1 :
水先案名無い人:
俺は既にこんな妄想をしているぜ!!
暴漢3人組:《おいねーちゃん、俺たちと付き合えよ!ゲヘー》
(悪のテーマみたいな低音の音楽が流れ続ける)
眞子様:†やっ、やめてください!人を呼びますよ!†
暴漢3人組:《ハハッ、周りを見てみー!みんな見てみぬフリやで〜?誰も助けちゃくれないよ〜ん♪》
俺:「待てィ!!」(ここでヤッターマンのOPテーマの様な正義の音楽に切り替わる)
俺:「か弱き乙女に狼藉を働く悪党は許さん!くらえ!【狼牙風風拳!】(←俺が日々の妄想の中であみだした必殺技)」
暴漢3人組:《何じゃワレァ!野郎共!やっちま‥あべし!ひでぶ!ぱごァ! お、覚えてけつかれこのド阿呆!》
俺:「正義は負けない!」
眞子様:†あ‥ありがとう。あなたのお名前‥†
俺:「名乗る程ではありませんよ、お嬢さん!では!」(去り際にそば屋の自転車にぶつかってバカヤローと言われる、眞子の方を振り返って照れ臭そうに笑う俺)
眞子様:†ステキ!あの御方とお付き合いがしたい†
2 :
水先案名無い人:04/11/23 18:18:49 ID:G4dVoFN9
君が死んでからもう1年。
君は今も僕を見守ってくれているのかな?
君は、僕の生まれて初めて出来た彼女だった。
すごく嬉しくて、幸せだったなあ。
突然、白血病だって医者に宣告されてから、君は病室で日に日に弱っていった。
「病院ってひまねえ」って笑う君を見て、僕はいつも泣いていたんだ。
君の為に、僕の小汚いノートパソコンをあげたら、君はすごく喜んでくれたよね。
ネットをするようになった君がいつも見ていたサイト、それが「2チャンネル」だった。
ある日君はいつものように、笑いながら言った。
「ほら、見て今日も2ゲット出来たよ。」
「あまりパソコンばっかいじってると身体に障るよ」
なんて僕が注意すると、
「ごめんねえ。 でもね、これ見てよ。
ほら、この3のひと、2げっとぉ!なんて言っちゃってさぁ、ふふ」
僕は黙っていた。君がすごく楽しそうで、僕は何も言えなかった。
「ほらみて、この4のひと、変な絵文字使ってくやしぃ〜!だって。
かわいいねえ。 ふふ。」
僕はまだ黙っていた。笑う君を見て、どうしようもなく悲しくなった。
「憶えててくれるかなあ」 君がふと言った。
「…この3のひと、私がいなくなっても、あの時変な奴に2をとられたんだよなー
なんて、憶えててくれないかなあ……無理かな……憶えてて、ほしいなぁ……」
それから数ヶ月後、君は家族と僕に見守れながら息を引き取った。
君はもうこの世に居ない、なのに僕は今F5を連続でクリックしている。
なぜなら、
君の事を、特別な存在な君の事を、3のひとが忘れないように、いつまでも、いつまでも
忘れないように。
天国にいる君と一緒に、今ここに刻み込む
2 ゲ ッ ト
3 :
水先案名無い人:04/11/23 18:32:34 ID:wiJcHVNC
いくら荒らされても懲りない連中だな。
4 :
水先案名無い人:04/11/23 18:33:04 ID:wiJcHVNC
反省の色ってものがない。
5 :
水先案名無い人:04/11/23 18:35:48 ID:3JiwNLvp
眞子様を汚すスレは皆殺しだ。
7 :
水先案名無い人:04/11/23 18:41:45 ID:nM56y3Y/
俺は既にこんな妄想をしているぜ!!
暴漢3人組:《おいねーちゃん、俺たちと付き合えよ!ゲヘー》
(悪のテーマみたいな低音の音楽が流れ続ける)
眞子様:†やっ、やめてください!人を呼びますよ!†
暴漢3人組:《ハハッ、周りを見てみー!みんな見てみぬフリやで〜?誰も助けちゃくれないよ〜ん♪》
俺:「待てィ!!」(ここでヤッターマンのOPテーマの様な正義の音楽に切り替わる)
俺:「か弱き乙女に狼藉を働く悪党は許さん!くらえ!【狼牙風風拳!】(←俺が日々の妄想の中であみだした必殺技)」
暴漢3人組:《何じゃワレァ!野郎共!やっちま‥あべし!ひでぶ!ぱごァ! お、覚えてけつかれこのド阿呆!》
俺:「正義は負けない!」
眞子様:†あ‥ありがとう。あなたのお名前‥†
俺:「名乗る程ではありませんよ、お嬢さん!では!」(去り際にそば屋の自転車にぶつかってバカヤローと言われる、眞子の方を振り返って照れ臭そうに笑う俺)
眞子様:†ステキ!あの御方とお付き合いがしたい†
8 :
水先案名無い人:04/11/23 18:43:16 ID:nM56y3Y/
↓1+1=?
9 :
水先案名無い人:04/11/23 18:44:47 ID:nM56y3Y/
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ヽヽ
/ | i .| ブヒッ
| / /' '\ | |
|_/ -・=-, -・=-/ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ⌒ )(●●) ^ヽ /
| ┃ノヨョヨコョョi┃ | < BAKA!
∧ ┃ ト-r--、| ┃ | \
/\\ヽ ┃ヽニニニソ┃ ノ \________
/ \ \ヽ. ┗━━┛/ \
. r‐-‐-‐/⌒ヽ-ーイ `、
ヽ、 |_,|_,|_,h( ̄.ノヽ ビシッ ヽ
ー-ヽノ| `~`".`´ ´"⌒⌒) ヽ
ノ^ //人 入_ノ´~ ̄ )
また立てたのか、懲りないな。
いいかげんこんな不敬な糞スレは終了するべきだ。
====== 終了 ======
眞子様を汚すスレは皆殺しだ。
眞子様を助けるには俺たちの粘り強い忍耐力が必要なのだ。
そう、たとい藤村のような人生負けっぱなし27歳(独身)でも・・・。
俺は既にこんな妄想をしているぜ!!
暴漢3人組:《おいねーちゃん、俺たちと付き合えよ!ゲヘー》
(悪のテーマみたいな低音の音楽が流れ続ける)
眞子様:†やっ、やめてください!人を呼びますよ!†
暴漢3人組:《ハハッ、周りを見てみー!みんな見てみぬフリやで〜?誰も助けちゃくれないよ〜ん♪》
俺:「待てィ!!」(ここでヤッターマンのOPテーマの様な正義の音楽に切り替わる)
俺:「か弱き乙女に狼藉を働く悪党は許さん!くらえ!【狼牙風風拳!】(←俺が日々の妄想の中であみだした必殺技)」
暴漢3人組:《何じゃワレァ!野郎共!やっちま‥あべし!ひでぶ!ぱごァ! お、覚えてけつかれこのド阿呆!》
俺:「正義は負けない!」
眞子様:†あ‥ありがとう。あなたのお名前‥†
俺:「名乗る程ではありませんよ、お嬢さん!では!」(去り際にそば屋の自転車にぶつかってバカヤローと言われる、眞子の方を振り返って照れ臭そうに笑う俺)
眞子様:†ステキ!あの御方とお付き合いがしたい†
俺は既にこんな妄想をしているぜ!!
暴漢3人組:《おいねーちゃん、俺たちと付き合えよ!ゲヘー》
(悪のテーマみたいな低音の音楽が流れ続ける)
眞子様:†やっ、やめてください!人を呼びますよ!†
暴漢3人組:《ハハッ、周りを見てみー!みんな見てみぬフリやで〜?誰も助けちゃくれないよ〜ん♪》
俺:「待てィ!!」(ここでヤッターマンのOPテーマの様な正義の音楽に切り替わる)
俺:「か弱き乙女に狼藉を働く悪党は許さん!くらえ!【狼牙風風拳!】(←俺が日々の妄想の中であみだした必殺技)」
暴漢3人組:《何じゃワレァ!野郎共!やっちま‥あべし!ひでぶ!ぱごァ! お、覚えてけつかれこのド阿呆!》
俺:「正義は負けない!」
眞子様:†あ‥ありがとう。あなたのお名前‥†
俺:「名乗る程ではありませんよ、お嬢さん!では!」(去り際にそば屋の自転車にぶつかってバカヤローと言われる、眞子の方を振り返って照れ臭そうに笑う俺)
眞子様:†ステキ!あの御方とお付き合いがしたい†
眞子様を助けるにはまずこの不敬な糞スレを潰すことが重要だ。
ヽ从^▽^从ノ
ここは俺の未来の妻・眞子様に関するSSを書くスレです。
新スレと眞子様に幸あれ
荒らし応援上げ。
眞子様を辱めるスレを全て滅ぼせ。
眞子ってなんて読むの?
まんこ
と答えたくなる衝動を必死で抑えました
新スレ立ったんですね。>>1乙です。
新スレを祝して久しぶりに何かSS書こうかな、
とか思ったんだが、さしあたってネタが思いつかん…。
実は、以前書いてた「嗚呼!」を連発する長編の後日談とか構想してるんだけど、
なかなか時間がとれんのよ。ええトシこいて受験生なもんで。
とりあえず即死回避パピコ。
左右召喚age
今日女子トイレで女3人組にスカートを切られそうになっている
眞子様を助けました
昨日のTBSの皇室番組で愛子の目にうっすらと二重が
呼び捨てとは失敬な!
昨日脳内の皇室番組で眞子様のほっぺがうっすらとした羽二重餅に見えた
思わず吸い付きたくなった
また腐ったスレが一つ増えた。
「これでコテハンデビューだ!」
「メンヘル板の有名人だ!」
「相談にものっちゃうぞ!」
がドキドキしながらたてたスレは、
大方の予想通り(を除く)、どうしようもないレスばかりがついた。
ここではあわてふためく。
1 「ネタだったことにしちゃおうか?」
2 「自作自演で盛り上げようか?」
3 「逃げ出して別のスレでもたてようか?」
さあ、いったい、どれを選んだら良いのでしょ〜か?
1を選んだへ。
それは「ごまかし」です。あなたは「嘘つき」です。
2を選んだへ
それは「まやかし」です。あなたは「嘘つき」です。
3を選んだへ。もう書くのが疲れました。
言いたいことは上と同じです。
そろそろ認めるべきです。
あなたは自己顕示欲だけはいっちょまえだが、 その欲望を満たすだけの能力がない。
努力はしないくせに、注目を浴びている自分ばかり妄想している。卑屈な笑いだけが特徴のつまらない人間だ。
せっかく必至で考えたコテハンが無駄になってしまいましたね(笑)
そして今日も良い天気!
うーむ、立てたは良いが俺眞子様の顔知らないんだよね。
すまん誤爆しました。
「プールの中で走ってはいけないぞ。腰洗い槽だったからまだよかったものの、転んで頭を打ったらどうする」
姫殿下が強い口調でお叱りになった。
「ごめんなさい、お姉様……」
俯かれたカコ様の制服からは水滴が滴り落ちている。
おれは1歩進み出て奏上した。
「姫殿下、私がプールのことを申し上げたのがいけなかったのです。お叱りは全て私が甘受いたします」
姫殿下はおれが頭を下げようとするのをお手でとどめられた。
「いや、そなたに落ち度はない。カコ、藤村の側についていなさい。勝手に走りまわってはいけないぞ」
「はい、お姉様」
カコ様はすっかり小さくなっておられた。
「帰りはわたしの体育着を着て帰りなさい」
「ありがとうございます、お姉様」
姫殿下はひとつため息をつかれると、表情を和らげられた。
「それでは皆さん、演奏をよろしくお願いします」
ひとつ頷いた新井さんがタクトを振ると、バンドは『雨に唄えば』を吹き始めた。
彼女たちを引き連れた姫殿下は更衣室を通ってプールにお入りになった。
カコ様とおれは行列の最後尾についた。
「びしょ濡れになっちゃったわねえ」
カコ様にもいつもの笑顔が戻った。
「御一人だけプールから上がられたみたいですね」
「そうねえ……あっ、そうだ。まめ飴、まめ飴……あーっ、全部びしょびしょになってる!」
カコ様はじっと残りの飴を見つめておられたが、意を決して全てお口の中に放り込まれた。
「塩素くさーい」
顔をしかめられながら、カコ様はがりがりと飴を噛み砕かれた。
プールの中は体育館の中よりも遥かに音を響かせた。
一行が侵入するとすぐに水泳部員が1人飛んできた。
「何なんですか、あなたたちは!?」
姫殿下は丁寧に自己紹介し、来意をご説明あそばされた。
姫殿下のお話を拝聴した水泳部員は露骨に嫌な顔をした。
「いやあ、それはちょっと……」
「ちょっとすいません」おれは先ほどと同じように割りこんだ。
「……わかりました。演説を伺うことにします」
またしてもおれの街宣右翼的論法により敵の野望は打ち砕かれた。
ふと見るとカコ様がやけになられたのか、プールサイドに腰掛けて思いきりバタ足をされていた。
おれは姫殿下に恫喝の成果をご報告申し上げた。
「そうか、それはよかった。では早速演説をしよう」
姫殿下は満足げにおっしゃった。
「演説台はどちらに置けばよろしいでしょうか?」
おれがそうお尋ねすると、姫殿下はあたりをご覧になってからおっしゃった。
「いや、演説台はいい。あのスタート台の上に立って行おう」
姫殿下がスタート台のうえに立たれると、水泳部員たちが水から上がってこちらにやって来た。
プールの向こうではカコ様がコースロープ綱渡りに挑戦されていたが、2mほど進んだところで静かに水没された。
「プール上がりのアイスは最高ねえ、お姉様」
姫殿下のシャツとブルマをお召しになったカコ様がアイス片手に満面の笑みを浮かべられておっしゃった。
「そうだな。ご馳走してくれた藤村に御礼を言いなさい」
「はい。藤村さん、どうもありがとうございます」
カコ様に頭を下げられて、おれは恐縮した。
「いえ、お気になさらずに。大人の経済力にかかればアイスの20個や30個……」
「藤村さん、ご馳走になります」
「まーす」
平沢さんと下川さんがお盆を持っておれの前を通り過ぎていった。
「あっ、あなたたち、何でカレーも頼んでるんですか!?」
「あ、冷と暖のバランスを取ろうと……」
「いいじゃん、カレーの1杯や2杯。あんた公務員でしょ? 給料もらってんでしょ?」
下川さんに完全に逆ギレされたおれは、それ以上の追及はやめて自分のガリガリ君に集中することにした。
左右さん
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
37 :
水先案名無い人:04/11/23 19:24:22 ID:wiJcHVNC
プールサイドでカレー(゚д゚)ウマー
空気嫁
姫殿下とカコ様は吹奏楽部員たちとご歓談されていた。
並んで座ったおれと下川さんと新井さんはそれを眺めていた。
「ねえ、下川」と新井さんが言った。
「今日行った部ってさ、昔はもっと活気があったと思わない?」
「うん。私が1年のとき剣道部員はあの倍くらいいたと思う」
下川さんがお茶をすすりながら言った。
「今はどこの部も苦しいのかな……
文化部でちゃんと活動してるのって私のところと下川の美術部くらいじゃない?」
「そうだね。書道部もなくなっちゃったし」
「あなたは何で書道部じゃなくて美術部に入ったの?」
「……やっぱり楽しかったからかな。先輩がよくしてくれたし。雰囲気がよかったの」
そう言って下川さんは姫殿下の方を見て目を細めた。
「ねえ、藤村さんは中学時代何部だったの?」
下川さんがおれの顔を覗きこんで尋ねた。
「私は帰宅部でした」
おれがそう答えると、下川さんは納得した様子で頷いた。
「でも皆さんを見ていると、あの頃部活をやっていればよかったなあって思います」
「何言ってんの? あなたは美術部員よ」
下川さんがおれの肩を叩いて言った。
「え、そうなんですか?」
「そうよ。まあ、身分的には筆洗バケツのやや下くらいだけど」
おれの暗かった学生生活はここに来て埋め合わされ始めたようだ。
吹奏楽部員に混じった姫殿下とカコ様がお顔を真っ赤にして大きな木管楽器を吹いておられるのが見えた。
翌日は朝から曇りだったが、午後になって雨が降り出した。
雨音のせいかいつもより終鈴が遠く聞こえた。
「では木田さん。美術室に行ってきます」
そう意っておれは新聞を折りたたみ、傘を開いて守衛室を出た。
並木道には1人の生徒の姿もなかった。
「何か閑散としてますね」
とおれは言った。
木田さんは守衛室の窓口から顔を出した。
「雨の日の学校は静かなものですよ。静かで美しい。
でもね、この学校で一番すばらしいのは雨上がりの直後です。空気の香りが何とも言えない。
藤村さん、もし雨が上がったら深呼吸してみてください」
おれは手で了解の合図をして美術室に向かった。
美術部員たちは自分の創作に没頭していた。
いつもなら弁当を鬼食いしている下川さんも手鑑を見ながら筆を走らせている。
おれは姫殿下のお側に参った。
「姫殿下、本日の選挙運動はいかがなさいますか?」
「うん、それがなあ……」姫殿下が画筆を休められておっしゃった。
「外でビラを配ろうと思っていたのだが、この雨では無理だな」
近くの机に置かれたビラには「明るい勤王」と書かれていた。
それが具体的にどういう行為を指すのかは定かでないが、
佐幕派暗殺とか画像を集めてハァハァするといった行為とは正反対のものであることだけは確かだ。
「うおおおお、だめだああああ」下川さんが頭をかきむしりながら立ち上がった。
「腹が減って集中できない! 私、ちょっと学食に行ってくる」
「部長、私も行きます」三鷹さんがマウスから手を離して腰を上げた。
「ねえ、マコちゃんも一緒に行かない? もしかしたら学食で雨の上がるのを待っている人がいるかもしれない」
それをお聞きになった姫殿下のお顔がぱっと明るくなった。
「はい、行きます!」
姫殿下はビラの束を引っつかまれると、その側に置いてあったたすきをジャージの上からお召しになった。
いつの間にかその2が…
1さん乙です。
学食は八分くらいの入りだった。
しかしきちんとした食事を採っている生徒は少なく、雨宿りついでにジュースを飲んでいるといった手合いがほとんどだった。
「ここは手堅く月見そばに半ライスと行くか……」
何が手堅いのかはわからないが、下川さんはそう言い残して麺類のカウンターに向かった。
そのとき学食のおばちゃんに注文をしていたジャージ姿の生徒が振り向いた。
「あっ、下川!」
「むっ、獄門島!」
バスケ部部長の獄門島さんは下川さんの姿を認めると凶悪な視線をぶつけてきた。
その横にはバレー部部長の八つ墓村さんにソフト部部長の病院坂さんが立っていて、毒々トロイカ体制を確立している。
おれは立ちすくんでおられる姫殿下にそっと耳打ちし申し上げた。
「姫殿下、何だか雰囲気が悪うございますから、ここは美術室に戻られた方がよろしいかと……」
「そうだな、そうしよう」
下川さんとにらみ合っていた獄門島さんがこのひそひそ話に気付いてこちらをちらりと見た。
「どうしてここに? ……そうか下川は美術部だったね。だからそっちに荷担してるわけだ」
「あんたこそ安藤のパシリやってるんだって?」
どうやらこの2人は非常に仲が悪いらしく、早くも一触即発のムードだ。
おれがそれを無視して姫殿下を先導し申し上げようとしたとき、下川さんがすたすたとご飯類のカウンターに歩いていった。
「獄門島、あんた何頼んだの?」
下川さんの突然に問いに獄門島さんの表情に微かな動揺の色が浮かんだ。
「え……? 掛けうどん半ライスだけど……」
「おばちゃん、かき揚げ丼! 味噌汁・お新香つきで!」
下川さんは食堂中に響き渡る大声で注文した。
かき揚げ丼、味噌汁・お新香つき……何と力強い組み合わせであろうか。
確かに麺類+ライスは炭水化物を摂取するには最適だ。
だがその機能性ゆえにか、それを食する行為は“摂取”とでも呼ぶべき、誤解を恐れずに言えば“餌”的な色彩を帯びる。
しかし丼・味噌汁・お新香とくればそのメニューとしての完全性たるや……
それを食する者は精神的貴族に位置付けられる。
「むむむ……」
獄門島さんが低く唸った。
そのとき八つ墓村さんが1歩進み出て言った。
「ラーメン、掛けそば、ライス大盛り!」
「うっ……」
下川さんがひるんだ。
確かにここまで機能性を追及されれば、そこに志士的な潔さを感じずにはいられない。
(どうする下川さん……)
突然姫殿下が厨房に飛びこまんばかりの勢いでカウンターに駆けて行かれた。
「かき揚げ丼・味噌汁・お新香、それから小カレー!」
「なにィッ!?」
姫殿下の電光石火のご注文に食堂中がどよめいた。
小カレー……それ自体では決して迫力のあるものではない。
だがカレーは回転が速いためご飯類とは別のカウンター。
途中で気が変わったからといって越えることのできぬ、三十八度線にも等しい境界線がそこには存在する。
それを軽々と注文してのけるとは……まさに食のコスモポリタンである。
「病院坂、あんたは何頼む?」
八つ墓村さんが傍観していた病院坂さんに迫った。
「え? いや、私はそんなにおなかも空いてないし……」
「ラーメン、掛けそば、ライス大盛り、小カレー!」
獄門島さんが厨房の奥まで響けとばかりに叫んだ。
それに対抗して下川さんもカウンターにのしかかるような姿勢で怒鳴った。
「おばちゃん、あそこの冴えない男の人にかき揚げ丼・味噌汁・お新香、カレー大盛り、ゆで卵!」
(おれも食うのか……)
おれの隣にいた三鷹さんも自分の運命を悟ったようで、すでに泣きが入っていた。
15分後、おれと三鷹さんはかき揚げ丼を半分空けたあたりでグロッキーになっていた。
「藤村さん、私もう限界……」
三鷹さんがうなだれていった。
「私もです……心苦しいがカレーは残すしか……」
そこへ早々と完食しビラも配り終わった姫殿下と下川さんが戻っておいでになった。
「何だ藤村、カレーが手付かずではないか」
姫殿下のお言葉におれは恐縮するしかなかった。
47 :
ドアラっぽい ◆RICOHOF7sU :04/11/23 19:38:05 ID:fBlPMrd+
面白すぎるw♪
ハゲワロタw
毎回毎回GJGJGJ
「三鷹、あんたさっきから全然減ってないじゃん」
下川さんが三鷹さんの肩をもみながら言った。
「すいません…………」
三鷹さんが小さな声で答えた。
「藤村ももっと食べないと大きくなれないぞ」
そうおっしゃる姫殿下におれはご飯を咀嚼しながら頷いた。
「しょうがない、カレーは私が食べてあげる」
「わたしもちょっと手伝ってあげよう」
下川さんと姫殿下がカレーの皿をお手元に引き寄せられた。
「ありがとうございます…………」
そう申し上げたものの、おれは被害者なのではないかという疑念を拭いきれなかった。
「うん、おいしいおいしい。やっぱりカレーは別腹ね、マコちゃん」
「そうですね、部長。それにこのゆで卵が何とも……」
2人はもしゃもしゃとカレーを平らげていった。
ようやくおれのかき揚げ丼もあと一口というところまできたとき、紙の束を抱えた生徒が食堂に飛びこんできた。
「号外でーす。討論会が開催されまーす。生徒会長候補が直接対決しまーす」
そう言いながら、テーブルを回って紙を配り始めた。
「姫殿下、いま生徒会長候補がどうとか言っていましたが……」
「うん。でもそんな話は何も聞いていないぞ」
姫殿下はかりかりと福神漬けをかじりながらおっしゃった。
「ちょっと私、話を聞いてくる」
そう言って下川さんが席を立った。
見ていると下川さんは話を聞くどころか、紙を配る生徒の首根っこを捕らえてこちらに引っ立ててきた。
「さあマコちゃんの前でちゃんと説明しなさい」
組み伏せられた生徒は姫殿下のたすきを拝見してはっと驚いた顔をした。
「わ、私は何も知りません。急に新聞委員は集まれという呼び出しを受けて、行ってみるとこれを配って来いと言われただけで」
弁明する生徒から下川さんが紙を1枚奪い取ってテーブルの上に広げた。
「生徒会長候補討論会 主催 選挙管理委員会 共催 新聞委員会、放送委員会……あんたも関わってるんじゃない」
「いえ、私たち1・2年生は何も知らされていませんでした。本当にさっきこのビラを渡されてはじめて知ったんです」
哀れな新聞部員はすっかり怯えきっていた。
下川さんは納得いかない様子でその新聞部員を解放した。
「28日……来週の月曜日ですね」
「投票は30日だから結構重要なイベントね」
「何か嫌な感じ。マコちゃんに知らせなかったのは絶対嫌がらせだよ」
下川さんが憤慨した顔で言った。
「でもまだ5日ありますから。準備はできます」
姫殿下はいつもの穏やかなお顔でおっしゃった。
ふと食堂の入り口に目をやると、獄門島さんご一行が出て行くのが見えた。
(ん……? あの3人、ビラを持っていない。もしや前から討論会のことを知っていたのでは……)
おれはじっくり観察しようとしたが、獄門島さんと目が合って思いきりにらまれたので、慌てて目を逸らした。
食堂を出ると雨は上がっていた。
「あーあ、何かあいつらのせいで嫌な気分になったから食べた気がしない」
下川さんがそう言う側で三鷹さんが切れそうになっているのをオーラで感じた。
「んー…………」
姫殿下は大きく伸びをされていた。
「姫殿下もあの雰囲気でお疲れですか?」
とおれはお尋ねした。
「いや、ただ雨上がりのいい匂いがするから深呼吸してみたんだ」
「雨上がりの匂い……でございますか?」
木田さんの言っていたことを思い出して、おれも思いきり息を吸い込んでみた。
すると確かに鮮烈でなぜか胸がどきどきするような匂いがした。
「本当だ。森の中にいるみたいですね」
下川さんがおれたちの姿を見て目を細めた。
「ねえ、美術室に帰ったらみんなで散歩しようか。林の中を通って葉っぱから落ちる雫を浴びるの。どう?」25
「賛成! 私は第2グラウンドの芝の上を裸足で歩きたいな」
「藤村、こういうときに池の側に行くとカエルがいっぱいいるんだ。それから百葉箱の下でいつも雨宿りする猫が……」
自分たちの学校の美しさを自然に口に出せる彼女たちを見ていると、
学校の中に居場所がなかったのはおれにそれを見つける目がなかっただけなのかもしれないと思えてきた。
長文のクセにpart4とは生意気な
OVA化キボンヌ。
翌日、守衛室待機を命じられていたおれは新聞を読むともなく眺めていた。
1面には「糸己宮さま、ハシジロキツツキを観察 営巣行動の撮影、世界初――キューバ」という見出しが躍っている。
密林を写した写真には「ハシジロキツツキにカメラを向ける糸己宮さま(右から2つ目の茂み)」というキャプションが付けられていた。
おれはその写真をためつすがめつ、裏返したり日光に透かしたりダブルクリックしたりしてみたが糸己宮様のお姿を発見することはできなかった。
「藤村!」
突然姫殿下のお声が聞こえた。
顔を上げると、たすきをお召しになった姫殿下が守衛室の窓口からお顔を覗かせておられた。
「藤村、演劇部に行くぞ!」
「はい!」
おれは新聞を放り出して守衛室から飛び出した。
演劇部室は旧校舎3階の薄暗い廊下を行った突き当たりにあった。
「失礼します」
ノックしてドアを空けると、意外にも室内はまばゆい光に満ちていた。
部屋の中央ではミニチュアの家があり、その前で1人の生徒がうずくまっている。
「あの……わたくしこの度生徒会長に立候補いたしました……」
姫殿下が自己紹介を始められると、その生徒は振り向いてしょぼしょぼした目をこちらに向けた。
「ああ、あなたがマコさんね。吹奏楽部の人から話はきいたわ。私、演劇部のラストサムライ、2年の上杉です」
そう言って上杉さんは姫殿下と握手した。
おれは自己紹介ついでに地べたに置かれた謎の平屋ドールハウスについて尋ねてみた。
「ああ、これ? これはクレイアニメ用のセット」上杉さんは粘土の人形を手に取った。
「なんせ部員が私1人しかいないものだから……」
いきなり辛気臭い話を聞かされてしまった。
「これを少しずつ動かして撮影するんですね」
姫殿下は興味深そうに犬の人形を見つめておられた。
「そう。今『遊星からの物体X』を撮ってるんだけど、なぜかコミカルになっちゃうのよね。何でだろ?」
それはクレイアニメだからではないですかと言おうかと思ったが、空気が余計湿っぽくなりそうなのでやめておくことにした。
「それで……衣装だよね。こっちの部屋へどうぞ」上杉さんが人形を置いて、“準備室”という札のついたドアを開けた。
「昔はいろいろ賞取ったりして力があったから小道具とか衣装とかはたくさんあるのよ」
一歩その部屋に足を踏み入れると、こもった臭いが鼻をついた。
「うわあ、すごい」
五月みどりの衣装部屋さながらの光景に姫殿下がお声を上げられた。
ハンガーにかけられた衣装がびっしりと壁を覆っていて、歩くスペースもないほどだ。
「すごーい! ほら藤村、お姫様だお姫様」
姫殿下はピンクのドレスをお体に当てておられた。
(む、衣装をお召しになって街頭演説をされるおつもりか……)
おれはすばやく周囲に目を走らせ、猫耳メイド服、ミニスカサンタ、地球連邦軍機動歩兵装備などを発見していた。
(まずい……姫殿下があのような下賎な姿に身をやつされることなど想像するだにあさましい。
ここはこのドレスで手を打っていただくしか……)
「なかなかお似合いで」
「うわあ、何ですかこれは?」
姫殿下はすでに部屋の奥へと進まれていた。
「ちょっと出してみようか」
上杉さんが衣装の中に上体を突っ込んで、巨大な黒い物体を引きずり出した。
「うわあ、藤村、クマだクマ」
「クマ!?」
姿を現したのは体長2mはあろうかというハイイログマだった。
「これは20年くらい前にうちの部が『なめとこ山の熊』で使った着ぐるみよ。すごいでしょう」
「クマ……」
姫殿下は上杉さんの説明などお耳に入らぬご様子でクマをうっとりと眺めておられた。
(まずい……猫耳ならともかく全身獣になられるのはいかにもあさましい。せめてこれだけはやめていただかなくては……)
「あのー、姫殿下、せめてお顔はお隠しにならぬ方が」
「藤村、ちょっと着てみないか」
姫殿下がニヤニヤしながらおっしゃった。
(おれかよ…………)
∩___∩ ・・・
| ノ u ヽ
/ ● ● |
| u ( _●_) ミ
彡、 |∪| 、ミ ホヒー・・・クマー
/ __ ヽノ _\ ○_○
(___)___(__)___(´(エ)`)_
_ _ _ _ _ _ _ U ̄U_ |
| | | | | | | | | | | | | | | | | |
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| | | | | | | | | | | | | | | | | |
ワラタ
念のためほしゅ
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから入ってみないか」
姫殿下が熱っぽい調子でおっしゃった。
(むう、どうしたものか……?)
過去を振り返ると「入らないか」と言われて入ったものは写真同好会、中野のキャバクラ、ホモの先輩の家などろくなものがなかった。
それにおれは『火の鳥 ヤマト編』を読んで以来、閉暗所恐怖症だ。
「ほら、頭を外してから背中のファスナーを開けて着るんですよ」
上杉さんが一方的にレクチャーを始めた。
仕方なくおれは興味があるふりをしてクマの内部を覗きこんだ。
そのとき、まるでナッパ様が「クン」とやった指が直で鼻に突き刺さったような痛みが走った。
「うわあっ、は、鼻が……!?」
「これは着ぐるみに染み付いた先人たちの血と汗と胃液が発酵してこのようなイヴォンヌの香りを……」
「だめだだめだこれはだめだ!」
おれは鼻を押さえながら飛び退った。
「そうか……だめか……」
姫殿下が残念そうなお顔でおっしゃった。
おれの目には涙がにじんでいたが、姫殿下のお手がクマの頭をなでなでされるのを見逃さなかった。
(むっ、なでなで? ということは……)
姫殿下、クマをなでなで
↓
クマの中の人=おれ
↓
姫殿下、おれをなでなで
↓
(゚д゚)クマー
「藤村、入ります!」
おれは靴を脱ぎ捨て、着ぐるみに足を突っ込んだ。
おれが入らなければどこのクマの骨もとい馬の骨とも知れぬ輩が姫殿下のご寵愛を賜ることになってしまうかもしれないのだ。
「おお、やってくれるか!」
姫殿下は破顔一笑された。
「はい、じゃあこれ被って」
上杉さんがクマの頭部をおれに手渡した。
ボディから漂ってくる臭気ですでに小鼻がもげそうだった。
(だが口で呼吸をすれば耐えられないことはないはず……)
「あ、口の部分はふさがってるので鼻で呼吸してくださいね」
「まじっすか!?}
上杉さんの言葉に思わずクマの頭を取り落としそうになった。
そのまま放り出して帰りたくなったが、姫殿下が期待をこめておれの方をご覧になっている。
(うう…………コンボイ司令官! おれに力を貸してください!)
おれは一息にクマの頭を装着した。
「ヘッドオンッ!!」
おれの視界が一瞬にして狭くなった。
「ぐああああ、暗い! 狭い! 臭いッ!」
「上杉さん! クマが唸ってます!」
姫殿下が心配そうに上杉さんの方を振り向いておっしゃった。
「ああ、これ被っちゃうと中の人の言葉はよく聞こえないのよね」
(そんな……じゃあおれは本当の獣になってしまったのか……)
「藤村、こちらの言葉は聞こえるか?」
姫殿下のお尋ねにおれは大きく頷いた。
すると姫殿下はおれの頭をぎゅっと抱きしめられた。
「おお、かわいいのう、おまえは」
(むむむ、これは……)
「ぽこたん、ぽこたん。お前は今日からぽこたんだ。ねえー、ぽこたん」
(ぽ、ぽこたん……)
早速ホーリーネームを頂戴してしまった。
「ぽこたん、いい子だ、よしよし。ふわふわだなあ、お前は」
姫殿下がおれの顔に頬擦りをされている。
(イ、インしてよかったお!)
こんな素晴らしいボディコンタクトを頂戴する私は、きっと特別な存在なのだと感じました。
禿藁!
ヴェルタースオリジナルワロタ
やっべハゲワロタ
これどっかにまとめサイトでも作って著作権主張しとかないと、
バカが同人とかで出しそうだな。
ネタ具現化委員会に提出した者勝ち
ぽこたんむっちゃワロタ
デヴ問題と混ぜちゃダメ!
有毒ガスになるぞ
「おいで、ぽこたん。手の鳴る方へ」
姫殿下のお誘いに従って、クマのおれは準備室を出て演劇部室に戻った。
口がふさがっているせいで少し動いただけで息が切れる。
おまけに鼻の粘膜がやられたのか鼻水が止まらない。
(くそっ、『アビス』の潜水服の方がまだましだぜ)
おれが動かずに呼吸を整えていると、姫殿下がおれの目を覗きこんでおっしゃった。
「ぽこたん、ちょっと掌を見せておくれ」
おれは右手の珍味を差し出した。
姫殿下はそれをぎゅっと握り締めあそばされた。
「おお、肉球……大きいなあ、ぷよぷよだなあ」
特大肉球を突ついておられる姫殿下をおれはクマの中から生暖かく見守っていた。
…………5分後、姫殿下はまだおれの手をお放しにならなかった。
クマの中のおれの体勢は前傾気味なので、床についた左手に強い負荷がかかっている。
(そろそろ手を離してくださらないだろうか……)
だが姫殿下は肉球占いに夢中になっておられた。
「王様、姫様、外人力士、王様、姫様…………」
(待っていてはだめだ。はっきりとおれの意思をお伝えしなくては……)
おれは右手を動かそうとした。
しかし姫殿下が思いの外がっちりとホールドされているので動かせない。
だからといって乱暴に振り払うわけにもいかない。
そこで空いた左手で床を光速タップすることにした。
体重が乗っている左手を屈して上体を沈めてから思いきり跳ねる!
「ああっ、ぽこたんは姫様だ! あはは」
姫殿下が急に右手を引っ張られたのでおれはバランスを崩し、顔面で着地してしまった。
(おっぱァアアーっ)
おれは痛みにのたうち回った。
「あっ! この動きは何を意味しているんですか?」
姫殿下が上杉さんにお尋ねになった。
「甘えてるんじゃない?」
勝手に裁判の原告にされてしまった動物たちの気持ちが少しわかったような気がした。
「ぽこたん、ちょっとだけ外に出てみないか?」
姫殿下のご提案におれは身をすくめた。
この着ぐるみを着て長時間活動するのは体力的に不可能。
それに過去を振り返ると、「出てみないか」と言われて出たものは、登校拒否の自助グループ、
仏教系の勉強会、居酒屋の外(ホモの先輩と)などろくなものがなかった。
そんなことを考えながらもじもじしていると、姫殿下が沈んだ声でおっしゃった。
「そうか、だめか……せっかくみんなに自慢したり、馬乗りになろうと思ったのに……」
(姫殿下がクマ乗り!? いや馬乗り!?)
「クマ――!!」
おれは廊下に踊り出た。
「ちょっとだけ、この階を回るだけだから」
姫殿下はおれが逃げ出さないよう何とか引きとめようとしておられた。
おれはそろそろ汗も出なくなり、体力の限界に近づいていた。
(そろそろ演劇部室に戻ることをかわいらしくおねだりしてみないと……)
おれがクマである自分の魅力を最大限に引き出すポーズを考えていると、突然姫殿下が歩みを止められた。
(ん、何だ? ………………ああっ!)
目の前に足の不自由な生徒用のエレベーターがあった。
(ま、まさか……)
「ぽこたーん、これならぽこたんでも下に下りられるな。階段は怖いだろう?」
そうおっしゃりながら姫殿下は「下」のボタンを押された。
(いや、ちがうんです! 階段との比較の問題ではなくて!)
すぐにエレベーターの扉が開いて、おれはむりやり押し込まれた。
中は狭く、機械音がとても大きく感じられた。
(きっとスペース・ビーグル号のエレベーターに乗ったクァールもこんな恐怖を味わったんだろうなあ)
身をすくめたおれの首元を姫殿下が優しく撫でてくださった。
「もうすぐ外の風に当たれるからな。もう少しの辛抱だぞ、ぽこたん」
(外に出るのか……)
ホント クマの中は地獄だぜ! フゥハハハーハァー、と思った。
歴戦の勇者にふりかかる最大の試練。
毎回手に汗しつつ拝読しております。
がんばれぽこたん!(・∀・)!
, -''''~"''''-,,,,,_
/__┐ <:、
/::/ ,ィ ̄"''-.へ/,rヽ ←姫様
. /::// /,∠{. } ト、ヽ"ヽ.ヽ ↓藤村
/::イレ ,イ7ニ{i |l十ト、ヽ ヽヽ
/::::i {/ 代:ケ.ヤ }ハノ.ヤ、',ヽ',ヽ _
/:::::::l ! ~"'' ,ヤ 'i::ケ、}/__l_l,!,,,,rノノ >、_ヽヽ
/::/::..::| l、 r- 、 ~"'/ ヽニ‐-、ヽ) )
ノ::/::.::::,r-:、|:ヽ Lノ ,イ ヽ. } iノ
/:::/.:::/" ヽ. >、_,,. ィ"● ● ヽク
:::/::// ヽ、/:::::/ :/▼ ヽ. i クマー
/::{:/∧ へ ヽ.::{、 '、人 ノ ,/\
::::://::::', ヽ. ヽ \ ,.-ェ''_,, o,,,,;;;;;;;o :、
../ l::::::::::::::...... ::\ \ノ --='/::Д:::::::::::::::ヽ.
誰だよそれ。
なにこのスレ…
っていうかこの書きまくってる人の小説めちゃくちゃ長いな
2ch史上最長じゃないか?
建物から一歩外に出ると確実に体感温度が上昇した。
「クマでーす!」
おれの目の前で姫殿下が叫ばれた。
すると歩いていた何人かの生徒が足を止めてこちらに向かってきた。
「あの、これ……クマ?」
「クマです!」
姫殿下は自信たっぷりにお答えになった。
「触ってもいい?」
「クマですから触ってください!」
こうおっしゃったので生徒たちは恐る恐るおれの毛皮に手を触れた。
「クマ……ふわふわ」
最初のうちは遠慮がちに撫でていた生徒たちも次第にハードペッティングへと移行していった。
(うぅ……何でおれがこんな特殊なプレイをしなきゃならないんだ……)
1人の生徒が喉もとをくすぐり始めたのでおれは顔を上げた。
すると列になってランニングをする運動部員の姿が見えた。
運動部員たちはおれの姿を認めると足を緩め、やがて立ち止まり何やら相談し始めた。
見ていると代表らしき生徒がこちらに歩いてきた。
(あ、あれはソフトボール部の病院坂ククリさん!)
「マコさん……」ククリさんが小さな声で姫殿下に申し上げた。
「あの……このクマは……?」
「わたしのクマです!」
姫殿下はきっぱりとおっしゃった。
「そう……ちょっと触ってみてもいい?」
「わたしのクマですからどうぞ!」
姫殿下のお許しを頂戴したククリさんはおずおずと手を伸ばした。
「クマかあ……」
「クマです!」
「クマ……」
「よかったらソフトボール部の皆さんもどうぞ!」
うれしいことおっしゃってくれるじゃないの、とおれは吐き捨てるように呟いた。
おれは数十人の生徒に入れ代わり立ち代わりまさぐられ続けた。
その間にも人数はどんどん増えていった。
「部長! クマです!」
またマドハンドの仲間を呼ぶ声が聞こえた。
(今の声……どこかで聞いたことが……)
「はい、ごめんよ〜、ごめんよ〜」
群がる生徒たちを掻き分けて下川さんが姿を現した。
(ま、まずい…………)
「ほら、本当にいたでしょ、クマ」
下川さんの後ろから小柄な平沢さんがぴょんと踊り出た。
さらには美術部の他の3人もいる。
「へえ、クマか……」
残忍な笑みを浮かべた下川さんが音もなくおれに近づき、誰にも見えない角度からおれの脇腹に膝蹴りを入れた。
(ぐはっ!)
おれは痛みにのたうち回った。
「あっ、甘えてる!」
姫殿下が叫ばれた。
「マコちゃん、この中に入ってるのは誰?」
松川さんがお尋ね申し上げた。
「藤村です」
「へえ、どうりで姿が見えないと思った」
「ごめん……まさか藤村さんがそんなみじめで暗くてさびしいクマの中にいるとは思わなかったから……
あたし浮かれちゃって……」
下川さんが手で口を覆うようにして言った。
(嘘だ! 絶対嘘だ!)
「藤村さん、クマ系ですね……」
キャノンさんがぽつりと呟いた。
(系をつけるな! 専門用語だ!)
おれはもう限界だと思った。
まさかここで『奪!童貞。』ネタにお目にかかれるとはw。
78 :
水先案名無い人:04/11/23 20:22:18 ID:5A7zJ2AH
秋篠宮家がこのスレ見たら泣き崩れるだろうな
最近2ちゃんねるネタが多いな
それでも(おっぱァアアーっ)とかの2ちゃん以外のネタもある。
(左右は2部好き?)
「ねえ、マコちゃん」下川さんが姫殿下のお側に寄っていった。
「私クマの背中に乗ってみたいんだけど……大丈夫かな?」
「大丈夫です、クマですから!」
姫殿下がそうお答えになると、下川さんはおれの顔を見てにたりと笑った。
(まずい……バックを取られたら防御のしようがない。頭を抱え込んで、格闘技でいう“亀”の状態になるしかなくなる)
“亀”になることの危険性はプロレスラー永田さんがその著書『こねこ』(民明文庫)の中で自らの経験として語っている。
「逃げろ」とおれのゴーストが囁いた。
おれは生徒たちの囲みを突破し、後脚で駆け出した。
「あっ、逃げやがった!」
「追え!」
「誰か、誰かぽこたんを捕まえておくれ!」
背後から生徒たちの大騒ぎが聞こえたが、おれは振り返らずに走り続けた。
(誰かに背中のファスナーを開けてもらわなくては……木田さんのところへ行くか? だめだ……並木道を行くのは目立ちすぎる。
そうだ、上杉さんだ! 校舎の中を通って演劇部室まで戻ればいい。これなら追っ手をまける)
おれが狭い視界の中、校舎への入り口を探していると、追いかけてきた生徒たちの怒号が聞こえてきた。
「逃がすな!」
「目を狙え!」
「ぽこたん、どうして逃げるの、ぽこたん?」
おれはとっさに旧校舎と新校舎をつなぐ廊下の窓に飛びこもうとした。
そのとき首のあたりに強烈なタックルを食らった。
「クマクマクマーッ!」
地面に叩きつけられたおれの体の上で聞き覚えのある声がした。
「あっ、カコ! どうしてここに!?」
「だって中等科にクマが出たって聞いたから……」
「ナイスタックルよ、カコさん!」
たちまちのうちに取り囲まれたおれは無数の手の中で激しく揉みしだかれた。
「ははは……見ろ! クマがごみのようだ!」
恐怖に対する防衛措置として生み出されたおれの中の2人目の人格が笑った。
「君も男なら聞き分けたまえ」
3人目の人格がおれに囁いた。
「臭い」
「いや部長、それは言い過ぎ……やっぱり臭ーい!」
「ははは」
美術部員たちがおれをおもちゃにして笑っている。
クマを脱いだおれの体には着ぐるみの悪臭が染み付いてしまっていた。
おれは美術室の奥に山と積まれた筆洗バケツを流しで洗いながらやり過ごそうとしていた。
「何かまだクマがこの部屋にいるみたいですね」
「現人熊……」
みんな好き勝手なことを言っている。
「でも藤村さん、あまり軽々しくクマになったりしない方がいいわよ」姫殿下のお隣に腰掛けられたカコ様がおっしゃった。
「アイヌのイオマンテでもクマはあくまで外部の存在だし。そこにアクセスしすぎると戻って来れなくなるかも」
「さんざん私の体をもてあそんでおいてそんなことをおっしゃらないでください」
おれがそう申し上げると、カコ様は「おお怖い」とおっしゃいながら謎の糸巻き運動とともに手をぽんぽんと叩かれた。
(む……今のは古事記にある“天の逆手”というやつか? 確か具体的な動作は文献にも記録されていないはずだが……)
おれが日本史の謎をひとつ解明していると、姫殿下がキャンバスの前で深々とため息をつかれた。
「ああ、ぽこたん……」そうおっしゃっておれの方を振り向かれた。
「藤村、いっそのことお屋敷付きのクマにならないか? ちゃんとかわいがるから」
「あ、それいい。学校にも連れて来てね」
「藤村さんのためにもその方がいいかもね。クマの中にいるときは臭くないから」
みんな他人事だと思って好き勝手なことを言っている。
おれはクマとして姫殿下にお仕えする自分の姿を想像してみた。
クマとして姫殿下のお側にいるときはいいが、家に帰り一人きりになったときに自分を保てる自信がなかった。
(絶対酒かギャンブルに溺れてしまうだろうな……)
「少し考えさせてください」
おれは筆洗バケツと雑巾を持ったまま頭を下げた。
「ねるねるねるねはイッヒッヒッヒ……」
カコ様がおれの横で謎の粉製品をかき混ぜておられた。
現人熊てw
腹がよじれるほどワロタ。
誰か同人化希望
次の日になっても鼻水は止まらなかった。
昨日の服はクリーニングに出したが、まだ臭いが体に残っている気がする。
念のためおれは締め切った守衛室には入らず、外で掃き掃除をして1日を過ごした。
生徒たちの下校する時間になると木田さんが門の外に出て交通整理を始めたので、おれは守衛室に入った。
昼に買って結局飲まなかったカフェオレの缶を開けようとしたとき、窓口のガラスをとんとんと叩く音がした。
「藤村、わたしだ」
たすきをお召しになった姫殿下がひょっこりとお顔を覗かせられた。
「あれ、姫殿下、今日は東門でビラをお配りになるのでは……?」
おれが窓口を開けてそうお尋ねすると、姫殿下はうつむき加減でおっしゃった。
「それが……東門に行ったら安藤さんが先にそこでビラを配ってたんだ」
「そうでしたか……」
「だから今日はここで配ることにする」
「御意のままに」
おれは守衛室を出て姫殿下から少し離れたところに立った。
この時間、東門は大変混雑するが、それを嫌ってこの南門から下校する生徒も少なくない。
むしろ一人一人にビラを渡せるのでこちらの方が効果的かもしれない。
大きな声で呼びこみをされている姫殿下を拝見していると、たすきをかけた生徒が並木道を歩いて来るのが見えた。
(う、あの眼鏡は……)
「マコさ〜ん」
「あっ、安藤さん!?」
手を振りながら走って来る安藤さんの姿をみそなわされた姫殿下は硬直しあそばされた。
安藤さんは姫殿下のお側に来るとにっこりと笑った。
「ねえ、一緒にビラを配ってもいい?」
「ど、どうぞ……」
姫殿下が小さな声でおっしゃった。
(何で対立候補が並んで選挙活動しなきゃならないんだ……)
おいたわしいことにその後の姫殿下は安藤さんを意識して萎縮されておられた。
だが一番悲惨だったのはこの異様な状況の中2枚のビラを渡されてしきりに頭を下げる生徒たちだった。
下校する生徒の流れも一段落した頃、校舎の方から新美さんが走ってやって来た。
「マコリン、探したのよ」
そういいながら新美さんは肩で息をしていた。
「どうしたの、リサリン?」
「ご、獄門島さんがマコリンと藤村さんをソフトボール部の部室に連れて来いって……」
「だめです」
おれは即答した。
新美さんは顔をくしゃくしゃにして言った。
「でも……連れて来ないとGOHDA流空手で私をボコボコにするって言ってるの」
「GOHDA流空手!?」
おれは驚きのあまり大声を上げた。
「知っているのか、藤村?」
「はい、GOHDA流空手とはあのロックスターGOHDAがアクションスター千葉県一から伝授されたという伝説の格闘技です。
彼の伝記マンガ『ドラえもん』第29巻の記述によれば、千葉の個人教授を受けたGOHDAがそのあまりの激しさに失神したとか」
「何と!」
「恐るべきは必殺技のつま先蹴り! 正中線上に存在する人間の急所を的確に狙い打つその蹴りはまさに一撃必殺でございます」
「恐ろしげな技だな……」
姫殿下がご尊顔を曇らされた。
「というわけで新美さん、姫殿下と私はご一緒できませんがご健闘をお祈りします」
「いやぁぁああ、見捨てないで!」
新美さんが姫殿下にすがりついた。
「大変ねえ、皆さん」
安藤さんが涼しい顔をして言った。
「ああああ、安藤さん! あなたが、あなたが指示したんでしょ!」
「さあ知らないわルルルー」
安藤さんは顔を真っ赤にして叫ぶ新美さんを無視して明後日の方向を向いた。
(こいつ…………)
「藤村!」新美さんの体を抱きかかえるようにされていた姫殿下がおれの名を呼ばれた。
「行こう……友達を救えないのなら生徒会長になっても意味がない」
姫殿下のお言葉におれは覚悟を決めた。
左右age
「ねえ、藤村さん。あなた護衛隊員なんだから格闘技とかできないの?」
新美さんがおれに尋ねた。
正直な話、格闘技は苦手だ。
訓練学校で柔道、剣道、逮捕術をやったがどれも並以下の成績だった。
だがここでそれをぶっちゃけてしまうのもためらわれる。
(とりあえず適当な名前の格闘技をでっち上げてお茶を濁そう……)
「えー、ふ、藤村式体術というのを(脳内で)主催しておりますが……」
「何それ? 強いの?」
新美さんが必死の形相で言った。
「えー、情報収集と待ち伏せを中心にした総合格闘技です」
「使えねぇッ!」
新美さんが叫んだ。
「あと、ストリート(通学路、廊下)で培った土下座のスピードには自信があります」
ここだけは真実だ。
「でも藤村は強いと護衛隊の皆が言っていたぞ」姫殿下が助け舟を出してくださった。
「なんでも訓練学校時代にはいろいろと奇策を用いて逆転勝利を収めたとか」
(まずい……)おれはかつて自分がやらかした卑劣な行為を思い出した。
(逮捕術の試合でバールのようなものを使って相手をぶん殴ったことか? それともひものようなものの件か……?)
「対戦相手の家族構成のようなものに妙に詳しくて怖かったと誰かが言っていたな」
姫殿下はおれの必勝パターンを完璧にご存知のようだ。
「最低……」
新美さんが吐き捨てるように言った。
「最低……」
安藤さんも言った。
この人にだけは言われたくない。
「まあネット社会の落とし穴とでもいいましょうか……現代が生んだ悲劇ですな」
と世相を斬って平成の落合信彦を気取りつつ(え? まだ生きてんの?)、おれは武器を仕込むために守衛室に戻った。
木田さんに後のことを頼んでから、おれたちは並木道を歩き出した。
ソフトボール部の部室は第2グラウンドのすぐ脇にある小さなプレハブ小屋にある。
3人ともこれからそこで起こる出来事に不安を募らせていた。
「ねえ、もしかして私たちカツアゲとかされるんじゃないかな」
新美さんがうなだれたまま言った。
「カツアゲ……」姫殿下が息を呑んだ。
「どうしよう……今朝お小遣いを貰ったからその半分を持って来てしまった」
「いくら持ってるの、マコリン?」
「1000円……」
「私は虎の子の500円を……藤村さんは?」
新美さんが突然おれに話を振った。
「私ですか? 私は2万ほど……」
「2万!?}
新美さんと姫殿下が声を揃えた。
「いえ、あの……予約していた『三峰徹詩文集』が今日発売なもので帰りに買って帰ろうと……」
「ミミ……ネ? 聞いたことがないな」
「三峰先生はアンダーグラウンド・アート・シーンで活躍されているポストカード・アーティストでございます」
「ふーん、藤村は博識だな」
姫殿下が感心したお口ぶりでおっしゃった。
「じゃあ、藤村さん。もしカツアゲされそうになったらその2万円をばらまいて。その間に私たちは逃げるから」
「そんな……『3枚のお札』みたいに言わないでくださいよ。第一なんで私だけがそんなことを……」
うろたえて言ったおれの肩を新美さんがぽんと叩いた。
「大丈夫、私もブックオフの50円券を撒くから」
「じゃあわたしは千石先生ととったプリクラを……」
姫殿下が決死の覚悟を秘めたお顔つきでおっしゃった。
「で、では私は『サッカー日本リーグ』カードのエバートン(ハゲ)直筆サイン入りを……」
最終的に話はお宝自慢大会に行き着いた。
数日前ガ板のどっかのスレで話題に上がってたけど三峰じゃなくて三峯
『三峰徹詩文集』・・・禿しく( ゚д゚)ホスィ
「し、失礼します」
新美さんがソフトボール部室のドアを恐る恐る開いた。
下駄箱のような臭いが鼻をつく。
明るい太陽の下を歩いてきたので室内の暗さになじむのに時間がかかった。
そこは10畳くらいの正方形の部屋で、窓とドア以外の壁は造り付けの棚で覆われている。
中央にパイプ椅子が3つずつ向かい合わせに並べられていて、その間に高さ50センチほどのテーブルがある。
バスケ部部長の獄門島さんは椅子にどっかりと腰を下ろし、両足をテーブルの上に乗せていた。
「座って」
獄門島さんが向かいの椅子をあごで指し示す。
姫殿下と新美さんはそれに従って腰を下ろした。
入り口付近に立ったおれは獄門島さんやその取り巻きと目を合わせないようにしながら室内を眺め渡した。
部員20人そこそこの部にしてはボールや備品がかなり豊富であるように見える。
近くの棚に置かれていたバットを手に取って重さを確かめていると、誰かがおれの肩を叩いて囁いた
「獄門島が呼んでる」
ソフトボール部の病院坂さんだった。
部屋の中央に目をやると、姫殿下と新美さんの間の席、つまり獄門島さんの真向かいの椅子が空いていた。
「あの……ひょっとしてそこは私の席でしょうか?」
おれが尋ねると獄門島さんは“当然”といった表情で頷いた。
仕方なくおれはバットを戻して指定席に着いた。
「あなた、名前は何だっけ?」
獄門島さんが馬鹿でかい足の裏を見せつけながら言った。
「あ、はい……ご、護衛隊のふ、ふひ、藤村です」
「自分の名前噛んでんじゃねえよ!」
「筑紫哲也か、お前は!」
たちまち周囲から罵声が飛んだ。
おれは落ち着いて答えたかったのだが、緊張やら恥ずかしいやらでもう舌が回らず
「フヒヒヒヒ! すいません!」
もろ変態みたいに言ってしまった。
誰かが「きもッ」と呟いた。
獄門島さんと壁際に立った取り巻きたちがおれをねめつけている。
「あんたがマコさんに入れ知恵してんでしょ?」
獄門島さんが穏やかな口調でおれに尋ねた。
どうやらこの緊急集会はおれを糾弾するために開催されたもののようだ。
「い、いえ、別に入れ知恵というほどのことは……」
おれが小さな声で言うと、獄門島さんは足をテーブルに叩きつけて「どん」と大きな音を立てた。
「おい、護衛隊! 護衛隊の役割は何だ?」
「や、役割ですか……? そ、それは姫殿下をお守りする肉の壁となることで……」
また背後で誰かが「きもッ」と言った。
「あんたは護衛なんだから余計な口挟まずに黙って突っ立ってりゃいいんだよ!」
獄門島さんがどすの利いた声で言うと、姫殿下が勢いよくお立ちになった。
「藤村は……藤村はただの護衛ではありません! わたしを精神的に支えてくれています!」
「姫殿下……」
おれはご尊顔を振り仰いだ。
「それに有事の際にはクマにもなれますし……」
病院坂さんが「クマ……」という声を漏らすのが聞こえた。
獄門島さんはまったく動じた様子もなくおれを睨みつけていた。
「ほら、こんなこと言っちゃってるよ。あんたが空気読まないから悪いのよ。
ここ何年も生徒会長候補は一人だってこと、資料でも読めばわかることでしょう?」
(空気を読まない……)
その言葉で突然中学校のときの忌まわしい記憶がフラッシュバックした。
クラス対抗球技大会の最終試合、おれが上げたオフサイドフラッグのせいで優勝するはずだったチームがまさかの敗戦で2位になり、
その試合で勝ち点を拾ったチームがおれのクラスと入れ代わりで最下位を脱した。
試合の後、おれは2つのクラスの生徒に取り囲まれ、ボコボコにされた。
リンチの開始の合図となったのが「藤村、空気嫁!」という言葉だった。
「ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」
頭の中に蘇った恐怖のために、おれは奇声を発した。
何気にコピペネタが織り込んである所が(゚д゚)ウマー
アレか、検尿のネタかw
ここぞというときに入れてるからなぁ。コピペ
一通りの異常行動をとると頭の中がスッキリした。
(おれの精神テンションはいま! 不登校時代にもどっているッ!
冷酷! 残忍! そのおれが貴様たちを倒すぜッ!)
おれはどんッとテーブルの上に手を置き、ポーカーで勝ったコインをさらっていくときのように力強く表面を拭った。
「ああ、ずいぶん汚れてますね」
「は!?」
獄門島さんが顔を歪めて言った。
「きっと部屋中ダニやゴキブリでいっぱいでしょう」
先の見えないおれの行動に部屋中の皆が呆気に取られている。
おれはひとつ大きく息を吸い込むと、かっと目を見開き叫んだ。
「ぜったいに許さんぞ虫ケラども! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」
おれは懐から赤い缶を取り出した。
「そ、それは……」
「ご存知ですか? 最近のは火を使わないんですよ」
おれはそう言いながら缶をテーブルの下に置き、金具を「ガツン」と引っ張った。
「ぷしゅ―――――――――」
白い煙がテーブルの下から噴き出した。
「うわあああ、こいつバルサン焚きやがった!!」
獄門島さんが椅子から転がり落ちた。
「何やってんだあ、藤村さん!」
新美さんが立ち上がって叫んだ。
「新美さん、姫殿下、鼻と口をお押さえください」
おれはそう言いながら逃げ惑う凶悪部員たちの姿を眺めていた。
白煙の噴出が止まった。
部屋の中に残っているのはおれたち3人だけだ。
「もう大丈夫です。終わりました」
そう言って姫殿下に目を向けるとハンケチでお口元を押さえながら肩を震わせておられた。
「マコリン、大丈夫?」
新美さんがお顔を覗きこむと、姫殿下は堰を切ったようにお笑いになった。
「うふふふふ、あははははは」
「ど、どうしたの、マコリン?」
新美さんは姫殿下の肩を揺さぶった。
「大丈夫、大丈夫」姫殿下はそうおっしゃると、おれの方をご覧になった。
「藤村、獄門島さんたちは見事に引っかかったなあ」
「はい、うまく行きました」
「え……?」
新美さんだけが一人蚊帳の外だ。
おれはテーブルの下から先ほどの缶を取り出した。
「あっ、それただの缶……」
「はい、カフェオレの缶に守衛室で見つけた赤のビニールテープを巻いたものです。それから……」
おれは再びテーブルの下に手を伸ばして白い粉を吹いた物体を摘み上げた。
「あの白い煙の正体はこれです」
「ロージンバッグ……」
「はい、さっきそこの棚から拝借しました。カッターで切れ目を入れてあります。これを踏んで粉を撒き散らしました」
「はあ……」新美さんがため息をついた。
「マコリンは気付いてたの?」
その問いに姫殿下が頷かれた。
「藤村が口で“ぷしゅ――――――”って言ってるのが見えたから……」
「えっ!? あれ口で言ってたの?」
「はい。途切れたらばれると思って必死で肺から空気を搾り出しました」
おれがそう言うと姫殿下はにっこりと微笑まれた。
「藤村はいつも一生懸命だな」
その優しいお言葉に、せこい手口ばかり考えている自分を恥ずかしく思った。
「あの……そろそろ引き上げましょうか」
「うん、そうしよう」
獄門島さんたちに見つからないよう、窓から逃げることにした。
「あ、ちょっと待って」
窓枠に一度足をかけた新美さんが戻って、ホワイトボードに「藤村式タイ術さくれつ! GOHDA流敗れたり!」と大書きした。
見なかったことにして、おれは窓枠を飛び越えた。
左右age
姫殿下は窓の外で待っていて下さった。
おれは姫殿下のスカートに白い粉がついているのを見つけた。
「申し訳ございません。お召し物に汚れが……」
そう申し上げると姫殿下はそこではじめてお気づきになったようで、裾を摘み上げられた。
「大丈夫、すぐ落ちる」
そうおっしゃいながらぽんぽんとスカートをはたかれた。
「それより藤村、ビラ配りが途中だったな。急いで戻ればまだ人がいるかもしれない。走ろう」
「はい」
姫殿下はおれのお答えを聞いてまたにっこりとうち笑まれた。
「リサリンも一緒に走ろう!」
「え……?」
新美さんは窓枠から身を乗り出したところだった。
次の瞬間、姫殿下は跳ねるように駆け出された。
おれは慌てて後を追った。
「マコリン、ちょっと待って……ぐわあっ」
背後でどさっと重いものが落ちる音がしたが、おれは振り返らず走り続けた。
姫殿下の走りは軽やかで、おれがいくら強く地面を蹴っても追いつけない。
トラックを走っている陸上部員を次々に抜き去って行かれる。
「マコちゃーん、選挙が終わったら陸上部に来てね!」
部長の青沼さんが手を振った。
姫殿下は大きくお手を振り返された。
そのお姿を拝見して、おれは先ほどのお言葉を思い出していた。
「藤村はいつも一生懸命だな」
違うんです、姫殿下。
いつも一生懸命なのは姫殿下の方です。
私はただ姫殿下の後を追っているだけなんです。
全部姫殿下が教えてくださったことなんです。
「新美、走りこみが足りないぞ!」
陸上部員たちの笑い声がグラウンドに響いていた。
(゚ω゚) ニャンポコー
うんこ
週が開けて月曜日の朝、いつもどおりおれはお車の側で姫殿下のお出ましをお待ち申し上げていた。
(「なにかとれ」>「ふく」、か…………)
お屋敷の方から姫殿下がいらっしゃったので、おれは安めぐみについての妄想を中止してご挨拶申し上げた。
「おはようございます、姫殿下」
「……おはよう」
(あれ? お声にいつもの元気がない……)
姫殿下は全体的にややお疲れのご様子だった。
おれがお車のドアを開けると姫殿下は
「ちょっと待っておくれ。今カコがビラをプリントアウトしているところだから」
とおっしゃった。1
カコ様をお待ち申し上げている間におれは今日の放課後行われる討論会についてお尋ね申し上げた。
そのお答えを伺うとどうやらそこにご不快の原因があるらしかった。
「自分の演説はいいが、討論となると…………
何しろ安藤さんの具体的な政策目標がまったくわからないからなあ。金曜日のビラにも書いてなかったし」
「そうですね。獄門島さんの口ぶりから彼女たち運動部員が擁立した候補であることは間違いないと思いますが……
カコ様とはご相談されましたか?」
「うん。でもあの子は“学園内でのアイスの自給自足”とか変なことばかり言っていた」
アイスの自給自足……それがなされれば氷を配給して兵の士気を高めたというアレキサンダー大王以来の快挙だ。
そこへ大きな茶封筒を持ったカコ様が駆けていらっしゃった。
「お姉様、ようやくビラができました」
「うん、ありがとう」
カコ様は姫殿下に茶封筒を手渡されると、ぴゅーっとお車の方へ駆けて行かれた。
「姫殿下、ビラを見せていただけませんか?」
お屋敷から出て公道を走り出したお車の中でおれは姫殿下にお伺いし申し上げた。
「うん、なかなかの力作だぞ」
姫殿下から拝領した封筒を押し戴きつつ開き、中の紙を取り出した。
「こ、これはッ…………!」
おれの目はそのB5サイズの紙の上に釘付けになった。
姫殿下のお名前とキャッチコピー「和を以って尊しと為しませんか?」がゴシック体で書かれている。
これにも言いたいことはあるが今は措く。
問題は姫殿下の御真影に口ヒゲと長い顎ヒゲが付けられていることである。
(ヒゲ!? 何なんだこれは……笑っていいのか?)
肩を震わせながらおれは頭をフル回転させた。
(待てよ、このヒゲには見覚えが……そうだ、「和を以って尊しと為す」聖徳太子だ!
でもなぜ姫殿下がヒゲを……いや、これをド平民の常識で考えてはいけない。
恐らくお身内だけの独特の聖徳太子観をお持ちなのだ! 笑うのはまずい!)
「いやあ、ご立派なヒ……いや字体でございますなあ」
おれは声の震えるのを必死で押さえながら申し上げた。
「そうだろう、カコもなかなか…………あっ、何だこれは!?」ビラを覗きこまれた姫殿下が叫ばれた。
「このヒゲは何だ!? 昨日はこんなものなかったのに……」
そうおっしゃると姫殿下は突然はっとした表情をなさって車のドアに飛びついた。
「帰る! 帰ってあの子にやり直させる!」
「姫殿下、お止めください! 走行中です!」おれはドアのロックを外そうとする姫殿下を必死で押さえた。
「それにカコ様もきっともうご登校されています!」
「ううぅぅぅ…………」
姫殿下は遺跡捏造がばれた後の記者会見のようにがっくりとうなだれあそばされた。
「こうして拝見いたしますと姫殿下はお父上によく似ておられますな」
おれが何とかフォローしようと明るい声で申し上げたが何のご返事もなかった。
ただ一言「学校、休みたい」と呟かれたきりだった。
左右age
保守
放課後の大掲示板前は討論会に参加しようと集まった生徒たちで溢れていた。
旧校舎と新校舎をつなぐ空中通路も立錐の余地がないほど人で埋まっている。
帰り際にちょっと寄ってみたという感じで鞄を持ったままの生徒が多い。
「選管」の腕章を付けた生徒がせわしなく会場を駆けまわっている。
おれは人の波を掻き分けて歩き回り、特設ステージ脇で美術部員たちとご清談中の姫殿下のお姿を認めた。
「おお、藤村」姫殿下はおれにお気づきになると、お手にされていたビラをおれにくださった。
「ほら、三鷹さんがスキャンしてレタッチしてくださったんだ」
そのビラを拝見すると、確かにヒゲがきれいになくなっていた。
「これは見事なお仕事ですな」
おれは賛嘆の声を上げた。
「よく見たらちょっと残ってるんだけどね。まあそれは剃り残しってことで……冗談よ、マコちゃん。そんな怖い顔しないで」
おれはその場に一瞬だけ漂った険悪なムードに気付かないふりをして空中通路を見上げた。
前列の生徒たちは柵に寄りかかって討論会が始まるのを待っている。
ふと、旧校舎寄りの地点に一人だけ背の低い生徒が柵にぶら下がるようにして立っているのを見つけた。
片手にデジカメを持ち、もう片方の手に握った太巻きをしきりにかじっている。
「姫殿下、あそこにおられるのはカコ様では……」
おれがご注進し申し上げると姫殿下はお顔を上げた。
「あっ、カコ! よくも、よくもヒゲを書いたな……」
姫殿下の怒気を含んだお声に、カコ様はぴゅーっと走ってお逃げになった。
「待てっ!」
姫殿下は走って追いかけて行かれた。
「でも……あのヒゲ結構似合ってわよね」
松川さんがぽつりと呟いた。
「そうですね。あれを見た後では普通の写真だとなんだか物足りなく見えます」
平沢さんの言葉でおれは人間キャンバス・正岡子規を思い出した。
「私もそう思いましてこんなものを書き込んでみました……」
そう言ってキャノンさんがポケットから折りたたまれたビラを取り出した。
そこに印刷された御真影のお鼻の下には黒のマジックで描かれたヒゲがあった。
「マリオです……」
おれは昏倒しそうになった。
「わははははは」
「マリオのヒゲがマコちゃんに!」
美術部員たちが笑い転げている。
「さらに……」キャノンさんがマジックを取り出してそのビラに手を加えた。
「ほら、あっという間に関羽雲長……」
「がははははあ」
「あははは、ひどい! 面影がない!」
(もう勘弁してくれ……)
おれは不敬の洪水に身も心も押し流されそうだった。
突然、高らかな笑い声があたりに響いた。
「あらあら皆さん、ずいぶん楽しそうね」
そんな悪役丸出しの台詞とともに安藤さんが姿を現わした。
後ろに子分らしきぽっちゃりとした生徒を従えている。
「あ、そうだ。紹介します。私の応援演説をしてくれる清見川桐子さんです」
安藤さんの言葉を受けてその生徒は進み出て、ぺこりと頭を下げた。
「あ……はじめまして。安藤さんと同じクラスの清見川です。みんなからはキキって呼ばれてます」
(キキ? 宅急便の? パーヤン運送の間違いだろ?)
キキさんは美術部のメンバーに見つめられるのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしていた。
「あの……私、安藤さんとは初等科の……頃からずっと友達で……
あの……私、人前で話すのは得意……ではないんですけれど……」
言葉を切るタイミングが独特で、聞いていて息が詰まるようだった。
(変な喋り方だな。しゃっくりでもしてるのか?)
なぜかキキさんの後ろに立っている安藤さんも顔を真っ赤にしていた。
だがそれは恥ずかしいというよりも弛緩したような表情だった。
不審に思い視線を落とすと、安藤さんの右手がキキさんの太ももをスカートの上から何度もつねっていた。
「あの……今回マコさんが立候補……されると……うッ……い、いうことで……」
(プレイの真っ最中かよ……)
美術部員たちは初めて目の当たりにする変態に気圧された様子で立ち尽くしていた。
安藤さんはキキさんの反応を見ながら(*゚∀゚)=3 ムッハー と大きく息を吐いた。
>「姫殿下、ビラを見せていただけませんか?」
(;´Д`)ハァハァ…
安藤さんとキキさんはとろんとした顔のまま立ち去った。
「部長、何だったんですか、今のは?」
「わかんないけど関わらない方がいいと思う……」
美術部員たちは狐につままれたような顔をしていた。
そこへ姫殿下が戻っていらっしゃった。
「藤村、今安藤さんが来ていただろう?」
姫殿下がお尋ねになった。
「はい」
「さっきすれ違ったんだが、なんだかふらふらしていたな。どうしたんだろう?」
「さて…………何かの風土病でしょう」
おれが口篭もりながらごまかしていると、姫殿下の後ろからカコ様がお顔をお出しになり、にやりと笑われた。
「あっ、カコ様」
「そうだそうだ、さっきようやく捕まえたんだ」姫殿下が背後にお手をお回しになり、カコ様を引きずり出された。
「まったくこの子は…………どうしてあんないたずらをしたのだ?」
姫殿下が問いただされると、カコ様は少しお首をすくめあそばされた。
「ごめんなさい、お姉様……なんとなく伝説を作りたくなったの」
(このお年で早くもそのような目標を……伝説だらけのご一族にお生まれになっただけのことはある)
姫殿下はまだお怒りの冷めやらぬご様子だったが、カコ様はカメラを構えた生徒たちの前でムーンウォークを披露しておられた。
「これ、人の話をちゃんと……」
姫殿下がそうおっしゃりかけたとき、選管の腕章をした生徒が駆け寄ってきた。
「マコさん、そろそろスタンバイをお願いします」
「はい!」
姫殿下が表情を引き締められた。
「じゃあマコちゃん、私たちは観客席から応援するわ」
美術部員たちが引き上げていった。
「藤村」ステージに上りかけた姫殿下が振り向いておっしゃった。
「そなたはここにいてくれ」
「かしこまりました」
おれはお側近くに置いていただける感謝の気持ちをこめて頭を下げた
選管委員長による開会の辞がが終わるとすぐに姫殿下の基調演説が始まった。
演壇についた姫殿下は静まりかえった聴衆を見渡しながらゆっくりとお話になった。
「……わたくしはこのような部活動のあり方に疑問を持っています。
現在、部活動への参加方法は、ひとつの部に入部しそれだけをやり続けるという選択肢しかありません。
ですが、本来部活動には個人の持つ興味、関心、目標に応じた様々な参加の形があるはずです。
わたくしは部活動をより自由なものにしていきたいと考えています。
それによってより多くの人と出会い、学校生活を豊かなものに……」
「ふう、やれやれ」いつのまにかおれの横に立っていた安藤さんがため息とともに言った。
「仲良しクラブを作りたいってわけか……」
その言い方にとげがあったのでおれは少しむかっときた。
「あなただって仲良しクラブを作っているじゃないですか。バスケ部やらバレー部やらソフトボール部やらと」
おれがそう言うと安藤さんは鼻で笑った。
「まあ…………この8年間の生徒会長はそうだったわね」
おれは以前カコ様がお作りになった資料を思い出した。
確かにこの8年間実質的に生徒会長選は行われておらず、そのようなもたれ合いが背景にあることは推測できた。
だが安藤さんの言葉には何か引っかかるものがあった。
「あの……“そうだった”ってことは安藤さんは今までとは違うんですか?」
「そう。私はその慣習を消滅させる!」安藤さんは力強く言った。
「実はこういう運動部との関係を作ったのは私の姉なの」
「え……!?」
突然の告白におれは思わず声を上げた。
「姉はちょっとインパクトのある演説をしただけで簡単に当選してしまうような生徒会選挙に変革をもたらしたかった。
それで思いついたのが運動部の組織票によって確実に当選するという方法なの。
あちらの要求した予算を通すことを見返りとすることでね」
「なるほど……」
そう言われてみると至極まともなやり方に思えてきた。
「でもそれももう終わりよ。甘えた奴らに天誅を下すわ。
旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火よ。ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えているけどね」
どこかで聞いたような説明だが、おれは安藤さんの発する毒電波にただ圧倒されるばかりだった。
左右乙。
俺は読んでないけどw
/´ 〃三=、 \三二 ヽ
/ l| \\ 、、`Y 二ミ ヽ
う ./ i|  ̄``ヽ、 \ヽ }} jj ! ー ヽ ',
る l / |l|、二._ \ヽl j〃ノ 二ミ、ハ
さ | i i|i i i|三二= 二.__ヽY∠ 彡 Z彡ハ^ヽ
い | l 川 { l l_l」=ニ三二ン´_,Y⌒ヾ三乙 ,彡jヾ l '、
! ヽヽ\ >'´ _, 川 〈 j. |l || ト三Z 彡/ l l | !
`┴ヘ yぐ゙ {lリ Y ノj || ト三 彡/ l l | |
黙 } ヾ〉 ヽ! T´(l || ドミ,/シ′ | l | |
れ / 川 l|`Y夭 | l | |!
! `ヽ , | | l| ! ) | | | l|
`';=‐ / ||l| l 川|l|!
`、 ,ィ' | | l|__」..-─-、lj | l|l|
ー ´ l __,」 l l| ヽ||| l|
/´ / / リ Vl|l|
,∠二二./ / 〃 Vl|!
,∠二二二./ / / Vl_」
,イ'´ // /、 , -ヘ
/| __∠∠ ___ /ヽ\ , -‐ '´ , -ヘ
/ レ'´ `ヽ、\\\>'´ , -‐ '´ , - >
/ ! ヽ \\>'´ , -‐ '´ ,イ
! ハ l \>'´ , -‐ '´ |
「それって何か魔王みたいな発想ですね」
おれがそう言うと安藤さんはおれの顔を指差した。
「それよ! 私は魔王になりたいの」
何気ない一言でこの人の隠れていた願望を言い当ててしまった。
「はあ……ところで安藤魔王」
「羽生名人みたいに言わないで頂戴」
「失礼しました。安藤大魔王」
「何かしら?」
「さっきから眼鏡がくもってますけど……」
「あっ」
安藤さんは慌てて眼鏡を外してハンカチでふいた。
「大丈夫ですか? 額に汗をかいておられるようですが」
「大丈夫です! ちょっと緊張してるだけ」ハンカチで顔を拭いながら安藤さんが言った。
「私、演説嫌いなのよね」
「はあ……そうですか」
13才の魔女っ娘ならずぶぬれになって逃げ帰るところだが、成人男子のおれは余裕で聞き流した。
会場から拍手が起こった。
姫殿下が一礼して演壇から戻って来られた。
「マコさん、お疲れ様」
眼鏡を書けなおした安藤さんはすれ違いざまにそう言ってステージに上った。
「安藤さんと何を話していたのだ?」
姫殿下がお尋ねになった。
「えーと……大魔王の公務について話しておりました」
「そうか」姫殿下はおれのお答えに少し考え込まれてからおっしゃった。
「内親王と大魔王だとどっちが大変かな?」
「ナンバー2次第でしょう」
おれはそうお答えしたが、新美さんと変態キキさんの顔を思い浮かべて、どちらも足を引っ張られそうだな、と思った。
「えー」安藤さんが上ずった声で話し始めた。
「どうもこんにちは、安藤です……」
どうやら本当に緊張しているようだ。
「えー、突然ですが、皆さん、今何かやりたいことはありますか?
私はタワレコに行っておととい出た宇多田ヒカルのシングルを買いたいんですけど……」
会場から少し笑いが起こった
(何の話だ?)
姫殿下はじっと安藤さんを見つめておられた。
「あの……もし私がこんなことを言い出したらどうでしょう。
“宇多田ヒカルのシングルが欲しいけど、お金がないから買えない。そうだ、生徒会に頼んでお金を出してもらおう”
こんなことが通ると思いますか?」
安藤さんはそこで少し間を取った。
「もちろん無理ですよね。ではこういうのはどうでしょう? 私が放送委員だったとします。
“お昼の放送で宇多田ヒカルのシングルを流してみんなに聞かせてあげたい。生徒会にお金を出してもらおう”
これならば正当な要求だと思いませんか?
私は皆さんのそのような要求に応えられる制度作りをしたいと思っています。
委員会やその他有志が公共の福祉のために何か新しいことを始めるための助成金制度を作ります。
そのために現在部活動に割り当てられている予算を削減します!」
会場がどよめいた。
特にジャージ姿の生徒たちが驚いた様子で回りの生徒と話し合っている。
(運動部員を完全に敵に回すつもりだ……)
安藤さんは一息ついて生徒たちを見渡した。
「助成金の割り当て先については皆さんから出された提案を全校生徒の直接投票にかけて決めたいと考えています。
具体的な金額はまだはっきりとはわかりませんが、最大5万円くらいを目安にしたいと思います」
生徒たちが再びどよめいた。
左右乙
これだけが2chの楽しみだよ
漏れも毎日楽しみにしてるよ
よっぽど他に楽しみの無い人生を送ってるんだね。
「藤村、今の話をどう思う?」
お尋ねになる姫殿下のお顔は強張っておられた。
「そうですね……」
そう申し上げながらおれは安藤さんの話を思い出していた。
「お金が絡んできますからね……恐らく紛争の火種になるでしょう。
もしあれを実行に移したら部活の方からは当然反対の声が上がるでしょうし、お金の取り合いでさらにいざこざが起こります」
「そうか……」
姫殿下は厳しい表情のままであられた。
安藤さんの基調演説が終わり、聴衆を交えた討論会の時間になってもそれは変わらなかった。
ステージの左右に別れて座った両候補だったが、生徒たちからの質問は安藤さんの方に集中した。
「生物委員でハムスターを飼ってみたいんですけど、そういうのって認められますか?」
「直接投票って具体的にどうやって行われるんですか?」
「予算委員会を生徒会の下に作ったらどうでしょうか?」
安藤さんは生徒たちが食いついてきたのを感じたのか、応対に余裕があった。
(うーん、確かに生徒たちは興味を持っているし、悪い考えじゃないと思うんだけど……
安藤さんの目的が破壊と混乱と恐怖だからなあ……素直に賛成できない)
姫殿下は議論に入れず小さくなっておられた。
すると突然、一人の生徒が飛び跳ねながら手を上げて発言を求めた。
「はい! はい! はーい!」
(あの声は…………)
選管からマイクを受け取るとその生徒はゲーム脳丸出しの口調で話し出した。
「えーと、私、サッカー部なんですけど、部員が少なくて試合ができなくて……
あ、マコさんに質問なんですけど、他の学校と合同チームを作ったりしたいんですけど……
自由な部活動ってことはそういうのもできるってことですか?」
(新美さん! クウキヨメテネーヨ! だがそれがいい!!)
相棒の姿をお認めになった姫殿下に明るい表情が戻った。
「はい! 合同練習や合同チームの結成などをどんどん行っていきたいと思っています。
また合同チームによる大会参加を認めてもらうよう競技団体に働きかけていくつもりです」
姫殿下はよどみなくお話になった。
>>119 こんなのが居るから楽しい時間が急にぶち壊しになったりするんだよなぁ。
「あ、そうですか……」新美さんがわざとらしいくらい納得した様子で言った。
「それを聞けてよかったです。あの……隣の戸山中学のサッカー部がイケメンぞろいなので一緒に練習できたらいいなあと思ってます。
どうもありがとうございました」
会場からは失笑が漏れた。
安藤さんも姫殿下も笑っておられた。
(アホが状況を打開した……)
そこからは運動部員などの質問もあり、姫殿下も議論に加わることができるようになった。
拍手の中ステージを下りられる姫殿下はそのお顔に照れくさそうな笑いを浮かべておられた。
「お疲れ様でございました」
「うん。無事に済んでよかった」
姫殿下はほっとしたご様子だった。
安藤さんもステージから戻ってきた。
「マコさん」たすきを脱ぎながら安藤さんが言った。
「私の演説、どうだった?」
「斬新な意見だと思いました」
姫殿下がお答えになった。
「藤村さんはどう思った?」
「すごく……生々しいです……」
おれがそう言うと安藤さんはにっと笑った。
「でしょう? これから醜い争いが起こるわよククク……
それじゃあ獄門島さんたちに捕まらないうちに私、帰ります。さようなら」
そう言って安藤さんはそそくさと立ち去った。
その後ろ姿をご覧になりながら姫殿下がぽつりとおっしゃった。
「安藤さんも大変だな」
「まあ、でも自分で選んだ修羅の道ですからね……」
おれは肩をすくめながら言った。
遠くから姫殿下をお呼びする新美さんの声が聞こえた。
/^l
,―-y'"'~"゙´ |
ヽ; ・ ⊥・ミ
ミ ヾ q ミ;.,
ミ ゙ .,_,)⊆口⊇ソ
モフモフモフ〜 i ミ ;,., ; |\ ヽ、
C c ┌\ヽ.,_,,.) \ \_i
◎┘  ̄ ̄ ̄ ̄◎
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
討論会の後、おれは姫殿下にお供して美術部室に行った。
今日も下川さんの隣で心穏やかに墨を磨る。
「ここがドイツの変態肉屋のホームページ……?」
「そう、ヨアキムさんは2代目の若旦那なの」
「何この画像……? エビチリ?」
PCの前に座ったカコ様と新美さんと三鷹さんの話し声が聞こえる。
「ここ通販もやってるのよ。ほら、英語でも大丈夫だって」
楽しそうにお話になっているのはカコ様だ。
「か、缶詰…………」
「大丈夫なの、このサプリ?」
新美さんと三鷹さんは完全に引いていた。
血なまぐさいイメージを思い浮かべないよう、おれは目の前のお習字セットに気持ちを集中させた。
トントン……
誰かが美術部のドアをノックして入ってきた。
逆光でシルエットしか見えない。
「獄門島!?」
隣の下川さんが叫んだ。
部屋の中が一気に静まりかえった。
獄門島さんとその取り巻きがずかずかと入ってくる。
(全面戦争勃発か!?)
その数はどんどんと増え、エージェント・スミス並になった。
八墓村さんの姿もあるので、どうやらバスケ部とバレー部の連合軍のようだ。
おれは姫殿下のお側に駆け寄った。
「姫殿下、もしものときはこの藤村がお守りいたします」
カコ様を除くあとのメンバーには集団的自衛権を行使してもらおうと思った。
「何しに来た?」
下川さんが獄門島さんを睨みつけながら言った。
「藤村さんに用がある」
獄門島さんがおれを睨みつけながら言った。
「え……私ですか?」おれはのど自慢のチャンピオンに選ばれた20代の女性のように戸惑った。
「あっ、わかった! これがサプライズ・パーティーというやつですね!」
「ちがうわボケ!」「ここはマイクロソフトか!」
バスケ・バレー部員(以下BB部)たちから罵声が飛んだ。
「ジョークですよ、ジョーク。ここはジョークアベニューでーす!」
おれはアメリカのはすっぱな海軍提督を気取ってみたが、帰ってきたのは舌打ちだけだった。
「藤村に何の用でしょう?」
姫殿下が毅然とした態度でお尋ねになった。
獄門島さんは表情ひとつ変えずに言った。
「藤村さん、あのような卑怯な手を使って“GOHDA流敗れたり”とはいったいどういうことか?」
何のことだか思い出せなかった。
(いったい何を? ……もしかして新美さんがソフトボール部室に書いたあれか?)
「い、いえ、それは新美さんが勝手に書いたことで……」
おれはしどろもどろになりながら答えた。
「GOHDA流空手の歴史を侮辱する言葉だ。ただちに訂正しろ」
そう言って獄門島さんはいっそう強くおれを睨みつけた。
「はい、すぐに訂正いたします! 今回の反省を踏まえまして今後は……」
おれがプライドをかなぐり捨ててへいこらしていると、新美さんが飛び出してきて叫んだ。
「うるせえ馬鹿! 訂正なんかするか、ボケッ!」
(やめてくれ! もとはといえばあんたが悪いんだろうが!)
「そうだ! 何だか知らんが訂正などしない! お前らが訂正して謝罪しろ!」
下川さんもなぜかブチ切れていた。
その様子をカコ様が正面に回りこんで激写された。
「ひ、姫殿下……あの人たちを止めてください」
おれは姫殿下にヨヨヨと泣きついた。
姫殿下はおれをかばうかのように一歩前にお進みになった。
「獄門島さん、藤村はわたしを守るためにベストを尽くしました。決して間違ったことはしていません。
間違ったことをしていないのに謝罪することはできません。お引き取りください」
姫殿下のお声が響き渡った。
神ヨ!藤村ヲ救イタマエ、とおれはロビタみたいに祈った。
職人もいないし退屈なスレだな('A`)
志村〜!!!!上!!上〜!!!!
_, -‐──- 、
/,r'"´ ̄` .、三ミ.\
,〃´// l | li li 、ヽミミミヽ、
////l !l.l!l !l !li !l 、ヽ,三三i、
!.l !l !l !l !li !l !l !l !l !、ji三彡lヽ /
. l l !l !l !l !li !l !l !l !l !lヽ彡彡jノl / う
! +l+l+l l l l l l l+l+l+l ',彡彡j,/ う し
ヽl fiコヽ rti7ヽ }‐、ノノ/ し ろ
. ',゚:::''' , ''''゚:::: rt,ノノ/ ろ !
ヽ ` ,r'ー'i !!、 !
ヽ、.  ̄ ,.イノ!i l !i !i ', \
_,ririコニiニ´ /,r彡アヽ、l \
, -'l/r'三三テヽ /イ彡"_, -クヽ、
/lヽ, | (三三三テl'〃, -'´ / , >、
| ',. ',! , 二 > .lフ / / !
! l | ムォ'iヽ >、‐'´ / |
. ! /、\ lノ l ///>、 / !
! /\\ヾノjj >''/// ヾ、 |
l// \ヽノ‐‐、'/ ヽ |
/ l!.lr‐ャ' ヽ `ヽ |
} ! |l ヽ ヽ |
{ j' ! ヽ ヽ !
ヽ ,イ ! ', ヽ l
ヽ , / l l l \ _,.r'´
`j´ ! ! l !  ̄ ヽ
<,_ ヽヽ ', ! ___/
/  ̄ ヽjー‐i / ̄ ̄ ̄ l |
// // l j' / / | |
// // / / / | |
「GOHDA流の受けたこの屈辱は実際に立ち会うことによってしか晴らされない!」
なぜか新美さんが叫んだ。
「あの、それはあなたが言う台詞ではないと思うんですが……」
おれはうろたえて言った。
「まったくその通り」獄門島さんが言った。
「藤村さん、実際に戦ってみましょう。そうすればあなたの言ったことが正しいかどうかはっきりするはずよ」
(まずい……実際にやったら弱いのがばれてしまう。ここは姫殿下に治めていただくしか……)
そう考えたおれは姫殿下に申し上げた。
「姫殿下、このような私闘は護衛隊員の本分からは外れておりますれば……」
「まあ、でも胸を貸してあげたらどうだ?」
姫殿下が軽くおっしゃった。
(うわあ、おれ、信頼されてる……)
「藤村さん、頑張って!」
新美さんが振りかえって言った。
下川さんがおれの顔を覗きこんだ。
「いい面構えだ。ウム……勝てる」
(こいつら……煽るだけ煽っておきながら無責任な……)
「表へ出ましょう」
獄門島さんが部員たちを従えて外へ出ていった。
おれは美術部員たちによって取り囲まれ、パリ解放後のナチス協力者のように突き飛ばされながら歩かされた。
「宮仕えは大変ねえ」
カコ様がカメラを構えながらおっしゃった。
美術部室前の空き地をBB部員と美術部員(以下3B部員)たちが取り囲んだ。
その中心におれと獄門島さんは向かい合って立った。
「藤村、獄門島さんに怪我をさせてはいけないぞ」
姫殿下がお手でメガホンを作っておっしゃった。
(そうか……倒されたら負けなのはもちろんだが、相手に怪我をさせたら社会的に敗北してしまう、まさにハイリスクノーリターン……)
「ルールはどうする?」
獄門島さんがむしろ先ほどより穏やかな顔でおれに尋ねた。
おれとしては笑いあり涙あり暴力なしのちばてつや的ルールで行いたかったがそれは相手に通じないだろう。
「そちらが決めてください」
心・技・体いずれも人並み以下のおれが相手をコントロールする方法はただひとつ。
相手の一番得意な攻撃パターンを引き出す。
おれはそれを避けることだけ考える。
だからルールは相手が有利なものの方がいいのだ。
「わかった。じゃあ、なんでもありで」
獄門島さんはこともなげに言った。
予想していた答えだが実際に聞くとやはり心が沈んだ。
承知の合図におれが頷くと獄門島さんは一礼して言った。
「GOHDA流空手初段、獄門島史子です! よろしくお願いします!」
(中3で初段か……ちゃんと道場とか通ってんだな……)
おれの方は特に自慢できる肩書きはなかったので適当に思いついたことを言った。
「あ、どうも……護衛隊員藤村フジオ、ドラクエ狩り被害者日本最北端です」
美術部員たちから笑いが起こった。
「あはは。本当に?」
おれはいつも財布に入れている新聞の切抜きを取り出して見せた。
「ほら、それが証拠に……」
「あー、ほんとだ。“藤村フジオさん(15)”だって」
「いやあ、このときは大変でしたよ。なにせ犯人が友人の兄貴で……」
「……早くやりましょう」
獄門島さんがいらだった様子で言った。
カコさま・・・何て他人行儀なw
ノ、_,.ィ ニダ〜 平民め!
☆ ノ、_,.ィ なれなれしいわっ!!
∧_∧〃 ☆ .,,. - 、、 て
<`A´丶> ========================= ヅ⌒''小 八咫鏡ビ〜ィム!!
と ⊃ ☆ (ヽli.‘o‘ ,l|レ'^)
\ \ く | |
<_〉<_)
/ /⌒ ヽ ヽ 'i ',
. / / ` `'''" '` `, '、l ',
l ,' ./ ', i l
l ,' /''"" "''ヽ ハ l !i そんなにおでこ・・・
. l i ,イ/ / / / / / / /jノ l l`i l'iつるつるかなあ。。。
. l !i l/ /┃/ / /┃/ / ノl l6 l ,' 'i
ノrハ, l/ / / / / / / u ノ/ri" /__ l
,| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| '//゙ l / ''-,,__
r'''''''ー、 r''''''' ̄ヽ / ノ'" // ヘ
} 二''-' 冫''' ̄ ヽ /// ヽ
( ) ( )
おれは新聞の切り抜きを懐にしまうと、片足立ちになり、その場でくるくると回り始めた。
姫殿下に敬意を表するムエタイの踊り、ワイクルーだ。
「ふしぎなおどり? どう見ても獄門島のMPは0だけど」
下川さんが怪訝そうな顔をして言った。
「いえ、これは試合前に必ず踊ることになっていまして……」
「まだ〜?」「早くやれ!」
おれの講釈はBB部員たちの罵声にかき消された。
「はあ……それじゃあ始めますか」
おれがそう言うと獄門島さんは無言で構えた。
脇を開き、拳を腰のあたりで握るGOHDA流独特の構えだ。
(思ったより後傾だな。顔面はがら空きだが……)
おれは掌底を相手に見せるムエタイ式の構えを取った。
両者の距離は2mほど。
相手が動かないので、おれは前に出している左足を一歩踏み出した。
獄門島さんの右足の膝から下が一瞬消えた。
次の瞬間、その爪先がおれの鼻先をかすめた。
「うわッ!」
おれは慌ててのけぞった。
ギャラリーがどよめいた。
おれは尻餅を付きそうになったが慌てて飛び退った。
獄門島さんは先ほどより1mほど前方で再び構えた。
(い、今のが爪先蹴り……ノーモーションで飛んでくる……しかも間合いが長い。
相手が踏みこんできたらあれでカウンターを取るのか……)
「藤村さん、いまの調子」
「見えてる、見えてるよ!」
美術部員たちの声援が聞こえた。
(見えてねえよ! 少なくともおれは!)
蹴られていない鼻がなぜかつーんと痛くなってきた。
獄門島さんは構えたまま動かない。
おれは先ほどの蹴りの軌道を頭の中に思い浮かべた。
(おれの鼻あるいは人中めがけてまっすぐ飛んでくる……あれを食らったら間違いなく小生あえなく昇天!
かわすしかない……カウンター狙いなのは明らかだからタイミングだけはコントロールできる)
結局、選択肢は前に出ることしかなさそうだった。
(よし、やられても姫殿下が介抱してくださるだろう……多分……)
おれは覚悟を決めた。
一つ大きく息をして、おもむろに深く踏みこんだ。
「ソエッ」
宝蔵院流の掛け声とともに右肘をぴくりと動かす。
(今だ!)
獄門島さんの蹴りが出るのと、おれの唯一のスキル「光速土下座」が発動するのと同時だった。
唸りを上げる蹴りがおれの頭を掠めていく。
「かわしたッ!」
地に身を投げ出したおれの目にお留守になった獄門島さんの軸足が飛びこんできた。
おれは魚類から進化した両生類が初めて上陸するときのような勢いで這い進み、手で目の前の足を払った。
「……ッ!」
獄門島さんが腰から落ちたときには、おれはすでに立ち上がり残心の構えを取っていた。
「参りました!」
獄門島さんが手で頭をかばいながら身をよじった。
おれはその姿を見下ろしながら構えを解いた。
(高田の光速タップ、曙の光速ダウンに並ぶ三大フィニッシュホールド、光速土下座がなければやられていた……)
ちなみにこの技が逆の意味でフィニッシュになったことはあったが、勝ったのはこれが初めてだった。
BB部員たちは呆然と立ち尽くしている。
仰向けになったままの獄門島さんのもとに八墓村さんが駆け寄った。
「大丈夫!? 怪我はない?」
突然おれの背中に誰かが飛びついた。
「やった! 藤村式最強!」
下川さんがセンタリングを上げた人みたいにおれの背中に乗ったまま歓声を上げた。
光速ワラ
どうでもいいがバレーボールの頭文字はVだぞ
下川さんに続けとばかりに美術部員たちがおれに体当たりしてきた。
「ウィ〜〜〜〜ッ!!」
数人の生徒を引きずりながらおれはテキサス・ロングホーンを決めた。
だが彼女たちの反応は冷淡で、キャノンさんだけが「ウィ〜……」と力無く手を上げた。
「何それ?」
「それも藤村式ってやつ?」
おれはタッグで負けてもウィ〜〜ッとやって帰ったハンセンの偉大さを改めて認識した。
「藤村さん……」獄門島さんが立ち上がって言った。
「ひとつ教えてください。どうしてあの蹴りがかわせたんですか?」
「え……それは……正中線上を狙ってくる蹴りだから胴体より下には来ないだろうと思いまして……」
我ながら単純な理屈だ。
ところが獄門島さんは何度も頷きながらおれの言葉を反芻していた。
「なるほど……胴体より下か……一瞬でこのような弱点を見破るとは流石……」
「いえ、あの、別に一瞬というわけでは……」
藤村式幻想はもはやおれの手の届かないところにまで行ってしまった。
このままだと弟子入りしたいなどと言い出しかねないので、おれは適当にこの場をまとめようと思った。
「まあ、今回は引き分けということで…………」
獄門島さんは不思議そうな顔をした。
「どうしてですか?」
「あの……我々は本来守るべき人たちに心配をかけてしまいましたから……」
おれがそう言うと獄門島さんははっと後ろを振り向いた。
「そうだ……私、みんなのためにやってるんだって勝手に思いこんで……あの子たちの気持ちを考えもしないで……」
(おお、負けたときに言おうと思っていた台詞が意外にもクリティカルヒット!)
「今藤村さんがいいこと言った!」
下川さんがおれの肩越しにずばっと腕を伸ばした。
「あの、そろそろ背中から下りてもらえませんか……?」
おれがそう言うと下川さんは
「貴様は〜〜〜!!だから美術部で馬鹿にされるというのだ〜〜〜!!この〜〜〜!」
とわけのわからないことを言っておれの首を締め始めた。
(く、苦しい……)
おれは「ぐええぇーー!」などと叫び声を上げることもできず、死の舞踏(ダンス・マカブル)を踊った。
「もう一度みんなと話し合ってみます。選挙のことやバスケ部のこれからのことを」
獄門島さんが神妙な面持ちで言った。
「是非そうしてみてください」
おれは目の前が真っ暗になっていくのを感じながら言った。
獄門島さんたちが立ち去ると下川さんはようやくおれの首から手を離した。
「あいつも別に悪い人間じゃないんだよね。ただ思いこむとこうなっちゃうのよね、こう」
下川さんがおれの肩にひじを置いて何やら手を動かしていた。
「あの、見えないんですけど……ていうか本当に下りてください」
おれは通常の2倍の重力を感じながら姫殿下の御足下へ参上した。
「今回は引き分けという結果に終わりました。どうもご心配をおかけしました」
おれがそうご報告申し上げると姫殿下はおれの上着の埃をはたきながらおっしゃった。
「わたしは心配していなかったぞ。藤村の強さはわたしが一番よく知っているから」15
(ああ、おれの人生負けっぱなしだけど姫殿下の御心の中では連勝中なんだ。
だからおれは今こうしてこの場所に立っていられるんだ……)
おれは深々と一礼した。
その途端、予想以上の重みが上体に掛かり、おれはつんのめって倒れた。
「でも目の中に親指を入れて殴り抜けるところとかも見たかったなあ」
おれの背中の上でカコ様がおっしゃった。
「申し訳ございません、カコ様。速やかにお下りください」
おれは地面にうつぶせになったまま言った。
「こうかな? ウィ〜〜」
「マコちゃん、違う。それだとまことちゃんだよ」
「何で反対の手も同じ形になってるの?」
姫殿下と美術部員たちのご歓談が聞こえた。
前にも言ったが今一度言う。面白杉w
正直unko
立会演説会を翌日に控えた火曜日の放課後、姫殿下とおれは「最後のお願い」をしに校内を回った。
ビラは前日までに使い切ってしまっていたので、姫殿下は生徒たち一人一人にお声をかけられた。
そのお声はお疲れからか幾分嗄れ気味だったが、いつもの笑顔を絶やされることはなかった。
食堂から第一体育館へ通じる小道を歩いているとき、姫殿下がおれの方に振り返っておっしゃった。
「藤村、選挙運動も今日が最後だ。長かったな」
「はい。この2週間本当にいろいろなことがありましたね」
おれは2週間前の自分を頭に思い浮かべながらお答えした。
姫殿下のご指名があるまでおれは護衛隊の一番下っ端だった。
姫殿下のお顔を拝見するだけでどきどきした。
そのおれが今こうして姫殿下とこの美しい学園内を歩いている。
これからの生涯を「働いたら負けかな」と思いながら過ごしても購えないほどの幸運だ。
「ここまでがんばってこられたのも藤村のおかげだ。感謝しているぞ」
姫殿下のありがたいお言葉におれはすっかり恐縮してしまった。
「滅相もございません。私などほんのスライムベスでございまして……」
「そなたの助言にはいつも励まされた。本当にありがとう」
おれは平伏するしかなかった。
「藤村のこともよく知ることができたし、たくさんの人と会うこともこともできた。
みんなのおかげで充実した選挙運動になったことを嬉しく思う」
たとえ安藤さんが同じことを言っても聞いている側は絶対に「ウソ臭さ」みたいなものを感じて
額に手をあててしまうだろう。
(姫殿下は偉カワイイだけでなく、優しくて深く民草を愛しておられる……もういいじゃん、姫殿下が生徒会長で。
「東京都」とかももうやめて「姫殿下グラード」にしようぜ。APECも「姫殿下with APEC」でいいよ。
地球とか銀河系っていう名前も飽きたな。いっそのこと……)
おれが共産主義的誇大妄想に浸っていると、前方に3人の大柄な生徒が立ち塞がった。
獄門島さん、八つ墓村さん、病院坂さんの三役揃い踏みだった。
マコさん……」身構えるおれを尻目に獄門島さんが口を開いた。
「お願いがあって来ました」
「お願い?」
「はい。どうか私たちの部で演説を聴かせてもらえませんか?」
「えっ?」
姫殿下が驚きのお声を上げられた。
「昨日あの後部員たちと話し合いました。
そうしたらいろいろな意見が出まして……一番多かったのはまだ考えがまとまらないという意見でした。
私たちが部長がマコさんの演説を邪魔してしまったから……、
お願いします。部員たちの前で改めてお考えを聴かせてください」
3人が頭を下げた。
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
姫殿下はより深くお辞儀をされた。
バスケ部、バレー部、ソフト部の部員たちが集まる第2体育館へ向かう途中、獄門島さんがおれのそばに寄って来た。
「藤村さん、あの、藤村式体術についてもっと詳しく教えていただけませんか?」
恐れていた質問がついに発せられてしまった。
(まずいな……技術論だとぼろが出るから精神論でお茶を濁しておくか……)
「えー、藤村式の秘密はゆ、勇気にありまして……」
「勇気?」
「そ、そうです。人間賛歌は勇気の賛歌、人間のすばらしさは勇気のすばらしさ、ということでして……」
そう言いながらおれは体中をまさぐって使えるアイテムがないかどうか探した。
「……詳しくはこの書で熟知すべし」
そう言っておれはジャケットの裏ポケットから1冊の文庫本を取り出した。
「中島敦『山月記』……あ、これ知ってます。教科書に載ってました」
「大人になってから読むと泣けます。というか確実にへこみます」
おれは姫殿下に初めてお会いする以前の不遇時代を思い出した。
やりたいことが何一つなかった日々。
軽い気持ちでタイに行く先輩についていった。
そこで置き去りにされ、バンコクひとりぼっち。
帰国の費用を稼ぐための退屈な日々に飽きて、日本から持ってきたこの本を開いてみた。
おまえの人生に何もないのはおまえに勇気がないからだ、と言われている気がした。
李徴のように虎になることすらできなかった自分……
でも今は守りたい人もできたし、クマにもなれた(もうなりたくないけど)。
「あ、「弟子」とか「名人伝」とかそれっぽいタイトルの話もありますね」
獄門島さんがぱらぱらとページをめくりながら言った。
「まあ、軽い気持ちで読んでみてください」
おれがそう言うと獄門島さんは
「ありがとうございます!」と言って頭を下げた。
「中島……アツシってどういう字?」
「わかんない……」
八つ墓村さんと病院坂さんは激しくメモを取っていた。
それをご覧になった姫殿下もなぜか慌てて生徒手帳に何かを記入された。
おれの勇気の源が姫殿下ご自身であることには気づいておられぬご様子だった。
青空文庫で『山月記』読み直して泣いた。
藤村×獄門島フラグon?
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
舞台袖のクリーニングを終えたおれは上着に付いた埃を叩きながら舞台の上に出た。
講堂内は薄暗く静寂に満ちている。
2時間ほど後に姫殿下がここに立たれるのだと思うと不思議な気がする。
おれの存じ上げている姫殿下はおれに優しくお声をかけてくださるお方だ。
特にお声が大きいわけではないし、人を惹きつける話術をお持ちなわけでもない。
その姫殿下が全校生徒を前にご演説をなさる。
選挙運動が始まる前なら想像すらできなかったことだ。
でも今なら何となくその光景を思い浮かべることができる。
きっと姫殿下はおれになさるのと同じように優しく生徒たちに語りかけられるだろう。
「藤村」座席を調べていた三井隊長が舞台端から顔をのぞかせた。
「そっちは終わったか?」
「はい。音響調整室、控え室、舞台、舞台袖、天井、すべて異常なしです」
おれがそう報告すると三井隊長は腕時計を見てあごひげをこすった。
「まだ2時間目か……演説会が始まるまであと50分もある……他に何かやることは……」
「いったん持ち場に戻りませんか?」
おれは少々あきれながら提案した。
「いや、だめだ! 何かしていないと緊張の渦に呑み込まれそうだ!」
この人は朝からこの調子だ。
講堂のクリーニングも普通は卒業式など外部の人間が入る時しか行わないのに、急にやろうと言い出したのだ。
「姫殿下がこんな大きな舞台で演説をされるなんて……だめだ……想像が悪いほうに悪いほうに……」
三井隊長が大きなため息をついた。
「まあ我々が思い悩んでも仕方ありませんから……」
おれの言葉に彼はしばらく何か考え込んでいたが、突然舞台に上って来て言った。
「藤村、ずいぶん服が汚れてるな……いいこと思いついた。おまえとおれで舞台袖の掃除をしよう」
「えーっ!? 掃除ですかァ?」
おれがいやな顔をすると、彼はおれの肩に手を置いて
「雑巾をかけよう。な!」
と力強く言った。
2時間目の終わりを告げるチャイムが鳴って少したつと、生徒たちが講堂内に入り始めた。
他の式典とは違ってみな楽しそうな顔をしている。
「選挙はお祭りだ」という木田さんの言葉を思い出した。
おれは舞台脇の控え室前で姫殿下をお待ちしていた。
たすきをかけた他の候補者たちがおれの横を通り過ぎていく。
姫殿下より先に安藤さんとキキさんが姿を現した。
安藤さんはノートパソコンを抱えていた。
「あれ? そのパソコンは何に使うんですか? 仲魔の召還?」
「演説の時にパワーポイントを使うの」
安藤さんはつまらなそうに答えた。
「そうですか。それはなかなか凝ってますね」
おれがそう言うと安藤さんは薄笑いを浮かべながらポケットからレーザーポインターを取り出し、おれの顔に向けた。
おれはとっさに手をかざした。
「何をするんですか!」
安藤さんはおれの言うのも聞かずに赤い光をキキさんの体に這わせていた。
「キキちゃん、ここは何?」
「え……ここは……私の……モモ……」
キキさんは口篭もっている。
「何? もっとはっきり!」
「モモ……モモ肉です」
それを聞いた安藤さんは(;゚∀゚)=3ムッハ、ムッハ、ムッハ-と荒い息をついた。
この人が生徒会長になったら学校全体がジャバ・ザ・ハット様の城みたいになってしまうだろうな、とおれは思った。
(そしておれは氷漬け……ルルー)
姫殿下と新美さんは何がおかしいのかころころと笑いながら歩いて来られた。
その平和な光景におれは目頭が熱くなるのを感じた。
おれに気付いたお二人は不思議そうなお顔をされた。
「藤村さん、どうしたの? 変な顔して」
「藤村、泣いているのか?」
おれは慌てて笑顔を取り繕った。
「いえ、何でもございません」
おれがそう言うと新美さんがおれの肩を叩いて言った。
「聞いてよ、藤村さん。マコリン、チンプイ知らないんだって、チンプイ」
「藤村は知っているか、チンプイ?」
姫殿下の真剣なお顔に噴出しそうになるのをこらえながら、おれはお答えした。
「はい、存じております。毛だらけの宇宙人でございます」
「それはモジャ公。チンプイは耳がまん丸で顔の横にあるやつよ」
新美さんがジェスチャー付きで解説してくれたので思い出すことができた。
「あ、わかりました。あの王子様の命令で地球に来たサルみたいな感じの……」
「そう、それ! 王子様の家来なのよね……家来……そういえば藤村さんもマコリンの家来。
今日から藤村さんのことチンプイって呼ぼうか?」
「えっ?」
おれは新美さんの言葉で高校時代のことを思い出した。
入学して1ヶ月誰とも口を利かないでいたおれは知らぬ間にモンガーというあだ名を付けられていたのだ。
「そ、そ、それはどうですかねえ。み、見た目はあまり似てないと思いますが……」
おれの動揺に気付いたお二人は不思議そうなお顔をされた。
「藤村さん、どうしたの? 変な顔して」
「藤村、泣いているのか?」
「いえ……何でもございません」
おれは慌てて笑顔を取り繕った。
「藤村さん、ごめんね。もう変なあだ名付けたりしないから」
「藤村、機嫌を直して控え室までついてきておくれ」
優しいお言葉におれはただ恐縮するばかりだった。
優しいよ眞子様優しいよ(っдT)
このスレまだあったんだ・・・
控え室は緊迫した空気に包まれていた。
2列に並んだ椅子に向かい合って座った候補者とその応援者はみな表情が強ばっている。
魔王候補の安藤さんも落ち着かない様子でキキさんの太ももを指で叩きながら低く唸っている。
よく聞くとそれは
「燃ーえろよ燃えろーよー 炎よ燃えーろー」
という歌だった。
きっと『巨神兵のテーマ』か何かだろう。
だが室内で一番やばいのは新美さんだった。
顔は土気色で目はうつろ、その上何やらぶつぶつ呟いていた。
「リサリン、だいじょうぶ?」
姫殿下が新美さんの顔を覗きこんでおっしゃった。
「ぁぁ……ゅぅぅっゃゎ……」
新美さんは蚊の鳴くような声で言った。
「藤村、何かいい気分転換の方法はないか?」
姫殿下のお尋ねにおれは知恵を絞った。
「……一流スポーツ選手には"スイッチング・ウィンバック"という精神回復法があるそうですが」
「スイッチング・ウィンバック?」
「はい。試合中に何らかの儀式を行うことによってショックや恐怖を心の隅に追いやってしまうというものです。
かの大横綱・曙もマゲを切ったり円形脱毛症になったりすることによって闘いに牙を取り戻したとか」
「なるほど」そうおっしゃると姫殿下は新美さんのぴょこんと飛び出たピンクの髪をつまんだ。
「リサリン、いこう。ばっさりと」
「いいんだね、切っちゃって?」
「や め て」
新美さんはおれの手だけをはねのけるとゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと外の風に当たってくる……」
そのままふらふらと歩み去った新美さんと入れ違いに1人の生徒が控え室に入ってきた。
バレー部部長の八つ墓村さんだった。
★
うんこ
控え室の入り口に立つ八つ墓村さんに気付いた安藤さんが立ち上がってそちらに歩いて行った。
その動きには無駄がなく、まるでこの突然の来訪を予期していたかのようだった。
一方の八つ墓村さんは思いつめた顔をしている。
(何だ、また揉め事か?)
2人はしばらく声をひそめて話していたが、やがて興奮した八つ墓村さんの声が大きくなってきた。
「……だから別にバレー部全体があなたに反対してるってわけじゃないの。
そうじゃなくて、もう組織票とかそういうのはやめようって話になって……
とにかくあなたとの約束はなかったっていうことで……」
歯切れの悪い八つ墓村さんの言葉に安藤さんは理屈で対抗するだろうとおれは考えていた。
しかし意外にも安藤さんはがっくりと肩を落として震える声で言った。
「……別にバレー部が私から離れていってもいいんです。そんなの平気。
でも……先輩だけはわたしのことを応援してくれますよね……」
「えっ?」
八つ墓村さんもこの展開に虚を衝かれたようだった。
安藤さんは八つ墓村さんにくるりと背を向けた。
(む……背中を向けているだけなのに堪らないほどの寂しさが漂ってくる!)
おれは全日本演劇コンクールの審査員のごとく感心した。
だが安藤さんはおれと眼が合うと不気味な笑みを浮かべた。
(だめだ、八つ墓村さん! あんた、騙されてる!)
おれは視線を八つ墓村さんに向けた。
普通このような痴話喧嘩で相手に泣かれた場合、うざいと思うか、けなげと思うかの2つの思考パターンがある。
八つ墓村さんは完全に後者だった。
「な……泣いてるの? ねえ、こっち向いて。元子、スマイルアゲイン……」
彼女が安藤さんの肩に優しく手を置いたところで、おれは強烈な熱視線を送った。
まるでいま初めておれたちがここにいるのに気付いたかのように、八つ墓村さんがビクッと反応した。
哀れ八つ墓村さんの心は千々に乱れていた。
安藤さんと姫殿下のお顔を交互に見比べ、立ち尽している。
(逃げろ! 安藤さんの攻性防壁にやられるぞ!)
おれは視線によるさらなるゴーストハックを仕掛けた。
進退極まった八つ墓村さんはしばらくうつむいていたが、突然「ごめん!」と言って走り去った。
(「ごめん」って……半ば告っといて謝るなんて行為が許されるのは小学生までだよねー)
おれ完全に他人事だと思ってみていたが、ニヤニヤ笑いながら帰って来た安藤さんについ意見してしまった。
「あなたはそんなことをして良心が痛まんのですか?」
すると安藤さんは笑顔でこう言った。
「あぁ、サタンだからな」
「サタンじゃあ、仕方ないな( ´∀`)」
とキキさんが言った。
安藤さんはキキさんの隣に腰を下ろして( ´∀`)σ) ´∀`)プニプニとやった。
(ついていけねえ……)
だが今のやりとりで彼女の限界がわかった。
「サタンだからな」って結局自分を正当化してるだけじゃん。
姫殿下なら「内親王だからな」なんてことは絶対におっしゃらない。
やはり……そこが人を騙すことばかり考えてきた人間の発想――
痩せた考え……
姫殿下のもっとも傑出した才能 資質は……
人を信じる才能……!
優しいお心――
おれがひとり「ざわ……」となっていると、姫殿下がため息とともにおっしゃった。
「うーん。安藤さんの人身把握力はすごいなあ」
ヽ(・ω・)/ ズコー
\(.\ ノ
あんな邪悪な人にも長所を見出す姫殿下はやっぱり偉カワイイ! と思った。
高山彦九郎が13ゲットしますた
「サタンじゃあ仕方ない」ワラタw
ここじゃ負荷の迷惑になるから創作文芸でやれよ
つまらないから終了でいいよ
乙!登場人物紹介がよかったよ。
(・∀・)イイヨイイヨー
あれ?
1ゲトと思ったのに…
どう言う結末を迎えるんだろうか・・・
まとめサイトもできたことだし、続きはそこでやってね。
いいかげんスレを私物化されるのもウザイから。
カエレ!
氏ね
立会演説会は粛々と進行していった。
候補者たちが一人、また一人と顔を強ばらせて舞台に向かう。
控え室に戻ってくるときの顔は様々だ。笑顔で帰って来る者、落胆の色を隠せない者。
出番をお待ちになる姫殿下は落ち着いたご様子で演説の原稿をご覧になっている。
その横では新美さんが薬の切れた鉄雄みたいになっていた。
腕章をつけた選管の生徒が控え室に入って来た。
「生徒会長候補と応援演説者の皆さん、舞台袖に集合してください」
ついにその時が来た。
姫殿下はぴょこんとお立ちになった。
「よし、行こう!」
それを聞いた新美さんは「ドクン」となった。
(だいじょうぶか、この人? いきなり覚醒したりしないよな?)
「藤村」姫殿下が優しくおっしゃった。
「舞台袖まで来てくれるか?」
「はい、お伴いたします!」
おれは慌てて立ち上がった。
舞台上の強烈なスポットライトのせいか、舞台袖はとても暗く見えた。
控え室とは違い、講堂に集まった360人の気配を肌で感じ取ることができる。
ここまで来たら後戻りはできない。
「続きまして、生徒会会長候補。1年A組マコさん」
アナウンスの声が鳴り響いた。
「藤村、リサリン、行って来ます」
「ご成功をお祈りしております」
おれがそう申し上げると、姫殿下は天に向けてテキサス・ロングホーンを形作られ、
その人差し指と小指の第1・第2関節を折り曲げられた。
「クマ!」
(おお、オリジナル技! 姫殿下がハンセンを超えられた!)
姫殿下は驚いているおれの顔をご覧になるとにっこりと微笑まれ、まばゆい照明の中に歩んで行かれた。
>>左右、
例の消えたところのSSはあなたの作品じゃないのですか?
姫殿下は舞台中央に掲げられた日の丸に一礼され、演壇の前で聴衆に向けてもう一度礼をされた。
「皆さん、こんにちは。生徒会会長候補、1年A組マコでございます」
こう自己紹介されると、姫殿下はお口を閉ざされた。
しばしの沈黙……
姫殿下は講堂内を見渡されると、こうおっしゃった。
「選挙に出る前のわたしだったら、この場に立つだけで緊張してしまっていたでしょう。
でも、わたしの心はは今とても落ち着いています。
選挙活動中に知り合うことのできた皆さんの顔が舞台の上からはっきり見えるからです」
姫殿下はにっこりと微笑まれた。
「新美さん、皆の顔が見えるそうですよ」
おれがそう囁くと、緊張のあまり一気に老けてしまった新美さんは
「ウェー、ハッハッハ」
とにしこり笑った。
「わたしは今までぼんやりと学校に通っていたのかもしれません」姫殿下は続けられた。
「学校にくれば教室があり、わたしの机がある。
名簿にわたしの名前があり、出席番号がある。
それだけでわたしはこの学校の一員なんだとぼんやり考えていたのです。
でも今回の選挙活動を通じて、その先があることに気付きました。
校内のいろいろなところで演説をして、ビラを配って、挨拶をする。
そうやって皆さん1人1人と知り合うことで、わたしがこの学校にいる意味を知ることができました。
わたしたちがここにいるのは偶然かもしれないけれど、その偶然を生かすも殺すも自分次第なのです。
同じ空間、同じ時間、同じ目標を共有して初めて「わたし」は「わたしたち」になれるのです」
おれは姫殿下のお言葉を特に驚きもせず拝聴していた。
なぜなら今姫殿下がおっしゃっていることは、姫殿下がいつもおれに教えてくださっていることだったからだ。
おれが誰かとともに生きることの意味を知ることができたのは姫殿下のおかげなのだ。
そうです。
あちらは完全に投げ出してしまいましたが。
姫殿下は具体的な政策のお話をされた。
「現在多くの部活では週何回かの活動日が決まっていますが、
そのうちの最低1日を部外の人も参加できるオープン・デーにしたいと考えています。
もう部活に入っているけれど他の種目もやってみたいという人、楽しく運動がしたいという人、
予定があって週1回くらいしか出られないという人、そんな人たちにぜひ来ていただきたいと思います。
ちなみに美術部ではそういうのは関係なくいつでも参加者募集中です。
あ、これは宣伝ですけど……
それから、2つ以上の部活に参加している人でも大会などに参加できるよう、競技団体や文科省などに働きかけていきたいと思います」
姫殿下のご構想は壮大だ。
だがこのようなことをおっしゃるのもご自身が部活動を愛しておられるからだろう。
口先だけの美辞麗句を並べているわけではない。
「みなさん、一緒に緑濃い学園の中を走ったり、歩いたりしましょう」
姫殿下はご演説をそう締めくくられた。
万雷の拍手の中、舞台袖に戻って来られた姫殿下は、おれの顔をご覧になると、ひとつ大きなため息をつかれた。
「終わった……」
「おつかれさまでした」
「まだ終わってないいいいい!」
新美さんが金切り声を上げた。
「続きまして、応援演説。1年A組新美リサさん」
「来たああああああああ!」
「リサリン、がんばって」
姫殿下のエールに送られて新美さんはギクシャクと舞台の方へ歩いて行った。
「マコさん、おつかれさま」
安藤さんがノートパソコンを抱えて立っていた。
「あ、安藤さん」姫殿下はお辞儀をされた。「ありがとうございます」
「皆の顔が見えるってとこ、とてもよかったわ。私はパワーポイント使うから暗くてみえないけどね……」
そう言って安藤さんは照れたような笑いを浮かべた。
それも一応保管されてはどうでしょうか?
眞子様を助ける妄想のガイドライン - トルメキア戦線編 -
あれはあれで結構好きでした。
門の外に一歩出ると、梅雨の終わりの強い日差しに汗がどっと吹き出た。
緑豊かで真夏でも涼しい門の中とは大違いだ。
冷房の効いた守衛室にいたいが、作戦開始時刻になってしまったのでそうもいかない。
終鈴から10分経ったのに下校する生徒の姿はない。
おれは無線機を取り出した。
「こちら7番。これより作戦を開始する」
「4番了解。K地点は混雑が予想される。注意してかかれ」
三井隊長の声がした。
おれは無線を切って、校舎の方へ歩き出した。
なぜ大掲示板を見に行くだけなのに、こんなややこしい連絡をしなければならないのだろう。
それに選挙結果を見て姫殿下が落選されていたらどうする?
何と声をおかけすればいいんだ?
どうせならそういった具体的なことを無線で教えてくれたらいいのに……
おれは現場のつらさを噛み締めながら並木道を歩いて行った。
大掲示板前はやはり凄まじい混雑ぶりだった。
張り出された選挙結果を読み取れる位置まで近付けない。
どこか入りこめる隙間はないかと歩き回っていると、ぼんやり立っている堀本先生の姿を見つけた。
「堀本先生、おつかれさまでした」
「ああ、藤村さん」おれが声をかけると堀本先生がドロンとした目をこちらに向けた。
「即日開票にしてよかった……これが始業前だったら大変だったよ。
誰も教室に入ってくれなかっただろうから」
そういって力無く笑う堀本先生におれは尋ねた。
「それで、結果は?」
堀本先生は眼鏡を取ってごしごしと目をこすった。
「自分の目で確かめて来た方がいいよ。ぼくはもう選管担当――中立の立場じゃないから、
余計なことをしゃべっちゃうかもしれない」
これ以上問い詰めるのもかわいそうなので、おれは礼を言って人ごみの方へ向かった。
ありがとうございます。
こちらが一段落したらやってみようと思います。
「失礼します。失礼します」
群がる生徒たちの間を縫って少しずつ掲示板に近づいていく。
模造紙に書かれた名前と数字。
当選を示す赤い花。
(生徒会長は……)
それは掲示板の一番上にあった。
2年B組 安藤元子 151票
1年A組 マコ 205票 当選
無効 6票
(すげえ中途半端な票数……このご当選だけはガチ!)
おれは姫殿下を探した。
ご当選となれば普段通りに声をおかけすればいい。
姫殿下は掲示板の真下で生徒たちと握手をされていた。
そのお姿は本格的に生徒会長らしく、おれが軽々しく近付いてはいけないような気がして、足を止めた。
だが姫殿下の方が先におれをお認めになった。
「おお、藤村」
姫殿下の笑顔は普段とまるで同じで、おれは何と申し上げればよいのかわからなくなった。
「あの……外でお待ちしております。どうぞごゆっくり」
頭を下げて、もと来た方へ引き返す。
なんてしまりのない台詞だろうと落ちこみながら無線機を取り出す。
「こちら8番。庭はみどり川はブルー。繰り返す。庭はみどり川はブルー」
「4番了解。これよりフェイズBに移行する。おめでとう、よくやった」
お車の中にくす玉と色紙の飾りをつけるだけなのにどうしてこう大袈裟なのだろう、
とお役所仕事に疑問を抱きつつも、誉められたので少し嬉しくなった。
左右様
お誕生日おめでとう御座います。
トルメキア戦線編の再録、楽しみにしております。
>そのお姿は本格的に生徒会長らしく、
>おれが軽々しく近付いてはいけないような気がして、足を止めた。
>だが姫殿下の方が先におれをお認めになった。
>「おお、藤村」
>姫殿下の笑顔は普段とまるで同じで、
>おれは何と申し上げればよいのかわからなくなった。
ここのところ、少しジンときた。
やさしいなあ、妃殿下。
unko
「藤村さん、おつかれ」
振り返ると下川さんと美術部員たちが立っていた。
「あ、おつかれさまでした。」おれは頭を下げた。「皆さんおそろいで……」
「ポスターを回収してたの」
三鷹さんが例のオブジェを頭の上に掲げて見せた。
「祭りの後は早く片付けるのが一番!」
そう言って下川さんが笑った。
「皆さん、姫殿下のところへは行かなくていいんですか?」
おれが言うと部員たちは互いに顔を見合わせた。
「人がいっぱいいるから後でね」
「美術室ならいつでも会えますから。今日もこれから集まりますし」
「アイス持ちこみ可ですので、藤村さんもぜひ……」
この人たちはきっとこれからも姫殿下のお友達でいてくれるだろう、と思った。
そこへ安藤さんとキキさんが通りかかった。なぜか安藤さんはにやにやしていた。
「あ、どうもどうも。落選してしまいたけれどもね」
(軽っ……!)
「藤村さん」
安藤さんがおれに正対した。
「な、何でしょう?」
「私、間違っていたみたい。魔王は選挙で選ばれるものじゃないものね。
これからマコさんのところへ行って、いっしょに働かせてもらえるようお願いしに行くわ。
そしていつか『サタンじゃ仕方ないな』って皆に言われるようになってみせる」
「がんばってください」
おれは人ごみの中心目指して走っていく2人の背中を見つめていた。
「よかった……安藤さんもわかってくれて」
「いや、何にもわかってないと思うよ」
下川さんが吐き捨てるように言った。
上の方で何か連続的な音がしたので見上げると、麩菓子をくわえたカコ様が空中通路から
身を乗り出すようにして眼下の光景を激写しておられた。
あれ?ひょっとして終わりが近い?だとしたらチョットサミ(´д`)スィ。。。
生徒会選挙編は終わっても、
まだ文化祭編があるさ(゚∀゚)
トルメキア戦線第1部、読み終えました。
>子どもの頃から何をするにも人に喜ばれたかった
>全て姫殿下が教えてくれたのだから
いいですね。
まとめサイトの追加も楽しみにしています。
あの場合中島みゆきの曲は「時代」より「世情」がふさわしいと思われますが如何でしょう?>左右殿
土曜日の昼下がりにつきものの眠気を誘うそよ風が頬をくすぐる。
地に落ちる木の影と9月の太陽が作り出すコントラストに目がちかちかする。
その先には青い芝。
G習院中等科第2グラウンドではサッカー部初の対外試合が行われている。
4人だった部員が3年生の引退で2人になり、そこに他の部からの助っ人が加わって7人。
お隣の戸山中からの刺客が3人。
さらにそこの男子サッカー部の女子マネージャー2人を無理矢理引きずりこんで、
ようやく合同チーム、トヤマ・トップチーム(TTT)ができあがった。
対するメグロ・グローリーはかつて都で2位になったことのある名門・白金女学院を中心としたチーム。
新進対古豪の熱戦が期待された。
……が、始まってみれば、お互い密集してボールを奪い前線に放りこむだけの泥試合であった。
両チームともユニフォームがなく、黄色とオレンジのビブスで色分けしてある。
まるで体育の授業で行われる素人サッカーのようだ。
だが貧相な見た目を補うかのように、どの選手も大声を出し、一生懸命にボールを追いかけている。
「がんばってるなあ、リサリン」
木陰のベンチに腰掛けられた姫殿下が笑顔でおっしゃった。
フィールド上では守備的MFの新美さんが相手のFWを後ろから倒してファールを取られていた。
「平沢もがんばってるね。このまま完封できるんじゃない?」
下川さんがそう言った途端、早いリスタートからのいいパスががディフェンスラインの裏に転がった。
「平沢、行ったぞ!」
「出ろ!」
「そこでスライディングですよ……」
美術部員たちが檄を飛ばす。
GKの平沢さんは相手FWのトラップがやや大きくなったのを見逃さず、果敢に飛びこんでボールを奪った。
味方ベンチと美術部員から拍手が起こる。
かわいそうに平沢さんはお兄さんのお下がりのグローブを持っていると話してしまったために
サッカー部に拉致されてGKのポジションを与えられてしまったのだった。
フィールドで一番背が低いのにウェアだけ本格的なその姿をおれはベンチの後ろに立ったまま生暖かく見守っていた。
確かに「時代」だと加藤に悲壮感がない……
修正しておきました。ありがとうございます。
藤村×地獄坂エンドは?
んー、 終わった?
 ̄ ̄ ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∧_∧
( ・д⊂ヽ゛
/ _ノ⌒⌒ヽ.
( ̄⊂人 //⌒ ノ
⊂ニニニニニニニニニニニニニ⊃
第1体育館の方から獄門島さんが走ってきた。
「藤村さん、こっちはどうですか?」
「0対0です。バスケ部の方はどんな感じですか?」
今日はバスケ部も新チーム誕生後初の練習試合だ。
「今ハーフタイムなんですけど、ちょっと足が止まってきました」
そう言って獄門島さんは首から提げたタオルで顔の汗を拭った。
ベンチで見ている獄門島さんがこの汗なのだから、初めての試合に臨んだ部員たちは疲れ切っていることだろう。
「ところで藤村さん、この後道場に行こうと思ってるんですけど、藤村さんはどうされますか?」
獄門島さんは護衛隊の道場に出向いて逮捕術の指導を受けているのだった。
はじめは放っておいていたのだが、隊員と訓練生たちに藤村式体術のすばらしさを吹聴して回り、
そのためにおれもさぼりがちだった道場に引っ張り出されるようになってしまった。
「私も出ます。この前言ったように柔軟体操をしっかりやっておいてください。
他の人たちが終わっていても必ず自分のペースを守って最後までやること。いいですね?」
おれがそう言うと獄門島さんは一礼して体育館の方に走って戻っていった。
(今日もまたどつきまわされるのか……参ったな……)
昨日先輩に思い切り蹴られた右脇腹をさすりながらため息をついていると、下川さんが振り返った。
「あなた、まだ藤村式ナントカ続けてるの?」
おれは憐れっぽい顔を浮かべて答えた。
「もう大変なんですよ。ぼろが出ないように練習しないといけませんから。おかげで寝覚めもすっきりして、食べ物もおいしく感じるようになり……」
「いいことずくめじゃん」
そう言って下川さんは笑った。
「藤村、今度道場を見学に行くからな」
と媛殿下も振り返っておっしゃった。
「はい、お待ちしております」
おれはそう言って頭を下げた。
「お姉様!」
そこへゴール裏にいらっしゃったカコ様と、安藤さん・キキさんのはぐれ悪魔生徒コンビがこちらに駈けておいでになった。
トルメキアの話はどこにいけば見れるのだろう?
「お姉様、見て。今のシーンがとてもきれいに撮れたわ」
カコ様が差し出されるデジカメの画面を媛殿下が覗きこまれる。
「おお、本当だ。迫力のある写真だ」
媛殿下がそう評されるとカコ様は鼻息をふはっと吹かれた。
おれはその後ろでにこにこしている安藤さんに声をかけた。
「安藤さん、読みましたよ、この間の朝旗新聞の記事」
安藤さんがおれの方を振り向いた。
「どうだった?」
「とても好意的に取り上げられていたと思います。デンマークのスポーツ事情もよくわかりましたし」
「そうね、いい記事だったわね」
そう言って安藤さんはふふふと笑った。
次のサッカー冬季大会に2校以上にまたがる合同チームの参加が認められたのは、
今や媛殿下の参謀となった安藤さんの活躍に負う部分が大きい。
競技団体にせっせと意見書を送り、マスコミを使って世論にも訴えかけようとしている。
デンマークのスポーツ相から応援メッセージをもらったのも北欧好きな朝旗新聞の読者層にアピールするためだったという。
「次は野球と陸上を狙っているところ。どちらも来年の北京オリンピックに向けて話題が欲しいところだから。
特に陸上は楽しいわよ。投擲系の人たちとトラックの人たちが仲たがいして内紛状態ククク…」
安藤さんは愉快そうに笑った。
(むう、反省の色なし……)
安藤さんは美術部員たちにラムネを配っておられるカコ様のお肩をぽんぽんと叩いて言った。
「カコちゃん、今度は応援している戸山中サッカー部の男子を撮影しましょ。
こういう写真はある筋の人たちにものすごく訴えかけるものがあるから」
「あの……ある筋って?」
おれは念のため尋ねてみた。
「男女同権論者とかよ。藤村さん、変な想像したでしょ?」
「しーましェーン!!」
とおれは棒読みで謝っておいた。
「では行きましょうか、安藤大魔王」
とカコ様がおっしゃった。
「行きましょう、メディア王。キキ運輸大臣も早く」
と言って安藤さんは走り出した。
カコ様と三脚を抱えたキキさんがそれに続いた。
「カコが自分の能力を生かせる場所を見つけられてよかった」その光景をご覧になっていた媛殿下が満足げに頷かれた。
「その場所にカコ様を配置なさったのは姫殿下のご英断でございました」
そういっておれはフィールドを眺めた。ちょうど前半終了のホイッスルが鳴ったところだった。
姫殿下と美術部員たちはサッカー部のベンチの方に走って行った。
前半走りまわった部員たちは案の定グロッキー気味だった。
後半に向けてのミーティングが行われているが、誰も頭に入っていないようだ。
ミーティングが終わると、新美さんと平沢さんが美術部員たちのところへやってきた。
「サッカー最高!」
新美さんが叫んだ。美術部員たちが笑った。
「平沢は?」
「私ですか? そうですねえ……ポジション以外は最高です。天気もいいし……」
姫殿下は汗だくでしゃべっている2人を優しい笑顔で見守っておられた。
「あと、ディフェンダーのファールが多いのはちょっと……」
「いや、あれはしょうがないって」
「しょうがなくありません。出足が遅いんですよ」
ピッチの方へ歩きながら2人は言い合いをしていた。
ところがタッチラインをまたぎ越したところでその新美さんが振り返って言った。
「マコリン!」
お名前を呼ばれた姫殿下はベンチから立ちあがられた。
「わたしが今ピッチに立てるのもみんなマコリンのおかげ!
今ピッチに立つ22人とベンチの選手全員はマコリンに深く感謝してます。マコリン、本当にありがとう!」
フィールド中が拍手の音に包まれた。
「そんな……わたしは何も……」
姫殿下は照れておいでだった。
選手たちは口々に思いを述べた。
「試合できて嬉しいです!」
「芝の上を走るのは最高です」
「合同チームが参加できるようにしてくれてありがとう」
「私たちに大きな夢をくれたことを感謝します」
姫殿下はそれを聞いておられるうちに白玉のごとき涙を落とされた。
おれは慌ててハンケチを出して姫殿下にお貸しした。
姫殿下はそのハンケチを握り締めて泣き崩れられた。
おれは思わず肩をお貸しした。
「藤村、こんなにたくさんの人がわたしに感謝してくれている……」
「はい、姫殿下は彼女たちの夢を作られたのです。さあ、胸をお張りください。
後半に向かう選手たちにお言葉をおかけになってはいかがでしょう」
「そうだな」
姫殿下はハンケチで涙を拭いながら選手たちの方に向かってお立ちになった。
「皆様、ありがとうございます。皆様はわたしにも夢を共有させてくださいました。
これからも皆様と夢を共有していきたいと思っています。
それがともに生きることの意味だからです。
後半も楽しくプレーができるよう祈っております」
姫殿下が一礼された。
選手たちは拍手をした後、ピッチに散っていった。
姫殿下はベンチに腰をおかけになって睫に残る涙の白露を落としておられた。
「藤村」姫殿下が振り返っておっしゃった。「そなたの夢は何だ?」
恥ずかしかったが申し上げることにした。
「はい、私はずっと夢のない人生を送ってきました。ですが姫殿下とお会いして夢ができました。
私の夢はこれからもずっと姫殿下をお守りすることでございます」
「そうか」姫殿下はそっけなくおっしゃった。「そなたはわたしの護衛だ。これからもずっとだぞ」
「ありがとうございます」おれは頭を下げた。
後半の開始を告げるホイッスルが鳴り響き、フィールド上の選手たちが躍動し始めていた。
おわり
第2部「姫殿下バトンリレー」に続く
乙。面白かったYO !
乙!!!!
乙した!
何、まだ続ける気なの?
いいかげんやめてほしいんだけど。ウザ・・・。
毎回、とても楽しく読ませて頂きました。お疲れ様でした!
最後の2話ぐらい少々消化不良気味
ちょっと残念だった。ヽ(`Д´)ノ
オチガついてるようなついてないような・・・次に期待。。
スレタイに即した内容がウザいなら、とっとと去るべきだ
もしくは君が書くか
/´ 〃三=、 \三二 ヽ
/ l| \\ 、、`Y 二ミ ヽ そなたは
./ i|  ̄``ヽ、 \ヽ }} jj ! ー ヽ ', わたしの
l / |l|、二._ \ヽl j〃ノ 二ミ、ハ 護衛だ。
| i i|i i i|三二= 二.__ヽY∠ 彡 Z彡ハ^ヽ これからも
| l 川 { l l_l」=ニ三二ン´_,Y⌒ヾ三乙 ,彡jヾ l '、 ずっとだぞ
ヽヽ\ >'´ _, 川 〈 j. |l || ト三Z 彡/ l l | !
`┴ヘ yぐ゙ {lリ Y ノj || ト三 彡/ l l | |
} ヾ〉 ヽ! T´(l || ドミ,/シ′ | l | |
/ 川 l|`Y夭 | l | |!
`ヽ , | | l| ! ) | | | l|
`';=‐ / ||l| l 川|l|!
`、 ,ィ' | | l|__」..-─-、lj | l|l|
ー ´ l __,」 l l| ヽ||| l|
/´ / / リ Vl|l|
( '∀`) ,∠二二./ / 〃 Vl|!
ノ へへ ,∠二二二./ / / Vl_」
ありがとうございます
まぁ、退官して獄門島さんと道場はじめるんですけどね
そして、何故かロシアで藤村式体術が大人気
北方領土問題で眞子様を狙うロシアの謎のサンボマスター暗殺者に
毒男藤村が今なり行きで立ち向か
わない
遅ればせながら乙です。
1(第1週 木曜日)
深呼吸して手を水の中にずぶりと突き入れると、冷たさで皮膚がびりびり痺れた。
金盥の底に沈む砥石を取り上げ、水も切らずに流しの側にある机に乗せる。
椅子に腰かけ、姫殿下ご愛用の版木刀を一度押し戴いてから砥石の面にあてがう。
「はい、そのままの角度で力を入れて……」
横に座った平沢さんの指示通りにゆっくりと砥いでいく。
すでに指の先は冷たい水で真っ赤になり、感覚がなくなってきている。
全身がぶるんと震えそうになるのをこらえながら刃を前後に動かす。
「う〜、暖かい……極楽……」
弁当を食い終わった下川さんが机に突っ伏したまま呟いた。
彼女と三鷹さん、キャノンさんは部屋の中央に置かれた灯油ストーブを囲んで座っている。
11月に入って急に寒くなってきたので、隣の美術準備室から引っ張り出して来たものだ。
3人はしばらくボーっとしていたが、やがてそれぞれの作品製作に取りかかった。
だがそれも長くは続かず、皆手を止めて頬杖を突いた。
「マコちゃんと松川、遅いね……」
三鷹さんが物憂げな声で言った。
「やっぱり文化祭の件ですかね……」
キャノンさんがいつもの不機嫌そうな声で言った。
「文化祭の件」とはこの間の文化祭で美術部が出した大赤字のことだ。
美術部の今年のテーマはG習院中等科マスコットキャラ「華族ちゃん」だった。
もちろん公式なものではなく、彼女たちが勝手にぶち上げたものだ。
その目玉として来場者全員に「華族ちゃんステッカー」を無料配布した。
最初の見積もりでは予算内に収まっていたのだが、
下川さんが「スノボに貼りたい」と言い出し、急遽塩ビコーティングをすることになった。
それがいけなかった。
納期の都合上、委員会の承認を待たずに発注し、余裕で大赤字をこいてしまったのである。
現在出席されている会議ではこのことが中心議題のひとつとされることになっている。
生徒会長・姫殿下と美術部部長・松川さんはそちらに出席されているのだ。
「まあ、でもこれを乗り切るが部長の仕事よね」
と前部長の下川さんが他人事のように言った。
/|:: ┌──────┐ ::|
/. |:: |「姫殿下 .| ::|
|.... |:: | バトンリレー」.| ::|
|.... |:: | に続く .| ::|
|.... |:: └──────┘ ::|
\_| ┌────┐ .| ∧∧
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ( _)
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄旦 ̄(_, )
/ \ `
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|、_)
 ̄| ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄| ̄
| .( ( | |\
| ) ) ) | | .|
|________(__| .\|
/― ∧ ∧ ――-\≒
/ ( ) \
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∧∧
( ・ω・)
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/ └-(____/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
<⌒/ヽ-、___
/<_/____/
糞スレ終了
前々から思ってたんだけど、ローマの休日?
版木刀の仕上げ砥を平沢さんに任せ、丸刀の砥を始めた頃、松川さんが美術室に戻って来た。
彼女は書類の入ったクリアファイルを机の上に投げ出すと、ため息を吐きながらストーブを囲む輪に加わった。
「参った……安藤さんにめちゃめちゃ怒られた。文化祭のことだけじゃなくて活動計画書とかもボロクソ……」
先の選挙で姫殿下に敗れた安藤さんはいまや姫殿下の腹心となって生徒会を切り盛りしているのだった。
「安藤さん、厳しいからねえ」
三鷹さんが肩をすくめた。
「あの、姫殿下はいつ戻られるのですか?」
おれは手を止めて松川さんに尋ねた。
「うーん、何人かに引き留められてたから、まだしばらくかかると思う」
松川さんが頭を抱えたまま言った。
(姫殿下も大変だなあ……)
姫殿下は会議好きの安藤さんに付き合わされる形で生徒会の会議に参加され、
美術部では連作版画を作成中、さらに週1回陸上部で汗を流されている。
校内でもっとも多忙な生徒のひとりであらせられるのだ。
もっとも護衛のおれにとってみれば、その間姫殿下のお側にいられるのだから喜ばしいことこの上ない。
おれは一度かじかむ指を曲げ伸ばしして、再び版画刀を砥ぐ作業にかかった。
姫殿下が美術室にお戻りになったのはおれと平沢さんがあらかた版画刀を砥ぎ終わった後だった。
「ただいま帰りました」
勢いよくドアを開けて入って来られた姫殿下が元気にお声を発せられた。
「お帰り〜」「お疲れ」
美術部員たちが眠たげな声を上げた。
「あ、みずほちゃんに藤村、砥いでおいてくれたのか。どうもありがとう」
おれの側に歩み寄られた姫殿下は、息を切らせておいでだった。
「姫殿下、駈けておいでになったのですか?」
そうお尋ねすると姫殿下は大きく頷かれて、手にされた書類の束から一枚の紙を取り出された。
「陸上部オープン選考会のお知らせ」
姫殿下の差し出された紙にはそう書かれてあった。
「これは……?」
「うん、今度の冬季大会に出るメンバーを陸上部が公募しているんだ」
姫殿下はこみ上げてくる笑いをこらえながらおっしゃった。「わたしも出る!」
そのお言葉に美術部員たちが色めき立った。
「すごい! 本当に?」
「マコちゃん足速いもんね」
「リレーの選手ですからね……」
確かに姫殿下は体育祭のリレーの選手であられた。
ご自身の脚力に自身をお持ちになるのは当然である。
鈍足のおれにとって「リレーの選手」という称号は夢のまた夢。
当然ながら技術的指導など行えるはずもない。
(残念ながら今回は姫殿下のお役に立てないな……)
とおれが背中を煤けさせていると松川さんがビックリドッキリ情報を漏らした。
「そういえばルナ先生が陸上部の練習見てるらしいわね。
あの人、大学の陸上部に入ってるから……」
(ルナ先生!?)
おれはやおら姫殿下に耳打ちし申し上げた。
「姫殿下、ルナ先生とはどなたですか?」
「教育実習生の先生だ。教科は英語で……」
「すごくかわいい人よね!」
下川さんが姫殿下のお言葉を遮るように言った。
「詳しく!」
おれは思わず立ち上がって叫んだ。
それを聞いた美術部員たちが笑った。
「確かにカワイイ系ですね」
「あのボーイッシュな感じがいいわよね」
「最後の清純派といった風情です……」
「優しくてすごくいい先生だぞ」
姫殿下のお言葉におれは深く頷いた。
「そうでしょう、そうでしょう。名前を聞いたときにそうだと思いました」
おれはモヤモヤ〜ンと未来予想図を頭の中に描いてみた。
おれ全力疾走
↓
遅い
↓
個人指導
↓
個人指導(いけないほう)
↓
「ほっ本当にこんなことしていいの〜っ」
(以下略)
「姫殿下! 私も走ります!」
「えーっ!?」
おれの積極的な意見表明に姫殿下は驚きのお声を上げられた。
「いや、別にそなたは走らなくとも……」
「いえ、走ります!」
「む、そうか……」姫殿下は困惑の表情を浮かべられた。「まあ、そこまで言うのなら……」
「じゃあ、マコちゃんと藤村さんが美術部代表として出走ということで」
松川さんが言うと美術部員たちの間からぱらぱらと拍手が起こった。
放課後のグラウンドはただならぬ緊張感に満ちていた。
「陸上部オープン選考会・受付」という看板の掲げられた机の前に生徒たちが並んでいる。
おれは姫殿下と共に列の中に加わっていた。
姫殿下は辺りを見回されてから、そっとおれに囁かれた。「藤村、本当に走るのか?」
「はい」おれは即答し申し上げた。「実はこれには理由がございまして……」
「理由? どんな理由だ?」
姫殿下のお尋ねに、おれは昨晩思いついた言い訳を申し上げることにした。
「短距離走で隣のレーンに速い選手がいるとそれに引っ張られて好記録が出ることがございます。
今回、私が姫殿下の牽引役となり姫殿下の勝利を確実なものにいたします」
「何と! そのような作戦だったとは」
姫殿下は驚きの声を上げられた。
「私を追いかけるつもりでお駈けになれば自己ベストはおろか代表入りも間違いないかと……」
「むむむ、さすが藤村。こうした策略にかけては天下一品だな」
「恐れ入ります」
お褒めの言葉におれは頭を下げた。
「実は私、大の陸上好きでございまして世界陸上なども毎回全種目テレビ観戦しております」
「なるほど、どうりで陸上競技に造詣が深いわけだ」
姫殿下は感心しきりであられた。
実は世界陸上を全部見るというのは元廃人のおれにとっては容易なこと。
目当てはもちろん織田裕二ウォッチ&TBS公式掲示板に縦読みカキコである。
ようやくそんな無駄な努力が実を結ぶ日が来たようだ。
「受付ではあくまでも護衛目的であることを強調してください」
「うん、わかった」
姫殿下はおれのご献策にすっかり満足されたご様子だった。
姫殿下が受付をされる番になった。
「1年A組マコ、短距離志望です。それからこれが護衛の藤村で……」
おれはルナ先生を求めて辺りを見回した。
(まだ来ていないようだな……)
「……いえ、ですから本人がどうしてもと……はい、わたしの1つ外側のレーンで」
受付の生徒は戸惑っていたが、最終的にはおれの名を名簿に書き入れた。
受付を済ませた生徒たちは芝生の上でウォーミングアップを開始している。
姫殿下とおれがそちらに向かいかけたとき、聞き覚えのある声がした。
「マコちゃん、藤村さん」
振り返ると美術部員たちが立っていた。
「応援しに来たわよ」
「旗も作ってきたんだ。ほら」
全員の手に姫殿下のお名前が書かれた小旗があった。
「皆ありがとう」
姫殿下のご機嫌が麗しいので、おれの応援グッズがないことには目をつぶることにした。
グラウンドには続々と生徒たちが集まってきていた。
その中からいつもの3人組が連れ立ってやって来た。
獄門島さん・八つ墓村さん・病院坂さんの元部長トリオだ
「あれ、藤村さん、応援ですか?」
獄門島さんの問いにおれはこれまでのいきさつを話した。
「はあ、なるほど……護衛ですか。うちからもポイント・ガードの子が出ますんでよろしく」
「バレー部も一番速いのを出します」
「ソフトボール部も」
オープン参加ということでどこの部も代表選手を出しているようだ。
おれが彼女たちから有力な選手たちの情報を聞いていると、1人の生徒が話に割りこんできた。
「何してるんすか? 作戦会議?」
見ると、姫殿下の同級生・新美さんだった。
新美さんは以前のマゲ状の髪型ではなく、ショートカットになっていた。
なぜか髪の毛がべたべたごわごわで、三日くらい洗っていないように見えた。
「どうしたんですか、その髪……? あれ? その髪型、どこかで見たような……」
おれがそう言うと、新美さんは前髪をいじりながら笑った。
「これはNEVADAちゃんのまねで〜す」
「あ、本当だ! NEVADAと同じだ!」
NEVADAとは先月衝撃的なデビューを果たした経歴不詳、弱冠15歳の美少女アーティストである。
独特の陰鬱な歌詞やメロディーが同世代の若者から熱狂的な支持を受けている。
1stアルバム『NEVERDIE』の売上は発売1ヶ月で早くも100万枚に達する勢いだ。
「"Smells Like Teen Blood"のPVがすごくカワイイのよね」
「私はアルバム7曲目の"Territorial Cutting"が好きです」
「あ、藤村さん、アルバム持ってるんだ。うざったてー」
「うざったてー」
おれと新美さんはファンだけにわかるスラングで笑いあった。
「藤村さん、随分楽しそうね」
獄門島さんが、よくわからない、という顔をして言った。
「リサリン!」姫殿下がおれの背後からぴょこんと飛び出された。
「調子はどう?」
「はっきり言って負ける気がしない。周り見ても大して速そうな人はいないし」
新美さんのこの不用意な発言で周囲の生徒たちから人特有の湿った視線が浴びせられた。
おれは、大した奴等じゃない、無視だ、と考えながら言った。
「ところで(むちむちぷりぷりの)ルナ先生はどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「え? ルナ先生なら……」
姫殿下のお言葉を遮って笛の音が鳴り響いた。
「選考会に出場される方はグラウンド中央にお集まりください」
クリップボードを持った生徒が触れて回っていた。
「では私は端の方でお待ちしておりますので……」
「藤村も出走するのだから来た方がいいぞ」
そうおっしゃって姫殿下は嫌がるおれの腕を引っ張られた。
何故だろう
育つ雑草が頭に浮かんだ…
ゴミスレ終了
黙れ
セーフモードで起動
誤爆スマソ。
眞子さまのことを想うならこんなゴミスレは終了するべきだ。
=== 終了 ===
そう思うならお前がここに来なければいいだけの話。
と、マジレスしてみるテスト。
こないだからいろんなスレで同じようなのが涌いてるけど全部同一人物なのかな?
暇があるってうらやますぃ。
貧乏暇なしっと。
あ、左右さんいつも乙です。一読者としていつも楽しみにしてるのでがんがってくださいね。
アンチに負けたら許さんぞ左右
俺のことはどうでもいいんだよ。
眞子さまの為だ。
榛名先生はおれが名刺を渡すとしげしげとそれを見つめた。
G習院大学の学生だけあって特に護衛隊という肩書きを珍しがることはなかった。
ただおれの服装を見て
「その格好で走られるのですか?」
と聞いてきただけだった。
おれは、これがユニフォームだから、と答えた。
足元はアディダスのGSG9タクティカル・ローカットを履いているので普通の革靴より走りやすくなっている。
「教育実習は普通夏前にやるものなんですが、大学の陸上部の方で遠征しておりまして、
それで無理を言ってこの時期にこちらでお世話になっているわけです」
榛名先生はそう言って恥ずかしそうに頭を掻いた。
どうやら本格的に体育会系の人のようである。
新美さんと姫殿下はスタートの姿勢について榛名先生に質問しておられた。
そこへデジカメを持ったカコ様がぴゅーっと駈けて来られた。
「お姉様、応援に……」カコ様はそこで突然立ち止まられて、大きなお声で叫ばれた。
「見上げ入道見越したッ!」
それからばったりとお体を地に投げ出された。
そこにいた全員があっけにとられていた。
事情を察したおれはすばやくカコ様のお側に駈け寄り耳打ちし申し上げた。
「カコ様、あれは妖怪見上げ入道ではございません。教育実習生の榛名先生です」
「あら、本当? わたしてっきり妖怪見上げ入道かと……」
「何なんですか、いったい?」
榛名先生が上ずった声で言った。
「ちょっとしたおまじないです。妖怪見上げ入道に出会ったときの」
お召し物についた草を払いながらカコ様がおっしゃった。
>アディダスのGSG9タクティカル・ローカット
ワラタ
第1レースでは陸上部員が余裕を持って1着を取っていた。
姫殿下とおれは100mの第2組に出ることになった。
姫殿下はすでにブルマ姿の臨戦体勢。
一方のおれは護衛隊員にウォーミングアップなど不要! と余裕を見せつけていた。
(まあいくら何でも女子中学生に負けることはあるまい……)
第1組全員のタイムが読み上げられ、第2組の走者がコースに出る番になった。
「よし、行くぞ!」
姫殿下がご自分の頬をぱちんとひとつ打たれてトラックに足を踏み入れられた。
姫殿下は第1レーンを走られる。
「ここで皆さんにお知らせがあります」スターターの横に立った陸上部員が声を張り上げた。
「第2レーンは特別参加、護衛隊の藤村さんが走られます」
「デカカァァァァァいッ説明不要!! 藤村です」
言葉の最後の方は歌丸師匠風に決めてみたが、他の走者たちには完全に無視された。
おれは気を取りなおし、スタート位置についた。
外側のレーンを眺めてみると、第4・6レーンに陸上用のスパイクを履いた選手がいる。
クラウチングの姿勢などなかなか本格的で、素人のおれから見てもその実力のほどが窺える。
おれはひとつ深呼吸してから手を突いた。
「位置について! 用意!」
パン!
おれは勢いよく飛び出した。
(あれっ?)
最初の10mほどですでに第4レーンの選手に先行されている。
おれは体育の授業でやったことを思い出し、脚を高く上げ、地面を強く蹴リ続けた。
だが先頭との距離は縮まらない。
(やばい……)
ガイドライン?
(姫殿下、姫殿下は……?)
おれは顔を第1レーンの方に向けた。
(あれれっ?)
姫殿下はおれの真横を走っておられた。
(うそ……ぼく、負けてしまうん?)
病気の子供のようなことを考えながらゴールに飛びこむ。
「1着、第4レーン有藤さん、13秒10。2着、第2レーン藤村さん、13秒33.
3着、第1レーンマコさん、13秒38。4着……」
記録係が着順とタイムを読み上げる。
姫殿下が飛び上がって喜んでおられるのが見えた。
「やった! 自己ベスト!」
おれは膝に手を突き、呼吸を整えながらこの結果について考えていた。
(要人より足が遅い護衛……飛べないブタより価値がない!)
今後の身の振り方を真剣に案じていると、姫殿下がニコニコ顔で歩いて来られた。
「藤村、そなたの言うとおりにしたら本当に記録が……どうした、泣いているのか?」
姫殿下はおれの顔を覗きこまれ、そっと囁かれた。
「せっかく2位になったのにそんな残念そうな顔をしていたら、負けた人に悪いぞ」
「申し訳ございません……」
おれはがっくりと肩を落とした。
美術部員たちのところまで歩いて行く途中でも姫殿下はいつもより饒舌であられた。
「200mもこの調子で頼むぞ。今のように競り合った方がタイムが伸びるかもしれないな」
次のレースは本気で勝ちに行かなくてはならないようだ。
美術部員たちは芝生の上に固まって座っていた。
「藤村さん、もっと腕を振らないと」
「藤村さん、もっとスタートがんばらないと」
「ていうかさ、足が遅い。基本的に」
「まあ苦しいながらもタイム的にはうまくまとめたという感じですね……」
「はあ、そうですか……」
彼女たちのアドバイスもまったく耳に入らなかった。
タイム考証にちょいと疑問有
200mも先ほどの100mと同じ組み合わせで争われる。
おれは真っ先に自分のレーンに入り、精神統一を図った。
200mの場合、スタートしてしばらくは曲線のコースを走ることになる。
徒競走専門(好き好んでなったわけではないが)だったおれにははじめてのスタート位置である。
おれは蹲踞の姿勢で合図を待った。
まっすぐ前を見据えたときに自分の目的地が視界に入ってこないというのはなかなか不安なものだ。
コースの感触を確かめられた姫殿下がゆっくりとスタート地点に戻っておいでになるのが見えた。
フィールドに立つスタート係がゴールの方とジェスチャーで何かやり取りしている。
「それでは第2組の競技を始めます。位置について!」
選手たちが自分の間合いでクラウチングの姿勢に入る。
おれはゆったりと脚の位置を定めた。
姫殿下はおれの後方でいつでも飛び出せる格好だ。
「用意!」
パン!
フライング覚悟で合わせたのが幸いして、いきなり1足分くらいのリードを奪った。
不思議なもので端から見ていると順位がわかりづらい曲線コースでも、走っていると自分の位置がはっきりわかる。
おれはコーナー中盤でさらに2位との距離を広げた。
(いける! そうだ、昔から距離が長い方が得意だったもんな)
勝利を確信したおれはちらりと内側のレーンに目をやった。
姫殿下はおれのほぼ真横を走っておられた。
(さすが姫殿下、このスピードについてこられるとは。
あれ? おかしいぞ。コーナーでこの位置ということは……)
直線への入りでおれの視界に姫殿下のお姿が入ってきた。
(ひ、姫殿下がおれの前におられる!)
速過ぎ? 遅すぎ?
女子で13秒切ると高校の県大会に出られるよ(スパイク使用)
なんか語順がむちゃくちゃでないかい?
姫殿下がぐっと加速をつけられる。
おれは必死で追いかけたが逆に離されるばかり。
コーナーでついたスピードの差がここへ来てさらに広がっている。
その上、脚が思い通りに動かなくなってきた。
ゴール前で力尽きたおれは前のめりにばったりと倒れた。
「1着、第1レーンマコさん、28秒45。2着、第4レーン有藤さん……」
「はっはー! やったやった!」
姫殿下のご歓声が聞こえた。
「第2レーン藤村さんは失格となります」
「ははは、失格だって」
「記録を消そうとしたんじゃない? ほらよくあるでしょ、ハンマー投げとかで」
「いや、あれ勝ってないと意味ないですから」
美術部員たちが勝手な批評をしている。
おれはうつぶせのまま硬質ゴムと敗北の感触を体全体で確かめていた。
「あれ? 藤村さんが起き上がらない」
「ツェツェ蝿を媒介とする眠り病ですかね?」
「蹴伸び……」
「藤村、だいじょうぶか?」姫殿下が息を切らせながらおれを助け起こしてくださった。
「藤村の作戦のおかげで勝てたぞ」
「もったいないお言葉……」
おれはよろよろと立ち上がった。
「藤村さん、おつかれさま。はい、ナッツぎっしり確かな満足・ゴディバのマカデミアナッツ」
カコ様がおれの口にでかいチョコの塊を押しこんでくださった。
それは負け癖がついてしまいそうなほど甘く、柔らかだった。
全国大会の記録を参考にしていたのがいけなかったみたいです。
参考になりました。
どうもありがとうございます。
トラックでは1500mのレースが行われていたが、フィールドでは短距離の結果が発表されていた。
おれは姫殿下と並んで腰掛けながら、村田部長の話を聞いていた。
「皆さん、おつかれさまでした。
今回の選考に当たってはタイム及び技術面を考慮して評価しました」
姫殿下はお膝を抱えてじっと村田さんの言葉にお耳を傾けておいでだった。
姫殿下のタイムは100mが35人中8番、200mは3番だった。
1年生にしてはなかなかのご健闘ぶりだ。
「それでは発表します。
今から名前を呼ぶ12人はこの場に残ってください。
有藤さん、伊藤さん、中嶋さん、高木さん……」
1500mを走る新美さんが集団の中でもみ合いながらおれのすぐ横を通り過ぎて行った。
「……和田さん、マコさん、落合さん。以上です」
おれは姫殿下の方に目を遣った。
「……!」姫殿下はなぜかお指をぴんと伸ばしたまま固まっておられた。
「……やった」
「おめでとうございます」
「やった、やったぞ」
姫殿下は体育座りの姿勢のままごろりと横倒しに倒れられた。
生徒たちが解散すると、姫殿下は村田さんと榛名先生のところへ駈け寄られた。
「ありがとうございます! 一生懸命がんばります!」
そうおっしゃって深々とお辞儀をされる。
「榛名先生の推薦なのよ」
と村田さんが言った。
「うん、マコさんは200mのコーナーがとてもよかったんだ。
だから是非400mリレーのメンバーに入ってもらえないかと思って」
と榛名先生が頭を掻きながら言った。
「400mリレー……」
陸上の花形とも言われるその競技の名前をお聞きになった姫殿下のお顔がパアァッと明るくなった。
「ほら、400mリレーだと第1走者と第3走者はコーナーだけを走ることになるでしょ?
あれって結構難しいのよ。速い人でも意外にスピードに乗れなかったりするから。
そこをマコさんに走ってもらいたいの」
「ぼくも後輩たちから"中等科の400mリレーは伝統的に強い"と聞いています。
この学校の代表としてがんばってください」
村田さんと榛名先生の言葉に姫殿下はお顔を紅潮させてお答えになった。
「はい! がんばります!」
姫殿下のお言葉に榛名先生は満足そうに頷いた。
帰りのお車の中でも姫殿下は未だ興奮覚めやらずといったご様子だった。
お隣のカコ様がデジカメの液晶に映し出される画像を見ながらずっとお体を動かしておいでだった。
「ほら、ここ。ここでトップを走っているのがわかったんだ」
「本当だ。もう顔が笑ってるわね。藤村さんはサンショウウオみたいな顔してるけど」
おれがハンター試験の一次で落ちた奴みたいになっているのもばっちり写っていた。
「これ、安藤さんに頼んで生徒会のHPに載せてもらおうかしら」カコ様がおっしゃった。
「タイトルは"藤 村 必 死 だ な"」
「本当に必死ですのでご再考ください」
とおれは申し上げておいた。
「わたしも藤村みたいに必死で走ろう」
姫殿下が微笑みとともにおっしゃった。
藤村は面白いなぁヽ(´ー`)
藤村はきっと男とでもヤってくれるさ!
翌日、姫殿下が参加される初の練習が行われた。
朝も早いというのにグラウンドは活気に満ちていた。
それというのも毎週土曜日はそれぞれの部が他校と合同練習を行うことになっているのだ。
グラウンド入り口に立つおれの横では安藤さんとカコ様が打ち合わせをしておられた。
「陸上部の写真は戸山中が来てからでいいか……何? あのマッチ棒みたいなのは? 邪魔くさいわね」
安藤さんがとげとげしい口調で言った。
「あ、あれは妖怪見……じゃなくて教育実習生の榛名先生です。あとでレタッチして消しておきますね」
カコ様がにこやかにおっしゃった。
「おーい、藤村さーん」
フィールドの上から下川さんがおれの名を呼んだ。
おれが駈けて行くと、姫殿下と下川さん、それにリレーメンバーの4人が柔軟体操を行っておられた。
「藤村、皆が藤村の柔軟を見たいって」
と姫殿下がおっしゃった。
おれは芝生の上に腰を下ろして脚を180度の角度に開いてみせた。
「げー、すごい」
「げー、キモい」
双子のリー姉妹が声を揃えて言った。
この2人、リー・リーロンさんとリー・リーウォンさんはそれぞれ100m、200mの代表でもある。
「藤村さん、普段どんな運動してるんですか?」
1年生の落合さんが尋ねてきた。
この人は陸上部だが姫殿下と同じくリレーのみのエントリーである。
「毎日就寝前に2時間の股割りを行っております」
とおれは胸を張って答えた。
「それってどうなの? 社会人として」
と下川さんが言った。
他の選手がゴールに駈けこんでくるのを見て、長久手さんはぺろりと舌を出した。
「よし、もう一本!」
そう叫んでスタート地点へと戻って行く。
「じゃ今度は私が行ってきます」
有藤さんが歩きかけたが、すぐに立ち止まった。
今走った選手たちが誰もコースから出ようとしない。皆再びスタート地点へとまっすぐ帰っていく。
「あー、今ので火が着いちゃいましたね」
榛名先生が笑いながら言った。
リー姉妹が何事か激しく言い争いをしている。
落合さんはしきりに首を振り、姫殿下は御頭の後ろでお手を組んで考えこんでおられるご様子。
誰もが「こんなはずじゃない」と言いたげな顔をしていた。
結局メンバーを入れ替えながら50本近く走ったが、誰も長久手さんに追いつけなかった。
そのあまりの快走ぶりに最後の方はフィールドで練習している他の部の生徒たちも集まって観戦していた。
休憩時間に戻って来られた姫殿下はご気色極めて悪しといったお顔だった。
一言も口をお聞きにならず、タオルを被っておれの隣に腰かけられた。
他の選手たちも黙りこくってばらばらに座っている。
リー姉妹の諍う声だけが空しく辺りに響く。
(う……初日から雰囲気最悪)
「リレーの方でがんばりましょう」というアドバイスさえもためらわれる、どす汚れた敗北感が漂っていた。
(でも怒ったお顔もかわいらしい……
やっぱり負けて悔しいのは当たり前だよな。
もし姫殿下が負けてもにこにこしておられるようなお方だったら、逆にいやだ)
そんなことを考えていると、かしましい話し声とともに戸山中の4人がやって来た。
有藤で気がついた。それでリー姉妹かw
それは書く方も気付く方もオヤヂなラインバック
「あれ?」先頭を歩く長久手さんがおれと榛名先生に目を留めた。
「……新しい先生ですか?」
「どうも、教育実習生の榛名です。すばらしい走りでしたね」
彼がそう言うと戸山中の4人はぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。護衛隊の藤村と申します」
そう言っておれはお辞儀をした。
「ゴエイタイ? 護衛隊……あーっ!」長久手さんが座っておられる姫殿下を恐れ多くも指差した。
「マコ様だ! テレビで観た! えー、すごーい! 屋島部長、マコ様ですよ」
「ホンマか?」
垂れ目の生徒が驚いているのかどうかよくわからない顔で言った。
「見て、乃江ちゃん。マコ様だって」
「…………」
残り2人の生徒が囁きあっている。
これだけの無礼な行いにも姫殿下は落ち着いた応対をされた。
「はじめまして、マコです」
姫殿下が立ち上がり自己紹介をされる。
「長久手コマキです。はじめまして。100mに出るんですか?」
「いえ、4×100mリレーに出ます」
「リレー?」そう言って長久手さんが目を輝かせた。
「リレー! 走りましょう! リレー!」
「はあ……」
姫殿下はこのテンションの高さに付いて行けずに戸惑っておられる。
そのときカコ様がお声を上げられた。
「わたしもわたしも走る走る!」
そらそうよ、で飯吹いたじゃないかw
「行くぞ、リーウォン!」
「おう、姉さん!」
リー姉妹のジェミニアタックが発動した。
カコ様も競り合いに行かれた。
姫殿下は身構えておられた。
おれはこぼれ球を拾う感覚で割って入っていった。
「まあまあまあ、皆さん少し落ち着いて」おれは場を収めるためにスポーツマン的提案をした。
「勝負は喧嘩じゃなくてトラックの上で……」
「うるせー馬鹿」
「何か(考えが)浅いな」
両陣営から罵声が飛んだ。
そこへ獄門島さんを先頭に八つ墓村さん、病院坂さん、下川さんの4人がやって来た。
「何だ何だ? 喧嘩か?」
この4人は野球サークル「魔球倶楽部」を立ち上げ、公認団体化を目指し日夜キャッチボールをしているのだった。
「あ、さっきの速い奴がいる」
「戸山中4人だろ? 殺っちゃおう。証拠も残らず消せる」
「くっくっくっ……いくらなんでも一度に5人じゃ胃がパンクだよ」
と下川さんが言った。
(? 5人? ……ひょっとしておれも入っているのか?)
「待ってください!」いつのまにか姫殿下がおれの横に立たれていた。
「長久手さん、リレーをしましょう。リレーなら負けませんから」
「そうね、そうしましょう。私たちが勝つと思うけど……」
そう言って長久手さんと戸山中リレーチームは立ち去った。
「絶対勝つ!」
リー姉さん(多分)が言った。
「いいえ、わたしたち"カコさまぁ〜ず"が勝ちます! ねえ、藤村さん?」
「はあ……」
カコ様のお尋ねにおれはあいまいな笑顔を浮かべた。
「安藤さん!」カコ様が鬼気迫る勢いで叫ばれた。
「メンバーが1人足りないから入ってくださらない?」
「いや、私スポーツははちょっと……」
安藤さんが恥ずかしそうに言った。
「じゃあキキさんは?」
「私はデブだからちょっと……」
そう言ってキキさんはぷよぷよと首を振った。
「では中距離の方から新美メンバーを引っ張ってきましょう」
とおれはご献策した。
姫殿下は早くもお体を動かし始めておいでだった。
トラックの中に5チーム、20人の全出走者が入った。
第1走者のところでは第1・第2レーンでカコ様対姫殿下という夢の対決が実現した。
さらに戸山中の何を言っているのかほとんど聞き取れない白村乃絵さんが第3レーン、
中等科四天王チームの下川さんが第4レーン、サッカー部選抜が第5レーンを走る。
おれはカコさまぁ〜ず第3走者を任されていた。
スタートの合図とともに飛び出したのは姫殿下だった。
だがすぐに下川さんが追いつき、そのまま八つ墓村さんにバトンを渡す。
必死に食い下がられたカコ様は新美さんにリレー。
その新美さんは腕を横に振るサッカー部走りでいま一つスピードが上がらない。
戸山中の第2走者・一の谷ヒヨリさんに抜かされて4位に後退した。
新美さんからバトンを渡されたおれは必死で走るが隣のレーンのリーウォンさんに先行されたままだ。
(ルナ先生、後は任せた!)
我らがチームのバトンはスムーズにリレーされ、全てのアンカーが横一線に……
なったと思ったら、あっという間に長久手さんに追い抜かれ、引き離された。
長久手さんは例のごとく辺りを見渡して、舌を出した。
獄門島さんがバトンを地面に叩きつけた。
有藤さんは頭を掻いている。
リー姉妹は責任を擦り付け合い、カコ様はヘビメタのドラムスみたいな地団駄を踏んでおられた。
「藤村」姫殿下がお顔を真っ赤っ赤にして歩み寄っておいでになった。「何なのだ、あの人の態度は?
他の人たちを馬鹿にしているのではないか?」
姫殿下も長久手さんにむかついておられるようだった。
「悪気があってやっているのではないと思いますが……」
「そうか……それなら仕方ないが…………でもなあ……」
姫殿下はお首をかしげながら歩いて行かれた。
次のレースはやはり長久手さんに敵意を抱いたソフトボール部と
陸上部中・長距離チームが加わって、7チームで争われることになった。
姫殿下は第3走者にコンバートされた。
カコさまぁ〜ずも順番を入れ替え、おれと榛名先生が先に走ってリードを奪う作戦に出た。
頭に血が上った獄門島さんもアンカーを下ろされ、第1走者となった。
レース序盤は我らがチームと四天王チームがまずリードした。
どのチームもミスなくリレーしてアンカーまで繋ぐ。
ところがここでアクシデントが起こった。
アンカー・有藤さんにバトンを渡された姫殿下が勢い余って外側の第3レーンに踏み入ってしまわれたのだ。
そこへ遅れを取り戻そうと長久手さんが勢いよく向かって来る。
両者が激突して、姫殿下が突き飛ばされる格好で倒された。
「あっ!」
グラウンド上の誰もが息を呑んだ。
長久手さんはすぐにバランスを取り戻して走り出した。
そこへコースを逆走して行った獄門島さんが飛び蹴りを入れた。
カコ様かわいいなぁ
特攻のカコいいなぁ
マッチポンプ
運営側も眞子様を汚すスレを潰すという趣旨に賛成なんだよ、きっと
ラウンジも攻撃を受けている最中です
まじで運営さんなんとかしてくれ・・・
2ch内のスレだけでもう17スレやられちゃったよ。
運営側にも既に8人ほど報告しに行ってるんだから、
そろそろ動いてくれないかな?コマッタコマッタ
眞子様を汚すスレは皆殺しだ。
俺は既にこんな妄想をしているぜ!!
暴漢3人組:《おいねーちゃん、俺たちと付き合えよ!ゲヘー》
(悪のテーマみたいな低音の音楽が流れ続ける)
眞子様:†やっ、やめてください!人を呼びますよ!†
暴漢3人組:《ハハッ、周りを見てみー!みんな見てみぬフリやで〜?誰も助けちゃくれないよ〜ん♪》
俺:「待てィ!!」(ここでヤッターマンのOPテーマの様な正義の音楽に切り替わる)
俺:「か弱き乙女に狼藉を働く悪党は許さん!くらえ!【狼牙風風拳!】(←俺が日々の妄想の中であみだした必殺技)」
暴漢3人組:《何じゃワレァ!野郎共!やっちま‥あべし!ひでぶ!ぱごァ! お、覚えてけつかれこのド阿呆!》
俺:「正義は負けない!」
眞子様:†あ‥ありがとう。あなたのお名前‥†
俺:「名乗る程ではありませんよ、お嬢さん!では!」(去り際にそば屋の自転車にぶつかってバカヤローと言われる、眞子の方を振り返って照れ臭そうに笑う俺)
眞子様:†ステキ!あの御方とお付き合いがしたい†
新スレと眞子様に幸あれ
眞子ってなんて読むの?
まんこ
と答えたくなる衝動を必死で抑えました
新スレ立ったんですね。>>1乙です。
新スレを祝して久しぶりに何かSS書こうかな、
とか思ったんだが、さしあたってネタが思いつかん…。
実は、以前書いてた「嗚呼!」を連発する長編の後日談とか構想してるんだけど、
なかなか時間がとれんのよ。ええトシこいて受験生なもんで。
とりあえず即死回避パピコ。
左右召喚age
また腐ったスレが一つ増えた。
「これでコテハンデビューだ!」
「メンヘル板の有名人だ!」
「相談にものっちゃうぞ!」
がドキドキしながらたてたスレは、
大方の予想通り(を除く)、どうしようもないレスばかりがついた。
ここではあわてふためく。
1 「ネタだったことにしちゃおうか?」
2 「自作自演で盛り上げようか?」
3 「逃げ出して別のスレでもたてようか?」
さあ、いったい、どれを選んだら良いのでしょ〜か?
1を選んだへ。
それは「ごまかし」です。あなたは「嘘つき」です。
2を選んだへ
それは「まやかし」です。あなたは「嘘つき」です。
3を選んだへ。もう書くのが疲れました。
言いたいことは上と同じです。
そろそろ認めるべきです。
あなたは自己顕示欲だけはいっちょまえだが、 その欲望を満たすだけの能力がない。
努力はしないくせに、注目を浴びている自分ばかり妄想している。卑屈な笑いだけが特徴のつまらない人間だ。
せっかく必至で考えたコテハンが無駄になってしまいましたね(笑)
そして今日も良い天気!
すまん誤爆しました。
「プールの中で走ってはいけないぞ。腰洗い槽だったからまだよかったものの、転んで頭を打ったらどうする」
姫殿下が強い口調でお叱りになった。
「ごめんなさい、お姉様……」
俯かれたカコ様の制服からは水滴が滴り落ちている。
おれは1歩進み出て奏上した。
「姫殿下、私がプールのことを申し上げたのがいけなかったのです。お叱りは全て私が甘受いたします」
姫殿下はおれが頭を下げようとするのをお手でとどめられた。
「いや、そなたに落ち度はない。カコ、藤村の側についていなさい。勝手に走りまわってはいけないぞ」
「はい、お姉様」
カコ様はすっかり小さくなっておられた。
「帰りはわたしの体育着を着て帰りなさい」
「ありがとうございます、お姉様」
姫殿下はひとつため息をつかれると、表情を和らげられた。
「それでは皆さん、演奏をよろしくお願いします」
ひとつ頷いた新井さんがタクトを振ると、バンドは『雨に唄えば』を吹き始めた。
彼女たちを引き連れた姫殿下は更衣室を通ってプールにお入りになった。
カコ様とおれは行列の最後尾についた。
「びしょ濡れになっちゃったわねえ」
カコ様にもいつもの笑顔が戻った。
「御一人だけプールから上がられたみたいですね」
「そうねえ……あっ、そうだ。まめ飴、まめ飴……あーっ、全部びしょびしょになってる!」
カコ様はじっと残りの飴を見つめておられたが、意を決して全てお口の中に放り込まれた。
「塩素くさーい」
顔をしかめられながら、カコ様はがりがりと飴を噛み砕かれた。
プールの中は体育館の中よりも遥かに音を響かせた。
一行が侵入するとすぐに水泳部員が1人飛んできた。
「何なんですか、あなたたちは!?」
姫殿下は丁寧に自己紹介し、来意をご説明あそばされた。
姫殿下のお話を拝聴した水泳部員は露骨に嫌な顔をした。
「いやあ、それはちょっと……」
「ちょっとすいません」おれは先ほどと同じように割りこんだ。
「……わかりました。演説を伺うことにします」
またしてもおれの街宣右翼的論法により敵の野望は打ち砕かれた。
ふと見るとカコ様がやけになられたのか、プールサイドに腰掛けて思いきりバタ足をされていた。
おれは姫殿下に恫喝の成果をご報告申し上げた。
「そうか、それはよかった。では早速演説をしよう」
姫殿下は満足げにおっしゃった。
「演説台はどちらに置けばよろしいでしょうか?」
おれがそうお尋ねすると、姫殿下はあたりをご覧になってからおっしゃった。
「いや、演説台はいい。あのスタート台の上に立って行おう」
姫殿下がスタート台のうえに立たれると、水泳部員たちが水から上がってこちらにやって来た。
プールの向こうではカコ様がコースロープ綱渡りに挑戦されていたが、2mほど進んだところで静かに水没された。
「プール上がりのアイスは最高ねえ、お姉様」
姫殿下のシャツとブルマをお召しになったカコ様がアイス片手に満面の笑みを浮かべられておっしゃった。
「そうだな。ご馳走してくれた藤村に御礼を言いなさい」
「はい。藤村さん、どうもありがとうございます」
カコ様に頭を下げられて、おれは恐縮した。
「いえ、お気になさらずに。大人の経済力にかかればアイスの20個や30個……」
「藤村さん、ご馳走になります」
「まーす」
平沢さんと下川さんがお盆を持っておれの前を通り過ぎていった。
「あっ、あなたたち、何でカレーも頼んでるんですか!?」
「あ、冷と暖のバランスを取ろうと……」
「いいじゃん、カレーの1杯や2杯。あんた公務員でしょ? 給料もらってんでしょ?」
下川さんに完全に逆ギレされたおれは、それ以上の追及はやめて自分のガリガリ君に集中することにした。
左右さん
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
プールサイドでカレー(゚д゚)ウマー
空気嫁
姫殿下とカコ様は吹奏楽部員たちとご歓談されていた。
並んで座ったおれと下川さんと新井さんはそれを眺めていた。
「ねえ、下川」と新井さんが言った。
「今日行った部ってさ、昔はもっと活気があったと思わない?」
「うん。私が1年のとき剣道部員はあの倍くらいいたと思う」
下川さんがお茶をすすりながら言った。
「今はどこの部も苦しいのかな……
文化部でちゃんと活動してるのって私のところと下川の美術部くらいじゃない?」
「そうだね。書道部もなくなっちゃったし」
「あなたは何で書道部じゃなくて美術部に入ったの?」
「……やっぱり楽しかったからかな。先輩がよくしてくれたし。雰囲気がよかったの」
そう言って下川さんは姫殿下の方を見て目を細めた。
「ねえ、藤村さんは中学時代何部だったの?」
下川さんがおれの顔を覗きこんで尋ねた。
「私は帰宅部でした」
おれがそう答えると、下川さんは納得した様子で頷いた。
「でも皆さんを見ていると、あの頃部活をやっていればよかったなあって思います」
「何言ってんの? あなたは美術部員よ」
下川さんがおれの肩を叩いて言った。
「え、そうなんですか?」
「そうよ。まあ、身分的には筆洗バケツのやや下くらいだけど」
おれの暗かった学生生活はここに来て埋め合わされ始めたようだ。
吹奏楽部員に混じった姫殿下とカコ様がお顔を真っ赤にして大きな木管楽器を吹いておられるのが見えた。
翌日は朝から曇りだったが、午後になって雨が降り出した。
雨音のせいかいつもより終鈴が遠く聞こえた。
「では木田さん。美術室に行ってきます」
そう意っておれは新聞を折りたたみ、傘を開いて守衛室を出た。
並木道には1人の生徒の姿もなかった。
「何か閑散としてますね」
とおれは言った。
木田さんは守衛室の窓口から顔を出した。
「雨の日の学校は静かなものですよ。静かで美しい。
でもね、この学校で一番すばらしいのは雨上がりの直後です。空気の香りが何とも言えない。
藤村さん、もし雨が上がったら深呼吸してみてください」
おれは手で了解の合図をして美術室に向かった。
美術部員たちは自分の創作に没頭していた。
いつもなら弁当を鬼食いしている下川さんも手鑑を見ながら筆を走らせている。
おれは姫殿下のお側に参った。
「姫殿下、本日の選挙運動はいかがなさいますか?」
「うん、それがなあ……」姫殿下が画筆を休められておっしゃった。
「外でビラを配ろうと思っていたのだが、この雨では無理だな」
近くの机に置かれたビラには「明るい勤王」と書かれていた。
それが具体的にどういう行為を指すのかは定かでないが、
佐幕派暗殺とか画像を集めてハァハァするといった行為とは正反対のものであることだけは確かだ。
「うおおおお、だめだああああ」下川さんが頭をかきむしりながら立ち上がった。
「腹が減って集中できない! 私、ちょっと学食に行ってくる」
「部長、私も行きます」三鷹さんがマウスから手を離して腰を上げた。
「ねえ、マコちゃんも一緒に行かない? もしかしたら学食で雨の上がるのを待っている人がいるかもしれない」
それをお聞きになった姫殿下のお顔がぱっと明るくなった。
「はい、行きます!」
姫殿下はビラの束を引っつかまれると、その側に置いてあったたすきをジャージの上からお召しになった。
いつの間にかその2が…
1さん乙です。
学食は八分くらいの入りだった。
しかしきちんとした食事を採っている生徒は少なく、雨宿りついでにジュースを飲んでいるといった手合いがほとんどだった。
「ここは手堅く月見そばに半ライスと行くか……」
何が手堅いのかはわからないが、下川さんはそう言い残して麺類のカウンターに向かった。
そのとき学食のおばちゃんに注文をしていたジャージ姿の生徒が振り向いた。
「あっ、下川!」
「むっ、獄門島!」
バスケ部部長の獄門島さんは下川さんの姿を認めると凶悪な視線をぶつけてきた。
その横にはバレー部部長の八つ墓村さんにソフト部部長の病院坂さんが立っていて、毒々トロイカ体制を確立している。
おれは立ちすくんでおられる姫殿下にそっと耳打ちし申し上げた。
「姫殿下、何だか雰囲気が悪うございますから、ここは美術室に戻られた方がよろしいかと……」
「そうだな、そうしよう」
下川さんとにらみ合っていた獄門島さんがこのひそひそ話に気付いてこちらをちらりと見た。
「どうしてここに? ……そうか下川は美術部だったね。だからそっちに荷担してるわけだ」
「あんたこそ安藤のパシリやってるんだって?」
どうやらこの2人は非常に仲が悪いらしく、早くも一触即発のムードだ。
おれがそれを無視して姫殿下を先導し申し上げようとしたとき、下川さんがすたすたとご飯類のカウンターに歩いていった。
「獄門島、あんた何頼んだの?」
下川さんの突然に問いに獄門島さんの表情に微かな動揺の色が浮かんだ。
「え……? 掛けうどん半ライスだけど……」
「おばちゃん、かき揚げ丼! 味噌汁・お新香つきで!」
下川さんは食堂中に響き渡る大声で注文した。
かき揚げ丼、味噌汁・お新香つき……何と力強い組み合わせであろうか。
確かに麺類+ライスは炭水化物を摂取するには最適だ。
だがその機能性ゆえにか、それを食する行為は“摂取”とでも呼ぶべき、誤解を恐れずに言えば“餌”的な色彩を帯びる。
しかし丼・味噌汁・お新香とくればそのメニューとしての完全性たるや……
それを食する者は精神的貴族に位置付けられる。
「むむむ……」
獄門島さんが低く唸った。
そのとき八つ墓村さんが1歩進み出て言った。
「ラーメン、掛けそば、ライス大盛り!」
「うっ……」
下川さんがひるんだ。
確かにここまで機能性を追及されれば、そこに志士的な潔さを感じずにはいられない。
(どうする下川さん……)
突然姫殿下が厨房に飛びこまんばかりの勢いでカウンターに駆けて行かれた。
「かき揚げ丼・味噌汁・お新香、それから小カレー!」
「なにィッ!?」
姫殿下の電光石火のご注文に食堂中がどよめいた。
小カレー……それ自体では決して迫力のあるものではない。
だがカレーは回転が速いためご飯類とは別のカウンター。
途中で気が変わったからといって越えることのできぬ、三十八度線にも等しい境界線がそこには存在する。
それを軽々と注文してのけるとは……まさに食のコスモポリタンである。
「病院坂、あんたは何頼む?」
八つ墓村さんが傍観していた病院坂さんに迫った。
「え? いや、私はそんなにおなかも空いてないし……」
「ラーメン、掛けそば、ライス大盛り、小カレー!」
獄門島さんが厨房の奥まで響けとばかりに叫んだ。
それに対抗して下川さんもカウンターにのしかかるような姿勢で怒鳴った。
「おばちゃん、あそこの冴えない男の人にかき揚げ丼・味噌汁・お新香、カレー大盛り、ゆで卵!」
(おれも食うのか……)
おれの隣にいた三鷹さんも自分の運命を悟ったようで、すでに泣きが入っていた。
15分後、おれと三鷹さんはかき揚げ丼を半分空けたあたりでグロッキーになっていた。
「藤村さん、私もう限界……」
三鷹さんがうなだれていった。
「私もです……心苦しいがカレーは残すしか……」
そこへ早々と完食しビラも配り終わった姫殿下と下川さんが戻っておいでになった。
「何だ藤村、カレーが手付かずではないか」
姫殿下のお言葉におれは恐縮するしかなかった。
下川さんは納得いかない様子でその新聞部員を解放した。
「28日……来週の月曜日ですね」
「投票は30日だから結構重要なイベントね」
「何か嫌な感じ。マコちゃんに知らせなかったのは絶対嫌がらせだよ」
下川さんが憤慨した顔で言った。
「でもまだ5日ありますから。準備はできます」
姫殿下はいつもの穏やかなお顔でおっしゃった。
ふと食堂の入り口に目をやると、獄門島さんご一行が出て行くのが見えた。
(ん……? あの3人、ビラを持っていない。もしや前から討論会のことを知っていたのでは……)
おれはじっくり観察しようとしたが、獄門島さんと目が合って思いきりにらまれたので、慌てて目を逸らした。
食堂を出ると雨は上がっていた。
「あーあ、何かあいつらのせいで嫌な気分になったから食べた気がしない」
下川さんがそう言う側で三鷹さんが切れそうになっているのをオーラで感じた。
「んー…………」
姫殿下は大きく伸びをされていた。
「姫殿下もあの雰囲気でお疲れですか?」
とおれはお尋ねした。
「いや、ただ雨上がりのいい匂いがするから深呼吸してみたんだ」
「雨上がりの匂い……でございますか?」
木田さんの言っていたことを思い出して、おれも思いきり息を吸い込んでみた。
すると確かに鮮烈でなぜか胸がどきどきするような匂いがした。
「本当だ。森の中にいるみたいですね」
下川さんがおれたちの姿を見て目を細めた。
「ねえ、美術室に帰ったらみんなで散歩しようか。林の中を通って葉っぱから落ちる雫を浴びるの。どう?」25
「賛成! 私は第2グラウンドの芝の上を裸足で歩きたいな」
「藤村、こういうときに池の側に行くとカエルがいっぱいいるんだ。それから百葉箱の下でいつも雨宿りする猫が……」
自分たちの学校の美しさを自然に口に出せる彼女たちを見ていると、
学校の中に居場所がなかったのはおれにそれを見つける目がなかっただけなのかもしれないと思えてきた。
OVA化キボンヌ。
翌日、守衛室待機を命じられていたおれは新聞を読むともなく眺めていた。
1面には「糸己宮さま、ハシジロキツツキを観察 営巣行動の撮影、世界初――キューバ」という見出しが躍っている。
密林を写した写真には「ハシジロキツツキにカメラを向ける糸己宮さま(右から2つ目の茂み)」というキャプションが付けられていた。
おれはその写真をためつすがめつ、裏返したり日光に透かしたりダブルクリックしたりしてみたが糸己宮様のお姿を発見することはできなかった。
「藤村!」
突然姫殿下のお声が聞こえた。
顔を上げると、たすきをお召しになった姫殿下が守衛室の窓口からお顔を覗かせておられた。
「藤村、演劇部に行くぞ!」
「はい!」
おれは新聞を放り出して守衛室から飛び出した。
演劇部室は旧校舎3階の薄暗い廊下を行った突き当たりにあった。
「失礼します」
ノックしてドアを空けると、意外にも室内はまばゆい光に満ちていた。
部屋の中央ではミニチュアの家があり、その前で1人の生徒がうずくまっている。
「あの……わたくしこの度生徒会長に立候補いたしました……」
姫殿下が自己紹介を始められると、その生徒は振り向いてしょぼしょぼした目をこちらに向けた。
「ああ、あなたがマコさんね。吹奏楽部の人から話はきいたわ。私、演劇部のラストサムライ、2年の上杉です」
そう言って上杉さんは姫殿下と握手した。
おれは自己紹介ついでに地べたに置かれた謎の平屋ドールハウスについて尋ねてみた。
「ああ、これ? これはクレイアニメ用のセット」上杉さんは粘土の人形を手に取った。
「なんせ部員が私1人しかいないものだから……」
いきなり辛気臭い話を聞かされてしまった。
「これを少しずつ動かして撮影するんですね」
姫殿下は興味深そうに犬の人形を見つめておられた。
「そう。今『遊星からの物体X』を撮ってるんだけど、なぜかコミカルになっちゃうのよね。何でだろ?」
それはクレイアニメだからではないですかと言おうかと思ったが、空気が余計湿っぽくなりそうなのでやめておくことにした。
ワラタ
念のためほしゅ
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから入ってみないか」
姫殿下が熱っぽい調子でおっしゃった。
(むう、どうしたものか……?)
過去を振り返ると「入らないか」と言われて入ったものは写真同好会、中野のキャバクラ、ホモの先輩の家などろくなものがなかった。
それにおれは『火の鳥 ヤマト編』を読んで以来、閉暗所恐怖症だ。
「ほら、頭を外してから背中のファスナーを開けて着るんですよ」
上杉さんが一方的にレクチャーを始めた。
仕方なくおれは興味があるふりをしてクマの内部を覗きこんだ。
そのとき、まるでナッパ様が「クン」とやった指が直で鼻に突き刺さったような痛みが走った。
「うわあっ、は、鼻が……!?」
「これは着ぐるみに染み付いた先人たちの血と汗と胃液が発酵してこのようなイヴォンヌの香りを……」
「だめだだめだこれはだめだ!」
おれは鼻を押さえながら飛び退った。
「そうか……だめか……」
姫殿下が残念そうなお顔でおっしゃった。
おれの目には涙がにじんでいたが、姫殿下のお手がクマの頭をなでなでされるのを見逃さなかった。
(むっ、なでなで? ということは……)
姫殿下、クマをなでなで
↓
クマの中の人=おれ
↓
姫殿下、おれをなでなで
↓
(゚д゚)クマー
「藤村、入ります!」
おれは靴を脱ぎ捨て、着ぐるみに足を突っ込んだ。
おれが入らなければどこのクマの骨もとい馬の骨とも知れぬ輩が姫殿下のご寵愛を賜ることになってしまうかもしれないのだ。
「おお、やってくれるか!」
姫殿下は破顔一笑された。
ネタ具現化委員会に提出した者勝ち
ぽこたんむっちゃワロタ
「おいで、ぽこたん。手の鳴る方へ」
姫殿下のお誘いに従って、クマのおれは準備室を出て演劇部室に戻った。
口がふさがっているせいで少し動いただけで息が切れる。
おまけに鼻の粘膜がやられたのか鼻水が止まらない。
(くそっ、『アビス』の潜水服の方がまだましだぜ)
おれが動かずに呼吸を整えていると、姫殿下がおれの目を覗きこんでおっしゃった。
「ぽこたん、ちょっと掌を見せておくれ」
おれは右手の珍味を差し出した。
姫殿下はそれをぎゅっと握り締めあそばされた。
「おお、肉球……大きいなあ、ぷよぷよだなあ」
特大肉球を突ついておられる姫殿下をおれはクマの中から生暖かく見守っていた。
…………5分後、姫殿下はまだおれの手をお放しにならなかった。
クマの中のおれの体勢は前傾気味なので、床についた左手に強い負荷がかかっている。
(そろそろ手を離してくださらないだろうか……)
だが姫殿下は肉球占いに夢中になっておられた。
「王様、姫様、外人力士、王様、姫様…………」
(待っていてはだめだ。はっきりとおれの意思をお伝えしなくては……)
おれは右手を動かそうとした。
しかし姫殿下が思いの外がっちりとホールドされているので動かせない。
だからといって乱暴に振り払うわけにもいかない。
そこで空いた左手で床を光速タップすることにした。
体重が乗っている左手を屈して上体を沈めてから思いきり跳ねる!
「ああっ、ぽこたんは姫様だ! あはは」
姫殿下が急に右手を引っ張られたのでおれはバランスを崩し、顔面で着地してしまった。
(おっぱァアアーっ)
おれは痛みにのたうち回った。
「あっ! この動きは何を意味しているんですか?」
姫殿下が上杉さんにお尋ねになった。
「甘えてるんじゃない?」
勝手に裁判の原告にされてしまった動物たちの気持ちが少しわかったような気がした。
「ぽこたん、ちょっとだけ外に出てみないか?」
姫殿下のご提案におれは身をすくめた。
この着ぐるみを着て長時間活動するのは体力的に不可能。
それに過去を振り返ると、「出てみないか」と言われて出たものは、登校拒否の自助グループ、
仏教系の勉強会、居酒屋の外(ホモの先輩と)などろくなものがなかった。
そんなことを考えながらもじもじしていると、姫殿下が沈んだ声でおっしゃった。
「そうか、だめか……せっかくみんなに自慢したり、馬乗りになろうと思ったのに……」
(姫殿下がクマ乗り!? いや馬乗り!?)
「クマ――!!」
おれは廊下に踊り出た。
「ちょっとだけ、この階を回るだけだから」
姫殿下はおれが逃げ出さないよう何とか引きとめようとしておられた。
おれはそろそろ汗も出なくなり、体力の限界に近づいていた。
(そろそろ演劇部室に戻ることをかわいらしくおねだりしてみないと……)
おれがクマである自分の魅力を最大限に引き出すポーズを考えていると、突然姫殿下が歩みを止められた。
(ん、何だ? ………………ああっ!)
目の前に足の不自由な生徒用のエレベーターがあった。
(ま、まさか……)
「ぽこたーん、これならぽこたんでも下に下りられるな。階段は怖いだろう?」
そうおっしゃりながら姫殿下は「下」のボタンを押された。
(いや、ちがうんです! 階段との比較の問題ではなくて!)
すぐにエレベーターの扉が開いて、おれはむりやり押し込まれた。
中は狭く、機械音がとても大きく感じられた。
(きっとスペース・ビーグル号のエレベーターに乗ったクァールもこんな恐怖を味わったんだろうなあ)
身をすくめたおれの首元を姫殿下が優しく撫でてくださった。
「もうすぐ外の風に当たれるからな。もう少しの辛抱だぞ、ぽこたん」
(外に出るのか……)
ホント クマの中は地獄だぜ! フゥハハハーハァー、と思った。
歴戦の勇者にふりかかる最大の試練。
毎回手に汗しつつ拝読しております。
がんばれぽこたん!(・∀・)!
まさかここで『奪!童貞。』ネタにお目にかかれるとはw。
最近2ちゃんねるネタが多いな
それでも(おっぱァアアーっ)とかの2ちゃん以外のネタもある。
(左右は2部好き?)
現人熊てw
腹がよじれるほどワロタ。
次の日になっても鼻水は止まらなかった。
昨日の服はクリーニングに出したが、まだ臭いが体に残っている気がする。
念のためおれは締め切った守衛室には入らず、外で掃き掃除をして1日を過ごした。
生徒たちの下校する時間になると木田さんが門の外に出て交通整理を始めたので、おれは守衛室に入った。
昼に買って結局飲まなかったカフェオレの缶を開けようとしたとき、窓口のガラスをとんとんと叩く音がした。
「藤村、わたしだ」
たすきをお召しになった姫殿下がひょっこりとお顔を覗かせられた。
「あれ、姫殿下、今日は東門でビラをお配りになるのでは……?」
おれが窓口を開けてそうお尋ねすると、姫殿下はうつむき加減でおっしゃった。
「それが……東門に行ったら安藤さんが先にそこでビラを配ってたんだ」
「そうでしたか……」
「だから今日はここで配ることにする」
「御意のままに」
おれは守衛室を出て姫殿下から少し離れたところに立った。
この時間、東門は大変混雑するが、それを嫌ってこの南門から下校する生徒も少なくない。
むしろ一人一人にビラを渡せるのでこちらの方が効果的かもしれない。
大きな声で呼びこみをされている姫殿下を拝見していると、たすきをかけた生徒が並木道を歩いて来るのが見えた。
(う、あの眼鏡は……)
「マコさ〜ん」
「あっ、安藤さん!?」
手を振りながら走って来る安藤さんの姿をみそなわされた姫殿下は硬直しあそばされた。
安藤さんは姫殿下のお側に来るとにっこりと笑った。
「ねえ、一緒にビラを配ってもいい?」
「ど、どうぞ……」
姫殿下が小さな声でおっしゃった。
(何で対立候補が並んで選挙活動しなきゃならないんだ……)
おいたわしいことにその後の姫殿下は安藤さんを意識して萎縮されておられた。
だが一番悲惨だったのはこの異様な状況の中2枚のビラを渡されてしきりに頭を下げる生徒たちだった。
下校する生徒の流れも一段落した頃、校舎の方から新美さんが走ってやって来た。
「マコリン、探したのよ」
そういいながら新美さんは肩で息をしていた。
「どうしたの、リサリン?」
「ご、獄門島さんがマコリンと藤村さんをソフトボール部の部室に連れて来いって……」
「だめです」
おれは即答した。
新美さんは顔をくしゃくしゃにして言った。
「でも……連れて来ないとGOHDA流空手で私をボコボコにするって言ってるの」
「GOHDA流空手!?」
おれは驚きのあまり大声を上げた。
「知っているのか、藤村?」
「はい、GOHDA流空手とはあのロックスターGOHDAがアクションスター千葉県一から伝授されたという伝説の格闘技です。
彼の伝記マンガ『ドラえもん』第29巻の記述によれば、千葉の個人教授を受けたGOHDAがそのあまりの激しさに失神したとか」
「何と!」
「恐るべきは必殺技のつま先蹴り! 正中線上に存在する人間の急所を的確に狙い打つその蹴りはまさに一撃必殺でございます」
「恐ろしげな技だな……」
姫殿下がご尊顔を曇らされた。
「というわけで新美さん、姫殿下と私はご一緒できませんがご健闘をお祈りします」
「いやぁぁああ、見捨てないで!」
新美さんが姫殿下にすがりついた。
「大変ねえ、皆さん」
安藤さんが涼しい顔をして言った。
「ああああ、安藤さん! あなたが、あなたが指示したんでしょ!」
「さあ知らないわルルルー」
安藤さんは顔を真っ赤にして叫ぶ新美さんを無視して明後日の方向を向いた。
(こいつ…………)
「藤村!」新美さんの体を抱きかかえるようにされていた姫殿下がおれの名を呼ばれた。
「行こう……友達を救えないのなら生徒会長になっても意味がない」
姫殿下のお言葉におれは覚悟を決めた。
左右age
「ねえ、藤村さん。あなた護衛隊員なんだから格闘技とかできないの?」
新美さんがおれに尋ねた。
正直な話、格闘技は苦手だ。
訓練学校で柔道、剣道、逮捕術をやったがどれも並以下の成績だった。
だがここでそれをぶっちゃけてしまうのもためらわれる。
(とりあえず適当な名前の格闘技をでっち上げてお茶を濁そう……)
「えー、ふ、藤村式体術というのを(脳内で)主催しておりますが……」
「何それ? 強いの?」
新美さんが必死の形相で言った。
「えー、情報収集と待ち伏せを中心にした総合格闘技です」
「使えねぇッ!」
新美さんが叫んだ。
「あと、ストリート(通学路、廊下)で培った土下座のスピードには自信があります」
ここだけは真実だ。
「でも藤村は強いと護衛隊の皆が言っていたぞ」姫殿下が助け舟を出してくださった。
「なんでも訓練学校時代にはいろいろと奇策を用いて逆転勝利を収めたとか」
(まずい……)おれはかつて自分がやらかした卑劣な行為を思い出した。
(逮捕術の試合でバールのようなものを使って相手をぶん殴ったことか? それともひものようなものの件か……?)
「対戦相手の家族構成のようなものに妙に詳しくて怖かったと誰かが言っていたな」
姫殿下はおれの必勝パターンを完璧にご存知のようだ。
「最低……」
新美さんが吐き捨てるように言った。
「最低……」
安藤さんも言った。
この人にだけは言われたくない。
「まあネット社会の落とし穴とでもいいましょうか……現代が生んだ悲劇ですな」
と世相を斬って平成の落合信彦を気取りつつ(え? まだ生きてんの?)、おれは武器を仕込むために守衛室に戻った。
木田さんに後のことを頼んでから、おれたちは並木道を歩き出した。
ソフトボール部の部室は第2グラウンドのすぐ脇にある小さなプレハブ小屋にある。
3人ともこれからそこで起こる出来事に不安を募らせていた。
「ねえ、もしかして私たちカツアゲとかされるんじゃないかな」
新美さんがうなだれたまま言った。
「カツアゲ……」姫殿下が息を呑んだ。
「どうしよう……今朝お小遣いを貰ったからその半分を持って来てしまった」
「いくら持ってるの、マコリン?」
「1000円……」
「私は虎の子の500円を……藤村さんは?」
新美さんが突然おれに話を振った。
「私ですか? 私は2万ほど……」
「2万!?}
新美さんと姫殿下が声を揃えた。
「いえ、あの……予約していた『三峰徹詩文集』が今日発売なもので帰りに買って帰ろうと……」
「ミミ……ネ? 聞いたことがないな」
「三峰先生はアンダーグラウンド・アート・シーンで活躍されているポストカード・アーティストでございます」
「ふーん、藤村は博識だな」
姫殿下が感心したお口ぶりでおっしゃった。
「じゃあ、藤村さん。もしカツアゲされそうになったらその2万円をばらまいて。その間に私たちは逃げるから」
「そんな……『3枚のお札』みたいに言わないでくださいよ。第一なんで私だけがそんなことを……」
うろたえて言ったおれの肩を新美さんがぽんと叩いた。
「大丈夫、私もブックオフの50円券を撒くから」
「じゃあわたしは千石先生ととったプリクラを……」
姫殿下が決死の覚悟を秘めたお顔つきでおっしゃった。
「で、では私は『サッカー日本リーグ』カードのエバートン(ハゲ)直筆サイン入りを……」
最終的に話はお宝自慢大会に行き着いた。
『三峰徹詩文集』・・・禿しく( ゚д゚)ホスィ
「し、失礼します」
新美さんがソフトボール部室のドアを恐る恐る開いた。
下駄箱のような臭いが鼻をつく。
明るい太陽の下を歩いてきたので室内の暗さになじむのに時間がかかった。
そこは10畳くらいの正方形の部屋で、窓とドア以外の壁は造り付けの棚で覆われている。
中央にパイプ椅子が3つずつ向かい合わせに並べられていて、その間に高さ50センチほどのテーブルがある。
バスケ部部長の獄門島さんは椅子にどっかりと腰を下ろし、両足をテーブルの上に乗せていた。
「座って」
獄門島さんが向かいの椅子をあごで指し示す。
姫殿下と新美さんはそれに従って腰を下ろした。
入り口付近に立ったおれは獄門島さんやその取り巻きと目を合わせないようにしながら室内を眺め渡した。
部員20人そこそこの部にしてはボールや備品がかなり豊富であるように見える。
近くの棚に置かれていたバットを手に取って重さを確かめていると、誰かがおれの肩を叩いて囁いた
「獄門島が呼んでる」
ソフトボール部の病院坂さんだった。
部屋の中央に目をやると、姫殿下と新美さんの間の席、つまり獄門島さんの真向かいの椅子が空いていた。
「あの……ひょっとしてそこは私の席でしょうか?」
おれが尋ねると獄門島さんは“当然”といった表情で頷いた。
仕方なくおれはバットを戻して指定席に着いた。
「あなた、名前は何だっけ?」
獄門島さんが馬鹿でかい足の裏を見せつけながら言った。
「あ、はい……ご、護衛隊のふ、ふひ、藤村です」
「自分の名前噛んでんじゃねえよ!」
「筑紫哲也か、お前は!」
たちまち周囲から罵声が飛んだ。
おれは落ち着いて答えたかったのだが、緊張やら恥ずかしいやらでもう舌が回らず
「フヒヒヒヒ! すいません!」
もろ変態みたいに言ってしまった。
誰かが「きもッ」と呟いた。
獄門島さんと壁際に立った取り巻きたちがおれをねめつけている。
「あんたがマコさんに入れ知恵してんでしょ?」
獄門島さんが穏やかな口調でおれに尋ねた。
どうやらこの緊急集会はおれを糾弾するために開催されたもののようだ。
「い、いえ、別に入れ知恵というほどのことは……」
おれが小さな声で言うと、獄門島さんは足をテーブルに叩きつけて「どん」と大きな音を立てた。
「おい、護衛隊! 護衛隊の役割は何だ?」
「や、役割ですか……? そ、それは姫殿下をお守りする肉の壁となることで……」
また背後で誰かが「きもッ」と言った。
「あんたは護衛なんだから余計な口挟まずに黙って突っ立ってりゃいいんだよ!」
獄門島さんがどすの利いた声で言うと、姫殿下が勢いよくお立ちになった。
「藤村は……藤村はただの護衛ではありません! わたしを精神的に支えてくれています!」
「姫殿下……」
おれはご尊顔を振り仰いだ。
「それに有事の際にはクマにもなれますし……」
病院坂さんが「クマ……」という声を漏らすのが聞こえた。
獄門島さんはまったく動じた様子もなくおれを睨みつけていた。
「ほら、こんなこと言っちゃってるよ。あんたが空気読まないから悪いのよ。
ここ何年も生徒会長候補は一人だってこと、資料でも読めばわかることでしょう?」
(空気を読まない……)
その言葉で突然中学校のときの忌まわしい記憶がフラッシュバックした。
クラス対抗球技大会の最終試合、おれが上げたオフサイドフラッグのせいで優勝するはずだったチームがまさかの敗戦で2位になり、
その試合で勝ち点を拾ったチームがおれのクラスと入れ代わりで最下位を脱した。
試合の後、おれは2つのクラスの生徒に取り囲まれ、ボコボコにされた。
リンチの開始の合図となったのが「藤村、空気嫁!」という言葉だった。
「ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」
頭の中に蘇った恐怖のために、おれは奇声を発した。
ここぞというときに入れてるからなぁ。コピペ
一通りの異常行動をとると頭の中がスッキリした。
(おれの精神テンションはいま! 不登校時代にもどっているッ!
冷酷! 残忍! そのおれが貴様たちを倒すぜッ!)
おれはどんッとテーブルの上に手を置き、ポーカーで勝ったコインをさらっていくときのように力強く表面を拭った。
「ああ、ずいぶん汚れてますね」
「は!?」
獄門島さんが顔を歪めて言った。
「きっと部屋中ダニやゴキブリでいっぱいでしょう」
先の見えないおれの行動に部屋中の皆が呆気に取られている。
おれはひとつ大きく息を吸い込むと、かっと目を見開き叫んだ。
「ぜったいに許さんぞ虫ケラども! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」
おれは懐から赤い缶を取り出した。
「そ、それは……」
「ご存知ですか? 最近のは火を使わないんですよ」
おれはそう言いながら缶をテーブルの下に置き、金具を「ガツン」と引っ張った。
「ぷしゅ―――――――――」
白い煙がテーブルの下から噴き出した。
「うわあああ、こいつバルサン焚きやがった!!」
獄門島さんが椅子から転がり落ちた。
「何やってんだあ、藤村さん!」
新美さんが立ち上がって叫んだ。
「新美さん、姫殿下、鼻と口をお押さえください」
おれはそう言いながら逃げ惑う凶悪部員たちの姿を眺めていた。
白煙の噴出が止まった。
部屋の中に残っているのはおれたち3人だけだ。
「もう大丈夫です。終わりました」
そう言って姫殿下に目を向けるとハンケチでお口元を押さえながら肩を震わせておられた。
「マコリン、大丈夫?」
新美さんがお顔を覗きこむと、姫殿下は堰を切ったようにお笑いになった。
「うふふふふ、あははははは」
「ど、どうしたの、マコリン?」
新美さんは姫殿下の肩を揺さぶった。
「大丈夫、大丈夫」姫殿下はそうおっしゃると、おれの方をご覧になった。
「藤村、獄門島さんたちは見事に引っかかったなあ」
「はい、うまく行きました」
「え……?」
新美さんだけが一人蚊帳の外だ。
おれはテーブルの下から先ほどの缶を取り出した。
「あっ、それただの缶……」
「はい、カフェオレの缶に守衛室で見つけた赤のビニールテープを巻いたものです。それから……」
おれは再びテーブルの下に手を伸ばして白い粉を吹いた物体を摘み上げた。
「あの白い煙の正体はこれです」
「ロージンバッグ……」
「はい、さっきそこの棚から拝借しました。カッターで切れ目を入れてあります。これを踏んで粉を撒き散らしました」
「はあ……」新美さんがため息をついた。
「マコリンは気付いてたの?」
その問いに姫殿下が頷かれた。
「藤村が口で“ぷしゅ――――――”って言ってるのが見えたから……」
「えっ!? あれ口で言ってたの?」
「はい。途切れたらばれると思って必死で肺から空気を搾り出しました」
おれがそう言うと姫殿下はにっこりと微笑まれた。
「藤村はいつも一生懸命だな」
その優しいお言葉に、せこい手口ばかり考えている自分を恥ずかしく思った。
「あの……そろそろ引き上げましょうか」
「うん、そうしよう」
獄門島さんたちに見つからないよう、窓から逃げることにした。
「あ、ちょっと待って」
窓枠に一度足をかけた新美さんが戻って、ホワイトボードに「藤村式タイ術さくれつ! GOHDA流敗れたり!」と大書きした。
見なかったことにして、おれは窓枠を飛び越えた。
左右age
姫殿下は窓の外で待っていて下さった。
おれは姫殿下のスカートに白い粉がついているのを見つけた。
「申し訳ございません。お召し物に汚れが……」
そう申し上げると姫殿下はそこではじめてお気づきになったようで、裾を摘み上げられた。
「大丈夫、すぐ落ちる」
そうおっしゃいながらぽんぽんとスカートをはたかれた。
「それより藤村、ビラ配りが途中だったな。急いで戻ればまだ人がいるかもしれない。走ろう」
「はい」
姫殿下はおれのお答えを聞いてまたにっこりとうち笑まれた。
「リサリンも一緒に走ろう!」
「え……?」
新美さんは窓枠から身を乗り出したところだった。
次の瞬間、姫殿下は跳ねるように駆け出された。
おれは慌てて後を追った。
「マコリン、ちょっと待って……ぐわあっ」
背後でどさっと重いものが落ちる音がしたが、おれは振り返らず走り続けた。
姫殿下の走りは軽やかで、おれがいくら強く地面を蹴っても追いつけない。
トラックを走っている陸上部員を次々に抜き去って行かれる。
「マコちゃーん、選挙が終わったら陸上部に来てね!」
部長の青沼さんが手を振った。
姫殿下は大きくお手を振り返された。
そのお姿を拝見して、おれは先ほどのお言葉を思い出していた。
「藤村はいつも一生懸命だな」
違うんです、姫殿下。
いつも一生懸命なのは姫殿下の方です。
私はただ姫殿下の後を追っているだけなんです。
全部姫殿下が教えてくださったことなんです。
「新美、走りこみが足りないぞ!」
陸上部員たちの笑い声がグラウンドに響いていた。
(゚ω゚) ニャンポコー
うんこ
週が開けて月曜日の朝、いつもどおりおれはお車の側で姫殿下のお出ましをお待ち申し上げていた。
(「なにかとれ」>「ふく」、か…………)
お屋敷の方から姫殿下がいらっしゃったので、おれは安めぐみについての妄想を中止してご挨拶申し上げた。
「おはようございます、姫殿下」
「……おはよう」
(あれ? お声にいつもの元気がない……)
姫殿下は全体的にややお疲れのご様子だった。
おれがお車のドアを開けると姫殿下は
「ちょっと待っておくれ。今カコがビラをプリントアウトしているところだから」
とおっしゃった。1
カコ様をお待ち申し上げている間におれは今日の放課後行われる討論会についてお尋ね申し上げた。
そのお答えを伺うとどうやらそこにご不快の原因があるらしかった。
「自分の演説はいいが、討論となると…………
何しろ安藤さんの具体的な政策目標がまったくわからないからなあ。金曜日のビラにも書いてなかったし」
「そうですね。獄門島さんの口ぶりから彼女たち運動部員が擁立した候補であることは間違いないと思いますが……
カコ様とはご相談されましたか?」
「うん。でもあの子は“学園内でのアイスの自給自足”とか変なことばかり言っていた」
アイスの自給自足……それがなされれば氷を配給して兵の士気を高めたというアレキサンダー大王以来の快挙だ。
そこへ大きな茶封筒を持ったカコ様が駆けていらっしゃった。
「お姉様、ようやくビラができました」
「うん、ありがとう」
カコ様は姫殿下に茶封筒を手渡されると、ぴゅーっとお車の方へ駆けて行かれた。
「姫殿下、ビラを見せていただけませんか?」
お屋敷から出て公道を走り出したお車の中でおれは姫殿下にお伺いし申し上げた。
「うん、なかなかの力作だぞ」
姫殿下から拝領した封筒を押し戴きつつ開き、中の紙を取り出した。
「こ、これはッ…………!」
おれの目はそのB5サイズの紙の上に釘付けになった。
姫殿下のお名前とキャッチコピー「和を以って尊しと為しませんか?」がゴシック体で書かれている。
これにも言いたいことはあるが今は措く。
問題は姫殿下の御真影に口ヒゲと長い顎ヒゲが付けられていることである。
(ヒゲ!? 何なんだこれは……笑っていいのか?)
肩を震わせながらおれは頭をフル回転させた。
(待てよ、このヒゲには見覚えが……そうだ、「和を以って尊しと為す」聖徳太子だ!
でもなぜ姫殿下がヒゲを……いや、これをド平民の常識で考えてはいけない。
恐らくお身内だけの独特の聖徳太子観をお持ちなのだ! 笑うのはまずい!)
「いやあ、ご立派なヒ……いや字体でございますなあ」
おれは声の震えるのを必死で押さえながら申し上げた。
「そうだろう、カコもなかなか…………あっ、何だこれは!?」ビラを覗きこまれた姫殿下が叫ばれた。
「このヒゲは何だ!? 昨日はこんなものなかったのに……」
そうおっしゃると姫殿下は突然はっとした表情をなさって車のドアに飛びついた。
「帰る! 帰ってあの子にやり直させる!」
「姫殿下、お止めください! 走行中です!」おれはドアのロックを外そうとする姫殿下を必死で押さえた。
「それにカコ様もきっともうご登校されています!」
「ううぅぅぅ…………」
姫殿下は遺跡捏造がばれた後の記者会見のようにがっくりとうなだれあそばされた。
「こうして拝見いたしますと姫殿下はお父上によく似ておられますな」
おれが何とかフォローしようと明るい声で申し上げたが何のご返事もなかった。
ただ一言「学校、休みたい」と呟かれたきりだった。
保守
選管委員長による開会の辞がが終わるとすぐに姫殿下の基調演説が始まった。
演壇についた姫殿下は静まりかえった聴衆を見渡しながらゆっくりとお話になった。
「……わたくしはこのような部活動のあり方に疑問を持っています。
現在、部活動への参加方法は、ひとつの部に入部しそれだけをやり続けるという選択肢しかありません。
ですが、本来部活動には個人の持つ興味、関心、目標に応じた様々な参加の形があるはずです。
わたくしは部活動をより自由なものにしていきたいと考えています。
それによってより多くの人と出会い、学校生活を豊かなものに……」
「ふう、やれやれ」いつのまにかおれの横に立っていた安藤さんがため息とともに言った。
「仲良しクラブを作りたいってわけか……」
その言い方にとげがあったのでおれは少しむかっときた。
「あなただって仲良しクラブを作っているじゃないですか。バスケ部やらバレー部やらソフトボール部やらと」
おれがそう言うと安藤さんは鼻で笑った。
「まあ…………この8年間の生徒会長はそうだったわね」
おれは以前カコ様がお作りになった資料を思い出した。
確かにこの8年間実質的に生徒会長選は行われておらず、そのようなもたれ合いが背景にあることは推測できた。
だが安藤さんの言葉には何か引っかかるものがあった。
「あの……“そうだった”ってことは安藤さんは今までとは違うんですか?」
「そう。私はその慣習を消滅させる!」安藤さんは力強く言った。
「実はこういう運動部との関係を作ったのは私の姉なの」
「え……!?」
突然の告白におれは思わず声を上げた。
「姉はちょっとインパクトのある演説をしただけで簡単に当選してしまうような生徒会選挙に変革をもたらしたかった。
それで思いついたのが運動部の組織票によって確実に当選するという方法なの。
あちらの要求した予算を通すことを見返りとすることでね」
「なるほど……」
そう言われてみると至極まともなやり方に思えてきた。
「でもそれももう終わりよ。甘えた奴らに天誅を下すわ。
旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火よ。ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えているけどね」
どこかで聞いたような説明だが、おれは安藤さんの発する毒電波にただ圧倒されるばかりだった。
左右乙。
俺は読んでないけどw
/´ 〃三=、 \三二 ヽ
/ l| \\ 、、`Y 二ミ ヽ
う ./ i|  ̄``ヽ、 \ヽ }} jj ! ー ヽ ',
る l / |l|、二._ \ヽl j〃ノ 二ミ、ハ
さ | i i|i i i|三二= 二.__ヽY∠ 彡 Z彡ハ^ヽ
い | l 川 { l l_l」=ニ三二ン´_,Y⌒ヾ三乙 ,彡jヾ l '、
! ヽヽ\ >'´ _, 川 〈 j. |l || ト三Z 彡/ l l | !
`┴ヘ yぐ゙ {lリ Y ノj || ト三 彡/ l l | |
黙 } ヾ〉 ヽ! T´(l || ドミ,/シ′ | l | |
れ / 川 l|`Y夭 | l | |!
! `ヽ , | | l| ! ) | | | l|
`';=‐ / ||l| l 川|l|!
`、 ,ィ' | | l|__」..-─-、lj | l|l|
ー ´ l __,」 l l| ヽ||| l|
/´ / / リ Vl|l|
,∠二二./ / 〃 Vl|!
,∠二二二./ / / Vl_」
,イ'´ // /、 , -ヘ
/| __∠∠ ___ /ヽ\ , -‐ '´ , -ヘ
/ レ'´ `ヽ、\\\>'´ , -‐ '´ , - >
/ ! ヽ \\>'´ , -‐ '´ ,イ
! ハ l \>'´ , -‐ '´ |
「それって何か魔王みたいな発想ですね」
おれがそう言うと安藤さんはおれの顔を指差した。
「それよ! 私は魔王になりたいの」
何気ない一言でこの人の隠れていた願望を言い当ててしまった。
「はあ……ところで安藤魔王」
「羽生名人みたいに言わないで頂戴」
「失礼しました。安藤大魔王」
「何かしら?」
「さっきから眼鏡がくもってますけど……」
「あっ」
安藤さんは慌てて眼鏡を外してハンカチでふいた。
「大丈夫ですか? 額に汗をかいておられるようですが」
「大丈夫です! ちょっと緊張してるだけ」ハンカチで顔を拭いながら安藤さんが言った。
「私、演説嫌いなのよね」
「はあ……そうですか」
13才の魔女っ娘ならずぶぬれになって逃げ帰るところだが、成人男子のおれは余裕で聞き流した。
会場から拍手が起こった。
姫殿下が一礼して演壇から戻って来られた。
「マコさん、お疲れ様」
眼鏡を書けなおした安藤さんはすれ違いざまにそう言ってステージに上った。
「安藤さんと何を話していたのだ?」
姫殿下がお尋ねになった。
「えーと……大魔王の公務について話しておりました」
「そうか」姫殿下はおれのお答えに少し考え込まれてからおっしゃった。
「内親王と大魔王だとどっちが大変かな?」
「ナンバー2次第でしょう」
おれはそうお答えしたが、新美さんと変態キキさんの顔を思い浮かべて、どちらも足を引っ張られそうだな、と思った。
左右乙
これだけが2chの楽しみだよ
漏れも毎日楽しみにしてるよ
カコさま・・・何て他人行儀なw
ノ、_,.ィ ニダ〜 平民め!
☆ ノ、_,.ィ なれなれしいわっ!!
∧_∧〃 ☆ .,,. - 、、 て
<`A´丶> ========================= ヅ⌒''小 八咫鏡ビ〜ィム!!
と ⊃ ☆ (ヽli.‘o‘ ,l|レ'^)
\ \ く | |
<_〉<_)
/ /⌒ ヽ ヽ 'i ',
. / / ` `'''" '` `, '、l ',
l ,' ./ ', i l
l ,' /''"" "''ヽ ハ l !i そんなにおでこ・・・
. l i ,イ/ / / / / / / /jノ l l`i l'iつるつるかなあ。。。
. l !i l/ /┃/ / /┃/ / ノl l6 l ,' 'i
ノrハ, l/ / / / / / / u ノ/ri" /__ l
,| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| '//゙ l / ''-,,__
r'''''''ー、 r''''''' ̄ヽ / ノ'" // ヘ
} 二''-' 冫''' ̄ ヽ /// ヽ
( ) ( )
下川さんに続けとばかりに美術部員たちがおれに体当たりしてきた。
「ウィ〜〜〜〜ッ!!」
数人の生徒を引きずりながらおれはテキサス・ロングホーンを決めた。
だが彼女たちの反応は冷淡で、キャノンさんだけが「ウィ〜……」と力無く手を上げた。
「何それ?」
「それも藤村式ってやつ?」
おれはタッグで負けてもウィ〜〜ッとやって帰ったハンセンの偉大さを改めて認識した。
「藤村さん……」獄門島さんが立ち上がって言った。
「ひとつ教えてください。どうしてあの蹴りがかわせたんですか?」
「え……それは……正中線上を狙ってくる蹴りだから胴体より下には来ないだろうと思いまして……」
我ながら単純な理屈だ。
ところが獄門島さんは何度も頷きながらおれの言葉を反芻していた。
「なるほど……胴体より下か……一瞬でこのような弱点を見破るとは流石……」
「いえ、あの、別に一瞬というわけでは……」
藤村式幻想はもはやおれの手の届かないところにまで行ってしまった。
このままだと弟子入りしたいなどと言い出しかねないので、おれは適当にこの場をまとめようと思った。
「まあ、今回は引き分けということで…………」
獄門島さんは不思議そうな顔をした。
「どうしてですか?」
「あの……我々は本来守るべき人たちに心配をかけてしまいましたから……」
おれがそう言うと獄門島さんははっと後ろを振り向いた。
「そうだ……私、みんなのためにやってるんだって勝手に思いこんで……あの子たちの気持ちを考えもしないで……」
(おお、負けたときに言おうと思っていた台詞が意外にもクリティカルヒット!)
「今藤村さんがいいこと言った!」
下川さんがおれの肩越しにずばっと腕を伸ばした。
「あの、そろそろ背中から下りてもらえませんか……?」
おれがそう言うと下川さんは
「貴様は〜〜〜!!だから美術部で馬鹿にされるというのだ〜〜〜!!この〜〜〜!」
とわけのわからないことを言っておれの首を締め始めた。
(く、苦しい……)
おれは「ぐええぇーー!」などと叫び声を上げることもできず、死の舞踏(ダンス・マカブル)を踊った。
「もう一度みんなと話し合ってみます。選挙のことやバスケ部のこれからのことを」
獄門島さんが神妙な面持ちで言った。
「是非そうしてみてください」
おれは目の前が真っ暗になっていくのを感じながら言った。
獄門島さんたちが立ち去ると下川さんはようやくおれの首から手を離した。
「あいつも別に悪い人間じゃないんだよね。ただ思いこむとこうなっちゃうのよね、こう」
下川さんがおれの肩にひじを置いて何やら手を動かしていた。
「あの、見えないんですけど……ていうか本当に下りてください」
おれは通常の2倍の重力を感じながら姫殿下の御足下へ参上した。
「今回は引き分けという結果に終わりました。どうもご心配をおかけしました」
おれがそうご報告申し上げると姫殿下はおれの上着の埃をはたきながらおっしゃった。
「わたしは心配していなかったぞ。藤村の強さはわたしが一番よく知っているから」15
(ああ、おれの人生負けっぱなしだけど姫殿下の御心の中では連勝中なんだ。
だからおれは今こうしてこの場所に立っていられるんだ……)
おれは深々と一礼した。
その途端、予想以上の重みが上体に掛かり、おれはつんのめって倒れた。
「でも目の中に親指を入れて殴り抜けるところとかも見たかったなあ」
おれの背中の上でカコ様がおっしゃった。
「申し訳ございません、カコ様。速やかにお下りください」
おれは地面にうつぶせになったまま言った。
「こうかな? ウィ〜〜」
「マコちゃん、違う。それだとまことちゃんだよ」
「何で反対の手も同じ形になってるの?」
姫殿下と美術部員たちのご歓談が聞こえた。
前にも言ったが今一度言う。面白杉w
正直unko
立会演説会を翌日に控えた火曜日の放課後、姫殿下とおれは「最後のお願い」をしに校内を回った。
ビラは前日までに使い切ってしまっていたので、姫殿下は生徒たち一人一人にお声をかけられた。
そのお声はお疲れからか幾分嗄れ気味だったが、いつもの笑顔を絶やされることはなかった。
食堂から第一体育館へ通じる小道を歩いているとき、姫殿下がおれの方に振り返っておっしゃった。
「藤村、選挙運動も今日が最後だ。長かったな」
「はい。この2週間本当にいろいろなことがありましたね」
おれは2週間前の自分を頭に思い浮かべながらお答えした。
姫殿下のご指名があるまでおれは護衛隊の一番下っ端だった。
姫殿下のお顔を拝見するだけでどきどきした。
そのおれが今こうして姫殿下とこの美しい学園内を歩いている。
これからの生涯を「働いたら負けかな」と思いながら過ごしても購えないほどの幸運だ。
「ここまでがんばってこられたのも藤村のおかげだ。感謝しているぞ」
姫殿下のありがたいお言葉におれはすっかり恐縮してしまった。
「滅相もございません。私などほんのスライムベスでございまして……」
「そなたの助言にはいつも励まされた。本当にありがとう」
おれは平伏するしかなかった。
「藤村のこともよく知ることができたし、たくさんの人と会うこともこともできた。
みんなのおかげで充実した選挙運動になったことを嬉しく思う」
たとえ安藤さんが同じことを言っても聞いている側は絶対に「ウソ臭さ」みたいなものを感じて
額に手をあててしまうだろう。
(姫殿下は偉カワイイだけでなく、優しくて深く民草を愛しておられる……もういいじゃん、姫殿下が生徒会長で。
「東京都」とかももうやめて「姫殿下グラード」にしようぜ。APECも「姫殿下with APEC」でいいよ。
地球とか銀河系っていう名前も飽きたな。いっそのこと……)
おれが共産主義的誇大妄想に浸っていると、前方に3人の大柄な生徒が立ち塞がった。
獄門島さん、八つ墓村さん、病院坂さんの三役揃い踏みだった。
マコさん……」身構えるおれを尻目に獄門島さんが口を開いた。
「お願いがあって来ました」
「お願い?」
「はい。どうか私たちの部で演説を聴かせてもらえませんか?」
「えっ?」
姫殿下が驚きのお声を上げられた。
「昨日あの後部員たちと話し合いました。
そうしたらいろいろな意見が出まして……一番多かったのはまだ考えがまとまらないという意見でした。
私たちが部長がマコさんの演説を邪魔してしまったから……、
お願いします。部員たちの前で改めてお考えを聴かせてください」
3人が頭を下げた。
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
姫殿下はより深くお辞儀をされた。
バスケ部、バレー部、ソフト部の部員たちが集まる第2体育館へ向かう途中、獄門島さんがおれのそばに寄って来た。
「藤村さん、あの、藤村式体術についてもっと詳しく教えていただけませんか?」
恐れていた質問がついに発せられてしまった。
(まずいな……技術論だとぼろが出るから精神論でお茶を濁しておくか……)
「えー、藤村式の秘密はゆ、勇気にありまして……」
「勇気?」
「そ、そうです。人間賛歌は勇気の賛歌、人間のすばらしさは勇気のすばらしさ、ということでして……」
そう言いながらおれは体中をまさぐって使えるアイテムがないかどうか探した。
「……詳しくはこの書で熟知すべし」
そう言っておれはジャケットの裏ポケットから1冊の文庫本を取り出した。
「中島敦『山月記』……あ、これ知ってます。教科書に載ってました」
「大人になってから読むと泣けます。というか確実にへこみます」
おれは姫殿下に初めてお会いする以前の不遇時代を思い出した。
やりたいことが何一つなかった日々。
軽い気持ちでタイに行く先輩についていった。
そこで置き去りにされ、バンコクひとりぼっち。
帰国の費用を稼ぐための退屈な日々に飽きて、日本から持ってきたこの本を開いてみた。
おまえの人生に何もないのはおまえに勇気がないからだ、と言われている気がした。
李徴のように虎になることすらできなかった自分……
でも今は守りたい人もできたし、クマにもなれた(もうなりたくないけど)。
「あ、「弟子」とか「名人伝」とかそれっぽいタイトルの話もありますね」
獄門島さんがぱらぱらとページをめくりながら言った。
「まあ、軽い気持ちで読んでみてください」
おれがそう言うと獄門島さんは
「ありがとうございます!」と言って頭を下げた。
「中島……アツシってどういう字?」
「わかんない……」
八つ墓村さんと病院坂さんは激しくメモを取っていた。
それをご覧になった姫殿下もなぜか慌てて生徒手帳に何かを記入された。
おれの勇気の源が姫殿下ご自身であることには気づいておられぬご様子だった。
青空文庫で『山月記』読み直して泣いた。
藤村×獄門島フラグon?
舞台袖のクリーニングを終えたおれは上着に付いた埃を叩きながら舞台の上に出た。
講堂内は薄暗く静寂に満ちている。
2時間ほど後に姫殿下がここに立たれるのだと思うと不思議な気がする。
おれの存じ上げている姫殿下はおれに優しくお声をかけてくださるお方だ。
特にお声が大きいわけではないし、人を惹きつける話術をお持ちなわけでもない。
その姫殿下が全校生徒を前にご演説をなさる。
選挙運動が始まる前なら想像すらできなかったことだ。
でも今なら何となくその光景を思い浮かべることができる。
きっと姫殿下はおれになさるのと同じように優しく生徒たちに語りかけられるだろう。
「藤村」座席を調べていた三井隊長が舞台端から顔をのぞかせた。
「そっちは終わったか?」
「はい。音響調整室、控え室、舞台、舞台袖、天井、すべて異常なしです」
おれがそう報告すると三井隊長は腕時計を見てあごひげをこすった。
「まだ2時間目か……演説会が始まるまであと50分もある……他に何かやることは……」
「いったん持ち場に戻りませんか?」
おれは少々あきれながら提案した。
「いや、だめだ! 何かしていないと緊張の渦に呑み込まれそうだ!」
この人は朝からこの調子だ。
講堂のクリーニングも普通は卒業式など外部の人間が入る時しか行わないのに、急にやろうと言い出したのだ。
「姫殿下がこんな大きな舞台で演説をされるなんて……だめだ……想像が悪いほうに悪いほうに……」
三井隊長が大きなため息をついた。
「まあ我々が思い悩んでも仕方ありませんから……」
おれの言葉に彼はしばらく何か考え込んでいたが、突然舞台に上って来て言った。
「藤村、ずいぶん服が汚れてるな……いいこと思いついた。おまえとおれで舞台袖の掃除をしよう」
「えーっ!? 掃除ですかァ?」
おれがいやな顔をすると、彼はおれの肩に手を置いて
「雑巾をかけよう。な!」
と力強く言った。
2時間目の終わりを告げるチャイムが鳴って少したつと、生徒たちが講堂内に入り始めた。
他の式典とは違ってみな楽しそうな顔をしている。
「選挙はお祭りだ」という木田さんの言葉を思い出した。
おれは舞台脇の控え室前で姫殿下をお待ちしていた。
たすきをかけた他の候補者たちがおれの横を通り過ぎていく。
姫殿下より先に安藤さんとキキさんが姿を現した。
安藤さんはノートパソコンを抱えていた。
「あれ? そのパソコンは何に使うんですか? 仲魔の召還?」
「演説の時にパワーポイントを使うの」
安藤さんはつまらなそうに答えた。
「そうですか。それはなかなか凝ってますね」
おれがそう言うと安藤さんは薄笑いを浮かべながらポケットからレーザーポインターを取り出し、おれの顔に向けた。
おれはとっさに手をかざした。
「何をするんですか!」
安藤さんはおれの言うのも聞かずに赤い光をキキさんの体に這わせていた。
「キキちゃん、ここは何?」
「え……ここは……私の……モモ……」
キキさんは口篭もっている。
「何? もっとはっきり!」
「モモ……モモ肉です」
それを聞いた安藤さんは(;゚∀゚)=3ムッハ、ムッハ、ムッハ-と荒い息をついた。
この人が生徒会長になったら学校全体がジャバ・ザ・ハット様の城みたいになってしまうだろうな、とおれは思った。
(そしておれは氷漬け……ルルー)
姫殿下と新美さんは何がおかしいのかころころと笑いながら歩いて来られた。
その平和な光景におれは目頭が熱くなるのを感じた。
おれに気付いたお二人は不思議そうなお顔をされた。
「藤村さん、どうしたの? 変な顔して」
「藤村、泣いているのか?」
おれは慌てて笑顔を取り繕った。
「いえ、何でもございません」
おれがそう言うと新美さんがおれの肩を叩いて言った。
「聞いてよ、藤村さん。マコリン、チンプイ知らないんだって、チンプイ」
「藤村は知っているか、チンプイ?」
姫殿下の真剣なお顔に噴出しそうになるのをこらえながら、おれはお答えした。
「はい、存じております。毛だらけの宇宙人でございます」
「それはモジャ公。チンプイは耳がまん丸で顔の横にあるやつよ」
新美さんがジェスチャー付きで解説してくれたので思い出すことができた。
「あ、わかりました。あの王子様の命令で地球に来たサルみたいな感じの……」
「そう、それ! 王子様の家来なのよね……家来……そういえば藤村さんもマコリンの家来。
今日から藤村さんのことチンプイって呼ぼうか?」
「えっ?」
おれは新美さんの言葉で高校時代のことを思い出した。
入学して1ヶ月誰とも口を利かないでいたおれは知らぬ間にモンガーというあだ名を付けられていたのだ。
「そ、そ、それはどうですかねえ。み、見た目はあまり似てないと思いますが……」
おれの動揺に気付いたお二人は不思議そうなお顔をされた。
「藤村さん、どうしたの? 変な顔して」
「藤村、泣いているのか?」
「いえ……何でもございません」
おれは慌てて笑顔を取り繕った。
「藤村さん、ごめんね。もう変なあだ名付けたりしないから」
「藤村、機嫌を直して控え室までついてきておくれ」
優しいお言葉におれはただ恐縮するばかりだった。
優しいよ眞子様優しいよ(っдT)
うんこ
test
344 :
左右:04/11/24 13:14:28 ID:83ReWHTL
終わりか?
荒らし終わったのか?うひょーーーーーーーーーー
345 :
水先案名無い人:04/11/24 13:23:33 ID:wOTIVDXK
キモッ 何がうひょーだよ
うひょーーーーーーーーーー
うひょひょーーーーーーーーーー
348 :
左右:04/11/24 20:28:49 ID:83ReWHTL
妄想『姫殿下バトンリレー』あらすじ
護衛隊員藤村がお守りするのはG習院中等科1年生の姫殿下。
先に行われた生徒会選挙では、妹宮のカコ様・同級生の新美さん・美術部部長の下川さんらの助けを得て、
自称魔王・安藤さんを破り、見事生徒会長に当選なされた。
その姫殿下、今度は陸上部の4×100mのメンバーに選ばれた。
来年1月の冬季大会に向けて練習を開始されたが、そこに現れたのは東京都最速・戸山中の長久手コマキ。
合同練習初日のレースでいきなり両者が交錯し、姫殿下はダウン。
藤村の一番弟子・獄門島さんがこれに怒って食って掛かり、たちまち大乱闘に。
仲裁しようと飛び込んだ藤村が争いの渦中で目にしたものとは……
即死したその3スレの1さん、懲りずに立てたこのスレの1さん、
そして住人の皆さんに感謝。
またマターリしていきましょう。
349 :
左右2-24(再掲):04/11/24 20:30:11 ID:83ReWHTL
「生意気な長久手をしめてやる!」
ビダァァァン!! と仰向けに倒れた長久手さんに獄門島さんがのしかかる。
だが長久手さんはすぐに立ちあがり、獄門島さんにローキックを入れた。
「やってみろ、コラ!」
両者がもみ合うところに中等科・戸山中両校の生徒たちがわっと集まり、たちまち大乱闘が始まった。
おれは姫殿下の下へ馳せ参じようとしたが、この修羅場を見過ごすわけにもいかず、
第1コーナー付近で立ち往生してしまった。
姫殿下の方に目をやると、姫殿下が新美さんの肩を借りて起き上がられるのが見えた。
(姫殿下はご無事か……)
おれは目標を喧嘩の仲裁に切り替えて、暴徒と化した生徒たちの間に分け入った。
掴み合いをする両校の生徒たちにモンゴリアンチョップを叩きこみながら争いの中心へと向かう。
そこでは案の定、獄門島さんと長久手さんがシバキ合いをしていた。
密集しているため距離が取れず、お互いの打撃は有効打となっていない。
おれは2人の間に体を入れて叫んだ。
「喧嘩はやめてください!」
「藤村さん、どいて! そいつ殺せない!」
おれの背後で獄門島さんが怒鳴った。
長久手さんはおれの体を盾にしながら蹴りを繰り出した。
突然、周囲の生徒を抑えようと広げていた右手に鋭い痛みが走った。
(痛っ! 刃物!?)
手を慌てて引っこめて顔の前にかざすと、掌にくっきりと歯型がついていた。
「うわあああ、誰だ!?」
「誰!? 今藤村さんを噛んだのは!?」
カコ様の大きなお声が聞こえた。
(あれ? おれ、"噛まれた"って言ったっけ?)
おれの心はぼんやりとした疑念に包まれたが、周囲の生徒たちからの圧力ですぐに現実に引き戻された。
350 :
左右2-25:04/11/24 20:32:33 ID:83ReWHTL
(くそっ、こうなったらあれを出すしかない!)
おれは腕を交差させ、片手で長久手さんの顔面を掴んだ。
「うわあああ! 何!?」
さらにもう一方の手で肩越しに獄門島さんの顔面を締め上げた。
「ぎゃあああ! 痛え!」
「とくと味わえ! 藤村式クロス・アイアンクロー!」
この技は腕をクロスさせることにより、相手が前に出る圧力を確実に減退させる。
その比率実に30%!
この殺人ホールドにより場の混乱は一時収まったかに見えた。
だが何者かがおれの上に覆い被さってきて、技が外れた。
「どういう事だッ! ナメやがってクソッ! クソッ!」
下川さんがおれの背中に乗っかったまま長久手さんに鉄槌を振り下ろしていた。
長久手さんもそれに負けじと
「殺れるもんなら殺ってみやがれってんだ! チクショーーッ!」
とパンチを返す。
それらの打撃のほとんどがおれに当たった。
おれの首にぶら下がる下川さんの腕と胸が徐々に気道を圧迫し始めた。
(く、苦しい……)
おれは
_ ∩
( ゚∀゚)彡 おっぱい!おっぱい!
( ⊂彡
と手をばたつかせた。
突然誰かに肩を引っ張られた。
「藤村! そこをどけ!」
お声に振り返ると姫殿下が鬼の形相でこちらに迫ってきておられた。
「わたしが出て行ってやっつける! 藤村、退け!」
ツマンネ
自分のサイトあるんだからそこでやってろよ
祝・再開
陰ながら応援してるぞ、ガンガレ
もうダメかと思ったよ
左右ガンガレ超ガンガレ
354 :
左右2-26:04/11/25 20:41:35 ID:YzNEcARf
怒髪天を衝く姫殿下を新美さんが必死で止めていた。
「マコリン、落ち着いて!」
「リサリン! 放して!」
今にも新美さんを引きずり倒しておれの背後にやって来られそうだ。
(まずい……どうしたらいいんだ!?)
このような恐ろしいシチュエーションは護衛隊のマニュアルにもない。
「状況例253 海蛇さんのところに行きたいとおっしゃった場合の対応」や
「状況例1846 ルーズソックスを履きたいと駄々をこねられた場合の対応」
などが頭に浮かんだが、今の状況と比較した場合、危機レベルに天と地ほどの差がある。
(誇り高き姫殿下がここまで激昂されるとは……
む、待てよ。誇り…………そこに賭けてみるか)
おれは体を回転させて下川さんの体を振り回し、辺りの生徒を蹴散らした。
いくつかの悲鳴とともにおれの周囲にわずかな空間ができた。
「静粛! 静粛!」
おれはあらん限りの声を振り絞って叫んだ。
「これよりG習院中等科生徒会長・マコ内親王殿下にお言葉を頂きます。 謹聴!」
生徒たちはあっけに取られておれの顔を見つめている。
姫殿下も同じだった。
「よろしくお願いいたします。生 徒 会 長」
おれがそうお呼びかけ申し上げると、姫殿下のお顔色が変わった。
やり場のなくなった怒りをおれにぶつけるおつもりか、こちらを鋭く睨みつけておられる。
「さあ、どうなされました、生 徒 会 長 ?
中 等 科 の 代 表 としてのお言葉を皆がお待ちしております」
そう畳みかけると、姫殿下は歯噛みをしながらこちらへおいでになった。
ツマンネ
自分のサイトあるんだからそこでや.ってろよ
356 :
水先案名無い人:04/11/26 18:35:30 ID:3g1tbcx8
貞子様がやられそうになったら自分が出て行ってたっすける
♪くる〜きっとくる〜
チョトワラタww
>>357 俺はただ素直に感想を言ってるだけですよ。
361 :
左右2-27:04/11/26 23:46:25 ID:GhfEBESv
姫殿下は長久手さんの前に立たれると、先ほどご自分を倒した相手を、きっ、と睨みつけられた。
「…………さっきは不注意で走路を妨害してしまい、申し訳ありませんでした」
そうおっしゃってひとつ大きく息を吐かれる。
長久手さんも鋭い目線を姫殿下に向けながら言った。
「私こそ突き飛ばしたりしてすいませんでした」
「はい、それじゃあ仲直りの握手をしましょうね」突然割りこんで来た安藤さんが言った。「カコさん、はい、カメラ。記念に写真を撮りましょう」
カコ様はブーたれあそばされながらカメラをお受け取りになった。
「……はい、じゃあ撮りまーす」
「さあさあ、リレーチームの皆さんも一緒に」
事態の急展開に呆然としている生徒たちを安藤さんが無理矢理動かす。
「はーい、もう少し中央に集まってくださいね」
キキさんがぷよぷよと生徒たちの立ち位置を修正する。
姫殿下はカメラに向かっていつものスマイルを浮かべられたが、御眼は笑っておられなかった。
生徒たちがそれぞれの練習の場へと散って行った。
おれは安藤さんにお礼を言った。
「安藤さんのおかげで悪い雰囲気を変えることができました。ありがとうございました」
「あら、どういたしまして」
安藤さんがおどけた調子で言った。
「まさか安藤さんに争いごとの仲裁をしていただくとは思っていませんでした」
「私はもっと高いレベルでの戦いが見たいだけなの。こんなつまらないいがみ合いじゃなくてね」
「はい。ありがとうございました」
おれがそう言うと安藤さんは澄ました顔でキキさんと連れ立って歩いて行った。
おれはお辞儀をしていた頭を上げて、立ち去ろうとしていた獄門島さんを捕まえた。
「あなたには話があります。ちょっと残ってください」
362 :
左右2-28:04/11/27 20:50:31 ID:ovc68fpF
「何でしょうか?」
獄門島さんは不承不承といった様子で言った。
まだ腹立ちが収まらないようだ。
「獄門島さん、藤村式体術三つの心得を言ってみてください」とおれは言った。
「覚えるように言いましたよね?」
「押忍、
ひとつ、ルールは破るべし。
ひとつ、人数で上回るべし。
ひとつ、近代兵器に頼るべし。
です。押忍」
「最初のひとつ以外はすべて背いていましたね。陸上のルールは見事に破ってくれましたが……」
おれがそう言うと獄門島さんは顔色を変えた。
「で、でも人数ではこちらの方が……」
「あんな統率の取れていない集団など人数に入りません」
「でも、あっちが先に……」
「相手をコントロールするためにはまず自分の感情をコントロールしなければいけません。
頭を冷やして長久手さんに謝りに行ってください」
獄門島さんは腕を組んで不機嫌そうな顔をしていたが、おれが黙っていると最後には折れた。
「……わかりました。謝りに行きます。ありがとうございました」
一礼して走り去る獄門島さんを見ているおれの背後から下川さんが言った。
「藤村さん、あいつにはもっと厳しく言った方がいいわよ」
「そうですか? 結構厳しく言ったつもりなんですけど」
「いや、あいつはわかってないよ。逆にかばってもらったぐらいに思ってるかも」
「そうですかねえ…………ところでそろそろ下りてもらえませんか?」
そう言っておれは下川さんの胴締めスリーパーを外しに掛かった。
363 :
水先案名無い人:04/11/27 23:07:50 ID:fhRnmS5V
いつの間にやらモテ男
正直クソ
365 :
左右2-29:04/11/28 21:01:20 ID:GinnQ5Tt
結局この日はグラウンド上の気まずい雰囲気が消えることはなかった。
姫殿下は長久手さんを避けるようにして静かに練習されていた。
帰りのお車の中でも姫殿下はお口を開かれない。
おれも黙ったままカコ様のデジカメの液晶から漏れる光をぼんやりと見つめているしかなかった。
(あんな形でお諌めしてしまったのが却ってよくなかったかもしれないな……)
姫殿下とおれの間に座られたカコ様は今日撮った写真をチェックしておられる。
その中の1枚がおれの目に留まった。
「カコ様、今の写真は……」
「これ? 長久手さんがスタートするところを撮ってみたんだけど……」
カコ様のお手の中で長久手さんが見事な前傾姿勢を取っていた。
「格好いいですね。こんなに体が低くなっています」
「本当ねえ。すごく勢いがあるわね」
「……すごい。隣りのリー姉さんよりずっと低く出ている」
姫殿下もいつのまにか液晶を覗きこんでおられた。
「姫殿下も練習を積まれればこんなスタートが切れるようになりますよ」
とおれは申し上げた。
「そうかな?」
「はい。だってこれから長久手さんの練習を近くで見て技を盗むことができますからね」
「そうか。そうだな」姫殿下が頷かれた。「…………藤村、さっきはごめん」
「私の方こそ出過ぎた真似をいたしました」
「ううん、わたしが悪かったんだ。頭に血が上ってしまっていたんだ。
あのとき突き飛ばされたことより走りで勝てなかったことが悔しくて、それを長久手さんにぶつけようと……」
「まあ、その恨みはリレーで晴らしましょう。走りで負かした方があの人も悔しがるでしょう」
おれがそう申し上げると姫殿下はようやく柔らかな笑顔を浮かべられた。
そのお顔を拝していると今日生徒たちにもみくちゃにされたことも無駄ではなかったと思えてきた。
つまんね
367 :
左右2-30:04/11/29 23:36:44 ID:kyn8gftb
月曜日、姫殿下は生徒会の会議、美術部、陸上部と精力的に活動された。
帰りのお車の中ではさすがにお疲れのご様子だった。
「今日は忙しかった……」姫殿下はそうおっしゃって大きなため息を吐かれた。
「でもまだ走り足りないな」
「まだ足りませんか?」
「うん……こんなものでは長久手さんに追いつけない。
いや、むしろどんどん離されていっている気がする。焦るなあ……」
姫殿下はうーんとひとつ伸びをされた。
おれは思いついたことをご献策することにした。
陸上の技術よりもこういったことの方が貢献できそうな気がする。
「姫殿下、ウェイトトレーニングをなさってはいかがでしょう」
「ウェイトトレーニング?」
「はい。これならお家でできますし、1日30分くらいで効果が出るかと存じます」
「でもあれは成長が止まる前にやると背が伸びなくなると聞いたが?」
「それは迷信でございます。筋肉の付きやすい体質の人に背の低い人が多いだけのこと。
むしろ注意すべきは誤ったフォームによる怪我と栄養面での偏りでございます」
おれがそうご説明申し上げると姫殿下はしきりに頷いておられた。
「もしお望みとあらば護衛隊の方でご用意いたしますが?」
「本当か?」
「はい。皆トレーニング好きですから、家に使っていないダンベルの1つや2つは必ず転がっているかと存じます」
「そうか。それでは貸してもらうことにしよう」
姫殿下は満足げな顔でもう一度伸びをされた。
「おお、何だか長久手さんにも勝てそうな気がしてきた!」
(おお、何てポジティブシンキングだ!)
おれは「日出る処の天子〜」という国書を送った聖徳太子もこんなにイケイケだったのだろうか、と飛鳥時代に思いをはせた。
ツマンネシネヨゴミガ
おまいも粘着して暇だなぁ。
書き込みには1分も掛からないし暇か否かは関係無いと思う。
寝ようぜ!
ツマンネ言ってるひとは保守してくれてるのだが?
勘違いすんなや
373 :
水先案名無い人:04/11/30 19:27:44 ID:IdraotaE
毎日書いてるんだから保守しなくても落ちねぇよボケ
374 :
左右2-31:04/11/30 19:34:39 ID:oAgaR55P
姫殿下をお見送りするとおれは待機室に帰った。
中では先輩の望月さん、金山さん、成嶋さんがお茶を飲んでいた。
「おう藤村」おれに気付いた望月さんが声をかけてきた。「おまえ、これから道場行くだろ?」
「はい」
「じゃあ一緒に行こうぜ」
「はい。すぐ日誌を書いちゃいますんで」
そう言って同じテーブルについてから、おれは先ほど姫殿下にお話したことを彼らに相談してみることにした」
「あのー、皆さん、ダンベルとか余ってませんか?」
3人が不思議そうな顔をした。
「ダンベル? あれは別に余るようなものじゃないからな」
「藤村、ウェイト始めるのか?」
「いえ、私ではなくて姫殿下が……」
おれがそう言いかけたところで金山さんがお茶を喉に引っ掛けながら口を挟んだ。
「あ、おれ余ってる。この間2セット買っちゃってさ……」
それを聞いた2人も「セットで余ってる」「おれはマシンが余ってる」と口々に言い出した。
「ではダンベルセットは片方陸上部に寄付しましょうか。余ってるんですもんね」
とおれが言うと金山さんは露骨に嫌そうな顔をした。
「でもそれを供出するのはいいとして、どこに置くんだ?
セットは結構場所取るからなあ。お屋敷に運びこむのもご迷惑だろうし」
そう言って望月さんがお茶を啜った。
「あ、じゃあいっそのことここに置いたらどうだ?」
何が「いっそのこと」なのかわからないが成嶋さんが言った。
「そうか、それなら護衛隊員がご指導し申し上げることもできて一石二鳥!」
「マシンも何台か入れられるんじゃないか? ちょっとテーブルどけてみようぜ」
何だか話が大袈裟になってきた。
一番下っ端のおれが力仕事をさせられるのは必至なので、急いで日誌を書き上げて退散することにした。
375 :
水先案名無い人:04/11/30 22:54:49 ID:K5Aa7QSK
ちょっと丸くなってから引き締まってくる。
14歳から16歳ごろが・・・
379 :
左右2-32:04/12/01 21:44:11 ID:GmhQM8xc
翌朝、出勤すると待機室内部は小さなジムに早変わりしていた。
今日は休みだったはずの望月さん、金山さんが謎のマシンを組み立てていた。
「これ、どうしたんですか?」
おれが尋ねると望月さんがドライバーを回す手を休めておれの方を見た。
「このマルチマシンは成嶋の。あっちのエアロバイクは三井隊長で、あのベンチは山崎さんの提供」
「それからあのレッグエクステンションは藤吉さんで、マットは船戸がジムやってる後輩からぶん取ってきたやつ」
そう言って金山さんが床の半分を埋め尽くした青いマットを指差した。
「あと、向かいの壁に鏡付けるから。業者入れられないんでおれたちがやるんだけどさ」
「……では姫殿下にご報告しておきますね」
ロッカーに鞄を放りこみながら、巻き込まれずに済んだ幸運を神に感謝した。
「おお! これはすごい!」
下校されてすぐ待機室にいらした姫殿下が歓声を上げられた。
朝あったものに加えて壁一面の鏡、ダンベルセット(ラック付き)、謎の巨大ボールが運びこまれていた。
「使っていなかったものを皆で持ち寄ったところ、これだけ集まりました」
「我々がトレーナーとしてご指導いたします」
運動着に着替えた望月さん、金山さんがそう言って頭を下げた。
「そうか、ありがとう。早速着替えてくる」
姫殿下はそう言い残されるとお屋敷の方へ駈けて行かれた。
「お2人ともまだ帰ってなかったんですか?」
とおれが言うと2人は「おまえは早く帰れ」「道場に行け」と冷たく言い放った。
そのとき、背後の戸口で懐かしいお声がした。
「あら! ずいぶん立派な設備ねえ」
振り返るとカコ様がニコニコ顔で立っておられた。
380 :
左右2-33:04/12/01 21:46:34 ID:GmhQM8xc
カコ様はとことこと待機室改め姫殿下スポーツ倶楽部(愛称・姫殿下の穴)に入っておいでになった。
「あら、すごい機械。マットもあるのね。あら……」
カコ様の視線はマットの上に転がる直径およそ80cmの巨大ボールに注がれていた。
「このボールは上に乗ってバランスを保つことにより全身の……」
望月さんが説明を始めたが、カコ様はそれをお聞き入れにならずにボールにフライングボディアタックを敢行された。
だがボールは無情にも転がり、カコ様は御頭から落っこちあそばされた。
「ぎゃっ!」
「うわあ、カコ様!」
おれたち3人は慌ててお側に駈け寄った。
「お怪我は!?」
「うう……アシカ風情が軽々と乗っているのにどうして……」
カコ様はぐったりとされたままおっしゃった。
おれはご納得頂けるようご説明申し上げた。
「アシカの姿を思い浮かべてください。体が濡れて黒光りしているでしょう。
あれは汗なのですよ。たくさん練習して、それでもあんなに汗をかくくらい球乗りは難しいのですよ」
「なるほど」
カコ様は御頭をさすりながら起き上がられた。
しばしご立腹のご様子でボールを睨みつけておられたが、突然それを抱え上げられると掛け声とともに放り投げられた。
だが無情にも壁にぶつかって跳ね返ってきたボールに吹き飛ばされあそばされた。
「げぎゃっ!」
「うわあ、カコ様!」
おれたち3人は慌ててお側に駈け寄った。
「お怪我は!?」
「うう……虎は虎として生き、虎として死ねばいい……」
カコ様はぐったりとされたままおっしゃった。
tumanne.
姫殿下の穴
ネーミングエロすぎるよ左右たん
383 :
左右2-34:04/12/02 20:09:35 ID:inUJsIJd
「わたしもう帰るわね」
カコ様がふらふらとドアに向かわれた。
「あら、あれは何?」
そうおっしゃって立ち止まられたカコ様の視線の先には昨日まで部屋の中心に置かれていたテーブルがあった。
そしてその上に乗ったバナナの大きな房。
「トレーニングには栄養補給が欠かせませんのでご用意いたしました」
と成嶋さんが申し上げた。
「あら、そうなの」カコ様は素早くそちらに移動された。「1本頂いていいかしら?」
「はい、どうぞ」
望月さんが言うが早いかカコ様は機械のごとき正確さでバナナの皮を剥かれ、もしゃもしゃと召し上がった。
「うん、おいしいおいしい。あら、これは何?」
カコ様が空いたお手で直方体の缶をお持ちになった。
「それはフルーツケーキでございます。ドライフルーツはエネルギー量が高く……」
「あら、そうなの」カコ様は素早く缶の蓋を開けられた。「1つ頂いていいかしら」
「はい、どうぞ」
「ただ今お茶を淹れますので……」
そう申し上げて駈け寄ろうとする成嶋さんをカコ様はケーキをお持ちでない方のお手で制してもぐもぐおっしゃった。
「お姉様がトレーニングされているときにまた来るからいいわ。どうもありがとう」
それからフルーツケーキを2切れとんとんと、トランプのシャッフルのように積み上げてカーディガンの御ポッケにお入れになった。
(あれ? おかしいな。あのポケット全然膨らんでいない……四次元……?)
「じゃあ、また」
カコ様は御ポッケをかばうようにしてぴゅーっと待機室を飛び出して行かれた。
それと入れ違いのような格好で姫殿下がおいでになった。
「姫殿下、さっきまでカコ様がおいでになっておりましたが、お会いになりましたか?」
「えっ? 会わなかったが……」
不思議そうなお顔をされる姫殿下の背後からカコ様のお声が聞えた。
「お姉様、トレーニングを見学に来ました。あら、バナナ……」
384 :
左右2-35:04/12/03 21:24:53 ID:xfp6Srk+
金曜日、陸上部の練習は再び戸山中と合同で行われた。
姫殿下はリレーメンバーや戸山中の3人と少しずつ打ち解けてこられたご様子だったが、
長久手さんにお近付きになることはなかった。
長久手さんの方も1人で黙々とスタートダッシュを続けていた。
ホームストレート中央付近でカメラを構えるカコ様のお隣でおれはぼんやりと練習を眺めていた。
手にはガスストーブとお茶の一式を入れた紙袋を提げている。
休憩時間に暖かい飲み物を提供しようと持ってきたのだが、皆で楽しく茶飲み話ができるような雰囲気ではなかった。
カコ様が録画されたばかりのムービーを再生しておられるところに、走り終えた長久手さんと屋島さんが通りかかった。
長久手さんがちらりと画面を見て屋島さんに言う。
「部長、今日のスタート悪い癖が出ちゃってますよ。足が流れてます」
「あー、そやな。おんなじことの繰り返しよ」
長久手さんに話し掛けるチャンスが来たのを感じた。
「あの……足が流れるってどういうことですか?」
おれの突然の質問に長久手さんは戸惑った顔を見せた。
「えーと……どう言ったらいいんだろう。足が空回りする感じかな……ちょっとさっきのスタートのシーン見せてもらえる?」
カコ様が巻き戻しボタンを押される。
「ここ、部長のスタート。ほら、前傾しすぎて足の切り替えがバタバタしてる。これだと力が地面に伝わらないのよ」
「はあ……なるほど」おれは目を凝らして液晶を見つめたが他の人とどう違うのかわからなかった。
「よろしかったら私の走りも見ていただけませんか?」
おれがそう言うと長久手さんは怪訝そうな顔をした
「……別にいいけど」
それを聞いたおれは紙袋を置き、スタート地点に向かって歩き出した。
「懲りない人ねえ」とカコ様が呟かれるのが聞えた。
tumannne.
omosire.gannbare.
uruse-shine
388 :
左右2-36:04/12/04 18:51:31 ID:C4+U9lnF
おれはスタート地点でお膝を突かれた姫殿下のお隣に立った
「あ、藤村。どうしたのだ?」
「長久手さんのコーチを受けようと思いまして。姫殿下もいかがですか?」
「いや、わたしは……」
「長久手さん!」おれは手を振って叫んだ。「姫殿下の走りも見てもらえますか?」
長久手さんが手を上げて応えた。
「わたしは見てもらわなくていい」姫殿下がぽつりと呟かれた。
でもここのチャンネルを確保しておかなければ長久手さんとこのままコミュニケーションを取れずじまいになってしまう。
「まあ、そうおっしゃらずに。何本か走ってみましょう」
そう申し上げておれはスターティンググリッドに付いた。
20mを7、8本走ってから姫殿下とおれは長久手さんのところに言った。
「どうでしたか?」
おれが尋ねると長久手さんは腕を組んだ。
「あのねえ……キックが全然弱い。あれじゃただ足を動かしてるだけよ。もっと1歩1歩確実に地面を捉えないと」
「ありがとうございます。参考になりました」
おれは頭を下げた。
「それからマコさん」彼女は姫殿下の方に向き直った。「あなた適当に走ってるでしょ?」
「え……?」
姫殿下のお顔が引きつった。
「走りにプランがないんだよね。どこで上体を起こしてどこで中間走に入るかっていうことを考えてないでしょ。
これじゃ安定したタイムが出せないわよ」
そう言って長久手さんはカコ様のカメラの液晶を見つめている。
「どう説明したらいいのかな……ちょっと一緒に走ってみようか。その方がわかりやすいと思う」
長久手さんはそのままスタートの方へ歩いて行ってしまった。
姫殿下は慌ててついて行かれた。
389 :
左右2-37:04/12/05 20:53:57 ID:OkE5EoiM
「ああ始まった。教え始めたら長いで、あの子は」
そう言って屋島さんが笑った。
「でも人の走りをよく見ていますね。私にはあんなコーチングはできません」
とおれは言った。
「私たちにとってもあの子はいいコーチよ。熱心やし、よく走りを知ってる。それやのに……」
スタートダッシュを実演して見せている長久手さんの姿を見ながら屋島さんが言った。
「言い方がよくないねんな。あの一言が余計やったな、いうことがよくあんねん」
(要するに陸上バカということか……)
それなら姫殿下バカのおれとも気が合いそうだ。
おれはスタートにカメラを向けておられるカコ様に頭を下げた。
「カコ様、ありがとうございます。撮っていただいたムービー、とても参考になりました」
カコ様は照れ笑いを浮かべられた。
「あら、ありがとう。わたしも自分の撮ったものを見てもらえて嬉しいわ」
それからカコ様はおれの紙袋をじっと見つめられた。
「ところで藤村さん、それは何?」
「これはチャイでも作ろうかと思いまして……」
「チャイってチャイチャイチャイチャイのチャイ?」
「……(よくわかりませんがたぶん)そうです」
「それは楽しみねえ」
カコ様はチャイチャイチャイチャイと謎の小唄を口ずさみながらスタートの方へ歩いて行かれた。
その向こうでは姫殿下と長久手さんが並んでフォームの確認をされていた。
nannano conosure
391 :
左右2-38:04/12/06 21:41:55 ID:LQjWgat0
両校のリレーチームと中等科四天王、新美さん、安藤さん、キキさん、カコ様がガスストーブを囲んでお茶を啜っておられる。
「暖かーい」
「甘い!」
「チャイチャイチャイチャイオブジョイトイ!」
おれのチャイはインド産の安い茶葉と砂糖を使ったある種本格的なものだったが、好評をもって迎えられた。
姫殿下と新美さんは長久手さんと大分打ち解けられたご様子だった。
「ねえコマキさん」新美さんが長久手さんに話しかけた。「戸山中サッカー部のキャプテンって彼女いるの?」
「あー、そういえばG習院にいるんじゃなかったっけ?」長久手さんはお茶をフーフー吹きながら言った。
「確かゴッゴルみたいな名前の……」
「ちゃうって。何かクリリンみたいな感じよ」
と屋島さんが言った。
「てめえか、ククリ!」
下川さんが病院坂さんの首を締め、セントへレンズ大噴火を起こそうとしていた。
「ククリさん、ずるいっス。いつの間にそんなことしてるんですか!」
「いや、別に付き合っているわけでは……」
そう言って病院坂さんはあいまいな笑顔を浮かべた。
「嘘だ! 絶対嘘だ!」
下川さんが言った。
「そうだ! そういう人に限って実際はラブラブなんだ!」
「藤村、どうしてそんなにむきになっているのだ?」
過去のトラウマからつい熱くなってしまったおれを姫殿下がたしなめられた。
392 :
水先案名無い人:04/12/07 00:33:06 ID:NNpYv1Xk
眞子さまでオナニーしたら不敬罪?「この下民が!」って蔑まれたい!
TOSHIでオナニーしても不敬罪にはなりません
394 :
左右2-39:04/12/07 19:27:16 ID:NeUQa6Ib
「ねえ新美さん、榛名先生って彼女いるのかな?」
今度は長久手さんから恋の相談があった。
「コマキさん、ルナ先生がタイプなの?」
新美さんが素っ頓狂な声を上げた。
「うん。結構かっこいいと思うんだけど……」
長久手さんが恥ずかしそうに言った。
「かっこいいか?」
リー姉妹が声を揃えて言った。
「ほら、中学生に交じって本気で走ってるよ。本当にあれでいいの?」
下川さんが笑いながら言った。
生徒たちを叱咤激励しながら走るルナ先生の姿はちょっと間抜けだったけど、
よく考えたらおれも似たような立場なので笑うことはできなかった。
「あれがいいんですよ。やっぱり陸上が好きな人がいいと思うんです」長久手さんが力説した。
「それにあの丸坊主はきっとファッションで……」
「それはない」
屋島さんが冷たく言い放った。
「じゃあ反対に聞きますけど、下川さんはどういう人が好みなんですか?」
「私? 私はねえ……」下川さんが腕を組んだ。「ブラックジャック。手塚治虫の。あのビッグマウスぶりと手術バカぶりがかわいい」
そう言って下川さんが笑った。
「マコさんは? マコさんは有名人で言うとどういう人がタイプ?」
長久手さんがイギリスの大衆紙サンもびっくりの質問をぶっつけ申し上げた。
姫殿下がしばし黙考される。
「わたしは…………宮本武蔵」
「武蔵!?」
(意外にもワイルド好みであらせられる!)
誰もが予想していなかったお答えに一同はどうツッコミ申し上げればよいのかわからずにいた。
395 :
左右2-40:04/12/08 21:07:45 ID:SmvswDiD
「武蔵のどのへんがいいわけ?」
長久手さんが恐る恐る尋ねた。
姫殿下はマグカップを持つお手をもじもじされていた。
「あの……強くなろうとひたむきなところが」
(あっ! それ、おれ!)
「藤村さん、今"よかった。自分と武蔵の共通点が見つかった"って思ったでしょ?」
安藤さんが薄笑いを浮かべて言った。
「う……どうしてわかったんですか?」
「顔に出てたわよ」安藤さんはケケケと笑った。
「でも、他にも共通点があると思うけど」
「どの辺りですか?」
「二刀流っぽいところが……」
「二刀流!?」
驚いて大きな声を出してしまった。
「二刀流……」
「道理で……」
「なるほど。だから……」
生徒たちは何事かを囁き合っている。
「そう言えば……」姫殿下がはたとお膝を打たれた。
「この間、藤村はルナ先生にしきりに会いたがっていたな」
「姫殿下、この流れでそのお言葉はいかがなものかと……」
もはやフォロー不可能だった。
「…………むしろ一刀斎」
今までずっと黙っていた白村さんがぽつりと呟いた。
「藤村さん、榛名先生に彼女いるかどうか聞いといてよ」
長久手さんが言った。
「この流れでは絶対に無理です」
おれは動揺を隠すために精一杯の笑顔で答えた。
uwa-tumannne-
左右紫煙
>左右氏
毎日楽しみにしています。(サイトの方も)
399 :
左右2-41:04/12/09 21:24:49 ID:UXU6ynS7
「まあ、ええんちゃうの? よくあることよ」
そう屋島さんが明るく言ったので他の生徒たちも段々受け入れムードになってきた。
「確かに悪いことではないわよね」
「人それぞれだもんね」
「わたしも藤村が選んだ道ならそれでいいと思う」
姫殿下も力強くおっしゃった。
「ああ、よかった。皆さん理解があって……って理解してほしいのはそこじゃない!」
おれは興奮のあまりチャイを少しこぼしながら叫んだ。
「でもそういうケがある方が人気が上がるかもね。腐女子の皆さんに」
下川さんが言うと有藤さんが笑いながら頷いた。
「うちのクラスだと藤村さんは結構人気ありますよ」
「詳しく!」
おれの勢いに有藤さんは少し気圧された様子で答えた。
「……あの、ランクで言ったら妻夫木君の次くらいに」
「もはや晒し上げね」
カコ様がにこやかにおっしゃった。
「藤村さんって護衛隊の女性隊員にも人気があるんですよ」
獄門島さんのフォローに一同がどよめいた。
「そういうのを待っていました。さあどんどん言いふらしてください」
おれはドローリとしたジャイアンシチューをグルーピーに勧めるGOHDAの鷹揚さでもって言った。
「本当に人気あるの?」
下川さんが獄門島さんに尋ねた。獄門島さんはまじめな顔をして答えた。
「うん、組み手をすると投げやすいって」
「フリスビー扱いね」
カコ様がにこやかにおっしゃった。
400 :
水先案名無い人:04/12/09 21:25:29 ID:B5V5RmEu
つか、新章の人物紹介先におながい(サイトのほう)
見てて誰が誰かわからんくなるけ
つまんねー
402 :
左右:04/12/09 23:12:47 ID:UXU6ynS7
403 :
左右2-42:04/12/10 20:23:40 ID:LCZy9ilR
生徒たちが練習に戻った後でおれがマグカップを片付けていると、姫殿下がいらして手伝ってくださった。
「あ、私がやりますのでどうぞトラックの方へ……」
おれがそう申し上げたが姫殿下はマグカップを積み上げながら何か他のことを考えておられるご様子だった。
「藤村、コマキさんはすごいなあ」
合計6個のカップをお持ちになった姫殿下がふらつきながらおっしゃった。
「やはり近くでご覧になると違いますか?」
「うん、ただ足が速いだけじゃなくて技術もかなり研究してるみたいだ。
それに走ることが大好きで、もっともっと速くなろうと努力している」
姫殿下のお話しぶりからコマキさんの陸上バカぶりが十分伝わってくる。
そのとき背後からコマキさんの声がした。
「マコさん! さっきのところもう一回やってみよう!」
姫殿下は振り向かれたときに誤ってカップを落としてしまわれた。
おれはしゃがんでそのカップを拾い上げた。
「姫殿下、ここはもう私にお任せください。コマキさんが早く走りたくてウズウズしていますよ」
姫殿下は済まなそうなお顔をしておられたが、おれがしつこくお勧めしたので
「ごめん、藤村。じゃあ行ってくる」
と言い残されて駈けて行かれた。
(よかった、姫殿下に新しいお友達ができて)
おれなんてネット上だと平均20〜25ほどで最大84人友達がいるが、リアルではずっとゼロだった。
姫殿下にお会いするまでは。
姫殿下のおかげでおれはどれだけの人と知り合いになれたのだろう?
100人くらい? よーし次は200人突破しろーって思いながらグラウンドを眺め渡すと
姫殿下とコマキさんとリー姉妹がお互いのフォームを真似しながら談笑しておられて壮観だった!
気持ちの良い夕刻でした。
最期の行で吹いたw
405 :
水先案名無い人:04/12/10 23:50:56 ID:T3w0PA/Z
人物紹介乙
406 :
左右2-43:04/12/11 21:48:23 ID:NYH184A9
土曜日は榛名先生が陸上部員たちを大学の陸上部の練習に招待してくれた。
大学のグラウンドは中等科のそれより貧相だったが、色々な種目の練習が行われているせいもあってか活気があった。
榛名先生が生徒たちを連れてグラウンドに入ると、後輩たちがその「先生」ぶりを冷やかした。
照れて笑う榛名先生は中等科にいるときと違って普通の大学生の顔をしていた。
リレーメンバーがウォーミングアップをしていると榛名先生が1人の女子選手を連れてやって来た。
皆の前に立った彼女は照れながら短い前髪をいじっていた。
「皆さん、こちら中等科陸上部OGの今井さんです」
今井と呼ばれた選手が頭を下げた。
「はじめまして、今井マチコです。中等科は2002年度卒業なので……皆さんの6年先輩になるのかしら。
今は400mを専門にやってるんですけど、私も中等科のときは4×100mリレーの選手だったので
それを思い出しながら今日は皆さんと一緒に練習したいと思います。よろしくお願いします」
「あの……」有藤さんがおずおずと立ち上がって言った。
「今井さんって、あの2002年の夏の大会で50秒99の中等科記録を作った
あのリレーメンバーの今井さんですか?」
「そうですけど」今井さんはこともなげに言った。「まだあの記録破られてなかったんだ」
「すげえ! あの今井さんだよ!」
「すげえ! 握手してください!」
リー姉妹が興奮して叫んだ。
姫殿下と落合さんも尊敬の眼差しで伝説の先輩を仰ぎ見ておられる。
(いいなあ、伝統校は。自然に先輩を敬うことができて。
おれの中学校の伝説と言えば「連れとか中間と、いっしょに、連合組んで関東統一」とかだもんで……)
何だかここにいる人全員が羨ましく思えてきた。
きょうはtumannneって書き込む奴はいないのか?
左右さんは、すごいよな。
一回ごとに面白い所をいれるなんて難しいよ。
期待してもらって結構です
よくこんなクソつまらないキモヲタ丸出しな文章毎日書いてられるよね。
411 :
左右2-44:04/12/12 20:49:49 ID:EvPBiHO2
リレーチームがバトンの受け渡しの練習を繰り返している。
姫殿下メンバーもお顔を真っ赤にしながら懸命に走っておいでだった。
「マコさん、もっと早いタイミングで走り出していいわよ。相手に合わせ過ぎ」
今井さんがコースの外から指導している。「リー姉妹はもっと相手に合わせなさい」
おれの横では榛名先生が中距離チームのラップタイムを読み上げていた。
(うーん、やっぱり指導者がいると違うな……おれももっと陸上のことを勉強した方がいいのかもしれない。
おれが技術面をご指導し、さらに栄養面の管理もお屋敷の方と打ち合わせをして……)
そんな「爆速! マコリンペン計画(仮)」を妄想していると榛名先生がおれに声を掛けてきた。
「藤村さん、ひとつお聞きしたいことがあるのですが」
「何でしょう?」
「藤村さんは生徒たちと非常にうまくコミュニケーションが取れていると思うんですけど、
何かコツのようなものってありますか?」
「コミュニケーション……取れてるんでしょうか?」
おれには疑問だったが、榛名先生はそう信じ切っていることがその目つきからわかった。
「そうですねえ……同じようなものに興味を持ってみる……たとえばドンパッチダイエットとか……」
「はあ……そんなものがあるんですか。ドンパッチ……あれで痩せますか」
“そんなもんねえよ!”というツッコミを期待していたのに真面目な榛名先生はメモを取っている。
「いや、あの……冗談はさておき、コツねえ……何でしょう?」
おれが生徒たちと仲良くできているとするなら、それは全て姫殿下のおかげである。
姫殿下が本当の平等を教えてくださったのだ。
おれのような人間が誰かのことを好きになったり、誰かのために生きたりすることを許してくださったのだ。
「彼女たちと心を通わせたいという気持ちを実感していればいいんだと思います。
それを当たり前のことだと考えたり、そんなの無理だとあきらめたりしなければ方法とかコツとかは関係ないと思います」
すごく漠然とした答えになってしまったけれど、榛名先生は頷きながら聞いてくれていた。
412 :
左右2-45:04/12/13 21:44:17 ID:CMOZHY6G
そんなことを話しているうちに中距離の選手たちが休憩を取るためにこちらへやって来た。
その中にはうつろな目をした新美さんも交じっていた。
「うー疲れたー」そう言っておれの側に座り込む。「やっぱ大学生は速いなー」
彼女はしばらく呼吸を整えていたが、突然おれを見上げて言った。
「藤村さん、フィリックスガム占いって知ってる?」
「あの鉛筆で書くと出てくるあみだを使うやつですか?」
「そうそう。あれ結構当たるらしいよ。NEVADAちゃんも毎朝やってるって」
「へえ、今度やってみます」
「あのね、ひとつの箱に1個だけスペシャルあみだ付きのが入ってて、それを当てると……」
ものすごく偏差値の低い会話だったが榛名先生はそこに何かを感じ取ったらしく、慌ててメモを取っていた。
「ガムといえば……」おれは隠しポケットから小さな箱を取り出した。
「こんなものが」
「おー! マルカワのいちごガム!」新美さんが歓声を上げた。「1個ちょうだい」
おれが手渡すと彼女は玉ガムを口に放り込み、蓋のところにある当たりを調べた。
「護衛隊員ってこんなものも持ち歩いてるの? 餌付けか何か?」
(餌付け……)
本当はカコ様用に持ち歩いているのだが、そう答えることは不敬に当たるように思われた。
「まあ何かの役に立つかと……護衛の仕事は弾除けになることだけではありませんから」
おれがそう言うと新美さんは理解したのかどうかよくわからない表情で風船ガムを膨らませていた。
そのときおれの目がコース上の異変を捉えた。
リレーメンバーたちが走るのを止めて第4コーナーに駈け寄って行く。
「藤村! 来ておくれ!」
姫殿下のお呼び出しだ。
おれはすわ一大事と駈け出した。
どきどき
どきどきどきどき
415 :
左右2-46:04/12/14 20:51:01 ID:JYgF0ih1
不安げな表情を浮かべたリレーメンバーの中心ではリー姉さんがうずくまっていた。
「どうしました?」
「あ、藤村さん」リー姉さんが顔を上げた。「ちょっと足首捻っちゃって……」
「ちょっと見せてみてください」
おれは彼女の靴を脱がせ、患部に触れてみた。
(少し熱を持ってるな。捻挫か……捻挫のときは……)
おれは隠しポケットからコットンテープを取り出した。
まずくるぶしの辺りに張って患部を圧迫し、しかる後に足首を固定していく。
「バンソーコーだな」「テーピングだ!」「速え〜〜ッ」
おれの手さばきにリレーメンバーたちが感嘆の声を上げる。
足の甲まで固定し終わるとその上から冷却スプレーをかけた。
「あとは患部を心臓より高くして安静にしていてください」
リー姉さんはその場で足を組み、足首のテープに触れた。
「おおっ、何か痛みが引いてきた。藤村さん、ありがとう」
「いえ、わたくしの方こそ感謝をしたいくらいです。何しろ本物の怪我人を扱うのは初めてでして……」
おれがそう言うと彼女はひっくり返った。
「じゃあさっきのスピードは何だったんだよ〜。ああ、すげえ痛くなってきた」
クランケの叫びを無視しておれは姫殿下の下に馳せ参じた。
「姫殿下、このような緊急事態に私をお呼び頂き真にありがとうございます」
「うん、訓練学校でこうしたことも習っていると聞いていたんだ」
姫殿下はにっこりと微笑まれた。おれは平伏した。
「もしもの時のために貴重な体験ができました。今回の反省を次につなげていきたいと思います。
どうもありがとうございました」
「イシャはどこだ!」
おれの背後でリー姉さんがメメクラゲに刺された人のような叫び声を上げた。
予想した展開とは違ったがワロタw
417 :
水先案名無い人:04/12/14 23:35:43 ID:IhPbeNtU
すみませんどなたか眞子様のスクール水着画像持っておりませんか欲しいのです下さい
んなもんねえよヴァーカ。
親衛隊規則で不敬は割腹と聞きました
420 :
左右2-47:04/12/15 21:38:53 ID:5Ox92i9Z
休憩時間になるとリレーメンバーたちは今井さんを囲んで中等科時代の話を聞いた。
先輩たちが強くてなかなか試合に出られなかったこと、
個人戦では勝てないからとリレーばかり練習していたこと、
最後の大会の決勝でベストタイムを出せたこと。
何年も前のことなのに今井さんは目の前のトラックで起きていることのように詳細に話してくれた。
「でも私も文化系の部活に参加してみたかったな。私が中等科に上がった頃から規則が厳しくなって……」
今井さんがそう言いかけたとき、1人の女子学生が金網の戸を開けてグラウンドに入って来た。
「あらあら皆さんお揃いで」
異常にフレンドリーなスマイルを浮かべながら近付いて来る。
(誰だろう? 陸上部員には見えないな……ん? この顔、どこかで見たような……)
「あ、安藤さん。こんにちは」
今井さんがその学生に挨拶をした。
(安藤……? あ!)
「どうも皆さん。妹がいつもお世話になっております。私、安藤元子の姉でございます」
安藤(姉)が頭を下げた。
「ゼミの先輩なの」今井さんが言った。「それに私が中等科に入ったときの生徒会長で……
あ、そうだ。安藤さん、こちら現生徒会長のマコさんです」
今井さんの紹介を受けて姫殿下が立ち上がってお辞儀をされた。
「はじめまして、マコと申します。いつも安藤さん……元子さんにはお世話になっております」
「あら、こちらこそ妹がいつもお世話になってます。どんどん働かせてやってね。あの子、根っからの下っ端体質だから」
安藤(姉)がケケケと笑った。
「ところで安藤さん、何かご用ですか?」
今井さんが尋ねた。
「うん、ちょっとね。藤村さんがどんな人なのか身に来たの」
そう言いながら安藤〔姉)は芝生の上に座り込んだ。
421 :
左右2-48:04/12/16 21:22:33 ID:PDYUS92Y
「え……私ですか?」
非常に嫌な予感がした。きっと安藤(妹)がろくでもないことを吹き込んでいるのだろう。
「藤村さんをご存知なんですか?」
と今井さんが怪訝そうな顔で尋ねた。
「うそ? あなた知らないの? ほら、去年テレビとかで顔が出てたでしょ。中国で死にかけた国際支援部隊の藤村さんよ」
安藤(姉)の説明に今井さんはしばし考え込んでいたが、突然大声を出しておれの顔を指差した。
「あー! 思い出した! ネット上で五虎大将軍って呼ばれてた……」
そう言ってから今井さんは「しまった」という顔をして目を伏せた。
「いえ、あの……ねえ。もう本当に。大変でしたねえ」
「五虎大将軍って何ですか?」
おれは安藤(姉)に尋ねた。
「五虎大将軍っていうのは……イラクの3バカ+コーダさん+藤村さん、5人揃って五虎大将軍です」
おれは失神しそうになった。
「なぜ……なぜ、私がそのポジションに……」
「藤村さんはは中国で入院してたからご存知ないかもしれませんけど、日本では大変だったんですよ。
あなたのおかげで内閣は総辞職するわ、安保理の常任理事国入りは延期されるわ……
それでウヨは国辱呼ばわり、サヨは"藤村を軍神にするな。軍靴の響きが聞える"ってもう大騒ぎ。
それ以外の人は……」
「それ以外の人は?」
「"やられるの早っ!"とか"出オチ"とか"スペランカー"とか"藤村、後ろ後ろ"とか……」
「(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい」
おれは自作のノイズで現実逃避を試みた。
ワロタ
「(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい」
を自作のノイズと表現したところが何故かツボにハマッた
424 :
左右2-49:04/12/17 21:23:37 ID:+0AcT5wr
「皆さんもご存知でしたか?」
おれがリレーメンバーに問いかけると彼女たちはうつむいた。
「まあ顔と名前くらいは……」
「うちのクラスの子が"あの人どこかで見たことある"って言い出して、それで……」
「藤村さんの死体画像(グロ注意)って嘘ついて蓮コラ貼りましたごめんなさい」
「それを踏みましたごめんなさい」
(何だよ、おれ超有名人じゃん。しかも有名税が年貢レベル!)
姫殿下が"わたしに振るな"というお顔をされている。
だがここで姫殿下にだけお聞きしないというのも不敬な行いであろう。
「あの、姫殿下は……?」
「…………知っていたけど、別に教える必要もないと思ったから」
「そうですか……」
姫殿下も護衛隊の皆も中等科の生徒たちもおれに気を遣ってくださっていたのだった。
守られていたのはおれの方だったのだ。
何ておれは無力なんだ。もう辞めてやる……
という風に以前のおれなら思っていただろうが、最近打たれ強くなってきたのですぐに立ち直ことができる。
「まあ要人の護衛にはハイ・プロファイルが重要ですからね。それもまたよし!」
「おお、言葉の意味はわからんがすごい自信だ!」
と姫殿下がおっしゃった。
「何ですか、ハイ・プロファイルって?」
今井さんが尋ねてきた。
「ハイ・プロファイルというのは目立つように行動することを言います。
護衛をしているということを周囲にあからさまに示すことで犯罪行為を抑止するわけです」
「なるほどねえ。やっぱり妹の言うとおり転んでもただでは起きない人だわ」
安藤(姉)がカカカと笑った。
425 :
左右2-50:04/12/18 21:03:19 ID:WtmLqGg0
安藤(姉)は陸上部が練習している間ずっと安藤(妹)の暴露話をしてくれた。
「おととし位には"火を見ると影羅(エイラ)という魔族の人格が現れる"って言い出してねえ。
それから去年は"200人でレストラン借り切って食事会したことあります"て言ってみたり
勉強してると思ったらいきなり"この点は出ねぇよぉ!!"って……」
いずれも安藤(妹)がクーデターを企てた際などに使えそうな有益な情報であった。
日が落ちる頃になってようやく部員たちは練習をやめた。
「姉さん、新美がサッカー部に入れってうるさいんだけど」
リーウォンさんが新美さんを引き連れて戻って来た。
「左右のMFが弱いんですよ。何かないんですか、コンビプレーとか?」
「ねえよ馬鹿」
「双子に幻想持ち過ぎだ馬鹿」
リー姉妹は新美さんに冷たく言い放っていた。
「皆さん、大学の練習はどうでしたか?」
安藤(姉)がリレーメンバーたちに尋ねた。
「何か中等科記録を破れそうな気がしてきました」
落合さん(控え候補丸出し)の言葉に有藤さんが苦笑いした。
「言うねえ、あんたも」
「わたしもそう思いました」汗だくの姫殿下がおっしゃった。
「だって今井さんって全然"伝説の人"って感じがしないんです。中等科の人と話しているみたい。
今井さんみたいにがんばって練習していればきっとわたしたちにもいい記録が出せるって思いました」
それを聞いた今井さんがにっと笑った。
「どうです、安藤さん? 頼もしいでしょ」
「本当にいい後輩を持ったもんだわ。後輩に追い抜かれるのが先輩の一番の醍醐味ね。
そこらの学校じゃ味わえない。これがG習院クオリティ!」
OG2人が後輩たちに向ける優しい視線におれは思わずイヤッッホォォォオオォオウ! と叫び出しそうになった。
426 :
左右2-51:04/12/19 20:57:23 ID:PtY8maql
水曜日、帰りのお車の中で姫殿下から重大発表があった。
「藤村、今度陸上部で合宿をするからな」
「ガッシュク……?」
おれの人生の全履歴を検索してもヒットしない単語だった。
「ガッシュク、ガッ…………合宿? 冬休みにですか?」
「ううん、今週末。金曜日の夜に学校に泊まるんだ」
(これまた急なお話だ……)
学校側、護衛隊上層部、関係省庁に提出する書類のことを考えただけで胃が痛くなった。
「あの……ご家族でよく話し合われてから参加されるかどうかお決めください」
「うん、そうする。三井にはわたしから話しておくから」
今日はこのあと御所でお食事会があるので三井隊長が姫殿下のお側にお付きすることになっていた。
「藤村はこれから道場に行くのか?」
「はい。今日は獄門島さんも練習に参加いたします」
「そうか。あの人もよく続いているな」
姫殿下はころころとお笑いになった。
それから糸己宮様が最近上梓された自伝『ワルがままに』についてお話しした。
おれと獄門島さんは御所内に設けられた護衛隊専用道場の片隅でひっそりと組手を行っていた。
2人とも他の隊員たちにさんざん蹴られ投げ飛ばされた後なので肉体的にはグダグダになっている。
それでもこれで強くなれるという自信を持ってやっているので歯を食いしばって練習を続ける。
ふと気付くと、道場内が何やらざわつき始めていた。
「皆そのまま練習を続けるように!」
三井隊長の声がした。
見ると姫殿下とカコ様が三井隊長と並んで道場入り口に立っておられた。
隊員たちの動きが明らかにきびきびしてきたのがわかった。
427 :
左右2-51:04/12/19 21:00:37 ID:PtY8maql
水曜日、帰りのお車の中で姫殿下から重大発表があった。
「藤村、今度陸上部で合宿をするからな」
「ガッシュク……?」
おれの人生の全履歴を検索してもヒットしない単語だった。
「ガッシュク、ガッ…………合宿? 冬休みにですか?」
「ううん、今週末。金曜日の夜に学校に泊まるんだ」
(これまた急なお話だ……)
学校側、護衛隊上層部、関係省庁に提出する書類のことを考えただけで胃が痛くなった。
「あの……ご家族でよく話し合われてから参加されるかどうかお決めください」
「うん、そうする。三井にはわたしから話しておくから」
今日はこのあと御所でお食事会があるので三井隊長が姫殿下のお側にお付きすることになっていた。
「藤村はこれから道場に行くのか?」
「はい。今日は獄門島さんも練習に参加いたします」
「そうか。あの人もよく続いているな」
姫殿下はころころとお笑いになった。
それから糸己宮様が最近上梓された自伝『ワルがままに』についてお話しした。
おれと獄門島さんは御所内に設けられた護衛隊専用道場の片隅でひっそりと組手を行っていた。
2人とも他の隊員たちにさんざん蹴られ投げ飛ばされた後なので肉体的にはグダグダになっている。
それでもこれで強くなれるという自信を持ってやっているので歯を食いしばって練習を続ける。
ふと気付くと、道場内が何やらざわつき始めていた。
「皆そのまま練習を続けるように!」
三井隊長の声がした。
見ると姫殿下とカコ様が三井隊長と並んで道場入り口に立っておられた。
隊員たちの動きが明らかにきびきびしてきたのがわかった。
428 :
左右:04/12/19 22:12:39 ID:PtY8maql
2重カキコ失礼
おもろい(´∀`)
430 :
左右2-52:04/12/20 21:19:59 ID:+xu/Yfir
おれと獄門島さんが黙々とぶつかり稽古をしていると姫殿下とカコ様が近くにおいでになった。
「不思議な練習をしているわね。相撲?」
とカコ様がおっしゃった。
「ご慧眼にございます。相撲の動きを取り入れてみました」
要人護衛中の格闘では相手に捕まれない、倒されない、後ろに退かないということが極めて重要である。
この3つの要素を相撲の中に見出したおれはさっそく相撲の技術を藤村式体術に取り入れたのだった。
この無節操な変わり身こそが藤村式の最大の特長である。
「獄門島さん、約束通り見学に来ました」
と姫殿下がおっしゃった。
「ありがとう」獄門島さんがスーパーセーフをくもらせながら申し上げた。「皆一生懸命やってるでしょ?」
確かに道場内では先輩が後輩を投げ飛ばし、後輩が先輩を叩きのめす阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。
こんな気合の入った組手をされると確実に殺されてしまうので、以後のご見学はお控え願いたいと思った。
道場内の全員にお声を掛けられた姫殿下とカコ様がお帰りになろうとしたそのとき、3人の訓練生が御前に飛び出して来た。
3人とも日々訓練に励みながら現場に出る日を待ちわびている新人たちである。
「姫殿下、お願いがございます」その内の一人、空手家の菅原君が申し上げた。
「この機会に日ごろの練習の成果をご覧に入れたいのですが」
「え? 練習なら今まで……」
怪訝そうな顔をされる姫殿下に女性隊員の船戸さんが申し上げる。
「御前にて立ち会うことをお許し頂けませんか?」
姫殿下に格好いいところをお見せしたい、そんな風に考えていた時期がおれにもありました、
と若人たちを生暖かく見守っていると3人目の呉君が進み出た。
「対戦相手は藤村さんを希望します」
このスレまだあったのか
藤村の台詞はバキなのに…哀れな(ワラ
434 :
左右2-53:04/12/21 21:20:27 ID:dirnTOGS
おれは荒れる成人式に出席した市長のように呆然とその場に立ち尽くした。
姫殿下も驚かれたご様子で呉君の顔を見つめていたが、やがて黙っている残りの2人のこともご覧になった。
「もしかして……3人とも? 3人とも藤村がいいのか?」
菅原君と船戸さんが頷く。
(何なんだ、このハネっ返り君たちは!?)
おれは高校3年の春、1年生数人にカツアゲされたときのことを思い出していた。
「駄目だ。姫殿下はこれから……」
そう言いかけた三井さんを姫殿下がお手で制された。
「どうして藤村と戦ってみたいのだ?」
姫殿下のお尋ねに菅原君がいっそう深く頭を下げて申し上げた。
「はい、"不死身の藤村"と称される藤村さんの真の実力を見てみたいのです」
(知らねえよ、そんなあだ名……)
船戸さんが言った。
「諸先輩たちは藤村さんを実力者と一目置いておられるようですが、私にはど〜〜もそう思えないのです」
(はっきり言うなあ……)
呉君が言った。
「藤村さんは本番に強いタイプのようですので是非その本番のつもりで立ち会ってみたいと思っております」
(本番のつもり……本番のつもりねえ…………)
何か心に引っ掛かる言葉だった。
「藤村はどうだ? 立ち会ってみるか?」
姫殿下のお尋ねにおれもついカッと来てお答えしてしまった。
「はい、やります!」
それを聞いた新人3人が顔を見合わせて笑った。
435 :
左右2-54:04/12/22 20:54:38 ID:EApZNhiV
試合場正面の日の丸の前に姫殿下とカコ様がお座りになった。
おれは御前にて平伏し申し上げた。
「お見苦しい点もあるかと存じますが精一杯努力いたします」
「胸を貸してあげるつもりで行きなさい」
姫殿下がそう言ってにっこりとうち笑まれた。
「藤村さん、だいじょうぶ? 皆強そうよ」
お隣のカコ様がおっしゃった。
「でも、ま……素手喧嘩(ステゴロ)だったら……藤村さんかな……」
と獄門島さんが勝手なことを抜かした。
「藤村、ルールはどうする?」
審判を務めてくれる三井さんが尋ねてきた。
「何でもありがいいです」
おれがそう言うと隊員たちから歓声が上がった。
試合場の中央に立った菅原君がおれの顔を見てにやりと笑った。
「ところで……」おれは立ち上がって言った。
「ギを脱いでもいいですか? 藤村式体術は打撃が中心ですので」
道場内に笑いが起こった。
おれも笑いながらボディープロテクターを外し、帯を解いた。
「あ、カワイイ! 端に"藤村式"って書いてある」
姫殿下がおれの帯を見ておっしゃった。
「いいでしょう? ネームを入れるときにお願いしたんです」
「いいなあ、私も欲しいです」
獄門島さんが言った。
このままずっとおしゃべりしていたかったが、相手も待ちくたびれているだろう。
おれは姫殿下とカコ様に一礼し、試合場の方を向いて言った。
「さあ始めましょう。3人いっぺんにかかってきてもいいですよ」
菅原君の顔から笑みが消えた。
436 :
左右2-55:04/12/23 17:27:24 ID:29CRkf4C
「本気ですか?」
菅原君がおれをにらみつけながら言う。おれは目を逸らさずに言った。
「本気です。開始の合図も場外も反則もない、それが"何でもあり"です」
場外の新人2人に目をやる。船戸さんはおれの発言にかなりむかついたようで、試合場に入って来ようとしている。
「ではこちらから行きます」
そう言っておれは手に持った帯を力いっぱい投げた。
帯は試合場を横切り呉君の両足に絡まる。
驚いてそちらに目をやる菅原君の懐に飛び込んだ。
頭のスーパーセーフに手を掛け、力いっぱい捻る。
側頭部に当たる部分が正面に来て視界を塞いだ。
彼はおれの袖を掴もうと手を伸ばしてくる。
おれはそれを払いのけ、思いきり胸を突き押した。
「どーーーん!」
菅原君は普段は見せない不恰好な体勢で尻餅を突いた。
「2人制圧」
おれはそう言って先ほどまで立っていたところに戻った。
道場内は、新人歓迎会でおれが"ぬすっち"こと安倍ぬすみさんの物真似を披露したときのような寒々ムードだった。
「どうして帯があんな風に絡むんだろう?」
背後から獄門島さんの囁き声が聞えた。
「きっと帯の端に重りを付けてあるんですよ。藤村の得意技です」
と姫殿下がおっしゃった。
「あれを締めて練習すればパワーアップも図れて一石二鳥というわけね」
カコ様が好意的なコメントを発表された。
「汚ねえ!」呉君がおれの帯を床に叩きつけた。「こんなのじゃ納得がいかないっス。続けていいですか?」
「はい、どうぞ」
そう言っておれはスーパーセーフの後頭部にある紐に手を掛けた。
+ +
∧_∧ +
(0゚・∀・)
(0゚∪ ∪ +
と__)__) +ワクワク テカテカ
ワクテカドキムネ
439 :
左右2-56:04/12/24 21:40:15 ID:nSBae9Jm
紐の結び目を解くと、おれはスーパーセーフを頭から外して畳の上に置いた。
「どうもこれは息苦しくて苦手です。脱いだままやらせてもらいますね」
おれの言葉を聞いた呉君の目付きが変わった。
「顔面……打ってもいいんですか?」
「はい、どうぞ」
おれが言い終わらないうちに彼は試合場を横断して突進してきた。
おれは上着を脱いで彼に投げつけ、同時に足元のスーパーセーフの上に飛び乗った。
彼が上着の目隠しを手刀で薙ぎ払ったときにはおれは彼の頭より高く跳ね上がっていた。
右手を彼の頭頂めがけて振り下ろす。
相手のスーパーセーフをひっ掴むと同時に全体重を使って引きずり倒した。
前のめりに倒れた彼の首筋に素早く左肘をあてがう。
脊柱の固い感触を肘に感じたのと彼が「参った」と言ったのはほぼ同時であった。
おれは手を放すと元の位置まで飛び退った。
船戸さんの方を見ると、彼女はすでにガードを固め間合いに入っていた。
「行きます!」
そう叫んで右、左とジャブを打ってくる。さらに左ミドルキック。
脇腹にモロに入った。
(ぐはっ、メチャクチャ重い! それにフォームがスムーズだ。体の軸が全然ぶれてないや)
彼女は遠慮なく攻撃してきた。丁寧に上下に打ち分け、フェイントも入れている。
ガードの上からでもかなりの衝撃だ。
(強いなあ。獄門島さんにも見習ってもらいたい。でもどうしてずっとおれの正面に立ってるんだろう?)
彼女が蹴りを出そうとした瞬間、おれは相手のガードの上から両手で突き押した。
「どーーーん!」
バランスを崩してよろけたところにGOHDA流つま先アッパーキックをコキンと入れると、彼女は大の字にひっくり返った。
「それまで! 勝負あり!」
三井さんが割って入ったときには、おれはバックステップして元の位置に戻っていた。
スーパーセーフってナニ?
防具のようなもの?
441 :
左右:04/12/24 22:34:38 ID:nSBae9Jm
>>440 ボクシングのヘッドギアに透明なシールドを付けたようなものです。
フルコンタクト空手などで使います。
443 :
440:04/12/25 09:22:29 ID:WAB4fWoO
試合場にひとり立っているのは何だか気恥ずかしく、笑い出しそうになってしまったので、
おれはその場にへたりこんで平伏してしまった。
「どうもありがとうございました」
おれがそう言うと新人3人はおれの前に集まって頭を下げた。
皆おれの突き押しなどのせいで首を痛そうにしていた。
「藤村、菅原、呉、船戸、4人ともよくがんばった。これからも練習に励んでおくれ」
姫殿下のお言葉を頂戴し、我々はより深く頭を下げた。
おれが呼吸を整えながら帯を締め直しているとカコ様が側にいらっしゃった。
「藤村さん、強かったわねえ。でも藤村さんは反則技が得意って聞いたから
キラー・コワルスキーばりの耳そぎニードロップや背骨折りバックブリーカーなんかも期待してたんだけど」
「次までに練習しておきます」
おれは何とかスキーさんが誰なのかよくわからないままお答え申し上げた。
「ねえ、お姉様。意外に正攻法のファイトスタイルだったわねえ」
カコ様が姫殿下にお尋ねになった。
おれは姫殿下がおれのずるい技にお怒りなのではないかと思い、姫殿下のお言葉を待たずに申し上げた。
「姫殿下、申し訳ございませんでした。せっかくお越しいただいたのにこのような卑怯な戦い方をしてしまいまして……」
「わたしには藤村の技が見えなかった。藤村の背中しか見えなかった」
「え?」
おっしゃる意味がわからずに聞き返し申し上げてしまった。
「藤村はずっとわたしの前に立って戦ってくれていたのだろう?」
姫殿下はすべてお見通しだったようだ。
「どうしてそんな不利な条件をつけて戦ったのだ?」
それは不利な条件ではなくてむしろ有利なんだと申し上げようと思ったが、恥ずかしいので止めた。
「負けたときの言い訳にするつもりでございました」
そう申し上げておれはまた頭を下げた。
(;´Д`)ハァハァ ・・・フジムラサソ、ホンシンヲアカサヌ カコイイオカタ・・・
>>445 かっこいいか?
拝一刀のような卑怯なやり方が・・・
なんでもありは基本的に何をやっても勝者がかっこよくなるもんだからな
それが嫌なら最初からルール決めんと
練習後の掃除役を買って出たおれは一人道場に残った。
掃除の方は適当に済ませてサンドバッグに向かう。
同僚たちのフォームを真似してサンドバッグを叩きながら呉君に言われたことについて考える。
「本番のつもり」……
あのとき「本番かどうかは我々の決めることではない」と言い返そうかとも思った。
でもそれは何か違うような気がした。
おれの練習は同僚たちの目に「練習モード」としか映っていなかったのかもしれない。
そんなことではいつまでたっても彼らの信頼を得ることができない。
腕と足が上がらなくなるまでサンドバッグを打つと、畳の上での腹ばいに移る。
柔道をやっている人なら何千回何万回と繰り返してやってきたことなんだろう。
おれが彼らに追いつくためにはそうした練習を彼ら以上の集中力をもってやるほかない。
肘と肩の感覚がなくなってきた頃に道場の入り口の方から聞きなれたお声がした。
「この体勢で……時速5キロか……スゴいな……」
振り向くとそこにはカコ様が立っておいでだった。その後ろには姫殿下もいらっしゃった。
「藤村、お父様とお母様が合宿に参加してもいいって。寝袋も貸していただけることになった」
「それはようございました」
アウトドアスポーツを嗜まれるご一家におかれては当然のGOサインだったのかもしれない。
「それから三井が当日の護衛計画書を提出するようにと」
「はい、かしこまりました」
「わたしはこれから家に帰るが、藤村、護衛としてついて来てくれるか?」
「はい、ありがとうございます。あと少しで終わりますので少々お待ちください」
最後の1往復を王蟲並みのスピードで駈け抜けてやろうと思った。
サンドバックの前ではカコ様が正拳突きから肩・肘・手首の3ヵ所の動きを引く、寸勁の練習をしておられた。
449 :
左右2-59:04/12/27 20:35:16 ID:pya8P0OI
金曜日の放課後、視聴覚室の掃除を終えたおれはグラウンドに出て陸上部の練習を眺めていた。
急に決まった合宿だったが安藤さんの尽力(ゴリ押し)のおかげで学校側にも協力してもらえることになった。
調理場兼食堂として家庭科室を使えることになったし、災害時用の布団と毛布も貸してもらった。
寝泊りは絨毯のある視聴覚室でする。気密がいいので夜になってもきっと暖かいだろう。
リレーメンバーは戸山中の人たちとスタートの練習をしていた。
「ああ、くそっ! もう一回!」
そう叫んだのはリー姉さんだ。
先週の怪我の影響か、動きに精細を欠いている。集中力もない。
そのことを戸山中の白村さんとおしゃべりしていた妹のリーウォンさんに尋ねてみることにした。
「足の怪我? あれはもういいみたいよ」
とリーウォンさんは言った。
「でもなんか調子悪そうですよね」
「…………アレだな」
白村さんが呟いた。
「アレって何ですか?」と訊いてみたかったがキャリアを棒に振ってしまいそうなのでやめておくことにした。
「あ、そういえば今日先生にゲーム機を見つかって没収されたって言ってたな。それで機嫌が悪いのかも」
「ゲーム機ってまさか先月発売されたPSP 2nd(略称・PSPS)のことですか?
あのUMD射出速度が2倍、射程距離に至ってはは6倍にパワーアップしたという……」
「いや、リンクスだけど……」
リンクス…………あんな馬鹿でかいブツを持ち歩いていれば見つかるのは当然だろう。
「姉さん、せっかく夢のスライムワールド8人プレイができるって楽しみにしてたのに……」
「あれを8個も持ってきたんですか……もはや携帯ゲーム機として成立してませんよね」
「…………アホだな」
白村さんが呟いた。
Lynxワラタ。
lynx懐かしいなーw
452 :
左右2-60:04/12/28 20:54:18 ID:HxVtpQKb
リー姉さんのイライラがついに爆発した。
バトンリレーの練習をしていたときのことである。
「マコさん、あなた始動が遅すぎ! 今井さんにも言われたでしょ!」
リー姉さんが姫殿下の足元にバトンを叩きつける。
「すいませんでした……」
姫殿下が伏目がちにおっしゃった。
本当なら駈けて行ってアトランティスドライバーでも食らわしてやりたいところだが、
これは姫殿下ご自身が解決されるべき問題であるから、はやる気持ちをぐっとこらえる。
「後ろを走る奴がアホやからリレーができん!」
そう吐き捨ててリー姉さんは自分のスタート地点に戻って行った。
うなだれたままの姫殿下にリーウォンさんが何事か言っている。
「ちょっと落合、来て。あなたマコさんの代わりに3番手に入って」
有藤さんに呼ばれて控えの落合さんがコースに入る。
それと入れ替わる形で姫殿下がトラックから出ておれの側に腰を下ろされた。
(むむ……こういうときはどうお慰めしたらいいんだ?
( ゚∀゚)彡 おっぱい!おっぱい!
いや、これだと言っている方は元気になれるが言われた方は困るだろう。一体どうしたら……?)
思案にくれたおれはグラウンドを眺め渡した。
フィールドでは魔球倶楽部対ソフトボール部の練習試合が軟式ルールで行われている。
(野球……天覧試合……長嶋のホームラン……そういえばあのホームランは他人のバットで打ったんだよな。
たしか前日まで不調で……そうだ、姫殿下と一緒に野球観戦というのはどうだろう?
天覧試合があった昭和34年といえば今上陛下の結婚の儀が行われた年。
さらにいえば長嶋の背番号3に対し、姫殿下は第3走者。
これら偶然の符合により姫殿下が長嶋のように不調から絶好調になられるのは確実!)
「姫殿下、野球観戦などされてみてはいかがでしょう? よい気分転換になるかと存じます」
「……そうか? うーん……行ってみようか。下川さんもいることだし」
姫殿下をベンチにご案内している途中、絶好調になったのは観戦する方じゃなくされる方だと気付いたが後の祭りだった。
453 :
左右2-61:04/12/29 20:46:47 ID:/2Pq40WI
「あら、どうしたの?」
おれと姫殿下が魔球倶楽部チームのベンチの隅に腰掛けると、バットを持った八つ墓村さんが声を掛けてきた。
「応援に来ました」姫殿下がおっしゃった。「どちらが勝ってるんですか?」
「1点差で負けてる。今最終回の裏、ノーアウト一塁二塁」
そういって八つ墓村さんはマウンドに立つ相手ピッチャーを指差した。
「あれが相手の抑えの切り札みたい」
その投手はソフトボール部員とは思えぬほどきれいなオーバースローで速球を投げ込んでいた。
バッターボックスの獄門島さんが完全に振り遅れている。
「球から目を離すな!」
ネクストバッターズサークルの下川さんがハッパを掛ける。
だが次の球にも獄門島さんは空振りしてバランスを崩した。
「チェンジアップ……」
おれがそう呟くと隣に座っていた病院坂さんが意外そうな顔でおれを見た。
「藤村さん、野球わかるの?」
「はい、外出するのは週1回のバッティングセンター通いだけという日々を半年ほど過ごしたことがありまして……」
そんな廃人時代の暗い思い出を開陳していると下川さんがおれを手招きして言った。
「藤村さん、ちょっとバット振ってみてよ」
言われたとおりにおれは近くに転がっていたバットを持ち、2、3度スイングした。
下川さんはしばし黙考した後、三振してすごすご帰ってくる獄門島さんを見て叫んだ。
「代打藤村さん!」
途端に相手ベンチから非難の声が上がる。下川さんが逆ギレで応えた。
「うるさーい! 藤村さんは昨日づけでウチの預かりや!」
「藤村、外野が前進しているからその頭上を越すように……」
姫殿下の妙に的確なアドバイスを頂いたおれは膝の屈伸をするとバッターボックスに向かった。
◆ 9回裏
/ \ ★ソ 6-7 魔☆ (点数適当)
/S○○ \ 投手:抑えの切り札
◇ B○○○◆打者:藤村
\O●○ / 結果:
455 :
左右2-62:04/12/30 20:45:49 ID:FwFXwKC1
右打席に入りマウンドのピッチャーに相対すると、緊張のあまり脂汗がにじみ出た。
下川さんには言わなかったが、バッティングセンターにはよく行くけれども実際に野球をするのははじめてである。
始動のタイミングを計りかねていると、さっきまでランナーを気にしていたピッチャーが突然速球を投げ込んできた。
(クイックモーション!)
慌ててバットを振ったが完全な振り遅れですっ転びそうになった。
「何やってんだ、オラー!」
味方ベンチから罵声が飛ぶ。
「なあーに、野球のルールは知ってます」
と言い返しておいたが、まったくフォローにはなっていないようだった。
2球目も速球。外角か内角か高目か低目かもわからず、おれは空振りした。
「いいだろう。もうバッティングの方はだいたいおぼえた!」
そう叫んだが、味方ベンチの失望の声はやむことがなかった。
3球目、今度はタイミングをかなり速めにとったが、ピッチャーが投じたのは変化球であった。
「アッー」
ボールはバットの根元に当たり、サード正面に転がった。
サードは捕球するとサードベースを踏み、ファーストに送球。
それがワンバウンドになったために全力疾走のおれは何とかセーフになった。
「まあ最低限の仕事はできました。なかなかおもしろいスポーツですね」
ベースコーチの病院坂さんにそう声を掛けると味方ベンチから「アホ!」という野次が飛んだ。
誰が言ったのかとベンチの方に目をやると、姫殿下がネクストバッターズサークルでバットを振っておられるのが見えた。
(おおっ、結構鋭いスイング! しかも左……)
「代打マコちゃん!」
下川さんが主審に告げると姫殿下は手近なヘルメットを引っつかまれ、バッターボックスへと向かわれた。
◆ 9回裏
/ \ ★ソ 6-7 魔☆ (点数適当)
/S○○ \ 投手:抑えの切り札
◇ B○○○◆打者:藤村
\O●○ / 結果:内野安打
◆ 9回裏
/ \ ★ソ 6-7 魔☆ (点数適当)
/S○○ \ 投手:抑えの切り札
◆ B○○○◆打者:眞子様
\O●○ / 結果:
間違えたorz
◆ 9回裏
/ \ ★ソ 6-7 魔☆ (点数適当)
/S○○ \ 投手:抑えの切り札
◇ B○○○◆打者:眞子様
\O●● / 結果:
459 :
左右2-63:04/12/31 17:03:20 ID:R7HfqfoG
姫殿下は審判と投手に一礼してから左打席に入られた。
(お誘いしておいて言うのもなんだが、姫殿下は野球をご存知なのだろうか……
しかもなぜか左打ち……)
おれはそんなことを考えながら一塁ベースから離れ、リードを取った。
ピッチャーが胸の当たりにグラブを構え、投球を始めようとしている。
が、姫殿下はバットをお肩に担いで直立されたままであった。
(姫殿下、早く構えないと……構え…………あれが構えか!?)
ピッチャーはしばらく姫殿下を見つめていたが、ちらりと肩越しに一塁方向を見た。
その視線は明らかにランナーのおれにではなく、ベースコーチをしているソフト部元部長病院坂さんに向けられていた。
彼女の目はこう言っている。"もう投げていいのか?"
病院坂さんが小さく頷く。GOサインだ。
ピッチャーが左足を大きく踏み出し、第1球を投じた。
外角の直球。
姫殿下がすり足のような格好で大きく踏み込まれる。
外角の完全なボール球に姫殿下は空振りされてお体を一回転させられた。
(あれはバンビーノ! ベーブ・ルースのフォームだ!)
ベーブ・ルースといえばメジャーリーグ史上最も偉大な打者!
王道を歩まれる姫殿下が参考とされるにふさわしい選手であることは認めよう。
だがあの歩くようなステップと極端な大振りを現代野球の文脈において再現されるのは極めて遺憾である。
味方ベンチは早くもあきらめムードで、下っ端たちは後片付けを始めようとしていた。
だが意外にも姫殿下は冷静で、打席を外してひとつ素振りをされると、再びあの直立不動の構えを取られた。
ピッチャーがモーションに入る。
突然姫殿下がバットを寝かせてバントの構えをされた。
ファーストとサードが慌てて本塁方向にダッシュした。
460 :
水先案名無い人:04/12/31 20:17:36 ID:K5cteeUA
最近の眞子様人気は凄いものだ、スレの数もとても多い
そこで、今回は「眞子様と結婚する方法」について考察したい。
皇族女子が民間男子と結婚すると皇籍離脱するとはいえ、
やはり男側に求められる条件は少なくなかろう。
まずは「家柄」
できることなら旧華族(大名・公卿)、それも江戸時代以前には
四位以上相当の官職(少将とか侍従とか参議とか)を普通に受けていた家系で、
できるだけ嫡流に近い方が有利かと思われる、該当するのは大名でもせいぜい1割くらい。
養子入りする、という手もある。
次に「社会的地位」
公務員と民間人の差異はなかろうが、それなりに社会的地位も高く、信用のある立場であること。
当然、フリーター・プータローは論外。
収入も一千万はあれば望ましい。
次に「知的要素」
学歴はできれば学習院大、旧帝大系、早慶上智。
せめて名の通った四年制大学であるべきである。
実用性よりも知的なにおいのする学部学科(文学部仏文学科とか)だとハイソっぽくてよい。
最後に重要な点。
てゆーか、まだ12歳かそこらの、面識もない少女とマジで結婚したいと考えてるような
頭のおかしい奴では絶対どうあがいても縁はないので、目を覚ませ。
いやマジで
461 :
左右2-64:05/01/01 20:57:03 ID:e4zYM95D
(セ、セーフティバントだ!)
肩に力が入ったか、ピッチャーの投じた第2球はかなり低目に行った。
姫殿下がバットを引かれる。
ボールはキャッチャーの前でワンバウンドした。
キャッチャーは膝を突いてカバーしようとしたが後逸し、こちらに背中を向けた。
おれは二塁に向けて走り出そうとした。
だがそれを姫殿下はお手で制された。
慌てて一塁に戻るおれの姿をご覧になると、姫殿下は平然と素振りを始められた。
(姫殿下は野球をご存知だ……それもかなり高いレベルで)
キャッチャーと内野手がマウンドに集まる。
姫殿下の打席を記念受験的なものと考えていたようだが、これで真の実力に気付いたらしい。
それぞれが守備位置に戻る。カウント1‐1の第3球目、ピッチャーは直球を放った。
ボールが外角高目に行く。
姫殿下が飛びつくようにして強く叩かれるとと、鋭い金属音とともに弾丸ライナーがレフト線上に飛んだ。
だがわずかに切れてファール。
ピッチャーは額の汗を拭った。
姫殿下はすでに構えに入っておいでである。
カウント2‐1と追い込まれておいでのはずの姫殿下だったが余裕の表情を浮かべておいでだ。
第4球、苦し紛れかピッチャーはど真ん中に放ってきた。
姫殿下は思い切りよく踏み込まれてフルスイングされた。
だがその力強さとは裏腹に、打球は力なく一塁手の頭上に上がった。
おれは全力疾走の姫殿下にお付き合いする格好でセカンド方向にお義理のランニングをしたが、
すぐにボールは一塁手のミットに収まり、ゲームセットとなった。
「あ〜上げてしまった」
一塁を駈け抜けられた姫殿下が振り返って照れたような笑みを浮かべられた。
462 :
左右2-65:05/01/02 21:12:17 ID:QYolcdj7
「絶好球だったんだけどなあ」姫殿下が一塁ベースの上にお立ちになっておっしゃった。
「肩に力が入ってしまった。藤村のようにとにかくフルスイングしようと思っていたんだ」
「でもあのファールの打球はすごかったですね」
「そうそう、何だかバットが軽く感じた。ウェイトトレーニングの成果が出てきたかな?」
そうおっしゃると姫殿下は謎の胸反らし運動をなさった。
「アウトにはなりましたけど楽しかったですね。この結果には満足しています」
おれがそう申し上げると、それをお聞きになった姫殿下がにっこりと笑われた。
「うん、わたしも今まで生きてきた中で最高のバッティングができた。自分をほめてあげたい」
味方ベンチから「アホ! アホ!」という野次が飛んだ。
おれと姫殿下がベンチに腰掛けて野球談義に花を咲かせていると、戸山中の一の谷さんと白村さんがやって来た。
「マコさん」一の谷さんが言った。「乃絵ちゃんがね、ちょっと頼みたいことがあるって」
「何でしょう?」
「……………………」
「あのね、"体調が悪いから代わりにうちのリレーチームに入ってくれないか"って」
「えっ?」姫殿下が驚きのお声を上げられた。「いいんですか?」
「もちろん。アンカーにうるさいのがいるけど、それでも構わなければ一緒に走りましょ」
第4コーナーにいたコマキさんがこちらを向いて「カモォーン、ポルポルくぅ〜ん」と叫んだ。
「それではお言葉に甘えて。白村さん、どうもありがとうございます」
そう言い残されて姫殿下は一の谷さんと駈けて行かれた。
おれの横に立った白村さんがポツリと呟いた。
「…………私今日アレなの」
「ええっ!?」
おれがうろたえていると白村さんはおれの向こう脛を思いきり蹴飛ばした。
「…………ビビった罰」
痛みにうずくまる今のおれなら抱き枕に逃げる人たちの気持ちをわかってあげられそうな気がした。
463 :
左右2-66:05/01/03 21:08:18 ID:IEjryUUV
「おっ、やってるやってる」
家庭科室に足を踏み入れた獄門島さんが言った。
部屋の隅では安藤さんと子分のキキさんが湯気の上がる鍋からジャガイモを取り出していた。
その横ではカコ様が凄い勢いでタマネギをみじん切りにされていた。
「じゃあ私たちはカレーの材料を切っちゃおうか」
そう言って八つ墓村さんがテーブルの上のビニール袋を覗き込む。
中等科四天王の残りの3人がその中から野菜や肉を取り出し始めた。
「おい、そこの公僕と青白いの!」安藤さんが菜箸でおれとなぜかついて来た白村さんを指した。
「こっち来てジャガイモつぶすの手伝いなさいよ!」
おれと白村さんがそちらに向かうとカコ様がボールとマッシャーを貸してくださった。
「コロッケ30人分作らなきゃいけないから頑張ってね」
そうおっしゃると今度はニンジンの皮むきを始められた。
(あれ? 妙な形のナイフをお使いだな……はて、どこかで見たような気がする)
「…………中期型のベンズナイフ」
白村さんが呟くとカコ様はお手を止めて彼女の方をご覧になった。
「あら、ご存知? 本物よ。149番」
「…………本物ははじめて見た」
お2人のやりとりでそのナイフをどこで見たか思い出した。
(そうだ、何でも鑑定団で見たんだ。確か連続殺人犯が作ったナイフで、1本何百万もするとか……)
「あの……そんな(高価な)ものを料理に使ってだいじょうぶなんですか?」
とおれがお尋ねするとカコ様はお手の中でナイフをくるりと回しておっしゃった。
「だいじょうぶよ。149番は毒の刃じゃないから」
「…………そう、149番は皮剥ぎ用」
「毒」って何? とか、「剥く」じゃなくて「剥ぐ」なのはなぜ? などの疑問がわいたが深入りしない方が賢明だろうと思った。
ベンズナイフにワラタ
左右氏支援sage
465 :
左右2-67:05/01/04 21:17:34 ID:/lPQEHtW
カコ様と白村さんとおれはつぶしたジャガイモをコロッケの形にする作業をしていた。
安藤さんとキキさんが小麦粉やパン粉をバットにあけている。
「カコ様、どうしてあの人が合宿に参加しているのでしょうか?」
おれは安藤さんの背中を見つめながらお尋ねした。
「わかんない。キーワードは"夜"と"雑魚寝"だって言ってたけど……」
やはり下賎な好奇心ゆえのことだったようである。
「…………夜のバトン」
そう呟いて白村さんがクククと笑った。
「ちょっとそこのノーブラ3人衆!」安藤さんがおれたちの方を見て怒鳴った。
「まだ終わらないの? 衣の準備はもうできてるのよ」
「はーい」「はーい」
カコ様とおれは適当な返事をした。
白村さんがそれを見てフフーンと鼻で笑った。
コロッケに衣をつけ終え、寝かしておくために冷蔵庫に入れると、今度はカレーの煮込み担当を命じられた。
ガスコンロの前に座って鍋がぐつぐついっているのをばんやりと眺める。
窓の外を見るとすっかり日が落ちていた。
(姫殿下はまだ練習をされているのだろうか……)
ふと部屋の隅を見るとカコ様が先ほどのナイフでリンゴを削ぎながら召しあがっていた。
「カコ様、殺し屋の召しあがり方はおやめください」
おれがそう申し上げるとカコ様は「はーい」と適当な返事をされた。
すると今度は白村さんがナイフでリンゴを削ぎ始めた。
「…………はいアーン」
「アーン」
カコ様が白村さんが削いだリンゴをパクつかれた。
「殺し屋のアーンもおやめください」
おれがそう申し上げるとお2人は「はーい」「はーい」と適当な返事をされた。
466 :
左右2-68:05/01/05 18:53:28 ID:yWTGBtvN
食事時の家庭科室はラマダン明けのような喧騒に包まれていた。
何しろ腹を空かせた運動部員が3ダースほど集まっているのだから無理もない。
「うんうまい。甲子園のカレーと同じくらいうまい」
屋島さんがすさまじい勢いでカレーを口の中に放り込んでいる。
なぜか戸山中の陸上部員も食卓についているのだった。
「マコちゃん、私思うんだけどやっぱり最後の10mのまとめ方がね……」
口の中にご飯を入れたままコマキさんが姫殿下に放しかける。
姫殿下はそれを熱心にお聞きになりながらお箸でコロッケを取り皿に取られた。
そしてコマキさんの方に御眼を向けたままソースをお掛けになる。
ボトルから大量に流れ出たソースがコロッケの表面を覆い、皿へと溢れ出した。
「あっ姫殿下、ソース……」
思わず声を上げてしまったおれの顔を姫殿下がご覧になった。
「ちょっと待っておくれ。もうすぐ終わるから」
そうおっしゃってからコロッケを裏返され、再びソースをお掛けになる。
たちまちにソースを吸ったコロッケがたわしみたいな色に変わった。
姫殿下はそれをご飯の上にお乗せになるとスプーンでコロッケ・ご飯・カレーを同時に掬い取ってお口に運ばれた。
「うんうん美味しい美味しい」
「本当に美味しいのそれ……?」
リー姉さんが不思議そうな目でそれを見つめている。
「全てがギリギリの線なのですよ。これ以上、ソースが濃ければ下品になる。
これ以上、カレーが辛かったら下卑た味になる!」
そうおっしゃってカコ様がおれの目の前にソースの瓶を置いてくださった。「はい藤村さん、ソース」
見るとカコ様のコロッケもやはりソースで真っ黒けである。
(ああもう、これ以上泣かせるようなことせんといてほしいわあ!)
おれはお2人にならって勢いよくソースを皿にぶちまけた。
眞子様・・・なんて召し上がりかたをwww
キャベツはどうした?
初代スレのファイルが消えた。
どっかで見れんかな。
470 :
左右2-69:05/01/06 20:15:09 ID:Y0UYchLx
食事が終わるとおれは戸山中陸上部員たちを見送りがてら買出しに出かけた。
この人たちが食いまくったせいで明日の朝食(カレー)がなくなってしまったのだ。
おれが買い物袋を提げて家庭科室に戻るとそこに陸上部員たちの姿はなかった。
まさかまた練習を始めたのでは、と考えたおれは校舎から出てグラウンドに向かった。
旧校舎の脇を抜けグラウンドが見えてきたところで第2体育館の中から光がもれていることに気づいた。
扉を開けて中に入ると陸上部員たちがバスケットボールをしていた。
入り口から見て奥のゴールへボールを運んで行かれるのはカコ様である。その御前に姫殿下が立ち塞がられた。
(何て豪華なマッチアップだ!)
カコ様はすさまじい勢いでピボットをしておられる。
(すごい! あんな真剣なピボットを見るのは久しぶりだ!)
カコ様はお背中でひとつ姫殿下を押されると、素早く振り返りながら後ろに飛び退られた。
「フェイダウェェェェェイ!」
カコ様はボールをお持ちになったままズッデーンと仰向けに転倒された。
「うわあっ、カコ様!」
おれは慌てて靴を脱いで御許に駈け寄った。
カコ様はボールを頭上に掲げたままぐったりとされておられた。
「うう……なぜシュートが打てなかったの……」
「カコちゃん! 技の名前を叫ぶだけで発動する時代は終わったのよ!」
ベンチの安藤さんが手でメガホンを作って言った。
「藤村さん、ちょうどよかった」練習のとき以上に汗まみれの新美さんがおれに近寄ってきた。
「うちのチームに入ってよ。高さで負けてるから」
新美さんの言葉に相手ベンチから非難の声が上がった。
すると新美さんを押しのけて下川さんが怒鳴った。
「うるさーい! 体力や技術は身につけさせることができる……だが……たとえ私でも藤村さんをでかくすることはできない!」
「意味わかんねえ」という声を無視して下川さんがラインから出てスローインをした。
それを受けられたカコ様はおれにボールを渡すとゴール目指して鋭くカットインされた。
471 :
左右2-70:05/01/07 18:41:21 ID:o1mZme+f
カコ様はディフェンスの姫殿下を引き連れてペイントゾーンを横断された。
(パスを出すか? いや、カコ様と姫殿下ではミスマッチ……自ら行くしかない!)
おれはひとつフェイクを入れてマーカーの有藤さんをかわすとドリブルで突っ込んだ。
「おおっ、あのサイズであれだけ動けるのか!」
味方ベンチから驚きの声が上がった(ちなみに当方身長175cm)。
(よし、行ける!)
おれは空高く舞い上がりジャンプの頂点近くにボールをふわりと置いてきた。
「させるかウホッ!」「ウホッ!」
リー姉妹の後方からの体当たりにおれは壁際まで吹き飛ばされた。
見上げるとボールはリングの上を転がり、ゆっくりとネットに吸い込まれた。
「よし、バスケットカウントワンスロー!!」
おれは床に倒れたままガッツポーズを作った。
「あのー、藤村さん……」有藤さんが恐る恐る近付いて来て言った。
「審判とかいないんでそういう複雑なルールはちょっと……」
「Σ(゚Д゚;エーッ!!」
「バスケットカウントワンスローって言いたかっただけだろ馬鹿!」
「バスケットカウントワンスローって言いたかっただけだろ耳年増!」
リー姉妹の罵声が飛んだ。
そのときボールを拾った落合さんがエンドラインからロングパスを出した。「マコさん! 走って!」
姫殿下はそのパスをセンターライン付近でキャッチされるとそのままゴール目指してまっしぐら。
その後をカコ様が必死に追って行かれる。
「お姉様、後ろ後ろ!」
姫殿下はゴール下で振り返らずにバックパス!
カコ様はそれをキャッチされるとジャンプ一番レイアップシュートを決められた。
(おおっ、夢のホットラインが描く放物線は栄光への架け橋だ!)
姫殿下とカコ様が自陣へ戻りながらゴツッと拳を合わされた。
「あれ? カコさんさっきも攻撃側だったような……」「コート上に……11人いる!」
両軍ベンチの囁き声はカコ様の「ディーフェンス!」というお声にかき消された。
472 :
左右2-71:05/01/08 21:26:59 ID:buCf0PXu
視聴覚室ではカコ様の怪談が佳境に入っていた。
「……そうしたらその人は彼の顔を見てこう言ったの。"おや? ポカパマズさんじゃないですか"って……」
「うわああああ」
「怖ええええええええ」
「だめだだめだそれはだめだ」
カコ様を囲んでいた陸上部員たちが並べて敷かれた布団の上に転がった。
側で聞えないふりをしていた榛名先生が部員たちに声をかけた。
「さて、皆さん。そろそろ11時ですから就寝の仕度をしましょうか」
「榛名先生はどこで寝るんですか?」
と部長の村田さんが尋ねた。
おれは榛名先生に代わって答えた
「私と榛名先生はこの部屋の近くにある宿直室に寝ます」
「えっ!?」
陸上部員たちが凍りつく。
「どうしたんですか? 何か問題でも?」
怪訝な顔をする榛名先生に安藤さんが言った。
「だって先生……そうすると藤村さんの性の6時間が始まっちゃうじゃないですか」
「性!?」
おれは驚きの声を上げた。
「6時間!?」
下川さんも驚きの声を上げた。
「え? え? 何のことですか?」
陸上部員たちの真剣な表情にうろたえている榛名先生を有藤さんが手招きした。
「先生、ちょっとお話したいことが……」
榛名先生は部員たちと膝突き合わせて何か話し合っていたが、やがて頭を抱えてうずくまってしまった。
「ということで藤村さんと榛名先生は私たちと同じ部屋で寝るということで……」
と部長の村田さんがおれの方を見て申し訳なさそうに言った。
雑魚寝っすかw
カコ様絶好調だな
475 :
左右2-72:05/01/09 21:10:03 ID:cPwCxC56
榛名先生の怯え方で彼女たちから何を吹き込まれたのか大体想像がついた。
(またホモネタか……しかもノンケでもかまわないで食っちまうキャラが付いてしまっている)
それはそれでちょっと美味しいキャラかナ……とも思うが陸上部員たちと同じ部屋で寝るというのは嫌である。
もともとおれは周りに人がいると寝つきが悪い。
今日の場合、彼女たちが夜中までおしゃべりしていたりするとなおさら落ち着かなくて眠れないだろう。
そうすると明日の仕事にも響いてくる。
そういった事情を説明した上でおれはひとつ提案をした。
「では榛名先生にはここで寝ていただいて、私は宿直室に泊まるということにしましょう」
それを聞いた陸上部員たちは再び話し合い始めた。
「じゃあどうすべきか決(ケツ)を取りましょうよ。問題が問題だけに」
と安藤さんが言うと全員が頷いた。
「だいじょうぶ、先生には特別に2票あげますから」
と有藤さんがへこみきった表情の榛名先生に言った。
「じゃあ藤村さんがこの部屋で寝るべきだと思う人」
と部長の村田さんが言うとおれと榛名先生以外の全員が手を挙げた。
「Σ(゚Д゚;エーッ!! さっきと話が違う! どうしてそうなるんですか!?」
「まあ何事も経験かなあと思って……」
「何が起こるのかこの目で見て確かめたいと思って……」
「ホモが嫌いな女子なんかいません!!」
こう言い切ったのはやっぱり安藤さんである。
「藤村がいてくれた方が心強いですから」
と姫殿下が優しいお言葉を榛名先生にお掛けになった。
「わかりました。私もこの部屋にて休ませていただきます。では就寝前の柔軟体操を……」
おれがそう言って日課である股割りを始めると、榛名先生はとても20代の若者には見えないような顔になってしまった。
今日も眞子様を助けてしまった。俺って罪な男だぜ。
477 :
左右2-73:05/01/10 21:27:18 ID:OjlvLjet
12時5分前きっかりにおれは寝床を抜け出し、同じ階にある家庭科室へと走った。
家から持って来たラジオをテーブルの上に置きヘッドホンを着用すると、アンテナを適切な方角に向ける。
大好きなラジオ番組を聴きながら飲む紅茶=プライスレスというわけでお湯を沸かしていると12時の時報が鳴った。
「三菱重工プレゼンツ、サーヤのミッドナイト・シンデレラ!」
(おーっ! 始まった!)
この番組は言わずと知れた糸己宮様がパーソナリティーを務めておられる金曜深夜の人気番組である。
これを謹聴してはじめて週末が始まるという気分になれる。
そのためにおれは視聴覚室で陸上部員たちと寝ることに難色を示していたのである。
「……この間、夜中に突然お寿司が食べたくなったものですから、ぶらりとお寿司屋さんに行ってみましたところ、
夜中だったものですから回転寿司が閉店寿司になっておりまして、大変びっくりいたしました」
軽妙洒脱なオープニングトークも終わり、いよいよ全国のハガキ職人たちが凌ぎを削るコーナーへと移って行った。
当然のことながらおれも毎週ネタを書いて言上しているのだが、一度も採用されたことがない。
「イケメン・キモメンのコーナー」「全裸で。を付けるコーナー」「あたしのブルりんのコーナー」が終わっても
おれのハガキが読まれることはなかった。
いよいよこの日最後のコーナー「ソリッドのコーナー」が始まった。
「えー、このコーナーは色々なもののソリッドをプレイした感想を送っていただくコーナーです。
まず最初のおハガキ、北海道北斗市の原哲夫さん……
あ、ごめんなさい。ラジオネームありました。RN"僕は、神山満月ちゃん!"さん」
(m9(^Д^)プギャーーーッ RNは見やすいところに書くのが基本だろ。
しかもRN"僕は、神山満月ちゃん!"って……ありえねぇー!)
「グーニーズ・ソリッドというゲームを見つけたのでさっそくプレイしてみました」
コーナーは深夜にふさわしく粛々と進行していった。
はげワラ
479 :
左右2-74:05/01/11 21:29:51 ID:/Da/oCoe
コーナー終盤になってもおれのハガキが読まれることはなかった。
何度味わってもこの失望感には慣れることができない。
おれはお茶を啜りながら来週送るネタを考え始めた。
そのとき奇跡は起こった。
「では最後のおハガキです。東京都新宿区にお住まいのRN"フジムラ・F・フジオ改めカレーライス師匠"さん」
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!! それ俺!
思わず口に含んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。
「リゾットという男を捜している謎の少年が占い師に手相を見てもらっていました」
(放送作家)「え? このコーナーはソリッドのコーナーですよね?」
「はいそうです」
(放送作家)「今何とおっしゃいました?」
「もう1回読みますよ。リゾットという男を捜している謎の少年が……」
(放送作家)「それ完全に間違ってますよね?」
「間違ってますねえ」
(しかも物議を醸している!)
「……最後にその占い師は"なるほどうわはははこれはオレの手でしたァぁぁぁいつの間にかぁぁぁー"と言って死んでしまいました」
(放送作家)「わはは完全に壊れてますね」
(おおっ、受けてる受けてる)
「えー、RN"フジムラ・F・フジオ改めカレーライス師匠"さんには"鞘"を差し上げます」
(うはwwwwおkkwwww 2番目にレアなグッズ"鞘"ゲット! すげすげすげヴォー!)
こうなったら最もレアな"クロちゃん"を賜るまでハガキを書き続けようと心に決めた。
NEVADAの新曲"Jesus doesn't wont me for a Ohayou-beam !"が流れる中、おれは浮かれて2杯目のミルクティーを作っていた。
「おっちゃおっちゃぎゅうぎゅう」
「楽しそうだな、藤村」
突然背後からお声がして、おれは慌てて振り返った。
「うわあっ! 熱っ(お茶が手に掛かった)! ひ、姫殿下!」
随所にコピペをちりばめてあるなぁw
481 :
左右2-75:05/01/12 21:06:10 ID:jwISCxq4
家庭科室の入り口には姫殿下とカコ様、その他有象無象が立っておられた。
「姫殿下、どうなさいましたか?」
「いや、藤村の方こそどうしたのだ? 叫び声が聞えたぞ」
「叫び声?」
おれが怪訝な顔をすると有象無象その1・リー姉妹がしゃしゃり出てきた。
「キタ――! とかね」「プギャー! とかね」
(う、まずい。ヘッドフォンをしていたせいで無意識にしゃべっているのに気づかなかった……)
おれは仕方なくラジオからヘッドフォンを引き抜き、全てを白状し申し上げることにした。
「申し訳ございません。私、糸己宮様のラジオを拝聴しておりました。しかもハガキが読まれてしまいました(ちょっと自慢)。
あまつさえ自宅では録音しているにも関わらず、でございます」
「何と!」姫殿下が驚きのお声を上げられた。
「ということはこの前のスペシャルウィークのもあるのか?」
「はい、ございますが……」
「今度貸しておくれ。あの日は聞き逃してしまった」
「はい、今度お持ちいたします。あの週はゲストのダイナマイト四国氏がスタジオでまた肉離れを起こしてしまいまして……」
君臣の間で繰り広げられる深夜ラジオトークを有象無象その2の下川さんが傍観していた。
「ねえ藤村さん、わたしにもお紅茶いただけるかしら?」
謎の全身タイツをお召しになったカコ様がおっしゃった。
お袖にはジュディ・オング的ひらひらが付けられている。
(何なんだこれは? むっ、あのフードに付けられた耳から想像するに……)
「カコ様、そのお召し物はムササビですか? よくお似合いです(正直微妙だけど)」
「いや、これはモモンガ……」
そうおっしゃりかけた姫殿下のお言葉をカコ様が遮られた。
「フクロモモンガです! フ ク ロ ! 有袋類!」
そうおっしゃってカコ様はお腹のポケットをお手でぐいっと広げられた。
ストラテジー完結乙。
ノリは同じだけど、どう見ても同一人物に思えなくなってきているような。
483 :
左右2-76:05/01/13 20:42:52 ID:dCeSQCVw
有袋類の優位性を強調されるカコ様に姫殿下はすっかり呆れ顔をされている。
「もう、この子は……学芸会で来て以来家ではずっとこれを着ているのだ」
「だって着心地いいんですもの」カコ様は御ポッケをぐいーんと大きく引き伸ばされた。
「熱効率がいいの。零下15度で頭部をむき出しにすると体温の75%が失われるというデータもあるしね」
有袋類はそのようなシビアな環境にいないのではないか、という疑問は胸にそっとしまっておくことにした。
おれがお出ししたお茶を召しあがられると姫殿下はなぜかもじもじとされていた。
「藤村、休む前にお手洗いに行ったほうがよくはないか?」
突然の姫殿下のお尋ねにおれは戸惑いを隠しきれぬままお答え申し上げた。。
「え? ……あ、そうですね。おっしゃるとおりでございます」
「あら、ひょっとしてお姉様ったら1人でお手洗いに行くのが怖いの?」
カコ様はそうおっしゃって飛膜をばさっと広げられた。
「い、いやわたしは……藤村のためによかれと思って……」
姫殿下は慌てて否定された。
下川さんが姫殿下のご尊顔をぶしつけに覗き込みながら言った。
「だいじょうぶよ。旧校舎の少女の霊なんてきっと作り話だから」
「い、いえわたしは……藤村のためによかれと……」
集中砲火を浴びられる姫殿下のお姿を拝見するのは心苦しかったのでおれは助け舟をお出しした。
「ちょうど私も行こうと思っておりましたので、よろしければ皆様もご一緒に……」
「藤村さんはお化けとか怖くないの?」
カコ様のお尋ねにおれはかつて姫殿下とともに過ごした戦場に思いを馳せるふりをして
"みさくらなんこつのガイドライン"スレのオフ会の光景を思い出していた。
「私はお化けよりもっと恐ろしいものをこの目で見て参りましたので……」
おれがそう申し上げたのでその場にいる皆が神妙な表情を浮かべた。
484 :
左右:05/01/13 23:26:45 ID:dCeSQCVw
>>482 過去の藤村の方が強いというのはグラップラー刃牙へのオマージュです
……刃牙ネタばっかりですね
姫殿下ご一行とおれは渡り廊下を渡って旧校舎1階のトイレに赴いた。
女子校ゆえに男子トイレが少なく、一番近いのがここだったのである。
廊下は真っ暗で電気のスイッチを探すのも一苦労であった。
始めの内はおれの持参したマグライトを点けて探していたのだが、
だんだん面倒になってきたので姫殿下のお足元を照らすだけにして構わず進むことにした。
目指すトイレは長い廊下の一番端、選挙活動中にも来たことの無い校内の僻地にあった。
ギャル連は廊下で待っているのが怖いからと全員でトイレの中に入って行った。
おれが独り用を足す男子トイレはあまり利用されていないせいか清潔だった。
ナイスガイのおれはトイレのきたないのだけはガマンならんタチだからな('A`)
などと考えているとトイレのドアをトカトントンとノックする音がした。
「藤村さん、まだ?」
「(妙に早いな……)はい、ただ今」
事を終えて手を洗っているとまたノックされた。
「藤村さん、先に行っちゃうよ」
「はい、ただ今」
そう答えてドアを開け、廊下に出た。
真っ暗な廊下には誰もいなかった。
(ははーん、物陰に隠れておれを驚かすつもりだな。
よし、驚くついでにすごく大好きな姫殿下に抱きついてお胸の中でいっぱい甘えちゃえッ!)
そんな不届き至極な妄想をしていると、女子トイレのドアが開いて姫殿下がお顔を出された。
「おお、藤村。何か異常はないか? あやかしの類はいないか?」
「は、はい。あの……他の皆さんはどちらに……?」
「ん? 中に皆いるぞ。わたしが一番……」
「え―――――っ!? ギャ―――――――ス!!」
おれの叫び声に姫殿下が驚いたお顔でおれに駈け寄られた。
「どうした、藤村? 何があった?」
「な……名前を呼ばれてしまいました……女の子の声で……」
「何―――っ!?」姫殿下が慌てておれの側から飛び退られた。
姫殿下の絹を裂くような叫び声にカコ様がトイレから飛び出しておいでになった。
「お姉様、何事!?」
「幽霊が出た! カコ! わたしの背後を見張れッ! そなたはわたしのうしろだッ!」
姫殿下はカコ様とご一緒に謎の360°防御陣を敷かれた。
「大声出してどうしたの?」
下川さんがリー姉妹を引き連れてトイレから出て来た。
「藤村が女の子の霊にかどわかされそうになりました」
姫殿下のご説明にリー姉妹が顔を見合わせる。
「な、何それ?」
「え? 藤村さんが女の子にいたずら?」
あらぬ誤解を受けぬようおれは先ほど起こったことを皆に話して聞かせた。
「うっぎゃああああっ!」リー姉さんが頭を掻きむしりながら叫んだ。
「ファ、ファ、ファ、ファ、ファ、ファ、ファッキンライト!」
「出た! 姉さん得意の英語が出た!」
おれの手からマグライトを奪い取ったリー姉さんが辺りをめちゃくちゃに照らした。
だが霊の影も形もない。
「フ〜〜ドロ、フ〜〜ドロ、フ〜〜ダラ、フダラ〜〜……」カコ様が謎の呪文を唱えあそばされる。
「フデルネル!」
「何ですか、それは?」
「これはイングランドに古くから伝わるおまじないで、ケルトのドルイドにその源流を……」
そこからヨーロッパ精神史における”フード女”なるものの存在意義についてご講義を賜ったが、
浅学のおれにはやや難解過ぎた。
488 :
左右@バトンリレー79:05/01/16 21:00:09 ID:wCnuq+cK
「ねえ、もしかしたら藤村さんを人身御供として差し出せば私たちは助かるんじゃない?」
リー姉さんの提案に妹のリーウォンさんも頷く。
「そうよ。藤村さんがとって食われている隙に逃げれば……」
「いやですよ、とって食われるのは」
「リーウォンさん、藤村はわたしの大事な護衛ですから……」
「藤村さん、笛ラムネある? 音を出せば寄って来ないかも」
カコ様のお問い合わせにおれはすかさず懐中より笛ラムネを取り出し、献上した。
「ありがとう。(カリカリカリ……)あっ、思わずかじっちゃった! 藤村さん、もう1ケ!」
おれは素早く第2の笛ラムネを奉った。
「ありがとう。(ぺろぺろぺろ……)すひー すひー ぐわああっ、喉が……甘さで喉が渇く!」
「とりあえずはぐれないようにパーティーを組んで帰りましょうよ」
下川さんの提案で我々6人は縦一列に並び、前を行く人の肩に手を置いた。
先頭を行かれるは姫殿下。
グレイシートレインならぬ姫殿下トレインの開通である。
「藤村さん、景気付けに何か歌って!」
とカコ様の体育会的ご下命があった。
(歌? 何を歌えばいいんだ? なるべく皆が知っているような……皆が……
そうだ、"みんなの歌"だ! NHKがそう言ってるんだから間違いない!)
「はい、藤村歌います!」
マックラ森は〜 心の迷路〜
近〜くて遠い〜 マックラクラ〜イクラ〜イ
「藤村、かえって怖い!」
先頭の姫殿下が悲痛な叫び声を上げられた。
「ほら、歌え! 歌うんだよ!」
下川さんがリー姉妹の首根っこを掴んでダーティーハリーの犯人みたいなことを口走っていた。
漕げ漕げ漕げよボート漕げよー
ランランランラン川くだりーってか
懐かしいなーオイ。
いつの間にか保管庫が消えていることに気付いた今日この頃。
491 :
左右@バトンリレー80:05/01/17 20:55:15 ID:yTj88nCr0
姫殿下トレインに乗って、おれたちは無事終点である視聴覚室に辿り着いた。
即座にリー姉妹に叩き起こされた陸上部員たちによって特別心霊対策法が可決され、
防人に任命されたおれは最前線であるドアの外に配置転換された。
毛布を貸してもらったが冷え切った廊下の空気の前には役立たずである。
10分ほど我慢していたが、すぐに体の震えが止まらなくなってきた。
「あの、すいません……」おれはドアをノックし室内に呼びかけた。
「寒過ぎるので中に入れてもらえませんか?」
「藤村の声はそんながらがら声じゃない! もっときれいな声だ!」
姫殿下のおれに対する過大評価も今はまったく光栄に感じられない。
ドアの内からはしばらく生徒たちの議論する声が聞えていたが、最後に下川さんがおれに応答してくれた。
「そこまで言うのなら入れてあげる。風!」
「え? 何ですか?」
「さっき合言葉を決めたでしょ。風!」
「……谷亮子」
「入ってよし」
ようやく入室を許可されたおれは慌てて布団の中に潜り込み体温の上昇を図った。
「物理攻撃よりも精神攻撃の方が得意だって資料には書いてあったのにねえ」
カコ様がおれの方をご覧になって残念そうにおっしゃった。
おれの得意な精神攻撃は粘着コピペ荒しやコテハン叩きの類であるのでご期待には沿えそうにない。
「もしかしたらすでに幽霊に体を乗っ取られてたりして」
安藤さんの一言で姫殿下がおれの顔を覗き込まれた。
「そう言えば普段の藤村はもう少し肌につやがあって目も澄んでいたような……
それに何事にももっと全力でぶつかっていける子だったような……」
そんなことは小1の通信簿でも書かれたことがない。
「でもまあ心霊って言っても……よ〜〜するにケンカだ。すでにこの部屋に入り込んでいるのなら……」
「全員ブチのめすッ!」
リー姉妹におれがブチのめされるのは確実に思えたので布団をかぶって寝たふりをすることにした。
492 :
左右@バトンリレー81:05/01/18 21:12:25 ID:rpjWEgMP0
翌朝、陸上部員たちはこちらの用意した朝食を食べ尽くすとグラウンドに飛び出して行った。
おれはグラウンドの端に置かれたベンチに腰掛けて彼女たちの練習を眺めていた。
「元気ですねえ、皆さん」
おれが冷たい風に体を丸めながら言うと、隣にお座りになったカコ様はため息混じりにおっしゃった。
「本当ねえ。わたしいつ幽霊が侵入してくるのか心配で眠れなかったわ」
「私も藤村さんと榛名先生がいつおっぱじめるのか気になって眠れなかったわ」
と安藤さんも疲れた顔で言った。
3人で眠気覚ましにふぃーふぃーラムネ笛を吹いていると守衛の木田さんがやって来た。
「皆さん昨日はよく眠れましたか?」
「いえ、それが色々ありまして……」
おれが昨晩の幽霊騒動をかいつまんで説明すると、木田さんは驚いた様子もなくにこにこ笑いながら言った。
「ああ、藤村さんも呼ばれましたか……やっぱり若い男の人がいるとからかいたくなるんですねえ」
「ご存知なんですか?」
安藤さんが尋ねると木田さんはひとつ頷いた。
「ええ。昔は宿直がありましたからそういう話はよく聞きました。
私もあのトイレの辺りで何度かそういう声を聞いたことがあります」
「えっ、本当に?」
カコ様が驚きのお声を上げられた。
「はい。大昔のことですけどね。
皆さんであのトイレ正面の窓から見下ろす茂みに行ってみてはいかがでしょうか。
もしかしたら声の正体が見られるかもしれませんよ」
そんな謎の言葉を残して木田さんは立ち去っていった。
493 :
左右@バトンリレー82:05/01/19 20:49:22 ID:WzHpq7FJ0
練習の合間に陸上部員たちとともに木田さんの言っていた「声の正体」を探る旅に出た。
旧校舎の北側に回りこみ、校舎沿いの道を西に向かうと、昨日来たトイレの正面に当たる場所に着いた。
道に沿って植えられた生垣と校舎の間には幅2mほどの芝生がある。
「見て、あそこから入れるんじゃない?」
カコ様が指差される先には自然にできたのか人為的なものなのかはわからないが、
生垣にわずかな切れ目ができていた。
道を外れ、その隙間から恐る恐る校舎の方へ足を踏み出す。
「うおっ!」
突然新美さんが叫び声を上げた。
「どうしたの!?」
「あそこ、木の陰に何かある!」
新美さんが指差したのは木田さんの言っていた、窓の下に生える潅木である。
全員でこわごわ近付いて木の向こう側を覗き込むと、カエルをメメタアと殴るのに最適なサイズの石碑が鎮座ましましていた。
「うわあ……」
「あいたー」
「本当にあったよ……」
「藤村さん、ちょっと見てきて」
下川さんに突き押されたおれは心の中でFC『ゴーストバスターズ』が笑えないクソゲーであったことに思いを馳せながら
その石碑に近付き、碑文のタイトルらしきものを読み上げた。
「えー、"慰霊碑"……繰り返します"慰霊碑"…………
その横にはたくさん名前が書いてあります。あと学年と……入学年度……」
気が付くと皆おれの背後に立っておれの頭越しに石碑を見つめていた。
「見て、これ」病院坂さんが碑文の一番最後に彫られた名前を指差した。
「1年B組中井裕子、平成17年度入学……私たちと同期だ」
494 :
左右@バトンリレー83:05/01/20 21:29:05 ID:Us1g1K5U0
「私、その子知ってる。初等科のとき一度同じクラスになったことがある」
そう八つ墓村さんが言うと、獄門島さんが部員たちの中から進み出て石碑の前にしゃがみこんだ。
「中井さんって私と同級生だった子だ。17年度入学の1年B組。
中井さんは中等科に上がってから一度も学校に来れなかったから、喋ったことはないんだけどね。
癌で初等科の頃から入退院を繰り返してたって聞いたけど……
そっか……私は中3になったのに、この子まだ中1のままなんだ……」
途中から涙声になってきた獄門島さんを見ていておれは昨日の自らの醜態を思い出した。
(ああ……何かおれ……今めちゃくちゃ格好悪い)
「22人……卒業できずに亡くなった人がこんなにいるんですね……」
姫殿下がそうおっしゃると長い睫毛をお伏せになった。
陸上部員たちは黙祷を捧げるように俯いたまま石碑の周りに立ち尽くしていた。
おれには彼女たちの悲しみがよくわかるような気がした。
彼女たちは自分たちの楽しい学園生活が根底から揺さぶられているかのように感じているのだろう。
10代の頃のおれは同じ年代の人の死というものを悲しむことができなかった。
当時は自分の生きる毎日が退屈でくだらないものに思えて仕方がなかったから、
死に行く人々が失った日常もきっとそれと同じようにつまらないものだと考えていたのだった。
でも今は違う。
姫殿下やこの学校の生徒たちと過ごす時間をかけがえのないものだと思える。
それが刻一刻と過ぎ去って行くことを思うと寂しくなるが、だからこそもっと素晴らしい未来を夢見る。
27歳になってようやくそうしたことに気づいたのろまなおれが今この学園でのんべんだらりと過ごしているのに、
この学校に籍を置き、幸福を見つける機会に人一倍恵まれていたはずの生徒たちはただこの小さな石に名前を残すのみ……
人生の価値とはそんな運ひとつで左右されてしまうものなのだろうか?
努力とか夢とか誇りとかをようやく信じられるようになってきた自分の価値観が否定されてしまったような気がして、
おれは無様な昨日の怯えぶりをフォローする言葉すら吐けずにいた。
495 :
左右@バトンリレー84:05/01/21 20:16:33 ID:7HuXuL8y0
その場にいる誰もが気まずさを感じながら黙りこくっている中、リー姉さんが石碑の前に進み出た。
「あーあ、汚ねえ石」
そう言うとミネラルウォーターのペットボトルをバキッと開封し、石碑の上で逆さにした。
「何やってんだ、おまえ……」
「姉さん、どうしたの!?」
止めようとした獄門島さんとリーウォンさんの手を振りほどきながら、リー姉さんは水を掛け続ける。
ボトルが空になると、しゃがみこみ、首に掛けていたタオルで碑文の彫られた面を拭った。
「ほら、これで読みやすくなった。
久保山誉子、安部里美、吉岡広子、松根良子、大石真紀、、高谷裕美、石川真琴、佐藤ルミ、
安部幸恵、植松直子、戸井田和美、石田光子、河野薫、菊池昭子、弘中由佳、岩瀬俊実、
山下志津、野中公子、門脇英子、中原陽子、漆原康江、中井裕子……
私たちはあなたたちの代表よ。
私たちのリレーチームは大会で中等科記録を更新したいと思ってるの。
未来の後輩たちが悔しがるようなすごい記録。"あんなチームで走ってみたかった"って思うような。
想像してみたら素敵でしょ。
私たちの記録よ。私たちとあなたたちの記録。
記録って一人じゃ作れないのよ。
チームメイトがいて、前の記録を作った人たちがいて、応援してくれる人たちがいて、
それを未来に伝えてくれる人たちがいて、それではじめてただのタイムが記録になるの。
だから藤村さんを連れて行っちゃだめよ。あの人は12人目のメンバーなんだから」
(12人目? 前に11人もいるのか!?)
リー姉さんはおれの抱いた疑問には答えることなく、石碑をまるで友達の肩にするみたいにぽんぽんと叩いた。
「リーウォン、練習に戻ろう。体が冷えた」
そう言って彼女はリーウォンさんを引き連れ、グラウンドの方に戻って行った。
496 :
左右@バトンリレー85:05/01/22 18:35:42 ID:YdWHHUhS0
部員たちはリー姉さんにならって石碑の前に一人一人しゃがみこみ、先輩たちの名を読み上げた。
手を合わせるのでも何かを供えるのでもないけれど、どんな立派な供養も彼女たちのやり方にはかなわないだろうと思った。
早世した少女たちの無念を思って感傷的な気分になっていたおれの顔を覗き込まれた姫殿下がおっしゃった。
「藤村、あの人たちはこの学校に心を遺していったのだな。わたしたちとずっと一緒にいてくれたのだな」
そのお言葉でわずかながら心の晴れる思いがした。
ここには彼女たちの思いを感じることのできる仲間がいる。
徒に悲しむことなんてないんだ。優しい少女たちがいる限り、ここに残す心は永遠に滅びることはないんだ。
「大体あなたたちはあんないいグラウンドで練習できることをもっと幸せに思わなきゃだめよ」
石碑の前から立ち上がったコマキさんがそう言って、姫殿下の傍らを通り過ぎて行った。
姫殿下は素早くそれに追いついておっしゃった。
「言われなくてもそう思ってます。わたしだってあのグラウンドが大好きです!」
「でも私が一番真剣に走ってる」
そう言ってコマキさんが歩みを速めた。
それを姫殿下が追い越される。
「わたしの方が真剣です!」
やがて2人はどちらからということもなく走り出し、デッドヒートを繰り広げながらグラウンドの方へ姿を消した。
おれが彼女たちのいなくなった道の上を見つめていると、下川さんがおれの頭からつま先までを眺め回して言った。
「しかし何でわざわざこの人を呼んだのかねえ?」
「確かに…………何でだろ?」
「…………何でやろ? ホンマにわからん。野田←→松永のトレードくらいわからんわ」
「きっと美味しいお紅茶が飲みたかったのね」
カコ様がようやくおれの長所らしきところを発見してくださったのは
陸上部員たちがグラウンド目指して走り去って行った後のことだった。
497 :
左右@バトンリレー86:05/01/23 18:04:53 ID:DJ1IYf4m0
その日の帰りのミーティングで榛名先生が部員たちに別れの挨拶をした。
彼は3週間の教育実習を終え、この学校を離れるのである。
「えー、実は皆さんにお詫びしなければならないことがあります」
彼がこう切り出したので陸上部員たちがざわめいた。
「来月の大会のことなのですが、ちょうどその時期にボランティアで千葉の高校に行くことになりまして、
それで……皆さんの応援には来られなくなってしまいました。申し訳ありません」
工エエェェ(´д`)ェェエエ工 と生徒たちが声を上げると榛名先生は本当に申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「すいません……僕は来年の春からそこで教員として働くことになっているのですが、
その前に補助教員としてやってみないかと校長先生から誘っていただいたんです。
それで授業のお手伝いをしたり部活を見たりしてその学校に慣れておこうと思っています。
僕はずっと教師になるのが夢だったんです……先生をやりながら陸上を教えられたらいいなって……
いつかこの学校の陸上部のような素晴らしいチームを育てたいと思います。だから……だから皆さんも……皆さんも…………」
そこで榛名先生は泣き出してしまった。
陸上部員たちも泣きながら榛名先生を囲み、場が一気に本部流実戦柔術道場の稽古風景みたいになった。
「青春だなあ……」おれの横に立つ下川さんが言った。「ところで藤村さん、あなたの夢は?」
「夢ですか? うーん(姫殿下をこの先ずっとお守りするというのはデフォルトだから第2志望としては……)
マンガ家ですね。ディズニーより売れっ子のやつがいいです。
いや、待ってください。やっぱりかわいいガールフレンドが欲しいです。富や名声より愛です('A`)!(力説)」
「ああそう……私はやっぱりお姫様かな。だって女の子だもん」
おれは(やかましいッ! おれと血が繋がってなくてお兄ちゃんが大好きな妹を連れて来てみろッ!)と心の中で叫んでいたので
下川さんが何を言っているのかはよく聞えなかった。
「痛い! 誰ですか、今僕の手を噛んだのは!?」
人だかりの中心で榛名先生が悲痛な叫びを上げていた。
ほしゅ&左右さんいつも乙
499 :
左右@バトンリレー87:05/01/24 21:27:27 ID:XLVfs5s80
1月2日の一般参賀が終わって、ようやく世間より遅れた正月休みが来た。
コタツに入ってビデオに録った大晦日のPRIDE男祭り2007のメインエベント
「曙vs琵琶湖のブラックバス」を観ながらメールをチェックしていたときのこと、
(試合は数において勝るブラックバスの総攻撃で曙さんが惜しくも敗れた)
見なれないアドレスのメールを発見した。
というか〜@mako.jpの時点で誰からのメールであるかわかった。
内容は冬休み中リレーの練習相手がいないからちょっと走りに来ないかというもので、
おれは姫殿下といっしょにプロバイダを始めて一山当てる計画を夢想しながらお返事を書いた。
翌日、姫殿下のご指示に従ってお屋敷内の護衛隊待機室に赴くと、姫殿下はエアロバイクで黙々と汗を流しておられた。
そのお隣ではカコ様がジムボールの上で結跏趺坐の姿勢をとっておいでだった。
(おお、かなりのハイレベルで使いこなしておいでだ!
おれなんて通販で買ったけどデカくて場所取るから空気抜いちゃったよ……)
姫殿下はおれの姿をお認めになると、「あと2分で終わるから」とおっしゃって再びペダルを踏み続けられた。
時間になると姫殿下はエアロバイクをお降りになり、2リットル入りのペットボトルの水を半分ほど一息に飲み干された。
(しばらくお会いしないうちに…………ぜんぜん変化(ちが)っちゃってる!!)
もともとほっそりとしていたおみ足は、発達した筋肉でメリハリがついていっそうすらりと細く見えた。
「せっかくのお休みなのに呼び出したりして悪かったな」
と姫殿下がおっしゃるのでおれは打ち消し申し上げた。
「いえ、とんでもございません。お呼びいただきありがとうございます」
「お姉様ったら新調した靴を自慢したくて藤村さんを呼んだのよ」
カコ様のお言葉に姫殿下はお顔に含羞の色を浮かべられた。
「これ。決してそのようなことでは……」そうおっしゃってから部屋の片隅に向かわれた。
「でもまあ、せっかくだから見てもらうことにしようか」
姫殿下が謎の小箱から取り出されたのは白地に桜色のスウッシュの真新しいスパイクだった。
500
左右氏乙
下川さんは藤村のことが好きなのか?
やたらくっつきたがるし、いつの間にか
藤村から藤村さんになっているし。
502 :
左右@バトンリレー88:05/01/25 19:19:03 ID:X+hRZjk20
おれはそのニューシューズをお預かりしてつくづくと拝見した。
「すごく軽いですねえ。それに形がとてもスマートです」
「うん、わざわざ採寸して作ってくれたんだ」
「そうですか……あれ、このロゴは?」
お靴のかかとのところには"NIKE♥MAKO"というオリジナルロゴが記されていた。
(おお、すごいダブルネームだ! だがこれは"NIKE loves MAKO"と読めるぞ。むむむ……)
さらに靴底を拝見すると、そこには"Would you mind just doing it?"とあった。
(あーっ、すごい丁寧表現!)
「これで皆の視線はわたしに釘付けだな。スパイクだけに」
お靴の金属歯のごとく姫殿下の舌鋒もまた鋭くていらっしゃった。
その後、お庭の芝生の上で姫殿下を中心にバトンリレーの練習を繰り返した。
休みなしの猛特訓に最初に音を上げられたのはやはり年少のカコ様だった。
「ねえお姉様、何だか体に力が入らなくなってきたわ。ヒダル神に憑依されたのかしら?」
お言葉の意味はよくわからなかったが、とりあえず疲れたという点においてはおれも同意見だった。
「もう終わりか? だらしないなあ」
姫殿下が裸足のままぴょんと飛び上がられた。
最初はスパイクを履いておられたのだが、芝生をボコボコにしてしまわれたのでいつもの裸足に戻られたのである。
おれも裸足になったのだが、草の上で何度も滑って転んでしまい、体中が痛かった。
姫殿下は裸足になられてより接地能力がアップしたように拝察された。
コーナリングにおけるあのボディコントロールのセンスはここで培われたものなのかもしれない。
「短距離をやるにもスタミナがないとだめだとコマキさんが言ってたけど、その通りだな」
おれは荒い息の下、申し上げた。
「あの人は1日中走ってますからね。あれだけ練習するにはそれはスタミナがいるでしょう」
「練習ではない本番の話だ。優勝するためには何本も走らなくてはならないだろう?」
姫殿下はそうおっしゃってにっこり微笑まれると、心の折れたおれとカコ様を置いてお庭の彼方へと走って行かれた。
503 :
左右@バトンリレー89:05/01/26 21:27:38 ID:L1Bheuvk0
新学期最初の合同練習の日、姫殿下はニューシューズで颯爽と登場された。
すでに中等科のメンバーにはお披露目が前日までに終了していたが、
戸山中陸上部の面々ははじめて見る姫殿下のお靴にさっそく食いついていた。
「あーっ、かっこいい! いいなあいいなあ」
コマキさんの言葉に姫殿下はお靴を見せつけるかのようにおみ足を芝生の上に伸ばされ、前屈を始められた。
「これってオーダーメイド?」
「うん」
「やっぱりね。形でわかった。いいなあいいなあ、私も新しいスパイク欲しいなあ」
「あんた結構いい靴履いてるじゃん」
チームメイトの一の谷さんが言った。
「…………靴より先に上履きを買え」
白村さんが呟くと、部長の屋島さんも同調した。
「それは私も半年ぐらい前から思っていたこと。あんなボロボロ、みっともないで」
「スパイク買ったんでお金がないんですよ」
「そんなもん、オマエ……それに制服よ。あんたスカート短すぎやで」
「あれも背が伸びたのにお金がなくて……」
「上の方めっちゃ折って履いとるって聞いたで。ホンマのこと言えや!!」
「…………色気づきやがって」
白村さんが吐き棄てるように言った。
旗色が悪くなったコマキさんは姫殿下に助けを求めた。
「マコさん、そろそろトラックに出ようか」
「うん。ちょっとスタートを見て欲しいんだけど、いい?」
「もちろん。あれ? ちょっと背筋ついてきたんじゃない?」
姫殿下とコマキさんがいちゃいちゃしながらトラックの方に歩いて行かれたので、
残されたおれは戸山中の人たちからコマキさんの黒い噂をさんざん聞かされることとなった。
(ケンカの相手を必要以上にブチのめしたり、イバルだけで能無しな教師に気合を入れたり、
料金以下のマズイめしを食わせるレストランには代金を払わねーなんてのはしょっちゅうだという疑惑)
このスレまだあったんだ……
投下していた頃がなつかしい…
505 :
水先案名無い人:05/01/27 20:17:50 ID:LWl2NTD00
/爪 ヽ `ヽ、`ヽ、 \
/ / !lヽヽ \ \ \ }、
/ l l l ヽ ヽ、_弐_ --ヽ _ヽノノ!
/! ll__l ヽ-‐' "┴─` l/rヌ、ノ|
!l/fri刀 //// >'〉} ノ!
l ̄ 、 U ,Lノノ |
', _ / | 「||l!,|
ヽ、 / .| | | |!|
``ー-ャァ' ´ _」、lLl l!|
/''''''ー''√ //゙''''ー'''ヽ,
,.r ' ヾ=r ' ". ヽ,
,r' `'、
i , ヾ、 /l .i
| / .:.ヽ i /ノ υ /l
..' .:. .:.:.:.:.:.:.:.:.::ヾ' ヽ____/
!.: .::. ヽ. :.:.:.:.:.:..:.:.:.:.:.:./ |-----|
.. . 'i :.:.:.:.. ヽ .:.:.::..::.:.:.:./ ..| |
', 〈 .| . |
/ __ .〉 .| .. |
. . . / || 神 || ヽ..| |
/__  ̄ ̄ l .. |
./_  ̄ ̄`ー―---、._---| . |
/ ``ー―------、......__∧| . . |
ト、; ;::-―、 l. .. |
.| `ヽ:; .;;; ‐''" .| .i
. ! \ ..;;/ .| |
| \.;;;;;;;;/ | . ヽ
506 :
左右@バトンリレー90:05/01/27 21:30:18 ID:RNgYNknL0
「はい!」「はい!」
バトンパスのタイミングを合わせる掛け声がグラウンドに響き渡る。
第3走者の姫殿下がアンカーの有藤さんの背後でぐっとお手を伸ばされる。
「早い!」
姫殿下のお声に少し足を緩めた有藤さんをコマキさんが追い抜いて行く。
1月前まで姫殿下は少し足が速いだけの生徒だったが、今では立派なアスリートとなられた。
ご自身を恃み、チームを愛し、だからこそご自分にも他人にも厳しくなれる、そんな中等科の代表選手だ。
ゴール地点で有藤さんとコマキさんがフォームを確認しあっている。
言い争っているリー姉妹を落合さんが仲裁している向こうで、白村さんが一の谷さんの話を聴くふりして尻を掻いている。
芝生の上では走り終えた新美さんが丸太のように転がり、病院坂さんが腰の高い三塁手に蹴りを入れている。
下川さん、獄門島さん、八つ墓村さんはなぜかサッカー部に交じって壁パスを受けている。
カコ様が陸上部員たちの求めに応じてカメラ片手に駈け回っておられる。
そして今日も校内で悪事を企てているであろう安藤さん・キキさん、リレーチームの目標となったOGの今井さん、それに榛名先生
(昨日メールで"漁師町なので父兄が昼にはもう出来上がっていて怖いです"と泣きを入れてきた)。
さらには姫殿下のトレーニングをサポートしてきた護衛隊員。
君たちが姫殿下を中等科代表のアスリートに育てたのだ。
礼を言う。
おれが我が子をおぶる父親のような幸福を感じていると、トラックの上から姫殿下がお声を掛けてくださった。
「藤村! どうした? 悲しそうな顔をしているな。泣いているのか?」
「イェ〜イ♥ ファイン! サンキュー!」
おれは昏睡(コーマ)状態に陥ってしまいそうなほどの喜びに身を浸しながらお答えした。
__________
<○√
‖
くく
しまった!ここは糞スレだ!
俺が止めているうちに皇居まで逃げろ!
早く!早く!俺にかまわず逃げろ!
承太郎連発キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
最初の一行があるある探検隊かと思った
510 :
左右@バトンリレー91:05/01/28 21:29:44 ID:bcl4zWr10
大会当日。
開会式が終わるとすぐに陸上部員たちはウォーミングアップを始めた。
場所は国立競技場。メインスタンド下にあるサブトラックである。
姫殿下は他校の選手たちや競技場内から聞えてくる音にやや緊張されているご様子だった。
おれがトラック内に入ってくる生徒たちを監視していると、胸の無線機が鳴った。
「こちら本部。18番応答せよ」
三井隊長の声だ。今日はヒゲ殿下ご夫妻も観戦されるということで大掛かりな警備体制が敷かれている。
「こちら18番」
「お客様がお見えだ。5番がご案内する」
「(ついに来やがったか……)18番了解」
「お客様」とはおれの元上司+姫殿下のDQN侍女のことである。
どちらも姫殿下イズムの信奉者なので、おれがこの大会のことを教えてやったら一も二もなく飛んで来たのだった。
まもなくサブトラック入り口からけたたましい笑い声を上げながらDQNが姿を現した。
「ウィ――ッス、姫殿下! 応援に来ましたよ! あはは、藤村もいる」
こちらに手を振るド金髪女の横に恥ずかしそうな顔をしたヒゲ男と、笑いを堪えている成嶋さんがいた。
「あっ、柏木に峰! 来てくれたのか?」
先ほどまで暗い表情を浮かべておられた姫殿下のお顔がぱっと明るくなった。
新美さんがおれの側に素早く寄って来て言った。
「何あの人? 藤村さんの彼女?」
「違います」
おれがきっぱりと言い切ると、陸上部員たちの間に小波のような反応が広がった。
「やっぱり」「藤村さんにあんなかわいい彼女はできない」「ていうかあの人アレだから……」
「じゃあ、あのヒゲは?」
「あのヒゲは元上司です」
「ヒゲ上司?」「ヒゲ情夫?」「プレイの総合商社?」
伝言ゲーム方式で風説が流布していくのをおれは風に揺らめく炎の如く受け流すことに決めた。
511 :
左右@バトンリレー92:05/01/29 20:35:11 ID:Ieu1cAVs0
「姫殿下、しばらくお会いいたしませぬうちにまた大きくなられましたな」
と峰が恐れ多くも親戚の伯父さん的なことを申し上げると、姫殿下は恥ずかしそうに微笑まれた。
「峰、新しい仕事の方はどうだ? 教え子たちは真面目に勉強しているか?」
「はい、おかげさまで藤村のようなふざけた者もおらず、皆優秀な生徒たちばかりでございます。
ただ講義ばかりでいささか体がなまっておりますので、いつかまた姫殿下と遠駈けなどしてみたいと思っております」
そんな君臣の心暖まるやりとりを柏木のでかい声が遮った。
「ねえ姫殿下、ユニフォーム姿のお写真を撮らせてください」
求めに応じて姫殿下はウィンドブレーカーを脱ぎ、ユニフォーム姿になられた。
「藤村、ちょっとあんた撮って」
柏木はそう言っておれにカメラを押しつけて、峰とともに姫殿下のお隣に立った。
おれが10枚ほど撮ると、満足したのか、峰と柏木は姫殿下の御前で深く一礼して申し上げた。
「それでは姫殿下、この後は観客席の方で応援させていただきます」
「キマリですよ、姫殿下に勝てるやつがこの世にいてたまるかってんですよ」
柏木の根拠のない断言に姫殿下は苦笑された。
「ありがとう、期待に応えられるよう全力で走るから」
なおも呪術的なフレーズを言上しようとする2人を、おれは無理矢理引っ張って成嶋さんの所へ連行した。
「あの……藤村が護衛隊の皆さんにご迷惑をお掛けしていないでしょうか。何しろこいつは昔から問題児でして……」
今度はおれの親戚みたいになった峰が成嶋さんに言った。
「はあ……よくやっていると思いますが……」
成嶋さんは多少引き気味で答えた。
「藤村、あんた軍人のくせに軍服似合わないでスーツが似合うってどういうことよ。
軍人のサラリーマン化かよ。この国は一体どうなるのか……」
憂国の志士を気取る柏木の発言に平和教育に慣れた生徒たちが側耳を立てていた。
512 :
左右@バトンリレー93:05/01/30 21:17:56 ID:bgqW+8os0
柏木はヒゲ殿下にご挨拶してくると言って、峰を引っ張って行ってしまった。
2人を見送るおれの横を戸山中リレーメンバーの4人が通り過ぎて行く。
「皆さんもう出番ですか?」
おれが尋ねるとコマキさんが大きく頷いた。
「うん。100mの1次予選、最終コールだから。ところで藤村さん、さっきの女の人は藤村さんの彼女?」
「違います」
おれが断言すると他の3人が噛みついてきた。
「でも結構仲良さそうだったよね。ねえ乃江ちゃん?」
「…………ヤッてるな」
「ホンマのこと言えや!!」
姫殿下が陸上部員たちとともにおいでになったので、おれは4人を無視してそちらに向かった。
「藤村、わたしたちは観客席で応援をしよう」
姫殿下のお隣では緊張した面持ちの有藤さんとリー姉さんが黙々と体を動かしていた。
観客席から競技場を見晴るかされた姫殿下が歓声を上げられた。
「おお、改めて上から見るとすごいな。こんなところで走るのか……」
「あー、ほら私たちの応援があんなに!」
新美さんが指差す第1コーナーのスタンドには中等科の制服を着た生徒たちおよそ200人が座っている。
選手を出している部やクラスの構成員が集まった結果、このような大応援団となったのである。
おれが陸上部員たちとともにその壮観に感動していると、ホームストレッチの反対側、第4コーナーの辺りで歓声が上がった。
「コマキさーん! コマキコマキコマキ! アーッ!! ああーっ!!」
最初のレースに登場するコマキさんを応援する大きなお友達(おれと同年代)の集合体だった。
「コマキさんは人気者だなあ」
姫殿下が感心したようにおっしゃった。
(うわあ、あのような汚物を姫殿下のご覧に入れたくはなかった……)
同世代の醜態に、おれは昔"「汚物は消毒だぁ〜!!」のガイドライン"というスレを立てたら、
「
>>1は消毒だぁ〜!!」と延々レスされて今に至ることを思い出していた(平成19年末時点でpart 18)。
ほっちゃんワラタ
516 :
左右@バトンリレー94:05/01/31 21:08:36 ID:MUmyqH350
各校のリレーチームが待機する通路は、相手を気合で圧倒しようという外向きのベクトルと、
自己の殻に閉じこもって集中しようという内向きのベクトルが拮抗するアナザーディメンションと化していた。
すでに有藤さん・リー姉さんは100mで、リーウォンさんは200mでそれぞれ1次予選を突破している。
そのためチームで一番緊張しているのは、まだトラックに出ていない姫殿下である。
ひとつ前の第5組がグラウンドから戻って来始めたとき、かすかなトランペットの音色が聞えてきた。
(あっ、このメロディー……)
どこかで耳にしたことのあるこの旋律が何だったか思い出そうとしていると、うつむいておられた姫殿下がお顔を上げられた。
「あっ、このメロディー……」
「"G習院戦いの歌"だ!」
メンバーたちは休めの姿勢をとり、辺りをはばからず放吟し始めた。
聞け我らが雄叫び 天地轟きて
屍越ゆる我が旗 行く手を守る
この時点でようやく何の歌だか思い出した。
(これは……世界一有名な革命歌"インターナショナル"!
こんなレッドホットソングをヒゲ殿下ご夫妻の観戦されるスタジアムで歌うのはいかにも不穏当!)
そう考えたおれはグラウンドに飛び出し、メインスタンド最上段のロイヤルボックスを見上げた。
そこではヒゲ殿下ならびに妃殿下が立ち上がって熱唱しておられた。
ヽ(・ω・)/ ズコー
\(.\ ノ
(さすが伝統校、何だか知らんがとにかくよし!)
いざ戦はんいざ 奮ひ立ていざ
あゝG習院 我等がもの
大応援団の歌声が響く中、中等科のメンバーたちは勢い良くグラウンドに飛び出して行った。
517 :
左右@バトンリレー95:05/02/01 21:33:32 ID:f3/wU1Lg0
選手たちがそれぞれのスタート位置についた。
我らが中等科は4レーンである。
この予選ではそれぞれの組で2着までが次の準決勝に上がれることになっていた。
「この組で53秒を切ったことがあるのは私たちだけ」
と有藤さんは戦前に語ってくれたのだが……
中等科応援団が手作りの垂れ幕やプラカードを手に声援を送っている。
「敵にかまうな 速度をたもて!! G習院中等科陸上部」
「弾丸姉妹 Li Sisters」
「特に理由はない 生徒会長が速いのは当たりまえ!! G習院中等科生徒会」
「神速! マコリンペン G習院中等科美術部」
彼女たちの占拠するスタンドに一番近いのは第1走者のリーウォンさんだが、
スタートに向けて集中しているために応援団の様子は目に入っていないようだった。
第2走者のリー姉さんは落ち着きなく体を動かしている。
アンカーの有藤さんは立ったままゴールを見つめている。
時々腕を動かすのは走り出すときのイメージを頭の中に作り上げるためだろうか。
第3コーナーにいらっしゃる姫殿下は鉢巻を御頭に巻いておられた。
もちろん白地に赤の日の丸である。ベタな画だけどそれもまたよし!
鉢巻をきゅっと結ばれて臨戦体勢の姫殿下を拝見しているとこちらが緊張してきた。
(こんなに緊張するのは「ハローマイネームイズケビン」ってカキコしてしまった次の日以来だ……)
そんな小さないたずらを回想していると、姫殿下がおれの方をご覧になってメインスタンド方向を指差された。
振り返ってスタンドを見たが何も異常はない。
視線を姫殿下の方に戻してはじめて姫殿下が何を指差されているのかわかった。
(おれ? おれですか?)
おれが自分の顔を指差すと姫殿下は小さく頷かれて、G習院と書かれたユニフォームの御胸をとんとんと叩かれた。
(一番緊張されているはずなのに外野のおれを励ましてくださるとは……)
おれはどんどんと左胸を拳で打ってご返礼申し上げた。
「どうした? 何かトラブルか?」
胸ポケットの無線機から三井隊長の声がした。
神いわゆるゴッドは藤村だったのか!!!!!
519 :
左右@バトンリレー96:05/02/02 20:42:20 ID:vR4w6jfL0
「位置について、用意……」
号砲が鳴り響き、予選第6組がスタートした。
第1走者のリーウォンさんはなかなかの好スタート。
それを見た第2走者のリー姉さんはぴしゃりと顔を叩いて気合を入れると、
前を向き、バトンを受け取る構えに入る。
他の走者たちが声を出してバトンパスのタイミングを計るのに対し、
リー姉妹は無言で、お互いの方を見ることもない。
だがなぜかバトンは2人の腕が伸びきるドンピシャのタイミングで受け渡された。
その時点ですでに後続に1m近い差をつけてトップに立つ。
中等科応援団はもうお祭り騒ぎである。
リー姉さんから姫殿下へのリレーは慎重に行われた。
姫殿下がしっかりバトンを握られたのを確認してから、リー姉さんが手を放した。
姫殿下は白い鉢巻の端をなびかせながら首位を独走される。
バトンをアンカーの有藤さんに繋がれた瞬間、姫殿下は小さくガッツポーズをされた。
有藤さんは周りに誰もいないのを確認して余裕のゴール。
速報タイムは52秒57。
2位以下に大差をつけての完勝に応援団は沸きに沸いた。
第1コーナーに集まった中等科リレーチームはスタンドに向けて照れくさそうに一礼すると、
メインスタンド側に戻って来た。
「わはは、やったぜ!」
高笑いするリー姉さんを控えの落合さんがハイタッチで迎える。
「最後はコマキの真似してみました。やっぱトップは最高ですね」
有藤さんが息を弾ませながら笑う。
リーウォンさんは応援団に向けて手を振り、
姫殿下はかめはめ波みたいな動きで気の塊のようなものを発射せんとされていた
(その後の調査で、源氏物語にも記述のある奥義・青海波であることが判明した)。
520 :
水先案名無い人:05/02/03 15:32:07 ID:4zUTW3Qh0
521 :
左右@バトンリレー97:05/02/03 21:32:34 ID:i5LiVc5H0
サブトラックに戻ると中等科陸上部OGの今井さんが待っていた。
周りに同年代の女性が3人立っている。
本部からの無線連絡によると、3人ともG習院大学の学生であるということだった。
「あ、今井さん。来てくださったんですか」
「うん、さっきのレースもスタンドから見てたわ。準決勝進出おめでとう」
今井さんの言葉にリレーメンバーは顔を見合わせて笑った。
「今日は中等科時代のチームメイトも連れて来たの。中等科記録を作ったときのメンバーよ」
紹介を受けた3人が口々に祝福の言葉を述べ、リレーメンバーはいっそう嬉しそうな顔をした。
そこへ戸山中のリレーチームが通りかかった。有藤さんが手招きして言う。
「今井さん、こちら戸山中陸上部のリレーチームです。うちのグラウンドで一緒に練習してるんです」
「ああ、榛名さんから話は聞いているわ。さっきも見てたけどかなり速いわね」
今井さんと握手したコマキさんが相手の様子を窺いつつ尋ねた。
「あの……今井さんって練習試合で"相手が遅すぎてつまらん"と暴言を吐いて乱闘を起こしたというあの今井さんですか?」
「うっ」今井さんの顔色が変わった。「まあ……そんなこともあったかもね」
「戸山中陸上部の男子2人と二股掛けてたっていうあの……?」
「それで"どっちか1人に絞る"って言って2人を走らせて"速い方と付き合う"って言ったというあの……?」
「…………挙句の果てに"私の方が速い"って言ってどっちもふったというあの……?」
戸山中リレーメンバーの口から今井さん暗黒伝説がボロボロと暴き出された。
(この人も元問題児か……)
今の中等科リレーメンバーに今井さんが入っていれば色々な意味でドリームチームが出来上がっていたことだろう。
「あはは、そんなことあったかなあ? 遠い昔のことだから覚えてないや」
今井さんはまるで宇宙生命(コスモゾーン)になっちゃった人みたいな遠い目をして後輩たちの追及をかわしていた。
522 :
左右@バトンリレー98:05/02/04 20:45:16 ID:cvE8u8eO0
午前中に行われる最後の種目が女子4×100mリレー準決勝だった。
我らが中等科リレーチームは第1組の3レーンを走ることになった。
この組はお隣4レーンが優勝候補の足立十七中、さらに5レーンが北青梅中と強豪揃いである。
決勝に進むためには2着までに入らなければならないので、厳しいレースになることが予想された。
だが中等科の選手たちは前のレースとは違い、リー姉妹を中心にハイテンションでグラウンドに飛び出して行った。
第1走者のリーウォンさんはいち早くスターティンググリッドに付き、気合充分である。
号砲が鳴り、飛び出したのはやはりリーウォンさん、レースを引っ張る。
それを見た第2走者リー姉さんは前のレースよりも早いタイミングで始動する。
テイクオーバーゾーンいっぱいのところでバトンパスが行われた。
役目を果たしたリーウォンさんは勢い余って前のめりに転倒した。
(あいたー、あの転び方は顔擦ったな…………あれ?)
トラックの上でうつ伏せになったリーウォンさんがぴくりとも動かない。
周りの選手たちの掛ける声にもまったく反応がない。
中等科応援団に動揺が走った。
姫殿下も第2コーナーを見つめたまま硬直しておられた。
そのとき疾走するリー姉さんの叫び声がグラウンドに響き渡った。
「こっちだ! こっち見ろッ!」
それをお聞きになった姫殿下はぐっと一度お膝を曲げられると、スタートの構えを取られた。
「GO!」
リー姉さんの合図で姫殿下が走り出される。
思いきり腕を伸ばしたリー姉さんが姫殿下のお手の中にバトンを押し込む。
姫殿下がお体を起こされて加速されると、応援団が泣き叫ぶような歓声を上げた。
523 :
左右@バトンリレー99:05/02/05 20:41:10 ID:Jv/HUgLy0
姫殿下はお顔を真っ赤にして力走される。
(そうです、姫殿下。上体をリラックスさせて……)
3レーンの姫殿下と、4レーン5レーンの選手が並んだ。
4レーンがちらりと姫殿下の方を見る。
(あの目線の方向からすると姫殿下が1歩リードか?)
「走って!」
姫殿下のお声がいち早く響いた。
続いて他のレーン選手の叫び声。
足音と怒号が入り交じる中、走り込んでくる第3走者と走り出すアンカーが交錯し、また離れる。
バトンをパスされた姫殿下が祈るような格好で天を仰がれた。
有藤さんは足立十七中、北青梅中のアンカーと競り合っている。
第1コーナーの中等科応援団が有藤さんをゴールに呼び込もうと声援を送る。
80mを過ぎたところで5レーンの選手が顎を上げた。
有藤さんと4レーンがわずかにリード。
そのままほぼ同時にフィニッシュした。
決勝進出だ。
だが有藤さんは応援団の方をちらりと見ただけで喜ぶそぶりも見せず、第2コーナー目指して走り去った。
眼の端で姫殿下が走り出されたのを確認したおれは無線機に叫んだ。
「第2コーナーに対象が移動中! 18番がカバーする! 付近の再チェックを!」
返事も聞かず、ホームストレッチを駈け抜けて行かれる姫殿下を追い掛ける。
鉢巻が解けて風に舞った。
おれは跳び上がってそれを空中でキャッチすると、姫殿下と並んで走り続けた。
倒れているリーウォンさんの傍らで大泣きしているリー姉さんの声がはっきりと聞え始めていた。
524 :
左右@バトンリレー100:05/02/06 21:10:58 ID:pj91FyMx0
おれと姫殿下が第2コーナーに到着すると、リー姉さんが涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「ああ、藤村さん……リーウォンが…………」
おれは姫殿下のお肩に触れて、周りに集まった選手たちの陰になるようしゃがんでいただくと、
リーウォンさんに声を掛けた。、
「リーウォンさん、どこが痛いですか?」
「胸……」
リーウォンさんがうつ伏せになったまま、かすれた声で言った。
「息をすると痛いですか?」
「うん……」
(肋骨かな? トップスピードで転んだからな……)
「頭は打ってないですか?」
「わかんない……」
「18番」無線機が鳴った。「そちらに担架が向かう。身元照会済み」
「リーウォンさん、今担架が来ますから動かないでください」
そう言ったとき顔に冷たいものが当たった。
(雨……?)
降り出した雨が音を立ててタータントラックを叩いていた。
おれは辺りを見回して落合さんを探した。
「落合さん、全員のウィンドブレーカーを持って来てくれませんか?」
有藤さんの陰に隠れるように立っていた落合さんがひとつ頷いてメインスタンド方向に走って行った。
係員に担架で運ばれるリーウォンさんの後をリー姉さんと有藤さんが追う。
姫殿下もそれに続かんと歩み出しておられた。
「姫殿下」
おれがお呼びすると姫殿下はうつむかれたままおっしゃった。
「わたしも……医務室までいっしょに……」
「……かしこまりました」
おれは無線で医務室周辺のチェックを要請すると姫殿下の後に従った。
525 :
左右@バトンリレー101:05/02/07 20:53:38 ID:VHa0rd/j0
リーウォンさんは救急車で病院送りとなった。
医務室の医師の見立てでは肋骨骨折の疑いあり、ということだった。
応援に来ていたリー姉妹の両親、それにその両親と同じ顔をした伯父伯母夫婦が救急車に同乗した。
(双子同士で結婚し、お父さんと伯父さんはラーメン店チェーンを共同経営しているとのこと)
仲間の離脱に意気消沈した陸上部員たちを控え室で待っていたのは元気な戸山中リレーチームだった。
輪になってストレッチをしながら何やら楽しそうに話している。
「あ、リーウォンさんの具合どうやった?」
おれたちに気付いた屋島さんが言った。
「うん、肋骨が折れてるかもしれないって。救急車で運ばれた」
有藤さんが沈んだ声で答えた。
「そっか……でも足じゃなくてよかった」コマキさんが言った。
「だいじょうぶ、またすぐに走れるようになりますよ」
いかにも陸上バカのコマキさんらしい慰め方だ。
きっとこの人にとっては生きること=走ることなのだろう。
おれは共感できるが、今の陸上部員たちはコマキさんの人生観をわかってあげる余裕はないようだった。
「マコさん、私たちも決勝進出したから。楽しみね」
「うん……」
コマキさんの言葉に姫殿下も生返事をされるばかり。
そのとき控え室の入り口の方から懐かしいお声が聞えた。
「お姉様、お弁当を持って来たわよ」
振り返ると、2つのお弁当を抱えたカコ様とおれの弁当をぶら提げた成嶋さんが立っておいでだった。
「藤村、おまえの分も持って来てやったぞ」
おれが礼を言って受け取ると、彼は再び持ち場へと戻って行った。
「おっおおっおべっおべっおべんとうおべんとう」
カコ様の人力お弁当DJで陸上部員たちもやむなくランチタイムへと突入することになった。
526 :
左右@バトンリレー102:05/02/08 21:35:38 ID:FJfMxrp90
皆でもそもそと弁当を食べていると、新美さんがおれの手作り弁当を覗き込んだ。
「藤村さんのお弁当ずいぶん凝ってるのね」
「はい、実はお弁当のメニューに郷土料理を取り入れようと思いまして、
それで各地の特色ある料理を研究しているわけですが……」
おれがそう言うと姫殿下も食いついておいでになった。
「ほう……今日はどこかな?」
「熊本です。辛子蓮根と一文字グルグルがついています」
「何っ!! 辛子蓮根と一文字グルグルだと、わたしの大好物だよ!!」
姫殿下が驚きの声を上げられた。
「よろしければどうぞ」
おれがそう申し上げて弁当箱を差し出すと、他から延びてきたたくさんの箸がおれの弁当の中身をかっさらっていった。
「あっ!」
「ヒャーッ効く効くーっ!!」
「鼻をぶん殴られるようなこの辛さが何ともたまらん!!」
「辛子蓮根みたいにうまいもんがこの世にあるかね!?」
皆勝手に食って勝手なことを言っている。
「ネギをゆでてね、白い根っ子のところを中心に、グルグル巻いてこれを酢みそで食べる。実にオツなものね」
カコ様がなぜか勝手に解説をされていた。
「名前がまたいいじゃないか、一文字グルグルだなんて……」
「弁当でこんな物出していいのかしら、けしからんねえ。
ご飯のおかずにもいいけど、つい飲みたくなるじゃないの」
「未成年の芋焼酎は固く禁じられております」
とおれはカコ様にご注意申し上げた。
「わたしの辛子蓮根と一文字グルグル……」
姫殿下は虚空に箸を出されたまま固まっておいでだった。
(・∀・)イイヨイイヨー
姫殿下の好物を横取りするなんて…
てめぇら人間じゃねぇ!!たたっ斬ってやる!!
人力お弁当DJワロタ
530 :
左右@バトンリレー103:05/02/09 21:30:46 ID:ggjhv1yT0
午後になってもリレーメンバーの調子が上向いてくることはなかった。
有藤さん、リー姉さんともに集中力を欠いた走りで100m2次予選敗退。
4×100mリレーに向けてのウォーミングアップをしていても、どこかぼーっとしている。
新美さんが出走する800mの準決勝も戸山中の人たちに教えられて慌てて応援席に向かったほどだ。
同じ第1組には秋季大会1位と3位の綾瀬二中コンビなど実力者がエントリーしている。
ド素人の新美さんが決勝進出の条件となる上位4着に割り込むのは極めて難しい。
降り止まぬ雨の中、第1組がスタートした。
1レーンの新美さんは最初から飛ばして、100mが過ぎてオープンコースとなるところでトップに立った。
「ああ、やっぱりうまいなあ」
有藤さんが感嘆したのは集団の2・3番手の位置についた綾瀬二中コンビである。
「新美の斜め後ろについて牽制し続けるつもりだわ。
新美から見たらあの2人が常に視界に入っているから、精神的にかなり疲れる」
彼女の予想どおり綾瀬二中コンビは新美さんの後ろにぴったりついたまま、
ファイナルラップの鐘が鳴っても動こうとはしない。
第2コーナーを回ってバックストレッチに入ったところで前回優勝者、綾瀬二中の141番が仕掛けた。
「新美、来たぞ!」
新美さんは素早い反応でこれをブロック。
しかしそのその外から綾瀬二中の2067番が来る。
それを防ぐと今度は141番がインを突いてくる。
綾瀬二中のコンビプレーに新美さんは完全に翻弄されていた。
「あー、こらアカンで。こんなんゴールまでもたん」
屋島さんがそう言って首を振ったとたん、内から来た忍ヶ岡中の選手が簡単に新美さんをかわして行った。
「いや……これはひょっとしたらリサリンの作戦なのでは……?」
姫殿下がぽつりと呟かれた。
531 :
左右@バトンリレー104:05/02/10 19:16:09 ID:/a3+93rs0
「どういうことですか?」
おれがお尋ねすると姫殿下はグラウンドの反対側、第3コーナーに入った新美さんを指差した。
「ほら、リサリンは綾瀬二中の2人だけをブロックして、ほかの選手のことは全然気にしていないように見える」
姫殿下のおっしゃるとおり、新美さんは清新中の選手にも簡単に抜かれたが、
綾瀬二中の選手を牽制する動きは止めていない。
「じゃあ最初からあの2人を潰すつもりで……えげつないですねえ」
「頑張れ新美ッ!」
コマキさんが叫んだ。
それを合図に中等科応援団から新美コールが起こった。
最終第4コーナーを抜けてホームストレッチに入った時点で新美さんは完全にバテバテ。
顎が上がり、フォームも腕を横に振るサッカー部走りに戻ってしまっている。
だが後ろの2人の動きに反応しながら細かい動きで相手の出足を止めている。
「新美ッ、死んでもマーク外すな!」
「守りきれ!」
サッカー部員たちが立ち上がって声援を送る。
ラストスパートに入った新美さんはもう頭がガクガク揺れていた。
それでも綾瀬二中の2人に左右から挟まれて必死で競り合っている。
ゴール寸前に綾瀬二中の2067番が新美さんの腕を振り払うようにして前に出た。
新美さんは歯を食いしばってそれに付いて行く。
足の上がらなくなった141番の選手が天を仰いだ。
新美さんは前回大会の優勝者を後ろに従えたまま、4位でフィニッシュした。
走り終えた彼女は崩れ落ちるようにグラウンドに倒れ込んだ。
「リサリン!」
姫殿下が観客席の階段を駈け降りて最前列へと向かわれた。
532 :
左右@バトンリレー105:05/02/11 20:48:30 ID:04VR0Ie30
「リーサーリーン!」
姫殿下がスタンド最前列の鉄柵にお掴まりになって叫ばれた。
するとトラックの上でうつぶせになっていた新美さんが顔を上げた。
その泥と雨水まみれの顔には笑みが浮かんでいた。
「リサリン、おめでとう!」
姫殿下のお声に反応して新美さんが立ち上がった。
ユニフォームの胸に描かれた桜の花の校章を指差し、天に拳を突き上げた。
応援団の間から拍手と歓声が巻き起こる。
「藤村……」姫殿下が拍手をされながらおっしゃった。
「今度はわたしたちが勇気を与える番だ」
「はい、姫殿下」
おれは頭を下げた。
このお方はこれまでも多くのものを与えてくださったのに、まだ何かを皆に下賜されるおつもりのようだ。
「いやー、オープンコースは怖いねえ」
いつのまにか後ろに立っていたリー姉さんが言った。
「セパレートでも一緒ですよ。前みたいに負けて熱くなってるようじゃ足元すくわれます」
落合さんが厳しい表情で言った。
その後ろから有藤さんがゆっくりと階段を降りてくる。
「みんな、第1コールの時間よ」
そう言ってポケットから小さな紙片を取り出した。
「第1走者リーウォンの代わりに落合の名前を書いたわ。
このメンバー表を提出したらもう交代はできない。いい?」
3人が頷く。
「よし、行こう!」
階段を駈け登る中等科リレーメンバーを応援団が拍手で見送った。
533 :
左右@バトンリレー106:05/02/12 21:11:11 ID:SwjAVAcJ0
リレーメンバーはサブトラックで最後のアップを始めた。
軽いジョグをしてストレッチを入念に行った後、バトンパスのタイミングを確認する。
少しずつスピードを上げながらパスを行っていると、突然落合さんが泣き出した。
「うーうー……」
「どうした落合?」
うつむいて涙をボロボロこぼす落合さんの顔をリー姉さんが覗き込んだ。
「うーうー……私ずっと自分も走ってるつもりでレース観てましたから……
私頑張りますから……絶対足引っ張ったりしませんから…………」
「何言ってるの? 足引っ張るなんて思ってないよ」
「そうだよ、落合なら絶対やれる」
「うん、わたしたちは中等科の代表なんだから。自信を持って」
つられた残りの3人も出走20分前の段階ですでにボロ泣きである。
少し離れて立っていたおれを姫殿下が手招きなさった。
「ほら、藤村からも一言」
仰せに従い、おれは中学生の頃好きだった女の子に
「藤村は私の世界(ザ・ワールド)に入門すらしてないから」と言われたエピソードを披露した。
「ほら、補欠にすらなれない人生もあるんだからそんなに考え込まないで」
リー姉さんの言葉に落合さんは鼻水垂らしながらしきりに頷いていた。
最終コールの時間が来たことを告げる係員の声がした。
「あ、そうだ」おれは白玉の涙を拭っておいでの姫殿下に申し上げた。
「姫殿下、鉢巻をお預かりしたままでございました」
おれが懐から鉢巻を取り出すと、姫殿下はくるりとお背中を向けられて、御髪をお手でまとめられた。
「藤村が締めておくれ」
「かしこまりました」
おれがリボン結びをして「姫殿下に風速2m未満の良い追い風が吹きますように」と呟くと、
姫殿下はゆっくりと召集所へと歩き出された。
534 :
水先案名無い人:05/02/13 09:58:52 ID:yLGnWqg+0
リレーに追い風参考は無い
535 :
左右@バトンリレー106:05/02/13 20:44:36 ID:5DVTm9vO0
点呼とゼッケンのチェックを受けた選手たちが通路に集められた。
中等科リレーチームは姫殿下トレインを形成し、出番を待っている。
ヘッドフォンをしたコマキさんが壁に寄りかかって自己暗示をかけている。
「ねえ、どうしてG習院はあんなにたくさん応援が来てるの?」
準決勝でも一緒に走った足立十七中の選手が声を掛けてきた。
「私たちは代表選手だから」
有藤さんが選考システムについて話すと相手の選手は頷きながら熱心に聴いていた。
「なるほど、それいいわね。うちでもやってみようかな……」
グラウンドから歓声が聞えてきた。またひとつ競技が終わったのだ。
姫殿下トレインの先頭に立つ有藤さんが肩に乗ったリー姉さんの手を握った。
「応援してくれる皆のために私たちは走る」有藤さんが言った。
「それから久保山誉子、安部里美、吉岡広子、松根良子、大石真紀、、高谷裕美……
私たちに心を残してくれた人たちのために」
「榛名先生と藤村さんのために」リー姉さんが言った。
「それに中等科リレーチームの一員として走った全ての先輩たちのために」
「リーウォンさんのために」
前を見据えて落合さんが言った。
「それから……」姫殿下がおっしゃった。
「ともに走った白村さん、一の谷さん、屋島さん、コマキさんのために」
彼女たちの儀式をヘッドフォンを外したコマキさんが神妙な面持ちで見つめていた。
「4×100mリレーの出場者は整列してください。まもなく出ます」
係員の声が通路中に反響する。
「ほな行こか」
屋島さんがコマキさんの背中を叩いた。
「では皆さん、私はお先に失礼します」
そう申し上げると、おれは入場口の警備のためグラウンドに向けて歩き出した。
536 :
左右:05/02/13 20:45:59 ID:5DVTm9vO0
↑失礼107でした。
>>534 情報サンクス。
まとめサイトに載せるときには陸上部員の誰かに突っ込ませます。
537 :
左右@バトンリレー108:05/02/14 21:19:49 ID:XGn1ofjh0
雨は激しさを増していた。
中等科応援団の陣取るスタンドは色とりどりの傘に覆われていた。
おれを含めグラウンドに出る護衛隊員たちはみな制式の黒い雨合羽を着用した。
フードに当たる雨音がやけに大きく聞える。
そうやって聴覚が妨げられると空間把握能力も失われるらしく、
先ほどまであれほど広く感じられたグラウンドが急に狭くなってしまったように思える。
不規則な雨音に時間の感覚も狂ってきているようで、「位置について」の号令までの時間がやけに長く感じられた。
だがそれでも今日初登場の落合さんには短すぎたみたいで、号令が掛かっても最後までトラックの感覚を確かめていた。
2レーンの彼女がバトンをハンカチで拭ってスターティングブロックにつくと、すぐに「用意」の合図が掛かった。
号砲が鳴り、選手たちが一斉に飛び出す。
だがすぐに2発の砲声。
フライングだ。
1レーンの桐友女子、そして2レーンの中等科落合さんのフライングという判定だった。
第3コーナーの姫殿下も心配そうなお顔で落合さんを見つめておいでだ。
2回目以降のフライングは、その選手にとってはじめてでも即失格となる。
第1走者は二度と失敗できないという重圧の中、一度途切れた集中を再度行わなければならない。
4レーン戸山中の白村さんはぐるりとトラックを見回し、落合さんは再びバトンを拭って位置についた。
2度目のスタート。
今度は8人が揃った。
中盤から5レーン千歳橋中、7レーン東陽町中が前に出たが、落合さんも必死で食い下がる。
第2コーナーは第2走者たちが発する声で早くも騒然としている。
そこへ第1走者が合図の言葉を叫びながら駈け込んでくる。
走者のキックに跳ねる水飛沫で遠近感がなくなって、彼女たちの体がひとつの塊になる。
そしてそこから飛び出した第2走者がバックストレッチを疾走する。
2レーンのリー姉さんから6レーンの選手までが横一線に並んでいた。
538 :
水先案名無い人:05/02/15 02:32:42 ID:mar4BJoH0
バックストレッチで横一線=2レーン圧勝モードだけどいいのか?
539 :
左右:05/02/15 19:26:50 ID:2vj2s2fU0
やべえ↑最後の行なしで
第2走者たちが背後に水煙を残しながらバックストレッチを駈け抜けていく。
雨粒が目に入って視界は良好でないかもしれない。
だがそれぞれの心の中に持つ理想の走りに近付かんと、懸命に足を上げ、腕を振る。
応援団の叫びが雨音をかき消す。
第3走者が走り出した。
姫殿下も左腕を後方に伸ばされたまま駈け出された。
もう後ろを振り向かれることはない。
リー姉さんを、チームメイトを信頼しているから。
バトンを受け取られた姫殿下は雨の雫にお顔をしかめながら曲走路を疾走された。
中等科の応援団の声に答えてなおいっそう加速される。
そのお姿を拝見していると、心の中にある思いが湧き上がってきた。
誰かのために戦うことってすげえカッコイイ。
愛する人たちのためにがんばることってすげえ楽しい。
おれの選んだ道は、姫殿下に教えていただいた生き方は間違ってなかった。
人生のゴールはどこにあるのかわからないけれど、おれは独りぼっちじゃない。
ともに走る人がいる。
競い合う相手も、応援してくれる人たちもいる。
そしてずっと見守っていたい人がいる。
おれはフードを脱いで、姫殿下の巻き起こされる歓声を、姫殿下の疾走される空間を感じようとしていた。
外から3レーン下石神井中、4レーン戸山中の屋島さんが姫殿下を追い抜かんと加速してきた。
5レーン千歳橋中、6レーン足立十七中もいい。
姫殿下が有藤さんに向かって何か叫ばれたが、周りの声にかき消されて何とおっしゃったのかはわからなかった。
最初にバトンを繋いだのは5レーン千歳橋中だった。
続いて3レーン下石神井中、姫殿下は3番手で有藤さんにリレーされた。
走り終えられた姫殿下は鉢巻を取られた。
4レーンのコマキさんがテークオーバーゾーン入り口でバトンを受け取る。
先行する隣のレーンのアンカーをちらりと見て、ぐっと体を低くした。
その姿を見たおれは彼女が以前練習中に言っていたことを思い出した。
(足が流れてる…………上体の動きが硬い)
彼女は低すぎるスタートから強引に体を起こし、60mまでは何とか勝負していたが、
いつもの伸びがなく、前を行く3人にじりじりと引き離されていった。
有藤さんは下石神井中・千歳橋中と激しく競り合っている。
そのまま体を投げ出してフィニッシュラインを切ると、
中等科応援団が大騒ぎしている正面のスタンドにバトンを力いっぱい放り込んだ。
ガッツポーズをしている彼女に落合さんが飛び付く。
第4コーナーに目をやると、姫殿下がグリコの箱の人みたいな格好で駈け出されたのが見えた。
「対象が第1コーナーに移動中。18番向かいます」
おれは無線機に言って駈け出した。
だが無線機から返ってきたのは中等科の生徒たちに押しつぶされる護衛隊員の断末魔だけだった。
「危ないから下がってください! 下がって!」
観客席最前列から手を伸ばす生徒たちにグラウンドの金山さんと菅原君が大声で叫んでいる。
だが有藤さんと落合さんが煽るので生徒たちの熱狂はやむことがない。
第1コーナーに到着したおれは頭上からばらばらと降ってくる開いたままの傘を払いのけていた。
そこへ背後からすさまじい衝撃波とともに何者かが伸し掛かってきた。
「うわっ!」
「やった! 藤村、やったぞ!」
姫殿下がおれの背中の上で勝利の雄叫びを上げておいでだった。
見上げると姫殿下はスタンドから差し出される手に御頭から突っ込まれ、
まるでイソギンチャクに隠れるクマノミみたいになっておいでだった。
観客席前列には美術部員やクラスメイトの顔も見える。
おれは観客席から離れようとしたが、背中の姫殿下が生徒たちとガッチリ握手をされていて動けないので、
イヤもうしょうがないなあ、と姫殿下をおんぶし申し上げる喜びを味わっていた。
「順位、順位は? 何位?」
リー姉さんが叫び回っている。
それをご覧になった姫殿下がおれの背中からお降りになり、チームメイトのところに駈け寄られた。
それを見守っていたおれの背中に突如強烈な負荷が掛かった。
「順位、順位は? 何位?」
「あ、リーウォンさん!」
病院帰りのリーウォンさんが客席からおれの背中に飛び移ってきたらしい。
「どうしたの、あんた? 腕なんか吊って。胸じゃなかったの?」
「あ、これ?」リーウォンさんがおれの背中の上でもぞもぞと動いた。「腕動かすと胸が痛いって言ったら吊ってくれた」
「肋骨は?」
「何本かヒビ入っただけ。すぐ治るよ」
そう言っておれの背中からぴょんと飛び降りた。
「落合、上で見てたよ。すごくいい走りだった」
「ありがとうございます」
リーウォンさんが吊っていないほうの手を差し出して落合さんと握手をした。
そのとき場内にアナウンスが流れた。
「ただ今行われました女子4×100mリレー決勝の結果をお知らせします」
応援団が静まり返る。
「1着、3レーン下石神井中 タイム52秒04
2着、2レーンG習院中 タイム52秒17
3着、5レーン千歳橋中 タイム52秒20…………」
大歓声の中リレーメンバー5人は何も言わずに抱き合っていた。
客席の方を向いていた菅原君の頭の上にもたくさんの傘が落っこちて来ていた。
「危険ですから皆さん傘は閉じてくださーい!」
彼が足元に転がっていた傘を拾おうと屈んだとき、その背中の上にさらなるオンブオバケが飛び降りて来た。
「うわああああっ!」
「お姉様、記念写真を撮りましょう」
「あ、カコ様!」
つんのめる菅原君の背中からお降りになったカコ様は応援団に手を振るリレーチームを激写された。
「今井さーん」有藤さんが叫んだ。「今井さん、どこですか?」
「おーい、ここよ」今井さんが最前列から頭を出した。「おめでとう。いい走りだった」
「ごめんなさい。記録破れませんでした」
「でも夏までには抜いてみせます! 約束します!」
落合さんがスタメンすら危ういくせに力強く宣言した。
「わかった、楽しみにしてる。ほら、もう戻りなさい。風邪引くわよ」
なおも歓声に応えるメンバーたちを追いたてながら、おれは歩き出した。
「はーい、もう戻りましょうね。体を冷やさないようにしてくださいね」
そう言ってレインコートを脱ぎ、5人の頭の上にかぶせた。
「さあ行きましょう。きっと控え室でコマキさんが怒ってますよ」
「やベー、忘れてた。あいつ誤審があったとか言ってないだろうな」
リー姉さんの言葉に他の4人が笑った。
彼女たちの隣を雨に打たれながら歩いていると、後ろから傘を差しかけてくれる人がいた。
カコ様だった。
「藤村さん、お疲れ様」
「ありがとうございます、カコ様」
こうしておれは観客席下通路に戻るまでカコ様との相合傘タイムを満喫した。
(なおこの後、バトンを客席に投げた有藤さんと、グラウンドに入って来たリーウォンさん、カコ様、
そしてそれを手伝ったことにされたおれは大会運営委員から説教を食らった。)
545 :
左右@バトンリレー113 ↑112:05/02/19 20:44:05 ID:R0RT2R8a0
通路に入ってすぐのところで戸山中リレーチームの4人と会った。
床にへたり込んで大泣きしているコマキさんを残りの3人が慰めている。
我々に気付いた一の谷さんが声を掛けてきた。
「あ、みんなおめでとう。コマキ、ほらG習院のみんなが来たよ」
「お疲れー。あれ? 長久手、あなた泣いてんの?」
有藤さんが言うと、コマキさんが涙鼻水まみれの顔を上げた。
「う……う……だって、私のせいで負けちゃったから……」
「そんなもん、オマエ……チームなんやから勝っても負けても4等分。何十回も言ってることよ」
白村さんは黙ってコマキさんの頭を撫でている。
(本当ワンマンチームだなあ。みんなコマキさんがかわいくて仕方ないんだ)
「あんた、私たちが練習で何回あんたに泣かされたと思ってんのよ」
「あんた、私が病院で何回泣いたと思ってんのよ」
リー姉妹がわけのわからない言いがかりをつけていた。
「コマキ、100mの決勝が残ってるんだから泣いてちゃだめよ」
落合さんがしゃがみ込み、コマキさんの顔を覗き込んで言った。
「そうだ」姫殿下がコマキさんの背後に回られた。
「コマキさんにこれを…………目指せ日本最速」
そうおっしゃると、先ほどまで姫殿下の御額にあった日の丸の鉢巻をコマキさんの頭に巻かれた。
「ここで座ってなんていられない。コマキさんは走らないと」
「うん…………そうだね。ありがとう……」コマキさんがようやく笑顔を見せた。
「……東京都最速の次は日本最速を目指さないとね」
「じゃあ記念に写真を撮りましょ」
カコ様が通路の端に移動されたので、おれもフレームアウトするために御伴した。
「泣いたカラスがもう笑った記念でございますか」
「違う違う。藤村さんも入るのよ」
カコ様が両校のリレーチームの方を指差された。
「はーい、いい? レースが終わってみんな仲良し記念に。はい、チーズ」
546 :
左右@バトンリレー114:05/02/20 20:18:35 ID:KZQbsFmX0
暖房の効いた守衛室から出ると、冷たい外気に震えが来た。
手に息を吐きかけながら、腕時計を覗き込む。
15時10分。
頭の中に姫殿下の放課後のご予定を思い浮かべる。
今日は金曜日。陸上部の練習に参加される日だ。
生徒会の会議はないし、掃除当番でもない。
ということは姫殿下がグラウンドにおいでになるのはいつもどおり15時15分。
おれが今いる南門からグラウンドまで行くのに歩いて5分くらいだから、今発つとちょうどよい時間だ。
おれは守衛の木田さんに一言声を掛けると、校舎に向けて並木道を歩き出した。
2月の冷たい風がすっかり葉の落ちた木々を揺らしている。
マフラーに顔を埋めて歩いていた2人組の生徒がおれに気付いて挨拶してきた。
2人とも姫殿下と同じクラスのご学友だ。
おれが挨拶を返すと、2人は何がおかしいのか白い息を盛大に吐いて笑いながら門の方に歩いて行った。
校舎の方からお揃いのウィンドブレーカーを着た集団が歩いて来た。
サッカー部の面々である。
おそらく学校の回りの道路でランニングを行うのであろう。
彼女たちは擦れ違いざまに大きな声で挨拶してきた。
その中には新美さんの姿もあった。
今や戸山中との合同チーム=トヤマ・トップチームの守備の要である。
800m走で一年生ながら決勝進出したという実績が大きな自信になっているようだ(決勝は惨敗したけど)。
NEVADAちゃんのニューシングル"Battle Royal Tea"の感想などを二言三言交わすと、おれは再び歩き出した。
新校舎と旧校舎を繋ぐ空中通路の下をくぐると、大掲示板前では安藤さんが会議の告知を張り付けている。
下で脚立を押さえていたキキさんが手を振ってきた。
そのとたんにぐらりと脚立が揺れて、上にいた安藤さんがキキさんを怒鳴りつけた。
この2人も最近は悪事を企ててはいないらしい。
4月に行われる新入生オリエンテーションの準備に追われてそれどころではないのだろう。
それともおれが影羅という別人格の件について尋ねたことと何か関係があるのだろうか?
(そのとき安藤さんはキキさんの背中の肉に顔を埋めて、手足をバタバタさせてのた打ち回っていた)。
いつもは旧校舎を東側から迂回してグラウンドに出るのだが、今日は西側のコースを取る。
校舎の端まで歩くと、そこから道を外れて生垣を乗り越える。
おれは窓の下に建てられた慰霊碑の前に立った。
懐から取り出した笛ラムネを咥えてほひーと鳴らす。
奏でるは"G習院戦いの歌"。
おれをこの学校の一員と勘違いして呼んでくれたことへの感謝を込めて。
彼女たちの思いがいつまでもこの学校にあり続けることを願って
(供養とか慰霊の方法はよくわからないから、こんなショボイやり方しかできないけど)。
サビのメロディを吹いていると、背後から懐かしい歌声が聞えてきた。
あゝG習院 我らがもの
びっくりして振り返ると、姫殿下が生垣の向こうに立っておいでだった。
「ひ、姫殿下、どうしてこちらへ?」
完全に自分の世界に入り込んでいたおれはうろたえながらお尋ねした。
「うん、藤村がこっちに来るのが見えたからついて来てみたんだ」
姫殿下がお答えくださった。「藤村こそどうしたのだ?」
「今日は久しぶりにみんなが集まる特別な日ですから何となく……」
「そうか……そうだな」
姫殿下は若くして亡くなった校友たちの名が刻まれた石碑を見つめながら、優しげな笑みを浮かべられた。
ひょっとしてもうすぐ終わりなのかな…?
寂しくなるなぁ…
姫殿下のお伴をしてグラウンドに向かう途中、美術部の4人と出くわした。
「あ、マコちゃん。これから陸上部の練習?」
部長の松川さんが声を掛けてきた。
「はい。皆さんは下見ですか?」
「うん、安藤が早く具体案出せってうるさいから」
そう言って松川さんは笑った。
彼女たちは新入生オリエンテーションのイメージ演出を担当することになっている。
姫殿下率いる生徒会は今まで教員主導だったオリエンテーションを生徒主導のものとし、
講堂に生徒たちを集めて行っていたイベントを新入生が校内を歩いて回る巡覧形式にする予定である。
姫殿下は空中通路の飾り付けについて少し話し合われると、彼女たちに別れを告げ、再びグラウンドに向けて歩き出された。
「わたしも早く版画を完成させないと。肝心の美術部の展示がおろそかになっては元も子もないからな」
現在製作中の『桂離宮』の背景部分をどう彫りすすめるかについてのご相談を承っていると、
食堂方面からやって来る中等科四天王の面々に出会った。
「あ、下川さん。これから野球の練習ですか?」
「うん、今ちょっと腹ごしらえしてきたとこ」
そう言って下川さんが手に持ったペットボトルのお茶をぐいっとあおった。
この人たちは高校受験がないから暇で暇でしょうがないらしく、放課後のグラウンドや美術室でよくその姿を見かける。
「そういえば、今日はヤツが久しぶりに来るんでしょ? あいつが来るとまたやかましく……」
獄門島さんがそう言いかけたとき、姫殿下をお呼びする不届きな声が辺りに響き渡った。
「マコさ―――ん! 久しぶり―――!」
551 :
左右@バトンリレー117:05/02/23 20:08:03 ID:rD60kv2L0
我々がやって来た方角から戸山中の陸上部員たちが歩いて来た。
先頭のコマキさんがこちらに手を振っている。
「あっ、コマキさん! お久しぶり」
姫殿下がお手を振り返されると、コマキさんはこちらまで駈けて来た。
「久しぶりー、3週間ぶりだっけ? ずいぶん長いこと会わなかったような気がする」
国立で100mを制したコマキさんはJOCのジュニアエリート指定を受け、
ここ最近は週末になると筑波大学のミニ合宿に参加していたのである。
そこでは全国から集められた優秀な選手たちが世界ユース陸上(15〜17歳の選手に参加資格がある)や
将来の世界陸上、オリンピック出場を目指してトレーニングを積み重ねている。
彼女が本当に日本最速、さらには世界最速になるのも夢ではないのかもしれない。
でも彼女は宿舎の飯がまずかっただの、つくばエクスプレスに乗っただのと相変わらずアホみたいな口調で喋り、
姫殿下はそれをうんうんといちいち頷かれながら聞いておいでだった。
(何で仲がいいんだかよくわからんコンビだなあ)
グラウンドでは中等科の陸上部員たちがウォーミングアップを始めようとしていた。
戸山中の陸上部員も鞄を置いてジョギングの列に加わった。
体が暖まったところで芝生の上でストレッチを行う。
怪我から復帰して今日が初練習のリーウォンさんは念入りに体をほぐしている。
そこへ「おーい」と間抜けな声を発しながらひとりの丸坊主がやって来た。
「あっ、見上げ入道見越した!」
カコ様がそう叫ばれてカメラのシャッターを切られた。
永遠の丸刈り・榛名先生がトラックを横切ってくるところだった。
芝生の中に入った榛名先生はあっという間に生徒たちに取り囲まれた。
口々に大会の報告をしたり向こうの学校のことなどを尋ねたりする生徒たちに
彼は笑顔で耳を傾けていた。
「先生、向こうの学校には慣れましたか?」
「うん、生徒たちとも仲良くなったよ。
4月から担任を持つことになったんだ。先生が1人急病でね、その代理」
「えー、すごーい。大出世ですね」
生徒たちが感嘆の声を上げる。
その先生の病気というのが学級崩壊のストレスから来る心の風邪であることは彼女たちには内緒だ
(榛名先生がメールで「若さで乗り切れって言われても無理なものは無理なんですよ!」って校長の悪口言ってたことも)。
ストレッチの輪の中に加わった榛名先生に寄り添ってコマキさんが合宿の話をしている。
「それでコーチが走り幅跳びをやってみないかって言うんで試しに記録を取ってみたんですけど、
まあまあよかったんで少し続けてみようと思ってるんです」
「まあまあよかったってどのくらい?」
姫殿下のお尋ねにコマキさんは少し考えてからお答えした。
「えーと……ベストは5m63だったかな」
「5m63!?」
「まじで……!?」
幅跳びが専門の村田部長が色を失っている(この人の自己ベストは5m02)。
「…………それは絶対続けた方がいい。才能がある」
榛名先生が半ば呆れたような顔で言うと、コマキさんは嬉しそうな顔をした。
「わたし4m跳んだことある!」
カコ様が挙手の上で叫ばれた。
「えーすごーい! 小学生で4m? 才能あるんじゃない?」
コマキさんの言葉にカコ様は誇らしげなお顔をされた。
「合宿でリレーもやったんだけど、駄目ね。協調性がない人ばっかり」
コマキさんの言葉に、周囲にいた全員が苦笑いを浮かべた。
(おまえが言うな!)
確実にみんなの心がひとつになったのがわかった。
「それより自分の部の心配しなさいよ」
「そうよ。夏に屋島たちが引退したらどうするの? リレーチーム組めないじゃん」
リー姉妹が言うとコマキさんは突然思案顔になった。
「それなんですけど、私がG習院に編入するっていうのはどうですかね?」
「何か(考えが)浅いな」
「無理でしょ。あなたバカだし」
「…………兄貴はDQNだし」
戸山中の先輩たちがコマキさんを優しく諌めた。
「ていうかうちに来てもメンバーに選ばれるかどうかわからないからね」
落合さんがこんなことを言い出したので皆が笑った。
「ははは、すげー強気」
「ははは、すげー心意気」
「ほう……公式戦1戦しか出たことないのを自覚した上での発言か?」
コマキさんは恐ろしげな表情を作った。
「まあ確かにそうだけど……その1戦で結果を出すのがスプリンターでしょう?」
落合さんが笑顔で言い返すと、周りの部員たちがやんやとはやし立てた。
「何だ何だ? 喧嘩か?」
下川さんと仲間たちが血の臭いを嗅ぎ付けてやって来た。
「まあまあ皆さん少し落ち着いて」姫殿下が明るくおっしゃった。
「勝負は喧嘩ではなくトラックの上で付けましょう。なあ藤村?」
それからおれの顔をご覧になって、いたずらっぽく微笑まれた。
「久しぶりにやるか」「やりますか」
コマキさんと落合さんも顔を見合わせて笑った。
「わたしもわたしも走る走る走る!!」
とカコ様がお声を上げられた。
554 :
左右@バトンリレー120:05/02/26 20:38:31 ID:ch9pybrL0
結局リレーは中等科四天王やサッカー部などいつものメンバーで争われることとなった。
第4コーナーにいるコマキさんと第1コーナーの落合さんがトラッシュトークを繰り広げている。
「私のところに回ってくるまでに勝負が決まってなきゃいいけど」
「そうねえ。競った展開だとどこかのアンカーがバトンを受け損なうかもしれないからねえ」
姫殿下はそれをお聞きになりながら笑っておいでだった。
おれは第2次カコさまぁ〜ずの第3走者として、姫殿下と同じ第3コーナーに待機していた。
「藤村、コマキさんは全然変わっていないな。
強い人たちと合宿をして、すっかり雲の上の人になってしまったものと思っていたのに」
「あの人はずっとあのままでございましょう」
おれはそうお答えし申し上げながら、心の中で
(雲の上なのは姫殿下の方です)
とツッコミ申し上げていた。
200mの練習も始められた最近の姫殿下はトラックを一回りするごとに速くなっていかれているようだ。
そのままの勢いでゴールの先へ、おれの知らないどこかまで駈けて行かれてしまいそうな気さえする。
そのことをおれはまるで自分がどこまでも行けるようになったかのように考えてしまっている。
おれの完全な勘違いなのはわかっているが、それでも姫殿下とご一緒していればどんなことでも起こりうる気がする。
第一この年になってリレーやってて、しかもスタート前に緊張しているなんて10代の頃のおれに想像できただろうか?
「藤村、わたしのスピードについて来られるかな?」
姫殿下がおれの方をご覧になっておっしゃった。
「はい。私もただぼんやりと陸上部の練習を見学しているわけではございません。必ずや姫殿下のお隣を……」
おれがそう申し上げると姫殿下はたおやかに微笑まれた。
「そうか。それは楽しみだ」
「みんな、準備はいい? そろそろ始めるわよ」
スタートピストルを持ったリーウォンさんが大声で呼びかけた。
おれは姫殿下に一礼すると、助走開始のブルーラインについた。
笑い出してしまいそうなほどに冷たい北風がスタートを控えて静まり返ったグラウンドを吹き抜けて行った。
555 :
左右@バトンリレー:05/02/26 20:39:36 ID:ch9pybrL0
姫殿下バトンリレー おわり
明日から姫殿下ストラテジー2をやります
よろしく
予定調和の為にコマキを走らせなかったのはダメダメですな
557 :
左右:05/02/27 02:09:08 ID:+DonI0U20
左右おつ
ってストラテジー2かよ!?うほっ、期待age
ageないけど
ぼくたちの駐留する空港には管制塔がない。
1本の滑走路と、管制機能のない(ついでに窓ガラスもない)3階建てのビルがあるだけだ。
周囲には見渡す限り赤茶けた砂の海が広がっている。
ビルの屋上から四方を眺め渡すと、いつも気が遠くなりそうなほどの不安に襲われる。
日本で生まれ育ったぼくの見なれた光景とはあまりにかけ離れているからだ。
この感情を何と説明してよいのかわからないので、家族への手紙にも書かないである。
「矢島、来たぞ」
隣に座った砲副手の鶴巻君が照準機から目を離さずに言った。
ぼくは肩に担いだ05式馬上砲に付属する照準機を覗き込んだ。
レンズを通すといっそう鮮やかに見える空に黒い点がひとつぽつんと浮かんでいる。
ズームしてみると、見なれた寸胴の飛行機の姿が映った。中国空軍の輸送機だ。
「機影を確認」
「到着予定時刻2時間オーバーか……珍しく早いな」
鶴巻君の言葉に笑いながら、ぼくは照準機から顔を離した。
少しの間触れていただけのアイピースがもう汗に濡れている。
午後3時の日差しの下、いくらポンチョで仮設の屋根を作ったって屋上の暑さは長時間耐えられるものではない。
額の汗を手で拭っていると、鶴巻君が照準機から目を離して言った。
「矢島、今日はおれに砲を持たせてくれよ」
「うん、いいよ」
ぼくは前部を三脚で支えた砲の下から体をずらして、彼と替わった。
輸送機が来るときはいつも屋上で周囲を見張っているのだが、この1か月一度もトラブルはなかった。
もしものときのために副手に経験を積ませておくのも砲手の大事な役目だ。
「じゃあ、ぼくは姫殿下に飛行機が来たことをお伝えしてくるよ」
ぼくが言うと、鶴巻君は手をひらひらさせて「了解」の意思表示をした。
熱くなった水筒を手に立ち上がったぼくは、下へ降りる階段へと向かった。
建物の中に入ってようやくぼくは一息ついた。
(この分だと貨物の運び出しも大変そうだな……どうせならもっと遅い時間に来てくれればよかったのに)
汗を拭き拭き2階まで降りると、そこにはケミカルな臭いが充満していた。
西向きの窓の側で侍女の柏木さんがタオルを首に巻いてテルテル坊主みたいな格好をして座っている。
その後ろでは姫殿下が柏木さんの髪にハケで何かを塗りつけておいでだった。
「あーっ、何をされているんですか!?」
「ブリーチしてもらってんの」
柏木さんが読んでいた雑誌から目を上げて言った。
「何も姫殿下がなさらなくても……(大体どうして砂漠のど真ん中で金髪をキープしなきゃならないんだ?)」
「いいんだ、わたしからやると言ったんだから」
姫殿下がビニールの手袋をひらひらさせながらおっしゃった。
「しかし……」
「何か文句あんの? 私は姫殿下以外の人間に髪を触られるのはイヤだからね」
柏木さんが眼光鋭くぼくを睨んできた。
(ぼくこの人苦手……藤村君、早く帰って来てくれ!)
本来ならお側役を仰せつかった藤村君が姫殿下(と柏木さん)のお世話をするはずなのだが、
彼は任地に到着して早々負傷し、今は西安の病院に収容されている。
彼が戦列を離れている間、なぜかぼくが臨時のお側役を命じられたのだ。
窓の外で轟き始めたエンジン音で、ぼくはここに来た用件を思い出した。
「姫殿下、まもなく輸送機が到着いたします。屋上で機影を確認いたしました」
「何ー? 聞えなーい!」
急に飛行機の音がボリュームを増したので、柏木さんの言ったことは聞き取れなかった。
姫殿下はすでにフロアを横切って滑走路に面した窓に取りついておいでだった。
「柏木さん!」ぼくは声を振り絞って叫んだ。
「行こう! 聞えてるでしょ? もうすぐ飛行機が来るんだよ!」
「ああ、私パス。まだブリーチの薬がついてるから。あんたが姫殿下のお供して」
そう言って彼女は再びフランス語の雑誌に視線を戻した。
(何なんだ、このいいかげんな侍女は……藤村君、早く帰って来てくれ!)
561 :
左右@ストラテジー2_3:05/03/01 21:16:00 ID:wkVREXY/0
姫殿下のお供をして1階に下りると、作業帽を被った隊員たちが荷物搬入の準備をしていた。
「皆、ご苦労。熱中症に注意するように」
姫殿下のお言葉に全員が敬礼でお答えする。
そこへ副隊長の峰さんと通訳の吉田さんが大汗かいて屋外から戻って来た。
「皆さん、何かパイロットがすぐに帰らないといけないから急いで物資を運び下ろすようにと……」
吉田さんの説明に第一分隊隊長の弓岡君が噛みついた。
「はあ? 遅れて来たのはあっちじゃねえか。峰さん、一体どうなってんだよ?」
「いや、おれに言われても……」
峰さんはそう言って汗に濡れる口ひげを拭った。
「よし、では急いで片付けてしまおう!」
そうおっしゃって姫殿下が駈け出された。
「あっ、姫殿下!」
みんな慌てて姫殿下を追いかける。ぼくも日差しの中に走り出た。
こうしてご一緒する前に想像していたのとは違って、姫殿下はお考えを行動で周囲に示されるお方だ。
藤村君が敵に撃たれて落馬したときも真っ先に助けに行かれた。
だから隊員たちは姫殿下のことを長年ともに戦ってきた上官のようにお慕いしているのだ。
ぼくはいつも余計なことばかりを考えて他の人より動き出すのが一歩遅れてしまうから、
姫殿下のことを見習わなくてはならない。
そんなことを考えながら、ぼくは飛行機のタイヤが灼ける臭いの漂う滑走路を全力で走り続けた。
同じ荷物を2人で運んでいるときに、弓岡君が話しかけてきた。
「なあ矢島、藤村はいつ帰って来るんだ?」
「ぼくはもしかするとこの便に乗ってくるんじゃないかと思ってたんだけど……
もう1か月になるからね。心配だな。怪我の治りが悪いのかな」
「おれが考えてたのはあいつがリハビリしてるとき看護婦とかに苛められてたらかわいそうだってことだけさ」
そう言って彼はレーションの入った木箱を砂の上に放り投げた。
あのう、まとめサイトはどこだか教えていただけますか?
クレクレ厨で申し訳ありません。
563 :
左右:05/03/02 00:14:14 ID:muxETjGm0
565 :
水先案名無い人:05/03/02 11:31:05 ID:abWKLARi0
「ほら、藤村って基本的に第一印象が最悪だろ?」
「確かに」
「あいつ入隊してからしばらく誰とも口きかなかったもんな」
「ぼくに対する第一声は"うるせー馬鹿"だった」
「おれのときは"ジェリービーン・ドーナツ・サー!"だった」
この会話だけ見ると藤村君はまるっきりの駄目人間のようだが、
彼は姫殿下の御前でもこのテンションで活動できるという特殊系の能力者なのだ。
飲料水のタンクを運び終えたぼくたちが滴る汗を拭っていると、峰さんが輸送機のハッチから顔を出して手招きした。
「おーい、荷物はあとひとつだけだから2人で運んでくれ」
ぼくたちが貨物室に入ると、そこにはシングルベッドくらいの大きさのダンボール箱が残されているだけだった。
「峰さん、こんな大きいの2人じゃ運べませんよ」
弓岡君が不満げな顔で言うと、峰さんはその箱に掛かったビニールの紐をつかんだ。
「だいじょうぶだ。ほら、軽いだろ」
確かに彼が持ち上げると、箱は床から浮いた。
「中身は何ですか?」
「よくわからん。おれはこんなものを頼んだおぼえはないんだが……」
「おーっ、来たかあ!」
突然のお声に振り返ると、姫殿下がタラップを登って貨物室に入っておいでになるところだった。
「これは姫殿下ご注文の品でございますか?」
「うん。みんなで掃除をしようと思ってな。竹箒を……」
「箒……でございますか?」
「うん。滑走路が砂で滑っていけないそうだから、みんなで掃き掃除をしよう」
(うわあ……この炎天下で掃除……すごい荒行だな)
ぼくたちの心をお察しになったのか、姫殿下は慌ててフォローの言葉を述べられた。
「あ、だいじょうぶだいじょうぶ。ちゃんと当番制にするから」
こうして高校を卒業して以来久しぶりにぼくのところに掃除当番が回ってくることになったのだった。
今日シズニの町から戻って来ることになっている豪軍の部隊を待ちながら、ぼくたちはビル1階で荷物の整理をしていた。
「何だこれ……?」
弓岡君がそう言ってビニールに包まれた四角い物体を持ち上げた。
それは駅の売店の前によく転がっている新聞の束だった。
「何でこんなところに新聞が……あれっ? この1面の写真……」
「ああっ、これ藤村君だよ! それに姫殿下も」
ぼくが大きな声を上げてしまったので、隊のみんなが集まってきた。
「どうした、矢島?」
弓岡君が慌ててビニールを破り捨て、新聞を取り出す。
「見ろ、藤村だ! 藤村が新聞のトップを飾っている!」
そう言って弓岡君が新聞を1部ぼくに手渡した。
それはフランス語の新聞で、トップの写真はおそらく出征パレードのときのものと思われる姫殿下のお写真、
そしてその下には腕を三角巾で吊った藤村君とヒゲ面のアラブ系の男が並んで座っている写真があった。
「おい、何て書いてあるんだ?」
「フランス語はちょっと……」
新聞を手に首を捻っている隊員たちの向こうから柏木さんが顔を覗かせているのを見たぼくは手招きをして言った。
「柏木さん、ちょっと見て欲しい物があるんだけど」
テルテル坊主スタイルのままやって来た柏木さんにぼくは新聞を差し出した。
「これ訳してみてくれない?」
「ああ、フランスの大衆紙"ソレイユ"ね。日本のスポーツ新聞みたいなものよ。
あっ、"日本のお姫様はモエモエ! フランスの若者に大人気"って……これ姫殿下のことじゃない?」
「"モエモエ"って何?」
「わかんない。こんな単語見たことない。スラングかな?」
柏木さんが本場フランスのエスプリに頭を悩ませているところへ姫殿下と峰さんがいらっしゃった。
乙
弓岡君が新聞をお渡しすると、姫殿下も峰さんもびっくりされていた。
「何と! わたしがフランスのメディアに!」
「あっ、また藤村か……」
ぼくたちは柏木さんをせっついて他の見出しも訳してもらった。
「ええと、"マコ姫をよく知る2人が夢の獄中対談! 彼女の魅力を語る!"」
「はあ? 藤村はともかく何でこのヒゲが姫殿下のことを……」
「待てよ。こいつの顔、どこかで……」
「あっ、こいつ姫殿下にとっ捕まったやつじゃないのか?」
言われてぼくも思い出した。
ここに来てすぐの戦闘でぼくたちの捕虜になり、一旦逃げ出したが姫殿下に取り押さえられた男だ。
「おい、柏木。こいつなんて言ってるんだ?」
「"元矛馬教団兵士・サヒド氏、「姫様のお姿を拝見した私はそのご威光に思わず銃を取り落とし、ひれ伏していた」"だって」
「アホだこいつ」
「姫殿下に銃を突きつけられてビビってたくせに」
「えーそれから"国際支援部隊・藤村氏「ハラキリ? オー、怖イネー。腹ワッテ話シマショウヨー」" 何これ?」
「あの野郎……勝手にインタビューなんか受けやがって……」
峰さんは今にも新聞を引き裂きそうな勢いだ。
「おい、中の面には姫殿下のお写真がたくさん載ってるぞ!」
第2分隊隊長の塚本君の声にみんな慌てて新聞を開いた。
峰さんもすごい勢いで紙面をめくっていた。
「おお、お小さいときのお写真まで載ってる」
「カワイイ!」
隊員たちはみな姫殿下ギャラリーに目を細めている。
「こんなメガネをかけたことはないぞ!」
姫殿下は報道の姿勢に疑問を抱いておいでのようだった。
570 :
左右@ストラテジー2_7:05/03/05 21:15:22 ID:lf+ZEWp90
柏木さんはさらに記事を翻訳し続けた。
「"サヒド氏「私は姫様と出会って銃を捨てた。姫様は平和の象徴である。
世界中に言いたい。日本に来い!」"」
「いきなり話のスケールが大きくなったな」
「親日過ぎるのも逆にうさんくさいな」
「それから"藤村氏「世界のさえない男性諸君! どうせもてないし勤王しようぜ!!」"だって」
「アホだ」
「どうしようもないアホだ」
「"日本の文化に詳しいパリ第14大学S.フェルディエール教授のコメント:日本人は王女に特別な感情を持っている。
卑近な例をあげれば、我国でも人気のある『セーラームーン』の作者も私生活では夫から「姫」と呼ばれていることが
近年の研究で明らかになっており、このことと作品世界との関わりを指摘する論も多い。
このような日本の文化に幼い頃から親しんできた我国の若者が日本の王女を支持するのは自然なことであろう」"だってさ」
「うーん、なるほど」
「わかったようなわからないような……」
姫殿下はまだ紙面を見つめて困ったようなお顔をされていた。
「こんなメガネかけたことがないというのに……それにこの髪型は何だ?」
記事の内容はともかく、藤村君の元気なのがわかってぼくは嬉しくなった。
峰さんは何だかんだ言いながら新聞を几帳面に折りたたみ、背嚢にしまっていた。
「おーい、オーストラリア軍が町から戻ってきたぞ」
階上から顔を覗かせた鶴巻君が言ったので、みんなは慌てて出立の仕度を始めた。
(あっ、まずい! ずっと鶴巻君のことを忘れてた……後退で休憩を取ろうって約束してたんだった)
ぼくは自分の荷物を取りに行く隊員たちに紛れて、こっそりと鶴巻君の横を通り抜けた。
見事にワロかしてくれる、(*^ー゚)b グッジョブ!!
572 :
左右@ストラテジー2_8:05/03/06 22:17:17 ID:viM9Bl570
ぼくたち第8騎兵小隊が空港を発ったのは日が沈んでからのことだった。
夜の砂漠を包む闇は恐ろしいほどに濃い。
目印となるのは町と空港に設置された標識灯だけだ。
空を見上げると満点の星。
自分が今地上を歩いているということに現実感を持てなくなりそうほど、その輝きは強くぼくの心を引きつける。
愛馬・月草のいななきにはっと我に返ったぼくは辺りを見渡した。
夜の空より幾分か濃い影がぼくの周りを粛々と進んでいる。
何もない砂漠にあって寄る辺となるのはここにいる小隊の仲間たちだけだ。
これまで無関係に生きていたぼくたちがこうしてともにいるということを改めて不思議に感じる。
まして姫殿下とともに馬に乗って歩くなんて想像もできなかった。
よく考えてみれば、東京の大学に通っていた頃だって姫殿下のお側にいたわけだ。
飛行場から町までの距離30kmよりはるかに2人の距離は近かった。
神宮球場とか国立競技場に行ったときなんか完全にニアミスしていたのだけれど、
それでもぼくは姫殿下の存在を意識していなかった。
壁一枚隔てて住んでいる隣人のことも何一つ知らないような生活をしていたのだから当然だろう。
でも近いものも遠いものも一切隠そうとしない砂漠に来てはじめて、
人が近くにいてくれることがどれだけ心強いことであるかを知った。
人付き合いが苦手だったぼくも少しずつコミュニケーションの取り方が上手になってきた気がする。
「あっ、町の方から手を振ってくれている!」姫殿下のお声が静寂を破った。
「ほら、標識灯の前!」
目を凝らしてみたが、標識灯の丸い光に欠けている部分は見つからなかった。
(ぼくらを見つける町の人もそれを発見される姫殿下も目がいいなあ)
「みな急ぎすぎるな。隊列を整えて周囲に気を配るように」
ぼくたちのはやる気持ちをお察しになった姫殿下が号令を掛けられた。
背負った砲をようやく下ろせると安堵したぼくの心を読んだのか、馬の歩みも心なしか軽やかになったように思えた。
柏木の名前は痕からですか?
村に着いたのは深夜だったが、ヤンさん夫妻と桂梅さんがぼくたちを出迎えてくれた。
ヤンさんは砂まみれの隊員たちを家に招き、チャイをご馳走してくれた。
砂糖が目いっぱい入ったお茶が乾いた体に染み込んで行くと、硬く強ばった筋肉が柔らかくほぐれていくような感じになる。
日本にいたときはあまり甘いものが好きでなかったぼくも、砂漠で飲む極甘のチャイには病みつきになってしまった。
隊員たちは先ほどの飛行機が運んで来た日本からの手紙を読んでいる。
「ねえ、それカコ様からのお手紙でしょう? 読んでくださいませんか?」
柏木さんがかわいらしい封筒を手にした姫殿下に申し上げた。
「それでは少し読んでみようかな」
姫殿下がそうおっしゃって封筒からお手紙を取り出されたので、ぼくは家族からの手紙を畳んで拝聴することにした。
隊員たちも顔を上げて、姫殿下を見つめている。
「えー、"おねえさまへ。おねえさま、お元気ですか。
暑い砂漠で日射病になどなっていませんか。
悪い虫に刺されたりしていませんか。
わたしはおねえさまが無事にお勤めを果たされるよう毎日天に祈っています"」
「まあお優しいお言葉。カコ様は本当にお姉様思いですねえ」
柏木さんがそう申し上げると、姫殿下は誇らしげに頷かれた。
「続きを読むぞ……"聞くところによると、自分の好きなものを断ってお祈りすれば願い事がかなうそうです。
わたしもおねえさまのご無事を祈って、好きなものを食べるのを我慢することにしました"
おお、何と優しいこと……」
姫殿下はそこでそっと涙を拭われた。
ぼくも小学生の妹宮様が一生懸命にお手紙を書かれるお姿を想像して、ちょっと涙腺が緩んだ。
隊員たちもみな神妙な面持ちで姫殿下が再び読み始められるのをお待ち申し上げていた。
575 :
左右:05/03/07 21:18:09 ID:Fg7NETj80
>>573 それは知らなかったので、ググってみました
何だか真面目なキャラのようですね。
同じ名前のアホなキャラを作ってしまって、あちらのファンに申し訳ないです。
「ごめん、ごめん。続きを読もう。
"わたしはカップヌードルに入っているエビを食べるのを止めました。
この間の日曜日お昼にラーメンを食べましたが、大好きな背油ギトギトとんこつはやめて、しょうゆ味にしておきました。
ラーメンライスにはしょうゆの方が合っていることに気がつきました。ご飯が進みます。
コーラフロートで一番美味しいのは溶けかかったアイスがコーラと混じっている部分ですが、
そこは心を鬼にしてかき混ぜてしまいました。
コーラの氷まで食べてしまうと少し体が冷えました。気持ちのいい夏の夕刻でした"
むむむ…………」
姫殿下は複雑な表情を浮かべておいでだ。
(何か努力の方向を間違っておいでのような……)
「いいですねえ、アイス。食べたいですねえ」
と柏木さんがこれまた見当違いのことを呟いた。
「……"この間、向島の牛島神社にお参りしておねえさまの武運長久を祈願してきました。
帰りに言問団子を食べました。
小豆あんと白あんもいいのですけれど、味噌あんも意外に美味しくてびっくりしました。
また食べたいです" なぜだろう? 素直にありがとうと言えない……」
姫殿下は困ったようなお顔をされた。
「でも姫殿下、砂漠にも美味しいお茶がありますよ」
柏木さんがそう申し上げると、姫殿下はご自分のマグカップを見つめられた。
「そうだな。それに毎日デザートに缶詰の果物が食べられるし……
でもそのことはカコには内緒なんだ。こちらに来たいといったら大変だから。
わたしはあの子が日本で平和に暮らせるようここに来ているのだからな」
姫殿下はそうおっしゃってぼくたちの顔を見回された。
ぼくは姫殿下のことを家族への手紙に書こうと思った。
ぼくたちの隊長は誰よりも使命感に燃えていて、誰よりも優しいお方だ、と。
翌朝、起床したぼくは身支度を整えるとヤンさんの家に向かった。
門をくぐり、ブドウ棚の緑が濃い中庭に入ると、そこでは姫殿下と柏木さんがヤンさん夫妻と朝食をとっておいでだった。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、矢島さん。矢島さんも一緒にどうぞ」
ヤンさんの勧めに従って、ぼくもご一緒させてもらうことにした。
ぼくはいつもこうして姫殿下のお側役としての役得にあすかっている。
湯気の上がるサムサ(肉入りパイ)を頬張っていると、ヤンさんの奥さんがチャイを注いでくれた。
ヤンさんは漢族だけど奥さんはウイグル系の顔をしている。
中国の西北端ジュンガル自治区にあるこの小さな町には様々な民族が交ざり合って暮らしている。
テロ組織・矛馬教団からこの町と空港を守るために日本から派遣された国際支援部隊がそこに加わったのは一月前のことだ。
ぼくたちはオーストラリア軍の騎兵部隊と交代で空港と町を行ったり来たりしている。
空港にいるときは主な任務であるパトロールがあるのでみんな比較的ピリピリしているが、
のんびりしたこの町ではリラックスしていられる。
周りが砂漠で囲まれているので敵が来るとしても空港を経由して来る他ないからである。
第2分隊の塚本君が風力発電の装置をいくつか設置しようとしている(標識灯はその第1号)ので
それを手伝う者もいるし、周囲をパトロールをしている者もいる。
ぼくは町にいる間、ずっと姫殿下のお側に付き随っている。
「マコさん、今日は何をするのかな?」
ヤンさんが尋ねると、姫殿下は
「ブドウ畑に行きます」
とお答えになった。
ぼくは、今日も役得だらけの1日になりそうなのを予感しながらチャイと溶け残った砂糖を飲み干した。
町はブドウの収穫の最盛期を迎えている。
乾燥した気候と北方の山脈から引いたカレーズ(地下水道)の豊かな水のおかげで、
この地方は中国でも有数のブドウの産地として知られている。
住民総出で行われる摘み取り作業に日本代表として姫殿下も参加された。
日陰になったブドウ棚は涼しく、他の隊員たちの作業現場を考えれば天国のようなところだった。
昼食は家に帰らず畑でとる。
町の人からチャイとナン、そして摘みたてのみずみずしいブドウをご馳走になった。
姫殿下は仲のいい小蓮・小美姉妹と歌を歌っておいでだ。
「♪マイヤヒー マイヤフー マイヤホー マイヤハッハー」
きっとウイグルの民謡か何かだろう。
少年たちが( ^ω^)ブーン と飛行機の真似をしながら走り回っている。
大人たちは横になって午睡を取り始めている。
日差しの強いこれからの数時間をやり過ごして、夕方から再び作業を始めるのだ。
ぼくも乾いた風に揺られるようにしてうとうとと居眠りを始めた。
「ほら、起きなさい。学校の時間だぞ」
誰かに肩を揺すられたとき、ぼくはまだ夢を見ているのだと思った。
日本にいた頃の夢。
でもよく考えたらぼくはそんな風に家族に起こされたことがない。
目を開けると、姫殿下がぼくの顔を覗き込んでおいでだった。
「矢島、学校に遅れてしまうぞ」
そうだ。午後は姫殿下と一緒に町の学校に行くんだった。
「はい、失礼いたしました。お供いたします」
ぼくは慌てて立ち上がると、ブドウの樹と寝ている町の人たちの間を縫って歩いていかれる姫殿下の後を追った。
学校の授業は農作業の休憩時間である午後に行われる。
町で1人きりの先生が年齢のばらばらな20人くらいの生徒を集めて授業を行っている。
姫殿下は楽しそうに登校されているが、ぼくの足取りは重い。
なぜならぼくはウイグル語の書き取りが全然できないからだ。
国際支援部隊に入隊するときのぼくの売りは、大学で教育学を学び教員免許を持っていることだった。
だから今回の派遣に際して僻地における学校教育の現状を視察して報告するよう命じられた。
除隊したら大学院で教育学を勉強するつもりだったので、「論文のネタになるし一石二鳥だ」なんて考えていた。
でも実際任地についてみると、北京語よりもウイグル語を重視する授業についていくのがやっとだった。
おかけで今日も小学校低学年の子供たちに交じって書き取りの練習だ。
「ドスト……ええと、ドストって何だっけ?」
辞書を引こうとしたぼくの肩を隣に座った8歳のトルディがつついた。
「ドスト、ドスト!」
そう言って同い年の建栄の肩を抱く。
「……ああ、"友達"か。チュシェンディム、ラフメット(わかりました、ありがとう)」
こんな調子でぼくはクラスの中で落ちこぼれかけている。
ぼくの前に座っておいでの姫殿下は小蓮・小美と何やらこそこそ話をしている。
と、先生が1人の生徒につきっきりになっている隙をついて突然姫殿下がぼくの机の上に丸めた紙を放り投げられた。
(どこの国でも女子のやることはいっしょだな)
開いてみると、アラビア語から作られたウイグル語の文字が書かれていた。
(よ、読めない……)
姫殿下は困っているぼくをご覧になると、小蓮・小美と顔を見合わせてくすくす笑われた。
ぼくの隣のトルディも紙片を覗き込んで笑っている。
ぼくは小・中・高・大学と全ての教育課程で登校拒否をしたことがあると言っていた藤村君の気持ちがわかるような気がした。
>>580 CDは持っていないのでflashを拝読字ベロしています
夕方になるとぼくは姫殿下のお供をして町の住宅の屋上に上がる。
姫殿下はそこから見える町の風景を毎日スケッチしておいでなのだ。
この町ではどの家も屋上で干しブドウを作っている。
ぼくはそこでむせ返るような甘い香りに包まれながら、姫殿下が筆を走らせられるのを座って眺める。
この時間柏木さんは学校で年長の生徒たちに英語とフランス語の個人授業を行っている。
特に小蓮・小美のお姉さん、19歳の桂梅さんは大学で経済学を学ぶという夢を持っているので熱心に勉強している。
そんなわけでぼくは姫殿下と2人きりの時間を過ごすことになったのだ。
筆を執られた姫殿下はとても集中しておいでなので、ぼくはあまり声をお掛けしたりはしない。
たまに姫殿下が話し掛けてくださるから、それにお答えする。
「矢島、だいぶヒゲが伸びてきたな」
「あ、そうですね」姫殿下のお言葉を受けてぼくは顔に手をやった。
「ちょっと剃刀負けをしておりまして……明日までに剃って参ります」
「いや、そのままでいい。なかなか似合うぞ」そうおっしゃって姫殿下は畑から帰る人たちの姿を絵の隅に描き込まれる。
「この風景に溶け込んでいる。町の人もみんなヒゲを生やしているからな」
「ありがとうございます。ではもう少しこのまま伸ばしておきます」
よく考えたら姫殿下のお父上もヒゲにあらせられるのだから、ヒゲに親しみをもっておいでなのだろう。
姫殿下はこうして描かれる絵を日本のご家族の下にお手紙とともに送られている。
たまにしか家に手紙を書かないぼくとは違って、たいへん家族思いでいらっしゃるのだ。
ぼくは遠くに見える小さな学校の建物を眺めながら桂梅さんのことを考えた。
何も考えずに大学を選んだ(そもそも進学するのが普通だと思っていた)ぼくと違って
なんて真剣に自分の将来のことを考えているのだろう。
姫殿下のお側役という仕事に実体がないせいか、最近ぼくはこういう風に考え事をしていることが多くなってしまっている。
「そろそろ帰ろうか。絵具の色が見えなくなってきた」
そう姫殿下がおっしゃったので、ぼくは立ち上がった。
ブドウの香りに交じってチャイの香りが辺りに漂い始めていた。
翌朝、顔と一緒に砂だらけのメガネを洗っているとき、姫殿下のお言葉を思い出した。
(そうかヒゲが似合うか……)
ぼくは手鏡を取り出して自分の顔を写し見た。
(うーん、確かに割と清潔感はある方かな? あ、でも一応少し形を整えておこう)
そう思ったぼくは鋏で癖のついたヒゲを切り始めた。
そこへシェービングクリームの泡だらけの鶴巻君がやって来た。
「おう、どうした? ヒゲなんか整えちゃって」
「ちょっとね……姫殿下がぼくのヒゲをお気に入りのようだから」
ちょっとニュアンスは違うが、まあ誤差の範囲だろう。
「何ッ!?」
鶴巻君が口から泡を飛ばした。
その声に周りの隊員たちが集まってきた。
鶴巻君が経緯を説明すると、隊員たちはみな一様に思案顔になった。
「うーん、おれヒゲ薄くてあんまり似合わないんだよな。どうするかな?」
「おれはアゴだけにしとこう」
たちまちヒゲブームが巻き起こってしまった。
「何言ってんだよ、おまえら。ヒゲなんて気にしてどうする」
そう言うと弓岡君はひとすくいの水で顔をネコのように洗うと、兵舎から出て行った。
他人に流されていないようで格好いいが、潔癖症気味の彼が朝ヒゲを剃らないのを見たのはこれがはじめてだった。
「おーい、今日の作業予定を確認するぞ」峰さんが入って来た。
「ん、何だ? 楽しそうにしてるな」
「峰さん、峰さんはヒゲない方がいいんじゃないですか?」
鶴巻君が泡を吹きながら言った。
「そうか? でもヒゲがないととっちゃん坊やなんだよな」
「いや、絶対ない方がいいですよ。若返りますよ」
隊員たちがしきりに勧めるので峰さんも少し心が動いているようだった。
それを横目に見ながらぼくは鋏で口ヒゲを整え続けた。
夕方、絵を描き終えられた姫殿下とともにヤンさんの家に戻る途中、子どもたちとバスケをしている弓岡君と会った。
この町にはなかなか立派なバスケットコートがあって、そこにはいつも子供たちが集まっている。
姫殿下とぼくに気付いた弓岡君は、185cmの上背を生かして格好良くジャンプショットを決めて見せた。
「おお、弓岡は上手いな」
そうおっしゃって姫殿下が立ち止まられた。
「はい、彼は学生時代ずっとバスケ部に在籍していたそうです」
とぼくはご報告申し上げた。
子どもたちが何かぼくたちの方を向いて何か叫んでいる。
辺りを見回すと、ケットマンという大きな鍬を担いだヤンさんがぼくたちの背後に立っていた。
ヤンさんは姫殿下に会釈すると、笑顔で子どもたちを指差した。
「呼ばれているのでちょっと行ってきます」
姫殿下とぼくも彼についてコートに行くことにした。
「おじいちゃん、あれやってよ」
そう言ってオイリンという女の子がヤンさんにボールを渡した。
ボールを受け取ったヤンさんは鍬を置くと、ゴールに向かってドリブルして行った。
「おっ、結構上手いな」
弓岡君がTシャツで汗を拭いながら言った。
ヤンさんはゴールからかなり遠いところで垂直に跳び上がった。
身長はぼくより大分低いのに、彼のジャンプは先ほどの弓岡君のジャンプよりはるかに高かった。
そのまま片手で軽くボールを放ると、ボールは空中で弧を描き、ゴールに吸い込まれていった。
「おお、すごく上手いな」
「すげえ打点の高いフックシュートだ……まじかよ」
あっけに取られている弓岡君に、ドリブルしながら帰ってきたヤンさんがボールを手渡した。
ぼくたちがヤンさんのプレーに拍手喝采しているところへ柏木さんがやって来た。
「お待たせー。あっ!」柏木さんは姫殿下とぼくの姿を見て叫び声を上げた。
「姫殿下……」
「何だ柏木? デートか?」
姫殿下がおっしゃった。
柏木さんは慌てて姫殿下の御許に駈け寄った。
「いえ、違います違います違いますよ」
「別にデートだなんてそんな……」
弓岡君も弁解を始めた。
「柏木はデートと言えば必ずスポーツ関係だな」
姫殿下がおっしゃると柏木さんは姫殿下のお体を手で揺さぶった。
「姫殿下、ちょっとそれは勘弁してください!」
「姫殿下、詳しく!」
なぜか弓岡君も一緒になって姫殿下に詰め寄っていた。
ヤンさんの家で夕食をご馳走になっているとき、バスケのことを話題に出してみた。
「ヤンさん、バスケお上手ですね」
ぼくがそう言うと彼は照れて笑った。
「ああ、どうも。大学のときにやっていたんだよ」
意外だった。彼はずっとこの小さな町に暮らして畑を耕してきた人だと思っていたからだ。
「一度中国のベストプレイヤーに選ばれたこともあるよ」
「へえ、すごいですね」
「海外で試合をしたこともある。いい思い出だ。オリンピックに出られなかったのは残念だけど」
それにしては彼の周りにはバスケに関係するものがない。あのバスケコートを除いては。
「“男なんてスポーツのルールを知らないふりをしておけばちょろい”と言っていたのはこういうことだったのか」
「……姫殿下、その話はもうやめましょうよ」
姫殿下と柏木さんが何かまだもめていたけれど、ぼくはヤンさんという人物の謎について考え込んでいた。
翌日、姫殿下と学校に行くと、教室にはこの学校で唯一の教師であるスレイマン先生しかいなかった。
姫殿下とぼくが挨拶をすると、彼はぼくを手招きした。
「矢島さん、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
彼はそこで声をひそめた。
「あなたはこの学校についてレポートを書かれるそうですが、それは日本にのみ送られるものなのですか?」
「はい、そうですけど……それが何か?」
「えー……それは……」彼は言いにくそうにしていた。
「中国の中央に送られたりはしませんよね? 彼らは私の授業内容にあまりいい顔はしないでしょうから」
ようやく彼の言いたいことがわかった。
彼はウイグルの民族教育に力を入れている。中国政府から見ればいわゆる「左巻き」な教師なのだ。
「この報告は国際支援部隊の活動の資料として使われます。中国政府とは関係ありません」
ぼくがそう言うと彼はようやく笑顔を見せた。
「ありがとうございます。矢島さん、あなたも教師だからおわかりだと思いますが、やはり子どもたちに民族の誇りを……」
彼は免許を持っているだけの「ペーパー教師」であるぼくをまるで「同志」のように扱った。
ぼくが授業に参加していることは先生にとってすごく迷惑なことだったのかもしれない、と思った。
ぼくが自分の席に戻ると、姫殿下のお隣に小蓮小美姉妹が座っていた。
姫殿下がお見せになるお写真にアイヤーとか何とか言いながら大騒ぎしている。
「ほら矢島、これがお父様の水槽だ」
この町で魚を飼っている人なんていないのだから驚くのも当然だろう、と思いながら姫殿下からお写真をお預かりした。
「な、何ですかこれは?」
そのお写真の中では車の展示場みたいな巨大なガラスの前でカコ様が仁王立ちをされていた。
ガラスの向こうにはワゴン車くらいある大きな黒い塊が浮かんでいる。
「こっちがカコでこれがナマズの"大鵬"だ」
この世ではぼくの知らないところでいろいろなことが起こっているのだなあ(地震とか)、と実感した。
ある朝、起床してすぐ隊員たちに集合が掛かった。
滅多にないことなので何事かと馳せ参じると、姫殿下と柏木さん、峰さんが厳しいお顔でお待ちだった。
「これより姫殿下よりお言葉を頂戴する」
峰さんに続いて姫殿下が隊員たちの前に立たれた。
「えー、個人の趣味の問題に立ち入るようで大変心苦しいのだが……全員ヒゲを剃るように」
「エーッ」
いつのまにかヒゲを蓄えた隊員全員が一斉に上げた声に、姫殿下はやや気圧されたご様子だった。
「だって誰が誰だか見分けがつかなくなったから……そもそもどうしてみんな一斉にヒゲを生やし始めたのだ?」
「私は姫殿下が小隊をヒゲ騎兵隊にすることをお望みだと……」
「私は姫殿下が来年2007年を国際ヒゲ年にするおつもりだと……」
隊員たちがそれぞれの事情を説明し申し上げていた。
(まずい……ぼくのいったことがかなり間違って伝わっている。
姫殿下がおっしゃったのはあくまでぼくのヒゲのことなのに……)
「じゃあおまえら、おれにヒゲを剃るよう勧めたのは何だったんだ!」
隊員たちの企みに気付いた峰さんが顔を真っ赤にしている。
「というわけで我が隊は特定ヒゲによる命令系統等に係る被害の防止に関する法律・通称"ヒゲ法"により……」
姫殿下のお言葉を第2分隊の佐山君が挙手で遮った。
「違反した場合の罰則はありますか?」
「罰則がなきゃルールを守れんのか、おまえらは!?」
峰さんが怒鳴った。
「ヒゲとモミアゲの区別が恣意的なのでは?」
「学術目的でのヒゲ育生は?」
矢継ぎ早に質問する隊員たちに怒った峰さんが飛び蹴りを食らわした。
「えー、今後は生やさない・伸ばさない・広めないのヒゲ三原則にのっとり……」
もみ合う隊員たちを尻目に姫殿下は演説のまとめをされようとしていた。
592 :
水先案名無い人:05/03/18 00:15:49 ID:43xBRLgc0
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姫殿下のお供をして日課のスケッチから帰る途中でスレイマン先生一家と会った。
先生の奥さんも教師だが、今は子育てのため仕事を休んでいる。
姫殿下は夫妻の1歳2ヶ月になる長男の顔を覗き込まれて、御眼をまん丸くされた。
「おお、カワイイ赤さん!」
「先生も大変ですね、教えるだけじゃなくて慣れない土地で暮らさなければならないなんて」
とぼくが言うと、先生は
「矢島さん、生徒がいるところなら教師はどこにでも行かなくてはなりません」
と言った。
全くの正論だ。ぐうの音も出ない。
姫殿下は子どもをあやそうと不思議な踊りを踊っておいでだった。
「ほら、ひょうすべ。言ってごらん。ひ・ょ・う・す・べ。
……おかしいなあ。アイコちゃんはすぐに言えたのに」
姫殿下のお姿を見て笑いながらスレイマン先生は言った。
「でもここでは生徒たちと生活をともにできますからね。
そういういう感覚を得ることは教師にとってとても大事なことです
それがないと生徒は教師を信頼しないし、教師も生徒のことを理解できないと思います」
先生は聞き取りやすい英語で説明してくれた。
彼の言うことはもっともだ。
ぼくも姫殿下とともに暮らして、そのお人柄をよく知ることができた。
それがぼくの得られた最大の役得だろう。
こんなチャンスは滅多にあるものじゃない。
「ほら、どろたぼう。言ってごらん。ど・ろ・た・ぼ・う。
……ああ、カコがいたらもっとうまくやってくれるのに」
姫殿下は子どもをあやそうと不思議な暗黒舞踏を踊っておいでだった。
妖怪についてお詳しいのは佳子様だけではなかったのか…
その日は夕食までヤンさんにご馳走になった。
「ねえ、ヤンさんって大学でバスケやってたんでしょ?」食後のチャイを飲みながら柏木さんが言った。
「バスケのコーチをやろうとかは思わなかったの?」
ヤンさんの過去のことはあまり聞いてはいけないような気がして、ぼくはそういう質問を遠慮していた。
(だってぼくの故郷はそういうお国柄じゃけん……)
ヤンさんは真っ白な口ひげをごしごしとこすりながら笑った。
「まあ、そういう話もあったけど、私はあまり教えるのが得意じゃなくてね。
どんな技もやろうと思えばすぐに想像通りできるようになったんだ。
だからどういう風に練習すればよいのか、人にアドバイスすることができない。
この間みたいに自分でやって見せることしかできないんだ」
確かにそういう人はあまりコーチには向いていないかもしれない。
「教える」ということは「伝える」ということだから、言葉に頼る部分がとても大きい。
「それで卒業してからしばらくあちこち旅をして回ったよ」
「どこをですか?」
姫殿下がお尋ねになった。
「うーん、タクラマカン砂漠とテンシャン山脈を一回りした」
この場合、旅というよりも探検という言葉の方が適切なのではないだろうか。
「その旅の途中でこの町の仲間たちと出会ったんだ。それから妻ともね」
「私はあるとき造路人と呼ばれる人たちの集団と出会った。
彼らは国中に舗装された道路を張り巡らせるため、家族を連れて移動しながら工事を続ける人々だ。
彼らとともに暮らしている内に、私は同じ年代の若い者たちと仲良くなった。
私は彼らに尋ねた。
"君たちはいつまで工事を続けるつもりなのか?"
彼らは答えた。
"わからない。止めろと言われるまで続けるだろう"
私は思った。
"誰かに目的地を決められてしまうなんて嫌だ。
これは人任せにしてはいけないことなんだ。
もう目的地のない旅はやめよう。
人生の目的地を自分の手で作り上げよう"
私は彼らとともに造路人の集団を離れた。
そして古人の掘った水路のあるこの地に町を作った」
「夢のある話ね」
と柏木さんが言うと、ヤンさんは頭を振った。
「夢なんてないよ。それまでの私には想像力が足りなかった。
人生はバスケットボールのように上手くは行かないものだ」
(想像力か……)
これまでのぼくはきちんと想像力を使ってこなかったのかもしれない。
自分の教える生徒たちに姫殿下や桂梅さんやトルディのような人たちがいるということ、
彼らがそれぞれに夢や使命を持って生きているということを想像したことがなかった。
ヤンさんの隣で姫殿下は御眼をウルウルとさせておいでだった。
「マコさんも眠くなってきただろう。そろそろお休み」
瞼が重そうな姫殿下はこっくりと頷かれた。
今日も1日色々なことに参加されたからお疲れなのだろう。
ぼくは夕食のお礼を言ってヤンさんの家を後にした。
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町を発つ前の日に姫殿下の絵は完成した。
夕闇迫る通りを行く町の人と隊員たちの絵だ。
描かれた人の数は実際の人口密度より大分多いけれど、この町の雰囲気が伝わるいい絵だった。
ぼくがそのように申し上げると、姫殿下は御作をまじまじと見つめられた。
「そうか、それはよかった。カコも喜ぶだろう」
姫殿下が絵具を片付けておいでの間、ぼくは画板と絵を持って差し上げていた。
「今週は矢島のおかげでよい絵が描けた」
突然お褒めにあずかったのでぼくは驚いてしまった。
「そ、そうですか?」
「うん、これを描いている間ずっと横にいてくれだだろう?
おかげでいつもより自分の絵を客観的に見られた気がする」
何もしていないのにこのようにおっしゃられるとかえって恐縮してしまう。
「矢島は除隊したら先生になるんだろう? きっとよい先生になるだろうな」
姫殿下はそうおっしゃるけれど、ぼくはいい教師になんかなれっこない。
ぼくの中には生徒たちに伝えるべきメッセージが何もないから。
色々勉強してみたり、こうして砂漠に来てみたりしたけど、やっぱりぼくの中身は空っぽなままだ。
このときも何を申し上げたらよいかわからなくて、
「今日の夕食のメニューは何でしょうねえ?」
なんて意味のないことを口走ってしまった。
そしたら姫殿下は
「わたしはカワプ(羊の串焼)がいいなあ」
とおっしゃって幸せそうな笑顔を浮かべられた。
そのときなぜだかわからないけど、ぼくの心の中に誰かに伝えるべき言葉が生まれたような気がした。
↓600人の皇太子殿下
1週間の滞在期間が終わり、ぼくたちは再び空港へ戻ることになった。
町の人たちは出立するぼくたちを町の外れまで見送ってくれた。
夕方なのに暑くてたまらないのは、ここに日差しを遮るものが何もないからだろうか。
それともぼくが鉄帽と装甲を着用しない日々に慣れきってしまったせいなのだろうか。
姫殿下は小蓮と一緒に小美の髪の毛をいじっておいでだ。
新しい髪型に挑戦しているらしい。
柏木さんは町で一番の年寄り・キリレンコのお婆ちゃんと立ち話をしている。
横に立つ弓岡君がお婆ちゃんに肩を叩かれてよろめいた。
木崎さんは桂梅さんと何事かを囁き合っている。
この2人は何かぁゃιぃ。
ぼくはヤンさんのところへ行って別れの挨拶をした。
「さようなら、ヤンさん。また来週」
「ああ、またご飯を食べにおいで」
ヤンさんははじめて会ったときと同じ笑顔を浮かべた。
子供たちも学校から帰るその足で来てくれていた。
男の子たちはぼくの馬上砲を指差して( ^ω^)ブーン と叫んでいる。
彼らにとって飛行機も砲も大して違いはないみたいだ。
ぼくはスレイマン先生に書き取りを毎日欠かさずやることを誓った。
赤ちゃんを抱いた奥さんと並んで立つ先生を見ながらぼくは
教師としてぼくがこの先生きのこるにはどうすればいいんだろう、なんて考えていた。
町の標識灯がまばゆい光を放つ。
空港の標識灯も地平線近くの星みたいに白く輝いている。
姫殿下が純白のマントを翻して馬に飛び乗られた。
「それではみなさんさようなら。お見送りに感謝します。また来週参ります」
小蓮小美姉妹はいつまでも姫殿下に手を振っていた。(@u@ .:;)ノシ(@u@ .:;)ノシ
こうしてぼくの休暇とも仕事ともつかぬ安らぎに満ちた日々が終わった。
空港に戻ったぼくは再びビル屋上の定位置についた。
これから1週間、町の学校の落第生としてではなく砲兵として暮らすのだ。
相棒の鶴巻君と2人きりの砲兵だから、夜は交代で睡眠をとることになる。
町から空港に戻った初日の夜、引継ぎを終えて砲の脇に腰掛けたぼくは、
町で過ごした時間を思い出していた。
ぼくの本業は砲兵だけど、町の学校にいる方がぼくの性には合っている気がする。
姫殿下はただ横に座っていただけのぼくに感謝してくださったし。
また町に帰れる日が待ち遠しい。
こんなことを考えるのは話し相手がいなくて寂しいからだろう。
寝袋に入った鶴巻君はすでに寝息を立てている。
前の副手だった藤村君は寝つきが悪かったから、夜間演習のときはよく2人で喋ったものだ。
きつい訓練が続くと2人とも頭の中が真っ白になってきて、
「うわなんだおまえやめr」という風に会話を途中で止めてみたり、
「exe ファイル 捨てたい」とぶつ切りの単語で会話してみたりして笑いあったものだ。
彼の復帰はいつになるのだろう?
本当はこのまま戻って来ない方が彼のためにはいいのかもしれない。
彼は隊が危機に陥ったとき真っ先にダメージを受けるカナリアみたいな人間だから。
(訓練中の事故で怪我をした隊員の除隊が決まったときの彼の落ち込みようはひどかった。)
何だか考えがネガティヴな方に向かい始めたので、気持ちを切り替えようと肩を回し、腕時計を覗き込んだ。
(交代してからまだ20分しか経っていない……夜は長いな)
そのとき視界の端で光が瞬いた。
(何だ? パトロールか?)
次の瞬間、ビル全体が激しく揺れて、ぼくは座っているのに転びそうになった。
「敵襲! 敵襲!」
隊員たちの叫び声が聞えてはじめてぼくは自分の耳が爆発音で痺れていることに気付いた。
ぼくは慌てて照準器を覗き、砲口を先ほどの光に向けた。
(来い。もう1発撃って来い。武装ヘリ相手のシミュレーターと比べたらこんなのちょろいぞ……)
再び闇に小さな光が灯った。
地面に立てられた筒が見える。
迫撃砲だ。
ぼくが引き鉄を引くのと同時に相手の砲が着弾した。
今度は先ほどよりも近くに落ちたらしく、巻き上げられた砂の粒がぱらぱらと空から降って来た。
「次弾!」ぼくは鶴巻君に怒鳴った。
「次弾を! 早く!」
「ない! どこにもないぞ!」
ぼくの相棒は泣きそうな声を出していた。
「よく探せ! ナイトビジョンはオンになっているか?」
「わかってる! わかってるよ! くそっ……やっぱりないぞ!」
「じゃあ早く取って来い!」
そう言って振り返った刹那、衝撃波がぼくの体を押し倒した。
無数の石つぶてが頭上から降りかかる。
(やられた!?)
手を突いて起き上がろうとするが、地面が波打っていて上手く立てない。
(振動がまだ続いているのか? それともぼくの脳が揺れているのか?)
辺りには煙が立ちこめている。
「姫殿下!」
鶴巻君がそう叫んで走り出した。
彼の向かう先に目をこらすと、下へ降りる階段を覆っていた屋根が跡形もなく消えていた。
砲弾は屋上の、ぼくのいる所から10mと離れていない地点に落ちたようだった。
鶴巻君は階段のあった場所まで行くと床に伏せて階下を覗き込んだ。
「姫殿下、ご無事ですか?」
ぼくはうつぶせのまま耳を凝らしていた。
「鶴巻か? だいじょうぶ、皆も無事だ」
姫殿下のお声が聞えた。
「そちらはどうだ? 矢島はどうした?」
鶴巻君が振り返ったので、ぼくは手信号で ⊂(^ω^)⊃ セフセフ! と伝えた。
「異常なしです」鶴巻君は言った。
「今から弾薬を取りにそちらに参ります」
屋上から3階へ繋がる階段がほとんど崩れてしまっていたので、彼は苦労して階下へ降りて行った。
ぼくは起き上がり、体に積もっている砂を払い落とした。
周囲を見渡すと、拳くらいある大きなコンクリートの塊がいくつも転がっていた。
訓練教官が「ボディーアーマーは弾丸を防ぐんじゃなくて、爆発の破片から身を守るための物だ」
と言っていたのを思い出した。
地上では隊員たちが大声で指示を出し合っている。
パトロールを増強するのだろう。
ぼくのミサイルは命中したのだろうか?
敵の姿を見たのは一瞬だったし、着弾するところも見えなかったから、当たったかどうか自信がない。
対空モードだったら赤外線追尾できるのだが。
そんなことを考えながら闇を見つめていると、鶴巻君がミサイルの入った箱を抱えて戻って来た。
「いやー、みんな1発目で窓際に行ったのが幸いして…………あっ!」
彼がぼくの足元を見つめているので、つられて目をやった。
砲の真下、座り込んだぼくの膝が触れるか触れないかのところに先ほど見つからなかった「次弾」が置かれていた。
乙!
だが、軍事描写についてはいま少し・・・・
そういう読み物ではないことはわかっているんだけれど
2度目の襲撃はそれから40分くらい後のことだった。
敵は空港に迫撃砲弾を3発撃ち込んだ。
それに対してぼくは空中炸裂弾を1発撃ち返した。
砲撃がやんだ後、パトロール部隊がこちらの着弾地点を調べに行ったが、敵の痕跡は全くなかった。
僕らの守る空港の滑走路には2つの大穴が空けられてしまった。
でも収穫がなかったわけではない。
敵の戦力がごく限られたものだということや、ヒット&アウェイで空港の破壊を企てているということがわかってきた。
小隊はパトロールをさらに強化し、直接攻撃による敵の無力化を目指していた。
ビルの屋上で闇に包まれた砂漠を見下ろすぼくはひどい無力感に襲われていた。
迫撃砲弾がこのビルの屋上に落ちたとき、ぼくは何もできなかった。
完全にビビってしまってすぐ側に置いてあった次弾を見失っていた。
そのことによって姫殿下のお命を危険にさらしてしまった。
ぼくは姫殿下のお側役としても砲手としても失格だ。
昔観た映画でドイツの対戦車砲手が連合国の戦車や攻撃機に集中砲火を浴びてバタバタ倒れるシーンがあった。
そのときは「砲兵は大変だなあ」なんて思いながら半笑いで観てたけど、今は彼らのガッツに頭が下がる思いだ。
昼間の何もない砂漠がかき立てるものとは別の種類の不安が胸の内に湧き上がる。
ぼくは何にもなれないんじゃないか?
どこか遠くへ行ってしまいそうなぼくの心を小さな光が繋ぎ止めた。
照準器の中心近くに一瞬浮かび上がった光。
「敵だ!」
鶴巻君が叫ぶのと同時に爆発の衝撃が体に伝わった。
「捉えたぞ!」
ぼくは引き鉄に指を当てた。
そのとき照準器の中でドットの点滅と見紛うほどに小さな光がいくつも瞬いた。
「砲撃待て! 味方だ! 味方が交戦中!」
鶴巻君が叫んだ。
>>604 不勉強で申し訳ないっス。
やばいところがあったら教えてください。
ぼくはナイトビジョンに映るドットの荒い画像に目を凝らした。
「副手、戦闘の状況を目視できるか?」
「いや、見えるのはマズルファイアのみ」
階下からは慌ただしい声が聞えて来る。
「無線報告、いまだありません!」
「第2分隊集合!」
言い争いをしている姫殿下と柏木さんのお声も屋上まで届いた。
「姫殿下、応援は第2分隊に任せましょう。ね?」
_, ,_
「(`Д´ ∩ ヤダヤダ!」
姫殿下はじたばたしておいでのご様子だった。
味方が交戦しているはずの方角では銃火が2、3度瞬いたっきりで、その後は何の変化もない。
(まさか返り討ちにあってしまったんじゃないだろうか?)
照準器を覗いているぼくもだんだん不安になってきた。
そのとき姫殿下が姫殿下がぼくたちのことをお呼びになった。
「矢島! 鶴巻! 聞えるか?」
「はい、姫殿下」
鶴巻君が外に身を乗り出した。姫殿下は窓からお顔を覗かせておいでのようだ。
「今連絡が入った。パトロール隊が敵を制圧したそうだ。迫撃砲も押さえたぞ」
「ありがとうございます、姫殿下。安心いたしました」
鶴巻君はそう申し上げて、砲副手の定位置に戻った。
ぼくは照準器から目を離し、ため息を吐いた。
(隊員に負傷者が出なくてよかった……)
ぼくの犯したミスの代償は滑走路とビルに開いた大穴だけで済んだようだ(十分大損害だけど)。
地上では土嚢の陰に隠れていた隊員たちがパトロール隊を出迎えるために滑走路の上に集まり始めていた。
第1分隊のパトロール班が捕らえたのは迫撃砲一門を持った2人組の男だった。
ぼくたちが守るこの空港を破壊することなんて実に簡単なことだったのだ。
滑走路の穴については町にいるオーストラリア軍と無線で相談して、日干しレンガで応急処置をすることになった。
町の人たちも人数をよこしてくれるという。
姫殿下に滑走路の掃き掃除を命じられたときにもびっくりしたが、今度はレンガで滑走路の舗装だ。
想定外の出来事だから当然訓練などしたことがない。
この隊はできて間もないから、こうやってこれから現場で何が必要かを一つ一つ学んでいかなければならないのだ。
夜が明けて太陽が高く昇ると、隊員たちの間に漂うピリピリした雰囲気もようやく和らいできていた。
日中の砂漠は周りに隠れるところもないし、気温も高すぎるので、敵襲の可能性はほとんどない。
ぼくたち砲手は昨夜の疲れを取るため簡易ベッドを広げて交代で睡眠をとることにした。
階段の屋根が壊されてしまったから日陰の一番涼しい場所はなくなってしまったが、
地べたに寝るよりははるかに快適である。
おかげでぼくは姫殿下が屋上にいらしたのにも気付かないほどに熟睡してしまった。
物音に目を覚ますと、姫殿下と柏木さんが崩れた壁を足がかりに屋上へ登っておいでになるところだった。
辺りはすっかり夕闇に包まれている。
ぼくは日よけのポンチョを跳ね飛ばして飛び起きた。
「姫殿下、いかがなさいましたか?」
姫殿下は柏木さんにお尻を押されておいでだった。
「おお、矢島。藤村が帰って来るぞ」
そうおっしゃって姫殿下は露出した鉄筋をぐいと掴んで、お体を持ち上げられた。
乙
>>606 人に教えられるほど知識はないです。申し訳ない。
ただ、こうしたほうがもっともらしい、くらいにしか
例えば
矢島、鶴巻組の呼称 砲兵
↓
砲手
騎兵小隊の中に砲兵が存在するよりは違和感が少ないです
こんな程度です
「藤村が帰って来るんですか?」
砲手の位置に座った鶴巻君が照準器から目を離して言った。
「うん、今無線連絡が入ってな、藤村を乗せた中国空軍機がもうまもなくここの上空に着くそうだ」
「え? ですが、この滑走路では……」
ぼくが姫殿下のお言葉に疑問を差し挟むと、柏木さんが笑い出した。
「そう、着陸できないから原隊復帰はお預け」彼女はそう言って鉄帽の下の頭をガリガリ掻いた。
「ほんと間が悪いやつよね」
確かに彼は疫病神に目をつけられやすい、ヨハネスブルグ的人間ではある。
レンジャー訓練のとき、「そんな危険なわけがない」と言って斥候に出た彼が5分後血まみれで戻って来たということもあった
(イタチに襲われたらしい)。
「まあ、とにかく怪我が治ったことがわかってよかった」
と姫殿下は前向きなコメントを出された(それが藤村君に届かないのは残念だが)。
「おお、オーストラリア軍がはっきり見えてきているな」
姫殿下が見晴るかされる先には、わずかに残る夕日を浴びて砂漠に影を落とすオーストラリア陸軍騎兵小隊の姿があった。
「はい、姫殿下。ここまであと1.5kmほどです」
鶴巻君が照準器を覗いて言った。
騎兵に交じって町の人の姿も見える。その数およそ15人。
「今から作業にかかれば今夜中に終わるかもしれないな」
姫殿下が屋上の端から満足げに地上を見下ろされた。
そのとき階下の窓から峰さんが身を乗り出して、大声を上げた。
「姫殿下! 姫殿下!」
「どうした、峰?」
「藤村の搭乗している機が敵機に追われているそうです。パイロットは地上からの援護を要請しております」
>>609 確かに砲兵と砲手は使い分けがあいまいでしたね。
ありがとうございます。参考になります。
峰さんの報告に屋上にいるぼくたちにも緊張が走った。
「現在地は?」
姫殿下が厳しい口調でお尋ねになる。
「先ほど町を眼下に見たと連絡がありましたので、ここまでもう30kmありません」
「あー、見えます見えます。確かに後ろに小うるさいのがくっついてますね」
鶴巻君が照準器を覗きながら南東の空を指差した。
「オーストラリア軍に連絡!」
「すでに行いました」
オーストラリア軍と町の人たちがいつのまにか馬を全力で走らせていた。
(まずいぞ。上空から見たら彼らは格好の的だ。敵機が来るまでに空港に入れるだろうか?
全力疾走の馬は時速30kmくらい出るから60で割って分速500mとして、さらに飛行機を時速500kmとすると……
だめだ、混乱してきた。確実に彼らが間に合うようにするにはどうすればいいんだ?
…………そうだ! ゴールを動かしちゃえばいいんだ!)
藤村君が考えそうな大胆かつ横着な発想である。
彼らの楯になる屋根や壁が遠すぎるのなら、ぼくらが行って楯になればいい。
いや、より正確に言えば楯と矛になるのだ。
「姫殿下、我々砲手が彼らのところまで行って対空砲撃を行います」
ぼくが申し上げると、姫殿下がはたとお手を叩かれた。
「おお、なるほど! よし、では私も……」
姫殿下のお言葉を柏木さんが遮った。
「姫殿下、私たちが行っても何もできませんよ」
「でも指揮官のわたしが行かなければ……」
「これは矢島の仕事です。矢島に任せましょう」
柏木さんが有無を言わせぬ口調で申し上げたので、姫殿下は不承不承命を下された。
「では矢島、鶴巻両名にわたしの名代として出撃を命ずる」
「了解しました」
ぼくは鶴巻君とともに砲の三脚を折りたたみ、わっせわっせと運び出した。
馬を滑走路の上に引き出していると、姫殿下が旗手の大黒君を引き連れておいでになった。
「途中まで大黒も一緒に行く。オーストラリア軍と町の人をここまで先導する役だ」
姫殿下は一人だけお留守番をすることになった子どもみたいなお顔で出撃の準備をするぼくたちを見つめておいでだった。
「わたしは南向きの窓からそなたたちを見ている。危なくなったら迷わず戻って来い」
「はい、ありがとうございます、姫殿下」
ぼくは姫殿下に頭を下げた。
お側役として何もして差し上げられなかったことをお詫びする気持ちを込めて。
こうして仕事をお与え下さったことへの感謝も込めて。
濃紺の小隊旗を背負った大黒君が馬に跨ってやって来た。
ぼくは鶴巻君に砲と鞍とをコードで繋いでもらうと、鐙に足を掛け、勢いをつけて愛馬・月草に飛び乗った。
総重量約45kgという、携帯ミサイルの常識を覆す重さのこの馬上砲を背負っていると馬の乗り降りだけでも一苦労だ。
でもそのおかげで従来の使い捨て砲身ではなく、地球に優しい詰め替え式になったのだから文句は言えない。
ぼくは鞍前方の支柱を砲前部に繋ぎ、背中でコードの張り具合を確認した。
「矢島、やっぱり砲手はいいなあ。人から頼られてるって気がするよ」
鶴巻君が鞍の後部に載せたミサイルコンテナを固定するバンドを確認しながら言った。
そうだ。ぼくも訓練のときから同じことを考えていたんだ。
自分がこの隊を守ってるんだっていう闇雲な自信。
たとえ仲間たちから離れたところにいても彼らとともに戦っているんだっていう奇妙な連帯感。
何もかもひとりよがりだったけど、そういう気持ちがなければ走り出せないときもある。
「そうだね。馬上砲手は最高の仕事だ」
そう言うとぼくはスカーフで口元を覆い、手綱を引いて馬を歩ませ始めた。
走り出してから50秒ほどでオーストラリア軍と行き会った。
彼らの中にはレンガを積んだ馬車を引く兵もいる。
こんな足枷があってはきっと敵機の機銃掃射を避けることはできなかっただろう。
彼らはぼくたちの姿を認めるとほっとしたような表情を浮かべた。
そう、味方はみんなぼくの馬鹿でかい砲を見て安心するんだ。
日本を発つときのパレードで「お馬さんがかわいそう」って子どもに泣かれたときとは真逆の、
誇らしい気持ちが胸の中に湧き上がる。
「アフヨル ボルスン(どうぞご無事で)!」
ぼくがそう叫ぶと、町の人たちが手を振ってきた。
その中にはいつものボロボロの帽子を振るヤンさんの姿もあった。
擦れ違いざまに言葉を掛けようと思ったが、お互いスピードが出過ぎていて何も言えなかった。
(ヤンさん、ご馳走の恩は絶対に返します)
大黒君が小隊旗をはためかせてUターンした。
「絶対に無理するなよ! 姫殿下のご命令だぞ!」
ぼくと鶴巻君は遠ざかっていく姫殿下デザインの旗に敬礼した。
「さて……」鶴巻君が照準器を覗き込んだ。
「目標まであと10kmってとこかな。どうする?」
「鶴巻君、乗馬の教官がいつも言ってたことを憶えてる?」
そうぼくが言うと鶴巻君は少し笑った。
「ああ、"逃げるやつは……"っていうあれだろ?」
「そう。"逃げるやつは歩兵だ。逃げないやつはよく訓練された騎兵だ"
できるだけ空港から遠いところで勝負したい。このまま進もう。
目標から6kmの地点で砲撃用意、速度を保ちつつ5kmの地点で初弾を発射する」
「了解」
我々は馬に拍車を掛け、もうすっかり日の落ちた空に浮かぶ敵機の影を目指して走り出した。
遮るものが何もないせいか、ジェットエンジンの轟音がやけに大きく響く。
自分の馬が砂を蹴る音も聞えないほどだ。
振動で脳が揺れて思考力がなくなってくる。
ビルの屋上から砂漠を眺めているときに感じるのと同じ種類の不安が心を占める。
内と外とを隔てる壁が吹き飛んで、自分というものがなくなっていくような感じだ。
このときぼくはこの感情が目新しいものじゃないことに気付いていた。
これは日本にいたときからぼくの中にあったものだ。
周囲の環境のせいで起こったものじゃない。
ぼくの心に根差したものなのだ。
ぼくはスカーフを首もとまで下げて、大声で叫んだ。
「おーい、テロリスト! 聞こえるか?
日本国国際支援部隊、マコ内親王直属第8騎兵小隊所属、
世界初の馬上砲手、高校1種公民科教諭免許取得、矢島マサシが相手だ!」
併走する鶴巻君が半笑いでぼくを見ている。
「何だよ、それ? 平家物語か?」
ぼくは笑ってごまかしながら照準器に目を当てた。
「副手、目標の確認を」
「距離6500m、高度1500m」
ぼくは念のため、友軍機とおぼしき先頭の飛行機に照準を合わせ、IFF(敵味方識別)装置を作動させた。
これは電子信号を交換することで敵味方を識別する装置である。
耳元のスピーカーから「I・F・F! I・F・F!」という元気な合成音声が聞こえてきた。
味方の機だ。
これはただの電子音では味気ないからと藤村君が改造したものである。
彼は「これを聞くと友達のお姉さんにエロいことをしているようでドキドキする」と言っていたが、
今ぼくの胸が高鳴っているのはそのせいだけじゃないような気がしていた。
たまには1日に2話掲載キボン
「砲撃データ送信。距離5500m、高度そのまま」
「データ受信。セット!」
この掛け声は鶴巻君に言っているのではなく、馬に言っているものだ。
(もっとも月草は非常に優秀な軍馬なので爆音に驚くようなことはほとんどない。)
ぼくは勢いよく息を吐いて、体中の筋肉をリラックスさせた。
こうやって力を抜いて関節を柔らかく保つことで、砲撃の反動を体から馬体へと逃がすのである。
「発射」
引き鉄を引くと、目の前に黄色い火花が散った。
ミサイルが白い煙を残し、夜空へ消えて行く。
この05式馬上砲専用地対空誘導弾はスモークレスタイプなので馬にも安心である。
鶴巻君がぼくの側にぴったりと馬をつけ、ミサイルカートリッジを交換している。
もはや自分の体の一部と化した砲をいじられるのは何だかくすぐったい気分だ。
でもやめてくれとも言えないので、我慢して照準器で目標を見つめ続ける。
やがて暗黒の空に小さな火の玉が浮かんだ。
それはすぐに膨れ上がり、夜空に腹ボテの飛行機の影を浮かび上がらせる。
「命中!」
次弾の発射に備え、ぼくは鶴巻君が砲から離れたかどうか横目でちらりと見た。
彼は前方を指差しながら口をパクパクさせていた。
「え? 聞こえないぞ!」
前を向いた瞬間にぼくはなぜ彼がそんなことをしていたのか理解した。
友軍機を追いかけていたはずの敵機がいつのまにか高度を下げて
反対側に回ったら赤方偏移(※)でも起こしていそうなスピードでぼくたちの方へ突っ込んで来ていた。
※宇宙空間において、地球から高速に遠ざかる天体ほど
ドップラー効果によりそのスペクトル線が赤色の方に遷移するという現象
620 :
左右@ストラテジー2:2005/04/03(日) 20:48:54 ID:cJn1bGQO0
>>616 申し訳ない。今のペースが限界です。
>>617 アルファベット3文字なら何でもよかった。今は反省している。
敵機が実際にいるのはかなり上空なのだろうが、そのときのぼくにはその飛行機が真正面から突っ込んでくるように見えた。
エンジンの轟音で頭がおかしくなりそうだ。
ぼくは素早く照準器に顔を当てた。
(撃ち落とす! ……ってこんな至近距離で撃ったらこっちが危ないか?)
照準器の視界の中で小さな光が瞬いた。
次の瞬間、馬が躍り上がり、ぼくは頭を自分の砲に思いきりぶつけてしまった。
「痛っ!」
ぼくは暴れる馬の背中から振り落とされないよう、手綱と砲支持柱を必死で掴まなければならなかった。
砂煙の柱が列になって鶴巻君とぼくの間の空間を一直線に切り裂いていく。
機銃掃射だ。
ぼくは愛馬の鋭い反応(あるいはビビリ)によって間一髪助かったのだった。
頭の上を友軍機が飛び越えていく。
(とりあえず敵機をやり過ごそう。後ろに回り込んで後方から砲撃する)
と思った刹那、正面にいた敵機の黒い影がぱっと火に包まれ、上下に2、3度力なく揺れたかと思うと、
突然失速し、今度こそ本当にぼくの方へ機首を向けて突っ込んで来た。
ぼくは慌てて手綱を引き、敵機の正面を避け、左舷方向に回り込もうとした。
敵機はまるでUFOキャッチャーのクレーンから落ちるぬいぐるみみたいに、ぼとりと胴体で着地した。
(な、何だ……?)
敵機は砂の上を勢いよく滑走しながらぼくのいる方へ向かって来る。
ぼくはその進路から外れるために馬を走らせ続けた。
見る見るうちに敵機の主翼が迫ってくる。
あと少しで避けられそうなところまで来たとき、突然敵機がこちら側に向けて傾いた。
斜めになった左翼が地面をこすりながら、ちょうどぼくの頭を刈り取るような軌道で近付いて来る。
(あ、死んだ……)
そう思ったぼくはなぜか腕を伸ばして肩の上の砲を抱えていた。
肩から背中にかけて痛みが走った。
途端に上半身がすごい力で引っ張られて、体が鞍から浮いた。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、背中を地面に叩き付けられたときに状況を理解した。
砲口が敵機の翼に引っ掛かったのだ。
月草が鞍とコードで繋がった砲を引っ張って行こうとしている。
「矢島! 立て!」
鶴巻君の声を待つまでもなく、ぼくは急いで置きあがり、砲を抱えて翼の下から逃げ出した。
馬に引っ張られながらぼくは無我夢中で走った。
しばらくして振り返ると、どす黒い炎が砂の上に横たわる飛行機の腹を食い破っていた。
鶴巻君が馬を下りて駈け寄って来た。
「何があったんだ?」
「わからない」ぼくは首を振った。
「いきなり飛行機がぼくの方へ突っ込んで来て……」
ぼくは燃え盛る炎を見つめながら、混乱した頭の中を整理しようとしていた。
空に昇って行く黒煙をぼんやりと眺めていると、その中にふわふわと漂っているものがある。
「……あれ何だろう?」
ぼくが指差す先に鶴巻君が照準器を向けた。
「…………パラシュート? 敵兵か?」
万が一の場合に備えて、ぼくらは馬に乗り、砲に次弾を装填した。
パラシュートで落下する人影が炎に照らし出される。
「しまった、ここは炎の真上だ! 早く! 早く! 助けて!」
ぼくたちと同じ騎兵装甲を身に纏った兵が空中でじたばたもがいているのが見えた。
「あれは……」
「藤村君だ!」
ぼくが叫ぶのと同時に、鶴巻君が馬から飛び下りて走り出した。
鶴巻君は未来少年コナンみたいに傾いた主翼に飛び乗って、藤村君の救助に向かった。
空から舞い降りる藤村君は、風にも助けられて、ものの見事に炎のど真ん中に着地してみせた。
つくづく運の悪い人だ。
彼はまるで花嫁のベールみたいにパラシュートを鶴巻君に持ってもらいながら、
炎上する飛行機の屋根の上から世紀の大脱出を行った。
駈けて来る彼の手には長さ1m弱の謎の筒がある。
「殺伐とした砂漠に救世主が!」
セリフだけはカッコイイが、目にいっぱい涙を浮かべている。相当怖かったみたいだ。
「だいじょうぶ? どこか怪我したりしてない?」
ぼくが尋ねると、彼はゴーグルを引き上げ、涙を拭いながら笑った。
「ううん、だいじょうぶ。あれ、何でだろ? 私すごく幸せなのに涙が……」
この絡みにくい妙なテンション。間違いなくいつもの藤村君だ。
「もしかして2機目の飛行機を撃ち落としたのはおまえか?」
鶴巻君が藤村君のパラシュートを外しながら尋ねる。
藤村君は合戦の後の大名みたいに脱がされるままになりながら、手に持った筒をくるりと回した。
「おう、なぜか相手が急に高度を下げたんで、背中をズドンだ」
「これ……AT−4? こんなもので飛行機を落としたのか……」
AT−4とはアメリカ陸軍も採用している使い捨て式の対戦車砲である。
「まあ中国製のコピーだけどな。まさか当たるとは思わなかった」
と藤村君は他人事みたいに言った。
「これを撃つために飛び降りたの?」
「いや、パイロットが突然ハッチを開けて"おまえ飛べ"って言うから仕方なく……
おれ急に"飛べ"って言われたから、カツアゲされるのが日課だった中学時代を思い出して、その場跳びしちゃったよ」
「それ、日課なのはおまえじゃなくてカツアゲする側だろ」
外したパラシュートをくるくると丸めながら鶴巻君が冷静に突っ込んだ。
「矢島! 鶴巻! 無事か?」
空港の方角から我らが上官のお声が聞こえてきた。
いつのまにか姫殿下が小隊を率いておいでになっていた。
そちらに手を振りながら藤村君が囁いた。
「姫殿下にお変わりは?」
「ううん、姫殿下はいつもどおりお元気だよ」
とぼくは答えた。
「おまえヒゲ剃った方がいいな。ヒゲ法に引っ掛かるぞ」
鶴巻君の言葉に、藤村君は不精ひげの生えたあごをこすりながら不思議そうな顔をした。
藤村君をご覧になった姫殿下の驚かれたことといったらなかった。
「? ? 藤村か? 本当に藤村か?」
炎上する飛行機と藤村君を交互に指差され、おめめをまん丸くしておいでだった。
「はい、姫殿下。ただ今戻りました」
藤村君が敬礼すると、姫殿下はお馬からお降りになり、こちらに歩いておいでになった。
「そなたの帰るのを心待ちにしていたぞ。よく戻った」
「ありがとうございます、姫殿下。本日よりまた姫殿下のお側役を勤めさせていただきます」
頭を下げる藤村君に姫殿下が敬礼された。
そこへ峰さんが割って入って来た。
「おい藤村、あの新聞は何だ? 勝手に取材など受けやがって!」
「いやあ、スッパ抜かれました」
藤村君はあっけらかんとした調子で答えた。
「"スッパ抜かれた"じゃないだろ、貴様! 明らかにセッティングされてたじゃないか!」
なおも詰問を続ける峰さんにいくつかの書類を押しつけて、藤村君はまだ事態を飲みこめていない様子の隊員たちのところに歩いて行った。
「藤村……何でおまえは普通に登場できないんだよ?」
そう言って弓岡君が馬から飛び降り、藤村君の体を抱き締めた。
「手紙より先に着いちゃってごめん」
そう言って笑う藤村君を隊の仲間たちが取り囲み、ぼかぼか殴り始めた。
「バカだな、おまえ。そのまま日本に帰ってりゃよかったのに」
「砂漠はキツイそ。明日から地獄だな」
「おい藤村、実は今日はラッキーデーなんだ。なんでかっていうとだな……」
「ああ、そうだろうと思った。でなきゃこんなやばい降下なんかするかよ」
自分の誕生日以外はすべて祝日という朴君の講釈を遮って、藤村君はヤンさんに手を振った。
「ヤンさん、戻って来ました」
「おお藤村さん、お元気そうで何より」
ヤンさんが帽子を振った。
サヨナラホームランの後のような光景を眺めて立ち尽くすぼくと鶴巻君の側に、第3分隊の木崎さんと畑山君がやって来た。
「すごいなおまえら。2機撃墜か……」
「2機ってすごくね? 勲章出るんじゃね?」
畑山君がそう言って笑った。
ぼくも鶴巻君もその数字は否定せずにおいた。
「矢島、鶴巻……」姫殿下がこちらにおいでになった。
「2人ともずいぶん無理をしたな」
姫殿下はそうおっしゃってぼくの服についたすすを払ってくださった。
いつのまにかぼくの服は砲の炸薬のためか、炎上する飛行機の煙のためか、真っ黒に汚れていたのだ。
「姫殿下、本来のお側役である藤村が戻って参りましたので、私のお側役の役を解いていただけないでしょうか?」
ぼくがそう申し上げると、姫殿下はぼくの目を凝視され、少しの間考え込まれておいでだった。
姫殿下のお側から離れるのは寂しいけれど、それは仕方のないことだ。
人にはそれぞれやるべき仕事がある。
そんな当たり前のことを、ぼくははじめて実感できたんだ。
「わかった。では矢島を側役の任から解く」姫殿下が敬礼をされた。
「今までよく勤めてくれた。感謝する」
「ありがとうございます、姫殿下」
ぼくはそう申し上げて敬礼した。
ぼくは姫殿下のご下命を受けて深々と頭を下げた。
1か月と少しの間、ぼくはお側役としても砲手としても失敗ばかりで、
その上最後の最後で「無理をするな」との命令に違反し、
おまけに自分から姫殿下のお側を離れたいなんて言い出す始末。
姫殿下にとって、こんなひどい臣下の者をご覧になるのはきっとはじめてのご経験だろう。
「姫殿下!」藤村君が背嚢の重みに身を屈めながらこちらへやって来た。
「私、馬がないので空港に帰るまで姫殿下をお守りすることができないのですが……」
「だから後ろに乗せてやるって言ってんじゃん」
ついて来た柏木さんがむっとした顔で言っている。
隊員たちと談笑していた弓岡君が耳ざとく聞きつけて、不安そうな顔をしている。
姫殿下は彼らの方を向いておっしゃった。
「いいこと思いついた。そなた、わたしの馬に一緒に乗るといい」
「えーっ!? 姫殿下のお馬にですかァ?」
藤村君はわざとらしく驚きながら、すでにお馬の方に走り出していた。
「久しぶりだなあ、ぷりんてぃん!」
「そんな名前じゃない! その子はくるみ!」
姫殿下は彼の後を追って慌てて駈け出された。
そのお背中を拝しながら鶴巻君がぽつりと呟いた。
「そろそろおれたちも行くか」
「うん、そうしよう」
ぼくは砲を担ぎ上げ、空港のある北西の方角に目をやった。
辺りはすっかり夜の闇に包まれ、空と地面の境もはっきりしない。
でも標識灯がいつもと同じように瞬きもせず輝いていてくれたおかげで、ぼくの帰るべき場所ははっきりとわかった。
もうそれを星と見間違えることもないだろう、とぼくは馬の待つ場所へ歩きながら思った。
ぼくたちの駐留する貧相な空港が今日は人でにぎわっている。
一月に一度の移動マーケットがやって来ることになっているので、町の住民総出のお祭り状態だ。
彼らはこの空港にある唯一の滑走路のまわりに集まってお茶を飲んでいる。
先日の敵襲で穴を空けられたところはレンガで間に合わせの補修をしてある。
はじめのうちは何だかみすぼらしく感じられたが、見なれると古代の遺跡みたいでなかなか趣があるような気がしてくる。
「矢島、来たぞ」
隣に座った砲副手の鶴巻君が照準機から目を離さずに言った。
ぼくは肩に担いだ05式馬上砲に付属する照準器を覗き込んだ。
昼下がりの真っ青な空に黒い点がひとつぽつんと浮かんでいる。
ズームしてみると、中国空軍の輸送機よりも寸胴な飛行機が映った。
西域の砂漠地帯を巡る商船だ。
「機影を確認」
「到着予定時刻ぴったり。すごいな。渡り鳥みたいだ」
鶴巻君が感心したように言った。
ぼくは照準機を覗いたまま、水筒に手を伸ばした。
さっきまでは少しぬるいくらいだった水がもうお湯みたいになっている。
午後3時の日差しの下、ポンチョで仮設の屋根を作ってもやっぱりビルの屋上は暑い。
体温よりも温度の高い水を口に含んでいると、鶴巻君が言った。
「矢島、あの飛行機が着いたら何か冷たい飲み物買って来てくれよ」
「それはさすがに売ってないと思うよ」
ぼくはそう言って笑いながら少しずつ大きくなる飛行機の影を見つめ続けた。
滑走路に広げられた色とりどりの布の上に、野菜や果物や香辛料が山と積まれている。
見たことのない川魚を売る人もあれば、帽子を並べている人もいる。
飛行機の主翼が落とす影の中で開かれるマーケットはけだるい活気に包まれていた。
町の人たちが商品の前に座り込んで、てんでに冷やかしたり交渉したりしている。
隊員たちも物珍しそうにそれを眺めていた。
学校も今日はお休みで、子どもたちが屋上にいるぼくたちのところへ遊びに来ている。
( ^ω^)ブーンと言っているのは砲声の真似だろうか、それとも飛行機の真似だろうか?
「おっ砲手諸君、精が出ますなあ」
レンガ製の階段を上って藤村君がやって来た。
その後ろにはお揃いの日傘を差した姫殿下と柏木さんもおいでだ。
どうやら買ったばかりのおニューのようだ。
「矢島、鶴巻、こんなものが売ってたぞ」
そうおっしゃって姫殿下が差し出されたのは、見たことのないラベルが貼られた2本のペットボトルだった。
その表面には水滴が浮かんでいる。
「うわっ何ですか、これは!? 冷たい!」
頂戴した鶴巻君が驚きの声を上げる。
「クーラーボックスに入れたまま売りに来ている人がいてな、珍しいから買ってみた。
一番暑い所にいる2人が飲むといい」
姫殿下がそうおっしゃって涼しげな笑顔を浮かべられた。
「すっげー高かったんだからね。心して飲みなよ」
柏木さんが傘をくるくる回しながら言った。
藤村君が呆れたように呟く。
「何でおまえが偉そうにしてんだよ。姫殿下の奢りだろ」
ぼくは姫殿下にお礼を申し上げてから、ペットボトルの蓋を開けた。
ぷしゅっと炭酸が抜ける音がした。
ボトルに口をつけ、ぐびりとあおると、やけくそ気味の甘味と炭酸で喉がびりびり痺れた。
「どうだ? 日本の夏を思い出すだろう?」
強烈な刺激に思わずむせ返りそうになっているぼくの顔を覗き込まれて、姫殿下がおっしゃった。
ぼくはそのサイダーを一口飲むと、隣にいるトルディにボトルを渡した。
彼は一口飲んで、どぎつい炭酸に舌を出しながら隣の建栄にボトルを回す。
少ないものを平等に。これが砂漠で仲間の信頼を得るためのマナーだ。
子どもたちと一緒に舌を出し合って笑っていると、地上から女の子の呼び声が聞こえてきた。
「眞眞!」
それをお聞きになった姫殿下はビルの端においでになり、下を見下ろされた。
「あーっ! 小蓮、それどこで買ったの?」
姫殿下が落っこちないよう、柏木さんがマントを引っ張って差し上げていた。
「なあ矢島」藤村君がぼくの隣に腰を下ろした。
「このちびっ子諸君は姫殿下の同級生?」
「そうだよ。姫殿下とぼくの同級生」
ぼくが答えると、藤村君は膝にあごを乗せてため息をついた。
「学校か……いくら姫殿下のお供でも学校だけはちょっと勘弁だな」
そういえば彼は重度の学校嫌いだった。
「おまえまだそんなこと言ってんのかよ」
と鶴巻君が笑った。
「じゃあ、姫殿下が学校にいらっしゃる間はぼくが臨時のお側役を勤めるということでどうかな?」
ぼくがそう提案すると、藤村君は嬉しそうにぼくの手を握った。
「おお、そうしてくれるか? さすが元相棒、話がわかる」
こうしてぼくの役目はまた増えてしまった。
そう、砲手としての役目が終わっても、ぼくには役目があるんだ。
きっと日本に帰っても、ぼくにはやるべきことが待っているはずだ。
そんな未来を想像してみると、なぜだか胸が日焼けしたみたいにヒリヒリしてきた。。
ぼくはその胸の熱を冷まそうと、2巡目に入った炭酸のボトルを受け取り、刺激の強い液体を口に含んだ。
姫殿下ストラテジー2 おわり
次回より 最終章 姫殿下ストラテジー3
毎度乙彼です。
最終章というのはストラテジーのことなのか姫殿下シリーズのことなのかどっちなんだろう・・・?
シリーズ全体が終ってしまったら悲しいなぁ。
最終章のあとは
「続姫殿下が斬る、続々姫殿下が斬る、またまた姫殿下が斬る」
といった具合に続いていく予定です。
我ら国際支援部隊第8騎兵小隊に1週間の休暇が与えられたのは、おれが怪我から復帰して一月後のことだった。
休暇はもちろん嬉しいが、ようやく町の人と打ち解けてきたところだったので少し残念でもある。
同級生たちと泣いて別れられた姫殿下はしょんぼりしておいでだったが、
上海行きの飛行機に搭乗されるとすぐにいつもどおり元気いっぱいになられた。
どうやら操舵室が大好きにあらせられるらしい。
ここに来る飛行機で操舵室に乗り込まれていたのも、指揮官としての義務感からではなく、
単に「好きだから」というダイレクトな理由からだったようだ。
姫殿下のお側役として勤め始めて実質一月、おれもまだまだ姫殿下のお人柄を完全に理解し切れたわけではない。
上海を旅行したことのある通訳の吉田が姫殿下に上海動物園の話をお聞かせしている。
「色々な動物がおりますが、やはり人気ナンバーワンは大熊猫ことパンダでして……」
「揚子江ワニはどうだったかな?」
「え、揚子江ワニですか? えーと……申し訳ございません、ちょっと記憶にないのですが……」
姫殿下の鋭いご質問に吉田はしどろもどろになっている。
(しかしさすがは姫殿下。ラーメンと同じで、名前の頭に地名がつけば説得力が増すという珍獣界の常識をよくご存知だ)
「藤村は揚子江ワニを見たことがあるか?」
「いいえ、姫殿下」姫殿下のご質問に、おれは即答し申し上げた。
「ですが名前から察しますに、おそらく上海っ子たちにとって揚子江ワニはありふれたもの。
園内でも『また揚子江ワニか』的な扱いを受けているものと存じます」
おれが口からでまかせを申し上げると、姫殿下は憂いを含んだ表情を浮かべられた。
「かわいそう、揚子江ワニ……」
「いやあ、ちゃんと保護されていると思いますよ。その辺はきちっとしていますよ」
と吉田が見た記憶もないくせに断定的なことを申し上げていた(おれもだけど)。
そっかー、残念。
まぁとりあえずは最終章を激読させていただきましょう。
その次は・・・いっそのこと自分で書くか?(無理)
「姫殿下、柏木戻りました!」
姫殿下のDQN侍女・柏木が主君以上に元気よく操舵室に飛び込んで来た。
柏木は馴れ馴れしく姫殿下のお側に近寄ると、目を輝かせながら言った。
「姫殿下、風の臭いが違ってきましたよ。もう海が近いんでしょうかね?」
この前は飛行機酔いでゲロゲロだったくせに、今日はやたらと調子がいい。
機内を冷やかして回ることで酔いを防ぐというスタイルを完全に確立したようだ。
彼女の後ろにはなぜか顔色の冴えない弓岡が立っていた。
「峰さん、疲れましたね……」
「ああ、気を遣うよ。機密だらけだからな」
「はあ? 何でこんなショボイ飛行機が機密なのよ?」
柏木が肩をすくめる。
中国空軍の乗組員たちが日本語を解していたならば大変なことになっていたはずだ。
おれだって誰か知らないやつに「何でゲームで泣いてんの? つーかそんな妹いるわけねえから」
などと自分の拠って立つものを否定されたら、そいつを叩きのめすだろう。
「柏木は乗り物酔いをするのが玉に瑕だったが、どうやら克服できたようだな」
お優しい姫殿下のお言葉にツッコミを入れるような無粋な真似はしないでおいた。
「それにしても行きの飛行機は大変でしたよね」
吉田の言葉に皆が頷く。
我々が日本から任地であるフルサンマン空港にやって来たときには、
敵から対空砲火を浴び、第3分隊の搭乗する機が被弾してあわや墜落という危機に陥ったのだった。
そこで姫殿下が示された勇気――自らのお命を危険にさらしてまで彼らを助けんとされた姿勢に
おれを含む隊員たちはこのお方についていこうと心に決めたのだ。