<元寇>「てつはう」実物、長崎県の海底で初出土

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1あれ?
<元寇>「てつはう」実物、長崎県の海底で初出土

元寇の際の合戦模様を描いた絵として有名な「蒙古襲来絵詞」に登場し、
当時の日本軍を驚かせたと言われる炸裂弾「てつはう」(読み方は「てっぽう」)の実物が、
長崎県鷹島町の海底から初めて出土した。
海底の砂泥の下から、直径14センチほどの陶器製の球が計四つ出土。
形状からほぼ「てつはう」に間違いないという。(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20011019-00002082-mai-soci



今まで、実物は確認されてなかったの?
2フビライ:01/10/20 00:36
確かに!歴史の教科書でも絵しか載ってなかった!
3エビフビライ:01/10/20 01:15
いやいや、ご教示有難うございます。
「てっぱう」が出てくるのは、この時代の文献では「蒙古襲来絵詞」
の他にもあるのでしょうかね。
このことも、知りたいと思うのですが。
4日本@名無史さん:01/10/20 01:17
写真はないの?
5日本@名無史さん:01/10/20 01:27
福岡県の箱崎神宮に本物がある。写真もある。しかも、有名。
そんなに枕詞が欲しいかよ。「初」でなきゃ関心なしかい。

ま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜だ懲りないかマスコミ!
6日本@名無史さん :01/10/20 01:30
生で見てみたい
7日本@匿名将軍:01/10/20 20:21
歴史の授業では、爆竹か手榴弾のようなものと思ったけれど・・・。
まさか、不発弾?
8日本@名無史さん:01/10/20 20:42
数百年前の不発弾でしかも海に沈んでいたからもう火薬はしけっちゃってるだろうね。
9ティンギス・八ソ:01/10/21 00:06
06:50
元寇の遺物が大量出土。
長崎県鷹島町の沖合で鎌倉時代の元寇の際に沈没した元(げん)の船の部材や武器350点。

っーか、怪しくないか?
大河ドラマで蒙古襲来をやったあとって。
タイミングよすぎ。
10ティンギス・八ソ:01/10/21 00:08
11猛虎襲来:01/10/21 00:11
博多湾には沈んでへんのかな?
12日本@名無史さん:01/10/21 10:55
13日本@名無史さん:01/10/22 19:16
「てつはう」が陶製だったと聞いて、太平洋戦争末期に
日本陸軍が陶器の手榴弾を試作してどこやらの戦線へ
送ったことを思い出した。
なんでも備前焼や信楽焼の手榴弾があったそうだが。
14日本@名無史さん:01/10/22 21:13
>>13
731部隊の細菌爆弾も陶器のがあったようですな。
鉄製のを火薬で爆発させると菌が死んじゃうので
陶製のにしたとか。

あと、爆弾じゃないけど、大久野島の毒ガス工場では、
金属を変質させてしまう薬品を使うための、陶製の管なんかがあった。
あそこの毒ガス資料館に現物が置いてある。
大手の陶器メーカーの名前が刻印してあった。
15日本@名無史さん:01/10/22 21:20
ウチの親父が子供の頃は、どっかの神社の敷地内に(やっぱ箱崎宮かな?)
蒙古軍の船の「碇石」がゴロンと置いてあったって。
今やってる中世博多展では、木の部分を復元して展示されてる。
むちゃくちゃデカい。
16ティンギス・八ソ
なんか・・・チョソがまた言いそうだな。

「長崎沖で見つかった元軍部材は我が国の物。返しなさい。」

って。