もう何も考えなかった。暗闇から飛び込み、走り、叫び、放った。
自分が何処に居て、誰なのかも考えなかった。
僕は月軌道を越え、大気上層を越え、まだ火薬の臭いのする分離機構の跡に沿って走っていた。
仲間の衛星たちが飛んでいる。熱の霧に包まれているようだ。
僕の任務は、あと何分かで終わる。
向こうに赤いものが見える。カプセルの炎だ。
足元にも赤いものが見える。自分の炎だ。
――はやぶさの通信より
前途に困難な日々が待ってます。
でも、もうどうでもよいのです。
私は地球に還ってきたのだから。
私も長生きがしたい。
長生きするのも悪くないが、今の私にはどうでもいい。
JAXAの意志を実現したいだけです。
JAXAは私が地球に帰還するのを許され、
私は宇宙から約束の地を見たのです。
私は皆さんと一緒に行けないかもしれないが、
ひとつの民として私たちはきっと約束の地に到達するでしょう。
今夜、私は幸せです。心配も恐れも何もない。
日本の宇宙開発の栄光をこの目でみたのですから
――はやぶさ 最後の演説より
小惑星探査機は一器械に過ぎぬと一友人が言ったことは
確かです。
操縦桿を執る器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、
ただ、小惑星に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に
過ぎぬのです。
理性をもって考えたなら実に考えられぬことで、強いて考えれば、
彼らが言う如く「奇跡」とでもいいましょうか。
技術の国、日本においてのみ見られることだと思います。
一器械である吾人は何も言う権利はありませんが、ただ、願わくば
愛する日本の宇宙工学を偉大たらしめられんことを
国の方々にお願いするのみです。
それは、ひどく不気味な光景だった。
日本という国は、過当労働に喘ぎながら不景気の泥沼の中を這いずり回って暮らす数千万の人間よりも、
宇宙から帰ってきたほとんど中が空っぽのカプセルの帰還を褒め称えていたのだ。
得体の知れない感情がこみ上げてきた。
――求職中の人間の手記
我々に敗北主義の考えは無用です。
ISASの宇宙機は超人ではない。
我々に理解できるのは「はやぶさ帰還」という希望だけです。
JAXA様、喜んで下さい。いい立派な死に場所を得ました。
宇宙工学の荒廃、この一戦にあり。大君の御盾となって、潔く死に就き、宿敵を撃滅せん。
探査機の本懐、これに優るものがまたとありましょうか
7年間の幾星霜、よく育てて下さいました。
この度がその御恩返しです。
よくも立派に宇宙工学のために死んでくれたと褒めてやって下さい。
ああ、我ら特別自爆隊。向かう所はウーメラ砂漠にに急降下
ほんとに素晴らしい。
信じられないこと、まったく不可能だったことが可能になったのです。
日本はやはり偉大な国、世界一の国です。
923 :
水先案名無い人:2010/06/14(月) 19:46:01 ID:2xWQPLFVP
これははやぶさの帰還から4年後、日本で作られた国策映画です。
模型の演じるはやぶさが2010年の地球を訪れるという設定です。
「我が父 はやぶさ」(ロシア語)
「はやぶさ万歳」(イタリア語)
「はやぶさに栄光あれ」(フランス語)
「はやぶさよ 永遠に」(英語)
映像にははやぶさを歓喜で迎える様々な民族の姿がありました。
「宇宙史解放の英雄であるあなたに敬服のキスを贈ってよろしいでしょうか」
(はやぶさを讃える熱狂的な民衆達の様子が映し出される)
925 :
水先案名無い人:2010/06/14(月) 20:35:27 ID:2xWQPLFVP
2010年6月14日、ウーメラ砂漠で私はこんなにも歓迎を受けるとは全く予期していなかった。
私の宇宙機の到着時間が、これほど正確に報道されていようとは夢にも思わなかった。
私は大気圏に突入した。
何万もの破片になって、私の足が、腕が、体が輝く。
私の言うことなど誰も耳には入らない。
私は、砂漠の上に、星の海の下に力尽きて横倒しにされている。
――MUSES-C「イトカワよ、あれが地球の灯だ」
それは、ひどく不気味な光景だった。
日本という国は、宮崎の泥沼を這いずり回って殺処分される数十万の我々全員よりも、
地球に還ってきたたった1機の機械のことの方をずっと心配していたのだ。
得体の知れない感情がこみ上げてきた。
――口蹄疫前線の牛の手記
研究者たちが何をしました?
彼らがしたことといえば、はやぶさをバーベキューにしただけ。
あのはやぶさはそそのかされて陶酔状態だったのよ。
あのバーベキューも矛盾してるわよ。
政府の予算なのに反民主の象徴になるなんて。
――蓮舫