アズラエル 死の宣告2人目

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1名無しさん@ピンキー
 彼女は「楽しかったよ」と微笑んだ
 去り逝く者の気持ち。
 遺される者の気持ち。
 あなたはただ、傍にいてあげることしかできない…


フロントウイング、Surviveより発売された埋もれた名作と呼ぶに相応しい
短編ADV『アズラエル』を語るスレッドです。

『426-よんにいろく-』(FrontWing)2002年4月26日発売
ttp://xoops.frontwing.jp/product/426/
単品版『アズラエル』(Survive)2002年12月20日発売
ttp://xoops.frontwing.jp/product/azrael/

前スレ
アズラエル
ttp://idol.bbspink.com/test/read.cgi/hgame2/1092822872/
2名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:32:00 ID:4XRrgdns0
関連スレッド
フロントウイング(FrontWing/Survive)スレッドその25
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セパレイトブルー 第3ステージ
ttp://idol.bbspink.com/test/read.cgi/hgame2/1152205819/


スタッフ
プロデューサー:MOKA(近作『おいしい魔法のとなえかた。』『ドラクリウス』)
ディレクター:スパイマジシャン
原画:八宝備仁(近作『boin』『リゾートBOIN』)
シナリオ:たけうちこうた(近作『舞-HiME 運命の系統樹』『D.C.II〜ダ・カーポII〜』)

テーマソング『farewells』
作詞:たけうちこうた
作曲・編曲:藤間仁(現Elements Garden)
歌:MASAMI

キャスト
平坂いずみ:石橋朋子
玉梓冬美:春野日和
安芸月依子:香取那須巳
夏梅栄寿:高橋あきお
死神:今田鉄男
悪魔:?
竜崎伊吹:?
3名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:37:01 ID:4XRrgdns0
「426」のメッセ特典 アズラエルサウンドトラック・コレクターズCDの二枚組。

 -内容-
「426」原画集
「426」キャラクター初期設定
「426」壁紙集
「426」ヒロイン録り下ろしボイス集
(アズラエルだけ量が多くヒロイン三人の他死神・悪魔・伊吹先生・果ては栄寿のまで入ってた
「426」ヒロインキャラアイコン集
「426」店頭用デモムービー
「426」開発チームからのご挨拶
「スイートレガシー」OPムービー(高画質版)
「アズラエル」アナザーストーリー
(玉梓冬美「ひだりがわ」・平坂いずみ「肖像画」・安芸月依子「瞳の奥」)
4名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:39:03 ID:4XRrgdns0
-Q&A-

Q1 アズラエルってなに?
A1 死と生誕の天使。
   アズライル(Azrail)、アシリエル(Ashiriel)、アズリエル(Azriel)
   宗教や国によって呼ばれ方が異なる。
   ガブリエル(Gabriel)がイスラム教だとジブリール(Djibril)になるようなもの。
   アズラエルは生けとし生ける人間全ての名前が記されたリストを持ち、
   人間が誕生するたびに加筆され、人間が死にいたるたびに名前が消されるという。
   死期が近いことを「アズラエルの羽音を聞く」という。

Q2 CGがすべて埋まりません!
A2 名前入力画面で「夏梅」「栄寿」と入力。

Q3 エンディングはいくつ?
A3 5つあります。
  (悪魔ED・いずみ事故死エンドED・身代わりED・身代わりED 冬美ver・身代わりED 依子ver)

Q4 「426」版と単品版(メガストア2005.6 付録版含む)の違いはある?
A4 OPムービーとシステム周りの改善があります。
   OPムービーは以下で落とせます。
   ttp://xoops.frontwing.jp/modules/mydownloads/viewcat.php?cid=10

Q5 OP主題歌のフルバージョンが聴きたい。
A5 「426」オリジナルサウンドトラックが発売されています。
5名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:41:04 ID:4XRrgdns0
玉梓冬美 −「ひだりがわ」−

 ずっと、右側ばかりを見ていた。

 買ってもらった雑誌やノベルズを読み終わって何も読むものがなくなってしまうと、私は右側を向いていたことが多かったように思う。
 私のいるベッドから見て、右側には窓があった。
 藍染厚生病院の私にあてがわれた個室の窓から見えるのは、病院の駐車場と、その向こうに見える藍染市の見慣れた風景だけ。
 背の低い建物と雑木林、遠くに見える山々。
 何の変哲もない日常のカタマリのような景色だった。
 しかし、その日常こそ、私の欲してやまないものに間違いなかった。
 だから、私は、することがなくなると窓の外を見続けたのかも知れない。

 窓の外を見ると心が安らぐ。
 看護婦さんには、「毎日、同じ景色ばかりで飽きるでしょう?」なんて言われてしまったけど、そんなことはなかった。
 窓の外には、一日たりとも、一瞬たりとも、同じ景色なんてなかったから。

 私の身体は不治の病に蝕まれている。
 私の命がもう長くはないことは、だいぶ前にお医者様から聞かされていた。
 初めて知ったときには、とてもショックだったよ。
 だから、やがて来る自分の死を受け入れるために、私はとってもたくさんのの時間を費やしてしまった。

 それに、迫り来る死を受け入れたつもりになっていても、窓の外に広がる夕焼けを見ていると、涙が溢れて止まらなかった。
「ひょっとしたら、お医者様の診断が間違っているかもしれない」
「画期的な治療法が発見されて、私の病気も治るのかもしれない」
「私はまだまだ生きられるかもしれない」
「助かるかもしれない」
 ──かもしれない、かもしれない……。
 そんな根拠の無い希望が私を苦しめた。
6名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:45:46 ID:4XRrgdns0
 希望というのはとても残酷だ。
 私を、幸せな空想の世界にいざなっておいて、やがて「そんな未来はありえない」と痛烈な現実へ叩き落す残酷な夢。

 空想の中の私の姿は、皺くちゃのお婆さんだった。
 縁側で日向ぼっこをしながら、お茶を飲んでいたりなんかして。
 膝の上には、ダルそうな三毛猫。
 その猫は、私が餌を与えすぎてしまったせいで、ぶくぶく太ってしまっている。
 ポカポカの陽気と猫のあくびにつられて、つい大きなあくびをしてしまう私。
 そんな私の大あくびを見て、私の隣りでやさしく微笑んでくれる大切な人。
 その大切な人の顔もやっぱり皺くちゃで、その顔を見た途端、なぜだかわからないけど、私は泣いてしまう。
 幸せすぎて泣いてしまうのだ……。

 そんな空想の後、ふと私は気づく。
 そんな未来は存在しない、あるはずないという事実に。

 ありえない未来を思い描く行為は、私の心をズタズタに引き裂いてしまう。
 そんなことはわかっていた。
 わかっていたはずのに、私の心は、幾度となく残酷な希望に囚われ続けた。

 君がその悪循環から私の心を救ってくれたんだよ。
 君は突然やって来て、私の心の全てをさらっていってしまったね。

 あの日、君が死神になって私の死亡予定日を教えてくれたあの瞬間から、私の心は残酷な希望の牢獄から解放されたの。
 だから、君が私にしてくれたことは間違いじゃない。間違いなんかじゃないんだよ。
 きっと、君は私に死期を教えたことを後悔しているんじゃないかと思う。
 でも、気にしないで。
 君のそのやさしさ、私に全部、伝わっているから。

 あの日以来、私は右側をあまり見なくなったように思う。
 君が、私の左隣のパイプ椅子に座るからだよ。
7名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:47:14 ID:4XRrgdns0
 それにね、君が居ないときは、気がつくといつも個室の扉ばかりを見るようになった気がする。
 扉も左側だね。
 君が来るのが待ちきれなくって、ついつい扉を眺めてしまうの。
 君には、お姉さん気取りで「授業をサボっちゃ駄目だよ」なんて言っちゃったけど、本当は「学校なんてサボっちゃえ」って思ってたんだ。
 でも、「サボっちゃえ」なんて言ってしまったら、君は本当に学校を休んじゃうのがわかっていたからね。我慢したんだよ。
 扉のノブが音を立てると、まだ君が来る時間じゃないのに、「君が来た!」って思ってしまうんだ。
 ねえ、聞いて。
 この間、お母さんが病室に入ってきたときに、つい、「なんだ、お母さんか……」って言っちゃった。
 お母さん、また泣いちゃったよ。ごめんネ。お母さん。

 とにかく私は、左側ばかりを見るようになって、夕暮れ時の窓の外を見なくなった。ありえない未来もあんまり想像しなくなった。
 その代わり、君といる今を大事にしたいって思うようになったんだよ。
 だからね、本当は皺くちゃになった君の顔を見てみたい気もするけど、我慢するね。
 私がお婆さんになったところは、想像しないでくれたら、嬉しいな。

 その日は、朝からとても調子が良かった。
 これなら何時間立っていても平気でいられる、そう思った。
 そして、これから先、そんな日が二度とやって来ないということを悟った。
 だから、私は先生にお願いして、外出許可を貰うことにした。
 君は、心配するだろうね。
 でも、大丈夫、先生も、お母さんもわかってくれたもの。
 君もきっとわかってくれる。

 私は、ベッドの脇に置きっぱなしにしていたポーチを手に取った。
 鏡を見ながら、慣れない手つきでファンデーションを塗る。
 二年前を思い出しながら、眉毛を描く。
 ビューラーなんて使ったの、どれくらいぶりだろう?
 このルージュの色、もう流行遅れかもしれないなぁ……。
 お化粧なんてして行ったら、君に笑われてしまうかもしれないね。
8名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:48:12 ID:4XRrgdns0
 そうだ、たしか、この辺りに髪留めがあったはずだ。
 君と出会ったばかりの頃にしていた髪留めとよく似てるヤツが、ひとつだけ。
 ちょっと子供っぽいかもしれない。
 でも、あれをしていこう。
 あれをして君に会いに行こう。

 きっと君は喜んでくれると思う。

 私は、ポーチの奥から地味な髪留めをひとつ取り出した。

[FIN]
9名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:50:59 ID:4XRrgdns0
平坂いずみ −「肖像画」−

 二学期もあと少しで終わるという頃──

 藍染川学園3年、室山美加は、美術準備室を整頓していた。
 学園祭も終わり、美加たち3年生は先月いっぱいで美術部を引退していた。
 後輩たちのためにも、部屋の何割かを占領している私物は持って帰らないと。
 そう思ってはいたのだが、あまりの私物の多さに、少しずつ持って帰ることにした美加だった。
 すでに他の部員たちは私物をすべて片付けていて、残るは美加の私物ばかりなり、といった様相だ。
「もう、計画性ってものがないんだから……」
 手伝いに来てくれた平坂いずみがあきれて言う。
「すんません……。帰りになんか奢ってやるから許して、いずみ」
 美加は悪びれることなく肩をすくめ、画材をまとめた。
 結局、3年間、いずみには世話になりっぱなしだな、と心の隅でちょこっとだけ反省する。
「あれ?」
 美加は、棚の中に一枚のカンバスを見つけた。
「なんだこれ? 絵か? 私んのじゃないぞ」
 棚から取り出してみる。
 カンバスには、若い男の肖像画が描かれていた。男は、まだ少年と言ってもいいほどのあどけなさを残しており、憂いをおびた瞳で虚空を見つめている。
 宗教画に出てくる聖者のように襤褸をまとい、何故か巨大な鎌を持っている。
 死神──のようだった。
「なぁんだ……」
 美加はその肖像画に見覚えがあった。
「いずみの絵じゃん……」
 間違いない。平坂いずみが学園祭用に描いた絵だった。
 荒々しいながらも繊細なタッチ。いずみならではの感性を感じる絵だ。美加は、いずみの突出した感性に、たまに嫉妬することもあった。
 いずみはこんなに良い絵を描くくせに、専門的な美術の道へは進まないらしい。私立藍染と雲雀山大を受験をするのだと聞いている。
 どちらもレベルの高い学校ではあったが、美大への指定校推薦を受けている美加にとって、それはとても残念なことのように思えてならなかった。
10名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:55:31 ID:4XRrgdns0
「いずみ……。あんた、この絵持って帰んないの?」
「え?」
 いずみが、きょとんとした顔で振り向く。
 美加は、いずみの描いた絵を彼女に指し示した。
「ああ、その絵?」
「いつまでもここに置いといたら、後輩に迷惑かかるよ。こういうのは捨てるに捨てらんないんだからさ」
「ああ、うん」
 言いながら、いずみは絵を受け取る。
「でもね、この絵は持って帰らないつもりなんだ」
「は?」
 自分の描いた絵を見つめるいずみの瞳は、少し淋しそうに美加には見えた。
「この絵にはね、モデルがいるの。言わなかったっけ?」
「ああ……」
 直接いずみ本人から聞いたわけではなかったが、その話なら同じクラスの美術部員・丸山亜希子から聞いたことがあった。
 いずみが学園祭の展示用に描いた絵は、彼女の同じクラスにいる元サッカー部の男子がモデルになっているらしい。
 平坂いずみが、その幼馴染のことを憎からず想っているということは、もはや学年中の常識である
 美加が思うに、そのことを知らないのは元サッカー部の幼馴染君本人のみではないか、という気がしている。
 あのニブちんの夏梅栄寿ですら、二人の微妙な関係に気を使っているというのだから、末恐ろしい。
 ともあれ、いずみは、その絵を学園祭で彼に見せるつもりだったらしい。
 それをキッカケに告白でもするつもりだったか? 美加は余計なことを考えた。
 しかし、それはかなわなかったのだ。
 当の幼馴染君本人が学園祭をサボってしまったのだから。
 あの時はあまり気にしていなかったけど、その日のいずみの消沈具合は今、思い出しても尋常じゃなかったな。
 サイアクなヤローだな。美加は心の中で毒づいた。
 どんな事情があるにせよ、カワユイ私のいずみタンを哀しませるヤツは、いつか成敗してやらなきゃいかん。
 今度、その幼馴染に会ったら蹴りの一発でもくれてやろう、と美加は心に固く決めた。
「で、どうするの? これ。美術室の肥やしにでもしておくつもり」
「ううん」
 いずみは首を横に振る。
「できればね、卒業式の日に、そのモデルになってくれたヤツにプレゼントしようと思ってるの。だから、それまでは、部室に置いておこうと思って……」
「ああ、なるほどね」
11名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:56:54 ID:4XRrgdns0
 彼のことを話すときは、いつも元気ないずみが、驚くほどしおらしい表情を見せることがあることを美加たちは知っている。
 今も、彼女の表情に、一瞬気を取られてしまった。美加は、今度、いずみをモデルにした絵を描いてみよう、と思った。
 思っただけで、忘れてし まう可能性もあったけれど。
「じゃあ、これはしまっておくよ」
 美加は、いずみの絵を紙袋に入れて、綺麗に梱包した。
「わあ……」
 その手つきを見て、いずみが驚く。
「何さ?」
「ううん……。美加、普段はがさつなくせに……、絵の扱いだけは丁寧だなぁと思ってさ……」
「まあね」
 美加は、ふんと鼻を鳴らしてみせた。得意げに。
「これでも絵の道を志すものの端くれですから。それに、この絵、大事なんでしょ?」
「うん……」
 そして、美加はPPC用紙を一枚取り出し綺麗な字で「大事な絵。後輩どもは触れるな。
いずみ様の卒業式の日にいただきに参上する」と書いて、紙袋に貼り付ける。
「これで良しっと」
 美加は、絵の入った紙袋を丁寧に棚の中へ戻した。
「美加……」
「ん?」
「あの……、ありがとう」
 そう言って笑ういずみの顔は、美加が知っている三年間のいずみの笑顔の中でもとびっきりの笑顔だった。

 美術準備室を出て下駄箱へ向かうと、丁度、いずみのクラスの男子2人が帰るところだった。
 美加たちのカラオケ仲間・夏梅栄寿と、いずみの幼馴染の御崎大悟だ。
「よぉ、お前らも帰るところか?」
 夏梅栄寿がカラカラと高笑いしながら、手を振った。
「うん、そだよ〜」
「じゃ、途中まで一緒に帰ろうぜ。それともカラオケでもしてくか?」
「私は別に構わないけど、あんたたちまだ受験ベンキョー、残ってるんでしょ? 特に夏梅君は帰って勉強しないとマズいんじゃないの?」
「く、嫌味なヤツめ……。室山ぁ、今にぎゃふんと言わせてやるからな」
「ぎゃふんくらい、リクエストがあれば、何度でも言ってあげるけど?」
「じゃ、帰ろうか……」
12名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:57:55 ID:4XRrgdns0
 美加が夏梅とくだらないやりとりをしていた脇で、いずみが遠慮がちに言う。御崎がそれにうなずき、二人並んで歩き出した。
 美加の目には、それが恋人同士のように映って見えた。実際にそうでないことに、ちょっとだけムカつく。
「あ、そうだ……」
 美加は思い出し、そっと二人の後ろをつけた。そして、スラっとしたカタチの良い脚を思い切りを振り上げる。
「お、おい、室山、何するつもりだよ……。ぱ、パンツ見えてるぞ……」
 夏梅の制止を無視して、美加は御崎の尻に照準を定めた。
「たあ!」
 ヒュ!
 空気が鳴る。数瞬の後、あざやかな手ごたえ。
「んごぁ!?」
「きゃあ、美加、何するの!?」
「ぎゃはははははは、室山、お前の蹴り、現役サッカー部顔負けだな。サイコー」
「正義の鉄槌よ……」
 その蹴りは、美加が学園生活の三年間にはなった72発の蹴りの中で、最も強力な蹴りだった。

[FIN]
13名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 22:59:33 ID:4XRrgdns0
安芸月依子 −「瞳の奥」−

 とある日曜日。
 安芸月依子は、前羽根市内にある遊園地にいた。
 依子の住んでいる藍染市には遊園地らしい遊園地がなかったので、わざわざ電車で 隣りの前羽根市までやって来たのだ。
 なぜ、自分はここにいるのだろう? と彼女は不思議に思う。
 遊園地に来ることなんて、彼女の兄がまだ生きていた頃以来だった。
「ねえ。私ね、遊園地に行きたいな」
 恋人にそうねだったのは、確かに依子自身だったはずだ。
 別に、どうしても遊園地に行きたかったというわけではなかった。
 ただ、依子の学校のクラスメイトが「恋人同士は遊園地に行くものだ」と言っていたのを思い出したから、彼に言っただけにすぎない。
 自分に残されたわずかな時間を彼とどう過ごすか。それが、依子が自分自身に与えた課題だった。

 今、安芸月依子は、彼女が恋人と呼んでいる男性と二人で暮らしている。
 その彼は、今、依子の手を引きながら「次はあのアトラクションに乗ろうか?」とか「あっちの乗り物は怖そうだね」などと言いながら、しきりにはしゃいでいる。
 まるで、子供みたいだ、と依子は思った。
 実際のところ、まだ彼と知り合ってから一週間ほどしか経っていない。
 しかし、依子は彼のことが好きだった。そして、いつの間にか彼のことを好きで好きでたまらなくなっている自分に対して驚いていた。
 自分がこんなに他人に執着するなんて意外だ、と思う。
 依子は、はしゃぐ恋人の横顔を眺めながら、彼が自分の頬に手を触れる瞬間のことを夢想する。
 それから、彼の手が不器用に自分の胸をまさぐるときの胸の鼓動を思い出した。
 肌と肌が触れ合う瞬間の吸い付くような感触と、彼のニオイ。
 それらの感覚全てが、今の依子の全てだった。
 正直な話、依子は自分がもうすぐ死んでしまうということに対して、何の感情も抱いていない。
 自分で自分の価値を理解できずにいたからだ。
 自分にとって紙キレほどの価値もない自分の命である。いつ失ってしまっても惜しくは無かった。
 だから、依子は、彼から死を宣告されたときも、別段、何も感じなかった。
14名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:00:48 ID:4XRrgdns0
 しかし、彼はそのことが気に入らなかったらしい。
 もうすぐ死ぬという運命を背負う依子に対して「生きろ」とでも言わんばかりに、説教を始めたのだ。
 その瞬間から、依子は彼に対して興味を抱くようになった。
 そして、彼の言う「生きる幸せ」というものを、見つけてみたいと思うようになっていた。
 彼と出会って約一週間、いまだに依子はその答を探し出せずにいる。
 自分の中のタイムリミットは刻一刻と迫りつつあった。

「あ、あれに乗ろう!」
 依子の恋人は不意に立ち止まると、とあるアトラクションを指差して彼女に向きなおった。
 彼が指差したアトラクションは「フリーフォール」という種類のものだった。

 アトラクションは、自由落下の感覚を楽しむという意図でつくられたもののようだった。
 客を乗せた座席が地上数十メートルの場所まで上っていき、急に落ちる。
 もちろん、落ちたからといって地面に叩きつけられるわけではなく、ちゃんと途中で止まる仕組みになっている。まさに、安全設計というやつだ。
「スリルあったね〜」
 アトラクションを満喫したのか、彼は興奮気味に言った。
「そう?」
 依子は首を傾げてみせる。
「特に何も感じなかったけど……」
「そう。俺は怖かったよ。思わず悲鳴をあげちゃったもの」
「うん、聞こえた。怖がってるのか楽しんでるのかよくわからなかったよ。ふふ」
「はは。どっちだろうな……」
「でも、可愛かった」
「かわいかった? 何が?」
「御崎さん。あなたが、よ」
15名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:02:03 ID:4XRrgdns0
 依子は笑った。
 アトラクションの楽しさはわからなかったが、恋人がちょっとしたことに一喜一憂するのを見ることはとても楽しくて有意義だった。
 ジェットコースターにフリーフォール、そしてお化け屋敷など。さまざまなアトラクションを体験して、依子は気づいたことがあった。
 どのアトラクションも「死への恐怖」というものと密接に関わっているような気がする、ということだ。
 間近に迫る死への予感を体感することによって、自分には実際、死が近くないことを再確認するのだろうか?
 だとすると、死に対して恐怖も興味も持たない依子がそれらのアトラクションを楽しむことなんてできないのかも知れない。
 ちょっと残念だな、と依子は思った。
「こういう乗り物ってね、死ぬのが怖い人が乗るから楽しいんじゃないかな?」
 思い切って彼に自分の考えを話してみる。
 こういう話をすると、彼に怒られてしまうかもしれない。
 でも、話してみたかったのだ。
「どういう意味?」
「死ぬかもしれないって思うからスリルを感じるんでしょ?」
「そう、なのかな?」
「あくまで私の予想。それとも、自分が生き残ったことに安堵するから楽しいのかな」
「……わからん」
 彼は腕を組んで考え込んでしまった。
 こんな意味のない会話でも、彼はまじめに考えて応えてくれる。依子はそれが嬉しかった。
「私ね、あれからいろいろ考えたんだけど、まだ自分が死ぬことに対して、何にも感じないんだ。だから、ああいった乗り物は楽しめないみたい……」
 依子は恋人に、自分の考えを説明してみせた。
「まだそんなこと言ってる……」
「だって……」
「前にも言ったと思うけどさ、俺は依子ちゃんに死んで欲しくないと思ってる。だからさ、あんまりそういうこと言うなって」
「でも……」
「前にも聞いたよ。自分の命に価値を見出せないんだろ? でもさ、もうちょっと客観的に考えてみたらどう? 依子ちゃんの命に価値を感じるのは依子ちゃんだけとは限らないんだぜ?」
16名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:03:28 ID:4XRrgdns0
 依子は必死で考える。
 自分の命に価値をつけるのは自分じゃないってこと?
 彼は、私が死んだら悲しむと言っていた。
 だとしたら、この人は私の命に価値があるって思ってるのだろうか?
 私だって、彼を悲しませたくはない。
 それが「死にたくない」ということなのだろうか?
 だとしたら、なんとなくわかる気もするな……。
 依子は考えた。
 そして、彼の言った「逆の立場」を考える。

 もし彼が死んでしまったら、私はどう思うだろうか……。

 もし彼が死んで……え?

 そこまで考えて、依子は思考停止してしまった。
 彼が死ぬ? 彼がいなくなる? そんなことは考えたことがない。考えたくもない。考えられない。
 逆の立場? 私がいなくなると彼は……。

 依子は呆然とその場に立ち尽くした。
「おい、依子ちゃん、どうちゃったんだよ、急に」
「あ……」
 気がつくと恋人が依子の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「あ、ううん。大丈夫、なんでもないの……。なんかいろんな考えが頭をめぐっちゃって……」
「フリーズしちゃった? よし、ちょっと気分転換でもするか」
17名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:04:10 ID:4XRrgdns0
「うん」
 依子はうなずいた。
「じゃあ、ソフトクリームでも買ってくるよ。その辺で座って食おうぜ」
「うん」
「ソフトクリーム食べたら、今度は、怖くない系の乗り物に乗ろう。コーヒーカップとかさ、それならきっと依子ちゃんでも楽しめると思う」
 依子はうなずいた。本当はどんな乗り物でも、あなたと一緒なら楽しいんだよ、と心の中でだけつぶやく。
「じゃ、行ってくる。待ってて」
 笑いながら恋人は、ソフトクリームを買うためにフードコーナーへと走っていく。
 彼がこちらを見ていないことを確認すると、依子は、左目にはめていた眼帯をはずした。
 そして、毎朝、彼を学校に送り出すときにしているのと同じように、ふたつの瞳で走り去る彼の後姿を見送った。
 彼女は、できる限り、恋人の姿を瞳の奥に焼き付けておこうと思った。

[FIN]
18名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:05:16 ID:4XRrgdns0
平坂いずみ −「Saint Valentine's Day」−

「うーん……」
 平坂いずみは首をかしげた。
 いずみの手の中には、綺麗な包装紙に包まれた四角い箱があった。
 その中身がチョコレートだということは、わかっている。
 何故なら、先ほど、いずみ自身が購入したのだから。
「何でこんなの、買っちゃったんだろ?」
 よくわからなかった。
 現在、いずみは大学受験の合格発表を控えた身である。
 もう学校の授業はないも同然だったので、気晴らしに駅前に買い物に出かけたのだが、
その際、店先でかわいらしいチョコレートを見つけたのでついつい買ってしまったのだ。
 渡す相手もいないというのに。
 この予定外の買い物のおかげで、いずみの懐はかなりピンチになってしまったのだ。
 一体、自分はどうしてしまったのだろう?
 でも── いずみは考える。
 購入する瞬間には、確かに渡す相手のことを考えていたような気がするのだ。
 それが誰のことなのかは、いずみにはわからなかった。
 一瞬、胸にチクリと差すような痛みが走る。
しかし、その痛みの意味を理解するだけの材料が、今のいずみにはなかった。
「いずみ〜、ご飯よ〜。降りてきなさ〜い!」
 階下から母親の声がする。
 もうそんな時間か。いずみは、軽くため息をつくとチョコレートの包みを机の上に置いた。
(買っちゃったものはしょうがないか。あとで自分で食べようっと)
19名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:06:24 ID:4XRrgdns0
 食事を済ませ、毎週なんとなく惰性で見ているドラマを見終えてから、いずみは自室に戻ってきた。
「あれ?」
 見ると机の上に置いたはずのチョコレートの包みがない。
 部屋を出るときに落としたのかと思い、床の上をさがしてみたが、チョコレートは見つからなかった。
 ひょっとして、チョコレートを買ったと思い込んでいたのは、いずみの妄想だったのではないか? そんな想像が彼女の脳裏をよぎる。
 いや、そんなはずはない。いずみは慌てて首を振った。チョコレートを買ったのは事実だ。レシートだってある。
 いずみは右手を唇に当て、しばらくチョコレートのありかについて考えたが、やがて探すのをやめた。
 何故かはわからないのだが、探さない方が良いような気がしたのだ。
 その瞬間、いずみの頬をツウと涙が流れた。
 しかし、その涙の意味を理解するだけの材料が、今のいずみにはなかった。
 ただ、少しだけ、ほんの少しだけ、心の中のしこりが取り除かれたような気がしていた。

 もう、春はすぐそこまで迫ってきていた。

[FIN]
20名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:13:35 ID:38oUryqa0
>>1
っつか、すげぇな。
お疲れ様。ちょっと菜の花体操踊ってくる。
21名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:22:16 ID:kA1vIvOD0
>>1乙華麗
関連スレ追加

八宝備仁を語るスレ Part2
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/erog/1173881225/
浅い眠りを 奪うように
すべて終わればいいと思う
狂おしいほど望んでても
何事もなく日々は続く

沈む光 窓の外
祈るように 眺める
やがて終わる 幸せに
とめどなく涙 あふれた
希望に囚われて 想いは繰り返す
醒めない夢のなか ずっと

隠していた 片側の
見つけてくれた手 口づけ
夢を知らない目と
心を握り締め
記憶の奥 君を 焼き付け

君が笑って 私を見た
少し目を細めて うつむく
交わす唇 震える指
ただ幸せだけを感じた

ねぇ覚えてる? あの約束
もう来ない明日(あした)を忘れて
過去を捨て去り 今日を強く
ただ 今の君だけ 想うよ

浅い眠りを 奪うように
すべて終わればいいと思う
狂おしいほど望んでても
何事もなく日々は続く
23名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:44:02 ID:38oUryqa0
しかし、いろいろ調べてみたんだが、
歌手のMASAMIさんの情報とかってないな。
「鬼医者」の「Endless sorrow」を歌ったことくらいしかわからん。
ttp://sagaplanets.product.co.jp/works/oni/oni.htm
24名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 23:57:34 ID:4XRrgdns0
シナリオ:たけうちこうた氏のHP
ttp://www.geocities.jp/kots_tea/

過去の日記やブログを見ればアズラエル関連の話題も載ってる。
25名無しさん@ピンキー:2007/06/21(木) 00:06:40 ID:1d6yP8Vw0
それならここも必要だな。八宝備仁氏の「一期一会」
ttp://www.terra.dti.ne.jp/~otomo/

そして「アズラエル」の絵も少しだけど掲載されてる氏の画集
ttp://www.coremagazine.co.jp/book/sweet_body/
26名無しさん@ピンキー:2007/06/21(木) 00:50:06 ID:Jt+03/XD0
スタッフのHPまで入れる必要はない気がするが

アズラエルwikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BA%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB_%28%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%29
27名無しさん@ピンキー:2007/06/23(土) 04:35:37 ID:Rsn6aCXpO
あげ
28名無しさん@ピンキー:2007/06/24(日) 17:19:54 ID:V//kw9Mp0
一応、こんなスレもある

XEROスレッド
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/hgame/1152352263/
29名無しさん@ピンキー:2007/06/24(日) 17:38:44 ID:bm25lXC50
前翼の傍系スレは相変わらず殺伐としてやがんな
30名無しさん@ピンキー:2007/06/24(日) 21:56:42 ID:q2wGbZlDO
ここはマターリいきませう
31名無しさん@ピンキー:2007/06/25(月) 16:57:44 ID:+JGjgEguO
昨日一日かけてアズラエルをクリアしたんですが、いいですね〜これ。夢に冬美さんが出てきましたよマジで。まぁ、ボブサップも夢に出たけど
32名無しさん@ピンキー:2007/06/27(水) 20:01:32 ID:giQiTPTV0
ボブサップVS冬美さん?
33名無しさん@ピンキー:2007/06/27(水) 20:06:58 ID:o6+BciPJ0
さっき枕元にアズラエルが居たような
34名無しさん@ピンキー:2007/06/28(木) 20:04:23 ID:1JCbCwK10
35名無しさん@ピンキー:2007/06/30(土) 23:10:50 ID:b29uWsSJ0
>>31
「夏梅」「栄寿」はやった?
36名無しさん@ピンキー:2007/07/01(日) 15:27:48 ID:d/1c4yr10
浅いー眠りを 奪うように♪

全て終わればいいと思う♪
37名無しさん@ピンキー:2007/07/05(木) 17:12:09 ID:WtrxdFkzO
このボリュームならDVDPGとかで売るって
手もある気がするな
38名無しさん@ピンキー:2007/07/05(木) 19:26:20 ID:8xcNX9J10
DVD-PGなら一枚で事足りそうだ。
なぜかフロントウイング自体出さないよな。
39名無しさん@ピンキー:2007/08/02(木) 02:04:46 ID:4tf93h2P0
アズーリ
40名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 23:09:59 ID:hqruQeN70
皆の興味は失せもうした。
41名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 23:51:34 ID:PmICDa0C0
あれこれ語ることが出来る作品でもないしなあ……
42名無しさん@ピンキー:2007/08/21(火) 01:14:17 ID:LwWYvMFG0
暇があったら啓蒙活動したいところだけどな。
43名無しさん@ピンキー:2007/09/04(火) 02:38:12 ID:3416veWU0
44名無しさん@ピンキー:2007/09/04(火) 02:40:22 ID:3416veWU0
こういうのまたつくってほしい
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm1312
45名無しさん@ピンキー:2007/09/04(火) 02:41:30 ID:3416veWU0
あれ?
前の遅れてた。連投スマソ
46名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 01:36:50 ID:RUEhtUz+0
曲も素晴らしいが、OPアニメも一部に実写を使ってて、表現うまいよな。
ネタバレ出しまくりだけど
47名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 21:20:16 ID:me608Cie0
最初見てもネタバレと思うほどではないかな。
クリア後、もっかい見て納得する感じ?
48名無したちの午後
おお、2スレ目か。