だんだん霧が出てきた。
夏とはいえ、この辺は夜になると結構冷える。
少し行くと、ペンションやら土産物の店やらが立ち並び
リゾートらしい賑わいが感じられるのだが
霧で視界が狭くなると、まるで山奥か森の中のように錯覚してしまう。
霧が濃くなるにつれ、店内の室温も急に下がったようで、先ほど席に座ったばかりのカップルの
女の子の方がくしゃみをした。私はエアコンの設定温度を上げた。
彼氏らしい若者は店に置いてあるコミックスを開きだした。
カランカラン
ドアが開いて男が一人、入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
私は水とおしぼりを出す。
「ナポリタンを。」
「かしこまりました。」
私はいつものようにナポリタンを作り、男のテーブルに置いた。
店に入った時から男は冴えない表情をしていたが、その顔がだんだん不機嫌そうに歪んできた。
「店長」
「はい。」
「なんかこれ、変にしょっぱいよ。頭が痛くなってきた。悪いけど食えない。」
「申し訳ありません、すぐ、作り直します。」
私は男のテーブルを片付けた。先ほどくしゃみをした女の子が心配そうに見ている。
連れの彼氏はマンガに夢中だ。
(大丈夫ですよ。)
私は女の子に微笑んだ。
厨房のフライパンの中に一人前のナポリタンが残っている。
まだ温かいが、もう一度火に掛けて皿に盛りつけ、男のテーブルに運ぶ。
男は仏頂面のまま食べ始めた。今度は何も言わない。
やがて男は無言で店を出た。
私が皿を片付けようとすると、女の子が泣きそうな顔をしている。
「大丈夫ですよ、もう帰りましたから。」
「だって、さっきの、あれ…。」
女の子の声の調子に、彼氏も気づいたようだ。
「何、どうしたの?」
私はできるだけ穏やかに言った。
「いえ、あのね。たまに出るんですよ。こんな霧の夜は。」
皿を運びながら私は続けた。
「一応、清めの塩はテーブルに置いてあるんだけど、あまり利きませんね。
毎回文句言われてはずしてますよ。お札を貰った方がいいのかもしれません。」
彼氏はまだ状況が飲み込めてないようだ。女の子がプルプル震えながら彼氏の手を握る。
私はコーヒーを淹れる準備を始めた。このまま帰したら、この二人も
何度も霧の夜にここを訪れることになるかもしれない。
「おいしいコーヒーをサービスしますよ。落ち着いてからお帰りくださいね。」