諸君 私は村が好きだった
諸君 私は村が好きだった
諸君 私は村が大好きだった
田植えが好きだった 虫追いが好きだった 入道雲が好きだった 秋祭りが好きだった
冬支度が好きだった 干し柿が好きだった 大根畑が好きだった 正月が好きだった 雪かきが好きだった 花見が好きだった
家で 田んぼで 畑で 小学校で 製材所で 寺で 神社で 小川で 山で 橋で
この村で行われた ありとあらゆる生活情景が大好きだった
レンゲの首飾りをならべた 少女の一団が 歓声と共に静けさを 吹き飛ばすのが好きだった
少年たちに追いかけられた野ウサギが 森の中に消えてしまった時など 心がおどった
兄さんの操る ヤンマーのトラクターが 村のあぜ道を行進するのが好きだった
西瓜を抱えて 草いきれの畑から 飛び出してきた悪童を お百姓さんがとっちめた時など 胸がすくような気持ちだった
雑貨をそろえた ただ一軒の商店が 村の人々の 社交場となっていたのが好きだった
都会に出た若者が 既に過疎化したこの村に 盆にも暮れにも帰省してきた様など 感動すら覚えた
美しい姿のヤマメを 清流に釣り上げていった様などはもうたまらなかった
遊び疲れた子供達が 空を真赤に染めた夕焼けとともに まぬけた声を上げる鴉に 三々五々帰っていったのも最高だった
いつもは静かな川が 梅雨の大雨で 荒荒しく流れ下ってきたので 揃い半纏の青年団が
村人全員を高台の公民館に誘導した時など 絶頂すら覚えた
囲炉裏端でおじいちゃんに 滅茶苦茶怖い話をされるのが好きだった
必死に守るはずだった故郷が廃村になり 思い出の詰まった小学校が壊され更地になった様は とてもとても悲しいものだ
村の跡地に立ち尽くして 追憶にふけるのが好きだ
ダム建設にふりまわされ 難民の様に故郷を喪うのは 屈辱の極みだ
諸君 私は追憶を ただひたすらな追憶を望んでいる
諸君 私に付き従う同窓生諸君 君達は一体 何を望んでいる?
更なる懐古を望むか? 情け容赦のない 涙に満ちた思い出を望むか?
村論二分の限りを尽くし 隣人相助の村を壊した 糞の様な思い出を望むか?
追憶!! 追憶!! 追憶!!
よろしい ならば追憶だ
我々は満身の力をこめて 今まさに振り下ろさんとする握り拳だ
だが 間もなく水の底に沈む村に 何世代もの間 住み続けて来た我々に ただの追憶ではもはや足りない!!
大追憶を!! 一心不乱の大追憶を!!
我らはわずかに一個学級 十人に満たぬ旧村民に過ぎない
だが諸君は 一騎当千の古強者だと 私は信仰している
ならば我らは諸君と私で 総兵力1万と1人の語り部となる
ふるさとを忘却の彼方へと追いやり 都会で暮らしている連中を叩き起こそう
思い出をつかんで 引きずり出だし 眼を開けさせ 思い出させよう
連中に故郷のことを 思い出させてやる
連中に我々の 故郷の話を聞かせてやる
天と地とのはざまには 金銭だけでは贖いもできぬ事がある事を思い出させてやる
十人の失郷民の語り部で わが村を伝え尽くしてやる
全エンジン発動開始 愛車スズキ・ワゴンR始動
出発!! 全感情 全涙腺 解除
「最後の卒業生 同窓会幹事より 全同窓生へ」
目標 旧街道 谷を一望できる峠の上!!
文部省唱歌「ふるさと」 合唱を開始せよ
さようなら ふるさと