トゥッティ イ ピアッティ エラノ スクイズィーティ コンプリメンティ。
知り合いのイタリア人と食事した時によく作ってくれた人に言ってる。
どの料理も美味しかったです。素晴らしかったですよって事らしい。
>>936 近過去は完了過去、点(時間の区切りがある意味で)の過去時制と言われる。
一方、半過去は継続や状態を表す未完了過去、線(時間の区切りがない)の過去と。
半過去の方が、食事して美味しかった余韻や状態を言い表せるのでは?
食べて、その後歓談した場合なら、行動がが点として継続するので、双方とも近過去。
(食べて)美味しいという状態は、点として捉えられないので半過去と・・・。
料理に限らず、絵でも景色でも人物でも…essere+形容詞で
なにかを評価する文を過去にする場合、ふつうは半過去ですね。
理由は
>>938で書かれている通り。
ただ補助動詞がついたりすると、半過去は不定詞を作れないので
deve essere stato buonissimoみたいな形になったりはします。
また、
>>938で挙げられているような「ある行為・ある期間」を
切り取って評価する場合は近過去を使います。
そういえば半過去と近過去、両方とも使えるのが…
Oggi e` stata una bella giornata.
Oggi era una bella giornata.
これなんかは、
話者がどういう気持ち&どういう状況で話しているかの違いか
あれをした、こうだったという「giornata」を振り返る文脈なら近過去、
何かの理由でgiornataが終わっていることを明らかにせずに話したい
なら半過去…というような使い分けなのかな?
(あ、念のために付け加えておくと、oggiは副詞、
少し前に話題になっていた「it is/was」と同種の文ですね)
ブッツァーティの短編を読んでいます。この書き出し partito の用法を教えてください。
Partito ad esplorare il regno di mio padre,
di giorno in giorno vado allontanandomi della citta'
e le notizie che mi giungono si fanno sempre piu' rare.
(父の王国の探検に出発し、
私が街から一日一日と離れていくと
こちらへの便りも一層遅れがちになっていった。)
文意の主語は私ですから Sono が隠れていると思いますが、
過去分詞だけで書き出すように、省略していいのでしょうか?
詩的な印象があるのですが、自分ではなかなか使いこなせません。
特別詩的な構文ではない
分詞を使った普通の独立構文だろ
英語なら Having set out to explore 〜 のように助動詞の現在分詞形は省略しないのが普通だが、イタリア語で
Essendo partito/a ad esplorare 〜 なんてやるとただしつこいだけ
>>945 早速のレスありがとうございます。
この文の場合、各動詞 partire, andare, giungere の時制は現在形で一致してるのでしょうか?
それともpartitoのみ近過去ですか?
partito → 過去分詞の副詞節的な使い方、時間的な点は主節から見た過去
(945の説明のように「essendo partito」と同じ意味)
「発ってから」「発ってからというもの」みたいな感じ
vado allontanandomi → 現在における反復・連続的なニュアンス
「(日いちにちと町から)遠く離れていく」てな感じ
che mi giungono → le notizie についての補足、時制的にはこの場合は
vado と同じではあるものの、時間的なイメージはあまりない
いやだから vado も giungono も直接法現在形だが、(essendo) partito は完了分詞で独立構文として主文の状況説明をしている。
主語は勿論 vado と同じで男性。
「父の王国の探索に出発して以来」の意味。
>>947 丁寧な解説ありがとうございました。
物語の冒頭、作家は整った簡潔な時制でよく状況を説明していると思います。
音楽家は一章節にも感動することがあると同じように
分解して頂き改めて文章の美しさを感じました。
そして後半の動詞は原文どおり現在形で訳すほうが臨場感がありますね。
>>948 私は時制の一致にこだわって、完了分詞の独立構文というのを理解していませんでした。
なせ隠れた essere がご指摘のようにジェルンディオになるのか分からなかったのですが
今参考書でジェルンディオ複合形構文の例文を見つけました。
ある動作よりも前に起こった動作
Avendo aspettato per un'ora, vado via. (私は1時間待ったので帰ります)
今回は「父の王国の探索に出発して以来」と訳したほうが明確ですね。
丁寧な解説ありがとうございました。
使役動詞 lasciare を用いて、
「そうすれば、行間で人に想像させておくことができる」という文章を作りたいです。
Cosi' si puo' lasciare (a) immagiare fra le righe.
補助動詞+使役動詞+不定詞と、3つの動詞が連なる場合、
不定詞の前に補語を入れないほうが正解でしょうか、教えてください。
questa maniera/questo modoを主語にして
Questa maniera puo` lasciarci immaginare cosa si celassero tra le righe.
または非人称で Quindi ci si puo immaginare... というのも可能な気がします。
ただ、接続法を使うほうがもしかしたらしっくりくるかもしれませんし、
Quindi si puo` lasciare che i lettori immaginassero.
ストレートにfar leggereと言ってしまうほうがよりわかりやすくシンプルな気も。
E cosi` si puo` far leggere tra le righe.
まあ、私もプロではないのでイタリア語的にそんなに自信はないのですが。
それと、immaginare fra le righe っていう言い方はあるのでしょうか?
>>951 例文レスありがとうございます。
挙げたイタリア文全体が私の創作なので正しいかどうかはわかりません。
やはり che+接続法または名詞のほうがしっくりきますか・・・
ラ・ボエームで、レストランの幸せな雰囲気の2幕が、3幕に変わったとたん雪の中で別れ話。
その幕間で何があったのかを観客に説明しない美しさが脚本にあると思いました。
それをイタリア語で言ったらどうなるのかなと質問したのですが、
いろいろ下手な表現ですみません。
オペラって独特な表現がよくあるよね。
二人だけで舞台が進行してる場面で、よく命令形が使われる。
二人称単数の場面なのに、二人称複数形で言うことが多い。
Senti! をSentite!とか、Guarda! をGuardate! みたいな感じ。
作曲家が観衆を意識してのことかな?よく、疑問に感ずる。
詳しい方いますか?
昔の敬語表現
>>954-955 早速どうも、敬語表現とは知らなかった。
解説してる文献や書籍とかありますか?
ただ映像の日本語字幕を観ると、敬語っぽく訳してませんね。
イタリア製の古着に「F.D.deL.」と製造ブランド名とは明らかに異なる刺繍がほどこしてありました。
おそらくは所有者(名)や製造ブランド以外のセレクトショップなど特定の小規模な企業・団体関連名だと推測されますが、
一応これを機械翻訳やItaly、Italiaの単語を追加して検索(イメージ検索含む)したのですがやはり詳細は不明でした。
F.D.とdelという略称や単語は検索でイタリア関係全般で出てきたので他国の言語ではないと考えているのですが、
これらの意味する所がわかりませんので是非ご教授お願いいたします。
なお、刺繍の具合で判別が困難ですが最後のエルが大文字なので「deL.」ではなく「deL,」の可能性もあります。
deL という語はイタリア語にありません。
「fabbricato/i/a/e da ナントカ」
「fabbrica di ナントカ」
あるいは「fiera di ナントカ」あたりの略じゃないかとは思うんだが
「deL」ってのが思いあたらないLと大文字なのでこれは固有名詞かも
ブランド傘下のライセンス生産的なものとか?
>>958-959 ご回答どうもありがとうございます。
色々と検索して調べてみましたところ製造企業地がペスカーラで、
地元に「Delfino Pescara 1936」というサッカークラブがありました。
そのクラブのホームカラーが水色と白、品物も水色と白を基調とした配色ですので、
「deL」は固有名詞「Delfino」の略ではないかと推測します。
そこで再び質問ですがこの場合の「F.D」はどのような意味になりますでしょうか?
delfinoはイルカのことですが、
Lだけ大文字になっているのがどうにも腑に落ちないですね…
どこの工場か、や、下請けの生産者とかを識別するための略号かな
などと想像したのですが、どうなんだろ?
たとえば…ほんとにすごくテキトーですが、
「fabbricato da deLorenzi」=デロレンツィの縫製工場で製作、とか
(959で書いた「傘下」とはそういう意味でした)
まあ、イタリアのアパレルのタグや裏事情に詳しい人が見てくれれば
解明できるかもしれませんね。
タイ子さんに
イタリア語を
教えてもらえよ。
>>961 何分そういうのは不得手ですので申し訳ございません。
>>962 色々とご思案下さりどうもありがとうございました。参考にさせて頂きます。
イタリア紳士諸兄にお尋ねします
イタリアの貴婦人は満足したときやはり vengo vengo とおっしゃるんでしょうか?
それとも日本と同じで vado vado ですか
venireとandareの意味がちゃんと理解できていれば自明
日本語も然りなり
967 :
何語で名無しますか?:2013/11/12(火) 20:50:22.00
そもそも日本語のは意味的にandareなのか???
起点から去っていく動作か
終点にむかっていく動作か
イタリア語も英語も同じ使い分けだな
日本語の行く・来るとは違う概念
入門や初級の音声でネイティブがvengoとかveniamo insiemeとか
言わされてるのを見たりきいたりするとかわいそうになってくるよな
なるほど、実に興味深い(福山風)
>>969 ソースあんのかよ。いや、ソースお願いしますw
cameriereもcamerieraも客に呼ばれたら
arrivo subito!か単にsubito!だね
vengo subito!って言ったらまるで…
>>972 付き合ったイタリア娘がveniamo insiemeなんて声ベッドで聞いた事無かったわ
イタリア語スレが伸びてると思ったらw
それ入門じゃなくて菊門だから。真逆。
>>968 そんな感じで説明する初学者向け教材が多いよね
共に「行く」と訳すから、初学者が間違える点
行き先にioかtuがいるならvenire、と解説する参考書もある
>973 Non sei mai riuscito a farla venire, forse.
文脈なんですよね
話者のイメージが起点にあるか終点にあるかの
だからたとえば、
Vado al cinema stasera, vuoi venire con me?
と言うけど、この場合後半にandareは使わない
イタリア紳士諸兄方の深い洞察に拙者感服致しました
勉学とはかく有りたいものですな
あっぱれ菊門 また質問を携えて参ります
イタリア紳士・淑女の皆様のなかに王族の方はいらっしゃいませんか?
命令法を覚えるために、
○○しなさい。この△△が!という定番フレーズをいくつか伝授していただけないでしょうか
Penso cheの接続法(仮定法)と条件法のニュアンスの違いがわかりません。
Penso che dobbiate andare in taxi.
Dovreste andare in taxi.
この2つは何が違うんでしょうか?
>>982 「君たちはタクシーでいくべきだと思うよ」
”私は〜だと思う”の構文は文法的な決まり接続法を使う。
意味上のニュアンスは主観のままかわらない。
「君たちはタクシーで行くべきかもね」
一方、こちらは直説法doveteを使っても言える文を、
接続法を使うと意味は婉曲(ソフト)にかわる。
>>983 ぐう難しいです・・・
2つの文の違いを自分なりに考察してみたので、違っていたら指摘してください。
・Dovreste andare in taxi
(もしできるなら)っていう条件文が隠されていて、相手の事情を配慮する気持ちが含まれている。
・Penso che dobbiate andare in taxi
は相手の事情に配慮しているかどうかは不明で、タクシーでいくべきだっていう主観だけをシンプルに伝えている。
> 相手の事情を配慮する気持ちが含まれている。
ここ勘違いな気がしてきました。
そんな深い意味はなく、dovereを単純に角のない表現にしただけ・・・?
補助動詞はほんとに文脈でニュアンスが変わるけど
これらの文を単体だけで言うとしたら…
dovere直接法を2人称で使うとやや強い命令口調
それを条件法にして少しやわらげたのがdovreste
(それでもやっぱり命令的にきこえると思う)
penso che節はほんとに「自分としてはそう思う」
というだけ
ちなみに「法」というのは
<物事をどういうスタンスでとらえ、表現するか>
を使い分けるための手段なんだけど…
「接続法」は、主観的な<想念>を表す法なので
願望や提案などを表す動詞を使った節の従属節や
想定を呈示する副詞節で使われるというわけです。
「条件法」は、<もし可能性があるなら>という
条件節の「帰結節」で使われる法と考えればOK。
たとえば Vorrei prendere questo. のような文は
「Se fosse possibile」や「Se potessi」といった
条件節が省かれたものと思えば大丈夫。
だから、直接法を<もっとやわらげたい>ときにも
有効なんですね。
まあネイティブは日常生活でいちいちそんなことを
考えながら話しているわけではないでしょうけど、
もともとの語法としての理屈を知っておけば
ニュアンスの違いがつかみやすいのではないかな。
>>988 すごく分かり易かったです。
接続法と条件法はカードの表と裏みたいなものなんですね。