3月某日、イチローさんが緊急来日し、同ファミリーの切り込み隊長的
存在のトモ・ハセガワとともに小社を訪れた。
イチローさんは最近ナイフに興味があるとのことなので、急きょナイフに
詳しい僕、辛口ムーチョが呼ばれることとなったのだ。
「はじめまして、イチローです。会えてうれしいです。」
いつも誌面で凄い拳銃を撃っている姿しか見ていない僕は、その穏やかな
口調と親しみやすい姿勢に面食らってしまった。
その後、イチローさんはアメリカでのナイフ事情や、人気ナイフなどを
見せつつ、熱くナイフについて語ってくれた。それは単に、自分が好きだから
というものではなく、日本のナイフシーンまでも考えての意見であり、
短いながらも非常に有意義な時間であった。
そして、ナイフ談義も終わり一段落した頃、それは突然やってきた。
「わし、関節技とかも詳しいんじゃよ」
イチローさんは何の気なしにいった。
関節技?プロレスの?突然の話題転換に戸惑ってると。
「そういうの大好きでしょ。イチローさん、辛口ムーチョはキックボクシング
やってますからね。サンドバック、バシバシ叩いてますから」
トモさんが突然話し出した。
「タイ式?」
言葉が途切れると同時にイチローさんが聞いてきた。
「いえ、空手の道場なので、日本式といいますか、空手式といいますか・・・・・・」
「ちょっと見せてみなさい、こっち着て。さあさあさあ」
イチローさんは既に立ち上がっている。そして何よりも、今までのコンバットや
ナイフ談義の時より目が輝いていた。
「イチローさんは古武道やってたからね ハート」
トモさんは嬉しそうに付け加えた。
古武道?格闘技オタクの僕は一瞬に知識を巡らせたが、
聞き慣れないその言葉にさらに戸惑ってしまった。
「実は今、スノボーで肩を痛めていまして左手が上がらないんです」
怪我の巧妙(原文ママ)とはいえ、これはいい断りの理由だ。しかし・・・・・・、
「さあ、早く早くぅ〜」
イチローさんの耳にはまったく届いていない。それどころか、
軽く飛び跳ねて準備運動までしていいる。
仕方がないここまでされて断っては、相手に失礼に当たる。ここは喜んで
胸を借りなくては。緊張しつつも意を決して、イチローさんの正面に立った・・・・・・。
「スキがない」
言葉でいってしまえば簡単だが、まさしくそのとおりだった。
イチローさんの目もその時点で、格闘・武道家のそれに変わっていた。
イチローさんがサウスポーのスタンスだったこともあるが、それを
省いても力の差は歴然だ。それは向かい合った者同士だけが
感じ取れるものだ。
「さあ、打って来なさい」
イチローさんの優しい口調が響いた。
「サウスポーには右を打ち込め」
これは鉄則だ。左手は痛いが右は使える。左のフェイントから右の
ストレートを放った。ほぼ同時にイチローさんのローキックが
左足に飛んできた。寸止めだった。イチローさんの右足は、
右パンチを打ち体重の乗った僕の左足、膝上の急所をピタリと
捉えていた。見事だった。もちろん僕のパンチは空を切っていた。
その後、イチローさんが見せてくれた左ストレートは究極の
寸止めで、イチローさんの拳と僕の唇の間で、静電気が
パチンと弾けたほどだった (嘘のような事実)。
イチローさんは射撃やカメラと同じく、武道家としても
マスタークラスだったのだ。今思うと落ち着いた物腰や語り口は、
真の武道家たちの持つ雰囲気に通ずるものがあった。
本当に強い男は優しいのだ。
「リングには上がってるの?」
イチローさんが聞いて来た。
「いえいえ、とんでもないです。たしなむ程度です」
実はここ最近、サーフィンやスノボ、夜遊びなどで練習を
怠っていたのだ。ちなみに高校では柔道部でした、などと
これ以上口が裂けてもいえない。
その後、イチローさんは丁寧に古武道のポイントを教えてくれた。
今、あらゆる分野の人たちから、イチローさんにオファーが来るという。
それは技術面もさることながら、人間性にもよるものだろう。
イチロー兄ィと世間で愛される所以が、今回限られた時間だったが
感じ取ることが出来た。皆さんも機会があればイチローさんに触れてみよう。
〔辛口ムーチョ〕