結局、十五年戦争での最高の責任者は誰?

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1北條英機
満州事変〜太平洋戦争を通してとりあえずABC級戦犯が裁判で
裁かれ処罰されたが、判決内容に問題があったり、終戦前や裁判前に
死去した人もいるので、そういう人も全て含めて誰が一番責任を
とらねばならないのか、いろいろ聞かせて下さい。
2 :03/03/14 15:59
井上日召に一票。
なんでこんなのが処刑されなかったんだ?
3日本@名無史さん:03/03/14 16:38
tennou
4日本@名無史さん:03/03/14 18:13
唯一、最高責任者であり続けた大元帥。昭和帝。
5日本@名無史さん:03/03/14 19:26
ペルリ。
ペルリが開国をさせなければアジアは平和だった。
6日本@名無史さん:03/03/15 01:21
断じて
広田コーキでわないゾ。
東京裁判へ不服申し立てたい。
7日本@名無史さん:03/03/15 07:00
責任者
第一位 田中義一 満州事変で適切な処理をせず&裏金作りまくりで軍部及び政党政治の腐敗化
第二位 鳩山一郎 統帥権問題を作出&言論弾圧→裏切り者議会人
第三位 東条英機 情実人事で軍部を無責任&腐敗化
8日本@名無史さん:03/03/16 16:16
真崎甚三郎がなんとかしてくれれば・・・
9日本@名無史さん:03/03/16 16:25
>>7

近衛文麿がいないぞえ。
10日本@名無史さん:03/03/16 16:26
広田内閣は、所謂「自由主義」の排撃を声明した。
帝国の政府が、この種の社会科学的な思想上の一態度を声明したことは、
殆んど未だかつてなかった重大事件だったと云わねばならぬ。

http://www.d8.dion.ne.jp/~pianino/
11広田文麿:03/03/17 11:35
木戸幸一
12日本@名無史さん:03/03/17 12:07
キド&ヒロヒト
「俺達に明日は無い」
13日本@名無史さん:03/03/17 12:17
>>10
リンク先が戸坂潤なのだが,
戸坂潤が検挙されたのって広田内閣のときだっけ?
14日本@名無史さん:03/03/17 13:53
14年もないのに15年とした香具師。だれだっけ?
あと満洲事変から支那事変に直結する見方には反対の反対の反対。
15日本@名無史さん:03/03/17 15:34
鶴見氏だけど、足掛け15年という意味ではあっている。
1931年が1年目で、1945年が15年目と言う感じ。だから、一部に定着した。

満州事変と支那事変の関連性は意見が分かれるが、
満州事変後に華北分離工作作戦が継続されているので、継続性はあると見るべき。
(江口圭一「十五年戦争小史」)
16隠れた真実:03/03/18 13:13
最高の責任者は、朝日新聞です。
17隠れていない真実:03/03/18 14:11
朝日へのネガティブキャンペーンは統一教会がやらせているのです。
18日本@名無史さん:03/03/18 14:17
軍部に迎合または屈し、戦争キャンペーンやってたのは
全ての新聞だったのだが。
戦後まもなくの読売は凄い左翼だったのだが・・・。
19日本@名無史さん:03/03/18 15:53
寺崎英成
20 :03/03/18 16:24
松岡洋右
21 :03/03/23 15:51
大角峯生
22日本@名無史さん:03/03/23 16:23
最大の責任者はやはり近衛文麿だろう。
第一次内閣では、日中戦争、防共協定、国家総動員法、
第二次内閣では、仏印進駐、三国同盟、開戦時期の決定
戦争につながる重要な決定はほとんどこいつの内閣でなされた。
23日本@名無史さん:03/03/23 17:06
そんなのいません。
いるとしたら、その場の雰囲気です。
24日本@名無史さん:03/03/23 18:57
同意
強いてあげるなら、世論でしょう。
あのチョーチン行列が誰ぞの戦争指導の成果とは思えないでし。
25日本@名無史さん:03/03/23 19:49
しかし当時 新聞が煽らなかったら 国民までがイケイケには
ならなかったと思われ。
きちんと工業力などの格差、国際政治状況を分析して伝えて
いたら、日露戦争で領土がとれなかったとかで暴動をおこさな
かったはずだし、日支事変も適当に妥結して太平洋戦争は
避けられた可能性が高い。
エンジンをかけたのは軍部だが、ブレーキが効かなくなってたのは
マスゴミが主犯。 事故になったのは、エンジンをかけたやつより
ブレーキを毀したほう。 自動車は当時から必要悪、運転の加減を
間違えたのが惨敗の原因。
26日本@名無史さん:03/03/23 20:13
敗戦責任なら当然大元帥閣下、昭和天皇。
戦争責任は取る必要なし。
27日本@名無史さん:03/03/23 20:50
形式的な最高責任者は 昭和天皇だわな。
実質的な責任者はいっぱい居て誰が一番悪いかは決めにくいな。
でも自決とか(インチキでも)裁判で責任を取らされたのは
それなりに償ったといえる。
戦後ものうのうと生き残ったヒロヒトとマスゴミが
最高にたちの悪い責任者だったとはいえる。
28日本@名無史さん:03/03/23 20:59
支那事変の最大の受益者は毛沢東でつ。
29日本@名無史さん:03/03/23 21:02
笑話天皇独走で逃げきりました。
最高責任者が最高に、責任とらないとは、珍妙。
30日本@名無史さん:03/03/23 21:04
裕仁。
31日本@名無史さん:03/03/23 21:23
16.言論統制の時代
軍縮から拡軍へのムード:事変の拡大
戦争とジャーナリズム 軍部の言論干渉
思想、情報、言論の統制化が始まる
国際情報の一元化:内閣情報局/同盟通信社 

17.太平洋戦争とジャーナリズム
紙面の変化
統制団体
一県一紙体制へ
特派員報道
軍部・政府批判は、発禁、処罰
32日本@名無史さん:03/03/23 21:41
。。政府軍部のマスコミ統制。。

1930年代に入ると,軍部の台頭とともに新聞の報道・言論は圧迫されは
じめた。
ファシズムに対する批判も一部の新聞で行われ,《福岡日日新聞》に
おける菊竹淳(六鼓)の五・一五事件批判(1932),《信濃毎日新聞》に
おける桐生政次(悠々)の関東防空大演習批判(1933)などもあったが,

それらも36年の二・二六事件までで,
37年の日中戦争開始から45年の敗戦まで,
新聞は完全に政府・軍部の統制下に置かれ,
国策の宣伝機関になってしまった。

この間1938年から新聞用紙が統制され,40年ころからは取締りの容易
化を目的として新聞社の統廃合が進められて,39年848紙を数えた
日刊紙は42年にはわずか54紙に減少した(新聞事業令)。
33日本@名無史さん:03/03/25 00:20
>>25
工業力の格差や国際政治状況を綿密に分析するような新聞を好んで読む人はそう多くあるまい。
またそのような見識のある人は新聞だけの意見で自分の主義が決まることもないだろう。
34日本@名無史さん:03/03/26 00:51
日清戦争に一票

あの戦争ですごく儲かった成功体験が悪い方向に作用した。
不景気だから戦争やって中国から賠償金取って、と考えた。
35日本@名無史さん:03/03/26 01:01
松岡・近衛・広田はターニングポイントで悉く重要な位置を占めている。
しかも全部日本にとっては悪い方向へ。
GHQが許しても日本人民は許さない。
36日本@名無史さん:03/03/26 06:08
誰が責任があるかとは一概に言えないのですが、
軍部大臣現役武官制を復活させた広田弘毅にも責任がある
(たとえ無理やりせざる終えなかったとしても)

軍部大臣現役武官制は第二次山県有朋内閣の時に制定。
第一次山本権兵衛内閣のときに廃止されたが、広田弘毅内閣のときに復活。
この法律のおかげで軍の意向で倒閣できるようになり、
陸海軍の発言力が強まった。
結局満州事変、日中戦争、太平洋戦争という流れを止めることが出来なかった
37日本@名無史さん:03/03/26 07:21
>>36
軍部大臣現役武官制の復活を強力に推進したのは
梅津美治次郎・石原莞爾・武藤章。
特に石原莞爾はこの時期の政治過程に深く関与する曲者。
38日本@名無史さん:03/03/26 07:27
武藤章は自らが企図し失敗に終わった綏遠事件のリベンジのために日中戦争を
拡大した馬鹿者。
39日本@名無史さん:03/03/26 13:18
近衛文麿
40日本@名無史さん:03/03/26 14:05
形式的には昭和帝でしょ。15年ずっと最高指導部にいたのは彼だけなんだから。
41日本@名無史さん:03/03/26 20:49
じゃあ実際に昭和天皇に責任をとらせるとして、
どのような形で責任をとらせるの?

殺す?蟄居させる?
天皇家は残す?皇太子(現天皇)を新天皇に擁立する?
42日本@名無史さん:03/03/26 20:50
軍部大臣現役武官制のような法律は、
他の列強諸国にはあったのでしょうか?
43日本@名無史さん:03/03/26 21:17
国民
たとえどんなに偉大な指導者を抱こうとも(突発的に生まれたとする)
結局愚かな国民には理解しきれず
愚かな政府、愚かな国家しか作れない悲惨な末路が待っている
44日本@名無史さん:03/03/26 21:22
>41
もう過ぎ去ったことだから退位させることなんてできないべぇ
2ちゃんで晒すことで責任をとらせてるんだと漏れは思うんやでぇ
機会があれば昭和天皇の卑怯さ無責任さ犯罪性を論って、
大政翼賛的なマスゴミの評価を覆していくしかないずら。
45日本@名無史さん:03/03/26 21:47
「十五年戦争」という左翼用語の概念自体が、「地上の楽園」「拉致問題はでっちあげ」という戦後の一連のキャンペーンと同じく壮大なファンタジーの構築なんだから、実体の存在しないものに責任も何も無いわな。
満州事変、支那事変、三国同盟、日米開戦などそれぞれの事件にそれぞれの責任者は存在するだろうね。
46日本@名無史さん:03/03/26 22:20
直接には、ルーズベルト。
間接には、天皇中心主義を敷設したという意味で中大兄皇子。
47認識日本:03/03/26 23:45
学校で教えている日本史はマルクス史観に毒されている。
戦前の皇国史観も科学的ではなかった。
新しい日本史観が必要だとおもう。
48日本@名無史さん:03/03/26 23:47
科学的な史観なんて存在するのか?
49日本@名無史さん:03/03/26 23:52
>>45
15年間の連続性はあるんでないの?
対中国干渉が対英米につながっていったんだから。
今はもう左翼用語じゃないよw。
50 :03/03/27 00:38
俺に言わせれば15年どころか、張作霖爆殺(1928)やさらに日露戦後の満蒙独立
工作から既に太平洋戦争の遠因はある。もっとたどれば日清戦争だ。
戦争国家、大日本帝国の50年戦争をこそ強く唱えたい。
51日本@名無史さん:03/03/27 00:57
とっとと降伏しなかったバカ蒋介石。こいつが最高責任者です。
52日本@名無史さん:03/03/27 01:07
桂ハリマン覚書が破られた時点で
アメリカと日本の対決が決定的になったと思う。
53日本@名無史さん:03/03/27 03:49
 これまで触れてきたように米国の極東外交は、もっぱら日本を敵視しその勢力を中国から
駆逐することにおかれていた。
 それが中国を強化する道であり、同時にその強化された中国の市場を米国資本が独占
することによって巨大な富を米国は持ち得るというものであった。
           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 その1人にソ連専門家として、有名なソ連封じ込め論を展開し、戦後米国への冷戦外交樹立
の立役者となったジョージ・ケナンがいる。
 このジョージ・ケナンは、「アメリカ外交50年」という講演録の中で戦前の米国極東外交を
批判し日本の立場への理解を米国が持つべきであったと指摘しているのである。
 ケナンは米国の戦後外交の立役者の1人であり、その指摘の中には、米国が戦後共産主義
との対決の最前線で苦労しなければならなかったはなぜか、との問題意識から、戦前の米国
の対アジア外交の独善性、ドグマ性と逆に戦前の日本の立場への同情とが語られているの
である。
http://www.history.gr.jp/showa/131.html

ケナンは、著書として出版された「アメリカ外交50年」で、
米国は十年一日のように日本の立場にいじわるをしていた」と記している。
もともと日中間の火種となった満州問題も、米国のいじわるが原因。
つまり、アメリカこそすべての元凶。
54日本@名無史さん:03/03/27 13:05
満鉄爆破がアメリカのせいなのかと小一時間(以下略
55日本@名無史さん:03/03/27 16:50
満州に手を突っ込んだ時点でアウト。
朝鮮に手を突っ込んだ時点でアウト。
っていうか朝鮮人が清を支持したりロシアを支持したりして
日本を困らせたのが原因。
56日本@名無史さん:03/03/27 17:15
最大の戦犯は、朝日新聞をはじめとするマスコミだ。
戦争をあおりたてる記事ばかり書いた。
今では「軍部政府に強制されたんだ」といいわけしているが、
それはおかしい。
政府批判もやっていたではないか。
関東軍が独断専行したとき、兵糧を止めようとした内閣に罵
詈雑言を浴びせたではないか。
内閣の焦慮をしり目に、独断専行部隊へヤンヤの喝采を浴
びせたではないか。
なにが「政府に強制された不本意な記事」だ!?
脱退せずともよい国際連盟脱退をあおり立てたのはどこのどいつだ?
さほど日本に悪意があったわけでもないリットン調査団への敵愾心を
あおり立てたのはどこのどいつだ?
国全体がそういう雰囲気になったら、政治家だって天皇だって、なす
すべがなくなる。
最大の戦犯は、マスコミだ。
そして、未だ「強制されて記事を書かされた」と言い訳をし、自己批判
すらしていない。
57日本@名無史さん:03/03/27 22:29
>>自己批判
同意だが
それは嘘を嘘と見抜けなかった国民も同じだし
間抜けで無力だった政治家や官僚にも言える
一億総懺悔は本来言われたものとは別の意味で間違っていないと思う
58日本@名無史さん:03/03/28 12:23
>>57
>>それは嘘を嘘と見抜けなかった国民も同じだし
だまされた者よりもだましたヤツのほうが悪いに決まってるじゃないか。

>>間抜けで無力だった政治家や官僚にも言える
犯罪を取り締まらない怠慢な警察があったら、もちろんそれは悪い。
しかしそれ以上に悪いのは、犯罪者本人だ。
59日本@名無史さん:03/03/28 12:44
。。政府軍部のマスコミ統制。。

1930年代に入ると,軍部の台頭とともに新聞の報道・言論は圧迫されは
じめた。
ファシズムに対する批判も一部の新聞で行われ,《福岡日日新聞》に
おける菊竹淳(六鼓)の五・一五事件批判(1932),《信濃毎日新聞》に
おける桐生政次(悠々)の関東防空大演習批判(1933)などもあったが,

それらも36年の二・二六事件までで,
37年の日中戦争開始から45年の敗戦まで,
新聞は完全に政府・軍部の統制下に置かれ,
国策の宣伝機関になってしまった。

この間1938年から新聞用紙が統制され,40年ころからは取締りの容易
化を目的として新聞社の統廃合が進められて,39年848紙を数えた
日刊紙は42年にはわずか54紙に減少した(新聞事業令)。
60日本@名無史さん:03/03/28 13:10
最大の戦犯は明治政府の朝鮮併合だわな。
できるなら併合前の日本に行って「あの法則」を教えてやりたい。
朝鮮半島にだけはかかわるんじゃない!
61日本@名無史さん:03/03/28 13:19
アジア解放の聖戦を貶める
キムチくさいスレはここですか?
6245:03/03/28 13:43
>>49
>今はもう左翼用語じゃないよw。

今はもう死語に近いから左翼用語ですらないのかもね。
連続性なら青島出兵の方が、国家自体の意図的な大陸進出と中国側への無茶な要求という点は共通するんじゃないの?
これじゃ「三〇年戦争」になってしまうが。

>>50
>戦争国家、大日本帝国の50年戦争をこそ強く唱えたい。

五〇年とか言い出すなら林房雄の言う、阿片戦争への衝撃や薩英戦争からはじまる「大東亜百年戦争」という概念の方が良いんじゃないの?文学的だし。
63日本@名無史さん:03/03/29 01:54
>連続性なら青島出兵の方が、国家自体の意図的な大陸進出と中国側への無茶な要求という点は共通するんじゃないの?
これじゃ「三〇年戦争」になってしまうが。

第一次世界大戦のドサクサに出された対華21箇条も忘れるわけにいかないな
64日本@名無史さん:03/03/29 02:00
>五〇年とか言い出すなら林房雄の言う、阿片戦争への衝撃や薩英戦争からはじまる「大東亜百年戦争」という概念の方が良いんじゃないの?文学的だし。

「大東亜百年戦争」がイイね
尊王攘夷をスローガンに倒幕に成功したものの、実際には攘夷なんか出来ない
そこで攘夷をしない言い訳に「大攘夷」という概念を持ち出した
外国と貿易をし、西洋技術を取り入れ、日本を強大にした後に攘夷、これが大攘夷
日清戦争も日露戦争も日米戦争も大攘夷
65日本@名無史さん:03/03/29 03:52
はぁ?
攘夷というのは軍事的に「夷狄を撃払う」という意味だけじゃないでしょ
貿易立国も攘夷概念の中に含まれている
66日本@名無史さん:03/03/29 04:47
>>65
初めて聞きました。だれが言い出したことなのですか?
67日本@名無史さん:03/03/31 12:01
マスコミの責任は重いだろうな。
勘違いしている方がおらるるが、
軍部はマスコミに「都合の悪い事は書くな」と言っても
「煽れ」とは言っていない。
にもかかわらず、めちゃくちゃに煽ったマスコミ
特に朝日新聞の責任は重かろう。
まあとはいったものの、当時の熱狂ぶりはそれは凄いもの。
誰が悪いとか言っても仕方ないのが現実ではなかろうかと。
68日本@名無史さん:03/03/31 15:52
「十五年戦争」ていう言葉をたまに聞くけど
どうやら、一部の思想を信奉してる人たちの用語のようで…
69日本@名無史さん:03/04/05 19:29
まあ帰国運動の責任すら取ろうとしない朝日新聞や進歩的文化人が、大戦の責任を取るわけが無いよな。
20年くらいたつと口を拭って政府を批判しはじめるよ。まあ見てろ。
70 :03/04/12 10:48
mou-damepo
71日本@名無史さん:03/04/12 11:44
十五年戦争なんてはじめて聞いた、どこの狭窄語だ?
大東亜戦争でいいだろ!
72日本@名無史さん:03/04/12 13:02
>>71
「十五年戦争」という言葉を使うかどうかはともかく、
この語を今まで一度も聞いたことない、という>>71
人生における読書体験が貧しいと思われる。
何が楽しくて日本史板に出入りしているのやら(藁)
73日本@名無史さん:03/04/13 01:34
唯一、最高責任者であり続けた大元帥。昭和帝。
74日本@名無史さん:03/04/13 11:18
>>72
お前こそ左翼本ばかり読み漁っていたんじゃないのか?w
75日本@名無史さん:03/04/13 11:26
最高って役職的な意味じゃなくて
戦争というコンセプトの中心にいたのは
やっぱ莞爾じゃないの?
本も書いてるし
76山崎渉:03/04/17 14:01
(^^)
77山崎渉:03/04/20 02:12
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
78日本@名無史さん:03/04/22 15:09
昭和天皇以外に誰がいるんだよ
79日本@名無史さん:03/04/22 15:10
        /´      ̄`ヽ
       / 〃  _,ァ---‐一ヘヽ
       i  /´       リ}
       |   〉.   -‐   '''ー {!
       |   |   ‐ー  くー |     い た し ま せ ん か?
       ヤヽリ ´゚  ,r "_,,>、 ゚'}
       ヽ_」     ト‐=‐ァ' !
          i、   ` `二´' 丿
            ` '' ー--‐f
    ,.、-  ̄/  | l   ̄ / | |` ┬-、
    /  ヽ. /    ト-` 、ノ- |  l  l  ヽ.
  /    ∨     l   |!  |   `> |  i
  /     |`二^>  l.  |  | <__,|  |
_|      |.|-<    \ i / ,イ____!/ \
  .|     {.|  ` - 、 ,.---ァ^! |    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l
__{   ___|└―ー/  ̄´ |ヽ |___ノ____________|
  }/ -= ヽ__ - 'ヽ   -‐ ,r'゙   l                  |
__f゙// ̄ ̄     _ -'     |_____ ,. -  ̄ \____|
  | |  -  ̄   /   |     _ | ̄ ̄ ̄ ̄ /       \  ̄|
___`\ __ /    _l - ̄  l___ /   , /     



80日本@名無史さん:03/04/22 17:59
昭和天皇以外に誰がいるんだよ
81日本@名無史さん:03/04/25 21:14
唯一の主権者以外に誰がいるんだよ
82日本@名無史さん:03/04/25 21:22
蒋介石。丸儲けは毛沢東。
83日本@名無史さん:03/04/25 22:26
1、やっぱ近衛文麿
2、松岡洋右
3、土肥原賢治
4、真崎甚三郎
5、石原莞爾
6、東条英機
7、甘粕正彦
8、若槻礼次郎
9、昭和天皇
10、板垣征四郎
11、尾崎行雄
だよな普通に考えて
84日本@名無史さん:03/04/26 22:19
>>83
この中で頂点にいたのは、誰ですか?
85日本@名無史さん:03/04/26 22:31
米側はペリー(by石原莞爾 )
なら日本側は犬養毅だな。
86日本@名無史さん:03/04/26 22:42
こいつキモイ ↓

        /´      ̄`ヽ
       / 〃  _,ァ---‐一ヘヽ
       i  /´       リ}
       |   〉.   -‐   '''ー {!
       |   |   ‐ー  くー |     い た し ま せ ん か?
       ヤヽリ ´゚  ,r "_,,>、 ゚'}
       ヽ_」     ト‐=‐ァ' !
          i、   ` `二´' 丿
            ` '' ー--‐f
87日本@名無史さん:03/04/26 23:01
>>84
頂点=責任者か?
満州事変や盧溝橋事件の責任者が昭和天皇とは思えないし?
阿片戦争の責任者が道光帝とは思わない
それよりもこんな重大事件に若槻や近衛といった下手な対応しかできない連中に
首相をやらした西園寺の罪は大きいと思う

>>85
アメリカはなんでペリーという中途半端なところが発端になるの?
ペリーを極東に向かわしたフィルモアとか
アメリカ国家を作ったワシントンらとか
あるいはアメリカ大陸を発見したベスブッチやコロンブスじゃないの?

日本でもペリーの要求に屈した阿部正弘とかは無罪か?
この判断で日本が近代化に進んだし
日露戦争後の小村寿太郎なんかもひどい

終戦まで日本の軍人に日露戦争の亡霊を作ってしまった
東郷平八郎やルーズベルトとかも決して罪は軽くない
88日本@名無史さん:03/04/27 16:55

自ら考え、自ら主張し、行動し、結果責任を取らなかったのが昭和天皇でした。
89日本@名無史さん:03/04/27 18:16
ヤマダロウの最新本を見る限り天皇屁ー下だな
90日本@名無史さん:03/05/02 10:40
91日本@名無史さん:03/05/03 12:55
満洲事変・・・蒋介石(北伐)
支那事変・・・毛沢東(盧溝橋事件画策)
大東亜戦争・・・ルーズベルト(石油禁輸)
この3人にきまっとるでねーか。
92日本@名無史さん:03/05/03 12:59
当時の日本国民みんな
93山崎渉:03/05/22 03:38
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
94山崎渉:03/05/28 11:20
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
95日本@名無史さん:03/05/31 21:20
君主に忠実でありながら,君主が道を誤りそうになったら,命をかけてそれを停める
それをしなかった百姓=最大の悪,ようするに1の曽祖父もその一人だな
96名無し:03/05/31 21:26
満州事変はシナ事変とは関係ない。
シナ事変は1936.12の西安事件で対日急攻撃で合意した
蒋介石と毛沢東の合作だ。1937.7から対日攻撃が始まったからだ。
通州事件は中国の戦争犯罪だ。
97fidelcastro002:03/07/03 09:48
満州事変は関東軍の暴走でしたが、敗戦までに行なわれた数々の戦争は、
昭和天皇の允裁によって始められたのです。歴史に「もし」という言葉は
ないというのは百も承知していますが、もし歴史に「もし」があれば、
もし彼が死を掛けて、第二次世界大戦の允裁を押さなければ、150万の
軍人の命、民間人150万〜250万(原爆の後遺症などで死んだ人々を含む)
の命を無駄に散らす事はなかったでしょう。もちろん、朝鮮人、中国人などの近隣諸国の人々の命もです。

百歩譲って、昭和天皇に戦争を始める決定権がなかったとしても、
我々が望んでいる指導者というのは、国民の過ちを諭し、国が危険に
瀕している時は、命を賭して国民を護るという人物です。象徴であるために、
その神聖を軍部に利用されて、国民を路頭に迷わす指導者など我々国民には必要ないのです。

それに、負けると分かった時点で、皇室という存在がポツダム宣言を
速やかに受諾できないという足かせを日本と日本人に嵌めてしまい、
この国を世界で初めて、唯一の原爆被爆国にしてしまった事実は、
人間の社会が続く限り永遠に消えないでしょう。
98fidelcastro002:03/07/03 09:48
しかるに、某月刊紙で、天皇は「国民に謝罪したかったが。
故吉田総理が止めた」という詔書の草稿を掲載されても、
ナンセンスというしかありません。あれだけの死者をだした
戦争を始める允裁を押しておいて、謝罪する気持ちがなければ
犬畜生と変わりないでしょう。謝罪する気持ちがあって当たり前なのです。
自分の重臣が何を注進しようとも、自分の判断基準で国民や
アジアの国々に謝罪するべきではなかったのではないでしょうか。

結局、明治以来、天皇制によって恩恵を受けてきた人々の子孫が、
現在においても政権の中枢にいて、常に皇室の擁護をし、
学校教育で使う教科書に先の大戦の真実を記載させないようにし、
マスメデイアに皇室のいいイメージを流すことを強要しているのではないでしょうか。
某雑誌の「朕ノ不徳ナルモ・・・」もその一環のキャンペーンのように思えてなりません。

「朕ノ不徳ナルモ・・・」は私にとって何の意味もないものです。
天皇の重臣たちによる天皇擁護のようにしか思えないのです。
いくら謝っても、戦場に散っていった兵士、空襲や原爆で死んでいった人々、
日本の侵略によって死んでいったアジアの民は戻ってこないのです。
99日本@名無史さん:03/07/03 09:56
張作霖爆殺の時に統帥権運用を誤って、その後の陸軍暴走に途を開いた昭和天皇
100日本@名無史さん:03/07/03 22:44
>>99
陸軍は天皇の軍隊、皇軍が天皇に背いて勝手に暴走できるわけがない。
暴走を止めなかったのは、天皇が追認していたからだ。
101日本@名無史さん:03/07/03 23:25
石原だろうが、根は伊藤博文だな、個人に帰すなら。
102日本@名無史さん:03/07/03 23:40
あの当時中国に混乱を必要としていたのは中国共産党
帝国陸軍内の維新傾向のある部分を利用して
戦いに引き込んだと見るべき
103山崎 渉:03/07/15 11:58

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
104山崎 渉:03/08/02 01:48
(^^)
105山崎 渉:03/08/15 14:36
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
106晋作:03/09/21 14:37
柳条湖事件が1931年9月、降伏文書調印が1945年9月。
その差は14年。
だから「14年戦争」と呼ぶべきです。
107日本@名無史さん:03/09/21 14:58
>>101
それなら、伊藤より山県では?
108日本@名無史さん:03/09/21 14:59
今時15年戦争なんてタームを恥ずかしげもなく使うなよ。
反日宣伝を鵜呑みにしている無知無学な馬鹿だとバレるぞ。

109日本@名無史さん:03/09/21 15:06
まあ「大東亜戦争」よりは「十五年戦争」のほうがマシだな。
110日本@名無史さん:03/09/21 15:13
大東亜戦争は日本政府が閣議決定で定めた正式名称だから、日本史用語としては最適だ。
反日勢力だけが正式名称を忌避している。
111日本@名無史さん:03/09/21 15:14
タームなんて恥ずかしい横文字使うなよ
112日本@名無史さん:03/09/21 15:17
政府の犬め。
113日本@名無史さん:03/09/21 15:19
恥ずかしいのは、反日勢力の走狗なのだが。
114晋作:03/09/23 11:08
>>108
>今時15年戦争なんてタームを恥ずかしげもなく使うなよ。
だから「14年戦争」なんだってば。
115日本@名無史さん:03/09/23 11:21

姉妹サヨクスレもひとつよろしく

http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1064045374/l50

116日本@名無史さん:03/09/23 12:22
バカウヨ必死だな
117日本@名無史さん:03/09/23 13:09
 我々は何のために生れて来たか。大東亜戦争に勝抜くために生れて
来たのではないか。驕れるもの米英を叩きつぶすために生れて来たの
ではないか。敵が屈服するまでは断じて戈ををさめてはならない。我
我の時代に屈服しないならば我々の子供が戦ふであらう。子供の時代
に屈服しなければ、我々の孫が戦ふであらう。
 百年戦争の覚悟はよいか。
 我々は日に三度、「覚悟は百年」の言葉を繰返し、直ちに生活の中に
取入れ、職域の上に反映せしめなければいけない。しかして我等は不
敵の魂と強靱なる神経とをもつて、敵の空襲や海上ゲリラ戦が益々日
本人の敵愾心を煽り、百年戦争の覚悟をいよいよ強固ならしめる以外
何等の効果もなきことをハツキリ彼等に知らしむべきであらう。

--- 「百年の戦ひ」  情報局第二部長 松村秀逸 1942.7.6放送 ---
118日本@名無史さん:03/09/23 13:15
>>117
狂ってる。タリバンといい勝負。
119日本@名無史さん:03/09/23 13:27
みんな仲良く連帯責任。これが日本の伝統です。
120日本@名無史さん:03/09/23 13:36
一億総懺悔
121日本@名無史さん:03/09/23 14:33
122GHQマンセ-:03/10/21 02:06
わかりません。大村裕仁と言いたい所だがホントニGHQか原爆関係者に処刑されていて
影武者鬼塚裕仁に替わってるしなあ。悪は滅びるのだ。強いて言えばスターリン帝国の悪行
を知ってるのに自国民に告知義務を怠った害務省と言った所かな。
123日本@名無史さん:03/11/27 04:58
>>119
瀬島龍三にはその方が都合いいだろな
124日本@名無史さん:03/11/27 15:55
やはり一番責任が重いのは、朝日新聞、NHKなどのマスコミだろう。
特に朝日は中村震太郎事件以降は、徹底した好戦派・軍国主義派で
国民を煽りまくった。

関東軍の暴走も「朝日が戦争を煽っている。国民は我々を支持する」という
関東軍参謀の判断があって初めて実行された。
125日本@名無史さん:03/11/27 15:57
>結局、十五年戦争での最高の責任者は誰?


家康
126日本@名無史さん
>>125
400年前に勝てなかった秀吉と前線指揮官の行長、清正の責任