雑談独り言 ○ッキーマン

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316クッキーマン ◆q6L5kwFI8M
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 第一章 パラレルワールド

 天にそびえる壮大な楼閣のごとき「ヒキ雑御殿」に、元老院の議員たちが緊
急召集せられたのは、2043年7月11日の午後である。
 参加メンバーは、胎児、大福、あっきー、あんず、さよみど、k☆、ののた
んなど十数名。すなわち、ヒキ雑の草創期を支えた主要メンバーたちであった。
「暑い日であった。」
 と、ヒキ雑御殿の管理人である「ひきプロ」は、その手記『ひろしのヒキ雑
観察記』に記している。
 広大な敷地のあちこちで、蝉がかまびすしく鳴いていた。その声が、ベルサ
イユ宮殿を模して建てられた御殿の壁に染みいるようであった、という。
317クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 04:02:17 ID:???0
 2043年と言えば、ヒキ雑民が日本国の支配権を掌握して、ちょうど20
年目に当たる。
 00年代に世界を襲った未曾有の不況により、日本でも失業者が続出。再就
職も困難となった彼らは、世を疎んじて引きこもり生活に入った。自然、hi
kky板の雑談スレ(通称:ヒキ雑)に人が集まることになる。
 彼らは「ヒキ雑民」と呼ばれた。
 その人口は、2015年の時点で400万人に達していたと推定されている。
 人が集まるところには、自ずから権力が発生する。
 ヒキ雑民たちは、やがて政党を立ち上げた(その精神的主柱となったのは、
思想家マーボである)。
 ヒキ雑党は、2015年秋に行われた参議院選挙で、胎児、大福、ののたん
の3名を国政に送り出して以来、選挙のたびに議席数を増やしていき、202
3年には、民主党を下して第一党に躍進。ヒキ雑政権を樹立した。
318クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 04:03:35 ID:???0
 初代総理大臣に就任したののたんは、引きこもりだけでなく、有職者にも優
しい善政をしいた(と同時に、ヒキ雑民をいやしめるリア充を次々に処刑する
という強烈なパージを行った)ので、ヒキ雑党人気は沸騰、あっという間に、
政党支持率100%という、ヒットラーも真っ青の独裁状態になった。
 二代目総理大臣となったのは、元自衛官という異色の経歴を持つイフである。
 イフは日本の再軍備に力を入れ、陸海空軍を復活。その武力を持って、南北
朝鮮を併合、中国を制圧(北京は3日で陥落)して、日本を世界一の帝国に変
貌せしめた。
 三代目総理大臣に就任したのは、ヒキ雑民の顔といっても過言ではない胎児
である。
 胎児は、株取引を完全無税化するなど、大胆な経済改革を行った。
 世界最強の軍隊を持ち、株取引は無税、預金金利は高い。世界の富は、自ず
から日本に流入するようになった。
 ヒキ雑民という、旧世界ではもっとも下層であった民が、世界に冠たる日本
国の支配者になるというパラレルワールドが、ここに出現したわけである。
319クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 04:04:44 ID:???0
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 第二章 元老院の腐敗

 元老院は、ヒキ雑の草創期を支えたメンバーによって構成される(その中に
は閣僚経験者が多く含まれていた)機関であり、法律上は衆参両院の諮問機関
に過ぎなかったが、元老院の決定には、現役の総理大臣ですら逆らうことはで
きない。事実上の最高意志決定機関であった。
 しかし、腐敗していた。
 胎児が総理大臣を引退するとき、退職金と称して国家予算の1割を着服した
のを悪い先例として、公金を私物化する元老院議員が相次いだ。
 その金で、例えば、胎児と大福は女を買い、あっきーは酒と肉を買い、ろく
ゆうは整形した。
 元老院議員たちに贈られる賄賂も天文学的な額になった。
 その金で、例えば、のりおはエヴァンゲリオンの新作を勝手につくり、すう
すうは世界中のギターを買いあさり、コケモモは愛人を無数に養った。
 それでも、国全体が豊かであった時代には、誰も彼らをとがめなかった。
 権力とはそんなものである。
320クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 04:06:30 ID:???0
 しかし、2043年現在、日本は再び未曾有の経済危機を迎えていた。
 胎児が首相在任中に行った経済改革は、金融取引を活発化させ、大福をして、
「胎児先生は一介の天才に過ぎない・・・」
 と言わしめたが、所詮は日本全体をタックスヘイブン化したに過ぎない。
 確かに、世界の富は日本に流入した。しかし、それはやがて第三国へ流出し
ていく金である。
 たとえて言うなら、川の流れを強引に自分の庭に引き込んで、泡を立てて遊
ぶ。胎児の行った経済政策は、そういう性質のものであった。流入した金を原
資として何かを生産しようという発想ではない。
 そもそも、ヒキ雑政権が日本を支配するようになって以来、
「働いたら負け」
 という価値観が国民に定着し、生産者人口は著しく減っていた(「有職」や
「リア充」という言葉は、江戸時代のエタ・ヒニンに匹敵する差別用語になっ
ていた)。
 国民の大半は、金を借りては株やFXをやり、損失をまた借金で補填する、
儲かればパチンコやスロットなどの遊興に使ってしまう。そういう生活に明け
暮れるようになっていた。実態のないバブル経済が慢性化していたのである。
321クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 04:08:43 ID:???0
 それでも、胎児が財務大臣を兼任していた頃は、その天才的な錬金術により
史上空前の好景気を演出していたが、後任にりんごちゃんが就任して間もなく、
バブルが弾けた。
 りんごちゃんは、中途半端な緊縮財政政策を行い、
「作戦失敗した。死ぬしかない」
 という事態を繰り返し招いた(後の話になるが、りんごちゃんは86歳で天
寿を全うした)。
 りんごちゃんが辞職した後任には、戦闘竜が就任したが、国債を乱発する以
外、どうしようもない。日本経済は、すでにオペ不可能な死に体であった。
 徹底した世論操作と軍を使った弾圧により、ヒキ雑党の支持率は依然100
%であったが、国民は失望していた。
 そういう状況下で、元老院による公金の私物化と収賄は続けられていたので
ある。
 ヒキ雑御殿は、その贅を尽くしたきらびやかな、しかし虚飾の城であった。
322クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 04:10:09 ID:???0
 元老院議員たちにもっとも多く賄賂を贈っていたのは、「中川」という男で
ある。
 中川はヒキ雑の草創期を支えたメンバーの1人ではあったが、当時から有職
かつリア充であり、本来なら死刑に処せられるべき男だった。
 しかし、戦闘竜に金を貸したことがある、という一事をもって赦免された。
中川は(表面上は)「この御恩一生忘れまじ」という態度を取り、仕事で稼い
だ金を元老院議員たちに貢ぎ続けた。
 戦闘竜などは、かつて自分が助けられたという恩もすっかり忘れ、
「うむ、げぼく。くるしうない」
 などと言って、平然と賄賂を受け取るようになっていた。
323クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 04:11:30 ID:???0
 現金以上に元老院議員たちを喜ばせたのは、中川がヒキ雑御殿を飾り立てた
ことである。
 まず、建物の床と壁をすべて大理石に改修した。そして、入り口から議場ま
での廊下には赤いビロードを敷き、その両側に元老院議員たちの銅像を並ばせ
た。
 その銅像はみな8頭身の美男美女であり、誰が誰やら分からなかったが、
「この綾瀬はるかにそっくりなのは、誰の像かえ?」
 とカナダが聞くと、
「はい。カナダ様でございます」
 と中川が答える、という具合に、議員たちの自尊心を満足させるのに役立っ
ていた。
 その裏で、この狡猾きわまりない男が、
「へっ。愚か者に身を滅ぼさせるには、周りを飾り立てるに限る」
 とほくそ笑んでいたことなど、元老院の議員たちは知るよしもなかった。
324クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 04:12:55 ID:???0
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 第三章 事変

 さて、話を2043年の7月11日に戻そう。
 元老院の議員たちが、ヒキ雑御殿に緊急召集せられた、ということまでは前
に書いた。
 議題は「いかにして脱ヒキを防ぐかについて」。
 経済の急速な悪化に伴い、ヒキ雑民の中に「脱ヒキ」を試みる者が増えてい
たのである。脱ヒキ者が増えるということは、有職・リア充が増えるというこ
とであり、すなわちこのパラレルワールドが崩壊していくことであった。
 元老院は、数年前に、
「脱ヒキはヒキ雑党に対する反逆であり、重罪である。
 これを見つけた者は政府に密告せよ。場合によっては殺してもかまわぬ」
 という公式見解を発表したが、何の抑制にもならなかった。逆に、ヒキ雑党
の求心力の低下を露呈させ、脱ヒキ者の増加を加速させただけであった。
 脱ヒキ者は、大胆にも、雑談スレに舞い戻ってきて、有職・リア充の生活が
いかに楽しいかということを、写メなども使いながらアジテーションするよう
になった。
 それに対しても、ヒキ雑党は何ら有効な手を打てなくなっていたのである。
325クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 12:21:33 ID:???0
 当時、元老院議会の議長は、ののたんが務めていた。
 ののたんは、腐敗のどん底にある元老院の中で、あんず、暁などと並ぶ、数
少ない清廉潔白な議員の一人であった。公金で私腹を肥やすようなことはせず、
賄賂にも手をつけない。他の議員たちが腐敗していることも、快く思っていな
かった。
 しかし、元老院の長老格であるののたんを、国民はそういう目では見ていな
い。
 同じ穴のムジナ、と見ていた。
 しかも、不幸なことに、ののたんは腐敗した一部の元老院議員から、
「きれい事ばかり言いやがって」
 という恨みを買っていた。左右両翼に敵を作っていたのである。
 そういう中にあっても、ののたんは淡々とした態度を変えなかった。
 のみならず、この日の臨時元老院議会で、とんでもない提案をしようとして
いた。
 ヒキ雑党を解党する、ということである。
326クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 12:23:25 ID:???0
 ののたんの考えはこうであった。
 この国では、ヒキ雑党の独裁に対する不満が日に日に高まっている。クーデ
ターを起こされるのは時間の問題であろう。
「ならば」
 とののたんは考えたのである。
 クーデターの攻撃対象であるヒキ雑党を先に解党してしまおう、と。
 江戸幕末の大政奉還にも似た、電撃的な無血革命のプランであった。
 それでも、誰かが血祭りに上げられなければ、事は終わらないかも知れない。
「そのときには、ののたんが進んで犠牲になろう」
 と考えていた。
 その提案をいつするか。
 ののたんは議長として会議を進行しながら、タイミングをうかがっていた。
 そのときである。
「ちわーす」
 という場違いな挨拶をしながら、ラーメン屋が議場に入ってきた。
327クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 12:25:23 ID:???0
 元老院の議場は、蟻の子一匹入れないほど、厳重に警備されているはずであ
る。そこへ堂々と入ってきたこの平民に、議員たちは一様に驚き、どよめいた。
「あ、おれおれ」
 と言って、ラーメン屋に向けて手を挙げたのは、さよみどであった。
「でへへ。今日の議会は長くなりそうだから、お腹空くと思ってさ」
 この愛嬌のある一言に、議員たちは安心し、大いに笑った。
 驚き、笑った後にはお腹が減る。
「休憩にしようか」
 ののたん議長が休会を宣言した。
 ラーメン屋がオカモチを開けると、尾道ラーメンの良い香りが議場にふわ〜
っと広がった。
「んまそー。もちろん冷や飯も一緒に注文したんだよねえ」
 と暗が言い、オカモチの中をよく見ようとした。そして、次の瞬間、
「ん?」
 と思った。
 オカモチの下段に入ったいたのは、冷や飯ではなく、黒い鉛の塊であった。
「拳銃だ……」
 と気づいたときには、ラーメン屋はののたんの背後に立っていた。
328クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 12:32:00 ID:???0
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 第四章 ののたん

 ここからの出来事は、元老院議員たちの目に、スローモーションのように映
った。
 ラーメン屋は黒い銃口をののたんの側頭部に押し当てると、引き金を引いた。
 サイレンサー付きの銃だったのだろうか、
 
 ぱすんっ

 というクッションを叩くような音がしただけだった。
 しかし、その瞬間、ののたんの頭は激しく横に倒され、その勢いで椅子から
転げ落ちた。傷口から血が噴き出している。
「ぎゃあああああああ」
 誰かが叫んだが、それが誰の叫び声であったのか、後日記憶している人は誰
もいなかった。国家の中枢で白昼堂々行われた暗殺劇に、皆錯乱していたので
ある。
「救急車、救急車を!」
 暗がようやくそう叫んだとき、ラーメン屋はすでに議場から姿を消していた。
329クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 12:38:10 ID:???0
 頭部を至近距離から撃たれたとは言え、ののたんは即死したわけではなかっ
た。
 しばらく意識があったのである。
 最初は、何が起こったのか分からなかった。突然、頭に強い衝撃を受け、椅
子から転げ落ちた。
 しばらくして、さよみどがラーメンを置き去りにして自分に駆け寄ってくる
のが見えた。涙を流しながら、必死に声をかけてくれている。
 ……大丈夫だよ、椅子から落ちただけ。
 ののたんはそう思った。
 それより、さよみど。ラーメン早く食べないとのびちゃうよ、と言おうとし
た。
 しかし、声が出ない。
 そうこうしている間に、さよみどの服がみるみる血に染まっていく。
 その血が自分の頭部から噴き出していることに気づき、
 あ、わたし、銃で撃たれたんだ、、、
 とようやく理解した。
 でも、生きてる。ののたん大丈夫だよ、みんな安心して。
 そう言いたいのだが、声が出ないのがもどかしい。
 やがて、目の前が真っ暗になった。
 眼球が反転したのである。
330クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 12:39:58 ID:???0
 この段階で、ののたんは自分がもう助からないことを悟った。
 生まれてから今日までの出来事が、闇の中で走馬燈のように駆けめぐる。
 初めてヒキ雑に来たときのこと、コテをつけて書き込んだときのこと、初画
像晒しで酷評されたときのこと、自スレを立てたときのこと、それが荒らされ
たときのこと、初めてネトラジをやったときのこと……
 たのしかったな。
 スティッカムで配信もしたし、ニコ動でライブもやった。
 中川や春道やクッキーマンとオフ会したし、総理大臣も経験しちゃった。
 もう十分、ののたんは、たくさん生きたよ。たくさん、たくさん遊んだ。
 でも、まだ、みんなに「さよなら」って言ってないな。
 「みんな、ありがとう」って言いたい。
 でも、もう言えない。
 さみしいな。
 人間はこうやって死んでいくんだな、ひとりぼっちで。
 さみしい、さみしい、さみしい、さみしい……
 ののたんの目から涙がこぼれた。
 元老院の議員たちが、子供のようにすすり泣き始めた。
 みんなを……安心させなきゃ……
 ののたんは声を出すことをあきらめ、指でピースサインを作ろうとした。
 それらしい形ができた。ののたんは息を引き取った。
331クッキーマン ◆q6L5kwFI8M :2009/06/11(木) 12:41:57 ID:???0
 巨星墜つ。
 そのニュースは、当日のうちに世界中を駆けめぐり、人々を震撼させた。
 経済が実際的には破綻していると言っても、日本は朝鮮半島や中国大陸をも
支配下に治める大帝国である。軍事力は世界一であり、核保有国でもある。
 その帝都で、しかもヒキ雑御殿で、元老院の議長が暗殺された。
 政府は当然、犯人捜しに躍起になるだろう。
 そして、その背後にある組織を攻め滅ぼそうとするに違いない。
「じつは元老院内部の者の犯行ではないか」
 と疑う事情通も少なくなかった。
 が、仮にそうだとしても、その者はこの事件を敵対する勢力を討伐する大義
名分として利用するだろう。
 そして、その攻撃を受ける勢力も黙ってはいまい。
 日本国内でクーデターを目論むグループは、密かにアメリカの支援を受けて
いると言われている。
 暗殺に対する報復は、日米戦争に発展していくのではないか……。
 そんな噂が世界中でささやかれていたある日、ボロボロの袈裟をまとった一
人の老僧が、般若心経を唱えながら、ヒキ雑御殿に姿を現した。
 マーボであった。