この前、っていってももう何年も前だけど、犬を買ったんですよ、初めてね。
ゴールデンレトリバーのメス。リリーと名づけた。
で、生まれて初めて犬の世話を何から何までしたわけですわ。
正直最初は犬の飼育って簡単だと思ってたのよ。みんな普通に飼ってるからさ。
あのね、俺が間違ってた。あれは素人が飼うもんじゃない。獣使いだね、ボリジョイサーカスが飼うものだよ。
最初に散歩させる時さ、めちゃめちゃびびって首輪を付けて、リードをそろ〜って持ったのよ。
10秒くらいかけてさ。でなんか怖くなってリードを当時結婚したばかりの妻に渡しちゃったのさ。
そしたら妻がさ「しっかりして!」って笑ってるの。
同じ過ちは2度繰り返さないのが俺よ。
だから勢い良く飛び出したのさ。えぇ、そりゃもう勇みましたとも。全てを忘れて飛び出したよ。
門扉に腰ぶつけたり、ウンチ袋を落としたりしながらね。だって妻が行って来いって言ったからね。
そしたらエライ事になった。
もうすごい猪突猛進。すごい全力疾走。フードメーカーからCM出演依頼来そうなくらい。
犬まっしぐら、ってね。
それで横見たら妻がすごい勢いで俺の事見てんの。ホントごめんなさい。
正直「男ならやっぱ大型犬だぜ!」なんて見栄張らないで素直にチワワとかダックスにすりゃよかったと思ったよ。
心の底から当時流行のゴールデンにした事を後悔したね。
でも公園でお年寄りがシーズー散歩させてるのを見て、妻に
「愛玩犬じゃものたりないよな!これだからトイ種は」とか言っちゃてんの。
ホント俺ってダメ人間。
誰か助けて下さい
そのうち俺たちにも息子が出来たんですよ、初めてね。犬の子供じゃないよ。
で、生まれて初めて子供とリリーを面倒見ることになったわけですわ。変な日本語だけど。
正直最初は犬なんて所詮動物だと思ってたのよ。みんな四つ足で歩いてるし。
あのね、俺が間違ってた。あれほど情が深い生き物は他にない。むしろ幼い息子の方が動物だったね。
最初に息子にリリーを散歩させる時さ、俺がリードの端を持って、めちゃめちゃびびってる息子にリードの真ん中あたりをそろ〜って持たせてやったのよ。
10秒くらいかけてさ。でもなんか自信なくしたらしく、妻の足にしがみついちゃったのさ。
そしたら妻がさ「しっかりして!」って励ましてるの。デジャブだって夫婦で笑ったね。
同じ過ちは2度繰り返さないのが俺の自慢の息子(当時4歳くらい)よ。
だから勢い良く散歩に出かけたさ。えぇ、そりゃもう出かけましたとも。全てを忘れて散歩に出かけたよ。だって息子がリリーと散歩に行きたいって言ったからね。
そしたらエライ事になった。
リリーやっぱり猪突猛進。すごい全力疾走。ご飯と散歩が命です!みたいな顔してたね。
それで横見たらリードに体を弾かれて息子がこけて泣いてるの。ホントごめんなさい。
正直「男なら犬の散歩くらい手伝えるよな!」なんて無理させないで素直におんぶにすりゃよかったと思ったよ。
心の底からまだ早かったかも?と後悔したね。
でもリリーが本当に心配そうに、泣いてる息子のほっぺを舐めようとしてるのを見て
「一人っ子じゃ寂しいよな!やっぱお姉ちゃんがいて良かったね」とか言っちゃてんの。
ホント犬って良きパートナー。
この時以来リリーには息子の友人として、先生として感謝することしきりだった。
リリーにも白髪が目立ち始めて、息子も小学校に入ろうかって頃、動物病院に行くことになったんですよ、初めてじゃなかったけど。
で、あれだけ食いしん坊だったのが食べなくなっちゃったし、どうも様子が変なんで詳しく検査しましょうって事になったわけですわ。正直最初は犬の病気って簡単に治るものだと思ってたのよ。みんな普通に待合室で談笑してるからさ。
あのね、俺が間違ってた。あのドキドキは俺たちみたいな若輩者が耐えるもんじゃない。海千山千の猛者じゃなきゃ無理だよ。
奥の診察室に通された時さ、めちゃめちゃびびってドアそろ〜っと開けて椅子にそろ〜っと腰掛けたのよ
10秒くらいかけてさ。でなんか怖くなって堰を切ったように質問しちゃったのさ。
そしたら先生がさ「試験開腹して見てみましょう」とか言うの。
・・・血を見るのが怖いのが俺よ。
だからためらったさ。えぇ、そりゃもう躊躇しましたとも。悩んだよ。リリーの病状とか予後とか息子の事とか色々鑑みてね。
だって先生がもし悪い病気だったら長くないかもって言ったからね。
そしたらエライ事になった。
もうすごい急展開。すごいスピーディ。人生って時々早送りなんだなぁって思ったよ。
それで手術は無事終わったんだけど、包帯やチューブの付いたリリー見たらすごい哀れに思えてきて夫婦で泣いてんの。ホントごめんなさい。
正直「年だし暑いから食欲ないのかな?」なんて間抜けなこと言ってないで素直に病院連れていけばよかったと思ったよ。血管肉腫っていうガンで、大型犬に多い病気なんだそうだ。手術の時点で先生はもうダメだろうと思ってたらしいんだけど。
心の底からリリーの調子が悪い事に早く気づかなかった事を後悔したね。
でも病院から連れて帰って、息子と「また元気に散歩に行けるといいね!リリーは強いなあ。」とか言っちゃてんの。
ホント俺ってダメ親父。
誰か助けて欲しかった。
結局リリーは闘病の末、ある日の朝方に逝っちゃったんですよ。妻に看取られて、静かに、永遠に。
で、息子に伝えなきゃならないわけです。正直しんどかった。お姉ちゃんの死を知ってこの子は耐えられるのか?不安だった。
何も言わなくても子供は成長してるんだけど。段階ってものがあるだろう、と。息子と重い話をするのは中学生くらいになってからだろうと高をくくっていたし。
あのね、俺が間違ってた。やたらな覚悟で人の親になるもんじゃない。男親の無自覚を恥じた。
ベッドの息子を越す時さ、めちゃめちゃびびって肩にそろ〜って触れて布団そろ〜っとめくったのよ
10秒くらいかけてさ。でなんか泣きはらした目の妻が抱きしめちゃったのさ。
そしたら息子が異変を感じてさ「どうしたの?」とか言うの。
同じ過ちは2度繰り返さないのが俺たち夫婦よ。
だから伝えたさ。もうリリーと遊べないってこと。リリーが居なくなるっていうこと。死ぬっていうこと。息子とリリーが仲良くじゃれあってる様子を思い浮かべながらね。
だっていつか経験することだから。
そしたらやっぱり大変な事になった。
もうすごい泣き叫びよう。気が狂ったんじゃないかっていうくらい。
もう冷たくなりかけてるリリーに抱きついて、言葉にならない嗚咽が続く。
どうすることも出来ず、一家で号泣だった。
大型犬は寿命が短いのは覚悟してた。でもゴールデンレトリバーという犬種は特に悪性腫瘍の発生率が高いらしく、実に50%もの子が何らかのガンで亡くなるというデータがあるそうだ。こんなことなら、とも思った。
でもね、あの長いまつげの優しい眼差しを思い浮かべるにつけ心の底から、心優しく愛くるしいリリーと出会えてよかった、と。一緒に過ごせたことを嬉しく思うんだよね。
リリー、よくがんばったね。家族三人で過ごした日々も賑やかで楽しかった。
そして家族が一人増えてからは息子のこと、お姉ちゃん役を買って出てよく面倒みてくれたね。ありがとう。
子供の悲しみ様も大変なものだけど、この小さな子がリリーのこと大切に思って、大好きだったんだってすっごくわかるから、リリーも天国で安心して欲しい。立ち直れるよ。
みんなから、ありがとう。