「汁」の凄いエロゲ

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30名無したちの午後
私は汁を愛する者である。汁は美しい。いや、美しいという表現が妥当かどうかは私自身極めて
疑問である。いやしかしこの際なんでも良い、とにかく汁は萌えるモノを持っている。
漢汁は特に良い。漢の白濁した液を女体、それも特につるぺたな肢体に撒き散らす、このなんと
艶かしくくるおしいことか。
最近は世の中にもこの嗜好がようやく理解されだしたのか、「汁げー」なる趨勢があることは非
常に喜ばしい限りである。「白濁姫」「どきどきサマーレッスン」「放蕩仙女」「少女サーカス」
・・・数え上げればきりはない。尤も汁げーに分類されないまでも、これまでも十分に汁の魅力は
ソフトハウスの高貴な感性の持ち主にはとうの昔から解っていた筈である。何故ならえろげのえっ
ちしーんは通常2段階〜3段階になっているが、通常最終段階は汁が飛んでいるのだから。
では何故最近突然汁がクローズアップされるようになったのだろうか?
私はこれは現代の実体験の欠如に由来するより深い疑似体験、投影への欲求からではないかと考え
ている。えろげ〜そのものが疑似体験なのであるが、それをより深める要素なのではないか、と考
えるのである。画面の中のいとしげな少女に「お兄ちゃん」などと呼ばれつつ、欲求をその幼いカ
ラダにぶちまける。しかし所詮それは画面の中のえろ画像を眺めているに過ぎない。初めはそれで
満足していたヲタクどもはその刺激に慣れ、耐性を身につけ、より深い没入を画面に求めたのでは
ないだろうか。
31名無したちの午後:01/10/26 23:05 ID:V/cormQA
そして注目されるに至ったのが汁なのだ。汁・・ここでは精液を意味するのだが、ソレは現実世界
でもヲタクどもは画面を前にして発射する。それと(多少誇張されているとはいえ)同一、同質のモ
ノを画面上にも表現してやれば・・より深い没入感が得られる、そう考えたのではないだろうか。
無論それだけとは言わない。汁は「汚れ」でもある。それが発射される時とはすなわちオスの汚な
らしい性欲がいよいよ増し、頂点に達した時に出される、いわば欲望の象徴なのである。
ソレを穢れない、そしてそんなオスの欲望の迸りを理解しない純な少女にかけることで、その純粋
さに勝利する「汚物」すなわち汚く厳しい「現実」をふりかけたコトによる征服感を得るのだ。
その対象がゲームという非現実の、純粋さがより純化した少女なのだ、その興奮たるや現実の比で
はない。
ああ・・その時、その瞬間、出した本人にさえ汚らしく、ティッシュで拭き去られる精液は、極度
に我々の欲求を満たし易い仮想空間と我々を繋ぐ夢の橋になるのだ――――。
私なぞ現実のセクースよりもえろげで抜く方が気持ち良いと思っている程である。
私なぞ最近は汁好きが嵩じて「どぴゅ」という言葉だけでもう・・・あ・・・ハァハァ(;´Д`)
ふ・・・う・・・ハァハァ(;´Д`)・・・どぴゅどぴゅどぴゅ!!