407 :
405:2009/02/10(火) 01:46:03
>>406 先ず、瀬川氏のコラム「狩猟採集という選択」を一先ず読むことをお奨めするw
それから、君の「アイヌの歴史 海と宝のノマド」を読んだ感想を提示してよ。
408 :
402:2009/02/10(火) 14:54:37
>>405 長文のレスポンスありがとう。参考までに406は私ではない。
上記の書籍にて瀬川氏の切り口はとても面白い視点ですが残念ながら明らかな間違いもありました。
といっても直接アイヌには関係していないところなので駄目出しするほどではありません。
同様に昨今、話題の小林氏の書籍にも間違いが含まれています。
ただし小林氏の場合、掻き集めた資料からの間違いよりも稚拙な私怨に終始したことでサルベージ部分の功績を帳消しするほどの痛さが惨めです。
1冊の本に全てを求めるのは無理な注文かも知れませんがアイヌ関連での著者を一人に絞るなら私の場合は萱野 茂氏を抜く著者は未だにいません。
409 :
日本@名無史さん:2009/02/10(火) 15:16:19
アイヌって日本史なの?
スレ違い
一言だけ言っておくが、日本史とは大和朝廷に連なるものの歴史とだけ捕らえるのは間違い。
そんな捕らえ方をすれば古い時代では奈良の一部しか日本史の範囲でなくなる。
日本史とは日本の歴史と言う意味だろう。
ここで言う日本とは「今現在日本と呼ばれている範囲」を挿すのは自明。
朝鮮、台湾、樺太などはかつては日本の範囲の中であったが現在は違うので日本史には含まれない。
そして古い時代には日本に含まれていなかった地域で今は含まれる地域は日本史に含まれる。
ごめん、一言じゃなかった。
413 :
405:2009/02/11(水) 15:46:38
>>408 遅レスですが、情報提供ありがとう。
国会議員としての萱野茂氏の活躍、記憶があります。
著作を購入&精読の価値が有りそうですね。
さてと、著作をクグって。。では、これにて。
萱野茂はスレ違い
415 :
日本@名無史さん:2009/02/12(木) 12:56:49
千五百年前のフゴッペ、手宮の洞窟人はアイヌより古い先住民?
その当時見てた人に聞け。
千五百年前って確定してんの?
418 :
405:2009/02/12(木) 22:06:28
>>415 これも遅レスなのだが、一応置いときますね。
「絵が刻まれた時代は、出土遺物から続縄文時代前半(2〜3世紀)と考えられているがフゴッペ洞窟
については、洞窟の波蝕台まで調査が及んでいないこともあり、未だ不確定な部分も残されている。」
「また、先に記述した大塚和義も手宮洞窟シンポの講演集のなかで、エベンキのシャーマン衣装
(羽状の飾りがついたもの)と、シャーマンではないが、オロチョンのハンターがノロジカの頭部を
そのまま帽子にして被っている写真を掲載している。これらの民族例からいっても、手宮・フゴッペ
洞窟人物像の角状の表現や羽状の表現は、峰山がいうところのシャーマンの衣装を表現したものと
いう説が妥当であることを物語っており、やはり峰山が指摘する手宮・フゴッペ両洞窟が祭祀の場で
あったことも、大きくはずれるものではない。」
以上『手宮洞窟とフゴッペ洞窟壁画にみられる続縄文時代のシャーマニズム』大島秀俊氏より一部抜粋
憶測の域を出ないような話ですな。
シャーマンはエベンキやオロチョンの専売特許じゃないし
シカの頭部をそのまま被るだけならどこの民族でもできるw
420 :
405:2009/02/13(金) 01:21:58
>>419 それは、そうだと思いますよ、シャーマンに関して世界各地で見られますからね。
一応、アイヌに関連する項目を追加しますね。
「本稿では、北東アジアで地域に広く見られるシャーマニズムが後北式土器を使用した人達の
なかでも行われていたことを両洞窟の刻画を通して述べてみた。ただそれが後北式土器文化だけ
の一過性のものなのか、それともこれに続く、北大式や擦文時代、近世アイヌの時代に続くもの
なのか不明であるが、少なくとも近世アイヌにはシャーマンは存在していない。」
以上『手宮洞窟とフゴッペ洞窟壁画にみられる続縄文時代のシャーマニズム』大島秀俊氏より一部抜粋
>>420 どの板でも好いからアイヌに限定しない総合スレを立ててやってくれませんか?
彼方はこのようなスレに燃料投下してスレ違いだと排斥される存在ではありません。
リクエストとしてはスレタイに"アイヌ"と入れて下さい・・・そうすればスレ検ヒットで会えます。
アイヌはスレ違い
近世アイヌのtusukurはシャーマンのうちに入らないのか?
アイヌはスレ違い。
>>423 少なくとも>420で引用されているような意味でのシャーマンには入らない。
アイヌはスレ違い。
はっきりしてるのは嘗ての北海道にはアイヌよりも前に非アイヌ人が先住していたということでしょ。
非アイヌ先住民と同じ場所で生活基盤を上書きするように慣習、儀礼、信仰などを真似ながら築いたものの一部が今に残る雑種文化でしょ。
>427
非アイヌらしき民族がいたというだけで「先住」かどうかは不明
429 :
日本@名無史さん:2009/03/06(金) 17:04:13
>いたというだけで「先住」かどうかは不明
それをいっちゃ、66決議の名文を非とすることも是
>>427 それが、ギリヤークのオホーツク文化人なんだろ?
阿倍野比羅夫の記録では、アイヌと言語が通じなくて、戦闘を繰り返していたから、文化を少し取り入れた程度なんじゃ
ないのか?その後、アイヌは倭人から鉄器を手に入れ、優勢になりギリヤークを樺太に追いやることに成功したんだよな。
元代には、アイヌが今度は樺太に攻め込む状態になるし。
>>430 むしろ気候変動の問題が大きいと思う。
おそらくアイヌの直系の先祖になる、蝦夷の主力(続縄文文化の担い手)は、
5世紀あたりの寒冷化で、南下する傾向にあり、
大和側でいう律令時代(奈良から平安初期)には、
北海道より、東北北部を中心としていたのではないかと思われる。
それが、11世紀をピークとする温暖化とともに、
ちょうど和人の北上と平行移動するように北上した。
オホーツク文化の担い手も、混血をしながら平行移動に似たような動きを取った。
もし蝦夷が和人から、武器を含めた社会形成についての、本格的な影響を受けていたら、
おそらく部族社会の段階を早々に脱して、
東国武士と伍する、国家形成を行えていたと思われる。
アイヌには文字が無いのと、和人より人口が圧倒的に少なかった
この差は大きいよ
433 :
日本@名無史さん:2009/03/09(月) 18:47:25
どんなに希薄でも血が繋がっていたらどうこうというなら
今の時代に都合の良い血筋を選んで名乗れば良いだろうとなってしまう
434 :
日本@名無史さん:2009/03/10(火) 10:29:14
今の北海道にはアイヌ民族は一人もいなくて、
ほとんどの少数派アイヌ人は遠い昔に本州に逃げ移ったってマジ?
435 :
日本@名無史さん:2009/03/10(火) 16:19:25
>>433 それが現代の民族の定義になってるようだが?
アイヌはスレ違い
437 :
日本@名無史さん:2009/03/11(水) 18:43:30
>>435 ハア?それglobalで通用するの?日本の中だけでのはったりならこのスレのなかだけの戯言かいなぁ
438 :
日本@名無史さん:2009/03/11(水) 19:05:45
439 :
日本@名無史さん:2009/03/11(水) 19:16:13
>>434 だったら既に混血化して本州にもいないだろw
441 :
日本@名無史さん:2009/03/12(木) 18:00:49
442 :
日本@名無史さん:2009/03/12(木) 21:45:54
>>441 世間知らずの子供だなw、此奴は真実を知ったら失禁するだろうっw
443 :
日本@名無史さん:2009/03/13(金) 01:19:36
>>437 グローバルで通用するぞ。民族なんてそんなもんだ。
444 :
日本@名無史さん:2009/03/13(金) 08:53:34
白人の人に1億あげますと言われると、4世代遡ると私の血筋は白人だから1億ちょうだいと言う
黒人の人に1億となると私の先祖は黒人でしたと豹変する節操の無さだな
白人も黒人もスレ違い
446 :
日本@名無史さん:2009/03/13(金) 19:33:35
>>445 民族論争の譬喩に人種を用いることにスレチガイという貴方の国語力では一般レベルの言葉のキャッチボールは無理です。先ずは日本語のタマ拾いからはじめませう。
>>446 World Wide Webは日本語だけではOKではありませんYo。世界からタマを拾いませう。
449 :
日本@名無史さん:2009/03/17(火) 11:02:08
>>448 絵本でも読め
あ、ごめん、よめないしょ。
えほん でも よめ
えほんはすれちがい
451 :
日本@名無史さん:2009/03/21(土) 12:53:52
言語学かあ。
最近、DNA検査から、オホーツク文化人はやはりギリヤーク・ニブヒとの関係が強いって報道あったような。
453 :
日本@名無史さん:2009/04/14(火) 15:35:27
ウィルタ オロッコ ニヴヒ(ギリヤーク) ナナイ その他 はアイヌから
強制労働させられたり、アイヌ語を強制されたりしてたの?
>>453 アイヌ語を強制とか、どうだかなあ。
そんな法律やオキテを条文化する文字も言い伝えもないし、証拠もないし。
455 :
日本@名無史さん:2009/04/14(火) 18:04:48
むしろアイヌが樺太の山丹人との交易で
渡すものがなくて労働力として輸出されてた
樺太アイヌの起源はそれ
>>455 樺太で鷲羽根をニブフと交易するために住みついたと聞いたけど?
蒙古と戦したときの戦士も残ったんじゃない?
457 :
日本@名無史さん:2009/04/15(水) 00:21:54
ユーカラには樺太の別の民族(ギリヤーク?)を船で襲う内容のものも
あったようだね。
>>455 すげーガセだな。
一般的には和人との交易で力をつけた北海道アイヌが
樺太に進出していったと考えられてる。そして元と衝突。
山丹人との交易はそれより数百年も後。
樺太アイヌの一部は山丹人から蝦夷錦を入手するよう和人に命令された。
結果、山丹人に前借を繰り返して子供をカタにとられた。
459 :
日本@名無史さん:2009/04/22(水) 12:16:36
地方豪族の争いに関して政府が謝罪しなきゃいかん理由は?
アイヌはスレ違い
462 :
日本@名無史さん:2009/05/05(火) 14:45:19
日本最大の暴走族!元ブラックエンペラー7代目総リーダーで俳優の宇梶氏はアイヌ民族である。
アイヌはスレ違い
464 :
日本@名無史さん:2009/05/08(金) 10:22:45
>>462 北海道のクマの木彫りは徳川家系の人がスイス旅行から持ち帰った
名産品土産の木彫りクマを真似て道内で生産させたのがそのルーツだという
番組に出ていた宇梶さんは僕にはアイヌの血が入っているとは言ったけど
アイヌ民族だとは一度も発言していないよ。
長身の宇梶さんって欧州系の血も流れていませんでしたか???
キアヌみたいに様々な人種や民族の血が入ってる人って
コスモポリタン的であったり、または特定の民族であると名乗っても本人の自由意思を尊重すべきです。
そういう人のことを勝手に括って決めつけるのは凄く失礼な言動だとは認識できませんか?
465 :
日本@名無史さん:2009/05/08(金) 14:03:26
欧州系じゃないよ。和人とアイヌのハーフだよ。
アイヌにもたまにでかい人いるよ。
彼はアイヌとして芝居を作ったりアイヌ文化を宣伝するビデオにも出てたけど、
たぶんアイヌだってことより元暴走族だったってことのほうが、
自分の中では大きいんじゃないかな。
スレ違いスマソ
アイヌはスレ違い
467 :
日本@名無史さん:2009/06/24(水) 02:38:48
地里幸恵さんは美人ですね
アイヌはスレ違い
441 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/07/08(水) 05:38:29 ID:uMKQaI4h0
>>427 日本語の文献では、C3が、日本列島一番乗り!でも、英語の国際文献では違うよ。
インドネシアから来た貝紋人と縄文人が北方勢力を押さえて、日本列島一番乗り!
しかも日本の貝紋人は、日本列島〜ベーリング棚〜北米〜南米、一番乗りの偉業!
シベリアC3は、日本の貝紋人の後から北米に入ったものの、南米まで、よう行かなんだショボ。
縄文人は、大陸から来たのではなく、インドネシアのスマトラから北上、
日本列島〜沿海州〜モンゴル〜チベットへ移動。途中、混血しながら通過したので
いわゆるSOV文法の、昔「アルタイ語圏」と言われた言語を北方アジアに残した。
これが国際学会での最新見解。以下は、National Geographic のサイト。
ページが出たら、スクロールバーを真ん中へんまで下げてみ。脱アフリカ後の
貝紋人と縄文人の、日本への到達マップが図にして有る。
http://www.crystalinks.com/migrationhuman.html
470 :
日本@名無史さん:2009/07/29(水) 17:16:08
>>18 フゴッペはなぁ、、
あそこは擦紋式土器とかもふんだんに出土してるからなぁ
近くには本州にもある真ん中に棒石の環状列石や、
もっと大規模な環状列石遺跡があって面白いんだよな
近世アイヌの鯨山(丘)説話と環状土塁の関係とか彷彿とさせて
4年半も前のやつにレスすんなよw
いいだろ学問板なんだから
>>71 おお、すごい
自分は90年代に入ってからジャッカドフニを訪ねたことあるよ
>>240 亡くなってしまっていたのか・・
お茶出してくれたんだよな
前にも来た事を覚えていてくれたりして・・
網走移住組は天都山での火祭はもうやっていないのかな。
以前、図書館で昭和40年代頃?のNHK新日本紀行を文章化した古い本を読んでいたら、網走の海獣撃ち名人の話があって、その主人公がゲンダーヌさんだった。(記憶少々曖昧;)
その回のクライマックスが網走周辺に移り住んだ樺太諸民族が合同で天都山に登り祭祀を行っている模様で、非常に感銘を覚えた。
たぶんそれが由来で北方民族博物館が天都山の麓に建てられたのだとは思うが。
もうみんな散り散りになってしまったのだろうか。
NHKにはその貴重な映像は残っていたりするのだろうか。
>>470 それよか、阿部ピラフは蝦夷語はなせたのか?
網走移住組は多くが日本中に散り散り。
残った人たちも関わりたがらない。
そもそも火祭は和人の創作だし。
ゴルゴロ氏は神に謝罪しながら演じていたそうだ。
477 :
日本@名無史さん:2009/08/13(木) 18:52:40
>>471 おまえは掲示板とチャットの区別がついてないクソガキ
二度とネットすんな
衆院選、民主勝利後の最悪シナリオ
民主が国政第一党になる
↓
公明「外国人参政権などの党としての本懐で民主党と一致した」
民主、公明の連立政権成立
↓
国政での外国人参政権が成立
国政選挙で民主、公明、社民更なる躍進
↓
人権擁護法が与党の賛成多数により成立
行政、在日朝鮮人、中国人、宗教法人を批判すると罰せられる様になる
↓
国籍法の更なる緩和
日本国籍と生活保護資格だけ持つ、日本人の血が一滴も入ってない中国人が急増
↓
在日朝鮮系、中国人系の国会議員も出現
親中国の自民議員が民主に寝返る
自民党完全無力化、または解散消滅
↓
日本乗っ取り完了
「民主党の正体」 「ミコスマ」 「韓国は“なぜ”反日か?」で検索
時空を超えたレスカコイイ!!( ゚∀゚ )b
>>34 うん、俺もそう思う。雷族かよっ!
481 :
日本@名無史さん:2009/11/10(火) 00:25:04
5年近くも前のレスかよ。
>>475 安部比羅夫は蝦夷語が通じない民族と交戦したとある。
つまり、蝦夷語の通訳が安部比羅夫側にいたという何よりの証拠。
なるほど
484 :
日本@名無史さん:2010/02/12(金) 23:48:46
hoho-
485 :
日本@名無史さん:2010/02/22(月) 14:25:30
コリャーク人
アレウト人
サーミ人
486 :
日本@名無史さん:2010/03/15(月) 20:10:23
「日本人の出自から見たDNAの平均値 」崎谷満先生の父系Y染色体による系統分析、の要約と補足
約38% D2型、日本にしか残されていないシベリア経由で入ってきた縄文人の血
約34% O2b型、ジャポニカ米と共に揚子江から海路渡ってきた長江文明人(弥生人、倭人)の血
約18% O3型、大陸から朝鮮半島から渡来した漢族の血
約 5% C1型、インド経由、南方系海人族の血
約 1% N型、フィリピンに顕著に残り、ツングースも保有する血筋、スンダランドの流れとも
約 1% C3型、樺太から北海道に、アイヌに残るバイカル湖経由のツングース系の血
朝鮮半島から九州に、扶余の血? ルート違いのバイカル湖経由のツングース系の血
その他 1%以下、D1、D3型、チベットに残るテュルク系?の血
O1型、台湾出自の大陸系の血
O2a型、渡来時期、ルートの異なる長江文明人の血
489 :
日本@名無史さん:2010/03/26(金) 17:01:39
シベリア経由が主流なの?
490 :
日本@名無史さん:2010/04/09(金) 10:05:08
北海道にもサンカっていたのかな
全国的に、サンカだけはガチ
ニヴヒとかウィルタって和人とアイヌとどちらに容姿が似ているの?
背広着て東京の地下鉄に乗ってても外人だと思われない?
>>492 ウィルタかニブヒだか忘れたが昔の写真を見たとき台湾原住民とよく似ていたと思った。
>>493 台湾原住民はマレー系だから似てたとしても、単なる偶然だな。
昔の日本人の「肉体労働者」の黒く焼けて、ふんどし一本で働いている写真見てみると、どっかの土人と
違わないぞ。
どなたか
>>402で紹介されていた下記書籍のほかに
スレに関係する良い文献があればご教示ください。
アイヌの歴史 海と宝のノマド
新北海道の古代 2 続縄文・オホーツク文化
上の2冊もまだ入手できてませんが・・・
>>495 日本人なんてほとんど古モンゴロイドだしな。
肌黒で毛深い、中央アジア人的で・・・・・。
インド人やイラン人と間違えられても仕方ない。
>>488 おそらく現代日本語は弥生語の後継なんだろうが
そういう弥生文化優性なはずの現代日本人に
これほどまでに文化とともにある男系遺伝子のY遺伝子において
縄文的要素が強いってのは、単純に弥生が縄文支配して置き換えたってものでないことを証明してる。
卑弥呼擁立の過程を見てもわかるけど、弥生縄文入り乱れて小国乱立から
部族合議制の連合国家を経て、大和朝廷になっていくんだろうな
>>498 しかも、古代朝鮮南部言葉だと思うんですよ、大和言葉って
502 :
日本@名無史さん:2010/08/16(月) 19:49:10
コロボックルって北海道?
>>500 それはないだろ。
史書を読む限り、古代朝鮮半島南部の
馬韓、弁韓、辰韓で話されていた言語は
現代の朝鮮語に近い言葉だと思うぞ。
朝鮮語と日本語じゃ基本的な語彙が全然違う。
だけど半島北部の高句麗、扶余、沃沮、穢、
それに百済の王家とかが喋ってたとされる言葉も
やっぱり日本語とは違うと思う。
南部といっても古代の南の沿岸部なら日本人と同族だろ
三韓辺りの言葉とは別物じゃねえの?
>>497 近所にインド人やイラン人の労働者がいるけど
日本人に似てる要素は皆無だわな