561 :
1/4:
『………と、言うわけさ。
「えっと……よく分かりませんが。
《とあるレストラン》と《人気メニューのナポリタン》
それのどこが不審だったんですか?
『いやいや、それこそが推理の糸口になったんだ。
その店には看板が無かったし、メニュー表にも店名は記されていなかった。
実に不親切だが、自意識過剰な店にはままある事さ。
仕方ないので、私は何気なく店長氏に店名を訊ねた。
そうして返ってきた答えが《とあるレストラン》だったのさ。不思議だろう?
「は?
『いいかい、例えば君、
知悉していない事柄について答えなければならない場合、君ならどう切り抜ける?
「はあ、そりゃ、曖昧な表現で誤魔化しますが。
……あ、まさか。
『そう、店長氏は間抜けにも自分の店の名前を御存じなかったんだ。
しかも、誉め手のないギャグでお茶を濁した。
伝票類をちょっと覗いてくれば、すぐに解決する問題であるにも拘らず、だ。
これが第一の不審点さ。
「では、ナポリタンの不審な点は?
『私の次なる質問、
お薦めは何か? という問いに、店長氏はナポリタンが人気ですと答えた。
いわゆるお薦め・人気メニューというものは店側の都合で提示されるものが多い。
コスト重視なら、材料費が安く且つ長持ちする煮込み料理、といった具合にね。
それを顧みるに、森の奥という立地の夜間営業で、
麺料理、しかもナポリタン―回転率重視の料理―を人気メニューと言って憚らない
店長氏に対して、僕はその経営手腕を疑わざるを得ない。
これが第二の不審点。
562 :
2/4:04/07/18 14:39 ID:ehTbIlJR
『それでは、そんな店長氏が何故自分の城のような振る舞いで店内を闊歩しているのか?
「えーと、つまり、彼はある種の侵略者だと。何らかの手段でその店を乗っ取った?
『Exactly!
「しかしですね、なんだって《ナポリタン》なんですか?
『ふむ、おそらくは、ただそこにあったから、という単純な理由だと思うよ。
本来の店長殿が賄いか何かの為にソースを用意していたのだろうね。
それを既に知っていた店長氏は手間を省く為にナポリタンを薦めたようだが、
結果的には二度手間だったわけだ。
「ああ、《しょっぱかった》んですね。
『そう。頭痛すら覚える味付けに、私は苦情を呈した。
店長氏は最初に味見をしなかったのだろう。その証拠に、
二度目に出されたナポリタンはまあ食べられる味だった。
と言うより、よくもここまで味を建て直したと感心したよ。
「なるほど……
563 :
3/4:04/07/18 14:42 ID:ehTbIlJR
『代金を取らずに作り直したのは、早く追い出す為の心理的な縛りだと思われる。
さらに、最初のナポリタンの印象を洗い流す為でもあるだろう。
これで、店長氏が人目に付きたくない秘密の行為を厨房で行なっており、
そのヒントは最初のナポリタンに隠されている事がうかがえる。
「すると何故、ナポリタンはしょっぱかったのですか?
『味見をするまでは、ナポリタンソースに混入しても気が付かない、
そう、赤く、液状で、塩気が強い……つまり血だよ。
血液がソースに混入していたんだ。
君は血液を多量に飲んだことがあるかね? 機会があったら試してみなさい。
思いの外、塩気がきついから。
さて、今まで推測された事柄に、
何故血が混入したのか。
用意したソースを放り出して、本物の店長殿はどこへいったのか。
店長氏は厨房で何をしていたのか。
これらの疑問を組み合わせると、一つの答えが浮かび上がってくる。
「……彼は、その、本物の店長を……?
『そう、文字通り捌こうとしていた。
564 :
4/4:04/07/18 14:44 ID:ehTbIlJR
「しかし……森の奥に埋めるとか、いや、店との接点が薄い部外者なのだから、
死体を置き去りにして逃げてもよかったんじゃ……
『いや、その死体に用があったんだろう。
「へ?
『厨房でやる事と言えば、一つしかないだろう?
「……食べようとしていたんですか?
『そういう事だろうね。
店を出て、その可能性に思い至った私は、それを確かめる為に道を戻った。
忍び足で厨房を覗き込んだが……案の状だったよ。
血の海に溺れて、我等の店長氏は饗宴を貪っていた。
さて、私の拙い推理が的中するという、寂しい現実だけが残ったわけだが……。
他に質問はあるかな?
「二つあります。
まず一つ。それを目撃した後、先生はどうなさったんですか?
『私かい? そりゃあ君、
食物連鎖の最頂点として、相応しい態度で場を収めたよ。
ナポリタンを一皿食べた直後だが、甘いものと新鮮な肉は入るところが違うからね。
「……二つ目です。
《気付いてしまった》とおっしゃいましたね?
先生にとって、それは不本意な結果だったのですか?
『そりゃ、一人の愛すべき同胞がこの世から永久に失われたわけだからね。
私が拡大を狙っていた狩場に迷い込んだのが、
彼にとって、そして私にとってのささやかな不運だったのさ……。