米田功 Part10

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404 ワラタ 
 背中からうちつけてくる冷たい風に、鹿島は思わず身震いをした。
五輪が終わってからというものの度重なる縁起会、縮賞会、取材などに
普段使わない気を使ったりして大会では調子がでなかったり、
怪我をしてしまったりなど目まぐるしく時が過ぎて行ったので、
知らぬ間に季節は冬を迎えていたのだな、と改めて思う。横を見ると
冨田も寒そうに背中を丸めながら白い息を吐き出していた。

 練習後、自分達の住んでいるアパートへ続くいつもの道。
こうして穏やかな気持ちで徒身多と並んで帰るのは、一体何日ぶりだろう。

「来週の今頃はバーミンガムか・・」
 ふと冨田がそんなことを呟けば、鹿島は決まったように「そうやなぁ」と目を細めて相槌を打つ。
刺すような寒さを少しでも和らげようと手を擦り合わせながら、鹿島がイギリスでの自分達の様子を
想像してみると、真っ先に少し間の抜けた、甘く掠れた声の持ち主が思い浮かんだ。
405 ワラタ :05/01/17 23:03:18 ID:WbXX5zia
「米田さん、スーツケースなくさないかな」
 
 冨田も同じ人物を浮かべたのか、思い出したようにふふ、と笑みを零すと、
鹿島もつられて声を出さずに笑う。

「米田さんがいると楽しいだろうなぁ」
 
 そう返すと、さっきまで楽しそうに微笑んでいたとは打って変わって
冨田の表情はだんだんと曇っていき、鹿島を突き放すかのように歩くペースを
速めた。・・・よほど鹿島の発言が気に入らなかったのであろう。
普段感情をあまり表に出さない冨田だったが、長い付き合いのある鹿島には
ほんの少しの感情の変化にも目敏く気付けるのであった。

(お前だって、中野といるとき、楽しそうやん)

 依然、口をとんがらせて鹿島の一歩前を黙々と歩いていく冨田に今すぐ駆け寄って、
耳元でそう囁いてやろうと思ったが、鹿島は視線を夜空に移してため息ひとつ、
ついた。
406 ワラタ :05/01/17 23:04:52 ID:WbXX5zia
 連日続いた演技会や大会などで、怪我で見学せざるを得ない鹿島の目の前で、
中野と仲良くじゃれあっている冨田の姿を嫌というほど見ていた鹿島は、
今そうやって嫉妬の色を隠しきれない冨田にもうちょっと意地悪をしてやろうと
思った・・が、どんどんと先へ歩いていってしまう彼の後姿を見ていると
意地悪をするどころか、自分ばかりが冨田を追いかけているような気がして、
少し悔しかった。


(俺ってしょーもないやっちゃなぁ)


 手に熱い息を吹きかけて幾分か手の感覚を取り戻してから、鹿島は素早く冨田に駆け寄って
ジャージからのぞいているキュッと握り締めた冨田のげんこつに、さりげなく自分の手の甲で触れた。
するとやんわりと冨田の手が開き、あっという間に鹿島の手は分厚い掌に包まれた。

「つめてー」

 冨田が受け入れてくれた嬉しさを誤魔化すようにぶっきらぼうに呟いてみても、
自然と口元は緩み、繋いだ手をますます強く握り締め、心なしか歩調も冨田に合わせてしまっているのであった。

 一方の冨田はしてやったりとでもいうようにほくそえんでいたので、やっぱりバーミンガム
では米田さんと仲良くしちゃおうかな、とできそうもない仕返しの思索を重ねつつ、
結局鹿島は冨田に少しずつ寄り添っていったのだった。