韓国南部の前方後円墳は倭人の墓か?

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319日本@名無史さん
シンポジウム 九州と韓国の古墳文化の関連探り論議

韓国と日本の古墳文化をめぐり、さまざまな報告や意見が出た会場=熊本市

 国学院大学が主催するシンポジウム「古代九州の古墳文化と韓国の前方後円墳」が十三日、
熊本市水前寺一丁目の水前寺共済会館であった。肥後考古学会共催。韓国・全羅道地域で見
つかっている前方後円墳と九州中・北部の古墳文化との関連を探り、東アジアの歴史や文化の
解明につなげようと開催。同大OBの研究者など県内外から約八十人が参加した。

 国学院大が今年二月と五月の二回実施した全羅道の前方後円墳の調査結果を報告した後、
県宇城教育事務所の古城史雄庶務課長、同大文学部の鈴木靖民教授など五人が研究報告した。

 この中で、古城課長は、六世紀半ば以降の朝鮮半島の石室について「被葬者は有明海沿岸
から派遣された倭人(わじん)かもしれない」と指摘。鈴木教授は、当時の倭と百済の関係につ
いて「江田船山古墳の三代にわたる被葬者のうちにも、軍事、外交、交易のために渡海したも
のがいた確率が高い」と述べた。

 この後行われた討論では、全羅道の前方後円墳の埋葬者の性格や当時の時代背景などつ
いて幅広く論議。「北部九州から有明海沿岸地域の複数の有力豪族が、倭王権とともに百済
王権に臣属していたのではないか」と二重支配を推測する新説などを検証した。

http://kumanichi.com/news/local/main/200309/20030914000030.htm