以下無用の事ながらしるす。
古来日本には
>>1というような人物は少なかったのではないか。
>>1のような天衣無縫といっていい人間を涵養する土壌は日本には無い。
あるいは大陸にはあったのかも知れず、おそらくはこういった性格を
醸成する要素は仏教とともに伝来したのかもしれない。
一言でいえば「阿呆」である。「馬鹿」という言葉では、少しきつい。
この
>>1の「阿呆」は、武士の時代であったなら寺に出されていたはずである。
くちべらしといっていい。
無論、戦乱の時代にこの「阿呆」というものが生きていける訳は無く、
やむなく喝食とするのがせめてもの親心であったに違いない。
ならば
>>1はこの時代に生まれたことを感謝せねばならず、
そうでなければ、もはや死ぬしかないのではないか。