「崇」字をもつ天皇たち

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434日本@名無史さん
戦時中、島嶼では玉砕と称して日本兵はお互いに足を引っ張り合いながら団子になって死んでいった訳だが、
生き残った人が「彼らの死を無意味だったとは遺族には言えない」と言っていた。
どうすれば彼らの死を無駄にさせないことが出来るか、思い悩んでいる様でもあった。

日本では、未だに戦争の張本人、責任者である天皇の戦争責任が問われていない。
これを明らかとし、二度とこの様なことが起きない様に天皇制を廃棄する事こそが、彼らの死に報いることではないだろうか。
そうして初めて、戦争で死んでいった数百万の日本人の死が無駄ではなくなるのである。
435日本@名無史さん:2006/12/03(日) 11:14:59
崇は祟り
徳は怨霊を追い払うという意味じゃなかったかな
436日本@名無史さん:2006/12/03(日) 11:55:23
昭和天皇にも贈り名あるのか?
437日本@名無史さん:2006/12/03(日) 14:59:10
明治時代から中国の明朝に成立した一世一元制を採用した為、天皇が在位の間は改元をせず、天皇崩御後は在位中の元号を贈られるシステムになった。

諡号には先代の治世を評価する価値判断が伴うため、始皇帝みたいな専制君主は廃止してますね。
438日本@名無史さん:2006/12/03(日) 18:27:46
位真崇伝
439日本@名無史さん:2006/12/07(木) 12:54:38
天皇じゃないが皇族には崇仁っていたよね?最近の人で。
京都の被差別部落と同じ名なんだが?
440日本@名無史さん:2007/01/09(火) 02:49:13
日本史ではないが、ラストエンペラー溥儀には今のところ諡号がない。
441日本@名無史さん:2007/01/13(土) 23:07:51
>>440
一応、中国政府が「恭宗」という諡号を定めたが愛新覚羅家は認めていない筈
442日本@名無史さん:2007/01/14(日) 00:19:46
「タタル」「タタリ」という語が「祟る」「祟り」の意味で使われるように
なったのはいつごろからなのでしょうか?
折口なんかだと「タタリ」はもともとは「出現する」の語であったと
説かれていたように思う
443日本@名無史さん:2007/01/19(金) 17:09:45
徳や崇の字が災いを引き起こすんじゃなくて
祟りそうな人間にあとからお札みたいな感じで徳や崇の字をつけただけだろ?
444日本@名無史さん:2007/02/03(土) 11:51:03
大魔縁
445日本@名無史さん:2007/02/21(水) 05:07:30
>>439
昭和天皇の弟皇子じゃないか。まだ健在だったけ?
446日本@名無史さん:2007/03/17(土) 00:34:38
>>441
どうして認めなかったの?
てゆうか今の愛新覚羅家に中共政府が決めたものを拒否する力なんてあるの?
447日本史@名無しさん:2007/03/21(水) 10:06:31
いや、だからその名前が酷いからだろw
448日本@名無史さん:2007/03/21(水) 11:41:03
>>446
自分の親の贈り名を決める権利くらいは個人にもあるだろう、
いくら共産党国家とはいえどもw
449日本@名無史さん:2007/03/22(木) 01:41:14
>>448
てか>>441を読む限り、中国政府が溥儀の贈り名を定めたが、それを溥儀の親族が認めていないって読めるんですが・・・。
450日本@名無史さん:2007/03/22(木) 05:06:32
中国政府ではなくて、溥儀を清の陵墓に改葬して宣伝に利用した霊園業者じゃないのか?
451日本@名無史さん:2007/04/05(木) 17:22:25
大魔王崇徳上皇

HP 5500000
MP 無限
AT 777
DF 400
AG 290
452日本@名無史さん:2007/05/11(金) 01:38:35
453日本@名無史さん:2007/05/12(土) 23:54:16
しゅ
454日本@名無史さん:2007/05/13(日) 02:29:16
ぴっ
455日本@名無史さん:2007/05/13(日) 02:45:54
>>445
健在だよ。

>>450
そういう政治に深くかかわることは、民間の一業者が勝手にできる国じゃないよ、あの国は。

愛新覚羅家が認めないってのは、十分にありうることでしょ。
認めてしまったら、それは清朝以後の政府の正統性を認めた、って意味になるからね。
456日本@名無史さん:2007/05/13(日) 02:49:21
>>429
光仁、光孝、光格は、明らかに光武帝を意識しての贈り名でしょう。
457日本@名無史さん:2007/05/14(月) 00:55:32
↑なるへそ
458日本@名無史さん:2007/05/14(月) 05:28:28
残念だけど429のほうが正しいよ
459日本@名無史さん:2007/05/20(日) 02:13:54
>>429>>456は結局同じことを行っているような・・・。

それより>>430の、後ろに「光」がつくケースは当人の代でそれまでの皇統が断絶ってのはどうなの?
460日本@名無史さん:2007/05/27(日) 21:14:08
さあ?
461日本@名無史さん:2007/06/10(日) 21:12:43
あげ
462日本@名無史さん
>433
百人一首の祟徳天皇の歌・・・
都で平穏に暮らしていたときのものだと思われ・・・
まさか今様狂いの実弟、後白河ごときに武士が味方するとは
思わなかったんだろうね。
祟徳上皇が流された讃岐に上皇を祭る神社があるが、
なぜか、母の待賢門院も祭られている。
待賢門院は讃岐に来たことはないし、祟徳上皇が流される以前に亡くなっている。
待賢門院は、治天の君後白河法皇の母でもあり、後白河法皇は今様に没頭した理由を
「梁塵秘抄」の中で母の影響と語っているのだが、なぜか怨霊になっていると思われたんだろうか。
たしかに晩年は不遇であったが、祟徳上皇のように流されたわけでもないんだが。