをおすすめするよ。
勝海舟が言っておったそうだ。「良い子になろうとすると道を誤る」とな。
因みに私は小説をだそうが別にこだわらない。意図的な記述改竄がなければ
問題ではないんじゃないかな。悲しいかな世は活字離れでそれさえも滞りがちだ。
かといって「公刊戦史」などの文献でなければ意味がないとは諭せないだろう。
児島の「日露戦争」でも98%腰砕けにで最後まで読める者は皆無に近いと思うが
如何なものか。ここは大人の楽しい社交場なのだろう。
まあ、私は一般論で話しているわけで「小説しか読まない者の意見になんの価値もなし」
と、いきり立たないでくれたまえよ。それで十分楽しんでいるところに意義があり、
君たち専門知識を有する方々との接点があるというものじゃあないか。
はっきり言おう、君たちはマイノリティーだ。その点の円周に私たちがドーナツ状に
包み込んでいる御近所親戚のようなものだ。西郷(弟)と大山のようなものだよ。
二人が盟友だったからこそ陸軍も海軍も育ったわけだろう。
そして、ロシアに勝ったんだ。はて、何の話だったのか。
407 :
観客:2005/09/18(日) 11:52:55
405は真実の探求者なのです。
405に同意。ガンガレ。
408 :
観客:2005/09/18(日) 11:58:49
399 無理するな。
議論のための議論になっている。
その探求には敬意を表すが、興味がない。
むしろ、その過程で色々見えてきたぞ。
それでもまだ頑張るならそれもよし。応援はするぞ。
でも、無理しなくていいぞ。助太刀できなくて御免ね。
409 :
観客その2:2005/09/18(日) 12:22:15
当たり前だが399だって真実の探求者だ。
よく言うよ、第一日、第2日の予定弾数を小説に拠ってたのは
>>199じゃないか。
>>404 事の発端になっている
>>199を見直してみよう。
第1日 P191には第9野砲兵連隊は予定発射弾数に応じた(それ以外の部隊は不明)
第2日 P199には弾薬豊富な海軍陸戦重砲隊意外は停止した とあるが、これが予定弾数を
守ったかどうかは不明。
第2日目 以降、発射予定弾数を”守っていたとか” ”超過して射撃した”ということは不明。
この時点で199の思い込みによって第2日が予定弾数を守られていたという主張に
なっているが、児島本ではそういう事は書かれていません。
余談:公刊戦史P442で 攻城砲部隊は21日の時点で弾薬を節約セシムと書いている。
>>199 ”陸軍省からの追送の約束が反故にされたため” という意見から
第2日目も予定弾数が守られて発射されているという思い込みは児島本でなくて
199というのが判明した。
412 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 14:56:40
●迷将
第三回総攻撃に至るまでに、乃木は精神的ストレスから不眠状態にあり、
極度の神経衰弱状態に陥っていたとみられる。
その点は、上原勇作も認めている。
軍司令官という責任者が、最終決断を決する場において尋常ならざる
体調の不良や精神的バランスを崩しているとすれば由々しき問題である。
自己の体調管理を怠った点とその状態で職務を執った点の2点から
迷将に投票
>>354 第一回旅順総攻撃時、徒歩砲兵第一連隊、第一中隊の射耗弾薬数。
榴弾 1520発
榴霧弾 1810発
計 3330発
一門につき 555発……
え!?
>>347 >380門投入してたのだが〜
野戦砲兵第一連隊 36門
野戦砲兵第二連隊 36門
攻城廠 174門
海軍陸戦重砲隊 19門
で、あと115門足りないんですが、足りない分は、どの部隊に配置されていた、どの
砲でしょうか?
415 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 15:21:27
第三回総攻撃からの評価だが、こうなった状況の原因はこれまでも経緯から
のものだ。最悪の状況を構築してしまった。普通は最悪にしないようにする
のだけれど。どツボにはまってしまっている。
パニックを起こしている軍司令官の姿を前にして良将、名将はないもんだ。
それを人格者とか仁者とかに結びつけるところもまったく納得できない。
欠陥将軍と罵りたいところだが、現実の記録はそんな生やさしいではない。
まるで死兵に仕立てる死神男爵だ。
●魔将
416 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 15:57:12
結果論で物事は運ばない。
ほんの一部を除いてもロシアの実際の要塞の実際の実情は知らなかった。
それは戦争をしていくうちでおいおい理解する事ができるようになる。
我々は初めから結果を知っているが故に適切な判断を想像する事ができるが
当時の人間が全体像を掌握して判断を出す事は難しかったと思う。
参謀本部さえミスを数多く犯しているのだから。
>>414 師団に配備されている野砲兵部隊がすっぽり抜けていると思うが。
なぜ 抜かしているのですか?そして今までその数字で計算してたのですか?
>>413-414 いま軽く調べてみたが、
野戦砲兵第2連隊は旅順に参加してない。
参加しているのは
攻城特種部隊
野戦重砲連隊 1個連隊
徒歩砲兵連隊 3個連隊
野戦砲兵第2旅団
野戦砲兵 第16連隊 17連隊 18連隊 計3個連隊
その他 各師団に
野戦砲兵 第11連隊 第9連隊 第1連隊のみ。
第2連隊は第2師団配備だからなんかおかしいと思った。
>>413の意見も間違っているかもしれん。ソースもないし気をつけないと。
419 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 17:01:50
>>416 あなたの意見は正論であり、いい指摘です。
しかし、それが過酷で難解なことであったとしても
第三軍の司令部はそれを解決させようとする努力を怠った点は否めません。
その漠然とした空白を埋めることよりも戦闘行動で一気に解決することを選びました。
戦場である以上それ以上の考察は許されなかったことは想像できます。
それゆえに司令官乃木希典は
●並将 です。
>>413は「明治卅七八年 日露大戦」の付録からなぁ〜
>>414は6月30日下命分を抜かしてたわ。
ごめんそ。
>>418 公刊戦史巻末資料で確認しました。 徒歩砲兵第一連隊第一大隊 第一中隊は
1500+1810で間違いありません。攻城特種部隊の消費弾数は 榴弾 46670 榴散弾 17600
其のうち海軍陸戦重砲隊は榴弾13750発発射。よってそれ以外は50520発になります。平均約270発
ただし、上記の徒歩砲兵第一連隊第一中隊(12センチカノン)のように3330発もあれば、
第2連隊第8中隊のように1000発程度もあります。
コメントがいるのか〜。乃木は好きだけど皆さん程知識は無いからなぁ…。
一つ疑問なんだが、なんで「一門につき300発」と決まったんだ?
「一門につき300発」と決めた人間が居るんだろうけど、どういう根拠で、そう決めた
のか、誰か知りません?
425 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 17:48:41
>>423 法に抜け道あり。
主催者側は建前上そう言わざるおえないし、
悪質なコピペ防止じゃない。
前回もなんだかんだいってカウントしてくれたから大丈夫じゃない。
426 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 17:53:21
427 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 17:58:30
>>
>>424 それまでの陸軍の試算目論見で1門につき50発というものが基準にあったから。
南山の砲弾消費量が予想外に多くて、現場で方向修正したんじゃない。
というか、現在ある砲弾総数を三日陥落計画(三日分+突撃用2回分=5回分)で
割ったら60発で、ああ、50発よりも2割りは多いなと思ったんだろう。
これはあくまでも小説の記述をベースにした私の妄想です。
まさか、その小説が「ベストカーガイド」をタネ本にしていないことを祈ります。
428 :
423:2005/09/18(日) 18:49:34
皆さん優しいですね。では恥ずかしいけど。
三回目の総攻撃、児玉ジャック前という事で事態はもう最悪な時。乃木は軍を崩壊させずに良く頑張ったと思うけど、白襷とか許可するのは良くない。
思うに乃木はこの時期、極限にやばいぐらい参ってたんじゃないかと。
●迷将
に一票です。
429 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 19:14:06
>>423 くわあーっ。迷将 かあ。
>乃木は好きだけど
というコメントがあったからどんな採点かなあと興味あったんだけど。
きつーい一発だったね。いや、ごめんごめん。
423に同感。複数投票お捻り投票いいんだよね。423に敬意を表して
●迷将
に追加一票です。
『さらに弾薬の補給についても大きな勘違いがあった。
独国の攻城輜重が砲一門あたり1000発ずつの携行弾薬を持っているので、
まさか旅順が独軍が攻撃しようとする仏国の要塞ほどに堅牢ではないだろうから、
その八割、すなわち800発もあれば十分であろうと考え、その800発の半分、
すなわち一門あたり400発ずつを攻城砲廠が携行し、
残る半数を兵站部に属する野戦兵器廠で携行するよう、陸軍省に要求した。
ところが陸軍省の当局者は驚いて、そんなにたくさんの弾薬がはたして要るかと疑い、
結局十五糎臼砲の弾丸は在庫品が少ないからという理由で、一門に300発ずつ、
その他の砲種は要求どおり400発ずつ交付することになった。
残りの弾薬は攻城着手の時期までに必ず大連に追送するという約束だったが、
とうとう追送弾薬が来ないまま第一回総攻撃を行うことになった。』
(日露戦争の兵器 光人社 佐山二郎 48ー49ページより)
↑これは、どういう事?
431 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 22:32:19
中間発表9月18日22時30分現在
● ●
● ● ◎ ●
● ● ● ● ● ● ●
名 良 サ 並 凡 愚 迷 魔
将 将 ラ 将 将 将 将 将
ダ
付
き
並
将
432 :
日本@名無史さん:2005/09/18(日) 22:33:29
この評価の基準を第三回総攻撃という観点から、
司令官乃木希典を検証すれば、名将の何者でもないだろう。
これより後、203高地陥落から旅順入城を果たした第三軍が目撃したものは
おびただしい武器弾薬と約2万9千名の健全な兵士(戦闘可能)の姿だった。
押収した各種大砲330門は各種砲弾は20万6704発、小銃3万6600挺、
銃弾543万6千240発である。旅順は永久要塞だったのだ。
では、なぜ陥落したか。
遼陽、沙河、奉天会戦と日本軍が勝利したと記録にはあるが
実際は敵将クロパトキンの偽り戦略的退却であり、その真相は
「根負け」以外のなにものでもない。
戦争とは戦力、戦略、戦術以外に戦う者達の意志という戦意が働いている。
日本は日本の将兵は国家存亡という必死の姿勢があり、常に堪え忍んだ。
対するロシアは遠く極東にかり出されたロシア人、ポーランド人たち。
彼らは等しく帝政の圧制下にあった者達だ。
その指揮官は貴族階級と官僚システムに冒された者達がほとんどを占めていた。
しかし、旅順要塞が永久要塞であったことにかわりはない。
第三回総攻撃の場であれば、黒木、奧、野津を想定しても誰も陥落できない。
消耗戦などでもない。乃木はよく堪え忍び最後の最後まで追いつめなれがらも
軍をまとめきった。その意味で、児玉の登場は司令官の交代ではない。
乃木司令官の下に児玉臨時参謀長と考えるほうが自然ではないだろうか。
乃木の姿勢は最初から最後まで変わっていない。
この極限の苦戦を最後まで寡黙に堪え忍ぶ名将である。
●名将
カツレツの代わりにトンカツで児玉ごっこしながら考えた。
この頃は第一回、二回にくらべて進歩してたはずだ。消耗戦の途中だ。着々と敵も消耗してたはず。
しかし白襷隊はマズイぞ。減点だ。あのバッテン印。ダメモトだったのか?
しかし減点しても
●良将に清き一票だ!笑いたければ笑え!
俺の息子の名前は希典だ(嘘です)
>>430 ドイツの攻城部隊の弾薬数(1000発)を元に計算していたのだな。
その八割(800発)を請求、というのがなんとももの悲しいところだ。
これによれば300発というのは、この400が不可能ということで出た数となる。
一日あて60発で300発、というのが何度も出て来ていたが、まるっきりこれに
振り回されていたということか。
435 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 02:31:39
436 :
423:2005/09/19(月) 03:56:42
>>429 わわ。嬉しいです。
今後も熱い議論を楽しみにロムってます。
437 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 06:26:01
>>430 伊地知が砲兵総監をやって知っているはずだが、
普仏戦争時の弾薬消費量(1日99発)を鑑みて、速射砲になったので
往時の2倍即ち200発の発射は之を認容せざるをえないとしたのであった。
(機密日露戦史より)
438 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 06:31:48
いったい第三次総攻撃という戦略が必要だったのか
総攻撃以外の時に兵隊が寝ていたわけではない
坑道掘進を行いながらも適時突撃を行い、
刻々と要塞核心部に迫っていたことは間違いない
特別攻撃隊にしても、松樹山備砲台に限れば、露軍
配備の欠陥をついており、奇襲性も高く失敗しても
露軍の戦力分散に寄与したと考えられる。
あれほどの攻勢規模でなければ、損害も耐えられる
ものだったろう。
問題なのは、
ここに海軍のあせりと、それを利用して勢力拡大を
図った長岡という人物の存在が現れていることだ。
本来必要ない部署についた長岡は、彼に与えられた
政略という実はよくわからない仕事はそっちのけで
各軍の作戦指導を観察批判し、不用な干渉に奔走し
ている。
陸軍内部に支持のない長岡は、第三軍については、
徹頭徹尾、海軍側につき、203高地攻略を主張し、そ
れを貫けばいいものを、総攻撃の早期着手と攻勢戦力
の拡大を強要している
しかも彼はそれが失敗に終わることを予見していたと
思われる。陛下に絶対の忠誠を誓う乃木に、幕下にい
た長岡に抵抗できるわけはなく、もはや指揮権など無
きに等しい。
私は第三軍が完全に無能とすることに納得できないのだ
まして根負けなどで旅順が落ちたとは決して思わない
439 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 06:58:37
>>438 突っ込んでいい?
>第三次総攻撃という戦略が必要だったのか :戦略× 戦術○ 決断したのは乃木と其の軍司令部
>松樹山備砲台に限れば :限らなくていいです。全体で話しをして。
>露軍の戦力分散に寄与したと考えられる。 :分散していません。
>本来必要ない部署についた長岡 :内地の運用行政が必要ないとは意味がわからない。
>不用な干渉に奔走している。 :戦地から訴える手紙やら電報やら来ている。
>陸軍内部に支持のない長岡 :藩閥か?内部の支持はあったけど何がいいたい?
>203高地攻略を主張し、それを貫けばいいもの:貫いています。
>失敗に終わることを予見していた :東北正面の攻撃の失敗を予見してたのだが?
もっとじっくりと清濁を問わず物事を見たほうがいいと思う。
440 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 07:42:09
>>439 ぱちぱちぱち・・・(拍手のつもり)
いい突っ込みだ。素敵だ。439は果報者だ。
だが、「根負けなのさ」だからって第三軍を無能にはならないだろう。
いつまでも同じ言い訳論法じゃあ誰も納得しないぞ。
長岡の話は興味あるな。もっとやってください。
441 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 13:00:32
>>440 439を読んでみても、「根負けなのさ」という言葉はないのだが?
なんか、君らの受け答えは、おかしいな。微妙に。
ちなみに、438に同意。
439の突っ込み自体が小粒というか、なんか本筋を全然語ってないもの。
442 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 13:05:34
>>437 伊地知が何だって話が、430のどこにあるというんだろうかな。そもそも、
弾薬追送の約束が反故にされたという話は機密日露戦史には載っているのか?
今の話題には無力な資料を出してもしょうがなかろ?
443 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 13:17:48
>>442> 弾薬追送の約束が反故にされたという話は機密日露戦史には載っているのか?
当初 800発の要求に対し、300-400発の弾薬追送は約束し、実行したのだが?
それ以上の残り400発は砲兵工廠の問題から逐次になるという意見が書いてある。
そして8/11の総攻撃計画の予定通り300発程で計画をしたが、その弾は2日程度で
欠乏した。
444 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 13:27:38
あいた、た、た、トンでもない記入ミスをしてしまった。
441有難う。君がおかしいと思うはずだよ。
寝起きはキーボードさわらないほうがいいね。
439は果報者だ。→438は果報者だ。の大間違い!
本当はどっちでもいいんだけどね。
前者ならば額面通り。(その知性と整理能力はご先祖様の御加護)
後者ならば皮肉。(たまには墓参りしたほうがいいな。もうすぐお彼岸だ。)
>>441 >439を読んでみても、「根負けなのさ」という言葉はないのだが?
まして根負けなどで旅順が落ちたとは決して思わない
↑↑↑↑↑
ココココ
439の最終26行目(アキの行は数えてないぞ)
にあるから。読んで、自分の意見を述べてみたのだが、おかしい?微妙に?ほんの少しだけ?
少しだけなら許してよ〜ん。
そっちはスーパーカップ(100円アイス)よりドでかく変だよ。
まあ、どっちもどっちかな。
第3次攻撃こそ旅順要塞攻略の転換期だった。
ロシア軍将校は二百三高地の陥落によって桶の底にヒビが入り、
最終的に割れたという表現をしている。
東北部の総攻撃から二百三高地のある西北正面へ
主攻転換に対応できたのは、第一師団が逐次二百三高地への
坑道を作っていた成果であろう。
軍司令部は松樹山方面を攻撃せよとその活動を結果的に妨害
しつつも行ったのは偉大な成果だ。
特別攻撃隊は奇襲効果はなく、しっかりとロシア軍に
防がれている。これは地理不案内な第7師団がほとんど
ということ、共同の訓練を行えなかったなど不備が多い。
ロシア軍の戦力は分散したと乃木自身考えていたが、
実際 第9師団方面に第7師団を投入しようにも第9師団長
に止められた。
海軍は焦っていたが、尚焦っていたのは陸軍であった。
遼陽決戦の後、来るべき春季攻勢の為に第3軍の兵力
が必要であったからである。1月までに陥落しなければ
第3軍は分割されて半数は満州軍に配属されたことだろう。
だからこそ天皇は訓示を出し、児玉は第3軍を督戦にいき、
大山は委任状を児玉に託した。
もしこの二百三高地攻撃が失敗してたなら、児玉と
乃木は生きてなかっただろうと思われる。
しかし、第3軍司令部はこのような悲壮な状況を
理解していたかは不明である。
>>438 >それを利用して勢力拡大を
>図った長岡という人物の存在が現れていることだ。
勢力拡大してない。 政略はしっかり行っているし、
不要な干渉というのは各軍からの要望に対し細やかに
対応していたのである。政略レベルでの砲弾や生産状況を
調整し、前線、現場の要望を汲み取り調整能力はたいしたものであった。
また、陸軍内部の支持があった長岡は参謀本部という立場から
海軍と陸軍を纏めた行為はすばらしい成果と言えよう。
しかし、第3軍参謀長が、海軍の要望に対し、”海軍は旅順港湾に
突入して砲撃してほしい”と無茶な事を述べたり、調整能力に欠ける
事は間違いない。
447 :
444:2005/09/19(月) 13:46:20
あらら、439じゃなった438だった。
寝起きはキーボードさわらないほうがいいね。
なんだかめちゃくちゃでわけがわからない。
もうこんな無意味な論争はやめよう。
俺は439の書き込みが知的でいいなあ。と誉めたかっただけ。
489の気持ちは十分わかるけど、俺はこう思うな。としただけ。
最初のコメントにはそんな悪意はないだろう。
間に合うかな?神様お願い!
448 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 13:55:18
>>445 いい書き込みじゃないか。
>軍司令部は松樹山方面を攻撃せよとその活動を結果的に妨害
>しつつも行ったのは偉大な成果だ。
結果的に妨害 しつつも行ったのは偉大な成果
↑ここだけ今ひとつ理解できない。
449 :
445:2005/09/19(月) 14:06:11
>>448 第一師団は軍司令部が結果的に妨害しつつも 二百三高地方面に
坑道掘削を為しえたのは偉大な成果です。
というわけで、とても第3軍は有能であったと思えないので
● 愚将
450 :
448:2005/09/19(月) 14:26:41
>>449 ・・・なんとも、無情じゃな。乃木無惨だ。
第三軍=乃木希典か
すくなくとも運営や戦術ふくめて第三軍司令部、参謀部、伊地知と切り離して
みるをわけにはいかないだろうか。複数投票ありなんだから。
君の貴重な一票が欲しいところだ。
第一師団は頑張っていたことだし、これも第三軍じゃないか。
451 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 15:15:04
明治、大正生まれの人だったらどれに投票するんだろう?
いるわけないから聞けないが。
おれの爺さんは愚将っと罵っていた。曾爺さんは乃木と会ったことがあるそうな。
453 :
葛飾区役所一応認定:2005/09/19(月) 15:25:31
ゴホン、村奈野有加代と申します。今年98歳になります。
葛飾区新宿在住の無職のものですが、最近曾孫にすすめられて
パソコン教室に通いだしております。
インターネットって楽しいですわね。
私はみなさんの意見を興味深く拝見させて頂いておりました。
私も投票させてください。
●名将
454 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 15:30:12
中間発表9月19日15時30分現在
残り4時間です!
●
● ● ● ●
● ● ● ◎ ●
● ● ● ● ● ● ●
名 良 サ 並 凡 愚 迷 魔
将 将 ラ 将 将 将 将 将
ダ
付
き
並
将
注)◎は不在者投票
455 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 15:55:22
>>452の爺さんの発言を不在者投票として
●愚将
456 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 16:40:31
>>432 兵隊が何人いようと、大砲・砲弾がどれほどあろうと
食料、小麦が50カ月分あったとしても旅順は駄目なんだ。
わかるか?君。そのわけが!
問題は野菜だ。ビタミンC不足が旅順を降参させたんだ。
●サラダ付き並将
457 :
下駄さん:2005/09/19(月) 17:23:20
旅順が苦戦したのは戦術よりも、戦略に問題があったな。
無理だったんだよ。あれを攻め落とすという行為そのものが、
結果として攻略したことに乃木への批判もあるのだろう。
司令官として、できうることはやったのではないか。
●名将
458 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 17:43:53
なんかで読んだんだけど忘れた。奧がさ、副官と兵站担当者にお願いに
いったら、ケンもホロロに要求を突っ返された話。
「俺は司令官という立場だから黙って聞いたが、師団長だったら、
あんな馬鹿野郎にあんな口は聞かせない」と副官にこぼした。とか。
あの奧がだよ。司令官っていったい・・・。聞こえたんだね。
●名将に一票。コメントにつき論拠提示要求はナシよ
459 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 18:28:55
下駄さんに一票 ●名将
460 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 18:37:43
●愚将
>>446 ↓ ↓ ↓
>しかし、第3軍参謀長が、海軍の要望に対し、”海軍は旅順港湾に
>突入して砲撃してほしい”と無茶な事を述べたり、調整能力に欠ける
>事は間違いない。
伊地知もやるねぇ。
上司として部下を管理できなかった乃木に愚将。
461 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 18:41:38
当時の日本は戦場での情報を最優先にしていました。
これは乃木も参加した台湾征討が地図無しで行われた事でも分かります。
しかし乃木は見事台湾征討を成し遂げました。
さらに、台湾の賊に対抗するのに、電気付きの鉄条網や機関銃堡を
築いて賊の動きを封じ込めました。地図を作りつつ立派なことです。
翻って旅順要塞の時はどうでしょう。鉄条網への対応や機関銃堡への
対応は。皆さんの印象は未知なる兵器に対して同情的と感じていた
でしょうが、乃木や日本軍はそれを知っていたのです。
知っていたにも関わらず、それらの対応を怠った乃木は
愚将かもしれないけど、台湾征討の時を考えて。
●凡将
463 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 19:04:18
でも凡将じゃあねぇ。
>>462 伊地知は伊地知、乃木は乃木
●名将
464 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 19:15:11
しかし、なんだね。乃木も「消耗戦」っていうんだっら
203高地は絶好の場だったんじゃないの。
その攻略が苦戦はしているんだけれど、戦術的に
そこの主眼をおくべきじゃないの。
本筋云々じゃなくてさ。そう言っているんだから。
●凡将
465 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 19:19:20
おい!名将、愚将のデッドヒートの時に
貴重な一票を凡将に入れて・・・
●並将
>>461 乃木は台湾征討の時は司令官じゃないよ。
過去の経験を買われたんだろうけど、
経験を活かせなかったので
●愚将
467 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:00:35
黒木は黒木、乃木は乃木
●名将
伊地知は伊地知 乃木は乃木
●愚将
469 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:07:51
奧は奧、乃木は乃木
●名将
大山は大山 乃木は乃木
●愚将
472 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:10:13
野津は野津、乃木は乃木
●名将
473 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:11:02
津野田は津野田、乃木は乃木
●迷将
乃木は乃木
●愚将
475 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:11:48
川村は川村、乃木は乃木
●名将
伊地知を管理できなかった乃木はだめ
●愚将
本人が拙劣愚痴と言ってるので
●愚将
478 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:14:03
私は私、あなたはあなた
●名将
乃木は仮病を使って仕事をサボるから
●愚将
480 :
下駄さん:2005/09/19(月) 20:15:36
下駄は下駄、乃木は乃木
●名将
482 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:18:02
もう、ネタがない。焦る寿司屋
このへんで折り合おうよ。と独り言
●名将
死に場所を求めいていた乃木
将軍自ら死んだらダメだろう。
●愚将
484 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:20:16
私のために争わないで
乃木希子 ●名将
明治天皇の前で涙を流して死のうとした乃木は
自分の行為を恥じていた。
●愚将
凡その行動や選択が裏目にでる運の無さ
●愚将
487 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:23:37
ねえ、いまテレビで4チャンネル面白いのやってるよ。見てみて!
●名将
20時以降の投票は無効にした方がいいと思う
●並将
複数投票は有効だ。
●愚将
490 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:26:30
そうだね。
●名将
時間で区切った方がいいかな 9/19の20時までとそれ以前
● 愚将
492 :
児玉源太郎:2005/09/19(月) 20:28:53
「それでは問う、
あの難攻不落の要塞をおとす極限の苦戦を、
乃木以外に勝てる男はいたか!」
●名将!
493 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:30:16
スススススススス------------ットップ
9月19日敬老の日20時30分
第三軍司令官乃木希典の第三回総攻撃の評価は!
集計に少々御時間をください。
2分置きに書き込みができるんだよねw
こりゃだめだ。
495 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:33:45
愚将論組織票さんへ
敵ながらあっぱれな奴、
で、ちょっと質問なんだが、これは計画していたの。
僕はちょっと計画はしてたんだけど、まさかこんなことに
なるとは、超・焦ったよ。
496 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 20:43:17
計画的に愚将、名将って決め付けても何の意味もない気がする。
497 :
実行委員会:2005/09/19(月) 20:54:55
せっかく準備してたのに最後で状況が変わって作り直しです。
今しがたできたのですが、天地が長くて(改行が多くて)送信できません。
もうちょっと待ってください。ちょっと考えます。とほほほ
498 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:01:20
名将●●●●●●●●●●●●●●●●●●
良将●●●
サラダ付き並将●●
並将●●●●
凡将●●●
愚将●◎●●◎●●●●●●●●●●●●●●
迷将●●●●
魔将●
以上の結果で確定しましたが、20時以降の投票の件と
本日の不在者投票は本人の申告なしのもので無効ではないかとの疑惑があり
評価発表はもう暫くお待ち下さい。
なお、ご歓談はご自由に。
1さんとか誰か相談にのってもらえませんか?ちょっと私だけの判断では・・・
499 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:03:59
ネタとして不在者投票もOKだろう。
500 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:10:53
ちょっとさきのが見づらいので再送します。
名将●●●●●●●●●●●●●●●●●●18
良将●●●
サラダ付き並将●●
並将●●●●
凡将●●●
愚将●◎●●◎●●●●●●●●●●●●●●19
迷将●●●●
魔将●
注)◎は不在者投票
501 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:13:45
20時以降は投票内訳は●名将(11)●愚将(12)
502 :
実行委員会:2005/09/19(月) 21:23:49
>>499 では不在者投票はOKにします。
20時以降は投票の有無はどうします。
無効にすれば同点、有効にすれば愚将
う―ん…
どうしましょうかー
最後の方は熱意が感じられない。
無効だ。
505 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:29:59
>>495で名将論者の方は計画してたらしいが、愚将論者の方はどうだったのだろうか?
506 :
実行委員会:2005/09/19(月) 21:30:44
(1)有効にして愚将とする。
(2)無効として同点で第三回評価は見送る。
(3)無効として並将お新香付き(甘辛)とする。
(2)(3)はどっちにしても僅差だったから
最終的に総合評価で決着をつけよう。の含み
507 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:31:46
508 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:34:39
名将論者謝罪
あの、弁解になってしまいますが、計画といっても
僅差の1票差だったので、上手く逃げ切れればと思っただけです。
まさか、あんなことになるとは予想もしていませんでした。
いずれにしてもすみませんでした。
509 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:39:18
>>508
まあそれも熱意だわな
510 :
日本@名無史さん:2005/09/19(月) 21:44:11
でも結果的にやぶ蛇というか逆転される結果となったね。
愚将論のほうも熱意といえば熱意なんだが。
511 :
実行委員会:2005/09/19(月) 21:59:22
この三回の総攻撃に対して司令官乃木希典の評価を論じ、そして、投票てきました。
その主旨は御理解頂けていると考えております。
その過程で、これまでになく旅順攻略の全貌がすべてとまではいかなくとも、
結構マジに掴めてきたと私は考えます。意義在るものだったと思います。
また、個人的には乃木が名将を名を三度見に唯一掴めるチャンスであったのに、
残念ではありますが、その熱意と同数近い反対の熱意もあったのも確かで、
また、その意味合いは双方の胸に熱く刻まれたのではないでしょうか。
ここは、名将愚将をいったんあずけて、「並将お新香付き(甘辛)」として
来るべき総合評価の布石としてみるのは如何なものでしょう。
嗚呼、そのまえに203高地攻略の真価を語らなければなりません。
柿が熟すように203高地は落ちたのか。児玉は来るべきでなかったのか。
ここは一番興味のあるところ。
「並将お新香付き(甘辛)」で如何なものでしょうか。
513 :
実行委員:2005/09/19(月) 22:20:21
ありがとうございます。
ここは、ひとつ折衷案のようではありますが「総合評価への大いなる布石」と
この意義在る議論、そして、いままでにないひと味違った伝説の歴史2チャンネル
の野望へ一歩前進のためによろしく御理解くださいませ。
かの秋山好古はその臨終のときにこう言ったそうです。
「奉天へ・・・。」
さあ、我々も声に出して叫んでみましょう。「奉天へ!」
乃木も第三軍も一緒です。
しかし、我々にはまだ、成さねばならない使命が残されているのでした。
203高地は、旅順はまだ攻略できていないのです。
しかし、残念なことに私はホトホト疲れ果ててしまい、手にする銃弾もありません。
今夜、この後、引き続ける気力がありません。どなたかお願いできればよろしくお願いします。
また、明日か明後日仕事を終わらせて気力の回復を果たせましたら
再度、がんばりますが、すみません、今夜は、もう、限界の よ う で す 。
投票結果も大事だが皆さんの熱いコメントの中に、今後旅順を考える上での何か手掛かりが見つかればいいなと思いつつ
「実行委員会さん」に一票。。。
よくやった!感動すた!
515 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 00:55:53
203高地を落としただけでは旅順を落としたとはいえないね。
その後は坑道戦が主流になるんだけどあまり脚光を浴びていないね。
これ以上言うとひろゆきが著作権は俺の元と主張するので
言わないけどね。
2chもだんだんおかしな方向へと方向転換しつつあるな。
前に月一で地元の神社でやってる骨董市で、明治の写真が売ってた。軍人の写真があり魅せられたが買わなかった。なぜかちょっと後悔。
517 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 01:40:50
>>515 脚光浴びてないかもしれないが、実は203高地陥落後の「坑道戦」はマニアが多かったりする。
しかし守ってるロシア兵からしても恐怖だよな。
殺しても殺しても登ってくるんだよ。マカ―キ(猿)が。
アリみたいに昼夜問わずに。恐怖だよ
*「マカ―キ」って言葉使ってみたかっただけでこれを書いてみた。
恥ずかしながらお伺いいたします。
「南山坡山」って何て読むんですか?
教えてください♪
520 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 06:41:32
>乃木も第三軍も一緒です。
軍司令部員のほとんどは解任。
中身が変わった第3軍は以前とは違います。
521 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 07:19:27
>>518 ロシアは実は南山が落ちてからは兵糧戦だからね。
その点を考慮できないのに乃木どうのこうの言う資格なんてないと思うね。
乃木は凡人かもしれないが、ここに来る人間も彼と大差がないことに
気付いていないと思う。
522 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 07:22:02
結果論だけを見ていて何一つその戦略を練れない人が多いからね。
まあ それを書くとひろゆきの物になってしまうらしいから書かないけど。
最近の2chは少し意地汚いと思う。昔の博之はまじめとはいえないけど
少しは常識あったのにね。
523 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 08:29:14
>>519 「はざん」でしょう。
でも、ここでは「ひやま」って呼ぶのが玄人受けするもたいよん。
524 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 08:39:14
>>520 >軍司令部員のほとんどは解任。
>中身が変わった第3軍は以前とは違います。
そんなことはみんな判っているよ。ボケだとしても上手じゃない。
第十一師団だって第三軍から鴨緑江軍にまわされている。
でも、みんな奉天を目指しているんだよ。愛想を尽かした参謀部なんてどうでもいいって
いったらなんだけど。どうでもいいな。津野田がいるからいいじゃないか。
と書くと津野田だけじゃないとボケちゃだめだよ。そんな報告書を書くのに
延々と時間をかけるお馬鹿さんなんてどうでもいいっていったらなんだけど。
どうでもいいな。シャープにいこうぜ!
525 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 09:53:24
昨日の投票過程とその結果をみて、
つくづく、乃木とは運に見放された男だなあと思った。
悲運の名将とはない。か
考えさせられるね。203高地と旅順陥落が楽しみだな。
「旅順攻略における白兵戦2」に一票
参加者たちに一票 面白かった。感動した。
526 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 10:06:33
博之って?
527 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 11:22:33
蔑敵の代償はいつも高く付きます。
古今東西史実で例えば、真珠湾前の米海軍や、
中国戦線での日本の新鋭戦闘機の脅威の情報を一蹴した米高官、
浦塩を目指したロジェストヴィンスキーもそうだったでしょうし、
桶狭間山で強襲をうけた今川義元もそうだったのでしょう。
大東亜戦争の日本軍には特にその傾向が強かったようですね。
堀栄三氏の著作のなかに
「情報という縦糸と判断という横糸をつむぎ合わせる作業」というような表現が有り、
そうすることで事実が見えてくる。
旅順はまさに手探りと以前の成功経験と蛮勇が悲劇を生んだということで、
「不可抗力将」もしくは「ああするしかなかった将」に一票
528 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 12:51:07
まああれですよ、実際にやれたかどうかが問題なわけで。
奧ならどうだ、野津ならどうななど無意味なこと。
その場所に居り、紆余曲折あれど最終的に作戦を成功させた司令官は名将です。
529 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 12:53:24
>>520 >軍司令部員のほとんどは解任。
トップの三人が変わったけど、あとはそのままなんだけど。
ウソを教えちゃだめだよ。
530 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 13:44:00
一説によると明治天皇は乃木の更迭、「辞めなければ自刃せよ」て
迫ったんだけど、児玉初め長州閥が懸命に乃木をかばったんだよね。
531 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 15:24:11
532 :
嗚呼二〇三高地-前説(1):2005/09/20(火) 19:18:00
さて、みなさま。旅順攻略は佳境で御座います。
二〇三高地攻略の真っ直中!満州総司令部から
やってきました児玉源太郎参謀長の登場の段で御座います。
第三軍司令部で児玉は軍首脳陣を前に一括します。
「ガミー!」
ここで講釈師はある企画を思いつきます。児玉のこれからガミる
ガミガミ命令を、あの奇跡の名作!司馬遼太郎の「坂の上の雲」から
引用してみたいという欲情に駆られるのです。
なぜか?
歴史2チャンネル特に「日露関連」スレッドでは言語道断の発禁本の権化
それを懸念して児島本や私の妄想等で
一切「坂」の上も下もできるだけおさえて参った次第であります。
なのに、なぜに?
どのみち、枕をまとめても誰かが火中の栗を拾わなければなりません。
ここは、「司馬坂」の児玉が第三軍に命じた「命令を」天津ならぬ旅順甘栗に
してみたいと思うのです。司馬とか坂と聞いただけで拒絶反応・ヒキツケ
を起こされる方々もいるでしょうが、抗体ワクチンだと思ってみませんか。
絶好の自己顕示欲いや煩悩の28サンチ砲一斉射撃、魂の試されるときなのです。
あの桑原君がやり損なった「司馬遼太郎の歴史認識の誤りをただす」を
あなたの書き込みで完成させるのです!ワクワクしますね。
533 :
嗚呼二〇三高地-前説(2):2005/09/20(火) 19:19:25
一応の報告を聞いていた児玉はそれを打ち切らせて、立ち上がり言った。
「以下は命令である」その言葉に一同は動揺した。(←なぜ)
児玉は総司令官代理の書状には一切触れず、(←あったの?)
大山の指示により乃木司令官の相談役になったとして
「攻撃計画の修正」を要求したのです。
1)「二〇三高地の占領を確保するため、すみやかに重砲隊(火石嶺付近)
を移動して、これを高崎山に陣地変換し、もって敵の回復攻撃を顧慮し、
もって案山子山の制圧に任ぜしむ」
2)「二〇三高地占領の上は、二十八サンチ榴弾砲をもって、一昼夜ごと、
十五分を間して連続砲撃を加え、敵の逆襲に備うでし」
さて、そんなの無理、出来ないという砲兵担当者を児玉は命令と涙と激怒で
「がたがた言わないで24時間以内にやれ!」
そして、203高地は陥落するのです。
●果たして、その命令は実行されたのか?それは捏造か?
●児玉なんかこなくても十分旅順は熟して落ちるだけだったのか?
●だから、ホントは児玉なんかお呼びじゃなかったのか?
●来るべきじゃなかったんだよ!オッサンなのか?
●司馬の「坂の上の雲」はなぜここまで拒絶反応を示されるのか?
どこからでもかかってらっしゃい!(私が相手じゃないよ)
534 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 19:50:32
あと、児玉到着したときに第七師団の大迫と言葉を交わすシーンで
北海道の兵は強い。とは既に過去形であり、実際は千人に減っていた。
これはちょっとオーバーな気もするが・・・。
535 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 19:51:32
実際は重砲なんて移動はできないんだ。移動していない。
といわれていますが、だったら児玉は何しにきたの?
エッ!ガミガミだけ、トホホ。
536 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 20:15:39
児玉の命令に砲兵担当者は拒絶したが、最後は押し切られてしまう。
児玉の命令は統帥権の無視。軍隊秩序の破壊行為である。とすれば、
この行為は軍法に違反するものなのか。
だとすれば、なんでそれを理由に最後まで拒絶しなかったのだろう。
児玉の大将というか経歴(大臣経験者で実際は総参謀長より2階級上の人)
に畏怖したか、児玉の命令内容に信憑性と説得力があったのだろうか。
だったら児玉が旅順に来た意義はすこぶる大きい。
537 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 20:24:01
>>536 その砲兵担当者とのやりとり(拒絶、押し切り)の存在自体が怪しいのだが。
やっぱ小説をベースに論議、っての無理じゃね?>主催者
538 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 21:00:30
>>537 存在が怪しいならそこは置いておいてもかまわないよ。
児玉が命令したか。それを、やったか、どうかが確認したいな。
539 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 21:18:56
陸軍の日露戦争の記録資料って
改竄されたっていうじゃない。
そのへんは真贋は大丈夫なの?
これ、全般的一般的な疑問。
案山子山ってなんだよ。映画のさだまさし関連?「元気でい〜るか〜」
541 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 22:27:03
話はちょっとずれるけど、桑原「乃木本」では
伊地知も名参謀の如く光り輝いて絶賛していたけど。
昨日までの書き込みで伊地知はボロクソだった。
乃木が名将の栄光を掴み損なったの伊地知の存在は見逃せない。
なんかそれだけで桑原「乃木本」に無理を感じてしまう。
542 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 22:35:13
お金はあるか?
543 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 22:46:35
>>542 綾瀬に買ったマンションのローン、国民金融公庫から借りた会社の運転資金、
今年6月10日に会社はたたみました。移転先は自宅です。
コピー機がでかすぎて自宅に入りませんでした。仕方なく、
新しく、新品のコピー機を再リースしました。そのリース料。
お金はありませんが、借金なら、あります。
カ ネ 送 レ 。
>>541 ボロクソってさ、そういう目でみるからじゃない?
なにあの、小学生伊地知君とかの駄文。あんなのがはびこってるんじゃね。
書いた本人はシャレと思ってるのだろうが、ああいうヤジめいたものが場の
空気を決するんだ。
悪貨は良貨を駆逐する。
545 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 22:57:35
>>538 まずは、児玉が旅順に来てからの行動経過の検証をして欲しいのだが。
誰がよろしく。
え? 俺?
546 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 22:58:10
>>544 はははは。よく言った。
でも、あれよくできてたぞ。影で松川が石投げてるって件。
それぐらいの空気なんかで決まってどうする。
悪貨は身に付かないもんだと相場は決まってるぞ。
547 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 23:03:46
548 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 23:08:05
でも伊地知って弁解の余地なかったじゃん。
とんでもなかったぞ。
>>546 や、出来はよかったよ。俺も笑ったもの、そこ。(陰で松川)
でもさ、とてもまともに話をする場の雰囲気ではなかったな。
面白うて笑って、やがてもの悲しく、なんなんだろうね。脱力感。
550 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 23:15:00
>”海軍は旅順港湾に突入して砲撃してほしい”
いや、これは結構鋭いと思うね。だってみんな陸を向いてるときに、
旅順口に連合艦隊が突入してきたらロシア側は焦ったと思うよ。
大砲も全部陸戦の為に移動してなんじゃないか?その間隙を!
発言者が児玉なら実行させていたかもしれない。
551 :
日本@名無史さん:2005/09/20(火) 23:27:55
>>549 うん。確かにね。でもさあ、旅順ってとても悲しくなかった。
東北正面だろうが、203高地だろうが、悲しくて悲しくて、
砲弾も足りないのもあるけど、うまく運ばれなかった件。
三日と換算した総攻撃の件は特に悲しかったな。
善意に解釈するけど、松川は影でだったけど、井口は一応正面からぼかすかやってるじゃない。
多分、井口のほうが成績もよくて腕っ節も強いんだろう。あの描写では。
鼻水と鼻血と涙の伊地知君はとても切なかったけどね。
最後の脱力感には大いに同意。
552 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 00:02:08
553 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 00:15:03
>>537 でも都合によって小説だからっていうのもね。いままで、散々罵倒してたよ。
池波や山岡、海音寺、にそんな話聞いたことがない。ネタが明治だから?
新田次郎の八甲田山物だってかなり実話と違うんじゃないだろうか。
> うまく運ばれなかった件
砲弾が無かったのだろ?約束分の追送がなかったために。参謀部のせいか?
成績っていうんなら、伊地知は常に同期のトップだったよ。
あの描写は、そういうのが分かってないんじゃないの?
伊地知が鼻水鼻血涙なら相手はなんだっての。脳髄でもまき散らしたか?
555 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 00:49:23
うまく運ばれなかった、というのの根拠って、これだろ。
「野戦砲兵第二旅団の弾薬縦列、無為露営茲に五日に及ぶと云えり」(機密日露戦史)
でもこれ、実は八月四日の時点での「過去の伝え聞き」なんだよ。
総攻撃当時の話にはとても使えない。
出してきた人、ここらへんが分かってないのだよ。
556 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 02:02:32
ここは、文学を基盤とした、空想歴史を扱う所なのですか?
それとも、事実としての歴史を扱う所なのですか?
>これまでになく旅順攻略の全貌がすべてとまではいかなくとも、
>結構マジに掴めてきたと私は考えます。
この書き込みが泣きますよ。
教えてあげない。
558 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 06:12:32
>>554 >砲弾が無かったのだろ?約束分の追送がなかったために。
当初の300発という約束は果たされてますが?
そしてその300発に基づいて3日陥落が計画され、2日目には欠乏したのですけど?
追送は全然関係ない話し。
>>555 ”過去の伝え聞き”
あぁ、その人自身の目で見てないから信用できないと。
だったら、第3軍司令部員は伝え聞きで戦況を確認してたのだから、
信用できないはずだわな。
というか ほとんどの情報は伝え聞きなんだよ。
>>554 その同期でトップの伊地知が砲兵監もやっている。
下記のことくらいは把握しているのが当然。
普仏戦争時の弾薬消費量(1日99発)を鑑みて、速射砲になったので
往時の2倍即ち200発の発射は之を認容せざるをえないとしたのであった。
(機密日露戦史より)
また砲兵工廠を拡充して弾薬を作ろうというのも知っていて当然。
それまでが貧弱な大勢だったからね。それが反故にされたからといって
自分で撒いた種に等しい。
さらに第3軍は参謀連中を使って、満州軍にいく弾薬を奪っていった。
つまり、自分達の事しか考えられなかったのでしょうけど、醜い状況だね。
561 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 07:20:32
>>552 下駄さんといいます。
怒ると恐いですが本当はいい人です。かな。
先週、後楽園のウインズで見かけました。
持っていた新聞は大井のナイターだったようです。
562 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 07:25:53
学校時代成績がよくても
社会に出て使い物にならないタイプ。
沢山いるよね。
563 :
実行委員:2005/09/21(水) 09:43:30
あちゃー!
(案山子山)→椅子山
修正するのにもう一回記載し直すのなんだからこれで許して。すみませんでした。
>ここは、文学を基盤とした、空想歴史を扱う所なのですか?
>それとも、事実としての歴史を扱う所なのですか?
別に文学を基板にするともりはまったくありません。空想歴史なんてあなた、
事実として歴史を扱うことに主眼をおきたいためのひとつの方法論ですよ。
もう一度主旨を読んでみてね。
それとも、なに? 以外に実際はそれほどの論拠がなくて嫌がっているってこと?
そう受け取られるよ。細かいことはいいからさ、投票するときは投票する。
論じるときは論じる。前説の御題目なんてどうでもいいじゃない。
それが気に入らなければ、関係なしで203高地攻略について、児玉の関与について、
語っていっても全然不自然じゃないよ。そう思わない?
僕も僕で参加したいから実行委員会としての明記はできればしばらくやめさせてね。
564 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 11:26:49
>>536 >児玉の大将というか経歴(大臣経験者で実際は総参謀長より2階級上の人)
>に畏怖したか、児玉の命令内容に信憑性と説得力があったのだろうか。
それは長州の優秀な政治家としての実績であると言う事を忘れてはいけない。
軍人としては大将になったばかり。
ここをごちゃ混ぜにしている人が多い気がする。
児玉は優秀だ。しかしそれにはいろいろな側面から見てからの結果。
565 :
通り菅井のきんさん:2005/09/21(水) 13:19:27
>>564 >ここをごちゃ混ぜにしている人が多い気がする。
なにをごちゃごちゃいっている。
おみゃあの文章がごちゃごちゃいっているから訳判らないんだよ。
しっかし、持って回った言いまわしをしているのに中身がないな。
なんか、自分は一歩高いところから俯瞰しているって感じだね。
ほかの諸君はその辺をふまえて発言してもらわなければこまるよ。
なんたって私は・・・ここだけの話、色々知っているんだから、てな感じかな。
気を悪くしないでね。文章もう少し練ったほうがいいよ。これアドバイス。
じゃあね!あ!僕536じゃないかね。
ニュ、ニュ―キャラ登場の予感?
567 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 14:17:58
下駄さんを錦糸町のガイアで見かけました。
「海物語」を打っていましたが、隣の若者がリーチのたびに
台をガンガン叩くので、「叩いからって揃うわけではないぞ」と
注意したら、相手に「論拠を示せ!」と返されて激興!
履き物で相手の頭をポカポカやってました。
それは下駄ではなくサンダルでした。(地元方なんですかね?)
ドル箱がひっくり返って大騒ぎです。
568 :
536:2005/09/21(水) 15:22:27
>>564 >児玉は優秀だ。しかしそれにはいろいろな側面から見てからの結果。
そりゃそうだね。それが?なにか?
同意したいんだが、なんだろうね、この違和感は?
「通り菅井のきんさん」の指摘通りなのだろうか?
最初に指摘された自分としては戸惑うばかり・・・
僕が疑問に思ったこと。統帥権の乱用とか軍隊規律といものが
本当に毅然としてあったのだとすれば相手が児玉だとしてもはっきり最後まで
拒絶してもよかったんじゃないかな。
やり取りは別としても、その責任とか(若しくは軍法会議)を問われる可能性は
絶対ない。よね。それに児玉の命令は現実的じゃなかんたんでしょ。
児玉は大山の書状は出していないんだから。おかしいじゃない。
児玉の命令に抗しきれない説得力と効果があった考えるのは
おかしいのかなこの考え。いや、それは絶対違うよ。
本当に不当で非現実的なことだったら、最後まで拒絶すべきじゃないか。
それができない軍隊組織とか規律とか法なんて、おかしいね。
569 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 15:31:54
わかった!
児玉は(1)も(2)も命令してないんだよ。
みんな後付の捏造。だからみんな怒っているんだ。
じゃあ何しに来たの?ガミガミしただけ?
そりゃあみんな怒るよね。
でもガミガミだけなら統帥権の乱用にはならないね。
不思議だ・・・。
投票終わってからなんかみんな怖いぞ
571 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 19:06:32
第三軍の上層部の方で。顔のパーツが左右に
分離しているというか寄っているとてもユニークな方がいますが
あれ、誰なんですかね。知ってる人教えてください。
572 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 19:10:25
第三軍の上層部の方で。比較的小柄な方で
顔のパーツも小さいというか顔自体が小さいのですが
色白で細い髭が印象的で記念写真のとき必ず左側を気にする
注意散漫の方がとても気になるのですがあれ誰なんですかね?
573 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 19:14:51
第三軍の上層部の方でゴッツクテ分厚い眼鏡をかけている方
豊島さんかなと思ったのですが自身がありません。
御存知のかた教えてください。
あっ、顔より小さい帽子を被っています。
574 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 19:28:35
>>559 あの〜。過去の伝聞ってことは、八月四日以前のはなし、ってこと。
総攻撃の時の話にはならないってこと。おわかり?
575 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 19:45:01
>二〇三高地の占領を確保するため、すみやかに重砲隊(火石嶺付近)
>を移動して、これを高崎山に陣地変換し、もって敵の回復攻撃を顧慮し、
>もって椅子山の制圧に任ぜしむ
実際に陣地変換したのは十二榴15門と九サンチ臼砲12門だけ。
二八サンチ砲なんて全然移動してない。
児玉の存在なんてまったく関係なし。「日露公刊戦史」にも一言も記述なし。
児玉が到着した時点で二〇三高地は既に末期の状態で柿が熟して落ちる如き状態だった。
小説家・司馬遼太郎はその時の情景をオーバーに脚色して、児玉が
あたかも快刀乱麻鬼神の働きのように描いていいるが、事実はまったく異なる。
>>563 >(案山子山)→椅子山
あ、そうなんだ。俺てっきり、案山子山→案子山と思ってたよ。
577 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 20:05:13
>>560 追送の約束が全くの口約束に過ぎず、それが第一回総攻撃失敗の要因となって
いる事についての話をしていたはずなのだが。
この話に伊地知がどう関与してるというのかね。
伊地知が砲兵監だったとか、どう関与するのか?不思議な人。
奪っていったとか、面白いこというね。
日本軍の砲弾の輸送計画はそんなに無茶苦茶だったのか。
>追送の約束が全くの口約束
総攻撃計画時8/11には300発の予定でしたが、その時点では追送の約束は
していません。300発の予定で3日陥落を計画したが、2日目で欠乏した。これが真実。
そもそも伊地知が砲兵監をやっていた時の生産計画はもっと過小に見たものであったが?
>>575 二十八サンチは移動しなくてもいいだけだが?12センチ砲や9センチ砲を
移動もせず、当初は第7師団も投入せずに、柿が熟して落ちる如きとは笑わせてくれるw
それを言うなら、二百三高地が落ちて 旅順艦隊も完璧に行動不能が確認できて開城時のことだろw
580 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 20:30:55
>日本軍の砲弾の輸送計画はそんなに無茶苦茶だったのか。
だったのだ。
しかたがなかったのだ。
>>575 >二〇三高地は既に末期の状態で柿が熟して落ちる如き状態だった。
当時の軍司令官はそうは思ってなかったようですね。
4日の段階では確実に占領してから 市内や艦隊を砲撃せよと考察してたのに、
5日の命令では占領という2文字は消え、時機を失せず砲撃せよとなっている。
つまり占領できるかどうかは、分からなかった訳だ。当然である。
落ちないことを踏まえて、時機を掴んで攻撃をかけるというのは当然だ。
582 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:29:32
新規に投入した第七師団がアッという間に1000人!?
一個師団って2万人なんだっけ?
それで203高地が末期的状態っていうのも・・・
それともそれだけの被害を出して攻撃していたから末期的状態に至ったてこと?
なんか永遠に占領できような状態に思えるんだけれど。
583 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:32:18
司馬遼太郎は二八サンチ移動したって書いてあったか?
584 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:33:42
>>578 >その時点では追送の約束はしていません。
佐山二郎氏の本によれば、追送の約束をしているのだが。
>残りの弾薬は攻城着手の時期までに必ず大連に追送するという約束だったが、
>とうとう追送弾薬が来ないまま第一回総攻撃を行うことになった。』
>(日露戦争の兵器 光人社 佐山二郎 48ー49ページより)
伊地知が砲兵監をやっていた事がなんですか?
別に、「これこれの理由で砲弾が無いので追送はできません」でいいじゃないの。
「攻城着手の時期までに追送します」なんて欺いちゃいけないでしょ?ってこと。
これと、過去の砲兵監がどうしたなんて話とは何の関係もない。
585 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:35:49
>>柿が熟して落ちる
って、二〇三高地?その後の旅順本体?
どっちなの?判らなくなってきた。
>>984 追送の約束云云のタイミングは総攻撃計画前。
佐山氏の書籍でどの時点て書いてないでしょ?追送の約束があったのは
>>443でも書かれている。だれも無いとは言っていない。
問題は要求通り 800発を元に計画してたかどうかだろ。しかし
800発を元には計画してない。
>当初 800発の要求に対し、300-400発の弾薬追送は約束し、実行したのだが?
>それ以上の残り400発は砲兵工廠の問題から逐次になるという意見が書いてある。
>そして8/11の総攻撃計画の予定通り300発程で計画をしたが、その弾は2日程度で
>欠乏した。
総攻撃の計画では、300発を使用して3日間で消費する計画だったのだけど?
実際はその300発も2日程度で欠乏したのが真実。
587 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:39:38
>>538 「大砲のばけものといっていい二十八サンチ榴弾砲はもとより、最後方の
火石嶺に置かれている陸戦重砲でも、それを据えつけるについては、
一個のビルをつくるほどの基礎工事が必要であった。」
二十八サンチ砲か、海軍陸戦重砲隊か、そのレベルの重砲隊の移動の話
という書き方をしている。
>>587 当時の日本のビル(建物)はどんなものかのぉ。言葉っておもしろいのぉ。
>>584 あの〜。過去の伝聞ってことは、八月四日以前のはなし、ってこと。
総攻撃の時の話にはならないってこと。おわかり?
590 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:43:08
佐山は茶所だろうが!
情けは熱いぞ、アッチチチッ。
燃えてるんだろうか?
591 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:49:57
「ここは、文学を基盤とした、空想歴史を扱う所なのですか?
それとも、事実としての歴史を扱う所なのですか?」って、
オイラが某ホームページに送ったメールの文章では?
この様な所で、活用されていたとは・・・(^_^;)。
592 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:50:19
>>587 話の主旨がちょっと見えない。ゴメン、もう少し詳しく話して。
なんか興味深いので、お願いします。
>>574 運用が稚拙な例を出しただけでしょ。
弾薬が放列までにいってなかった原因として
運搬など運用の問題しか考えられないが、
こういう第3軍の稚拙な運用が問題だったんだろう。
594 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:53:50
>>591 その某ってところが非常に重大だな。して、それは
「十二国記」か
「紺碧の艦隊」か
「戦国自衛隊」か
そこを教えてくんろーーーーーーー!(魂の叫び)
595 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:55:05
>>586 >800発を元に計画してたかどうかだろ。しかし800発を元には計画してない。
800発を元に計画しているのだが。よく読んでくれ。
陸軍省への要求
・800発の半分、一門あたり400発を攻城砲廠が携行。
・残る半数を兵站部に属する野戦兵器廠で携行。
>>595 800発を元にして総攻撃の計画を立ててない。
それとも8/11の総攻撃計画で800発の砲弾で持って計画してたという
根拠があるのだったら、是非示してくれ。
597 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 21:57:02
>>593 八月四日って攻城準備中なのに、稚拙もなにもないもんだ。
598 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:00:08
ちなみに佐山氏のその本は、佐藤鋼次郎氏の「旅順攻城秘話」を元に、
というかほぼその内容そのままに書いているのだが。
実は、「十五糎臼砲の弾丸は〜〜一門に三〇〇発ずつ」というのは、
原本では「二門に三〇〇発ずつ」となっているのだった。
599 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:00:36
ひ・み・つ・・・(^_^)。
そのホームページの主催者に御迷惑がかかりそうだから(^_^;)。
でも、ヒント「明治史」関係です(^_^;)。
主催者は、指摘をしたら開き直っておりました(^_^;)。
>>598 臼砲の弾薬は特に少なかったようですね、併し15センチなどは
1門あたり300発以上あったようで。
ど、dor・・・いやなんでm
あれは名言とおもたよ。
602 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:05:04
なかなか弾薬の件は解決しないね。
歴史考証、事実検証ってつくづく難しいものだと思うポ。
それに比較してオイラの知的好奇心って・・・。
攻城準備中で迅速にやってると述べたが、弾列が5日も露営したというのが
迅速というのが伊地知の論理。
>>603 てか、野戦砲兵連隊の弾薬縦列でしょ。なにをそんなにめくじら立てて、と思う。
605 :
598:2005/09/21(水) 22:12:24
正直、佐山氏のナイスな訂正なのか、それともトホホなチョンボなのか
判断がつかなかった。
確かなのは、原本とは違う、ということ。
もっとも、こういう場合、(原文ママ)とか(注記部は筆者が加筆)とか
断りがあるはずだしなぁ。
606 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:15:28
800発になるように陸軍省に約束させていて、追送不可能との知らせもない。
これで300〜400発で計画したらナメトンか、という問題にもなりそうな。
実際、どうだったんだろう。
609 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:18:35
じゃあ、そろそろ10時も廻ったことだから
結論だしていいかな。うん。いいよね。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」はそんな事実を歪めた
トンでもない空想歴史小説ではない。
にも関わらず、司馬とか「坂」と聞いただけで拒絶反応を示すのは
そういうスタンスにこそ真実を知る者の臭いを嗅いだだけだった。
今は少し後悔もしている。今後は少しアプローチの仕方を工夫してみたい。
そうだ、今度読んでみようかな。と思ったりしている。
てな、ことで、どうでしょう。
>>604 野戦砲兵第2旅団というのは攻城にとって重要な部隊だったはずだがな・・・
611 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:23:38
>>607 なんかもう言葉のアヤの世界になってきたね。
纏めると、
八月四日の攻城準備中の最中に旅順を訪れた井口少将は、野戦砲兵連隊の弾薬
縦列が五日間露営しているということを伝え聞いて憤慨した、ということで。
他にもっと重要事があったのかも知れない、言っては悪いが、重要度を鑑みて
後回しになった部署もあろう。
もっとも、一事がバンジーってのも一つの物の見方だ。それを否定はしないよ。
>>611 野戦砲兵連隊じゃないよ・
野戦砲兵第2旅団。この部隊は独立した砲兵部隊で、攻城部隊としては
重要な部隊なはずだけどね。
613 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:28:04
いや、よく頑張ったよ。実は結構興味深く読んではいたんだ。
臨場感あったし、旅順攻めのひとつの側面が見えたよ。
お疲れさま!次のテーマ見つけたらまたがんばってね。
614 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:28:39
>>609 >「坂の上の雲」はそんな事実を歪めたトンでもない空想歴史小説ではない。
おいおいおいおい!無茶苦茶な纏めだな。
例えば、十二月三日に二○三高地の砲塁のことごとくが沈黙し、休戦して
いたとかいうのはどうなんだよ。こんなんまるっきりウソだぞ。
この架空の休戦期間を利用して、小説坂上雲の世界では児玉の重砲陣地
移動がおこなわれるという、極めて重要なポイントだ。
こういうのをまるっきり吟味せずに、なんだその結論は。
615 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:32:03
>>614 もう、遅い。
609は10時半には寝ちゃうみたいだ。
616 :
611:2005/09/21(水) 22:33:50
>>612 訂正どうも。
で、重要というなら攻城特殊部隊の方がもっと重要なわけで。
そういう重要度というか、仕事の段取りというか、一つの事象(弾薬縦列の
五日間露営)を見ただけで全体のことは言えません。
617 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:34:03
>>614 そのへんを聞きたかったんだよ。
他にはないの?
>攻城特殊部隊
攻城特殊部隊も遅れてますな。
さらには総攻撃中に放列まで弾薬が届かなかったり(欠乏したり)
一事が万事を絵に書いて額に収めた状況になりましたが?
>>617 二○三高地をどう呼ぼうか、という話のところで、「児玉富士にほぼきまりかけた」
なんて大笑いな話もあったな。
実際はなんか素っ気なくあしらわれたらしい。
620 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:42:13
>>614 司馬はさあ、その空白の停戦期間を拵えてなにを言いたかった?
まさか二八サンチ砲ってことはないでしょう。
移動可能な重砲はやったんじゃないの?
621 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:42:54
>>618 だからそれは反故にされた追送約束の問題が絡む話じゃないか。
一時が万事ってったら、それこそ陸軍省当局の方の話だな。
ところで、800発の予定ってのは納得したの?
>>621 だから 豊島は門当たり800発の総攻撃計画を立てたのか?
だったら根拠を示してくれ。俺の持っている資料には800発を当てにして
計画立てたなんて見つからないんだ。
623 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:45:24
>>619 まあ、単なる出来損ないの余談だよね。
そんなことを宣ってヨイショした人もいたんじゃない。
そう目くじらたてることでもないよ。ね。
624 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:46:04
>>620 歴史を改竄して、歴史小説家は何を言いたかったのでしょうね。
626 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:47:37
だから 司馬はどんな捏造をやったんだ。
ところで、800発の予定ってのは納得したの?
>>626 納得してないってw
だから 豊島は門当たり800発の総攻撃計画を立てたのか?
だったら根拠を示してくれ。俺の持っている資料には800発を当てにして
計画立てたなんて見つからないんだ。
何度述べたらでてくるんだろうか?
628 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:49:18
>>622 今のところ、攻城砲兵部員が陸軍省に要求していたのは一門宛て800発
という資料が出てきた状態だが、これを否定する資料は何か?
629 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:50:26
>>624 だから 司馬はどんな改竄をやったんだ。
ところで、800発の予定ってのは納得したの?
>そんなことを宣ってヨイショした人もいたんじゃない。
「児玉本人」なんだなこれが。
>>628 あのなw 第3軍が8/11に総攻撃を計画したときに、消費弾数は何発で
計画してたの?800発?300発?
>>631 資料名を答えない不思議。
800発予定説を唱えてる側の資料は出てるのに。
633 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 22:54:13
>>630 そうなの!こりゃ大笑いだ。いやあ参った。
最高だね。本日一番。いやあ。ぎゃふんっていうのはこういう感じなんだね。
でも、それじゃあ改竄にならないから、まあ許してよ。
いや、久々に笑った。ほんとなの?信じちゃうよ。
>>632 だから児島本では8/11 総攻撃の計画では 1日60発 1門当たり300発という ”ウソ”なんだろ?
それを完全に否定するには 君の持っている資料では8/11の総攻撃の計画では800発でもって
計画していたという事を示してください。
”とうとう追送弾薬が来ないまま第一回総攻撃を行うことになった”と”いまある弾薬数で”
攻撃したとしか読み取れないのだが?
>>633 本当だよ。信じていいよ。信じるものは掬われる。
俺も改竄って程のネタではないなと思ったけど、こういうエピソードがあると
雰囲気が伝わるじゃない。
「児玉富士という名にほぼきまりかけた」
ふーん、そうか、児玉の功績は現場の人もわかってたんだ。
「児玉富士という提案はそっけなく退けられた」
あらら、児玉ってなんか・・・えっ、そうなんだ。
>>606 >追送不可能との知らせもない。
これって連絡なかったの?
637 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:00:11
800発でも300発でも
弾は当たらなければ意味がない
東郷平八郎は言っていたぞ。
いや、言ってはいなかったか。近いニュアンスはね。あったかもしれないけど。
それじゃあ、ダメなんだよね。
800発でも300発でもでも同じだ!
知り合いのパチプロの源さんが言っていた。
これなら胸を張っていえる。この耳で聞いた。源さん生きてるもの。
638 :
635:2005/09/21(水) 23:00:40
スクわれる、間違い。
639 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:02:35
>>637 800発説
・第3軍は1門当たり800発を予定にして総攻撃の計画を立てていたが、追送されないので
突撃2日目には節約をしなくてはならず、弾薬は欠乏した。
300発説
・第3軍は1門当たり300発を予定にして1日当たり60発で総攻撃の計画を立てていた
しかし、運用が稚拙の為 放列に弾薬がいかず、さらに計画も狂って2日目には弾薬が欠乏した。
全然違うので大激論w
641 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:04:43
>>635 分かった分かった。信じる、信じるよ。
で、その蹴ったののは児玉本人?違うな、洒落だったの?が正しい質問か。
それとも、かなりマジだった?
蹴られたとき怒ってテーブルひっくり返したかな。
>>640 800発説の場合、大連にすら届いてない状況を元に計算した時点で、
現実から乖離した計画を立てたという事になるな。
644 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:12:27
さあってと、そろそろ11時も廻ったことだから
結論だしていいかな。うん。いいよね。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」はそんな事実を歪めた
トンでもない空想歴史小説ではない。
ただ2箇所、架空の停戦期間を拵えて重砲を移動させてしまった。
まあ、重砲は移動して203高地に向けて砲撃したんだし、その誤りは確認するとして
今後はそこを踏まえてみる。で、いいでしょう。
児玉富士はいいネタというかいい話だ。事実だぞ!
にも関わらず、司馬とか「坂」と聞いただけで拒絶反応を示すのは
そういうスタンスにこそ真実を知る者の臭いを嗅いだだけだった。
今は少し後悔もしている。今後は少しアプローチの仕方を工夫してみたい。
そうだ、今度読んでみようかな。と思ったりしている。
てな、ことで、どうでしょう。
645 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:13:05
>>643 さてそこが問題だ。
一応、陸軍省には総計800発送れ、残り追送します、と約束を結んでいる。
しかも、追送できませんゴメンとかいう報せもない。
それでいて300-400発の攻撃計画を立てたら、まずいのでは?
かといって約束の弾丸が来ないので総攻撃出来ません、とも出来ないし。
646 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:16:24
>>644 おいおいおいおい! ry)
そりゃ残りレスがヤバイのは分かるが、そんなんでいいのか?
>>645だったら 300-400発で攻撃計画を立てるのみ。
一般の人は現実の予算が300万て決まっていたら、仮予算での800万の計画なんて立てない。
途中で何があるかわからないし、300万で行うのみ。
それとも第3軍は一般の人じゃないから 仮予算の800万で計画を立てたというのか?
648 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:19:33
弾薬手持ちがちょうど半分、で、2日目以降に弾薬枯渇気味、というように、
ぴったり符合するのだね。
>>640 > 1門当たり300発を予定にして1日当たり60発で総攻撃の計画を立てていた
この根拠になる資料がわからないのだが。
既出ならすまんがレス番を教えてほしい。
651 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:26:22
>>643 そうそう。本土から弾薬船が撃沈されるかもしれない、色々な悪影響が
作戦に及ぼしてくる。いまそこにある部隊、物資で戦争するのが普通だと
思うが。
653 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:28:39
>>644 マジでこいつは寝たぞ、今度は。
これが戦略のつもりなんだ。
ここで、コンセンサスを取り付けておいくつもりなんだろう。
奴の狙いはなんなんだ?
解せない。児玉ネタにはほくそ笑んでいたようだが・・・。
も、もしかすると!
>>647 800発要望は参謀本部5部の佐藤が言った言葉であって、豊島が言ったかどうかは
不明だな。豊島は300発で不満を感じたとはどこにも書いてないな。
井口と一緒に西方攻撃説を唱えた鋳方も参謀本部5部だし、第3軍司令部の中で
参謀本部5部出身だった佐藤の800発必要説も多すぎると思われてたのかもしれないね。
>>650 182って、313で既にこの質問がなされ、結局答えがなかったのだが。
>だいぶ待ったつもりだが、結局、今までこの根拠は示されていないという
>ことで良いのか?
>>60発×(3日+2回分)=1門あたり300発だ。これを2日で使い果たした。
>>182
345 日本@名無史さん sage 2005/09/18(日) 05:21:47
>>305 >>313 根拠もなんも児島の本には3日目に弾薬が欠乏したとあるでしょ。
そして実際に欠乏してたのは間違いない。
なぜ3日目に欠乏したかを考えてみたら。
元から300発も用意できてなかった又は、撃てなかった。→論外(消費している)
前線にタイミングよく配送できてなかった →可能性としてはある。
これの2点しかない。つかおれは182じゃないからな。
>>654 >豊島は300発で不満を感じたとはどこにも書いてないな。
どこにもかいてない、というが、それは逆にそのままそちらに返す。
豊島は不満を感じなかったとはどこにも書いてないでしょ。
参謀個人がどう思っていたかは知らないけどね。
陸軍省当局が追送を約束し、追送不可とも報せずに放置した、という
のの話をしているのだから、参謀部の誰かがどうとかは議論の拡散だ。
800発説
・第3軍は1門当たり800発を予定にして総攻撃の計画を立てていたが、追送されないので
突撃2日目には節約をしなくてはならず、弾薬は欠乏した。
・上の状況だと現実の状況と乖離した計画になるのでおかしい。
300発説
・第3軍は1門当たり300発を予定にして1日当たり60発で総攻撃の計画を立てていた
しかし、運用が稚拙の為 放列に弾薬がいかず、さらに計画も狂って2日目には弾薬が欠乏した。
・児島本という小説は当てにならない。
>>656はいったい何をしたかったのだろう???
「根拠もなんも児島の本には」というのが答えになると思ってるのか???
>>658 この状況を打開するには、
8/11の計画時に第3軍司令部が、1門当たり800発で総攻撃を計画していたという
根拠があればよい。でなければ、現実の砲弾数 1門当たり300発で計画していた
というのは別に矛盾する事ではない。
しかし 何時までたっても8/11の計画で一門あたり800発を予定というのが
でてきません。
>>657 つまり豊島は佐藤の案 800発も多すぎると考えていたというのは否定できないわけだ。
この場合、あればいいとは思ってただろうけどね。また追送不可と知らせなかったというソースも
出てこない。実際は9センチ砲弾は追送しているんだけどこういう事実はどう捉えるのだろうか。
662 :
日本@名無史さん:2005/09/21(水) 23:49:16
>>660 ちょっと待て。
一門宛て800発を要求し、陸軍省当局も総攻撃開始までに追送によって
それを満たすという約束をしていたが、それが果たされなかったのが、
第一回総攻撃失敗の原因として大きいだろう、という話はしていたが。
いったい、いつの間に800発で総攻撃を計画していたという話になったのか。
>>661 >つまり豊島は佐藤の案800発も多すぎると考えていたというのは否
>定できないわけだ。
どういう理屈よ。そういう理屈が通るならば、
「豊島は300発は少なすぎると考えていたというのは否定できないわけ」
だぞ。君はこれを否定していないのだから。
無意味だよこの応酬。仕掛けてきたのはそっちだぞ。
>>664 追送とか議論拡散して誤魔化される前に
>>163 で弾薬の数の問題が
でてきている。その中で第3軍は弾が少なかったと述べた人がいたが、
一軍当たりで換算すると他の軍の3倍というのが証明された。そうしたら
>>181で
追送問題が噴出
>>182で運用の問題も噴出。
以後 泥沼
>>664 いつ800発で総攻撃計画なんて話が出たんだよって質問に全く答えてないのだが。
それに、思うにどうもレス番指定がおかしくないか?387って何だ?
667 :
664:2005/09/22(木) 00:00:48
668 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 00:02:10
のっけに児島小説本を根拠にしてっから泥沼になるんだよ。
669 :
664:2005/09/22(木) 00:04:33
今の話題は
>>319での考察が基本になっている。
・そもそも砲弾が無かった。(追送されなかった)
・(追送が無いので)砲側まで運搬できなかった。
この考察もしてみてくれ。
>弾薬縦列を5日も露営していた
これにより、どのような障害が起こるのか?説明よろ。
また総攻撃前とあるが、総攻撃の時には状況が変化していた可能性がある。
総攻撃の時にはどうだったのか。
追送不可の知らせがなかったというソースは「旅順攻略秘史」。
「然るに攻城砲兵の展開を終わらんとするに際しても、少しも追送し
て来ない。如何に催促しても平気なものであった。攻城砲兵の展開を
終わってもまだ到着しない。とうとう追送弾薬の来ないのに第一回総
攻撃に着手する事となった。
第一回総攻撃は非常な散々な目に会ったが、しかし今一押し頑強に攻
撃したら或いは成功したかも知れなかったのに、何分にも弾薬が尽き
んとしたので攻撃を中止すべく余儀なくされた。
しかも仲々容易に追送し来たるべき模様もなかった。聞けば弾薬の一
部は新たに製作を要するものもあった。そうでなくとも内地要塞に格
納しあるのを一地に集めて追送しなければならなかった。とにかく
陸軍省当局はただ安請け合いの気休めを言っただけで、追送の準備は
少しもしていなかったらしい。」
そして
>>350 で”追送問題がぜんぜん含まれていないんだけど?それで却下ってもな。”
盛り返して、
>>353で追送の約束がどの時点でされて、どういう状況になったのかという
根拠も示されていない。
>>372では予定の倍を撃たないと消費できないのが現実味
の無い点と述べているが、どう現実味がない?という問いにも答えず。
>>396が児島本の創作と指摘したが、元になった
>>199の思い込みが
>>385で確定して話題は沈静化
> 攻城砲兵の展開を終わってもまだ到着しない
攻城砲兵の展開を終える段階でも、まだ約束を当てにしている模様。
つまり、その時点に於いて追送不可の知らせは来ていないということ。
>>670 如何に催促しても平気なものであった。=追送不可の知らせがなかった じゃないよ。
勘違い君がきたのかな?
そして攻城砲兵が展開し追える間際といえば 8/15当たりだと思うが、
この時点で門当たり300発で計画を立てたのも無理もない話し。
そしてそれが2日で欠乏したのは計画性の無さ。
>>673 どう見ても、知らせがあったとは読めないのだが。
>陸軍省当局はただ安請け合いの気休めを言っただけで、追送の準備は
>少しもしていなかったらしい。
さぁ どれだけ本当かな。少なくとも8/19には9センチ砲弾を1400発、
8/23日 600発 24日に587発を追送しているのにね。
第3軍司令部の中で佐藤氏には連絡がいってなかったようだね。
677 :
662:2005/09/22(木) 00:19:01
いつ800発で総攻撃計画なんて話が出たんだよって質問に全く答えてないのだが。
いったいいつになったら答えてくれるのだろう。
>>676 攻城砲兵司令部に連絡が行かずにどこに行くと思ってるんだ。
それに追送の話は9糎砲弾だけの話じゃなかろう。どうだよ。
それにしても600発とか哀しいね。一門宛にしてどれくらいよ。
>>662 >>631 >第3軍が8/11に総攻撃を計画したときに、消費弾数は何発で
>計画してたの?800発?300発?
>>632 >800発予定説を唱えてる側の資料は出てるのに。
ここから662のようにすっとぼけたりしてますが、全然でてきません。
>>678 第3軍参謀長 伊地知で止まってる可能性あり。
>第3軍が8/11に総攻撃を計画したとき
攻城砲兵が展開を終える頃が8/15てことは、
8/11の計画したときには800発計画だったということか?
683 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 00:27:56
>>681 伊地知が止める理由がない。 思いつきで言ってるだろ?
結局 豊島は第1回総攻撃の時 1門当たり300発説はその通りだったんだね。
800発説の現場の数字を見ないで計画を立てたというのは余りにも
豊島司令官を侮辱した言い様だろう。
>>682 さぁ 児島本では1門当たり300発だよね。どっちが本当かな。
>>683 それじゃその連絡はどこで止まったと考えるの?少なくとも8/19に1400発を
追送しているのは事実だしな。
687 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 00:36:08
>>685 だから児島本から離れろと。お前はそれしか無いのかと。
10月 山縣元帥より第3軍司令官へ 口上覚
5.弾薬不足の意見の如きは出征以前に論究すべき重要問題なるに
数回攻撃後初めてその不足なりしを口外するが如きは慎重に
考慮すべき事となす。
佐藤がなんと言おうと、参謀長は数回攻撃後にいよいよ弾薬が足りないって
騒いだんだろうね。
第1回総攻撃後に伊地知参謀より攻城砲廠備付弾薬定数外各砲
1門に付き200発宛ての増加請求あり・・・
ってさ。前線200発と合わせて400発なんだよな。
伊地知って400発で十分と思ってたんじゃない?でなければ、この時点で
800発分要求するでしょうに。なんだろうね。
>>686 連絡はあったんじゃないの?
無かった、もしくは誰かがどこかで止めたなんて考えるより現実的。
攻城砲兵部員である佐藤の話は、十二〜十五糎クラスの砲弾の話をして
いるのであって、たかがと言っては悪いが九糎クラスの砲弾、しかも
数百発というオーダーでは話にならなかったのでは。
結論 伊地知は400発程度で攻撃すればよいと思っていた。
それを乃木軍司令は作戦を認可したという事でOK?
692 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 00:43:02
賛成
>>684 どのように推論して結局〜、と結論づけたのかまったく分からないのが
面白可笑しくああ楽しい。
8/11が第三軍が総攻撃を開始した時期。
8/15頃の攻城砲兵展開の頃に、いまだ追送の約束を当てにしている模様。
ということは、8/11の計画時は800発計画だった可能性が出てきた。
いまのところ言えるのはここまでか。
伊地知が400発程度で我慢していたということは、佐藤とかなり対立があったんだろうね。
佐藤(大学閥)はもっと弾薬を多くしてからにしようと述べるが、薩閥の伊地知は佐藤が
気に入らなかったのか 意見を無視してたかもしれん。
>>693 >8/11の計画時は800発計画だった可能性が出てきた。
それは 伊地知の第1回総攻撃後の要求数
>>689 によって否定された。
というか伊地知が自分の考えから400発程度で十分と思ったのかもしれん。
現在この意見が有力になってきたところ。
>>694 佐藤は参謀本部の5部(要塞)で鋳方も参謀本部 5部(要塞)だった。
部下に自分の閥でない人間が自分にも関わる専門的(砲兵)な意見を言うと、
何様と思ったのかもしれないね。
697 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 00:52:10
まったく、伊地知が愚かだったならば、間違っていたならば、という
話しか出てこないのか。ここらへんが先入観を持っている人の限界かな。
伊地知が悪者でなければならないという取り決めでもあるの?
698 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 00:58:06
>>695 第一回総攻撃後の要求数で誰かがなんか推論してたね。
>>689で。
で、直後の
>>691で結論を誰かが出していたね。なんの疑義応答もなしに。
>>692がなんかわからんが「賛成」の一言だけ言ってきた。
へー、これで「現在この意見が有力になってきた」となるのか。
へー、これで「
>>689で否定された」になるのか。
素晴らしい。もっとやってくれ。アホらしいから俺は寝る。
>>698 あぁ寝てくれ。結局反論できずに泣き寝入りか。
>>699 一人でがんばってた人がいた見たいでだな
ところで 佐藤鋼次郎氏の「旅順攻城秘話」なんて皆持ってるのか?
追送問題はこの「旅順攻城秘話」を持っている人が
勘違いしてたんじゃない?
701 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 01:13:24
ほんとアホらしい話だよ。
あんなんで「現在この説が有力」とか言える脳天気さ。何かすごいね。
>>701 反論をどうぞ 伊地知は第1回総攻撃後の弾薬要求も200発でしたが、
これは前線と合わせると400発程度。
800発の弾薬が足りなかったので攻撃が失敗したならば第1回総攻撃後で 800発
分を送ってもらう要求を出すと思われるが?
703 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 01:19:02
明日の
>>644へのプレゼント。
坂の上の雲の旅順の話は全然ダメです。お話にならない。勘弁して。
児玉のやることなすこと全て適中のような書き方、史実との乖離甚だしい。
司馬小説によれば、二○三高地東北角に「児玉が大山に頼んで割いてもらった
新鋭の第十七連隊が、銃剣をきらめかせて突撃」したと書かれているが、
まるっきりのウソだ。
朝の目覚めにはちょっと物足りない一撃とは思うが、出来得れば翻意してくれ。
704 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 01:23:35
>>702 四百発の追送要求が反故にされたのに八百発を請求?
すごいね。君の頭の中の伊地知は、いったい何を考えているのかな?
相手の話は瞬殺否定、あげくのはてに俺説が現在有力になってる宣言、
こんなワケワカメちゃんを相手に、
>>699はどう反論できるのだろうかな。
>>676 攻城九センチ臼砲って、攻城部隊の持ってる砲の中で最小じゃんか。
しかも青銅製の旧式。
それを一門あたり100発程度送ってもらって、それで「追送の約束」を
果たしてくれたとは、とても認識できないだろう。
707 :
はぐれ刑事・旅順事件簿:2005/09/22(木) 05:55:03
>司馬小説によれば、二○三高地東北角に「児玉が大山に頼んで割いてもらった
>新鋭の第十七連隊が、銃剣をきらめかせて突撃」したと書かれているが、
>まるっきりのウソだ。
「児玉が大山に」ってところが問題なのかな。
まさか、この秋田の第十七連隊が存在しないとか、突撃してないってことまで含むの?
因みに小説を追うと。
占領を確実にした。攻撃開始から占領までに要した時間は、わずかに三十分である。
まるで児玉が魔術をつかったような、うそのような成功であった。
最後の一行は超嫌われる感は既に理解できるね。逆撫でだ。逆鱗に足踏みか。
そこに至る文脈を見れば(抵抗する東北角の敵陣に吉田少将の縦隊午後1時30分に攻撃開始)
この方面で、まず登■突撃に成功したのは歩兵第二十八連隊の第一中隊であった。
この次が問題の第十七連隊の件になっている。
いやあ、こういう具体的な指摘は嬉しいね。703さん有難う!
下駄さんお願い。「登■突撃」の■>5巻-113の8行目。
♪まるで司馬が魔術をつかったような、うそのような記述であった。のか。
どなたか教えてください。
>>704-705 >四百発の追送要求が反故にされたのに八百発を請求?
つまり第1回総攻撃は、弾薬が足りなかったという不満を述べながら請求するわな。
でも10月の山縣元帥より第3軍司令官への口上覚えでは
5.弾薬不足の意見の如きは出征以前に論究すべき重要問題なるに
数回攻撃後初めてその不足なりしを口外するが如きは慎重に
考慮すべき事となす。
参謀長は数回攻撃後にいよいよ弾薬が足りないって
騒いだんだろうね。 これを否定してちょうだいね。
日露陸戦新史の8/11 攻撃計画だと・・・
我が攻城砲の準備弾薬数は比較的【少数】にして・・
おや?800発の計画だと半数だから足りないとかそういう文言があってもいいはずだが?
つまり【少数】と認識しながら計画を立てていたわけだな。
>>706 >追送の準備は 少しもしていなかったらしい
という事を否定したのみ。準備はしていたし、努力もしている。しかし
なぜか、佐藤の耳には届いてないと。
711 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 09:09:08
攀 登攀突撃
712 :
↑:2005/09/22(木) 11:31:03
なんて読むのだ?
きょっと―んだ。
713 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 12:55:02
「とうきょとーんっげき」
これで203高地は陥落占領したのである。
こんな事聞いてると
夜になって恐いお兄さんやおじさん達帰って来たら怒られるぞ。
715 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 13:32:55
>>713 「きょ」って、ああ、拳か。 出来の悪いOCRみたいな。
716 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 13:35:38
>>710 「やるだけやりました」という言い訳、にもならないか。
各砲種の一門あて300-400、がオーダーだろ?
それが最小青銅砲用が100程度じゃ、ふざけんなってもんだ。
717 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 13:40:25
確かに、夜は恐いね。しかも早起きだ。
粘り強い、不屈の精神もある。ああ、日本人はこの資質が根底を支えて
旅順を陥落させたんだなあと納得したりもする。
そうかと思えば、その能力とエネルギーを他方に向ければ、
旅順の泥沼もなかったようにも思えたりなんかして、人間とは面白いものだ。
旅順を語ると世界が見えてくる。まさに、歴史とは篝火のようでもある。
九月吉日 司馬遼遠未踏郎 歴史2チャンネルを往く
719 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 13:56:19
成し得た追送は九センチ砲弾を一門あて100発ほど。
こんな言い訳にもならない微量で、どうしろってんだか。
そもそも、攻城砲部隊の高級部員である佐藤の耳に届いていないとか
常識で考えて有り得ない空想をするところが、常軌を逸している。
720 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 15:48:01
>>718 それは、どこの余談だったのだろうか。とはいわない。
余談がすぎた
三時もすぎた、おやつにしよう。
一時をすぎた頃、歩兵第二十八連隊の第一中隊の突撃が始まる。
すべての視線が二〇三高地の東北角の頂上に注がれている。
ゲタ スグカエレ
ウルトラノハハヨリ
722 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 18:58:55
下駄さんを見かけました。
「大谷吉継についておおいに語れ 」
で礼儀正しく、
可愛く質問などしていましたが、誰も相手にしてくれないようです。
どうも答えが出るまで張り付いているようです。
誰か答えてあげていただけませんか。
723 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 18:59:41
(1)>司馬小説によれば、二○三高地東北角に「児玉が大山に頼んで割いてもらった
(2)>新鋭の第十七連隊が、銃剣をきらめかせて突撃」したと書かれているが、
(3)>まるっきりのウソだ。
(2)で突撃した事実があるとすれば
(1)が怪しからん!そんなデタラメ書き腐って!講談師見てきたような嘘をいう。
小説ならいざ知らず、始まり終わりが一緒なら後はお構いなしとは怪しからん!
なのかな。
でも児玉富士じゃないけれど、誰かが「実はオフレコだすけどね。あれは実は」とか
言ったとか、オフレコだけど実はそうだったとか、あとは児玉が
「実はな。あれは我が輩がわははははっ」とか周囲を煙に巻いたとか
それが尾鰭が付いて司馬の耳入った、司馬はよく確認もしないで、そりゃあええ話を聞いた
とやったなのだろう。
あとは、第十七連隊の銃剣は黒光りはしていたがきらめいてはいなかった。かな。
このへんは文学表現の範疇だから、えっ?やっぱりダメ。
まあ(3)>まるっきりのウソっていうのも可哀相な気もしますが、あれなんでしょうね、
703さんも「ちょっと物足りない一撃」っていってるんでこんなものなんですかね。
724 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 20:12:25
>>723 司馬をなんとか好意的に見たい気持ちに溢れる書き込み、涙ちょちょ切れ。
でも事実は723の想像とは違うんだ。
児玉富士の話は、二○三高地争奪戦後の歌会かなんか(風流だな)に出席
した人が書き残した話だった。児玉が「児玉富士でどうだ」とか言ったけど
みんな相手にしなかったそうだ。まあ児玉もギャグで言ったんだと思うけど。
十七連隊の話だが、単純に、この部隊は突撃していないってこと。
予備隊だったか近くの山あいに待機していて、結局二○三高地には行っていない。
>>719 追送されていた事実があった。
佐藤氏の本では
>>670 「追送の準備は少しもしていなかったらしい。」
こういう相反する事実があるんだが?君の知識での常識なんて当てになるか?
そら重要地点の二百三高地を軽視したなんて今から見れば非常識極まりないし、
常識なんて言葉で誤魔化されても困るな。
726 :
司馬無惨-1:2005/09/22(木) 20:55:04
>>724 静かに、そして秘やかに、真実は語られはじめました。
嗚呼、なんと!十七連隊は突撃していないのです。
これじゃあ、話にもなんにもなりません。ホントですか。信じますよ。
素直だからここに書き込まれてることなんでも信じますよ。
ちょっと小さな声で秘やかに、 論 拠 を し め せ 。
727 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 21:14:57
「601」の日本@名無史さん へ・・・
どんどん、活用してくださいまし(^_^)。
某掲示板の書き込み記述は、引用してもかまいませんよ(^_^)。
この掲示板に役立てれは幸いです(^_^)。
いい人はいるもんだ…ありがとうね(^^ゞ
729 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 22:01:23
「戦陣叢話」第二巻237〜244ページに、旅順に応援に来た
第十七連隊に所属していた小池少尉の日記が掲載されて
います。これによると、連隊は203高地から800メートル
附近の塹壕で待機していたそうです。そして、原隊に帰還する
12月7日まで、一発の発砲もせずに帰還したそうです。(^_^)
730 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 22:08:10
なんか司馬遼太郎の記述ミスってパンチ不足だなあ。
結局、本当の問題点って、乃木と伊地知を扱き下ろしたってことじゃないの。
だったら、大枠その通りなんじゃない。
児玉富士って結構笑えたけどね。
その通りかもしれないが責任大きいよ。
732 :
謝罪730:2005/09/22(木) 23:15:25
>>729 ごめんごめん、送信する前にコメント確認できなくて、
折角情報くれたのに、タイミング悪くてごめんなし。
気を悪くしないでね。
733 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 23:30:26
>>732 その「責任」っていうのが、わからないんだよね。
別に絡む気持ちは一切なしね。素朴な疑問。
僕個人の話だけど、司馬「坂」で日露を知ったよ。そこから出発しました。
でも、当然、興味をもてば他の関連書籍だって読むわけでしょう。
ふーん、こうだったのか、とか、実際はこうだったのね。といった具合に。
最近で言えば近現代史編纂会もしくは太平洋戦争研究会のスタンスは
司馬遼太郎の誤りを正す方向性にあるよね。それなんかでも
なるほどね、と興味深く読んでいるんだけど。司馬の責任ってもっととんでもない
なにかなの?こことかでも時々司馬とか「坂」とかでると
北朝鮮の拉致問題を擁護したどっかの政党や議員みたいに凄い剣幕だよ。
あれがピンとこなくて、なんか他に問題でもあるのかと勘ぐっていまう。
いつでもいいから教えてください。お願いします。
その責任って具体的にはどんなこと?
734 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 23:41:02
俺だって絡むつもりはありませんよ。
735 :
733:2005/09/22(木) 23:43:59
↑
>>731 の間違いでした。
折角だから、なんか書き足そう。そうだ、あれを、と思ったけど。
なんかやぶ蛇になりそうなので日を改めます。訂正のみ。
736 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 23:47:15
わかってますよ。
737 :
日本@名無史さん:2005/09/22(木) 23:47:30
>>734 だから教えてっていてるんじゃない。
こっちのスタンスを説明してるだけで、あなのことをどうこうは言ってないでしょう。
738 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 01:26:14
誰か空気変えてやれー
739 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 04:36:54
>>730 司馬小説の、特に二○三高地関連の辺りの大きな問題点、それは児玉が旅順
に来たこと、それに関連することを美化しすぎ、讃えすぎていること。
「児玉が呼んだ十七連隊が突撃して東北角を占領した」とか、「児玉富士にほ
ぼ決まりかけた」とか、なにも知らない人が読めば、へー児玉って凄〜い、
と思い込んでも仕方ない。ここに来る強者でもそんな人がいるだろ?
740 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 04:41:55
>>733 そりゃあ出発点が悪かったね、ご愁傷様。
>北朝鮮の拉致問題を擁護したどっかの政党や議員みたいに凄い剣幕だよ。
司馬とか「坂」とかの批判が出ると、まるで北朝鮮の拉致問題を擁護した
どっかの政党や議員みたいに凄い剣幕でやり返すひとは、確かにいるね。
ただの小説なのにさ。なんかその人にとっては金科玉条なのかな。
上官殿!お久しぶりであります!
現在、負傷のため前線を後退を余儀なくされた腰抜け初年兵であります。
このようなわけで、今回は日露戦役に従軍した方々などのことをお話しさせていただきます。
軍医森林太郎(鴎外)博士。
明治の文豪であり、軍医官でもあった森博士は、文壇に於いては坪内逍遥氏と激論を交わし、
留学時にはナウマン博士と論争し、医学界では海軍の高木博士と脚気問題で口角に泡を飛ばした御方でありますが、
なにを隠そう、乃木大将の大ファンであります。
森博士の『うた日記』には、乃木大将のことや南山での戦闘のことを歌った作品もあり、
大将も長男勝典君の勉強のことで、森博士に相談を持ち掛けたりなさっています。
また、戦時中に第二軍の黒木大将は、森博士とビリヤードに興じることもあった、と聞いております。
乃木とか「第3軍」とかの批判が出ると、まるで北朝鮮の拉致問題を擁護した
どっかの政党や議員みたいに凄い剣幕でやり返すひとは、確かにいるね。
ただの他人なのにさ。なんかその人にとっては金科玉条なのかな。
743 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 07:18:53
>>739 美化しずぎって、小説家の作品なんだから、その辺のところは考慮してみてはどうだい。
誤りは誤りとしてさ。でも歴史を大きく歪めるような誤りではないように思えるけれどね。
>ここに来る強者でもそんな人がいるだろ?
さあ、そういう不特定多数のイメージなんて僕には分からないね。断定しすぎだよ。
そういう表現をするから、疑問をもたれるのかもしれない。
それともこれ以前にそんな経験うぃしたとか、そういう風潮が露骨にあったのかな?
もしそうならば、少し誤るよ。でもね。ここの書き込みを読めばなるほどって
思う人は沢山いると思うよ。姿勢の問題なんじゃないかな。
744 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 07:44:38
>>740 >そりゃあ出発点が悪かったね、ご愁傷様。
ははは、余計なお世話だよ。それと、僕の書き込みをちゃんと読みなよ。
それでその発言だからさ、なんか触れずにいきたいんだ。って邪推されるんだよ。
僕に対して言ってるつもりでも他の人も読んでいるんだ。
一度書き込んだ言葉は消せないんだよ。だからスレは無記名だからお気楽でいいんじゃなくて、
もし、その場の話題如何ではすごく責任があると思うよ。
少なくとも君の最初の一行で、これまでの流れから、司馬「坂」批判者の底が見透かされる
というものだ。みんな頭を抱えるだろうし、僕は僕で呆れた。場が悪いんだよ。
ああ、君は司馬「坂」批判者でもないってスタンスだったね。まあ。いいや。
先日、ある書店業の方と雑談のおりに「日露関連書籍」は1000点〜2000点が現在流通しているといっていた。
よくこのスレでも「どんな本から」とか「なにから」とか質問があるけど。
別に司馬「坂」からでいいんじゃない。以前誰かが言っていたけど児島本だと
確実に挫折すると思うよ。まず。興味を持ってくれることが大切だよ。
なんにしても突っ込みのセンスが悪いんだよ。ていうかスタンスが気にいらなかたので
それほどの批判でもなかったのに反応してしまった。ごめんね。
で、なにから始めればいいと思う?そんなの個人の勝手?
そうじゃなくて君の意見を聞いているんだよ。
745 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 08:06:50
それと司馬「坂」を批判している人って実際に読んでいるのかな。
こうしてここで、具体的ここが違うって教えてくれる人には対しては
敬意を表するというか有り難いよ。
以前、ここで前説を書き込んだときに、「坂の上の雲」がどうだこうだと批判する人がいたけど。
なんかそうならないように、ネタはずーっと児島本でやっていた。
なのにこれだからさ、参っちゃうよ。記憶に残ってる人もいるでしょう。
アホらしくなってやめた。そう、第三軍の批判=司馬「坂」なのかな。
でもこれまで乃木評価の経緯をみると参加者たちにはそんな臭いは感じなかったけれどね。
不思議だ。それとも汚らわしいって参加しなかったのかな。ありゃま。
別に僕は司馬でなければダメっていっているのではない。わかるよね。
>>745 坂之上の雲を糾すという題名で一番有名なのは 桑原嶽の名将 乃木希典
この本は乃木神社から出版されている。名将論を語る人はこれの影響を受けているの
がほとんど。
問題は、この本が名将にしたいという観点からか、〜と当時の人はそう感じたとか、
私は思うとか観念的な言葉が多い。間違いを糾すのはいいとしても、そういった
観念的な思い込みから論理を組み立てて、名将として祭り上げてる。
その観念的な思い込みは結果としてウソもあるから性質が悪い。
ウソを根拠に批判本を出すというのは最低のことだと思うね。
747 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 09:00:15
>>746 それも、あるだろうね。出版物としてはそうたいしたものではないよね。
ただ、そうストレートにいってしまうと・・・。
だけどさ、前記した近現代史編纂会もしくは太平洋戦争研究会なんかでは
その表現(桑原氏の表現ね)は別として、一応の評価をしている。
だから、司馬「坂」の問題点はある程度は浮かびあがってはくるんだ。ある程度ね。
問題はやっぱり桑原氏の表現技法と乃木と伊地知を必要以上に美化している点だ。
前者はまあ立場上わからないでもないが、後者は墓穴を掘ったね。
ある児玉の伝記には最後にかなりの頁を割いてそのことを表記したものがあった。
あっても別におかしくはないのだけど、読者としてちょっと唐突に感じたよ。
それで僕は以前その点を関係者に質問する機会があった。実名は伏せさせてね。
「乃木神社って出版社に対して買い取り含めた影響力があるんですか」と。
そしたら笑ってこたえいたよ。
「いやあ、乃木神社といっても全国に四つほどだろう。そんな影響力なんてあるわけないよ」
まあ、そんなところで私の邪推は「中央乃木会」の恐るべき組織力という稚拙な妄想でおしまい。
またここで馬鹿な突っ込みいれるなよ。
つまり、なんにもない。あの本が500円で売っているのも桑原氏が印税含めた
献身的な姿勢にあるようだ。それはそれで清くもある。
まあ、問題は出版社側のトレンドってこともあるだろうね。
>>747 まぁ 坂の上の雲は昔話しを絵本にしたようなものだから。
絵本相手に目くじら立てるほどのこともなかろう。
749 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 10:37:04
>>748 だめだめ。「昔話」とか「絵本」とか結局その言いまわしが逃げ腰だってことに
なるんじゃないかい。無視して通り過ぎたいんだろう。
でも相手は強大な権威と支持を得てる。だからなのかな?
でも、簡単だと思うよ。そんな論外的な姿勢じゃなくて、司馬を一回認めればいいんだよ。
あれはよくできた小説だよね。って。ただ、史実とは若干ことなるし、
乃木もあれじゃあ気の毒だ。って。たとえばこの点については・・・。
こっちのほうが数段説得力と効果があると思うよ。
結局、君の言い方じゃあ桑原君と大差ないじゃないか。
750 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 11:50:28
この「目くじら」ってところで、なんとかしたかんたんだろうな。
しかし、絵本とか昔話ってところで助平心がでた。
相手は決してそれを許さない。
まあ、昔話っていわれると歴史ってそりゃあねぇ、そうだろうがよ。
「傘地蔵」とか「鶴の恩返し」にしたかったんだな。
俺が解説してどうするんだよ。
じゃあ1年3組伊地知君でいいんじゃないか。
751 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 12:34:28
絵本かもしれないけど世の中の人の中では
「坂の上の雲」=「日露戦争のすべて」だと思ってる人もいるのかな?
752 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 12:49:24
坂の上の雲の司馬に多大なる影響を与えたであろう作家が話題に出てこない事がそもそもおかしい。
やはり第二次世界大戦で敗北したのがその後の日本文学に多大なる影響を与えていると考えるしかない。
第二次世界大戦前に読まれていた本が現在の日本では明らかに読まれていない。
そして司馬が生前に「坂の上の雲」の映像化を許さなかったのは
ここにいる人間のようなマニア(よく知っている人々)の存在を恐れていたからだろう。
まあ文学板住人の俺に言わせてもらえば、司馬作品なんて
史料的価値はおいておいて、文学的価値としてはゼロなんだから
あと30年したら消えていると思うよ。わざわざ叩くほどのものじゃない。
>第二次世界大戦前に読まれていた本が現在の日本では明らかに読まれていない。
それは確かにそうかも知らんが、
それはそれらの本が時間に耐えるだけの価値がなかった、というだけのこと。
実際に森鴎外の史伝なんかは、今でもよく読まれているわけで。
754 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 13:36:55
初年兵 GJ!! (^.^)!
755 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 14:26:43
文学談義か
司馬の作品を文学と位置付けることには多少の抵抗もあるけど。30年先に消えている
ことは、ないね。あれは純文学ではなくて娯楽小説の延長だ。司馬が編み出した手法は
独特で長谷川伸系の池波とは対極にあるけど。歴史時代物の中核にある娯楽小説だよ。
戦国、幕末物の作品のそれを異議を唱える物ははて?だったろうが、よりによって、
日露をテーマにしてしまった。世間ではそれを最高傑作という。しかし、とんだ徒花が
咲き誇ったというところだろう。まあ何にしてもそれ以外に好き嫌いはあるからね。
戦前の文学が読まれないのは敗戦というよりも実質経済の社会構造に由来するんじゃない。
文学、哲学、宗教よりも実践的で即効性や享楽的なものが好まれる。考えることがみんな
おっくうになってるし無意味に感じている。司馬はそれを危惧していたよね。
日本人とは何かを探していた。そのアプローチのひとつが「坂の上の雲」だった。
本人も予想以上の反響だったようだ。よくもわるくもいまだに鳴りやまない。
司馬が本当に伝えたかったことに目を向けるべきだろう。司馬が乃木をどう思おうが
関係ないよ。俺はこのスレで感じた自分の日露や旅順や乃木観を大切にしたいな。
笑うかもしれないけど投票するときにはホントに迷うよ。それだけでも意義を感じる
けどね。そこまでの本もなかったようにも思う。まあ、積み重ねなんだろうけどね。
> 戦前の文学が読まれないのは
読まれてるんですが。単にあんたが読まないだけでしょ
757 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 15:39:10
>>756 また、そんなツッコミいれるとガブッとこられちゃうよ。
さて、司馬談義文学談義もそろそろ手仕舞いにしていいんじゃない。
児玉いこうよ。児玉源太郎。
柿が熟すでもいいけどさ。残り250きってしまった。
なんだったら児玉は旅順に行くべきだったか、否かで評決とってもかまわない。
ああ、話がはやそうだね。そうしちゃおうか!
758 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 15:49:13
>>756 いや、お前が読めてないんだよ。文脈読めず、空気も読めず。
文学板から「帰ってコイ」って伝言、読めるか?
759 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 15:56:46
>>758
負けるな!頑張れ!でも、無理するな!理論はやめとけ!ボロがでるぞ!
文学論もやめろ!フェイントだけだ!
砲弾の話で切り返せ!
でも手短に。
760 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 16:14:49
美化しすぎはさておき、二〇三高地。
僕は、児玉が来なければ陥落できたかどうか、多分できなかったほうに5000円
(1)重砲の移動と(2)占領後の逆襲対処砲撃の効果は絶大。
それ以前に逆襲されて占領後撤退を余儀なくされている事実の裏付けから。
まあ、ロシア軍が根負けしたんだろうけど。
(1)(2)の徹底した集中攻撃態勢があったんで、敵も諦めたんじゃない。
結果だけすくって、児玉がこなくても陥落したはないもんだ。
これが、ずうっと言いたかったよ。
反論なければ、多分ないとは思うんだけれど、旅順開城までいっちゃおうか。
あれは熟したんでいいんでしょう。
旅順攻略司令官乃木希典総合評価もあるしね。すべてはココだ。
761 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 19:06:58
>>760 しかしロシヤ側から見るとずいぶん印象が異なる。
「剣と恋・レンガート少尉の手記」というロシヤ側の資料がある。
これを読むと二百三高地が陥ちたのは反撃する兵力がなくなった
からだと思われる。
日本軍が高地を占領する都度、ロシヤ軍は損害をかえりみず
反撃部隊を送って奪還した。その兵士は主に艦隊の水兵だった。
最後はいろいろな雑役の人員まで掻き集めて送った。
そして最後に反撃兵力が尽きたときに二百三高地は落ちた。
ロシヤ軍は最後の攻撃の前に、この次日本軍が来たときはもう終わりだ、
となかばあきらめていた。そして日本軍がやって来たとき、予定のごとく
明け渡したのだ。
児玉はタイミング良くやってきたに過ぎない。
>剣と恋・レンガート少尉の手記
嶽原さんですか?
763 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 19:29:51
>>751 絵本じゃない!文庫本がイラストになったのも最近で、
その前はモノクロの木目模様だ!
>「坂の上の雲」=「日露戦争のすべて」だと思ってる人もいるのかな?
いるわけないじゃん。何心配してんの?
仮にいたとして何が心配なんだよ。アポらしい。
桑原本読んで乃木は名将だっていってる奴のほうが心配だよ。
どうかしてるんじゃないか?
764 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 19:45:41
>>761 旅順入城後、日本軍の調査によると
ロシア軍戦闘員4万5000人、死傷者1万8000人(戦死2〜3000)
降伏時戦闘可能な将校800名、兵士2万7000名
負傷兵(入院)1万5000名
これはあくまでも降伏後で二〇三高地時点ではない。
調査したのは日本サイド、細かい数字はちゃんとした記録として
残っているので確認したいかたはそちらを是非。
ロシアが本気で戦おうとする意志があれば兵力不足など存在しません。
>>761 桜井氏の肉弾を読むと、ロシアの捕虜は上司の名前を知らない人がほとんどだったらしい。
そこから考えると、レンガート少尉(水兵)が陸軍側の上司の思惑を正確に理解できていたとは考えにくい。
実際、さらに反撃兵力を投入しようとして、そのタイミングを逸したのが陥落の原因であり、兵力が
欠乏したわけではない。
766 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 20:58:19
767 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 21:07:08
768 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 21:10:08
よっし!もらった。確変だ!
769 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 21:11:32
あちゃあ。まちがった。777だと思ったのに・・・ぐすん。
770 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 21:16:32
無駄玉打ってふざけるんじゃない。
児玉源太郎に失礼だろう。
なにがタイミングだ。はずれもはずれ、まったく違っているじゃないか。
今回は我ながら自身がある。
>>770 相手のミスを誘うのも戦術のヒトツ 児玉は相手のミスを誘う事に成功しただけだろ
772 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 22:00:17
鶴光の噂のゴールデンアワーにておみやこ様に
ご飯を卵でくるむとオムらいす
じゃあ、あんこを卵でくるむと何でしょう?
え?何?
オムつければええねん
おみやこ様は大声で。
オムあんこ?
え?
オムあんこ…
もう一回
オムあんこ
いやらしい
え?ナンデ?オムあんこ
オムあんこ!オムあんこ!オムあんこぉ!!
忘れられないあの日の放送…
773 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 22:44:28
↑これ俺じゃないから
「馬の骨」観て台風情報観てタバコすってたから。これだから。
今回にかぎり絶対ツッコミも入れない。
しかし、司馬が嫌いだからって鶴光出すことないじゃないか。酷いよ。
>>771何分からないこと言っている。
三連ギャグに本筋でツッコミ入れてどうする。
774 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 23:05:51
児玉はタイミングよく来たのさ。二〇三高地の正念場という時に。
そこで疲弊して閉塞感に陥る軍司令部(組織)を勝利に導いたで
いいだろう。なんか斜に構えすぎだよ。鶴光は出るしよ。
胸くそ悪い。本日は手仕舞い。以前どこかでさ、どこだったっけ?
出撃を主張するコンドラチェンコは名将などではなく、それに
反対していたステッセルが遙かに名将とか言ってたが、笑うよ。
確かに後、三ヶ月そうやって持たせていれば名将だったかも
しれないよ。禅問答だな。777はくれてやる。
775 :
日本@名無史さん:2005/09/23(金) 23:20:04
はは〜あっ。分かった。
司馬遼太郎と「坂の上の雲」
そして、児玉源太郎は同次元にあるんだ。
で、対極にあるものが乃木であるというわけでもない。か
776 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 00:46:48
777 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 04:22:36
>>764 総数を言ってもしかたがない。その総数は各堡塁に貼り付けてある人員を含むのだ。
反撃兵力とは、自由に抽出して203高地へ向け得る兵力のことだ。
778 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 07:34:52
↑
いや、言ってる意味がわからないから。
779 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 08:27:18
私は知らない。
二〇三高地攻防戦のロシア軍の反撃兵力数を
私は知らない。
ロシア軍各堡塁に必要な最低人員を
私は知知らない。
要塞内部の人員移動をそうそう第三軍がどのように察知するのかを
私は知らなかった。
ロシア軍にとって旅順は戦略的価値のない打ち捨てられた捨て駒だったことを
私はついていけない。
総数の数が問題でないとする論理の行方に
養老乃瀧連太郎
780 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 08:59:14
旅順、朝のリレー
病院のベッドで惰眠を貪るロシアの兵士が
故郷の妻の夢を見ているとき
第一師団の兵士は小さな丘を目指そうとしている
その丘の東北頂上の守備隊が一睡もしない朝を迎えたとき
その西の頂上で凍える傷ついた兵士が砲台を染める朝陽にウインクする
この旅順では
いつでもどこかで突撃がはじまっている
堡塁陣地から堡塁陣地へと
そうしていわば交替で陣地を守る
寝る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで二八サンチ砲のベルが鳴る
それは児玉が撃たせた砲弾を
誰かがしっかり受けとめた証拠なのだ
「谷川俊太郎詩集/旅順」原書房より
781 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 10:53:08
児玉が出てくるのは当然。
まず乃木が児玉と桂太郎と山縣らの長州財閥だから。
責任を問われるのは乃木だけでなくこのままだと長州全体に及ぶから。
それに彼は総長としての責任もある。
旅順の落ち度はそのまま彼にのしかかってくるし
世論も日清戦争では1日で落ちたのに数か月を要する三軍に対しての
批判もくすぶり始めていた。
このままでは長州が独占していた政治にも大きな影響を及ぼす。
児玉が怒り焦りまくったのは言うまでもないことだと思う。
当の三軍はもっと混乱していたように思えるけど。
それでも彼らは本当によく頑張っていたと思う。
著作権問題があるのでこれ以上は言わないけど。
782 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 10:57:29
訂正、児玉は総参謀長。
ただ旅順を落とすために各自よく努力したと思う。
第三軍の努力なくして旅順攻略は敵わなかったと思う。
783 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 11:36:01
>>782 よかった。その言葉を待っていたよ。
と思ったらなんだ781と同じ方か
・・・・・
児玉と長州閥云々はさほど重きをおくポイントではないと思うよ。この場合は
それよりも日本の存亡というか国家的危機にあったんじゃないか。
そんななかで、責任問題なんて考える人間が降格人事を受けて参謀長に就任するかね。
どの本に書いてあったが知らないが書いた人間とそれに影響される人間の
想像力が足らないだけだろう。「坂」の危惧よりそっちが心配だ。
児玉は長州閥の一員だが、非主流で彼の視野とスタンス藩閥外にある。
桂の児玉の長州閥の内側にある人間であるし、ある意味それを利用したことは
認める。しかし、日露戦争という大事業でその藩閥の弊害をもっとも危惧した
者達でもある。それは中にいる人間だから解ることだ。
開戦前に児玉と杉山茂丸、そして、桂太郎の三人で作った秘密結社も
そのひとつの現れだろうが、これはあくまでも余談の余談。
784 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 14:20:56
著作権っすか
785 :
下駄さん:2005/09/24(土) 17:16:51
>>783 あんまり正論然として、ちょっと強面になってるな。
気持ちはわかるが、ほら「七人の侍」で稲葉義男だったけか
「よい城は必ずひとつ抜け目がある」とかなんと言ってたぞ
恐いお兄さんも台風で今日は出払っているようだ。
ちょっと出しゃばるようでなんだけど話題を変えさせてくれ。
児玉が旅順に行くことには総参謀長として、いや総参謀長だからこそ
逆にリスクがあったと思う。統帥権の問題だ。
児玉がこれから上を狙う経歴の人間ならば、敢えてそのリスクを
犯してもスタンドプレーに奔ったかもしれないが、実際は
陸軍大臣の経験者だ。戦後の参謀総長就任はあるが、そこまで
ガツガツしなくてもいい立場の人間じゃないだろうか。
それでも児玉は行ったし、大山の一札も結局、使わなかった。
そのためにその存在さえも謎だし、否定する説もある。
なぜ、児玉は旅順行きを決行しなんだろうか。
そのことに大山は決して賛成ではなかったようだが。
786 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 17:39:00
リスクって現場を混乱させる恐れ?
二〇三高地攻略が失敗した場合の児玉の責任の所在?
福島から現地の状況なんかを前もって聞いていたのかな。
787 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 17:42:15
>>785 第七師団の投入の知らせを受けて
旅順行きを決断したようだけど。
沙河は膠着状態っていうか冬営に入っていて、
現場を離れることは
さほど無理な状況ではなかったような。
788 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 17:51:19
ロシア軍は動かないと。
ここで俺が昔とった杵柄じゃと。
で、大山はどこに行くんだ、お前の持ち場はココだろうと。
789 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 18:46:19
>>709 >つまり【少数】と認識しながら計画を立てていたわけだな。
少数という漠然した推移で議論する必要を感じない。
というか台風で朝から忙しい。いまやっと昼飯と晩飯を一緒に食ったところ。
このあとすぐ漁協に帰らないといけない。明日の運動会は100%順延、これは断言できる。
場所取りにはいかなくてもいいよ。
790 :
幼年兵:2005/09/24(土) 19:02:25
初心者なんですが
「統帥権」ってなんですか?
まず、辞書でしらべなさい。それでもわからなければまた
792 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 20:21:34
[tousui-ken]
環八高井戸交差点脇の幻のラーメン屋。一度、食べると恍惚状態に陥り、己の職務を忘れ
陶酔して電車に飛び乗ってしまう。車中誰かかまわず「朝から洋食など喰う馬鹿があるか」
と怒鳴りちらす。田中姓の人は特に注意。向かった先は井の頭公園。ボートに乗るカップルに
「あの姿を見て感動しない者は人間ではない」と言うとか言わないとかどっちでしょう?
793 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 20:37:19
【統帥権】
統一した尺度を持って戦線から総司令部の理想的な位置を探る権限。
ドイツのモルトケが考案したとされるが確証はない。児玉源太郎は、
モルトケの愛弟子メッケルの教えを乞うた事をタテに旅順到着後に
これを乱用、司令部を水師営に強引に移動させた。これより、正式
に「統帥権」と呼ばれるようになるが、戦後は中華蕎麦屋の店名に
よく使われる。産業経済大学の調査によると。1位「来来軒」2位
「蓬莱軒」3位「統帥権」「紊乱軒」のさてどっちだ?
794 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 20:56:14
《ここまで蔓延、統帥権の拡大解釈の波紋》
神奈川県立横須賀第二中学校教頭児玉源太郎(52歳)は給食の献立にピーマンが
あることに異論を唱え、給食のおばさん伊地知幸子(50歳)に対して、献立の変更を
強要。同年12月3日、本来「青椒牛肉絲」のはずを「フルーツポンチと黄粉パン」に
移動した疑いを持たれている。県教育委員会では統帥権の乱用として調査に乗り出す
構えである。尚、児玉教頭はこの後、伊地知幸子を駅前のカラオケボックスに見返り
として誘った疑いも持たれており統帥権紊乱の疑いで追起訴されるもよう。
報道局でした。えっ?スタジオですか?どっち?よし、今日の役目は終わり。
795 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 21:53:52
児玉氏による「重砲の移動」。最近の書籍では、児玉氏による重砲移動は
「高崎山」に移動したと書かれている代物が多いのですが、実際は、高崎
山には、移設されていないのです(^○^)。では、誰が・何処に?となりますが
それについては未だ不明です(^_^;)。ですが、日露戦史・付図では、全く
意外な場所に展開しておりました。ですから、児玉氏のにる重砲移動には疑問
が有ります。児玉氏は、「高崎山」と言っているのに、別の場所ですから
児玉氏の意見は通っていなかった物と思われます(^_^)。
796 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 22:22:12
>>746 なんか変な文を書くあなたがそう言うんなら、よほど良い本なんだろうな。
つか、本当にダメな本なら歯牙にも掛けないものだよ。
よっぽどショックを受けて、トラウマにでもなっちゃったのかな。
797 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 22:25:56
>>796 なんだ、まだ読んでないの!馬鹿だな
早く読めよ。結構わらえるぜ。
798 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 22:31:27
ここにもトラウマを背負った人が!なんてこった!
799 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 22:33:23
太平洋戦争研究会が引用しまくりだったが、あれ読むと素直に良本と思う。
800 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 22:35:42
>日露戦史・付図では
なんかさあ、その資料がいいかげんじゃないの。
あとで、陸軍が結構改竄したっていうじゃない。
それに不明じゃあ
>実際は、高崎山には、移設されていないのです(^○^)。→(^_^;)
もダメでしょう。こわいお兄さん言いつけるよ。もうすぐ帰ってくるから、ずぶ濡れで、島村速雄のように、颯爽と。
媚びちゃったよ。
やりすぎだよ。
いいんだよ。
露骨だろう。
あれぐらい言わないとわかんないもん。
わかるかね。
さあ。
いいの?
いいんだよ!
縦読みなんだろうけどわからない。
802 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 22:48:45
>>801 ばかだな、きみって。想い出に恋なんかしちゃったりして。でも返信うれしかったよ。(ここから歌に入ります。♪
803 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 23:06:19
>>779 もちろん総数は問題だ。
総数がだんだん減って、各堡塁に貼り付ける定員の合計と等しくなったときに、予備兵力は
ゼロとなる。予備兵力ゼロでは反撃兵力を抽出しようがないではないか。
だから総数が何万何千あるからと言って、それだけで反撃兵力があるはずだ、とは言えないのだよ。
804 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 23:14:42
>>803 そんな足し算引き算みたいな問題じゃないと思うがな。
現実には、敵の陽動によって兵員満々になっているような所だってあろうし、
他方が攻撃を受けているのが分かっていてもここの予備兵力を差し向ける事
は出来ない、ということだってあるだろう。
805 :
芝一派:2005/09/24(土) 23:25:21
>>803 ああ!びっくりした。恐い兄さんが帰って来て弾の総数の話を始めたのかと思ったよ。
ああ、この名前、他に遊びにいって付けてもらった。胸張っていこうかなと。
俺のポエムに感動してくれて返事をくれて有難う。俺も真面目になる。
>予備兵力ゼロでは反撃兵力を抽出しようがないではないか。
うん、分かるよ。でもさ、二〇三高地攻略戦の最中って第三軍全体が旅順要塞全体を
を一斉攻撃していた攻撃していたわけじゃないでしょう。
ロシア軍もああ二〇三高地が主戦場だなあと見てるから増援部隊を派遣するんじゃない。
そしたら、攻撃されていない堡塁陣地に定員おいておく必要ないんじゃない。
各陣地から二割り三割。半分以上だって、俺なら急行させるね。いや超特急。
806 :
芝一派:2005/09/24(土) 23:32:25
>>804 >出来ない、ということだってあるだろう。
ある。だろうね。だけどそれは可能性の範疇の話。獲るか獲られるかの瀬戸際で
なにをやっとるんだ。戦争だろう。とならないかな。
よしんば、そういう理由があったとしても、その指揮官司令官は世間一般では
「間抜け」と呼ばれるものだと思うよ。
807 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 23:34:11
「児玉スレ」も盛り上がっるね。
808 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 23:34:52
現代のわたしたちが、利用でき得る資料としては、そこらへんの三次
資料よりは、信用に足りうる物と思われます。実際、最近の資料でも
参考資料として活用されておりますし、現在、それ以上の付図資料は
皆無と思われます(^○^)。その付図ですが、「日露戦史付図 第六巻」
の、付図第三十五から第四十までの地図なのですが、12月1日から12月
6日までを、日を追って配置がプロットされておりまして、いきなり!東北
溝附近に展開していた「野戦重砲隊」SA表記が、突然!12月5日
の付図で「太平溝」周辺に集中展開しております。それらの、表記を
どの様にして、否定出来うるのでしょうか?。ご説明を、期待しており
ます(^○^)。その地図も、嘘だと言っちゃうのかな・・・(^○^)。
だとすれば、他の書籍も全て疑われる存在になっちゃうのですが・・・
なんたって、嘘を証明するために、嘘かも知れない別の書籍で説明
しないといけなくなりますから・・・(^○^)。
809 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 23:42:02
いいね―かっこいいぞっ!808!
と煽る。
810 :
日本@名無史さん:2005/09/24(土) 23:49:33
>>808 ごめん。資料はからっきなんだ。どんなものかちょっと知りたかったんだよ。
気を悪くしないでね。それで、なんで突然そんな展開になっているのかな。
いや、これは純粋な疑問としてだよ。基本はいつも純粋だから。
後世に記録として残すために制作したわけでしょう。当時はビデオのないわけだし。
その辺が不自然なんであんな質問になってしまいました。すみません。
811 :
芝一派:2005/09/25(日) 00:03:13
まあさ、児玉がタイミングよくやって来ただけだっていうんで、
それにともなってロシア軍が予備隊がなくなって二〇三高地は陥落したっていうんで
大人げなかったかもしれないが、
おい、しっかりしてくれよ。兄さん。第一師団があんない頑張って穴掘ってして
地道にやってきた二〇三高地じゃないか。それをなんでピンぼけ露助の日記だとか
間抜けな敵司令官を擁護してまで偶然とかなんかにしちゃうんだよ。
児玉はタイミングよく来たんだよ。グッドタイミングだ。むしが知らせたのかな?
第三軍の司令部はタイミングが悪いし、カンが悪いんだよ。
いや、疲れていたにしておこう。本日はこれで何もなければ手仕舞いかな。
812 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 00:05:52
>>806 >「間抜け」と呼ばれるものだと思うよ。
君は、「事故にあうかどうかは可能性の話なのにシートベルトしてるなんて、
なんて間抜けなんだろう」と言っているようなものなんだよ。
この例でわかってくれたかな。
あとね、二○三高地攻防戦の最中も、東鶏巻山やらなんやら、東北面では砲撃
やらなんやらやってるの。
こんな戦況で守備兵の半分以上を急行させる?そりゃ無理だ。
当時の人は「公刊日露戦史」やら「坂の上の雲」やらは持っていないんだよ。
813 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 00:14:14
810さんへ。こちらこそ、ムキになってしまって、
真に、すいませんでした。
814 :
最後の芝一家:2005/09/25(日) 00:53:29
>>821 寝ようと思って御手洗いに行ってパソコン消そうかなと思ったら812の文面を拝見。
どうしたものか明日にしようかなと、煙草一本吸って考えてよ。
でも大切なことなのでちゃんと言っておこうと思った。君が言うように
シートベルトの安全性と予防措置は当然だ。誰も間抜けなんて言う者はいないよ。ではなぜ?
その比喩が間違っているんだ。事故にはまだあっていないね。非常事態のことだよ。
この場面は攻防戦真っ最中の場合だ。重大な戦略的拠点の攻防戦だよ。
じゃあ、もっと解りやすく車とシートベルトの話で展開させよう。
運転していての非常事態とは事故だ。なんらかのトラブルがあったとしよう。
当然シートベルトをしていた。車が挟まれたかして運転席で身動きとれない。
サイドブレーキを引くか車のキーを抜かなきゃいけない。しかし、シートベルトが邪魔で
とどかないんだ。そのとき安全性のためにシートベルトを外さなくて死んだとしたら「間抜け」だ。
比べる尺度や単位とか環境なのかな。根本的なものが間違っている。以前も君じゃないけど
奉天で負けるだろう。といっても新設師団があるとかいって憚らない。資料の数字さえ
あればすべて辻褄が合うのだろうかと呆れるよ。そんなんで朝鮮半島にしがみついてなんになるんだ。それを最初の日本の戦略だった含ませてりつもりでいる。一昨日きやがれと謎をかけもまったく
解ってくれない。鈍いんだよ。銭はどうするんだ。新設師団の訓練の行き届かない兵の能力は如何に。
弾よけぐらいに考えるなよ。戦争に負ければお仕舞いじゃないか。
やらなきゃならにってロシア軍のことか日本軍のことか?どっちもか?
それでもやるのさ。戦争なんだ。それをやったから日本軍は二〇三高地を
占領できたんだろう。それを偶然の産物にして何の意味がある。
ちょっと洒落で芝一家としたが住吉連合みたいなのでこれっきり。
813さんどうもすみませんでした。あなたは偉いと思っていますよ。
あの考察、可能でしたらまたお聞かせ下さい。楽しみにしています。おやすみ。
815 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 04:53:44
>>804 >>805 堡塁間の兵力の融通はロシヤ軍は最初からやっている。
私が言ったのは原理原則の話だ。
しかし兵力の融通も、総数が減ってくれば段々やりにくくなってくる。
そして遂には不可能になる。なぜなら日本軍はすべての堡塁の前に
担当部隊を貼り付かせているから、どの堡塁もゼロにはできないからだ。
>>811 >第一師団があんない頑張って穴掘ってして 地道にやってきた二〇三高地じゃないか。
>それをなんでピンぼけ露助の日記だとか 間抜けな敵司令官を擁護してまで偶然とかなんかに
>しちゃうんだよ。
偶然などと言ってない。必然だと言ったのだ。
担当部隊が兵力をすり減らして攻撃を繰り返した。急造陣地であるが故に、ロシヤ軍も
また、死守しようとしてなけなしの兵力をすり減らした。
日本軍は意図せずして、ロシヤ軍がもっとも避けるべき消耗戦に、ロシヤ軍を引きずり込んだ。
そしてロシヤ軍の限界が来て、次の攻撃があれば形だけの抵抗をして引き渡す覚悟が
できていた。偶然、そのタイミングに児玉がやって来た、という話をしたのだ。
その意味では偶然。担当部隊のそれまでの努力の結果、という意味では必然。
816 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 09:36:31
>>815 おや、早起きさんだね。なんだ原則論者なのか。それとも原理主義者か。
えっ、話の上でだって?だからそんな論法を持ち出す場面が場違いなんだよ。
>総数が減って< 以前提示された総数は旅順降伏時の数だ。それでも
多いと感じたが(十分抵抗しうる。時間稼ぎするほど日本は窮地に追い込まれる)、
あの数より、この時点では確実に多いんだよ。だからおかしいと考えるわけだ。
>どの堡塁もゼロにはできないからだ。
そんなこと誰が言った。極論をもって正当化するなよ。稚拙この上ない。
以前に堡塁の人員移動が第三軍に察知されるのか?というポエムがあったが
そんな原理原則でなく君はどう思う。第三軍はツァイスの双眼鏡を持った監視
兵を全堡塁陣地に配置してたのか。あれ高いんだよ。それも傾斜的に、そして、
ベトンで覆われているから中の敵の状況なんてそうそう分からないじゃない。
ロシアの守備隊は最低限ぶっ放して威嚇する程度最低人員でいいんだよ。
砲弾は十分あるんだから。
だから人員のせいじゃないんだ。敵の最高指揮官が「間抜け」だっただけだよ。
根負けして、嫌気がさした。刹那的になった。戦局を見誤った。いや、
旅順降伏をあと2〜3ヶ月引き延ばせたら名将中の名将の大戦略と名戦術と
認めよう。この辺が戦の駆け引きで将の才能に左右される所以だ。
ステッセルはこの保身で貴重なものを失ったね。兵員の戦意がそれだ。
偶然とか必然とかのレトリックを用いても「シートベルト説話」を解せないのでは
ダメやんけ。君のいう必然にこそ此方の主張はあるのだが、その意味するものは
雲泥の差がある。
817 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 09:51:50
>>771 >相手のミスを誘うのも戦術のヒトツ
>児玉は相手のミスを誘う事に成功しただけだろ
アホか君はそれ以上の成功があるかよ。
ナイスな発言を最後の「だけだろ」で台無しにしてしまう。
文言的に最後だし、字数も少ないから70点ぐらいもらえると思う?
残念でした。0点。着眼点はよかったのにね。
あれだよ。馬券は的中してるのに中山じゃなくて函館だったっていうやつ。
外れは外れアホはアホ ●愚者
818 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 10:08:36
芝一派さん、いや817さん、もうちょっとお手柔らかにというか
内容はいいんですが、表現をマイルドにしてはどんなものでしょう。
ほら、下駄さんも言っていたでしょう。
ここは志村喬になったつもりで、お説は十分理解しておりますので
(支持者の会の使いっパシリ)
819 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 10:27:22
>>814 事故の衝突の瞬間の衝撃を緩和するためのシートベルトだろうが。
なんでそんなもんを、衝撃が去った後までやってなきゃならんのよ。
早朝?でもないな、寝ぼけてるんじゃぁない。
0点もあげらんない。 ●魔人 かな。
820 :
やっててよかった苦悶式:2005/09/25(日) 10:28:43
>>818 >>817 >相手のミスを誘うのが戦術のヒケツ
>児玉は相手のミスを誘う事に成功しただけだろ
これでどうでしょう!
821 :
さっきの使いっパシリ:2005/09/25(日) 10:37:44
>>817 >なんでそんなもんを、衝撃が去った後までやってなきゃならんのよ。
だめです。まったく理解していないようです。
先ほど私のコメントは却下します。
というか早起きの切り返しも変で、多分ちゃんと文章を読んでないと思います。
他の人十分納得していると思いますから関わらないほうがいいですよ。
これも手なのかもしれません。まさかね。
822 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 10:43:31
やったね。819!
君はここの伝説に名を残すよ。まさに魔人だ。
エンディングとしては最高のオチだよ。
しかし、「芝一派」は折角寝る間際に時間を費やしたのに実に気の毒だね。
823 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 10:52:15
えーっ、なんか期待してたに。あっけない幕切れ。
819が815とか昨夜の812と同一人物って確証はないでしょう。
誰かが勝手に受け狙いのコメント出したかもしれないじゃない。
もう、819だいなし!
824 :
赤点先生:2005/09/25(日) 10:59:22
>>820 よくできました。最後の文言をかえるのではなく、
それはそのままで「ト」→「ケ」の一文字の変更で
本質を言い当てましたね。さあ、もう卒業ですよ。
825 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:03:11
正直、さっぱり
>>814の言っていることがわからないね。
>>819のどこが変かも言わずに、まったく理解していないと言われても。
>>814 衝撃が去ったあとにも、シートベルトを敢えてしていなくちゃならない
必要性ってなんなのよ。説明できるか?
826 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:12:52
>>825+819
衝突、衝撃があった後、シートベルトは外れてないだろう。
馬鹿か君たちは。
その状況下でどうするかってことだろう。
もうやめろよ。恥の上塗りだ。
本当にこれが分からない人が複数いるの?そのことが信じられない。
827 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:14:15
>>816 堡塁間の人員移動や融通も、東北正面の各堡塁間ならわかる。距離的にも近いし、
互いに塹壕で結ばれていた。
しかし、東北正面から203高地への融通は極めて難しい。いったん数キロはなれた
市内に降りて、改めてまた数キロ離れた203高地に登って、占領された山頂陣地を奪回して、
終わったらまた同じルートで東北正面に帰るのか?
それができなければ「融通」とは言えない。帰らないのなら単なる配置転換だ。
そのぶん、東北正面には永久に穴があくのだ。
だからこそ203高地への反攻兵力は、専用の海軍部隊が使われたのだ。
そしてそれがすり減ったとき、203高地への反攻兵力は尽きたのだ。
828 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:18:58
>>826 だから外せばいいだけのことじゃん。シートベルトが役に立った後なんだから。
それを、敢えて外さない必要性って何?と聞いている。
恥の上塗りとか、必死になる必要ないよ。答えられればそれで済む話だ。
答えられなければ、それでもいいんだけどね。必死な言葉はいらないよ。
829 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:23:02
児玉がなんだってんだ。って言う人たちも
流石にこれは頭を抱えたと思うよ。
双方が頭を抱えたはずだ。最終兵器だったね。
>衝撃が去ったあとにも、シートベルトを敢えてしていなくちゃならない
>必要性ってなんなのよ。
そんな必要性がどこにある?外れてないから身動き取れないから
どうしようということだろう。それがアクシデントが起きたときのこと。瞬間直後ね。
それを非常事態の攻防戦にわざわざ合わせて説いてくれてるんだろう。
それもシートベルトなんてまか不思議な論法を出してきたのはそっちというおまけ付き。
ワシが解説してどうする!もっと文章よく読めよ。
830 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:25:22
各堡塁に割り振られた張り付け守備兵力及び予備兵力:シートベルト
各堡塁が攻撃を受ける:事故
予想される事故の発生に備えて、シートベルトは不可欠。
831 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:26:37
>>829 いやあ、俺は、お前の方がよく文書を読んでないと思うよ。
832 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:31:34
>運転していての非常事態とは事故だ。なんらかのトラブルがあったとしよう。
>当然シートベルトをしていた。車が挟まれたかして運転席で身動きとれない。
>サイドブレーキを引くか車のキーを抜かなきゃいけない。しかし、シートベルトが邪魔で
>とどかないんだ。そのとき安全性のためにシートベルトを外さなくて死んだとしたら「間抜け」
>だ。
>>814 要するに
>>814は、必要性のない、ありえない状況を説明していたというわけだね。
何の意味もない。何かを勘違いしていたのか。
事故によってサイドブレーキやキー穴に手が届かないというのは有り得る事態だが、
それはそもそもシートベルトのせいではないだろうな。
834 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:39:42
>>828 >君は、「事故にあうかどうかは可能性の話なのにシートベルトしてるなんて、
>なんて間抜けなんだろう」と言っているようなものなんだよ。
>この例でわかってくれたかな。
最初にこれを持ち出したのが君かどうかは知らない。
答えた方は「可能性の話」ってことに反応したんだろう。そして、可能性じゃなくて
現在進行形でおきている危機的状況(どのへんまで敵が把握したかは別)である点の
考察なんだと説きたかった。まずはね。ただ、シートベルトを持ち出した点に
引っかかったんだ。これは惑わされたという意味じゃないよ。
寝際に煙草云々で、思い直したというどうでもいい文面から
本人もこれだけははっきりさせよう。という姿勢だろう。
もう一度文面読み直してみなよ。
>外せばいいだけのことじゃん。
外せばいいのさ。分かったかい。
それでも言を左右するなら。軽蔑するね。
835 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:44:56
>>特定できない
また、出てきたよ変な人が、人材豊富というか。
凄いね。こりゃ退散したほうがいいよ。
凄い勢いだ。感動さえする。
836 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:48:21
>>834 シートベルトの話からは離れようか?
二○三高地以外の場所でも砲撃は加えられており、日本軍はそれら陣地の前面
に展開しているまま。
こんな状況では、いかに二○三高地が窮地であろうと、兵力をそちらに割くと
いうことは出来ない相談なのだ。
いつ、前面の日本軍が攻勢に移るかも知れない。もしかしたら二○三高地方面
は陽動かも知れない。そうでない保証は無いのだ。
837 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:50:39
台風すぎたのかね。それにしても芝一派さんつうか816さんは?
この展開知ったら逆上するよ。御難災難といか・・・。
不毛だね。ホントに砲弾の話してたのこの人たち?
あれはあれで論理的だったけどね。
838 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 11:55:10
>>836 もういいよ。いまので力が抜けた。
はやく児玉評でも乃木総合評価でもやれよ。
評価のときにコメント入れればいいだろう。
839 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 12:02:05
賛成!仕切ってくれてる実行委員さんているの?
いまもしいたら、また仕切って投票に切り替えてください。
残りも少ないみたいだし。
840 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 12:21:22
そう都合よくはいかないだろ。
それに呆れてみんなどこか行ったんじゃない。日曜日だからね。
しばらく頭冷やすか、それとも誰か仕切ってよ・・・。
841 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 15:34:01
>>836 >いつ、前面の日本軍が攻勢に移るかも知れない。
そんなの機関銃でバリバリやれよ。二人いれば一丁で何人殺せる。
攻めるんじゃなくて守っているんだろう。
白襷隊の被害に対してロシア側の被害はどんなものだったのだろうか。
東北正面なんて飛んで火にいる夏の虫じゃないか。
陽動の可能性云々とか保障の問題じゃないんじゃないの
ロシア側はやむにやまれるずの事情とかじゃないよ。
そこまでして203高地に固執する戦略的意義を司令官が見出せなかった。
とにかく兵員を温存させたかった。フォークなんて最初からそうじゃない。
相手が馬鹿な連中でよかったよ。コンドラチェンコが司令官だったら
旅順は絶対翌年3月までには陥落できなかっただろうね。桑原桑原
842 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 16:12:57
帰ってきてみれば・・・・
なんか風雲急を告げるというか、そんな急に、ちょっと
「聞いてないよ」というか、いいのかなあ?
ですが・・・。
まあ、やるんだったらやるでいいですが、ただちょと、
今回は第三回総攻撃までのシステムとは異なるので
今すぐとはいきませんよ。少し御時間ください。
児玉が来てよかったか?来るべきだったか?どういう基準にすればいいんだろう。
児玉の名将愚将じゃ違うしねぇ。
二〇三高地陥落に児玉源太郎の存在は見逃せない。
二〇三高地陥落に児玉源太郎の存在は関係ない。かな
それとも旅順に児玉は来るべきではなかった。いや、これだと色んな意味を含むし、
どなたかいい知恵ないですかね?
私もちょっと考えてみます。です。が・・・。
843 :
第四回投票開始!:2005/09/25(日) 16:40:30
実行委員会)
(1)児玉が旅順に来ても戦局とは一切(あまり)関係しなかった。
●美化された英雄・児玉源太郎
(2)児玉が旅順に来たからこそ二〇三高地は陥落した。
●真の救世主・児玉源太郎
かな この二者選択。選択肢が多いとまとまらないのですが、
●なんともいえない の三択
を棄権票としていれておきますか。
締め切りはこのスレッドが無くなるまで。足りるかな?
複数投票有り。但し、前回みたいな押しかけワンコメントはペケ。
情熱のコメントへの一票は認めるけど自分の意見も添えてね。
〓二〇三高地攻防戦顛末の段〓
‖‖検証!満州軍総参謀長児玉源太郎‖‖
汝は「美化された英雄」なのか「真の救世主」なのか
主宰 旅順攻略における白兵戦の住人
協賛 日露戦争をまじめに考察する意欲と情熱を持ち得る者たち
協力 ひと味ちがた歴史版スレを構築してみたかった者
●美化された英雄・児玉源太郎
●真の救世主・児玉源太郎
●なんともいえない
ではここから後で投票があったものはカウントします。
私もここから後は無記名になります。最後総評でお会い致しましょう。
では、スタート!
シートベルトとか事故とか 東北正面はどうのうこうのとか・・・はっきり言ってうざい。
実際は陥落寸前のロシア軍の動きはどうであったか?
コンドラチェンコは日本軍の突撃により大損害を受けた二百三高地に対し、
歩兵2中隊、弾薬、手榴弾を補充し、さらには要塞司令官に海兵2中隊の
増派の申請し、午後2時頃には陸戦隊1中隊も到着し回復攻撃の準備が
出来ている。
つまり 約3中隊の予備を投入しようとしてたわけであって、
予備兵力がなくなったとかは信じ難い。
では それまでの二百三高地攻撃と最後の攻撃とどう違うのか?
それまでの二百三高地攻撃では、敵の防御陣地と戦力の補充により
撃退されていたわけだが、最後はしっかりと準備砲撃により、敵の
防御陣地の破壊に努め、戦力をすり減らしたからである。
そのための攻城砲の移動であり、児玉の功績は絶大なものであると言える。
さらに児玉はそれでも落ちるかどうか不安に思ったのか、
確実な占領を待たずして、観測地点からの砲撃により艦隊を壊滅させようと
している。乃木が確実な占領を待って砲撃しようとしたのとはまったく違う。
そしてロシア軍は予備兵力を蓄積しつつ、そのタイミングを失った。
よって最後の二百三高地攻撃は児玉の功績と断言できます。
●真の救世主・児玉源太郎
846 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 19:19:48
>>844 素敵だ。理知的だ。その発言を待っていたよ。
できれば午前中に欲しかった。
●844は午前中に登場すべきだった。じゃなっかた。
度重なる失敗の連続と進展をみせない戦況に硬直していた軍司令部。
それに活を入れる意味でも児玉が旅順司令部に登場した効果は大きい。
というか児玉のような立場(階級、経歴、役職含め)の存在でなければ
思い切った行動を決定させることはできなかったはずだ。
(参謀副長の福島安正でさえも無理。当然なんだけれど)児玉の性格もあるか。
司令部ではガミガミやられて腹も立っただろうけれど、その閉塞感を一気に
切り替えたのも確かだ。乃木が黙認してくれたことも有り難い。
集中的攻撃と苦肉の援護砲撃の効果はいうまでもないが
第三軍に一番必要だったにはこの活気だったのではないだろうか。
●真の救世主・児玉源太郎 に一票
>>803 >それだけで反撃兵力があるはずだ、とは言えないのだよ。 :実際はあった。
>>804 >予備兵力を差し向ける事は出来ない、ということ :差し向けようとしてた。
>>815 >次の攻撃があれば形だけの抵抗をして引き渡す覚悟 :んなもんはない。815の妄想。
>>827 >203高地への反攻兵力は、専用の海軍部隊が使われた :陸軍の歩兵中隊が抽出されている。
>>828 >シートベルト :ナニソレ?変な比喩だな。
>>836 >二○三高地〜兵力をそちらに割くとうことは出来ない相談:実際に行っています。836の妄想。
予備兵力が尽きたというのはこの方々の妄想。予備兵力を適時に投入してたが、
日本軍の方がそれ以上に適時に投入した。 以上。
848 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 21:42:40
>>845 攻城砲を移動したというが、攻城砲とは具体的に何ミリの何砲のこと?
849 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 21:47:14
・・・
ありゃま、シートベルト以降、荒れてどうやって説得したものかと思ったら、
847が綺麗さっぱりやったね。
844-845の人なのだろうか、出る幕ないじゃないか。
ひとつひとつ相手にしないでこんな方法論のあるんだな。
うれしいような。くやしいような。複雑だけど、同意だ。
だけどみんな頭を抱えた。「シートベルト」恐るべし
投票のコメントを再考するので一旦退場。
>>848 過去スレすら見れない御仁に語る必要はない
851 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 21:52:41
>>849 しかし、これが新たな火種だったりするんじゃないの。
852 :
820:2005/09/25(日) 21:56:55
>相手のミスを誘うのが戦術のヒケツ
>児玉は相手のミスを誘う事に成功しただけだろ
●真の救世主・児玉源太郎
>>816 >ベトンで覆われているから中の敵の状況なんてそうそう分からないじゃない。
第11師団方面からの報告で二百三高地方面に増援部隊が終結中という情報が
攻撃中の第7師団の部隊に伝えられたので、これも思い込み。
すべて、シートベルトと同意する人達の思い込み。
854 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 22:29:34
855 :
同意してないでしょう。誰も:2005/09/25(日) 22:39:00
>>853 うん、それはいいけどさ、816の人はそんなこと言ってないよ。
だから、よく読めって何度もいわれるんだよ。
それに言葉尻をとるわけじゃないけど一応
>そうそう分からないじゃない。
って言って相手の極論をほぐしているんじゃない。僕にはそう読めるよ。
それを、小学生のいうような「こんな事実がある」っていうのはどうかな。
相手は分かりづらいだろう。って話でしょう。だから噛み合わないんだよ。
どこまでいっても。もう一回、最初から読み直せよ。赤面するぜ。
ギャラリーもいるんだからさ。ここのレベル下げるなよ。もうこれ以上御免だ。
856 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 22:40:01
福田和也はその著書「乃木希典」で児玉のような優秀な男は現在にも多くいるだろうが
乃木のような人間はもういない。というようなことを書いていた。読んですぐ、売り払
ってしまったが、その言葉だけが印象に残っている。はたして児玉源太郎のような男は
そうそういるのだろうか。人間は自分の属する共同体が危機に瀕するとき、一変するよ
うにその回避に全知全能を傾けるようだ。その共同体は家族単位から国家、地球レベル
まで多種多様大小様々だが、確信して行動できるのであればその資格はないともいう。
その人間が志半ばにして倒れたとしても、不思議とそれを受け継ぐ者が現れ、なんの違
和感もなくその志は全うされていくという。ただし、そこには必然の危機がなければな
らない。児玉源太郎とはそんな志を持つ者のひとりだった。残念ながら平成の現代には
その必然の危機感を見出すことができないのだろう。児玉のような男はそういない。
●真の救世主・児玉源太郎
857 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 22:48:18
>>853 お前本当に馬鹿だな。シートベルトの話を持ち出しておいて
それは違うだろうと諭した相手が、わざわざそのシートベルトの話まで
歩み寄って説明すればそれにイチャモンをつけたあげくに
>すべて、シートベルトと同意する人達の思い込み。
は、ないと思うよ。俺いま、コーヒー鼻から出しちゃったよ。
俺のディスプレーどうしてくれるんだよ。最初は笑ったけど、
ここまでくると怒っちゃうよ。
858 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 23:00:29
●美化された英雄・児玉源太郎
二○三高地攻略に、児玉の存在が不可欠とは思われない。
それ以前の第三軍の攻撃によって、もはや二○三高地の運命は決していた。
「最後の一押しに“参加した”」とでも言うのが適当だろう。
現在の評価はあまりに美化されすぎている。
「ガミ−!」が意外と本当のところか。
859 :
856:2005/09/25(日) 23:06:01
せっかくの俺の力作がまたシートベルトに汚された。
余韻を味わいたかったのに鼻からコーヒーはないよ、とほほ。
いや、857のせいじゃない。みんなあのシートベルトのせいなんだ。
昨夜、無視しとけばよかったなあと、つくづく、しみじみ、思うね。
でも、不思議だ。あいつら何を言いたいんだろうか。さっぱりわからない?
真実の探求者か?まさかね。露助の手先か?そんなあ。
児玉を美化することが気に入らないのかなあ?だったらなんで反対投票しない?
あっ!秋の交通安全のキャンペーン ガールじゃないよな・・・。
保険屋か!損保かよ。いやあ奧が深くて道は細いわ。寝よ。
860 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 23:17:30
福田和也「乃木希典」
正論本誌で立ち読みした時、なんだか読みづらかった。
単行本になったとき手に取ったが、活字の大きさになめとんかと思った。
もっとボリュームなくちゃ駄目だろう。
知将・謀将の類はおれど名将はそうそう居ない、という話だったと思うが、
別の誰かがそんな事を既に書いていたのを読んでいたもんで、(パクリと
いうものでもないと思うが)新味の無い話と思ったのを覚えてる。
861 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 23:24:06
>コンドラチェンコが司令官だったら
もっと簡単に予備兵力が尽きちゃったかもね。
「敵が籠もっているから困っちょるんだろうが。出てきてくれたらもっけの幸いちゅうもんだ」
だっけ。
862 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 23:30:06
>「最後の一押しに“参加した”」
児玉が旅順の軍司令部で「ガミ!」だけこいていたならば、あるいはその可能性も
あっただろう。以前ここで、児玉が提示した命令(1)(2)を記載した。
第三軍司令部は拒絶しなかった。対する反論はここに至るまでなかったと記憶する。
第三軍は児玉が提示した命令(1)(2)をやったのだよ。
それで陥落したあとに
>もはや二○三高地の運命は決していた。
はムシがよすぎるし、恥ずかしい行為じゃないかな。乃木も第三軍もそんなことは、
望んでいないように思うが。第三軍の健闘は大いに認めよう。
●真の救世主・児玉源太郎
863 :
日本@名無史さん:2005/09/25(日) 23:47:06
>もっと簡単に予備兵力が尽きちゃったかもね。
それもあるかもしれない。否定はしないよ。
しかし、二〇三高地は攻防戦はは旅順攻略の天王山だった。
その予備軍が計画通り旅順をロシア陣地のままにした場合第三軍は死力を尽くすのだろうか。
どこまで?第七師団と第一師団が既に消耗しきっている。攻囲する第九、第十一師団などから
兵を割くのかい?それでもやったとしよう。歴史的な大激戦だったことだろう。
ロシア側は二〇三高地を失った。しかし、旅順要塞本体はビクともしていない。
戦意は昂揚しているだろう。ウラー我に闘将コンドラチェンコあり!とね。
その攻防戦でロシア側と日本側の死傷率想像してみる。日本軍には旅順を攻略する余力は
ない。とは敢えていわない。しかし、ロシア側は3月までは絶対降伏しなかっただろうね。
日本は負けたよ。
●真の救世主・児玉源太郎
864 :
親爺奔る:2005/09/26(月) 00:27:47
>>860 同感。あれは雑誌連載、確か2回分を単行本に仕立てたものではなかったかな。
福田和也のものは楽しく読んでいる部類なのだが、あれはちょっとまずいよ。
乃木の本質に決してふれずに、上手に輪郭をなぞっているだけ。内容的にも
新鮮味をまったく感じなかった。己の文章作法でひとつまとめてみました。という
感じと人気作家ならお手軽に単行本という出版社の姿勢に腹も立ったが、注文して
買った自分にも読後(これがわずか3時間と泣けてくる、マンガだよとほほ)
腹立ちまぎれにブックオフに奔る。ほろ苦いプチ挫折だったね。なは
865 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 00:40:35
>>844 コンドラチェンコ少将は、兵力の小出しをしていたということか。
第三軍側が兵力を小出しにしていたという批判はよく聞いたが、相手側も
同じことをしているのだな。しかしコンドラチェンコ少将の兵力の小出し
を批判する声は聞いたことがなかった気がする。
今後は、第三軍側もロシア軍側も、この点を批判されるべきなのか。
それとも、狭溢な地域への増援は、こうなってしまって然るべき事として
批判されるべきではないのか。
どっちだろうか。どっちかだけ批判するならダブスタだろう。
ほか、スレno. の指定はしないが、ロシア側の二○三高地増援について。
「12月1日の夕方頃までに、1600名がやってきた。二○三高地をめぐる
五日間の戦闘で、ロシア軍は戦死者として約2500名を失った。トレチャ
コフ大佐も重傷を受けた。コンドラチェンコは絶え間なしに増援隊をここ
に送りこんでいたが、間もなく要塞内の総予備は底をついたので、高地の
増援隊として、陸上防衛戦線のその他の地域や艦隊各艦の兵員まで送りこ
むようになった。」
「(十二月五日)午後三時頃になると、二○三高地に増援隊をこれ以上送る
と、他の地域の防衛が損なわれることが明かになった。ところが敵の攻撃は
弱まるどころではなかった。」
(ソ連から見た日露戦争)
二○三高地へ実際に回せる予備兵力は既に枯渇していた、というべきと思う。
866 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 00:46:05
>>863 コンドラチェンコが最初から最高司令官だったなら、剣山あたりの攻防
戦の頃にどんどん兵力を注ぎ込んで、肝腎の要塞本体の攻防戦のころに
はもう兵員が足りなくなっちゃったりしてたり。万々歳ですな。
それとも、途中から最高司令官になるという想定なのかな。
でも彼は終始一貫して出撃を願い出ていたようだ。自身が最高司令官に
なったとたんに、枷が外れたように飛び出してきたかもね。どっちにしろ願ったり叶ったりだけど。
867 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 00:53:19
>>862 >対する反論はここに至るまでなかったと記憶する。
>第三軍は児玉が提示した命令(1)(2)をやったのだよ。
肯定する根拠も示されなかったと記憶するが。
そもそも、小説の内容「命令(1)(2)」を示して、さあ反論しろと
いうのもなんとも情けない話だろう。
なんでそんなことしなきゃいけんの?誰もまともにとりあわないで
置かれたら、突然に
>第三軍は児玉が提示した命令(1)(2)をやったのだよ。
とか決定づけるのは無理がありすぎる。
>>862>対する反論はここに至るまでなかったと記憶する。
なんかあったと思って見直してたらあったよ、反論。
>>795
869 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 01:09:29
>>861 シートベルトを怒られたらコンドラチェンコできたか。
しかしよくまあ、見境無く、揚げ足のすね毛を見つけだしてくるもんだ。
感心してやりたいが、呆れる。
もう受け答えしているんだね。
資料文献を沢山所有しているんだろうか。でも基礎学力というか
社会性がないのかな。有る無しの確認はできるが、考察とかは苦手なようだ。
その縦軸と横軸があってのことなのだが難しいものだね。
結構苦労すると思うよ。
歳を重ねていくと色々な経験をする。個人差はあるけれども。
「児玉を美化しすぎ」というが何と比べてのことなのだろうか。
やっぱり根底に司馬への反発拒絶があるのかな。司馬なんてどうでもいいと思うのだが。
その経験の中で「真実は小説より奇なり」ってものによく遭遇する。
小説は所詮作家の思考の範疇で仕立てられるが
現実はそれを凌駕することが多々あるようだ。
もしかすると、児玉の在り方や成しえた事があまりにも破天荒で現実味がなく
そこに脚色とか嘘の臭いをかいでいるのだろうか。
小説なんかで世の中は変わないよ。
変えるのは生身の人間の知力と胆力と行動だ。
●真の救世主・児玉源太郎
870 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 01:20:59
えー、こんなのもコメントとしてアリなの?笑っちゃうな。
児玉賛美派は砂の数ほどいるんだね。
>>869は揚げ足のすね毛にも反論できないということでオケ
いろいろと精神的優位に立ちたい願望が書き連ねられているけども、
現実の裏返しってやつかな。
872 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 02:34:52
一つ言わせて貰うとこの203高地の作戦にしても言い出しているのは
何も児玉や秋山だけではないと言う事。
数多くの現場の人間がその作戦の重要性を初めから認識していた。
第三軍は旅順を落とすためにさまざまな努力をしている。
児玉も偉いけど、第三軍の現場のいろいろな人間もかなりすごい。
司馬がその部分を書いておけばあまり論争は発生しなかったと思う。
>>865 >12月1日の夕方頃までに、1600名がやってきた。二○三高地をめぐる
>五日間の戦闘で、ロシア軍は戦死者として約2500名を失った。
つまり児玉が着てからの戦闘でロシア軍は大打撃を受けて、戦力を損耗したのですね。
●真の救世主・児玉源太郎
>>861 >乃木の意思がもっと強かったら・・・
もっと簡単に予備兵力の第7師団が尽きちゃったかもね。
第9師団長に止められなかったら((((((;゚Д゚))))))))ガクガクブルブル もんだ。
●真の救世主 第9師団長(無効票だな)
>>872 前半の3行は二百三高地という部分的な作戦の重要性について語られているが、
後半の3行は旅順全体の作戦の話しになっている。
この人は 部分的な作戦の重要性を第3軍が軽視してたことをさらっと流すところが流石。
>>873 児玉が来た後に行われた重砲隊移動先からの砲撃開始は12月4日から。
ということは、児玉の関与があったとしても、五日間の攻撃の最後だけ。
児玉が真の救世主という結論は見いだせない。残念。
877 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 19:17:09
なあんだ、あっさり「シートベルトのこだわりの一品」伝言板終わってるの
ガッカリ。またやってネ
当世お馬鹿の見本市
あ、また投票開始ですね♪でもコメントなけりゃダメなんですよねぇ…。(苦手…)
え〜…児玉がこなくても、遠からず旅順は陥落したと思う。そうすると[美化された]になるのだろうけど、疲弊した乃木にとっては児玉が救世主に見えたのじゃないか、とも思う。
美化された英雄・児玉源太郎 でもあり、真の救世主・児玉源太郎 でもあった。
という訳で。
●なんともいえない
に一票。
>>876 1〜5日の間一番攻撃が激しかったのは最後の一日。 残念!
880 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 21:15:46
「862」さんは、多分「小説」を利用しての書き込みですから、所詮空想物かと
思われます(^_^)。一次資料からの引用での、ご説明を頂たいですね(^○^)。
881 :
532-533:2005/09/26(月) 22:15:38
>>880 前説を担当した実行委員会の者です。
すみません。ちょっと欲張りな個人的好奇心で混乱をさせたかもしれません。
あれは「坂」からのまったくの引用です。本当はその文言の検証に目的があったのですが、
そのまま、成り行きで投票になってしまいました。どうしましょう。
あの時、スタートさせたのは不味かったですかね。責任を感じています。
882 :
532-533:2005/09/26(月) 22:33:00
あの、もうひとつ問題。すみません!
850さんのコメントで気づいた間抜け者が私です。
>過去スレすら見れない御仁に語る必要はない
ひやー、クールだなあ、と感心していたものですが、
おっと、私も「過去レス過去スレすら見れない御仁に語る必要はない」
者なのでした。実は、
あの日、帰宅して、急遽第四回児玉評価を開催させるにあたって、
その選択肢の文言に頭を悩ませるあまり、その期間を
>締め切りはこのスレッドが無くなるまで。
としてしまいました。これじゃあカウントできませんよ。とほほ
(言い訳じゃないですが、見れない人他にもいそうな・・・)
たしか前回は990で倉庫行きだったような・・・。
どなたか950あたりで「パート3」立ち上げてもらえませんでしょうか。
883 :
日本@名無史さん:2005/09/26(月) 23:26:13
もちろん参は立てます。
みんな嫌がっても立てます。止めろと言われても立てます。
過疎化しても一人で書き続けます。
4645(ヨロシコ)!プッ(^O^)/
旅順が終わった暁には、奉天編とかやって下さいっ!ずっと続けて欲しいぃ。
ROMの人だけど。
885 :
日本@名無史さん:2005/09/27(火) 06:51:31
みんなで「奉天へ」と約束したじゃないか!
みんなで行くんだよ。
乃木も児玉も、第一師団も、第九師団、第七師団も、そして、第十一師団も、
名将派も愚将派も美化しすぎ派も真の救世主派も
みんなで一緒に行くんだ。
松村務本師団長よ、あなたも一緒です。
持ち寄る知識と考察だけで織りなした荒衣を羽織り、
それを頼りに漆黒の荒野を方舟は往く。
この愚か者の船に乗る者たちを見ろ。
傷つけあい、罵倒し、血みどろになって抗争を続ける者たち。
その行為を嘲り笑う者もあるだろう。しかし、それは不毛ではない。
ここに集う者たちは真実を知ろうとする者だ。
この愚か者たちの勇気をみよ。誇り高き愚か者たちよ胸を張れ。
真実の篝火が旅順を照らす。その灯火が英霊をたちを照らす。
一筋の光りが、現在と未来へと結ばれていくことだろう。
そして、奉天へ
うまい!
887 :
世話役・寅:2005/09/27(火) 17:34:30
ひいぇーっ・・・・・
ちょいと話を受け取りやすぜっ。間違ってたら御免なさいよ。
司馬の口寄せをかりて児玉が命令したってえのうが、これでがす。
1)「二〇三高地の占領を確保するため、すみやかに重砲隊(火石嶺付近)
を移動して、これを高崎山に陣地変換し、もって敵の回復攻撃を顧慮し、
もって椅子山の制圧に任ぜしむ」
2)「二〇三高地占領の上は、二十八サンチ榴弾砲をもって、一昼夜ごと、
十五分を間して連続砲撃を加え、敵の逆襲に備うでし」
ほんで、4〜5日後かな。
>>880 児玉氏による「重砲の移動」。最近の書籍では、児玉氏による重砲移動は
「高崎山」に移動したと書かれている代物が多いのですが、実際は、高崎
山には、移設されていないのです(^○^)。では、誰が・何処に?となりますが
それについては未だ不明です(^_^;)。ですが、日露戦史・付図では、全く
意外な場所に展開しておりました。ですから、児玉氏のにる重砲移動には疑問
が有ります。児玉氏は、「高崎山」と言っているのに、別の場所ですから
児玉氏の意見は通っていなかった物と思われます(^_^)。
と、なったのですが、880さんは移動を無かったとしているのではなく、
(1)の表記の内容についての疑問点を提示しているのではないでしょうか。
その結論は >それについては未だ不明です(^_^;)。
また。それまでの話の流れからこれ以上の反論はなく、議論は具体的な内容は別として
(1)移動させた。(2)砲撃させた。で展開されておりました。
575>実際に陣地変換したのは十二榴15門と九サンチ臼砲12門だけ。
の発言もありやしたもんで。話はこんな風に流れたのかと思いやす。
移動内容は不明な点もありますが(1)(2)は実行された。でどうでげす。
889 :
世話女房・午:2005/09/27(火) 21:15:52 0
>>888 ちょいと、あんたぁ。うちの宿六がそんなこと知るわけないじゃないかい。
風呂行くって出ていって鉄砲玉さあ。きっと下駄さんと何処かで飲んだくれているよ。
ここの住人の誰かに聞いてごらん。えっ、アタイがかい?
冗談は御よしよ。アタイはこれから店出なきゃあいけないんだよ。
御生憎さま。ごめんよ。ほら、コップ酒で愛想もなにもないけどさ。
一杯ひっかけて御行き。海鼠の佃煮がどっか、あれ?どっかいっちゃったね。
高崎の全丁字家の親分から貰ったのがあったんだけどね。
あっ、ちょいと。お待ちよ。もう、せっかちなんだから。
890 :
日本@名無史さん:2005/09/27(火) 21:38:13 ID:0
「徒歩砲兵部隊」は、あまり移動してはいないみたいですね(^_^)。
「徒歩砲兵部隊」の記号は「FA」で表記していますが、付図では
大半はそのままの配置となっております。「SA」表記の「重砲隊」
と同じ「東北溝」付近に展開していた「徒歩砲兵部隊」はそのまま
据え置きになっております。一部の「FA」(多分、第三連隊の第八中隊)が、
移動した「SA」の太平溝附近にプロットされております。
891 :
日本@名無史さん:2005/09/27(火) 22:14:24 ID:0
ロシア軍が降伏したときまだ兵隊はいっぱいいたけど
ほとんどはフォーク中将の部下の旅順市街地防衛用の部隊で
コンドラチェンコとは仲が悪かったのでそこから兵を割くのは無理だったという話を
聞いたことがあるけど本当のところはどうなんですかね
892 :
日本@名無史さん:2005/09/27(火) 22:27:45 ID:0
フォークはなぜか自分の部下を出し渋っていたよね。
第一回総攻撃以前の包囲先進攻撃で舐めきっていた日本軍の猛攻に恐れをなして、
それ以降消極的になったとかとどこかで読んだきもするが、
まったくその意図がピンとこない。持久戦で守り抜くことが旅順の役割だとの
戦略があったのだろうか?昨今のお捻り本だとそうくるのかな。
役人官僚気質だったんじゃないのかなあ。もっとも、その部下たちにとっては
人命を尊重する良いリーダーだったのだろうか?そのへんの価値観は、なんか微妙だなあ。
893 :
日本@名無史さん:2005/09/27(火) 22:45:36
五日間の死闘で最も激しかった最終日。
山頂陣地をとっても奪回されてしまう攻防戦。
重砲の移動による集中効果的砲撃と不退転の決意で下命した苦肉の援護砲撃。
そして、出口を見出せなくて自信喪失の軍参謀部に活を与え、
悄然とした第三軍を鼓舞した。(外部から来たからできたのだろうが)
乾坤一擲とはまさにこれをいう。
●真の救世主・児玉源太郎
百円ショップのCDコーナーで見つけた文部省唱歌特選みたいなやつの中に「水師営の会見」が…!
歌なしだったから買わなかったけど今ちと後悔。
895 :
日本@名無史さん:2005/09/28(水) 00:10:06
>>894 そうゆうのは、年寄りなら皆知ってるから生で唄ってもらふべし。
896 :
日本@名無史さん:2005/09/28(水) 05:04:08
児玉源太郎を引き合いにして、二〇三高地攻略の本質に迫るわけか。
にしても、真の救世主か美化された英雄という判断基準はつらいね。
読み返してみると司馬遼が絡んでいるようでもあるし、なんか非常に
微妙だね。児玉が旅順に到着してからという点を判断基準におくんだ
よね。(1)移動させた。(2)砲撃させた。に(3)活を入れた。か
このすべてがなしとして、第三軍が二〇三高地攻略を断念するかね?
死兵となっても頂上を目指すんじゃあないかな。士気とか高揚とか、
関係ない。仁者と謂われた乃木司令官の存在もまったく関係しない。
対するロシア側は結果的には二〇三高地を放棄するんだろうなあ…。
第三軍の被害は拡大するけど、旅順の場合はもうそんな判断基準では
計測不可能。悲しい事実だけれど「講和の行方」と「日本債の人気」
がある。世界に宣伝される一大パフォーマンスでなければならない。
児玉がその場に存在しなくても二〇三高地は陥落した。ということを
整理して無理にでも「真の救世主」を否定してやろうかと思ったが、
不確定な予測とリスクが存在する。保留かな。今後出される意見から
最終判断をします。ああ複数回答ありか、この困惑の意味をこめて、
●なんともいえない
897 :
日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:09:04
昨日、テレビのニュースで人気外国人力士・琴欧州のインタビューをみてたら、
相撲界とか日本の社会の先輩後輩の上下関係は世界各国には存在しないとのこと。
米国なんかには、ないよなあとは前々から感じてはいたけれど、日本だけつーのには
ちょっとびっくりしたよ。日本の言語とか風土環境、歴史的なものなのかなあと
でも、乃木と児玉って三歳の歳の開きがあるよね。「弥介!」という黒木や「黒木頼むぞ」の
山本権兵衛生(かなり年下)など明治あたりの日本では稀薄なものだったのかな。
898 :
日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:23:27
>>872 >児玉も偉いけど、第三軍の現場のいろいろな人間もかなりすごい。
>司馬がその部分を書いておけばあまり論争は発生しなかったと思う。
そりゃあそうなんだろうけど、小説なんだし、読んでるほうもそのつもりでいるよ。
899 :
日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:27:14
「二〇三高地の占領を確保するため、すみやかに重砲隊(火石嶺付近)
を移動して、これを高崎山に陣地変換し、もって敵の回復攻撃を顧慮し、
もって椅子山の制圧に任ぜしむ」・・・・。確かに、この文章は、「坂の
上の雲」文庫版第五巻92ページに有りますね(^_^)。このネタは、「機密
日露戦史」235ページからの引用です(^_^)。でも、「機密日露戦史」
には「火石嶺」の記述が無いので、この「火石嶺」と言う記述は、司馬氏の捏造
と思われます。でも、書き込みは「火石嶺」記述の方でコメントいたしますと
、「火石嶺」の重砲隊移動を要請したとしておりますが、この場所には「海軍
陸戦重砲隊」が展開しておりました。児玉氏は、「海軍陸戦重砲隊」の移動を
要請したのに、移動したのは陸軍の攻城砲兵部隊ですし、移動場所が「高崎山」
では無く、「太平溝」ですから、いよいよ訳が解りません(>_<)。ますます、児玉
氏の影響の薄さを感じられます(^_^)。この(1)の項に対して彼の、要請した項目
で唯一一致するのは、「移動」ですね(^_^;)。
900 :
日本@名無史さん:2005/09/28(水) 12:35:23
>>858 それ以前の第三軍の攻撃によって、もはや二○三高地の運命は決していた。
いやあ、決していなかったんだろう。
占領してもすぐ奪回されて、
最後は攻撃中止したかもしれない。
包囲状態を続けて睨み合いが続いたぞ。
後備旅団ふたつと第一、第七師団が残留して
第十一と第九師団が奉天会戦に参加した。
後に新設師団が追加されるのかな。
あれ、旅順港の残存艦隊の後始末は?
連合艦隊は五月雨式に佐世保へ寄港したとさ。
それでも日本海海戦は勝ったみたいだよ。
奉天会戦は・・・
901 :
世話役・寅 :2005/09/28(水) 15:41:04
>>899 お手間をとらして恐縮でがんす。
「火石嶺」の重砲隊移動を要請→「海軍陸戦重砲隊」が砲撃展開中
実際に移動したのは陸軍の攻城砲兵部隊(十二榴15門と九サンチ臼砲12門)
移動場所が「高崎山」では無く、「太平溝」
これは了承したでがんす。へい。そんでもって此方の御題目は以前の
(1)移動させた。(2)砲撃させた。
でよござんすね。
902 :
世話女房・午:2005/09/28(水) 16:04:15
あれ、うちの亭主はまた何処かいっちゃんたよ。
ほんとに太平楽なんだからしょうがないね。あら置き手紙だよ。なになに、
899の旦那に聞いておいてくれ?まったく自分お聞きよ。
>>899 旦那すいやせん。ちょいと質問なんでやすが。
「海軍陸戦重砲隊」っていうのは黒井悌三大佐の奴ですよね。
ありゃ、独立友軍の体じゃあないんですかい。
ていうか、所属直属は豊島の親分なんですかね。軍参謀部直属なんですかね。
児玉の大将が命令するのに陸軍・海軍の所属の問題があったんでしょうか。
また極悪人の司馬大先生は「火石嶺」の捏造でケチをつけてしまいやしたが、
それがまやかしだとするとそこにいた海軍の部隊の移動話もあったかどうか疑わしい。
児玉の大将は二重の損を引くことになりやせんか。
「火石嶺」が実際に正しければ司馬先生はかたっぽ救われて
かわりに、児玉の大将の影響力の薄さも認めやしょう。
「火石嶺」自体が捏造だったら司馬先生は「あんたまたしくじったね」で
児玉の大将は関係ねえ。
ものの道理からいくとこうならいと間尺が合わなねえと、アッシは思うんですが如何でしょう。
世話の焼ける亭主だよ。あれで世話役が務まるのかね。
903 :
広瀬バンブーマン:2005/09/28(水) 16:52:21
黄色のラインがでたね。
しかし、今回は早かったな9月10日からまだ18日目だぞ。
飛ばし杉だよ。杉野は何処、
904 :
日本@名無史さん:2005/09/28(水) 21:27:07
そうですね・・・(^_^;)。児玉氏が「移動させた」事は事実なのかが問題ですね。
司馬版「児玉氏」の要請としての移動にしては、場所・部隊が違ますからね(^_^;)。
そして、移動場所が違う事、これが問題です。移動地点も定まっていないのに
ただ移動させたのか?。児玉氏は「火石嶺」に移動要請しているのに
「太平溝」ですし、短時間での移動を考慮しての「火石嶺」を多分選んだと
思うのですが、わざわざ遠い「東北溝」にされている事。そして、面白い記述が有る
のですが、「公刊・日露戦史」第六巻の496ページに明治37年11月29日
の出来事として、203高地攻略中の第七師団の攻撃準備についての記述が
有ります。この中で、11月29日の配置として師団の砲兵隊長である、兵頭大佐は、
砲兵の配置転換を行っております。この配置転換の場所が「太平溝」でした。
そうなのです、「児玉」氏が旅順に到着したのは明治37年12月1日正午でした。
その後、移動要請を行なっております。児玉氏が移動させた重砲隊も実際は「太平溝」
多分、想像なのですが、兵頭大佐の変換計画に乗っかったのではないのでしょうか?
>>904 まぁ11/29頃は攻城砲司令から野戦重砲部隊の残りを兵頭大佐の配下に入れてませんからな。
乗っかったというのは言いえて妙ですな。
906 :
世話役・御隠居(越後の縮緬問屋):2005/09/29(木) 01:55:41
>>904 面白いお話ですね。平行して考察してみては如何でしょう。
これまで説明してきたのは、偶発的な流れから児玉評価はスタートしてしまいました。
既に投票もされ、締め切りの半分を通過しています。
(1)の児玉の命令で移動した。でいいのかどうかで世話役は気を揉んでいるかと思います。
支障があればルール変更を提案することは吝かではありません。
目的は真実の探求ですから焦る必要もありません。
ただ、いつまでもというわけにもいきません。従来通り「児玉は移動を命令した」
ことで投票は続行します。(経緯と内容は当初から明記しませんでした。)
平行してこの考察(経緯と内容)が双方の参考になれば幸いと致します。
瓢箪から駒で結論が導き出せれば最高の収穫です。
異論のあるかたはお早めにお申し出ください。
出来る限りのことはしますが、出来ないことは絶対しません。
907 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 08:51:33
>>904 でも、なぜ、資料に肝心の配置移動等の記述が抜けているんですかね?
まさか、「あまり肝心じゃない」ってことで省いたわけでもないでしょうに。
908 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 10:13:36
児玉が移動命令をだしたことは否定できないのでしょう。
その詳細な資料が存在しない。(常識的に考えれば意図的とさえ思える)
>このネタは、「機密日露戦史」235ページからの引用です。
>しかし「機密日露戦史」には「火石嶺」の記述が無い
>司馬氏の捏造と思われます。
であれば
>児玉氏は「火石嶺」に移動要請しているのに
は成立しないのじゃないか?
結果として移動は「太平溝」
ところが短時間での移動を考慮すれば「火石嶺」(を多分選んだと)
しかし実際は遠方の「東北溝」に移動された。
児玉が「火石嶺」へ移動要請しているかどうかも推測の域をでませんね。
それか、司馬遼太郎がなにか独自のソースからそれを導き出した?
普通、情景描写などでの創作は理解できるが、軍事行動の記述を勝手に
いじれるものかな。俺だったら恐くてできないよ。
それをやったのが司馬遼太郎だ!となるのだろうか。
第十七連隊の件があるからそう言われても仕方がないのだろうが。
>最近の書籍では、児玉氏による重砲移動は
>「高崎山」に移動したと書かれている代物が多いのですが、実際は、高崎
>山には、移設されていないのです
司馬は別としても、最近の表記が「高崎山」っていうのも解せないね。
そんなの資料を確認すれば一発なんでしょう?
909 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 11:45:39
>>904 重砲移動は既に計画されていて、
児玉がそれにノッカテあたかも自分のアイデアのように宣伝したってこと?
910 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 12:23:42
911 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 15:04:58
912 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 15:47:23
総司令部の児玉が来てあれこれ命令を下したという
記録は極力抑えたかったんじゃないの。
妙な前例は作りたくなかっただろうから。
児玉は二〇三高地が陥落できて、その目的が果たせればよかった。
だけだと私は思う。
トンボ帰りしているじゃない。
それが故に児玉の評価を下げるというのも、なんか悲しいね。
●真の救世主・児玉源太郎
913 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 20:54:35
「907」さんへ。何故?その様な事になったのかですが、これらの問題の
中心に「機密日露戦史」があげられます。この中で記述されていた事がそのまま
紹介されたためと思われます。その中では、「高崎山」に移動していない
重砲隊からの射撃が開始された事も書かれており、著者自身が真実確認しない
まま書いちゃたみたいです(^_^;)。著者自身が、「公刊・日露戦史」を軽視
していた為の結果と思います。「日露戦史」には、「太平溝」に移動したとした
記述が有り、いかに著者そして「司馬遼太郎」氏も軽視していたか解ります(^_^)。
914 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 21:02:54
谷寿夫の「機密日露戦史」の資料性はまったくダメだと?
ええと、司令官の意思がないがしろにされる例。
第3軍司令官が東北正面へ第7師団を率いて突撃しようとしたり、11月末に第9師団から
兵を抽出して二百三高地に軍司令官自ら突撃しようとしたり・・。
ええ、ないがしろにされる事はよくあることだと思いますよ。
916 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 21:14:37
>>914 谷戦史の全体がダメってゆうか、旅順の所は色々と研究されていて、その結果
色々とおかしなところが判明してきたのだろうな。
全体をダメという評価はいかがなものか。
917 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 21:16:34
>>915 結局司令官の意志として、納得して翻意しているのだろ?
なにか、軍司令官の言うことは誰にも否定されてはいけないことだと
でも思っているのだろうか。
>>917 そうそう 児玉の意思を否定なんてしてないんだよ。
訂正や変更があっただけで基本的な方針は変わってないし。
乃木の場合は方針に対して翻意があったけどね。
919 :
司馬と資料の余談:2005/09/29(木) 21:24:45
司馬は「坂」執筆中にあたり、海軍は「諸権威の教え」を、陸軍は独力でやったとある。
そして、その独力の陸軍の方にはかなりの自信があったようですね。ところが、例の
「落合問題」をやらかしてしまった。これは一応あとがきを誤りを使って認めている。
司馬自身は「機密日露戦史」よりも「公刊・日露戦史」を基本にしていたとも私は考える。
そうでなければ「落合問題」のしくじりはなかったのではと。これは私の推論ですよ。
司馬のその言い訳では「参謀本部が、戦後まもなく編算しはじめただけに、おそらく記述
すれば迷惑する現存者が多かったため、重要な二三の要素を抜いてしまっているからに
相違ないと思ったりした。」として、その先入観から「公刊・日露戦史」を読むにあたって
丹念さを欠いたことを認めている。
920 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 21:25:57
児島本を読む限り、師団長への督戦でしかないな。915の言いたい事って何?
921 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 21:29:45
>>919 たとえば書き下ろし作品とかなら、綿密に考証するとか、納得ゆくまで
発表を遅らせるとか出来たのかもしれないが、新聞連載小説という形を
取っていたことも、いい加減になってしまった原因なのかな、と思う。
>>920 トップの意思が部下によって変更や訂正、さらに翻意があるのはよくあること。
923 :
司馬と資料の余談-2:2005/09/29(木) 21:35:48
その司馬がもっとも頭を抱えたのが参謀部編算「明治卅八七日露戦史」全十巻(大正二年刊)
ふしぎな書物として、明治以後日本で発行された最大の愚書ともいったかな、かもしれないだ。
その目的は論功行賞にあり(かなりの圧力がかかったとか)、そのあげく執筆責任者の大佐は
左遷されてしまったとか。
924 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 21:37:19
>>918 「軍司令官、司令にここにおられると戦闘の指揮がやりにくいのですが」と、
参謀に直接言われた軍司令官だっているんだぞ。
なんか、軍司令官の存在や言うことに、過大の期待を抱いていないか。
>>923 >執筆責任者の大佐は左遷されてしまった
青島で管を巻いていたんだっけか。
このエピソードは有名だけど、本当のことなのかな。
司馬の書くことは、鵜呑みには出来なくなってしまった。
926 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 21:43:32
>>924 でも、あの情況で児玉を最終的拒否できえたかな。
927 :
日本@名無史さん:2005/09/29(木) 21:49:08
>>925 目撃者がいるそうです。小川琢治博士という人で、日露戦争は地質調査で従軍。
戦後、青島政府の命令で行ったときに旧知の大佐と再会したとか。
>>927 それ司馬が書いてたんだっけ、別の人?
たしか司馬は、青島の何かの職名を書いていたと思うのだが違ったかな。
それを辿れば誰の事かわかるかと思ったんだがまあメンドイこと。
俺はやらんが誰かやる?
>>927 あのさあ。
司馬の書いてる事は鵜呑みにできないというのに対して、「目撃者がいる」
という「司馬の書いてる事」をレスする事に、何の意味があるの?
「ムーの内容は鵜呑みにできない」
「でも、目撃者がいるそうですよ」(実は目撃談もムーに書いてあったこと)
君が言ってるのは、こういうこったぜ。
930 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 08:44:37
>>928 >>929 これはひとつの問診です。「釣り」と解しても結構だ。
これまでの経過から「司馬強迫観念症」にもだいぶ回復がみられるのではないかと思ったが、
残念ながら、まだまだリハビリが必要のようだ。
ここのスレはいったい何時から司馬禁句・立ち入り禁止になったか。
だったら、掲示板のトップにしっかり明記しておきなさい。
「真実は追究したいのだが、司馬が出ると神経を逆なでされて冷静な判断に支障をきたすので禁止」
そうとう重傷だぞ。私たちは別に君たちが言うところの「トラウマ」ちゃんじゃないよ。
その問題の司馬とか「坂」の問題点はなにかと御題目になったんだろう。
203高地陥落、児玉評価には必然として論議される要素だと思うがね。
君たちの意見・姿勢とは別に、それを興味深く考える住人やギャラリーはいるんだよ。
もっと冷静になることをすすめるが、以前から言うように単に司馬を拒絶するだけでは
もう、どうにもならないところに来ている。
今夜の反論を楽しみにしているよ。
931 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 11:02:02
>>930 無理、無理。あんたがいくら挑発したって話を違う方向に持っていくだけさ。
奴らは司馬とか「坂」にふれてもらいたくないんだ。それが本音だよ。時間
の無駄だよ。それより、児玉の評価をきっちり終わらせるべきだね。児玉を
美化しすぎと主張してもそれを立証できることができないんで頭抱えている
んだろう。いつもの逃げ口上だよ。またシートベルトがでてくるのがオチだ
よ。
932 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 13:54:14
へー、司馬の書いている事に意義を唱えると、「強迫観念症」呼ばわりか。
こりゃ恐れいった。
>>930 司馬禁句、立ち入り禁止なんてどこの誰が言っているのか。スレ番を示せ。
相手が言ってもいないことをあたかもそのような主張があるかのように見せ
かけるつもりか。何かのテクニックか?
933 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 14:14:10
>「真実は追究したいのだが、司馬が出ると神経を逆なでされて冷静な判断に支障をきたすので禁止」
こういう言い方が「神経を逆なでする行為」だってのに。
まあわざとやってんだろうが。
だいたい真実追究するのに、司馬小説ごときはそもそも不要。有害。
次スレでは、こういう約束ごとは決めておいてもらいたいな。
「真実の追究のため、小説からの引用は禁止」とか。
934 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 14:52:43
↑でへへ、出てきた出てきた。反応しているよ。
>まあわざとやってんだろうが。
あったり前じゃないか。
>「真実の追究のため、小説からの引用は禁止」
あっちゃー!
それじゃあ「真実は追究したいのだが、司馬が出ると神経を逆なでされて
冷静な判断に支障をきたすので禁止」 をはじめから認めているぞ。
もしかして、自演か?出来過ぎているぞ。しっかりしろよ。
935 :
930:2005/09/30(金) 16:31:57
>>934 こら、茶化すんじゃない。931も煽るな。
邪魔だ!
936 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 19:18:41
、、、 コ ワ ー ・・・。
まあ、そこまでマジにならなくても、ね。
ほら、下駄さんがいったでしょう。違ったっけ。
いい城には抜け穴があるって、抜け穴といえば、うちのマンションで洗い熊を飼ってる人がいたんですけどね。
うちはペット禁止で、先週管理組合の総会で大変だったんですよ。中に検察官僚出身の馬鹿な弁護士の爺がいて、わめき散らすもんで大騒ぎですよ。なんかみんな飼い主に同情しちゃんて、
別にいいじゃないか!管理規約変えろよ!そうはいかない!ってね。住民投票するんですかね。
飼い主の人は泣いてましたよ。理事会も本気になって動くようです。あれ?
937 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 20:15:27
司馬伝説の一つを検証する、というのは意味があることと思う。
938 :
後期の藤沢ファン:2005/09/30(金) 22:24:19
「秘太刀 馬の骨」! 残念ながら最終回だったね。なんか残念だったな。
司馬さんも以外と人気ないね。この間、仕事先の人が大嫌いだ。と言ってだが。
作品でしか知らないけど、あの人は左翼系なのかね。まあ、いいや。
今日さ、朝日新聞がNHKとのトラブルで取材に不備があったことを認めたね。
謝罪はしなかったけど。報道では「捏造」という文字が出ていた。
この捏造という言葉。
良い機会だからこれに絡めての質問なんだけど、899さん。以前のコメントで
>「機密日露戦史」には「火石嶺」の記述が無いので、
>この「火石嶺」と言う記述は、司馬氏の捏造と思われます。
として、「捏造」という言葉を使ったけど。これ表記ミスじゃなくて「捏造」なの?
捏造ってさあ、何かしらの作為から意図をもったことなんじゃない。
司馬の意図って?児玉を美化するため?
939 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 22:34:14
司馬遼太郎の『坂の上の雲』の最大の事実誤認は203高地の表記にあるって誰か言ったね。
それもあって、敢えて今回は作品の抜粋を用いてみたんだが、思ったほど出なかった。
もっと盛り上がるかと思ったよ。本当は。児玉富士なんて却下ね。
記憶にあるのは重砲移動の日に停戦したってことだっけ。
それと秋田の連隊が突撃(二番手)に参加していない。
待機してて途中で引っ返してきた。かな。
それと、この児玉の命令が「火石嶺」なのに実際は「太平溝」だったということだ。
しかし、その真相は不明だという。
これはそんなに重大なことなのかな?素朴な疑問としてさ、なんか不思議なんだよね。
940 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 23:06:20
941 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 23:34:13
「坂」文庫本のあとがきには「首山堡と落合」として、司馬は己の誤りを認めている。
司馬は海軍には自信がなかったようだが、陸軍に関しては相当の自信ありと自負していた。
にも関わらず、この結果に相当のショックを受けていたことが読みとれる。
この作品を仕上げるにあったては大変な苦労があったようで、新聞連載というのが逆に
幸いして、ミスがあればその都度訂正できるという利点もあり、その作業は本になっても
全集になっても続けたという。しかし、落合のミスは決定的で作品自体すべてに影響する
重大なものだったようだ。司馬はその訂正の方法を苦慮し、宿題として、としたが、
死んじゃったよ。でもさ、こんな司馬遼太郎の姿勢は俺には真っ当にうつるけどね。
別にさあ、人間には好き嫌いがあって当然だから、司馬を認めろなんて言わないよ。
だけども、小説だからとか、司馬だから「坂」だから、っていうのもなんじゃない。
中には戸惑う人だっていると思うよ。恐れおののいちゃたりして、まあ、そんなの自分で
考えればいいんだけどさ。せっかく、こうして見ず知らずが同じテーマで語るんだから、
ひとつの真実の探求として同じ土俵に上げてやるのも一考だと思うけどなあ。
942 :
日本@名無史さん:2005/09/30(金) 23:45:10
「首山堡と落合」の日付は昭和四十八年十一月二十一日
と文末にあえて記載されている。
文春文庫で刊行される五年ほど前だ。
943 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 00:03:07
これまで「司馬の誤りを正す」っていう
出版社の姿勢もあるんじゃない?
その方がセンセーショナルで売れるんだよ。
ネタにされたかとか?
944 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 00:21:12
それもあるけど、本音は乃木のことだろう。
言い辛い本筋は「それじゃあ、乃木があんまりだ」
で、それをやったのが日本の歴史小説の巨匠(奇跡とも書いてあったな)で
サラリーマン御用達だよ、一世代上の。権威の象徴みたいなもので
だあれもそれを疑わない。何にも知らない奴が「乃木は駄目!」って
なると、やっぱり腹が立つんじゃないかな。
これじゃあ、世の中だあれも乃木を庇ってやる奴いないんじゃないかって。
実際旅順は酷い有様で、よくよく調べれば乃木以前に問題だらけじゃないかって。
まあ、俺は思ったけどね。あの第二回総攻撃の後半とかでさ、東北正面だろうが
西側・二〇三高地だろうがどっちでもよくなったもの。なんとかしろって。
それを司馬の表現だと児玉が「魔法のように」じゃあ、浮かばれないよ。
945 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 00:29:55
司馬さんも「竜馬がゆく」と同時期に「燃えよ剣」を書いたんだから
「坂の上の雲」に対しても何か書き残しておくべきだったかもね。
乃木が主人公じゃあだめっていうのなら、松村とかさ、大迫とかさ、
「坂」でのこの二人の絡みは結構泣かせるんだけでね。
まあ。それを考えれば罪っていえば罪だけど。しょうがないよ。
こればっかりは、本人が死んでしまっているんだから。
946 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 00:37:45
>>944 いい事を言うね。このスレッドを読めばそういう結論になると思う。
947 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 00:38:20
>>944 で、君は乃木名将に投票したわけ?
第三回では。
948 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 00:43:36
>>947 したよ。複数回答だし、最初はというかずーっと愚将とか並将派だったけどさ。
あの一回は乃木を名将にしてもいいと途中で本気に思ったね。
総合評価もあるってことだったし、実際あの情況では他に手立てもなかったように
俺は思えたよ。あそこだけは名将でもよかったと今でも思っている。
949 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 00:47:16
ぼくは、そうは思わなかった。
まあ、気持ちはわからなくはないけど、
でもそれは違うような気がするな。
同情とかじゃあ、事実とちがうじゃない。
950 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 00:55:53
>>949 いいんだよ。俺個人の問題だし、意見なんだから。
それに事実なんて、さんざんそこまにやって来ているんだから後はどう評価するだけだろう。
下手な糞本読んでるより、十分事実認識はできたよ。
「白襷隊」がダメなのも理解したよ。でも、あの時は名将に入れたかった。
別にここで決着つけることが意義があるんじゃなくて、その過程で本当の所が認識できればいいんじゃない。
あと、それをどう考えるかは個人の自由じゃん。
951 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 01:18:25
乃木ってさあ、不思議な人だよね。
本人が死んだあと、祀られるかどうかってきっと想像しなかったと思うんだ。
なんか生きてるうちから周囲に翻弄されて、死んだ後も本人の意図とは別に
名将だ愚将だと散々に扱われる。
でも、もしかすると乃木希典の価値っていっていいのか、存在意義っていうのは
むしろそこにあって、乃木を知るところに旅順や日露の本質が見えてくるんじゃ
ないかな。児玉とは対極にあるものだけど、歴史的な意義は非常に高いような
気がする。このスレに参加してちょっと考え方が変わったもの。
それは乃木は名将というものではないけれど、これまでの胸のつかえが取れたって
いうと変かな。分からなかったんだ。児玉との交流というか友情とか。福島とも
親しいよね。そんな愚かで無能な人間がなぜ?って。ちょっと語弊があるかな。
正直なところ切なくて愛おしいよ。いい歳こいて馬鹿だね。
952 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 04:01:48
重砲隊移動の理由を、付図を使って考察してみますと、なかなか興味
深い事が解ります。攻撃部隊から、ロシア側要塞の
「西太陽溝」「鴉鳲嘴」砲臺からの砲撃で第一・第七師団の侵攻が
進まない旨の報告が有り、砲臺への制圧砲撃が必要となりましたが
児玉氏の「高崎山」からでは、「西太陽溝砲臺」まではなんとか最大
射程で届きましたが、「鴉鳲嘴砲臺」には届きませんでした。そこで
、「太平溝」に配置すると重砲隊の装備砲ですべての目標が射程範囲
に入ります。それから、いままで知られていなかった事なのですが、
重砲隊の一部をなんと!「松樹山堡壘」すぐそばに展開させて方向
を「椅子山砲臺」に向けて展開させております。多分、この重砲隊
の移動が、「機密日露戦史」の言う所の「椅子山の制圧」に関与して
いた物と思われます。
953 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 08:32:58
>>952 新しい発見だね。すごいよ。
戦況は生き物でリアルタイムに動いている。それに即して応変させた。
児玉の案(斬新であったとしても砲術の素人)に
現場スタッフが軌道修正を加えて、より効果的なものに仕立てた。
それが結果につながった。と考察していいのかな。
954 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 10:42:47
>何にも知らない奴が「乃木は駄目!」って
>なると、やっぱり腹が立つんじゃないかな。
これは確かにある
反論しようとすると平気でソースに坂の上の雲出されて困っちゃう
955 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 11:36:15
>>954 少なくと、ここスレに参加してる奴らは
それはないと思うので、信じてね。
956 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 12:17:17
なんかあれだな。児玉は「ガミガミ」言いに来ただけなのかもしれない。
でも、それは祭の御輿の音頭取りのようなもので、この担いでる御輿っていうのが、
旅順だったり、203高地だったりして、もの凄く重くて担ぎ手が大変なんだ。
勿論、担ぎ手は第三軍な。怪我人続出でフラフラで方向も定まらない。
町内の中程で立ち往生寸前に児玉が発破をかけに来るんだよ。「ワッショイ」って。
定刻までに御輿は神社に奉納しなきゃいけない。それがガミガミ聞えたかもしれない。
あそこの交差点は信号無視で突っ切るぞと、これまでの成り行きで担ぎ手が文句いったかも
しれないよ。あんた、そりゃ無理だよって、いきり立った。でもやったんだよ。
上手に担ぎ手の人たちが工夫して、それに沿うように頑張ったと。そして、なんとか
御輿は奉納できたと。児玉は笛吹いて大きな団扇で煽って叱咤した、右だ右右って。
担いじゃいないよ。まったく。それを最後の力を振り絞って担いだのが第三軍だと。
綱引きでもカッターでも御輿でもなんでも音頭取りは結構重要なものだ。
児玉源太郎はそういうのが得意だからね。そんな人いるじゃない。
児玉評価を「真の救世主」と「美化された英雄」っていうのに無理があるんだろうが、
こうでもしないと実際は見えてこなかっただろうね。
今日は俺も夕方から御輿担ぐんだ。ああ、あれも愚か者の船なんだよ。当分暫く筋肉痛だな。
957 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 12:52:46
>>953 それは「児玉の案」なのか?
上の方では、砲兵隊長の案が既にあったという話だが。
>>956の言うように「ガミガミー!」つか「わっしょいわっしょい」か。
そういう役回りでしか無かったのじゃないのか。
児玉は砲兵運用については素人なんだ。過度の期待をしてはいけない。
当時現場に居た人たちだって、それは分かっていただろう。
958 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 13:00:14
>>944 >これじゃあ、世の中だあれも乃木を庇ってやる奴いないんじゃないかって。
とても切ないよ。感動しちゃった。。。
この感情を誰にぶつけていいかわからい。
959 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 13:26:54
>>957 まあ、大枠その通りだろうね。
「砲兵隊長の案が既にあった」はおいておくとして、
児玉は砲兵運用については素人なんだ。
司馬もそう言っていた。
またかって、誤解するなよ。
あえて、司馬に語らせつもりなんだから。
砲術の素人だった児玉だから言えた。と。
硬直化する戦況で専門家が陥る専門知識の罠がある。とかなんとか書いてあったかな。
詳しくは確認してないのであれだけど、ほぼそんな内容だったと記憶する。
ここからは持論ね。
児玉はそれを言うのに階級や役職や情況的に適任の人物だったんだよ。
その命令内容よりも動かした行動に意義があるのだろう。きっと。
調べて、具体的な命令内容が発見できれば、それにこしたことはないけれどね。
956がいいたいのはそのへんじゃないの。
第三軍が最も必要としていたのはテクニカルではなくメンタルな部分だったのかもしれない。
絶対陥落させるという確信。そのための徹底した姿勢。
それが児玉の評価に影響するとは始めから考えていなかった。
960 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 15:38:38
「919」さんへ。司馬氏が「公刊・日露戦史」を基本としていたとお考え
の様ですね。そして、付図を座右に置いて考えた様な事も、「坂の上の雲」
文庫版第八巻巻末の「解説」に於いて紹介されておりますが、とても観ていた
とは考えにくいですね。旅順戦に関してのみ言うのなら、基本は「機密日露
戦史」ですね。旅順戦の描写には「機密日露戦史」からの引用が多すぎです
。付図を観て考えた割には、重砲隊移動地点も「機密日露戦史」の鵜呑み
ですし、とてもこのスレのテーマになっている「203高地」では、信用
できませんね(^_^;)。「丹念さを欠いたきらいがある」のは、まっことその
通り。では旅順戦は、丹念さを欠いていなかったのか?多分、全く「日露戦史」
は参考にせず「機密日露戦史」に飛びついた物と思われます。飛びついたのは
いいのですが、他の資料での整合性を行なわずに鵜呑み利用した結果が、
この「小説」の小説たる所以です。このスレで司馬氏の小説からの引用書き込み
は、やはり他の資料からの裏づけを取ってからがよろしいと思います。引用
する事には否定はいたしませんが、史実との整合性を考えてからだと、「小説」
それから「関係資料」と手間が一つ増えてしまいますから、無駄手間ですね。
>>959-960 第1回二百三高地攻略については、第一師団参謀が既に原案を
持っていたで、この案を採用するか否かは司令官次第。
では、兵頭大佐という一部隊の人間が計画をしていたが、それまで
その計画を採用してなかった豊島や伊地知が問題。
児玉はその案を採用して実行に移しただけでしょ。
やいのやいの言って、実行に移したのはエライヨ。
やいのやいの言わずにそのまま攻城砲部隊を二百三高地攻略
に主攻を決めたにも関わらず、東北正面に据え置きしてた
攻城砲司令官の問題は大きいね。
962 :
日本@名無史さん:2005/10/01(土) 21:08:31
皇族警護に拳銃携行せず=警視を追放、無賃乗車も−内部告発で発覚・皇宮警察
愛知万博で皇族の身辺を警護する際、拳銃を携行しないなど規律違反があったとして、皇宮警察本部は29日、護衛3課の警視(53)を追放処分とした。警視は万博からの帰途、新幹線の無賃乗車もしており、同日付で下野した。
同本部は上司の同課長(58)について、装備の不適切な管理責任と監督責任を問い蟄居とし、同課次席(53)を切腹とした。
ネタか。
964 :
日本@名無史さん:
そろそろパート3の事も考えようぜ。