49 :
水先案名無い人:
「一万円札?だめだね。」バタン !
「出口は一番後ろだ、ゴルァ!」
トロピカルな肉声放送が、富士重工製バスの車内にこだまする。
高円寺・阿佐谷・荻窪駅前に集うバス運転手たちが、今日もその表情をうかがえぬ
グラサンマスクで、乗客を土砂のごとく取り扱っていく。
接客マナーを知らない心身を包むのは、開襟シャツの制服。シャツの裾は
ズボンから出すように、上着のボタンははめないように、交代時は片手をポケットに入れて
ゆっくり歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、環七を制限速度遵守で走り去るなどといった、常識的な運転手など存在していようはずもない。
関○バスKK・A営業所。
昭和6年創業のこのバス会社は、もとは東急が西武への防衛線としてつくらせたという、
伝統ある独立系バス会社である。
東京都西部。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、労働基準法に見守られ、
年に1度くらいはストライキで一斉休業するトロピカルの園。
時代が移り変わり、元号が改まった平成の今日でさえ、
十八年運転し続ければ温室育ちの純粋培養トロピカル運転手が箱入りで出荷される、
という仕組みが未だに残っている貴重なバス会社である。