10年後〜20年後に需要が高まりそうな外国語 II
新しい歴史教科書をつくる会』の設立者の一人であり、
文学博士である西尾幹二氏が、朝鮮民族の性質について鋭い意見を述べているので紹介します。
【外が見えない可哀そうな民族】−西尾幹二氏−月刊誌『正論』より
我々はイスラム教徒が毎日時間がくると一斉に座して、手を前につき、アラーの神に祈りを捧げる風景を見て、
我々とは異なる宗教社会の存在をありありと感じることが少なくないであろう。
しかし、朝鮮半島となると、これは近隣で生活上の見かけも似ているので、我々とは異なる宗教社会が
あそこに存在するとは、なかなかに気がつかない。実は韓国人と韓国社会は、イスラム教とイスラム社会と
同程度か、あるいはそれ以上に、日本からはへだたる異質な社会なのである。
元東京銀行=ソウル支店長の湯澤甲雄氏からうかがった話だが、韓国の旧第一銀行で韓国人職員のストが
収まらず、組合側の要求を全部容れても解決せず、加藤清正がどうの、日帝三十六年がどうのと訳の分からない
ことを言っている。そこで内情をよく調べてみると、彼らはオフィス内の座席の配列が気に入らなかった。
それまでは日本の常識に従い、カウンター近くにはすぐサービスのできる人を、機器のそばにはその操作に
長けた人をと、能力や職種に応じて配置し、能率第一を考えて何も問題はないと思っていた。
これがトラブルの原因だった。職員の古株は部屋の奥、新米は外というふうに儒教的序列に直したら、
ストはたちまち止んだ。
旧東京銀行で韓国人次長に職員の採用を任せたら、自分の親族ばかりを入社させる。別の次長が異議を唱え、
この人の親族も入れるようにした。こうして75人の職員の内訳構成は、3人の次長の系列で全部埋められたと
いうのである。給与支給日に職員の親戚縁者が続々と集まってロビーを埋め、職員は老若を問わず、なにがしか
の小遣いを彼らに分け与えている光景には目を見張るものがあった、と。
(2)
韓国は儒教朱子学の習俗を今も戸籍法の婚姻にそのまま取り入れている国である。『宗親会』という民間機関
があって、数百年も前の先祖の起源(「本貫」とも言う)、官位、行状、生没年月日、墓の所在地、嫁の家格が
良い場合は嫁の家格等が書かれた「族譜」と称するものを作って管理している。これに登録されなければ結婚も
できない。進学、就職、昇進、商取引の際にも支障が生じる。本貫ごとに階級や格位が決まり、尊大に振舞える
序列や利益の分け前に与れる順序も決まり、そこに争いが生じる制度になっている。
本貫と本貫の間だけでなく、本貫の中の「派」の序列争いもあって、絶対的な身内優先、独善的な防衛意識と
その裏返しである強固な村八分意識、さらには自らを常に他人よりも優越する身分であろうとする強い上昇意識
とその裏返しである余所者に対する険しい蔑視、無関心、差別意識、そういったものが混在して、今日の社会に
引き継がれている。この社会では、他人を見下し、自らを高しとする立場に立たんとする闘争は日常的に目に見
えぬ処でも激しく行われている。相手の立場を少しでも立てたり、自己反省したりすることは、一族末代までの
恥として絶対に許されない。実証性、客観性とはおよそ無縁な世界であり、自分たちの面子が立てられたか否か
を争点として、何百年でも執念深く争っている。
儒教朱子学を国教とした李朝以後において、両班、中人、常民、賤民の四階級がある中で、日本人は最低の
賤民階級以下の奴隷階級―そう見なす彼らの根拠付けは後で述べる―と勝手に位置づけられており、朝鮮社会の
末席者として過去数百年間、差別の対象とされてきた。日韓併合などより遥かに前の時代の話である。
だから今でも、日本人を「倭奴(ウェノム)」ないし「犬」と称している。
これからもずっとそう呼び続けるであろう。
(3)
たとえ表向き遠慮して言い方を変える場面があっても、彼らの意識は変わらない。自分の内部に閉じこもって
外が見えない可哀そうな民族である。日本人が彼らに謝罪すればやり過ごせると思うのは、実に愚かである。
謝罪しても終わりがない。いつ果てるともキリがない。彼らの反日感情は、日本人が儒教朱子学の序列・秩序に
黙って従うことを要求したものである。
湯澤甲雄氏が書いた次のような分析もある。
過去に為した「日本人の行為」のために、反日意識を持つと考える日本人が多い。
しかし、韓国人の心情はそうではなくて、絶対的に優越する韓国人が、絶対的に劣位の日本人に支配されたと
いう儒教朱子学上あってはならない現実が起きてしまい、自らを許し難いと慙愧反省しつつ、日本人はもっと
許し難いというジレンマが反日となって噴出するのである。
儒教的世界観を転覆させてしまった自らが刻んだ歴史の汚点が、如何にやむを得ない事情で起きてしまった
ものであるかの免罪(エクスキューズ)を得るために、日本人による非道性、残虐性を殊更に唱えて安らぎを
得る心情が、俗に韓国人の「反日感情」と言われるものである。
誰しも日本人名を名乗ったこと、韓国の戦争記念館の展示物、我が国の教科書への注文、学校教育への介入
等に見る如く韓国・朝鮮人優位説の強調と日本人暴虐・強制等による免罪強調とを、何事に寄らず臆面も無く
訴えてくるのである。しかし、これでは真の反省になっていないことを自覚しないところが宗教信心と言える
ところであって、宗教信心なるが故に免罪追及範囲が領域的・時間的にエンドレスに広がり、そこまでやるの
かと日本人の悩みや不安も広がるのである。 (『明日への選択』 平成15年3月号)
こういう社会では身内の恥を外部に晒す者は、社会の敵として始末されるのを常とする。
湯澤氏は、開明的・実証的記事を書いたがために命を落とした新聞記者の例を話してくれた。韓国人の恥辱行為
について外部に語った場合、通例あの国では、その当人と家族及び近親の一族は、多くは連座制をとらされて
職業を奪われ、村八分にされ、ときに杖殺される。
それが、韓国=儒教朱子学社会の掟だそうである。
【儒教朱子学の世界観が歴史を捩じ曲げる】
韓国で両班、中人、常民、賤民の四つある階級のさらに下の階級(カースト)に、日本人が総体として
位置づけられる理由付けは、これもちょっと筆にするのも馬鹿馬鹿しい話だが、古代史に関連する。
韓国では、「日本民族のルーツは朝鮮半島である」という考えが根強くある。天皇家の由来も半島にあると
信じられている。いわゆる天孫降臨、ニニギノミコトが天上から地上に降りてきた神話だが、そのとき降り立
った地はこれまで宮崎県の日向(ひゅうが)と想定されていた。しかるに最近では北九州だという説が出て
きている。天上から降りて来た神様は南朝鮮からの渡来人で、これは日本の皇室の先祖につながるという説
である。
この話が韓国ではもちきりになっていて、まことしやかな関連本がたくさん出ているし、シンポジウムや
研究会議も開かれているそうである。日本の古代史学者で参加する人もいるという。
問題なのは、そこから先の話である。
5世紀頃に半島との交流が盛んになり、渡来人が技術や文字を日本に伝えたことは歴史上の事実として
知られている。663年の白村江の戦いなどで百済が滅亡し、王族や貴族たちも含め一千人規模の日本への
亡命者があった。当時の日本の推定人口は500万〜600万人である。
これらの事実から、韓国の歴史学者は、日本人の本体は朝鮮半島で生きられなくなって日本に渡った敗残の
韓民族だというのである。滅亡した王朝の王侯貴族だけでなく、食いっぱぐれの流民たち、罪人・貧困者
浮浪者たちが日本人を構成した。祖国では生きられない恨みとコンプレックスを抱いた韓民族の子孫が日本人
の本体である。だからこそ、その後の歴史で、恨みを晴らすために秀吉の侵略、日帝三十六年の植民地化、
現代の差別化など、反韓的な振舞いに及ぶのであろう、などと言う。
つまり、日本人とは、彼ら韓国の学者によれば、在日韓国・朝鮮人の「なれの果て」なのである。
しかも、半島では立場を得られなかった敗残者で、それゆえに当然ながら、日本人は四つの階級のさらに下の
階級(カースト)に属すると見なされてしかるべきだ、と考えられるのである。
(5)
呉善花さんは『攘夷の韓国 開国の日本』(文春文庫)の中で、こうした考え方は韓国ではそれほど特殊な
ものではなく、多くの韓国人が一般的に抱いている日本イメージであると述べ、この手の考えを前提にした
テレビ番組の実例を紹介している。
「日本民族に対する自民族優位主義が韓国で流通しやすいのは、韓国の儒教的な倫理からくる歴史観と無縁では
ない。先祖を自らの価値の源、根拠として崇拝する儒教の倫理が、自らを『日本文化の先祖』という位置に置く
ことに大きな役割を果たしている。儒教の倫理では、先祖と子孫、親と子のように、先にある方、起源の方が
より上位に立つ」
ここでも、やはり儒教朱子学の世界観が、歴史の捩じ曲げと矮小化に役立っている。第2次大戦後の何年かの
反日教育の結果では決してない。もっと根の深い数百年の宗教と民族の意識が影を落としている。
しかし、私は呉さんの本を読んだとき、いくらなんでも本気でこんなことを簡単に口にする韓国の学者や知識人
はそんなに多くはないのだろう、と思っていた。私自身がまさかこの手の偏見をぶつけられ、論難される立場に
立つ体験をするとは思ってもいなかった。
(6)
韓国の総合月刊誌『月刊朝鮮』の編集長・趙甲済氏は、日本でも知られた韓国の代表的知識人であり、産経新聞
コラム「正論」のメンバーでさえある。その方と私は『現代コリア』誌上で、ささやかな論争をした。
論争のいきさつと内容は別の本の中で取り上げたので繰り返さない。氏が反論文の末尾で捨てセリフのように
私に投げつけたいくつかの文章が象徴的なので、ここで一部を紹介してみる。
「古代国家日本を作った主役集団は、韓半島を経て渡っていった北方遊牧民族出身の騎馬戦士だと私は考えます」
「古代日本の執権層(支配階級)が渡来人だったと私は確信します。米国大陸を開拓した主役が英国から集団で
渡っていった人々だったのと同じことではないですか」
「米国は英国渡来人が作った国ですが、英国よりも、より先進的な文明を作りました。日本もそのようなケース
ではないかと考えます・・・」
「数日前、ソウルに来ていた崔書勉(前東京韓国研究院院長)氏に会いました。崔氏は『なぜ韓国人は天皇の訪韓に
反対するのか分からない』と語りました。『天皇が告白したように、天皇家こそがもっとも成功した在日同胞では
ないか。成功してワールドカップに合わせて故郷を訪問したいというのに、なぜ邪魔をするのかということだ。
歓迎しなければ』。ひとしきり笑い終えると、韓日関係が新しい次元で見えるのでした」
(『現代コリア』平成14年・4月号)
(7)
この最後の高笑いは、儒教朱子学の価値観に、現代の韓国の代表的知識人がなお根強く縛られている因襲と頑迷の
亡霊が笑っているような不気味さを感じさせる。
起源(ルーツ)と価値とを同一視する思考ほど単純で、グロテスクなものはない。ヨーロッパ文明にヨーロッパ
起源のものは何もなく、キリスト教もローマ字も西アジアの産物である。古代ギリシア人が今のヨーロッパ人の祖先
であるわけではない。日本人は唐・天竺(古代中国とインド)を遠望し、思慕したが、9世紀より以後、朝鮮半島に
関心を失った。
騎馬民族起源説は、今や学問的にまったく成り立たない。稲作は長江流域から渡ってきた。日本語と朝鮮語とは
系統が別の言語である。日本列島のほぼ全域に大量に分布する前方後円墳が、朝鮮半島にはほとんど存在しない。
縄文土器の世界と日本の歴史はつながっている。私はもうこれ以上言わない。
起源(ルーツ)と価値を混同する儒教文明に閉ざされた朝鮮半島の物指しで日本列島は計れない。もう一つ別の
大らかで素朴な、すべてを受け入れ包み込む融和的な文明が日本列島には存在し、半島と自分を区別している。