Abelsoftware(アーベルソフトウェア) その12

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598名無したちの午後
しあわせ・・・ってなに?


そう認識するようになったのは、ここ最近だろうと思います。
時間が無いかもしれない――そういった危機感に苛まれたのは、だいぶ昔のことらしいです。
その遺体を見たときには、あまりのことに吐き気を覚えたのだけれども、隣のエミリィ先生は、
きわめて事務的に、事を進めていたように見えました。
左手で遺体の眼窩を開くと、白濁した水晶体があらわになり、それはまだ少し湿っていたようにも見えたのだけど、
博士はつまらなそうに一瞥をくれると、右手に持ったメスをその眼窩の中に滑り込ませたのです。
滑り込ませた瞬間、遺体が数度痙攣したように見えましたが、死後一時間ほどは経っていたので、
エミリィ先生は反射という言葉で説明なさいましたし、私はといえば、一も二もなくその説明に大きくうなずき、
それ以外の説に対してはその場で異議を申し立てる余裕もありませんでした。
しかし、エミリィ先生のメスが、眼窩の狭い穴の中を、ゆっくりと円状に動き回る様を見て、
そして遺体がそのたびに痙攣を起こす様を見て、再び、私はこみ上げるものを感じて、目線をそらしましたが、
先生は、私の顎をぐっと掴むと、マスクと帽子の間から覗く細い目を私に向けながら、「逃げるな」と、そう言ったのです。
逃げはしません。けれどこのままでは戻してしまいます――そう意見を申しあげると、エミリィ先生は目を糸のように細く細くつむり、ここで戻しなさいと、右手のメスを私に向けました。
そのメスは鮮血で真紅に染まっていて、刃の先にはだらしなく垂れ下がった眼球が垂れ下がっていたのです。
その映像が私の眼底に投影され、また同時に生臭い何とも言えない匂いが鼻腔をつくと同時に、私は胃の中にあるものを全て戻してしまいました。
今朝食べた少量のハムエッグと、ツナサンドイッチ、昨夜の野菜サラダ少量が、白濁した液体とともに私の口から流れ出ていきました。