夷スラムのガイドライン

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49水先案名無い人
これは今から27年前の実話。
中東の旧北イエメンで国家元首とその弟の暗殺事件があった。背景に部族抗争があった
とか冷戦時代の旧KGBが絡んでいたとか言われたが、それに二人のフランス人ファッションモデルが巻き込まれた。
二人は元首兄弟がパリに行った際、シャンゼリゼのクラブでひっかけ、ファッションショー出演の名目で実際はデートの相手として国に呼びよせられたものだったという。

その日の早朝、4人は兄弟の実家を訪ねるべく愛車で首都サヌアの郊外へ出かけた。
そこに何者かに煽動された群集たちが銃や棍棒を持ち大勢待ち伏せをしていた。
車を取り囲んだ群集は暴徒と化し、4人を車内から引きずり出した。
元首兄弟は銃を抜いたため、その場であっさり射殺されてしまったが、哀れなのは2人のパリジェンヌだった。
当時26歳のベロニク、22歳のフランカの二人は、大勢の群衆に車から引きずり出され凄絶なリンチにかけられたのだ。
化粧をして脚を出し、香水をつけていたのがイスラム教徒のアラブ人たちを刺激して怒りに火をつけてしまった。
暴徒たちは二人をさんざんに引き回し、その脚を寄ってたかって滅多打ちにしたという。
挙句の果て、群衆は石打の刑(姦通した女に大勢が石を投げつけて殺す刑罰)にかけて二人の娘を嬲り殺しにしてしまった。
さらに暴徒はその遺体をグチャグチャに引き裂いてしまったというから凄い・・・。
その時、二人の娘はどんなに想像を絶するような苦痛と恐怖を味わったことだろう・・・。
最近、イラクで4人のアメリカ人が殺され遺体を引きずり回され、損壊させられた事件があったが、彼女たちの場合は生きながらその凄まじい恐怖と苦痛の時間を味わったわけだから比較にはならないだろう。

二人ともまだ20代、こんな残酷な死に方するなんて思いもよらなかったはず。
回収された遺体は、損傷が激しく、背肉の一部、激しく傷つき、折れた骨の露出した両脚、肩から引きちぎられた腕、縦に割れた頭部の一部、内臓が引き出された腹部の断片などであったという。
当時ルモンド紙には暴徒に破壊されたフォルクスワーゲンのすさまじい写真が載っていた。