幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。
学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな
仕事で生計を立てていた。
それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので
何とか母子二人で質素に暮らしていけた。
娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を
持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。
給料をもらった次の日曜日にはクリームパンとコーラを
買ってくれた
ある日、母がスーパーでお祝い用の鯛のお造りを予約してくれた。
俺は生まれて初めてのお祝い用の鯛のお造りに興奮し、
母はいつもより少しだけ豪華な夕飯を準備してくれた。
スーパーに着き、鮮魚のチーフから鯛をカゴに入れて
少し歩き出したら
ババァが
「あらそれ美味しそうね〜私買うから譲って」
と言うが早いがカゴから取り出して
自分のカゴに入れようとした。
無論若い客は
「それはうちが注文してあったんです!」
と取り返そうとした。
だがババァは
「私だって食べたいの!あんた別の買えば?」
と立ち去ろうとしたが、
若い客はババァの腕をつかんで引きとめ口論に。
鮮魚のチーフが出てきてババァに
「このお客様が注文されたものですから!」
と言ってもババァは聞かない。
あいにく別の鯛も売り切れ。
ついに店長呼ぶことになったが、
悪いことにババァは店長の知り合い。
なんと、ババァに鯛を買わせてしまった!
若い母親は「この子のために注文までしたのに!」と反論したが、
店長は
「こちらは昔からの住人の方ですので・・・申し訳ないですが・・・」
そのお客は半泣きで買い物カゴをその場に叩きつけて
「2度と来ない!」と 帰っていった。
鮮魚の人も、周りの客もみな呆れと非難の混じった顔で店長を見ていた。
帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは
外のベンチでカップラーメンを食べて帰った。
電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら
母は「母ちゃんバカでごめんね」と言って涙を少しこぼした
俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって
一生懸命に勉強した。
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。
母も喜んでくれた
そんな母が去年の暮れに亡くなった。
死ぬ前に1度だけ目を覚まし思い出したように
「鯛、ごめんね」 と言った。
俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、
最後まで声にならなかった
・゚・(つД`)・゚・ ウワァァァン
〜糸冬〜