北方四島のビザなし交流団が訪れた国後、択捉両島は、規模は違うが、日本の高度経済成長期を思わせる。
舗装されていない道路を行き交うダンプと、それに伴って舞い上がる砂ぼこり。至る所で重機がうなりを上げ、道路脇には資材が積み重ねられていた。
道路、地熱発電所、国際空港、港湾、病院、学校、幼稚園−。
これらはみな、2007年からの8カ年で810億円相当を投入するロシア政府の「クリール諸島社会経済発展計画」によるものだ。
北方四島のロシア人は、オイルマネーを背景にした大規模な発展計画を後ろ盾にして自信に満ちあふれ、ますます「北方領土はロシアの領土だ」と主張することに迷いがない。
国後島の行政府幹部は、ビザなし交流訪問団に参加した自民党の石崎岳衆院議員に向かい、「領土問題は存在しない」、
「領土問題を指摘する日本は第三次世界大戦でも始める気か」と言ったという。彼らにとっては、日本の北方領土返還運動は「侵略」だという認識なのだ。本末転倒である。
石崎氏は「現地のロシア人は領土問題にかたくなで、考えが変わらない感じだった」と振り返る。
これは決して偶然の産物ではない。旧ソ連時代から今も続くモスクワ政府のしたたかな国策の表れだ。
北方四島ではソ連時代から一定期間の在住者に賃金や年金をかさ上げする優遇政策がとられてきた。
出稼ぎ感覚で島に移住し、そして蓄えができれば、島を離れる。住民1人1人が特別手当を受ける「国境警備隊の一員」といっても過言ではない。
実際、択捉島で出会った住民の中には、「早く本土の故郷に戻りたい」と漏らす初老の女性もいた。
ところが、オイルマネーによる好況は、こうした「本土志向」も変えつつある。詳細な統計は明らかではないが、北方四島が生まれ故郷という2世、
3世のロシア人が着実に増えているという。訪問団に加わった村井友秀防衛大教授は「彼らにとっては北方領土は奪ったものではなく、生まれ故郷という感覚だ。
そういう人たちは1世のロシア人よりも、北方領土を返還することに強く抵抗する」と指摘する。
これは何を意味するのか。村井氏が続けた。
「これから経済が発展して北方領土にとどまるというロシア人が増えた場合、北方領土を日本のものにするために考えなければならないコストがドンドン大きくなる。
だから日本の返還運動の質的なレベルアップが求められる」