十五年戦争【其の弐】

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952日本@名無史さん:05/02/20 23:31:01
>>951
ここを読め>>889>>876
保安隊は従来の軍閥と違い日本軍が立ち上げた傀儡軍。

>>950
ちょっと違う。日本に協力していた傀儡軍が中国軍有利との宣伝に乗せられて反乱し中国側に寝返った後保身の為最初からの計画だったとした。
戦後になっても漢奸批判を逃れる為計画説にしがみついたといえる。
953日本@名無史さん:05/02/21 00:30:55
国民党側に寝返った軍隊を中国軍と呼んで何が悪いんだ?
954日本@名無史さん:05/02/21 00:41:27
>>952
全部、筆者の予測であり、張慶餘と宗哲元の密談がなければ事件は起きなかったとも言える

保安隊の隊長張慶餘は秘密結社の会員でやくざみたいなもの
国府軍はこういうやくざまがいの連中を決起の時に組み入れるために動いており
国府軍に事件の責任能力すらなかったと言える。
つまり統率できない連中を使って、虐殺も英雄として迎えざるえない状況で
おこるべくしておきたとも言える。
955日本@名無史さん:05/02/21 01:41:33
>>954
そういう「やくざ紛い」の連中を集めて傀儡軍を作っていたのが日本軍ですね?
だから国民党軍に切り崩されたんでしょう。
956日本@名無史さん:05/02/21 02:04:09
そのやくざは支那人
957日本@名無史さん:05/02/21 03:11:02
>>955
集めてないっちゅうの しっかりした地元の軍隊だと思ったから信用してたんでしょ?
切り崩されたっつ〜か 軍がいない場所だから反乱がおきたんだけど
国府軍自体は、戦意も低い組織化されてない敵前逃亡当たり前ボロボロでしょ?
958日本@名無史さん:05/02/21 04:17:41
>>957
違いますよ。自治政府立ち上げ時に日本軍は確かに地元の代表的軍閥に工作しましたがそっぽを向かれています。
そこで非軍事区保安隊、民団、自衛団、帰順匪賊その他の雑軍を集めて日本側で改編したのが問題の自治政府保安隊です。
この部隊の編成には特殊貿易の利益に加え満州国からの援助金も使用され、訓練も日本側軍事顧問の手によります。
日本側は後に保安隊を中心により大規模な治安軍に改編しています。
日本側資料を見てもこれら華北の傀儡軍の編成に関し
地元在住の良民をもって行うこと。但し帰順匪賊の素質優良者をもって一時代用して良い。
装備は基本的に民間私有武器に加え帰順匪賊よりの接収武器を交付すること。
部隊は分散配備すること。
地方の優秀青年を集め、防共親日細胞とすること。
等々事細かに規定がありますよ。
地元の軍隊などとはとても言えませんね。地元の武装組織を母体に改編したものでは有りますが、改編したのは日本側です。


さて通州事件当時には教導総隊、第1〜4総隊が存在しました。
7月27日に通州の国民党軍独立第37旅の1個営が日本軍によって撃破されましたが、保安隊は中国軍の敗北を傍観しました。
その戦闘の末期に日本軍が保安隊を誤爆し死傷者が生じます。
以降保安隊に表立った動きは有りませんが、北平での中国軍優勢という報道が27〜29日に盛んに流れていたことが判明しています。
29日ついに保安隊が反乱。ここで注意すべきは、27日には国民党正規軍を目の前で見殺しにした保安隊の内、誤爆を受けた部隊が決起している事実です。
他の2個総隊は第29軍からの呼びかけにも動きませんでした。
反乱部隊の行動も行き当たりばったりで計画的なものとは考え難い。
第29軍が地元の武装勢力宛に協力を呼びかけたのは恐らく確かでしょう。しかしこの時点で呼びかけに応じたのは誤爆を受けた部隊だけです。
誤爆によって不穏になった部隊が中国軍有利の報道を信じて暴発したというべきでしょう。

959日本@名無史さん:05/02/21 09:14:23
ごまかすなよ
元々保安隊は軍隊だ
960日本@名無史さん:05/02/21 12:25:21
>>959
どこの軍隊か?が問題ですよ。傀儡政権の傀儡軍であって国民党軍ではありません。
防共自治政府は「形式的」には中華民国内の自治政権ということになっていますから国民党軍だと強弁する人がいるのは存じています。
実際には中華民国が反対しているにも関らず日本が立ち上げた傀儡政権で、政務委員会(国民政府側)から解散を求められていたりします。
日本側としても満州国のように露骨な独立をさせるのが憚られた為に「自治政府」という名称に甘んじていたのです。
自治政府の保安隊は国民党政権の意思を無視し、地方都市を接収するなど日本側の走狗として働いていますし国民党軍戦闘序列にも出てきません。
既述のように非軍事区保安隊、民団、自衛団、帰順匪賊その他の雑軍を集めて日本側で改編したのです。
地方都市には非軍事区保安隊があったのは確かで、その内日本側の呼びかけに応じて集まった幾つかに加え、民団、帰順匪賊、自衛団などを加えて更に改編したものなのです。
元々の保安隊とは違いますし、国民党軍戦闘序列に出てくる他の保安隊とも違います。
自治政府保安隊は軍隊ですが、国民党軍ではない。日本側が土着の武装勢力を集めて編成したものなのです。
防共委員会結成前から日本租界内の某飯店で帰順武装組織の交渉がもたれていたのはご存じと思います。元々改編前には横のつながりが無い土着武装組織だったので合流に向けた準備が必要だったのです。
その母体には従来の保安隊等、地方の警備隊であったものを含んでいますが、改編したのも訓練したのも費用を出したのも配備を変更したのも編成方法を指示決定したのも指揮したのも日本側です。
「中国軍」と括るのは大変な間違いです。元中国軍人(但し多くは非正規軍)も多数含んでいた(だろう)というのなら同意ですけどね。
そういったら各地で反乱に参加したり暗躍していた「日本浪人」も元日本軍人が多数含まれていますが、私はそれらを全て「日本軍による暴挙」と決め付けられるのは心外です。(教唆した例は幾つかあるようですが全てとは?)
961だつお:05/02/21 12:31:18
>傀儡政権の傀儡軍であって国民党軍ではありません。

チンピラゴロツキに右も左も主義主張もありはしねーって。

中国人という中国人は、その名の付く全てがチンピラゴロツキ。
チンピラゴロツキが沢山湧いてくる場所を指して「中国」と呼ぶ。
日本軍に虐殺されるために湧いてきたチンピラゴロツキを指して、
「中国人」と呼ぶ。
962日本@名無史さん:05/02/21 12:43:45
保安隊が国民党軍だという無知がいるのはここですか?
963日本@名無史さん:05/02/21 20:53:55
保安隊自体は軍隊じゃないよ、当たり前だろうが
問題は虐殺事件を起こし寝返った部隊を英雄として迎えた国民党軍にあるんだろうが。
日本が非難するのは当然じゃねえか。

こんなこったから国民党はゴロツキって言われるんだよ。
実際国民党なんてのはこの手のゴロツキの集まりじゃねえかよ。
何でこいつは国民党の方をもってんだ?アホか?
964日本@名無史さん:05/02/21 22:04:25
>>958
>そこで非軍事区保安隊、民団、自衛団、帰順匪賊その他の雑軍を集めて日本側で改編したのが問題の自治政府保安隊です。
国府軍も含めて中国の軍隊の構成は大半がこんなもの、蒋介石の当時の状況を考えれ当然だと言える
雑軍という言い方をすれば、国府軍全体が雑軍。
そして蒋介石と地方軍閥その他の雑軍つまり国府軍の繋がりも張慶餘に対する関係と大差ない
すなわち密談が確かにあり、密談にそって反乱を起こし、国府軍に合流しようとした、
この事実だけでもすでに国府軍に参加した他の軍閥等と繋がりはかわらないということ、冀東防共自治政府内にいた国府軍という言い方を
しても問題ないと思う。
965日本@名無史さん:05/02/21 22:13:03
>>964
日本が建てた傀儡政権下の、日本が編成した保安隊が、国府軍というのは無理がありすぎる。
君が言ってるのは、しょせん中国人の部隊は信用できないって事だろ。
966長江壱條龍:05/02/21 22:22:57
國府軍も紅軍も、雑軍や保安隊をかき集めて編成したものだよ
保安隊は警察軍に近いものだが、基本的に軍隊だ
装備も訓練も指揮系統も皆軍隊だ
軍隊でなきゃ、少数とはいえ日本陸軍に挑んで皆殺しにはしないよ
967日本@名無史さん:05/02/21 22:29:44
密談後に張慶餘と張硯田の部隊は中国第二十九軍の戦闘序列に編入されており
冀東防共自治政府内にいた国府軍といって問題ないはず
968日本@名無史さん:05/02/21 22:35:55
>>963
日本軍が編成した部隊なんだから、最終責任は日本軍だろボケ
969日本@名無史さん:05/02/21 22:37:29
>>967
秦郁彦氏はそれを否定してるぞ

秦郁彦「盧溝橋事件の研究」より

張慶餘は、回想記のなかで久しく以前から抗日を決意し、冀察幹部と通謀して反乱の機会を狙っていたと主張するが、二十七日早朝の戦闘で傳営(ゆう注 「傳営長」の誤植と思われます。中国側第ニ九軍)と共に戦う機会を見送っている点からみても、説得力は乏しい。
むしろ保身に徹するか、勝ち馬に乗ろうとして形勢を観望していたと思われる。

970日本@名無史さん:05/02/21 22:38:04
>>965 保安隊が国府軍とは言ってないだろが
張慶餘の部隊が保安隊に潜んでいた国府軍と言ってるんだろ。
読解力のないやっちゃな
971日本@名無史さん:05/02/21 22:39:19
保安隊は自治政府の編成した軍隊
972日本@名無史さん:05/02/21 22:41:47
>>970
秦郁彦氏の分析によれば、張慶餘部隊は国府軍というより、勝ち馬に乗ろうと計っただけの様だがな。
973日本@名無史さん:05/02/21 22:43:46
>>968 その極悪犯罪者をかくまったのは何処の何奴だ?

国民党に人道的精神が少しでもあるなら日本軍に引き渡すべきだと思うがね。
974日本@名無史さん:05/02/21 22:45:21
>>973
日本軍に北京を占領された蒋介石が、日本に対し人道的になるかね?
975日本@名無史さん:05/02/21 22:48:19
日本軍が北京で虐殺したとでも言うのか?
976日本@名無史さん:05/02/21 22:49:20
>7月27日に通州の国民党軍独立第37旅の1個営が日本軍によって撃破されましたが、保安隊は
>中国軍の敗北を傍観しました。
これは日本軍から攻撃を開始しており保安隊が反乱のタイミングをとるのは難しい
それに、無防備の市民は虐殺しても、わずか140名の守備隊を撃破できずに
同数近くの死傷者をだしていることを考えても、当初から29軍が突入してきた時まで行動する気がなかった
と思われ、日本の軍隊が留守の時に国府軍優勢の放送がかさなり突然の決起となったと考えるのが自然

秦郁彦が言っているのも一つの可能性にすぎず、27日にいかにして参加できたか
背後をつく有効な作戦があったかなど書かれていない
977日本@名無史さん:05/02/21 22:51:09
>>972
あのね教えてやろうか
張慶餘は国民党から工作資金貰ってましたと告白してるんだよ。
978日本@名無史さん:05/02/21 22:55:04
>>977
反論になってないって。
初めから明確に裏切る予定だったという根拠にならない。
979日本@名無史さん:05/02/21 23:07:13
そんな簡単にしっぽだすことしてねえよ工作員なんだから。

この時期に突然反旗を翻したのはこいつらだけじゃないし、
蒋介石の意図を感じるね。
980日本@名無史さん:05/02/21 23:11:46
 ここまで見てきて保安隊の実態を良くご存知無い方が居られるのが解りますね。
 まず一口に「保安隊」といっても実態は一様では有りません。国民党軍の戦闘序列に
入っている限りなく軍隊に近い「保安隊」、軍に属さない地方都市等の警備に当る武装
警察としての「保安隊」、そして通州での防共自治政府に属する「保安隊」、その後の
戦争の進展に伴って日本軍占領地内で編成された「保安隊」に大別できるでしょう。
 
 問題の通州駐屯の防共自治政府軍としての「保安隊」ですが、この母体となったの
は塘沽停戦協定やその後の協定で中国側に認めさせた非武装地帯(非軍事区)
18県の保安隊です。この非軍事区の保安隊の成立過程を見てみましょう。
 塘沽協定で中国軍撤兵後の緩衝地帯の治安維持に関し「(前略)中国側警察機
関之に任ず。右警察機関の為には日本軍の感情を刺激するが如き武力団体を用
いることなし」とされています。塘沽協定の初期要求案では非武装地帯の文言が
あったのですが、中国側の反発と実効性の問題から削除されています。この中国
側警察機関というのが問題です。
 形式的には国民党政権下の警察機関ということになりますが「日本軍の感情を
刺激しない」武装団体と言う事で、実態は1万を超えていた李際春軍の一部4千名
を保安警察隊に改編し、指揮官も李際春の推薦した人物となります。李際春は
熱河作戦にも参加した関東軍指導下の傀儡軍指揮官で、丁強と同一人物です。
溥儀連れ出し工作の際天津でひと暴れしたことでも知られています。つまり形式
的に中国政府下に置きこの時点では経費も中国側に持たせてはいますが実態は
日本側の傀儡軍だった訳です。
981日本@名無史さん:05/02/21 23:12:31
 しかし、この4千名だけが後に防共自治政府保安隊になった訳では有りません。中国
では小規模な地方土着の自警団的武装組織が多数あり、これら民団、帰順匪賊、敗残
部隊、反蒋闘争に破れ潜伏していた旧軍閥関係者等を集め、更に素質向上の為地方の
青年を新規に徴募して編入しています。これが資料によりますが9千名とも1万4千名と
も言われる防共自治政府保安隊となったのです。その他に非正規部隊として地方の
民団が10万前後存在していたという説もありますが人数的には眉唾でしょう。
 防共自治政府成立後は、特殊貿易の利益や満州国からの援助500万元等を財源に
装備の拡充と軍事顧問(日本軍、満州国軍から派遣)による改編、訓練が行われました。
 通州事件後は小規模の警防隊に縮編した後、後に一部は治安軍に吸収され北支の
治安戦に貢献することになります。
 これら傀儡軍の信頼性が低かったのは通州事件だけでなく、しばしば有利な方に
寝返る部隊が多かったことでも明らかです。通州事件は民間人虐殺を含んでおり、
しかもその殺し方が残虐であることは確かで保安隊の責任を否定することは出来ませ
んが中国軍の仕業とするのはちょっと苦しいでしょう。中国人=中国兵=中国軍では
ないのです。中国人ではありましたが、中国軍部隊ではなかったのです。また殺した
数では我が軍は偉そうな事はとても言えませんし、方法も日本刀で斬首、刺殺するの
は残酷だという批判者がいることも確かです。(撃つのも切るのも同じと思うが)文化の
違いですね。
982日本@名無史さん:05/02/21 23:23:08
>>981
保安隊の内、張慶餘と張硯田の部隊だけが国府軍
間違いなく国府軍の仕業
983日本@名無史さん:05/02/21 23:26:10
工作資金を受け取ったとか何とか、当時の中国では当たり前だよねえ。
相手側を繰り崩す為にかなりの金が日中両国共に動いている。
保安隊だけが特別ではないよ。むしろ地方の小軍閥とか土匪とか買収して傀儡軍に仕立て上げるのは日本の得意技だし。
華をもって華を制す戦略だから。
もらっているだけで工作員といったら中国の地方軍の殆どは日本側の工作員だし、傀儡軍の殆どは中国側の工作員。
実際に裏切るかどうかはどっちが有利かにかかっている。
984日本@名無史さん:05/02/21 23:27:05
どんな長文の詭弁を書いても国民党に責任があるのは明らか。
985信用できない張慶餘の告白:05/02/21 23:27:45
張慶餘は「自分は日本軍が大挙して南苑を侵犯し、かつ飛行機を派遣して北平を爆撃したのを見て、戦機すでに迫り、もはや坐視出来ないものと認めて、ついに張硯田と密議し、七月二十 八日夜十二時、通州で決起することを決定した」と書いている。
 


日本軍は北京を爆撃したことはない。
986日本@名無史さん:05/02/21 23:29:47
信用できない張慶餘の告白(>>985)をもって、

「張慶餘は初めから寝返るつもりの国府軍だった」

などと言っても鵜呑みに出来ない。
987日本@名無史さん:05/02/21 23:32:43
>>985
・・・北平(コッソリ)
988日本@名無史さん:05/02/21 23:45:37
 まあ国民党軍を十把一絡げに雑軍扱いする人はスレの前の方読んでいないのか?
 日本軍に大きく劣るとは言っても、国民党軍も系列によっては馬鹿には出来ない部隊も少なくない。
 俺としては雑軍に苦戦したとは思いたくないね。
989日本@名無史さん:05/02/21 23:57:23
>>988
まともにぶつかれば支那軍は5倍10倍当たり前だからな
それでも撃破できるんだからねー
同じ規模でぶつかって苦戦した戦いってあった?
990だつお:05/02/22 00:02:26
 だが、ものの一年間もしないうちに、スチルウェル参謀長は、その日誌に、
自分の予期しなかった感想を記述することになった。
「“ピーナッツ”は偏屈で恩知らずの小さなガラガラヘビだ・・・・ (中国政府は)
自分たちだけのことしか考えないならず者の集団だ。指導者たちの興味は、
ただ金、権力、そして地位だけだ・・・・。手に入るものには何でも頭を下げ、
自分は戦わないように心がける・・・・。“インテリ”と金持ちは子どもを米国に送り、
農民の子どもが戦争に かりだされる。しかも注意も訓練も指示も与えられずに死んでいる。
 われわれは、この腐敗した政府を支持し、その偉大なる愛国者兼戦士
“ピーナッツ”に栄光を与えるために、戦おうとしているのだ―おお神よ!!
≪中略≫
当時の米軍は、日本軍と同じく、行軍距離単位は四キロであったが、その米式訓練
をうけたはずの、いやボートナー准将自身がその訓練をした孫部隊は、 一キロ歩
いては休み、次に一キロ進んではごろりと道端に寝転がる。
 しかも、頭上に英軍機が飛来して補給物資を投下すると、隊列を乱してむらがり、
悲鳴をあげつつ、下着に利用するパラシュートを奪い合う。
≪中略≫
 孫部隊は狂喜した。中国大陸で負けつづけ、日本軍といえばかなわないものと信じていたのに、
その日本軍がひきあげたのである。勝った、勝ったと小銃を空に乱射しておどりあがった。
 ところが、勝ちに乗じた勢いで快進撃するものと期待していた孫部隊は、
たしかに前進は開始したものの、そのスピードは以前にもおとる低速であった。
そして、昭和十九年一月二十九日、孫部隊はついに完全停止した。
 ボートナー准将の急報によってかけつけたスチルウェル参謀長は、にこやかに迎える
孫少将の顔をぼう然と眺めながら、考えこんだ・・・・なぜ、前進しないのか?
≪中略≫
スチルウェル参謀長は、孫少将にかみついた。
「明らかに命令違反である。よろしいか。貴下の第三十八師団は、 全中国軍のなかで
とびぬけて優良な兵器、弾薬、糧食の補給を受けている。 足りないというのなら、
迎撃砲も、火炎放射器も、米兵だってさしあげる。 だが、命令に従うのが条件だ・・・・
もし自分の使命が達せられないようなら、辞職してワシントンに報告せざるをえない」
991日本@名無史さん:05/02/22 01:11:37
>>989
 細かい例を挙げればきりが無いし無限ループだから避けるが。
 抗戦初期の精鋭中央軍は1個師で日本軍師団の1/3の戦闘力、南京陥落後の一般的な師で1/8〜1/10だと国民党側も考えていた。
 概ね日本軍の評価と一致する。
 但し忘れてはいけない点は、比較対象の日本軍師団は4単位の常設師団で、各種支援部隊で増強されていた。
 それに対し中国側は初期の調整師が完全戦力だったとしても日本軍師団の1/2〜2/3、南京陥落後の1個師は約1万名で1/2.5位にしかならない。
 しかも実際には南京後の師の多くは5千〜3千名でしかなかった。これだと1/5〜1/8の兵員数。
 実戦でも師団数では10〜20倍投入しても兵員数では3〜5倍位というのが相場でしょう。
 中国軍の師と日本軍常設4単位師団を同じ兵団だと思って比較してはいけないね。
 まあ日本側も特設師団を投入するようになると戦力が低下してくるし、更に3単位に改編されているから苦しい台所事情なんだが。
 途上国の上に群雄割拠の状態で良く戦い貢献したとは言えると思う。日本軍本来の現役兵は中国戦線で尽きかけていたんだから。
 中国側はもっと大変だったがね。
992日本@名無史さん:05/02/22 01:34:26
まあ中国軍師団は日本軍師団に敵わないが、中国陸軍は日本陸軍相手に良く戦ったということ。
993日本@名無史さん:05/02/22 02:00:57
どこでよく戦ったの
どこでも惨敗潰走でしょ
994日本@名無史さん:05/02/22 07:15:51
>>993
ちゃんと調べればよく解りますよ。
995日本@名無史さん:05/02/22 11:03:06
 然るに世界大戦後から昭和の初期にかけて、
我が日本の政界・学界・思想界等の病的な欧米崇拝論者は
以上のやうな国際政局裏面の認識を欠き、英・米・仏等の
自利的現状維持論、自己保存的平和論、仮装正義人道論等に
心酔して全く彼等の思想戦の術中に陥り、
帝国本来の姿と道義に基づく国是、国策を忘れて、自ら帝国を侮蔑して、
軍国主義、侵略主義、帝国主義等と卑下しながら国策の進路を誤らせ、
好んで欧米迎合の対内外消極政策を採り、
内にあつては数次の軍備縮小を断行して外交の推進力を弱化したのを始めとし、
一切の方面に緊縮退嬰政策を施し、遂には産児制限を高唱するものさへ現はれ、
外に対しては屈従外交によつて数多の理不尽な条約を甘受し、
欧米に媚び支那に媚びて自ら二十一箇条の廃案、
青島還附を提唱するものもあり、遂には日清・日露の戦役に於ける
苦心と犠牲とを忘れて在満権益放棄論を主張する者さへ現はれ、
外交国難、経済国難、人口国難、思想国難の渦中に国民を投じて、
全く民族的理想を喪失せしめるに至つた。今日これを顧みれば実に
満洲事変、支那事変を未然に防止し得なかつた責任の大半は、
これら外来思想中毒者の負ふべきものであると信ずる。
996日本@名無史さん:05/02/22 12:17:37
保安隊は日本の傀儡だからな
997日本@名無史さん:05/02/22 14:57:01
満洲事変、支那事変を未然に防止し得なかつた責任の大半は、
これら利権拡張主義軍部・政府・財界の負ふべきものであると信ずる。
998日本@名無史さん:05/02/22 15:00:00
答えられないのでちゃんと調べろといってごまかしますた

支那軍全敗!
999日本@名無史さん:05/02/22 21:41:04
日中15年戦争の原因は日本のアホ軍部とボケ政府
1000日本@名無史さん:05/02/22 21:49:52
日本人はunco
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