雇用側は自社の都合で労働者の在り様を求め自己の恣意で勝手に扱う。 企業の存続・展開のためにそれを選んでいる。
好んでそうしている場合もあり、社会の動向を読んで末やむなくそのような選択を強いられているなど情況はいろいろあるだろう。
考え方も固定的に継続していく場合もあり、時に応じて、変容するかもしれない。
従業員がその考えを受け入れようが拒否しようが勝手だ。
その価値観を刷り込まれ内在化して自他未分離の思考をするとなると、本人のみならず周りの人間にも害を及ぼすことさえありうる。
まずは雇用する側の恣意的な価値観と心得ておいたほうが無難だ。
そこで働くのであれば自分としてはどう対応するのか自覚的に時々に有効な判断をして選択・決断・行動する必要がある。
忙しさにかまけて自分の思惑とは違って使い捨て潰されるのが最もいただけない。
>877のようなケースで雇われたとき、労働市場が開放的で再出発・最挑戦できるような仕掛けが社会に組み込まれていれば、時々の節目での思い悩みも前向きに生産的になるのではないか。
そのままではつぶしの効かない職能に囲い込まれたまま退社の憂き目に遭遇した場合に、有効に機能するセフィティネット・再訓練の機会があれば人を破滅から救い上げるひとつの手立てになる。
そのような仕組みを考えることと絡めて派遣制度ふくむ全般の労働市場を覆う問題を考え直し対策する必要があるのだろう。
第二次世界大戦時の零戦の故事を振り返ってみる。
操縦性能に極めて優れているものの防備が貧弱であった。 戦場の主役のパイロットが大事にされなかったと言える。
優秀な操縦士が生き残らねば戦えない。
そのうち、防備に強く性能を強化した戦闘機が投入され、弱点を突く攻撃法で追い落とされてしまう。
何事かあるたびに極めて少数とはいえ、秋葉原などでとち狂った振る舞いにをやられたらたまったものじゃない。
自らを殺すということを毎年何万人がやっている。 僅かな差で、それが外に向かうということは想像に難くない。
微々たるものから目立つものまで数限りなく浮上している。 想像するだに恐ろしいことだ。
よくよく考えて、人々がが自分好みにさわやかに生活を進められる選択肢を多様に用意すべきなのだ。