>>258から話を膨らませてみますた
―その夜。
寝静まった事務所、デスクで一人書類に向かうイタクァ。
目を通し、何事か書き加え、判をつき、ファイルに綴じ、また目を通し…
そんな動作を幾度繰り返したろうか。
物音と気配。ふと顔を上げると―――
「お疲れさん。コーヒーでもどうだ?」
湯気立つカップを両手に、魔導書の主はそこにいた。
「主殿か。そのような気遣いは――
「手伝うよ。こんなんでもいないよりは少しはマシだろ?」
言ってカップをデスクに置き、書類の束とファイルを1つ手に取る。
「不要だ……と言っても無駄なのだろうな」
九郎のお節介はいつもの事だ。こういう事よりも、被害を出さない方に
気を遣って欲しいとイタクァは思う。
デスクの横を借りるような形で椅子を置き、腰掛けて気が付く。
明かりが無い。デスクのライトスタンドはイタクァの手元を照らしているし、
かと言ってこんな深夜に部屋の明かりをつけるのも――
ボッ
不意に眼前が明るくなる。座ったまま顔を上げると――
「これで不足ないか?」
指先に小さな火の輝きを灯した、クトゥグアの姿。
「なんだ、起きたのか――ああ、サンキュな」
輝きはクトゥグアの指先を離れ、座った九郎のやや上、手元を照らし出すのに都合の良い位置に収まった。
クトゥグアも椅子を1つ持ってきて、背もたれを前にして座る。
そのまま頬杖をつき、欠伸を一つ。こちらは手伝う気は無いようだ。
とりあえず手元を片付け作業スペースを作り、転がっていたペンを執る。
書類を並べ目を通し、ペンを走らせ――ややあって。
金額の計算をしようとして、九郎はふと気づいた。
「イタクァ、電卓使ってないのか?」
先ほどからの間にも手を休めていないイタクァの手元には電卓は無い。
「…妾を何だと思うておいでか…不要ゆえそちらで使うと良い」
あきれたように言い、引き出しから事務所に1つきりの電卓を取り出し渡す。
「ああ、すまねえ。流石に早いなぁ」
この事務所にパソコンがあれば、随分と便利になるのだろうが。
コーヒーメーカー1つ買うのにも難儀した現状、そんな余裕があるはずもなく。