「魏志倭人伝」等を読む(邪馬台国はどこですか10)
>>949 これらの地図には日本以外にもいくつかの名前が海の中にある。
この内、現在の日本に含まれると思われるものを上げると、
A 扶餘(扶桑の誤り)・倭奴・日本・毛人・流求・蝦夷(*)
B 日本・毛人・流求・蝦夷(*)・扶桑
C 扶桑・日本・蝦夷(*)・流求
(*)虫偏
>>949では、Cでは日本が南に移動していると書いたが、
移動しているのは日本だけではなく、上にあげた扶桑・日本・蝦夷(*)・琉求すべてが南に移動している。
ところが、Bでは日本・毛人・流求はAよりもやや北に上がり、より現実に近づいたものの、
扶桑・蝦夷は南方に取り残された状態となり、著しく地図上の配置が現実と乖離したものとなった。
(まあ、扶桑については現実のどこに対応させるか不明なので除外してもよい)
B・Cはほぼ同時期でどちらが前とは言いがたいが、
AとBとを比較した時、より新しいBの方が、日本・毛人・流求についてはより正確といえるが、
扶桑・蝦夷はより不正確な状況となっている。
したがって、同一の地図であっても一部はより正しく、
一部はさらに不正確に情報がかわってしまうことがある、
ということをこの例は示している。
つまり、「新しいほうが正確で古いほうは不正確」とも、
逆に「情報が入った直後が正確で次第に不正確になる」とも、
単純に言ってしまうことはできない。
>>952 さらにもう一つ。
>>952では
>ところが、Bでは日本・毛人・流求はAよりもやや北に上がり、より現実に近づいたものの、
と書いたのだが、日本と毛人の関係においてはいささか不正確な表現である。
Aにおいては、毛人はやや南に下がるものの日本のほぼ東に書かれている。
毛人は、有名な倭王武の上表文にみえる「東征毛人五十五國」のことと考えられ、
文献上の記載とも合致するし、この毛人とは関東の勢力のことであるから、
現実の地理上の位置ともまあ一致している。
つまり、日本と毛人の相対関係についてはAは正確に配置していることになる。
ところが、「より現実に近づいた」とかいた新しい地図Bにおいては毛人は日本のほぼ真南にあり、
その相対的な方位は文献上の記載とも現実の記載ともほぼ90度ずれてしまったことになる。
つまり、過去の文献に如何様に書かれようとも、そんなものとは係りなく
地図上の配置というのは地図が製作された時点の認識によって書き換えられてしまうのである。
それは、文献上の記載が正しいか誤りであるかによらない。
つまり、ある時点で製作された地図が正しい情報を示しているからそれ以前の地図が正しいとも、
ある時点で製作された地図が誤った情報を示しているからそれ以前の地図も誤っているとも、
全く言うことができないのである。
デ、アルカ。
以上のことから、古の中国人の地理感を見るためには、
その当時の地図が現存していることが必要条件であることが明らかである。
しかるに、現存最古の地図が11~12世紀の
A 古今華夷区域ソウ要図 『歴代地理指掌図』所収 宋・税安礼 / 1100年頃成立 1135年頃の改訂版
であるから、それより古い時代、ましてや3世紀の中国人の地理感など、
現存している古地図からうかがい知ることは全く不可能なのであり、
ましてや15世紀に朝鮮で製作された混一彊理歴代国都之図(龍谷大本)から
3世紀の地理感を復元出来ると主張するに至っては狂気の沙汰としか思えない。
混一彊理歴代国都之図(龍谷大本)より古い中国の地図には、
混一彊理歴代国都之図(龍谷大本)とは異なった地理感でかかれたものがいくつも現存するのである。
以上述べたことは、ごくまっとうの神経を持ったものには自明のことであり、
すでに手垢にまみれた議論でことであるのは確かであるが、
現実に混一彊理歴代国都之図(龍谷大本)を根拠に3世紀の中国人の地理感が復元できると
したり顔で主張する物知らず、ないしは、詐欺師どもが跋扈している現状では、
ことさらに強調して暴論を封じ込める必要があることは論を待たない。
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