「どうしたドリアン」
和紙にみみずの這ったような文字の羅列を書き続けていた列が、筆を持った手をとめて言う。
ドリアン…そう、ドリアンだ。海王の称号を得ながらも、脱獄した死刑囚の一人だ。
「うふ、うふふ。あは、あははははははは…」
くすくす笑いが、本当の笑いになり、ドリアンは、首から上を窓の外に向けたまま、愉快そうに笑い続けた。
護送車中が薄気味悪そうに彼を見つめた。
「ちょっと、なにあれ?ドリアンどうしちゃったの」
「気持ち悪い…」
ドリアンの笑い声に混じって、警官達がひそひそと声を交わす。
そのとき、ドリアンが両手でおもいきりバーンとベッドを叩いた。
一斉にシーンとなる護送車。
目を丸くして見つめる警官達の視線のなかで、彼は低い声でひとこと、「キャンディ」と言った。
一拍おいて、護送車の中はどっと爆笑の渦につつまれた。
「キャハハハハハハ!ドリアン、それ、すっごいおもしろいよー!」
「ワハハハハハ、なんだよ、ドリアンのやつ!たまってんじゃねーの?」
列が必死に制するのも聞かず、警官達の弾けるような笑い声が護送車を突き抜けて響きわたった。
「うふ、うふふ。ちょうだい、ねぇ、ちょうだいよ。キャンディ、頂戴。わたしもう我慢できないの。ねぇ、いいでしょ?
ほしいのよ。キャンディが。キャンディ!パパがね、買ってくれないの!
かって、ねぇ、かってよぉ!あつくて、びちょびちょになったわたしのおくちに、キャンディいれてよー!
なめたい、なめたい、なめたいの!なめたいのぉぉぉ!キャンディがなめたいのよおぉぉ!!
キャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンきゃんでぃきゃんでぃきゃんでぃきゃんでぃ…」
警官の笑い声が、徐々にたち消えていく。
ドリアンは、まるで壊れたCDプレイヤーのように「きゃんでぃ」という単語を連発し続けていた。
笑っている警官は、もう一人もいなかった。
今や誰の目にも、ドリアンが尋常でないのは明らかだった。
列「買ってやる!いくらでも買ってやるぞォーーー!!」
ドリアン「ホント?ホントに?」
彼は自我の崩壊を選択した。