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水先案名無い人:
吉野家が150円引きになった翌日、私は妻とともに散歩に出かけた。
まだ昼前だというのに店内は殺伐としている。
人々の表情は怒りと殺気に満ち、150円引き、とか書いてある垂れ幕が店外でなびいていた。
「パパが特盛頼んじゃう時代は終わったのだな」
昨日まで一家4人で吉野家に来ていた斎藤さんが、ほっとしたように私たち夫婦に言った。
「ええ、これからは女子供は、すっこんでなくてはいけない時代なんですよ」
普段は滅多に話に加わらない妻の靖子が、斎藤さんの肩に手を置いて優しく言った。
「Uの字テーブルを御覧なさい。向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃないですか」
通りがかりの髪の長い中年男がそう言って微笑んだ。
隣の奴は長年頼んできた大盛つゆだくを封印し、黒光りする諸刃の剣を注文した。
「大盛つゆだくはもう流行らない。これからは日本中に大盛りねぎだくギョクの通の頼み方を流行らせよう」
店員にマークされた吉野家通の表情で男は言った。
喧騒のなか、ど素人が牛鮭定食を食っていた。