938 :
日本@名無史さん : :03/09/05 13:20
源家と源氏
平家と平氏
939 :
日本@名無史さん:03/09/05 13:25
平家=海戦
源氏=地上戦
940 :
日本@名無史さん : :03/09/05 13:32
平家はなぜ陸戦に負け続けたのか。
源家諸家(源氏)や、坂東の平氏が陸戦に強かったのはなぜか。
941 :
steal@mokorikomo :03/09/05 19:09
age
>940
高校生からやり直せ
943 :
日本@名無史さん : :03/09/06 11:01
>942
いや940は、高度な問いだと思う。
そこにある
「源家諸家(源氏)」という微妙な言葉や、平家と「坂東の平氏」を対置しているところを見るべし。
君より視点は上だと思うが。
944 :
日本@名無史さん:03/09/06 12:00
940=942
ですか?
自画自賛は見苦しいですよ
>944
おれは940なんぞではない。
940=943だろ。
947 :
日本@名無史さん : :03/09/06 18:40
源氏や坂東平氏が陸戦で強かったのは、前九年の役や後三年の役で、
万単位の兵力を指揮・操作するノウハウを身につけていたこと。
対する伊勢平氏系の平家は、保元の乱や平治の乱という警察行為の延長的な合戦の経験しかなく、
大合戦を戦うノウハウを持っていなかった。
このことは、東国と西国の武家の豪族度の度合いから社会経済史的にも明らかに出来る。
>>940 数の勝利
>ゲンジボタルとヘイケボタルの一匹のメスが産む卵の数は、ゲンジがヘ
イケ のほぼ10倍といわれます。このことからもゲンジがいかに成虫に
なるまでの 死亡率が高いかということがわかります。
949 :
日本@名無史さん:03/09/06 19:46
源氏=四つ:北鮮、ロシア方面の騎馬系
平氏=八つ:イラン〜東南アジア、南海の海民系
東国は馬の産地。
951 :
日本@名無史さん:03/09/06 21:14
杖刀人の時代から東国人は猛々しいわけで。
下向井龍彦は対蝦夷戦争での経験を重視してるね。
952 :
日本@名無史さん:03/09/17 23:49
このまま落す?
953 :
日本@名無史さん:03/10/03 00:43
954 :
日本@名無史さん:03/10/04 00:44
貞盛以来の平家の人たちは、四位のくせに地下だったの?
955 :
日本@名無史さん:03/10/07 01:10
唐揚げすんのも芸ないし
相馬小次郎→良将の通称は次郎。良兼は非実在。
村岡五郎→高望の賜姓前は五郎王。
956 :
日本@名無史さん:03/10/07 01:12
957 :
日本@名無史さん:03/10/07 01:25
あっ、なんかうけたみたい
マジメな話、時代が鎌倉以降に降れば、代々の通称で小次郎ってのも考えられるけど
平安中期の相馬小次郎の場合、父親の良将(持)は次郎って設定になんのかな。
良文兄弟の賜姓前の名前もなんだろな。将門なんかの活動時期をみると
高望賜姓とされる時期には、メジャーな四兄弟は全員生れてるはずだよな。
尊卑の生年を信頼すれば、満仲にも賜姓前の王時代の名前があるはず。
958 :
日本@名無史さん:03/10/07 02:06
太郎、次郎、三郎・・・って通称(幼名?)は当時どういった階層の人間(家)で使われてた?
>>958 ほぼ全階層でしょうな。
「一の家の太郎君」という言い方もあるし、
十四世紀はじめの史料で、鍬商人のことを「四郎男」と呼んでるケースもあるし。
960 :
日本@名無史さん:03/10/07 03:29
将門の頃に太郎・次郎なんて言ってたのかな。
清和源氏では義家兄弟の頃からだよね。
そんでもって王名はそのままじゃないの。
経基王→源経基だから。元服以前ならそもそも無いし。
961 :
日本@名無史さん:03/10/07 04:46
藤原頼通の養子だった源師房は源氏賜姓前は「資定王」だったよ。
賜姓とともに改名している。
962 :
日本@名無史さん:03/10/07 04:48
>1
なぜ、源氏と平家なのか?
「源氏と平氏」
か
「源家と平家」
と、氏と家を対等にしないと。
↑厨房にありがちなどうでもいいこだわり(w
964 :
日本@名無史さん:03/10/07 05:06
厨房レベルの質問ではあるが、どうでもいいことではない
源家・平家は本家だけだけど、源氏・平氏は分家も含めた子孫全般でしょ。
・・・・・やっぱりどうでもいいよ・・・・・・・
966 :
日本@名無史さん:03/10/07 05:27
いやいや、なぜ源のほうは氏で、平らのほうが家なのか
ってことは、両氏の武士団の構成原理、さらには平氏政権と
源氏政権の段階差、ないし御家人制の展開、もしくは
国家軍制の変遷を考える上で、なかなか象徴的な意味を
持ってるんだよ。
967 :
日本@名無史さん:03/10/07 07:51
源家は頼朝の一族のこと。平家は清盛の一族のこと。
源氏は源の氏を持っている香具師全員。
平氏は平の氏を持っている香具師全員。
どうでもいいことではあるが。
968 :
日本@名無史さん:03/10/07 09:19
>>966 くわしく説明してみてよ。
できるならねw
969 :
日本@名無史さん:03/10/07 22:59
970 :
日本@名無史さん:03/10/07 23:08
たとえば高望なら四世王になるのかな、その王子が五郎なんて名前になるもん?
とりあえず自分でも摂関家周辺の系図を軽く見てみた。
太郎、次郎みたいな通称は一人もいない。実名が某とされてる人物でも官職だけ。
幼名ぽいかんじだと、○若かな。
皇子だと○宮、醍醐源氏なんかをみても、太郎、次郎とか通称は出てない。
降下した人物と親王の兄弟でも同じ字を使ってたから
王時代の名前は、それが事実なら満仲王以下でいいっぽい。
>>971 ん〜十世紀の話してるとこに十四世紀の例だされて文句言うなっていわれても。
974 :
日本@名無史さん:03/10/08 02:27
光明皇后の「藤三娘」ってのがあるから、
同じ頃に太郎、次郎を名乗るのもありそうな気はするが・・・
>>972 系図にはそれはのってませんねぇ。
日記とか原文書をみるんだよ。
じゃあ、お前が出せとかいうなよ、自分で調べなさいな。
>>973 そりゃすまんかった。
源平だから13世紀まで入ると思ってたよ。
こりゃこっちが悪いな、>975は撤回。謝る。
977 :
日本@名無史さん:03/10/08 03:01
俺、昔、源平さんという苗字の人を見たことがある。
それだけ…
輩行(男子の幼名・通称に数字をつける風習)自体は、平安時代の前期からあるよ。
もともとは支那の風習。孝謙朝〜嵯峨朝の唐風政策のころ輸入されたが、定着するのは
もうちょっと後。
979 :
日本@名無史さん:03/10/08 12:31
>>978 そういや京劇なんかで玄宗皇帝のことを李三郎と呼んだりしてるよね。
980 :
日本@名無史さん:03/10/09 21:25
八幡太郎、新羅三郎の八幡とかってあだ名?
981 :
日本@名無史さん:03/10/10 01:03
>980
八幡とか新羅は「号」で、太郎とか三郎は「通称」。
982 :
日本@名無史さん:03/10/10 01:55
輩行が有ろうが無かろうが(あったんだろうが)
○○王の○○に入るのは元服後の実名であって
通称ではないから
983 :
日本@名無史さん:03/10/10 02:04
>>981 通称はまあわかるのだが、
号ってのは神号?東照権現とかの
984 :
日本@名無史さん:03/10/10 02:15
八幡太郎、新羅三郎で通称ないし仮名(けみょう)としていいんじゃない?
985 :
日本@名無史さん:03/10/10 02:19
八幡太郎、新羅三郎、4文字全体が通称
そのうち太郎、三郎は輩行
辞典引いたほうが早かった。
伊勢物語に「太郎国経の大納言」とあるようです。
しょうがないから栄花物語でも読み出すか、と思ってただけに助かった。
上総御曹司義朝VS帯刀先生義賢 義賢の勝ち
八條院蔵人仲家VS木曽次郎義仲 仲家の勝ち
源仲家が嫡流