28 :
水先案名無い人:
「君の下宿に寄ったよ」
ミセリは黙っていた。
「俺さ、考えたんだけど、君、アメリカに帰る気はないか」
「なぜ」
「なぜって、もう随分ながくメジャーに居たじゃないか。もう充分だろう」
「まだ、やりたいことをやりかけだ。監督だってこれからだといってるんだ」
「誰だ、その監督ってのは」
「堀内さんよ。昨日、話したじゃないか」ミセリは今度は怒ったように言った。「巨人で去年も務めた一流の監督だ。外国人抑え投手で彼に教えて頂いているのは俺一人だ」
私は思わず、自分たちの周囲をもう一度みまわした。相変わらず異様な髪の形をした奴や、趣味の悪いピアスをした男がブルペンのなかを右往左往していた。
これらは屑だ。どれもこれもプロのなかで自分だけは才能があると思い、沈んでいく連中だ。ミセリも今、この異国の野球界でその一人になろうとしている。
「でも、こんな連中みたいになったらお終いじゃないか」
私は自分の巨人のベンチコートに眼を落とした。だがミセリは負けずに、
「たとえ、そうなったって……リリーフって結果ではないじゃないか。償われなくたって自分がいいならそれでじゃないか」
「だがな、この連中を見ろよ。惨めだと思わないかい」
東京ドームにまで来てミセリと争いたくはない。ただ、これらのプロが、ヒットを打ったり、懸命になったり誠実に投げたり、プロの残酷な世界では立派なものを生むとは限らないとミセリに言ってやりたかったのである。
だが言葉はうまく口からは出ずにそれは別の結果をミセリに及ぼしたらしい。
「わかったよ」ミセリはまばたきもせず黒い大きな眼で私をみつめて、「だからグリーンウェルは日本に帰ったんでしょう。グリーンウェルはなにか報われなければ嫌だったんでしょう」
「よそうよ、喧嘩するのは」
私はグローブを手にとった。ミセリの言っていることは半分は正しい。八年前、私の片半分はメジャーを捨てろ、もっともっと日本に一人で止まるべきだと囁いていた。
それに耳を塞いだ私はあの阪神タイガースのかわりにこのマイク・グリーンウェルズ・ファミリー・ファン・パークをえた。