1 :
日本@名無史さん:
江戸時代、戦を知らない子供達になってしまった大名に
小幡 景憲やその弟子、北條 氏長そして由井 正雪などが
教えた「兵学」について語るスレです。
2 :
日本@名無史さん:04/01/06 00:00
江戸の兵学ってよく知らんのだが合戦の作法とかについて教えて
いたのか?
山県大弐は兵法学者?
4 :
日本@名無史さん:04/01/06 00:04
そう言えば吉田松陰も元は兵学者じゃなかったけ
孫子、六韜(一発変換できた!)でも教えてたんじゃないの?
あぼーん
7 :
日本@名無史さん:04/01/06 00:40
>>5 幕府の手前で戦に勝つ方法についてはあまり教えてなかったのでは
暗記と作法の世界だと俺は思うのだが・・・
8 :
日本@名無史さん:04/01/06 05:33
由比正雪の師匠の楠木不伝(楠木正辰)は、南木流兵学。
9 :
日本@名無史さん:04/01/06 22:31
誰かのエッセーに、
「山鹿流」は実戦重視。
例えば、
赤穂浪士、吉良低討ち入りでは、
三人掛りで一対一はご法度とか
人間の生理が一番落ち込む夜明け前を奇襲するとか
で、云々
軍学者の「戦場作法、観天望気」に関する本を読んだ記憶はあるが・・・
山鹿流、甲州流、楠木流とかの手に入りやすいテキストありまへんかぁ
10 :
日本@名無史さん:04/01/08 22:15
意外にこっち方面詳しい人居ないんだなぁ・・・
11 :
日本@名無史さん:04/01/09 04:55
一万五・六千の兵どもを五人六人のように扱い
差しかかりたる戦をかわすまじき
12 :
日本@名無史さん:04/01/09 06:19
>>9 手に入りやすいのなんて無いです。
需要がほぼゼロなのでどこも出しません。
大学の図書館でも行ってください。
資料室においてあるのは文体が古くさくて一つ読むのに何ヶ月もかかるから
キ・ラ・イ
14 :
日本@名無史さん:04/01/09 14:06
>幕府の手前で戦に勝つ方法についてはあまり教えてなかったのでは
一分の兵法が中心かな?
15 :
日本@名無史さん:04/01/10 02:25
内容が実用的かどうかとかは別に論ずるとしても、
どの軍学も勝つための兵法は教えているわけで。
16 :
日本@名無史さん:04/01/10 18:28
薩摩の合伝流は凄いぞ。江戸時代、島津家でも甲州流の軍学を採用して
いた。それに対して、徳田邑興が戦国時代の島津の戦法を研究した
として、唱えたものだ。特徴は徹底的な鉄砲による火力の重視。
「島津家の武士は、皆が皆一人で100人を相手にできるような
剛勇のものだったわけでなない。島津が戦国時代強かったのは、
鉄砲を重視して、それを他家のように足軽まかせにしなかった
ためである。」と主張していた。鉄砲を用いるるさまざまな
戦術、戦法が体系化されていた。
甲州流の軍学に対しては「槍、騎馬を多用する他国の軍学の
採用は島津家を滅亡に追い込むもの」と批判している。
この批判のため島流しにされたりしたが、幕末の薩摩の
指揮官の中には伊地知正治のように合伝流を学んだ
ものが多く、その後の薩摩に大きな影響を与えた。
徳田邑興の著書は「島津家御旧制軍法巻鈔」ね。
18 :
日本@名無史さん:04/01/11 00:17
軍に占める武士階級の割合なんてたかが知れてるのでは・・・
武士が鉄砲持つより鉄砲足軽増やした方がずっと数揃えられそうなのに・・・
薩摩藩は三人に一人が武士ですw
土佐藩は全員が武士ですw
20 :
日本@名無史さん:04/01/13 11:45
21 :
日本@名無史さん:04/01/15 18:57
松蔭の師匠って誰だっけ?松浦藩のひと。
>9
そのものズバリで山鹿流兵法とか、甲州流兵法っていう
基本テキストまとめたシリーズがどっかからでてなかったっけ?
俺は北条流だけ手に入れたけど、兵法雄鑑と兵法雌鑑、士鑑用法とかが入ってた。
23 :
日本@名無史さん:
ヘー(・∀・)ホー