朋子さんから連絡を受け拓郎は梓がリストカットしたことを知り、梓を北時計に呼び出す。
「なんでこんなことしたんだ?」
「…拓ちゃんとの約束破っちゃったから…」
「それでやったのか?」
「ふぅん…それに拓ちゃん怒ってもう会わないってっ!!」
「それは違うぜ」
朋子「ははぁ〜あんたは勘違いしてたんだね〜。
拓はあんたに惚れてんの。だからぁ会いたくないわけないんだよ。」
「また私の周りから拓ちゃんまで消えると思ったら…そしたら、怖くなって…
いっそ自分が消えようって…」
「バカだな。俺は消えないよ。君からは…
会わなかったのはコンクールのためなんだ」
「コンクール?」
「新人陶芸家の登竜門なんだぜ。師匠が推薦してくれたんだ」
「………」
「作品づくりに集中しろって、師匠の御達しでさ」
朋子「しかしまったく〜人騒がせな子だね。こんくらいですんだからよかったものを。手首を切るなんて」
拓郎が梓に一冊の本を差し出す。
「拓ちゃん、この本なに?」
「プレゼントだ。ほらペンダントのお返ししてなかったから」
「拓ちゃんありがとう」
「すごく話題になった小説なんだ。これ読んだら気持ちかわるぜ。
死んじまったら、残された人間には後片付けしかできないんだ」
「後片付け?」
「俺は君からは消えないから。もうバカなことはやめろ。
君には笑っていて欲しいから。俺もずっと側に居て欲しいんだ」
朋子「拓、あんた」
梓「………」
森の時計。
小説を夢中で読みふける梓。
ミミ「あの子、朝からずっと」
リリ「梓、本は後からにしなさい」
梓「もぉー読んでるのにぃ邪魔しないでよぉ」
勇吉「いいよ。あずちゃんが本を読むなんて滅多にないんだろ?」
ミミ「あれは男からのプレゼントだね、絶対」
リリ「マスターの息……」
勇吉「先日とは一転、今日は天気がいいね」
梓「マスター。聞きたいことがあります。教えて下さい!!」
勇吉「なんだい?難しい言葉や漢字なら自分で調べるのも良いもんだよ」
梓「違いますっ!!人は死んだら愛も終わっちゃうんですか?」
勇吉「誰かにそう言われたのかい?」
梓「………」
勇吉「いつぞやのあずちゃんが紹介してくれようとした、あずちゃんの大切な人にかい?」
梓「………。マスターは死んだら愛は終わると思いますか?」
勇吉「それは難しい質問だね。」
梓「マスターにもわからなことあるんですか?」
勇吉「実はね、あずちゃん。僕もあずちゃんに本をプレゼントしようと思ってね…。これなんだが」
カウンターに本をそっと置く勇吉。
勇吉「これを読めばその手助けになるかも知れないね。
それを読み終わったら読んでみなさい」
勇吉の差し出した本をパラパラめくる梓。
梓「これっ!!………」
勇吉「どうした?あずちゃん。気にくわなかったかい?」
梓「そうじゃないです。…これ、私が今読んでる小説です…」
勇吉「あずちゃんはこれを読んでたのか?なるほどそれでその質問なんだね?」
梓「マスターはどう思いますか?亡くなった奥さんはどうだと思いますか?」
勇吉「死んでも愛は終わらないと信じてるよ。
ただね、残された人間は辛いね。後片付けしかできないからね」
梓「残された人間が辛いから自殺はいけないんですか?」
勇吉「それは違うよ、あずちゃん。命は生きるためにあるんだよ。全うする義務があるんだ。
その本の中の亜紀ちゃんはね、最後まで生きようとした。
でも生き続けることができなかった。
亜紀さんはね、明日死ぬか、明後日死ぬか…それすらわからない日々を生きようとしたんだよ」
梓「白血病で辛いから死んじゃった方が楽なのに、そんなのヘンです!!」
勇吉「あずちゃん、それも違うよ。亜紀さんはね、辛くても苦しくても生きたかったんだよ。なぜかわかるかい?」
梓「………」
勇吉「サクちゃんとずっと一緒に居たかったからだよ。大好きなサクちゃんとずっと…」
拓ちゃんの言葉を思い出す梓。
「俺は君からは消えないから。もうバカなことはやめろ。
君には笑っていて欲しいから。俺もずっと側に居て欲しいんだ」
勇吉「亜紀さんはね、サクちゃんとの約束を希望に生きようとした。
生きるってことはそういうことだよ、あずちゃん」
梓「死んじゃったら…」
勇吉「死んでしまったら何もできない。それに自分で命を絶ってしまったら、
生きたいと願って生きられなかった亜紀さんのような方にも申し訳ないだろ」
梓「側に居て欲しいって、そぉー願って…なのにその、大切な人が消えちゃうのって悲しいですよね?」
勇吉「その本をあずちゃんにプレゼントした人は…プレゼントした男性は…
きっと、あずちゃんに生きていて欲しいと願ってるんだね。
あずちゃんのことがその人は好きなんだろうね。
ずっと側にいて欲しいと願っているんだね」
梓「………」
勇吉「あずちゃんもその人のこと大切なんだろ?
あずちゃんに大切に思われてその人も幸せだろね。
僕はあずちゃんとその人が上手くいくことを願っているよ。
あずちゃんとその人にはお節介かもしれないね。でもね、僕は…
ずぅ〜とぉー♪そぉばにい〜るとぉー♪あんなにぃーいぃ〜たのに〜♪…
森の時計。めぐみに話かける勇吉。
「拓郎にあずちゃんは少しもったいないかな?」
「お似合いだって思ってるくせに」
「拓郎には贅沢すぎると思ってるよ」
「あなた嘘が下手。ところでなんて小説なんですか?」
「愛は死んだら終わってしまうのかい?」
「あなたは私を想い続けてくれてるは」
「君はどうなんだ?」
「後片付けできるのは、残された人間だけよ。傷を癒せるのも」
「家の片付けは君や家政婦に、仕事の片付けは部下に任せてきたからね。
僕にそれができるかな?…今も店の片付けはあずちゃんたちに任せっきりだ」
「あなた次第よ。もうすぐ春ね」
「春にはあずちゃんと拓郎と僕と3人で…」
「3人でどうなさるおつもりですか?」
「3人で…ハイキングでもしたいな」
「ハイキングですか?それはいいですね」
ドンドン…ドンドン!!
「拓ちゃん!!拓ちゃん。開けて。拓ちゃん、開けて」
「どうした?家はダメだって…」
「ふぅん、師匠に許可もらった」
「師匠のとこ行ったのか?なんて言ったんだ?」
「コンクールの景気付けにカツカレー食べさせたいって。
そしたら大歓迎だって。よろしく頼むって」
「師匠がそう言ったのか?」
「ふぅん、怖い顔してたけど。笑ってた」
梓の持ってきたカレーを食べる拓郎と梓。
「カレー大好きなんだぜ、俺」
「よかったっ。カツもっ〜と大きい方がよかったろうか?」
「十分でかいぜ、このカツ。これでコンクール頑張れそうだ」
「コンクールって緊張するよね?」
「なんかコンクール出たことあるのか?」
「…ロボコン」
「ロボコン!?」
「ふぅん、ロボットコンクール」
「俺はコンクールなんて初めだ。じゃあ先輩だな」
「後輩っ!!」
「はははっ。しかしこのカレー美味いな。どこのカレーだ?」
「…拓ちゃん怒らないでね?」
「どうした?言ってみろ?」
「このカレーね、森の時計の…」
「森の時計のカレーか?」
「ふぅん、怒った?拓ちゃん…」
「お袋の…お袋のカレーの味とそっくりだ」
「拓ちゃん…」
森の時計。
量の少ない残りのカレー鍋を覗き込んで、首をかしげる勇吉。
ふっと窓の外を眺め、穏やかな顔でカレーを盛り付ける。
一人カウンターで、拓郎のマグカップを眺めながらカレーを食べる勇吉。
ずぅ〜とぉー♪そぉばにい〜るとぉー♪あんなにぃーいぃ〜たのに〜♪…