【シベリア抑留】ソ連軍による拉致強制労働の実態

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150日本@名無史さん
米軍の残虐行為:リンドバーグの衝撃証言
 14.1.10/7.18改定
 以下は正論00年5月号で紹介された「リンドバーグの衝撃証言」の抜粋です。
チャールズ・リンドバーグ(1902〜74)はニューヨーク・パリ単独飛行や息子の誘拐・殺害事件で有名なあの彼です。
日米開戦後、彼は軍の技術顧問として南太平洋で戦闘任務についた。
この間の日記の邦訳版が昭和49年新潮社から新庄哲夫氏の訳で出版されたが現在絶版になっているものを訳者の了解を得て正論に抜粋を載せたものです。
・・・・・・・・・・・・・リンドバーグ日記の抜粋・・・・・・・・・・
*各地の太平洋戦線で日本人捕虜の数が欧州戦線に比し異常に少ないのは捕虜にしたければいくらでも捕虜に出来るが、米兵が捕虜を取りたがらないから。手を上げて投降してきても皆殺しにするから。
*あるところでは2000人ほど捕虜にしたが本部に引きたてられたのはたった100か200だった。残りのの連中にはちょっとした出来事があった。それを知った戦友は投降したがらないだろう。
*捕虜を取らないことを自慢する部隊がいる。
*将校連は尋問の為捕虜を欲しがる。捕虜1名に付きシドニーへの2週間の休暇を出すとお触れが出た途端に持て余すほどの捕虜が手に入る。懸賞を取り消すと一人も手に入らなくなり、つかまらなかったと嘯くだけ。
*一旦捕虜にしても英語が分かる者は尋問のため連行され、出来ない者は捕虜にされなかった、即ち殺された。
*捕虜を飛行機で運ぶ途中機上から山中に突き落とし、ジャップは途中でハラキリをやっちまったと報告。ある日本軍の野戦病院をある部隊が通過したら生存者は一人もいなかった。
151150 つづき:04/03/31 00:49
*2年以上実戦に参加した経験がない兵が帰国前にせめて一人くらい日本兵を殺したいと希望し、偵察任務に誘われ
たが撃つべき日本兵を見つけられず捕虜一人だけ得た。捕虜は殺せないと嫌がるくだんの兵の面前で軍曹がナイフ
で首を切り裂く手本を示した。
*爆弾で出来た穴の中に皆四肢バラバラの状態の日本兵の死体を投げ込みその後でトラック1台分の残飯や廃物
を投げ込む。
*捕虜にしたがらない理由は殺す楽しみもさる事ながらお土産を取る目的。
金歯、軍刀はもとより、大腿骨を持ち帰りそれでペン・ホルダーとかペーパーナイフを造る、耳や鼻を切り取り面白半分
に見せびらかすか乾燥させて持ちかえる、中には頭蓋骨まで持ちかえる者もいる。
*日本人を動物以下に取扱いそれが大目に見られている。我々は文明のために戦っているのだと主張しているが、
太平洋戦線を見れば見るほど、文明人を主張せねばならない理由がなくなるように思える。事実この点に関する成績
が日本人のそれより遥かに高いという確信は持てないのだ。
*リンドバーグはドイツ降伏後ナチスによる集団虐殺現場を見学した時の日記で「どこかで見たような感じ、そう南太
平洋だ。爆撃後の穴に日本兵の遺体が腐りかけ、その上から残飯が投げ捨てられ、待機室やテントにまだ生新しい
日本兵の頭蓋骨が飾り付けられているのを見たときだ。
ドイツはユダヤ人の扱いで人間性を汚したと主張する我々アメリカ人が、日本人の扱い方で同じようなことをしでかした
のだ」と。
*2年以上実戦に参加した経験がない兵が帰国前にせめて一人くらい日本兵を殺したいと希望し、偵察任務に誘われ
たが撃つべき日本兵を見つけられず捕虜一人だけ得た。捕虜は殺せないと嫌がるくだんの兵の面前で軍曹がナイフ
で首を切り裂く手本を示した。
*爆弾で出来た穴の中に皆四肢バラバラの状態の日本兵の死体を投げ込みその後でトラック1台分の残飯や廃物
を投げ込む。  http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/beigunzangyaku.htm

孤高の鷲〈下〉―リンドバーグ第二次大戦参戦記 学研M文庫
チャールズ リンドバーグ (著), Charles A. Lindbergh (原著), 新庄 哲夫 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4059011150/249-7534127-5484316